182話 王都ローランド⑦
「ジョセフィーヌ王妃殿下、どうしてここに?」
俺の後ろにいたシャルが驚きの顔で王妃様を見つめている。
先程の夕食会でお互いの自己紹介はしているが、こうして俺達のところまで尋ねてくる理由が分らない。
しかも!たった1人でだ!
(いや・・・)
心当たりが全く無い訳ではない。
「レンヤ!」
後ろからラピスが呼んでいる。
「王妃様をすぐに入れてあげて。このままじゃ誰かに見られたらマズいわ。」
振り返るとラピスの隣にいるソフィアも頷いている。
(やっぱり、あの件だろうな。)
「申し訳ありません。」
王妃様が深々と頭を下げてから部屋へと入ってきた。
部屋の中のテーブルで俺の隣にラピスが座り、反対側には王妃様が座っている。
左右にはシャルとソフィアが座っている。
まぁ、分かりやすく言えば、王妃様の前にコの字のように俺達が座っている訳だ。
決して王妃様を尋問する訳ではないからな。
「私がここに来たのは・・・」
コト
「!!!」
ラピスがテーブルの上に『ある物』を置いた。
.
「これの事ですね?」
ラピスがナルルースさんから預っていた金のペンダントだった。
「あぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁ・・・・」
王妃様が口に両手を当てワナワナと震え始めた。
しばらくすると両目からポロポロと涙を流し始める。
「エ、エレノアァァァ・・・、ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」
テーブルの上のペンダントを手に取り、両手で握り締め思いっ切り泣き出してしまった。
「この部屋には防音の障壁を展開したわ。声は外に漏れないから思いっ切り泣いても良いのよ。」
とても優しい微笑みでラピスが王妃様を見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おぎゃぁ!おぎゃぁ!」
赤ちゃんの声が聞こえます。
長い長い出産の苦しみからやっと解放され、身も心はもうくたくたでした。出産はこんなに辛いものだとは想像もしていませんでしたが、私と王子殿下の子供、早くその顔を見てみたい!
「生れたのですね。」
私の隣で控えていたメイドが私を見つめていたが、どうして?私を見る視線が泳いでいるけど?
(何があったの?)
産婆がボソッと呟きました。
「双子じゃ・・・、この王家に仇なす忌み子じゃ・・・」
その言葉に私は青ざめてしまいました。
『双子』
この国における王家の双子は忌み子として禁忌の存在とされています。
過去、建国以前の公爵家の頃より、双子が生れると必ず継承権争いが起き家が2つに割れてしまうと・・・
過去からの例外も無く争いの種になってしまう存在、それがこの家系における双子はそう信じられてきました。
(だけど・・・)
産婆から手渡された私の子供達、とても可愛い女の子達です。
今はスヤスヤと眠っています。
(この子達には罪は無いわ。)
私は平民だったけど、学生の頃に殿下に見初められ、妾として王宮に住む事になりました。
立場は妾でしたが、殿下は私をとても愛してくれ、正妻であるクラリス様も私の事は妾だからと差別される事もなく、いつも3人仲良く暮らしていました。
そんな私の妊娠が分った1ヵ月後にはクラリス様も懐妊しました。
このまま順調にクラリス様が出産されれば、クラリス様のお子様が将来は王位継承をするでしょう。
私の子はまぁ、妾の子ですから貴族達の政略結婚でいつかは嫁ぐか養子となるのでしょうね。
ですが!
生れた私の子は双子!
しかも女の子!
王位継承権は無くとも、養子縁組などでいつ貴族達の勢力争いに利用されるか分りません、
ただでさえ双子との事で忌み子とされています。
私の傍に控えている侍女のマリアに視線を移すと・・・
「奥様、覚悟をして下さい。女児だろうが、王家に連なる者に例外はございません。」
「どちらかを殺すというの?」
「はい・・・、残念ながら・・・、王家の血筋に双子の存在は認められません。」
私は腕の中で眠っている我が子を見つめます。
(何でこの子のどちらかが殺されなければならないの・・・)
こんな理不尽なしきたりは納得出来ません。
この子が王家に仇なすと言われるなら・・・
「奥様・・・、いえ、フィー・・・、あなたの考えている事は分かっているわ。」
マリアが私の顔を見て微笑みました。
彼女は私の小さい頃からの親友で、私が王宮へと入る事になった時は、侍女として私の世話をする為に自ら志願してくれました。
普段は仕事として使用人の立場を立派に果たし、こうして2人っきりの時は私の心からの友人であり最大の理解者です。
私が何を考えているのか察知したのでしょう。
「この子を殺すくらいなら私は王族を辞めます。元の平民になれば双子は関係ないわ。それに、クラリス様もいるし、彼女の子供が王家を継げばこの国は安泰よ。いくらこの子達が殿下の血を引いていても、正式な後継ぎはいる、わざわざ平民の子を王族として担ぎ出すもの好きな貴族はいないからね。それに私は元々平民だし、今更元の身分に戻っても苦にならないしね。」
「フィーならそう言うと思っていたわ。まぁ、今は赤ちゃんが生まれたばかりで、あなたも休まなければならないし、明日、またここに来るわね。だから、私が来るまで絶対に変な気を起こさないでよ。それまでゆっくりと休んでいてね。」
マリアが意味深な笑顔を浮かべ部屋から出て行きました。
入れ替わりに殿下とクラリス様が部屋に入って来ました。
クラリス様のお腹もかなり大きいです。来月には出産の予定なのに、わざわざ私のところまで訪ねて来るなんて、そんな無理をしなくても・・・
しかし、私が抱いている赤ちゃんを見て、殿下の顔色が変わります。
「ジョセフィーヌ!こ、これは・・・」
「はい・・・、私達の子供です・・・、ですが・・・双子でした。」
ダメ・・・、涙が止まりません。
何で私達の子供がこんな目に遭わなくてはならないの?
泣いている私の手をクラリス様が握ってくれます。
「フィー・・・、泣かないで。あなたが悪い訳じゃないのよ。」
「でも・・・、この子達が可哀想で・・・」
「1つだけ方法があるわ。あなたがそれに納得出来ればだけど・・・」
真剣な表情でクラリス様が私を見つめています。
間違いなく、先程、私が考えていた事と同じ事を考えているのでしょう。
隣の殿下はギュッと唇を噛みしめ、下を向いています。
「覚悟は出来ています。殿下、クラリス様、短い間でしたがお世話になりました。」
そう言って、ギュッと我が子を抱きしめます。
「私は王族に向いていませんでした。これからはこの子達の母親として人生を過ごしたいと思っています。」
殿下もクラリス様も涙を流しています。
だけど、この子達を救うにはこの方法しかありません。
「分かった・・・、君の意志を尊重するよ。だけど、君はずっと私の妻、この事に間違いは無い。書類上は君が王族から永久に追放される形になっても・・・、そして・・・」
クラリス様が私の子供達の頭を優しく撫でています。
その美しい瞳から再び涙が流れ始めました。
「こんなに可愛いのに・・・、フィー、私との友情は永遠よ。いつかこの子達が大きくなったら、必ず私達に見せてね。その時は私の子と一緒に遊びましょうね。」
「はい・・・」
私も涙が止まりません。
「最後に私にも抱かせてくれないか?大切な私の子供達だかからな。」
殿下が恐る恐る子供達を抱きかかえます。
さっきまで眠っていたのに目を覚ましたのか、ニコニコと微笑んでいます。
抱いている人が父親だと分かっているのでしょうか?とても嬉しそうな笑顔です。
そんな笑顔とは対照的に殿下の表情はとても苦しそうです。
「すまない・・・、ダメな父親で・・・、苦労をかけさせてしまうな。」
「いいえ・・・、殿下はちゃんと父親をしてくれました。王家のしきたりに逆らって、この子達の延命をしてくれたのですから。私にとって最高の旦那様です。」
しばらくすると、私のところに子供達を戻してくれました。
「双子が生まれた事は私の権限で公式記録から削除する事にしておく。そして、君は最初から王族に嫁いでいない事にする。本当にそれで良いんだな?」
「はい、私はこの子達の未来が大切ですから・・・」
その後、お2人は部屋を出て行きました。
翌日・・・
私付けのメイドは全て解雇か配置換えを行い、目の前からいなくなりました。
もう王宮から出ていくのですね。
なるべく人目に付かないうちに去るようにとの事でしょう。
思った以上に体は何ともなかったので、すぐに動ける事が幸いでした。
「さて、行きますか・・・、とりあえず両親のところに?いえ、私が王宮から追放されたと分かれば、私は「恥さらし」と言って追い出すのは確実ね。どうしましょう?」
ベッドの中で子供達がスヤスヤと眠っています。
2人の赤ちゃんを抱えて、どう生活しようか?
目の前には当面の生活費として殿下からかなりのお金をもらいましたが、私と子供2人でどう生活すれば・・・
住む場所もだし、ちょっと途方に暮れている感じです。
「フィー、良かった、ちゃんといたわね。」
マリアが部屋に入って来ました。
「あれ?マリア、その服装、どうしたの?てっきりクラリス様のメイドになったかと思ったのに。」
いつものメイド服のマリアではありません。
どうしてなのか、どこか旅に出るような服を着て私の前に立っています。
「フィー、あんたはもうここにいられないんだから、早く移動しましょう。この王都にいてもあなたの事はすぐに分かってしまうから、この国から出て行くのよ。私も一緒にね。」
「はぁ?」
マリアが何を言っているのか理解出来ませんでした。
「あんたは自分が思っている以上に有名人なのよ。この国にいてもすぐにあなたってバレるし、私の旦那がかつて世話になった人のいる国に行くのよ。そこで新しい人生を始めましょう。私ってやっぱりあちこちと行くのが好きみたいだし、これを機会に旅を始めるのも良いかと思ったのよ。」
やっとマリアの言った意味が分かりました。
確かに平民から王家に嫁いだ例は過去にもほとんどありません。
そんなシンデレラストーリーの主人公であった私ですし、知らない人の方がいないのでは?ですよね・・・
マリアの旦那は確か元冒険者だったはずで、マリアも一時期冒険者をしていて、その時に今の旦那に会って結婚したと聞いているわ。
その冒険者の出身地が確かフォーゼリア王国だったはずね。
その伝手であの国に行くのね。
元々が旅好きのマリアだし、私の護衛も兼ねて一緒に付いてきてくれるなんて思ってもみなかったわ。
新しい人生には丁度いいかもしれない。
誰も私の事を知らないし、この子達ものびのびと育てられるでしょうね。
私の大親友マリア・・・
最高の友達です。
そして、私はマリアとマリアの旦那と一緒にフォーゼリア王国へと旅立ちました。
双子の赤ちゃんを連れての旅でしたが、さすがはかつての私付けの世話係です、完璧に私と一緒に子供の世話もしてくれ、思ったよりも大変な目に遭わず目的地に着くことが出来ました。
「へぇ~、ここがザガンの街ね。辺境と言われている割には思った以上に栄えている街ね。」
「そうだ、この街は俺が育った街だ。荒くれ者も多いが、人情に溢れている街でもある。余所者でもすんなり受け入れてくれるから、今のあんたには最適な街だな。」
マリアの旦那がこの街の説明をしてくれました。
「そうよ、ここで新しい生活を始めましょうね。一応、元旦那には連絡はするの?」
「うん・・・、いつかはこの子達があの国に戻る事があるかもしれないからって、クラリス様とは定期的に連絡を取り合うように決めているのよ。この街で暮らしていく事は伝えるわ。」
「そう、戻る事は無いとは思うけど、折角の縁だしね。私と同じくらいの友達っていうのはちょっと妬けちゃうけど、ここまであなたの心配をしてくれるんだから、ずっと大切にしないとね。」
「そうよ、ふふふ・・・、これからの新しい生活、大変でしょうが楽しみよ。」
私の腕の中で2人の娘、ブランシュとエレノアが私の顔を見つめながら微笑んでいました。
しかし・・・
そんな楽しい生活も1ヶ月後に信じられない事が・・・
ガシャァアアアアアン!
私の手元からティーカップが床に落ち粉々に割れました。
テーブルの上には殿下からの手紙があります。
その手紙に書かれていた内容は・・・
「嘘よね?質の悪い冗談だって言ってよ・・・」
「クラリス様が亡くなられた・・・」




