181話 王都ローランド⑥
どうしてここにマーガレットがいる?
(いや・・・)
壇上にいる女の子は確かに昨日の朝まで一緒にいたマーガレットと同一人物に見えた。
しかし!
マーガレットのサラサラな金髪は肩口で切り揃えられているが、今、目の前にいるマーガレットそっくりさんの髪は腰の辺りまであった。
たった1日でそこまで髪が伸びる事はあり得ない。
(別人のはずだが、あまりにも似過ぎている。)
「レンヤさん・・・」
「レンヤ・・・」
俺の隣にいるシャルとラピスが難しい顔で俺を見ている。
「すまん、迂闊な事を口走ってしまった。」
しかし、目の前にいる国王様達には俺の言葉はハッキリと聞かれていないようだった。
(助かった。)
「勇者殿、私達の顔に何か付いていたのか?ジッと見つめボソッと呟いた気がしたが?」
「いえ、申し訳ありません。皆様方がお若いのに驚いただけです。私の知っている国王様達はどの方も相応のお歳でいらっしゃるものですから。」
「そうか・・・、そう驚くものか?」
「国王様のお歳もそうですが、ここまで来るまでの間に街を見学させていただきましたが、街の住民の方々もとて楽しそうで、国王様の統治手腕にはただ驚く事です。私も隣にいます王女と婚約していますので、いつかは街を治める事になるでしょう。その際はご手腕をご教授していただきたいものです。」
「そう謙遜するな。私とて父である先代国王から4年前に無理矢理に国王にさせられたのだ。自分達は悠々自適の隠居生活を送りたいと言ってな・・・、若輩な身で国を治めるとはな、おかげで大変な目に遭ったものよ。」
(よし!話題を上手く逸らせられたぞ!)
「そのご苦労、お察しします。」
今度はシャルが返事をした。
シャルよ!ナイスフォローだ!
「私も王族に連なる身、国を栄えさせ民を潤すにはどうすれば良いか、常に勉強の毎日でございます。」
「若いのに立派な心がけですね。」
王妃様がシャルの言葉に続いた。
「ところで?」
急に王妃様の目が鋭くなる。
(何があった?)
今までの受け答えで不自然な事は無いはずだ。
だが、王妃様が俺達に何かを感じたのか?
「皆様が顔を上げた瞬間、視線が全員一カ所に集まった気がしましたが・・・」
そう言って、隣のマーガレットそっくりな少女に視線を移した。
「私の娘、ブランシュに面識がおありで?」
「いえ、そんな事はありません。」
頭を下げたが、マズいな・・・
まさか全員があの王女様を見ていたなんて・・・
確かに俺も驚いた。
あれだけマーガレットにソックリだし、驚くな!と言う方が無理だろう。
(それにしてもだ・・・)
髪の長さ以外はどこを見てもマーガレットそのままにしか見えない。
ここまでそっくりな人間が存在するのか?と思う程だ。
王妃様の言葉でまたもや全員が王女様に視線が集中してしまった。
(マズいな・・・)
「面識は全くありませんが、王女様があまりにも可愛くて思わず見入ってしまいました。それにとても心が綺麗なお嬢様に見えます。」
今度はソフィアが深々と頭を下げた。
「そうですか、聖女様に私達の娘の事をここまで褒められるとは、とても名誉な事です。」
国王様も王妃様もソフィアの言葉でとても機嫌が良くなった感じだ。
これで何とかなりそうだな。
「さて、勇者殿・・・」
国王様が俺をジッと見ている。
「隣の帝国の帝王が邪神に魂を売り魔王となったとの事だが、それは本当か?」
「はい、本当です。」
「やっぱりか・・・」
俺をジッと見ていた国王様が目を閉じ天井を仰いでいる。
「この1、2か月で帝国との国境付近の村や町がいくつも壊滅させられている。わずかに残って逃げ延びた民からは、魔物が群れを成して村に襲い掛かってきているとの事だ。しかも、魔物の中には魔族もいると報告を受けている。」
(とうとう本格的にこの国に攻めてきているのか?)
「今のところは我が騎士団の精鋭が何とか食い止めているのだが、もうこれ以上は・・・」
「分かりました。私達には帝国の魔王を倒す目的があります。我々も帝国へ入る際には国境付近の魔物達を駆逐する事にしましょう。微力ながらお手伝いさせていただきます。」
「おぉおおお!そうか!それは心強い。」
「お待ち下さい!」
突然、俺達の後ろから大声が聞こえる。
後ろに振り向くととても煌びやかな鎧を着た大柄な男が1人で立っていた。
(誰?)
「テオドール国王様!このような得体の知れぬ者に我が国の事を任せてはなりません!」
そのままズカズカと歩き出し、俺達の前まで移動し国王様へ臣下の礼をとった。
「我ら騎士団が必ずや魔族を返り討ちにしてみせます。女ばかりを侍らせている軟弱な男に任せられません!建国よりこの国の防衛はこの騎士団が行ってきました。そして代々の騎士団長の家系であるトリスタン家嫡子の私こと、このアシュレイ!必ずや国王様のご期待に応えられるよう、この場で勝利を誓います!」
・・・
何なのだ、この空気を読めない男は?
「「「軟弱って・・・」」」
ざわっ!
マズい!
あの男が俺をバカにした言葉を言ったものだから、この場にいるラピス、ソフィア、シャルから大量の殺気が溢れ出している。
「コロス・・・」
「潰す・・・」
「捥ぐ・・・」
おいおい!物騒な事は言わないでくれ!
「ひっ!」
やっぱりぃぃぃ・・・
3人が放った殺気に目の前の騎士がガクガクと震えている。
「こ、こんなのは聞いていないぞ・・・、アイツめ、私に偽の情報を渡したのか?」
(ん?)
微かだがハッキリと目の前にいる騎士の言葉が聞こえた。
(どういう事だ?俺達の情報を仕入れて何をしようとしているのだ?)
怪しい・・・
スッと3人からの殺気が消えた。
どうやら、この騎士だけに殺気を向けたみたいで、国王様達には3人からの殺気を感じることは無かったようだな。
ラピスやソフィアなら分るが、シャルまで殺気に指向性を持たせる事が出来るようになったのには驚きだった。
段々と俺達に染まってきたのかな?
「あら?どうしたのかしら?」
ラピスがニヤリと笑って騎士を見つめている。
「騎士団の団長とあろうものが、まさか?女である私達にビビったの?」
ソフィアがフッと鼻で笑っている。
「私の兄も騎士団の団長ですが大違いですね。これしきの事で狼狽えるとは・・・」
クスクスとシャルが笑っているよ。
3人の殺気でガタガタしていたが、次は顔を真っ赤にしてプルプルと震えているよ。
忙しい男だよな。
ギロッと俺を睨んだがクルッと回れ右をし、俺達に背を向ける。
「国王様、ちょっと気分がすぐれなくなったもので退出させていただきます。ですが、この国の防衛は我ら騎士団が行っている事はお忘れなく・・・」
そんな捨て台詞を吐きながら騎士が出て行った。
「すまない・・・、見苦しいところを見せた。」
国王様が深々と頭を俺達へと下げてしまった。
「国王様、私達のような者に軽々しく頭を下げてはなりません。王たるものは常に堂々としていなくては。」
シャルがザっと床に片膝を着き頭を下げた。
「そうだな・・・、さすがは大国の姫君だけある。このような状態でも一切の心の揺らぎも感じないとは・・・、最近のゴタゴタで少し気弱になっていたな。そなたらの様に常に堂々としていなければ王として示しがつかん。礼を言う・・・」
「分かっていただければ何よりです。」
「あれも建国よりこの国の防御の要を務めていた家系の者だ。相当にプライドがあるのだろうな。確かにかつての帝国との戦いは激しく数多くの犠牲で今の平和を勝ち取った。それは分かる。だが、今の平和な時代に育った我々がどこまで危機感を持っているか・・・、今の騎士団は本当の戦いを知らずプライドだけが高い、本格的に魔王率いる帝国が攻めてくると思うと・・・、私はそれが怖いのだ。」
「その為に我々がいます。牙を持たない者の為の牙、それが勇者である私の使命だと思っています。魔王と戦う力を持っている、平和の為にその力を正しく使う事を宣言します。」
俺は宣言する。
そう!かつての戦いも含め、勇者である俺の使命だ。
別に戦う事が好きな訳では無い。そして、人々からも称賛して欲しいとも思っていない。
俺の周りにいる人々が不幸になって欲しくないだけだ。
決して自己犠牲で戦う訳ではない!
俺の家族、そして色々と巡り合った人達、そんな人達の不幸は見たくない。
そして転生した今の俺は過去の復讐で戦うような事はしない。
アン、ラピス、ティア、エメラルダ・・・
俺の周りには人族以外の人もたくさんいる。
種族が違ってもお互いに好きになり、こうして一緒に夫婦になっている。
そして、アンの目指した人々が種族を超えて仲良くなれる日が絶対に来ると確信している。
そんな未来を目指して戦う。
それが今の俺の戦う意味だ。
ジッと国王様を見つめると、しばらくしてふと微笑んだ。
「ふふふ・・・、不思議だな。勇者殿、あなたを見ているとなぜか落ち着くな。大賢者様に聖女様、そんな偉人達もあなたに付き添うのもそんな理由だろう。フォーゼリア国王も縁を作ろうとする理由が良く分かった。」
「私はそんなに立派な人間ではありませんよ。ただ、周りの者だけでも不幸にならないように頑張っているだけです。」
「そうか・・・」
国王様が王妃様と王女様と視線を合わせた。
後ろに控えている年配の男の人も一緒に頷いた。
「それなら、我々もあなた達の周りの者の1人としてして扱ってもらえないものか?こうして会えたのも何かの縁だろう。そなたの人となるものが分かった気がする。非公式の場では堅苦しい事もしなくて良いぞ。ここにいる宰相も認めたからな。」
後ろの人が俺に頭を下げる。
(あの人って宰相だったの?)
確かにこの場には国王様達だけしかいないのは不自然だよな。
まぁ、護衛の人間はあちこに隠れているのは分かっていたけど、こうして宰相の人も一緒にいるのは確かに当たり前だ。
ちょっとだけ不穏な空気になったが、無事に接見も終わった。
その後、今夜はこの王城で泊まるように勧められたので、かなり豪華な夕食を済ませた後、俺達は部屋で寛いでいる。寝室は各々個別の部屋で眠るので、それまではこの部屋にみんなで一緒にいる予定だ。
アン達はさすがに一緒にいれないので、後でしっかりと顔を見せに行かないと、ヤキモチで何をされるか分からん。
寛いでいる時にドアがノックされた。
「誰だ?」
ドアを開けると・・・
「王妃様・・・」
王妃様が1人でドアの前に立っていた。
「突然、申し訳ありません。どうしても確認したい事がありますので、何卒、お話をお願いします。」
そう言って、深々と頭を下げてきた。
(なぜ?)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ガシャァアアアアアアアアアアアン!
先程の騎士団長が部屋の中で忌々し気にテーブルを足蹴にしひっくり返す。
上に乗っていたコップや皿が床に散らばり粉々に砕けた。
「何なのだ?あいつらはぁあああ!」
「ふふふ・・・、そう苛立っては・・・」
荒ぶる男とは対照的に、その男は冷静にソファーに座って薄ら笑いを浮かべていた。
「あいつらはこの私をコケにしたのだぞ!たかが女がだ!あのような屈辱を・・・」
「ほほぉぉぉ・・・、勇者以外にもあなた様に匹敵する人がいましたか?しかも女で?それは面白いですな。」
「バカにするな!この国最強の私が!女なんぞに!」
「さすがは勇者パーティーの面々ですな。私の予想を超える存在とはね。だが・・・」
その男がニヤリと笑う。
「それで大丈夫なのか?私がこの国の王になるのは?」
「もちろんですよ。私の計画に間違いはありません。先日、あなた様に施した処置で人外の存在になれるのですよ。あなたは神になれるのです!変化が馴染むまで少しだけ時間がかかりますが、もうしばらくすれば、勇者など足元にも及ばないくらいの存在になれのるですからね。あの魔王以上の存在にね・・・、こんなちっぽけな国の王でなく、この世界の覇者に・・・」
「ふふふ・・・、そうか・・・、私がこの世界の覇者にな・・・、そうだ!私は選ばれた人間なのだよ!愚民共が私にひざまづく、それが当然なのだよ!早く例の計画を実行にな!勇者が来て少し焦ったが、問題はないだろうな?」
「もちろんです。勇者といえたかが人間、私の計画の前にはちっぽけな存在にしかなりません。虫けらは虫けららしく無様に踏み潰されるでしょう。我らが神である主の力の前に無様にね、ふふふ・・・」
チュウ、チュウ・・・
「何だ?」
部屋の隅にネズミが数匹いたが、男の視線に気付くとサッと散らばり姿を消してしまった。
そしてすぐに騎士団長へと視線を戻し、再びニヤリと笑い、騎士団長の彼に聞こえない声で呟いた。
「ネズミか・・・、このような汚い部屋では仕方ないな・・・、まぁ、無能には無能なりの使い方がある。精々ロキ様のお役に立てるよう頑張る事だな。ただ、これだけ無能ならすぐに捨てられるだろうが・・・、それはそれで面白いがな。」




