177話 王都ローランド②
ガシッ!
「くっ!」
「ほら!脇ががら空きよ!」
ズドン!
「ぐはぁあああああああああああああああ!」
ゴロゴロと無様に地面を転がってしまった。
起き上がろうとしているが、全身に電気が走ったように痺れ上手く立てず、四つん這いになっている状態だ。
「はぁはぁ・・・、軽く触れただけでここまで衝撃が・・・、ソフィアがあそこまで強くなった理由が良く分かるよ・・・」
何とか顔を上げ、視線の先にいる人物を見た。
両足を肩幅程に広げ、右手の掌底突きのままの姿勢で佇んでいる。
「まだまだ序の口よ!これくらいの事で根を上げるつもりなの?さっさと立てないなら無理やりにでも立たせるわよ。」
全身の力を振り絞り辛うじて立ち上がった。
だけどまだ力が戻らずフラフラの状態だ。
「やっと余分な力が抜けたみたいね。さぁ!これからが仕上げよ!私の攻撃を全部受け流してね!」
俺の目の前から姿が消えた。
ソクッ!
全身に緊張が走る。
とても強大な殺気がすぐ俺の後ろから感じた。
慌てて振り向こうとしたが・・・
ドォオオオオオオオオオオオッン!
「がはっ!」
とてつもない衝撃を背中に感じ、俺は空中高く打ち上げられてしまう。
俺の体がクルクルと錐揉みしがら上昇しているのを感じる。意識を失いかけている俺の視界の隅に、右足を高々と掲げている美冬さんの姿が見えた。
(闘気も使わない単なる素の身体能力でもここまでの差があるなんて・・・)
そのまま視界がブラックアウトしてしまった。
「ここは?」
目が覚めると視界に真っ青な青空が広がっている。
「知らない青空だ・・・」
「そんな訳!あるかい!」
ソフィアが思いっ切り突っ込んできた。
今、俺はソフィアの膝枕で介抱されていた。
ソフィアの回復魔法なら美冬さんから受けたダメージは全て消えているだろう。実際にあれだけ痛かった全身の痛みも全く無い。
そのソフィアが俺の顔を覗き込んでニッコリと微笑んだ。
「つまらない冗談を言える程までには回復したようね。」
「う!」
(そう思われていたなんて、ちょっとショックだ・・・)
「ふふふ・・・、冗談よ。」
そう言って俺の頭を優しく撫でてくれる。
草原の上でこうしてソフィアに膝枕をされ、時折気持ちの良い風も吹いてくる。
いつまでもずっとこのままでいたい気持ちだよ。
「ソフィア・・・」
「何?」
「お前の師匠って凄いな。手も足も出ないどころか、存在自体が全く違うよ。ラピスが言っていた最強の1人の実力は骨身に染みた。」
「師匠は特別よ。だってね・・・」
ソフィアが横に視線を移すと俺も一緒に首を動かした。
その視線の先には・・・
「ほらほら!攻撃が甘いわよ!こんなんじゃ、いつまで経っても私には当てられないわ!」
ドン!
「ぐはっ!」
「こんな紙のような結界じゃすぐに破られてアウトよ!遊びじゃないの!」
ガシャーン!
「きゃぁああああああああ!」
美冬さんがティアとシャルの2人を同時に相手をしているが、2人がかりでも美冬さんには全く歯が立たない感じだ。
(ん?)
少し離れたところにテレサが気絶していた。
どうやら2人がかりでなく、最初は3人がかりで美冬さんと模擬戦をしていたみたいだ。
テレサが真っ先に倒されてしまったのだろう。
「くそ!我がここまで子供扱いとは・・・」
「えぇ・・・、単純に強いと言えるお方ではないです。私も少しは強くなったと思いましたが、ここまで通用しないなんて・・・」
ティアとシャルが肩で息をしながらゼイゼイ言っている。
ここまで差があるとは・・・
ティアはアン達に負けたといっても決して弱くない。
人化の状態で戦っていただけで、本気でティアが戦った訳ではない。本来のドラゴンの姿で戦うのがティアの戦い方だろう。そうなると強さの序列は少し変わってくるだろうな。
しかしだ!今の人化状態のティアが本来よりも弱体化しているとはいえ、ここまで一方的に押されている。
一方のシャルは女神の鎧を装着し、雷槍グーングニルを持ったフル装備だ。
あの鎧は単に鉄壁の防御力を誇るだけではなく、シャルの力を爆発的に高めてくれる。アンと双璧を成す強さにまで高めてくれるのに・・・
そんなシャルでも全く歯が立たない感じだ。
そして、実力的にはシャルと同等のテレサを入れての3人がかりでも、美冬さん相手には全員が子供扱いにされていた。
汗だくな彼女達に対し、美冬さんは涼しい顔で構えをとっている。
しかもだ!
前に突き出した右拳の人差し指を伸ばし、クイ!クイ!と挑発もしている。
「く!いくら何でもここまで差があるとは・・・、悪夢でも見ているのか?」
ティアがグッと腰を落とし構え、鋭い視線で美冬さんを睨んでいる。
「ティアさん!」
「何だ!」
「このままバラバラに突っ込んで行っても無理です!あのテレサのようにカウンターを受けて、一瞬で意識を刈り取られて終わりです。だから・・・」
ティアとシャルが何かアイコンタクトを行い同時に頷いた。
その姿を見て美冬さんが嬉しそうに微笑む。
「少しは考えてくれたみたいね。スピードとパワーだけに頼って闇雲に突っ込んでも無理と分かったようね。」
グッと腰を屈め全身から闘気が湧き出た。
「だからと言って簡単には勝たせてあげないから。何が自分に不足しているのか、よく考えて戦いなさい!」
「シャル!」
ティアが叫んだ。
「時間稼ぎを頼む!」
その言葉にシャルが頷く。
ダダダッ!
シャルが一気に美冬さんへと駆け出した。
「また特攻?そう何度も・・・」
ニヤリと美冬さんが笑ったが、シャルの動きは止らない。
「いっけぇえええええええええ!グーングニル!レールガン!」
雷を纏った槍を美冬さんへと発射する。
「たかが音速を超えたくらいの槍じゃ目眩ましにもならないわ!」
サッと槍を躱されてしまった。
槍を発射した瞬間にシャルが翼を広げ上空へと飛んでいた。
右手の人差し指を頭上に掲げ、その指先がバチバチと放電している。
「レールガンくいらい通用しないのは分っています!だけど!これならどうです!」
「ギガ!サンダー!レイン!」
ドガガガァアアアアアアアアアア!
巨大な十数本もの落雷が美冬さんへと降り注いだ。
「なかなかやるわね!だけどぉおおおおおお!」
しかし、美冬さんへと降り注ぐ稲妻だが、どれも美冬さんの足捌きで躱されてしまい、全く当たらない。
まるで踊っているように優雅に躱している。
その光景をソフィアはうっとりとした表情で見つめていた。
「あんな華麗な動き・・・、さすが師匠です・・・」
「こんなレベルで私の不意を突いたつもりで・・・」
「いえ!まだまだです!」
シャルが叫び左手を掲げると、その上空には巨大な炎のドラゴンが浮いていた。
「これならどうです!」
左手を振り下ろすと、炎のドラゴンが美冬さん目がけ一気に急降下を始めた。
「ドラゴニア!プロミネンス!」
「最強の攻撃かもしれないけど、さっきに比べ速度の遅い魔法でどうするの?」
しかし、シャルがニヤッと笑った。
「まともに美冬様を狙っても確実に避けられます!だから!私の狙いは!」
「むっ!」
一瞬、美冬さんの視線が鋭くなった。
「やるわね・・・」
ボソッと呟く。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッン!
美冬さんの足下で巨大な爆発が起こった。
あの魔法の狙いは美冬さんではなく、その足下の地面だったのか?
「この攻撃ならあなた様の行動も制限出来るはず!」
シャルの視線の先には美冬さんが大きくジャンプし空中に飛んでいる状態だ。
美冬さんは俺達と違い空を飛ぶ事が出来ない。
その事をシャルは利用したみたいだ。
「そして!空中に浮いている状態なら避ける事も出来ないはず!」
「ティアァアアアアアア!」
「シャルよ!よくやったぁああああああああああ!」
シャルの視線の先には両手を前に掲げているティアの姿あった。
その掌からはとてつもない闘気を感じる。
「我の最大最強の技!喰らえぇええええええええええええ!竜牙掌波!」
ティアの両手から真っ黒なビームのようなものが発射された。
「我の竜闘気を最高までに圧縮し打ち出す技だ!如何なる防御も全て貫く!」
(おい!こんな凶悪な技を模擬戦で使うのかい!)
シャルもそうだし、熱くなり過ぎてみんな加減を忘れてしまったのか?
いくら美冬さんでもこんな攻撃を喰らってしまっては・・・
!!!
(マジかい・・・)
美冬さんがニヤリと笑った。
あの連携でも全く意に介しないのか?
「はぁあああああああああああああああああ!」
ドガッ!
「そ。そんなぁぁぁ・・・」
ティアが信じられない顔で目の前ので起きた光景を見ていた。
あの巨大なビームを左手の突きの一撃で消滅させてしまった。
弾いて軌道を変えるとかではなく、力には力の真っ向勝負でティアのオーラを打ち砕いた。
いきら何でも化け物過ぎる!
足場も無く不安定な空中で、あそこまでしっかりとした突きを放てるものなのか・・・
(やはり、俺達とは次元が違いすぎる。)
落下中の美冬さんが両手を合わせると、金色の光の玉が浮かんだ。
「これで足場良し!」
ドン!
その黄金の玉に足を乗せると、一気にシャルへと飛び出した。
(闘気を実体化させるまでに圧縮させるなんて、どれだけの量の闘気を集中させるのだ?)
みんなから俺は規格外とよく言われているけど、美冬さんこそが本当の規格外の存在だと思う。
一瞬の間でシャルに接近し、すれ違いざまにシャルの首筋に手刀をそっと添えると、シャルがガクンと力を失い墜落を始める。
(マズい!)
「レンヤさん、大丈夫よ。」
全く心配していないソフィアが微笑んだ。
サッ!
墜落しているシャルに1人の人影がジャンプし抱きとめる。
シャルを抱いたままスタッと危なげなく着地した。
「さすが雪さんね。」
その雪さんがニコッと微笑む。
「あの美冬に鍛えられているからね。あの時よりも更に強くなっているわよ。」
「それじゃ、久しぶりにやり合ってみる?」
2人が見つめ合いニヤリと笑った。
「こらぁあああ!今はそんな事する予定じゃないでしょうが!」
おっと!この声は冷華さんだ。
腕を組んで2人の横に立っている。
「そうだったわね。今は美冬の指導だし、私達はそのサポートだからね。」
そう言って雪さんが俺にシャルを預けてくれた。
まだ俺の腕の中で気を失っている。
「目覚める時は王子様の腕の中が1番でしょう?あの美冬相手にあそこまで食らいついたのだから、ちゃんと褒めてあげてね。」
雪さんがヒラヒラと手を上げ俺から離れていった。
(さて、ティアの方は?)
美冬さんとかなりの距離を取って対峙している。
「今の攻撃はなかなかだったわよ。ぶち抜いた拳が少し赤くなったし、かなりの攻撃力だったのには間違いなかったわね。」
「くっ・・・、アレがその程度で済むとは・・・」
「基本は悪くないわ。ただ・・・、闘気の扱いがまだ雑よ。大雑把に圧縮するだけでは勿体ない使い方よ。もっと細く、小さくしないとね。」
ズイッと美冬さんが右足を小さく踏み出す。
「闘気はその気になれば別に掌だけから出すだけでなくなるわ。それこそ、全身の至る場所から攻撃をする事も可能。よく見てなさい」
ドン!
「白狼!地竜脚!」
美冬さんが再度右足を地面に踏み込むと地面が割れた。
(いや!そんな技ではない!)
ガがガァアアアアアアアアアアアアアア!
闘気が地面を裂きながらティアへと高速で進んでいる!
バァアアアアアアアアアアン!
あっという間にティアの足下に辿り着き地面が大きく爆ぜた。
「ぐはぁあああああああああああ!」
足下からの強力な衝撃波と大量の土砂でティアが空高く打ち上げられてしまった。
「あらら、気を失ったみたいね。冷華!」
「分っているわよ。」
冷華さんが飛び出し一気にジャンプする。
パシッ!
そのままティアを抱きかかえ地面へと着地した。
美冬さんも化け物だが、友達だと言っている冷華さんに雪さん、この2人も俺達とは比べものにならない程に強い!
シュメリア王国の王都へは1週間後に訪れる予定だ。
それまでの間に出来る限り俺達は強くならなければならない。
「ソフィア、ゆっくりと休んでいる暇は無いな。」
「そうね、私も頑張って少しでも師匠に近づかないと・・・」




