172話 ドラゴンの山④
「えへ!」
神殿の入り口の奥から10歳くらいの女の子がニコニコしながら出てきた。
見た目の年齢はユウ達に似ている。
輝くような明るい緑色の髪にソフィアと同じエメラルドの色の瞳が印象的だ。
それに、子供サイズのメイド服がとても似合っていて、まるで高級人形のように可愛い。
実際にその子を見たアンとソフィアが鼻を鳴らす程に興奮しているよ。
(子供好きの2人にとっては目の前の子は最高だろうな。)
しかしだ!
この子は単に可愛いだけではなかったよ・・・
人間の女の子とはちょっと違っていた。
見た目は確かに可愛い人間の女の子だ!
でもね・・・
背中には小さなドラゴンの翼は生えているし、しかもキラキラと輝く緑色の鱗に覆われた尻尾もあるよ。
そして、頭の両側にはまるで巨大なエメラルドの宝石のように緑色に輝く角が生えていた。
(あれ?)
何かこの子を見た記憶がある。
いや!この子ではない!この子に似た人だ!
「まさか?」
「あら、分かりました?」
フローリア様がにっこりと微笑んでいる。
「もしかして?あの人の娘さんですか?」
「あの人って失礼ですね。あの子はミドリさんの子供ですよ。そして、私達の子供でもあります。」
「はい?」
「父親が私の旦那様ですからね。」
パチンとフローリア様がウインクをした。
あのミドリさんの旦那がフローリア様の旦那?
「ついでに私の旦那でもあるのよ。」
今度は美冬さんもウインクをしてくる。
おいおい、その旦那ってどれだけの神なんだよ?女神様に最強の神の1人と呼ばれているソフィアの師匠でもある美冬さん、そして神竜であるミドリさんも娶っているなんて、とてもすごい神なのでは?
チラッと美冬さん以外の獣人の子を見たが・・・
「私達は違うからね。美冬の旦那とは別の人と結婚しているのよ。」
(左様ですか・・・)
(ん?)
ミドリさんの子供さんだって?
(そうなると・・・)
ティアとチラッと見ると・・・
(やっぱり・・・)
ガタガタと緊張しまくっているティアがいた。
どうやら、ドラゴン族は種族の違いが感覚的に的確に分かるみたいだ。
「ティア、大丈夫か?」
声をかけたがまだ緊張しているみたいだ。
いや、違うのでは?
「このお方が我らドラゴン族の最高位の・・・、それに何て可愛いのよ・・・」
「おい、ティア!」
変な方向にトリップしていたみたいだったので、肩を揺らすと我に返ったようだ。
「は!ご主人様!我は・・・」
「おいおい、どうした?」
「いや、我らドラゴン族の言い伝えでしかない存在だった神竜様をこの目で見られるなんて・・・、あまりの感動に打ち震えていたのだ。あの屑の竜神王と比べ何と神々しいのだ。」
へぇ~、ドラゴンの序列は知らなかったけど、神竜が最高位の存在だったなんてな。
そんな存在にお目に掛かったものだから、ティアがここまで感動していた訳だ。
「ヒスイ、みなさんのご挨拶は?」
フローリア様が女の子の頭を優しく撫でながら話しかけている。
その子がニコニコしながら俺達の前へと走ってきた。
そして俺達の前に立ち頭をペコリと下げた。
「みなさん初めまして。ヒスイと言います。4歳です。」
「「「へ?」」」
俺もアンもソフィアも変な声を出してしまったが、ラピスだけはニコッと微笑んで彼女を抱きかかえた。
あの見た目は10歳くらいにしか見えないぞ。それが4歳だって?
2人が変な顔になるのも分かる。
「ヒスイちゃんも大きくなったわね。3年前に会った時はもっと小さかったのに、ドラゴン族の成長は早いわ。それにしても、段々とお母さんに似てきたわね。ふふふ・・・、可愛い・・・」
「ラピスは知っていたのか?」
「そうよ。」
何だ?ラピスが勝ち誇ったような笑顔だ。
そして、アン達を見ると・・・
何か負けたような顔をしていた。
「神界のドラゴン族は成長が早いのよ。10歳ほどで大人の人と変わらないくらいになるの。こんな可愛い時期はあっという間だから、こうして会えるのは貴重なのよ。」
そう言ってラピスが抱いているヒスイちゃんに頬刷りをしていた。
(こんな母性本能丸出しのラピスも珍しいな。)
ジ~~~~~~~~~~~
う~ん、とても痛い視線を感じるが、気のせいにしたい・・・
でもなぁ・・・
アンもソフィアもついでにティアまでもが羨ましそうにヒスイちゃんを見ているよ。
確かに彼女は可愛いよな。
見た目は似たような感じのフランやユウ達は精神年齢が俺達ほどに高いから、あそこまで可愛い仕草は恥ずかしくて出来なかったみたいだ。
本当に可愛い仕草なんだし、アン達がメロメロになるのも分かる。
(お!)
3人がラピスへと近づいてヒスイちゃんの頭を撫でているよ。
そのまま順番に抱いている。
あんなに嬉しそうに抱いているなんて・・・
(マズいな。)
絶対に『早く子供が欲しい』って俺に迫る姿しか想像出来ない。
みんなが襲い掛かってくる未来が一瞬だけ見えた。
(俺の体は大丈夫かな?腹上死だけはゴメンだぞ。)
「ふふふ・・・、みなさん子供好きですね。」
(その声は?)
嬉しそうに微笑んでいるフローリア様が俺の隣に来る。
(ちょっと!近いよ!)
「こうして生身でお会いするのは、勇者になられたあの時以来ですね。」
そして深々と頭を下げた。
(え?)
「いくら勇者になる試練とはいえ、レンヤさんにはとても辛い目に遭わせてしまいました。心よりお詫びを申し上げます。」
あのフローリア様が俺に頭を下げている。
この世界の創造神様が!
確かに・・・
あの『勇気ある者』の称号を得てからの3年間は大変どころではなかった。
何度も死にそうな目に遭ったし、人としての生活も最底辺だったのは間違い無かった。あと一歩でスラム街の住人になりかけた時もあった。
だが、俺は挫ける事は無かった。500年前の前世の影響もあってなのだろうか、必ず勇者にならなければと使命感に燃えていた気がする。多分だが、ラピスもソフィアも俺が勇者となって蘇る事を待っていた事を、前世の記憶として残っていたのだろう。その記憶があの日見た夢なんだろうな。
そして、俺がここまで挫けなったのは、あのザガンの街の影響が大きいと思う。
ギルドのマナさんが今までのギルドの受付嬢とは全く対応が違っていたし(別の思惑があったけど・・・)、マナさんが受付担当でなければ間違い無く俺は冒険者を諦めていたかもしれない。
それと、あの街の住民がみんな良い人ばかりだった。
お金も住む場所も無く、まともな食事にもありつけない日々だったけど、そんな俺をみんなが助けてくれた。あの街の住民自体が他の場所から流れ着いた人が多かったのもあっただろうが、俺が余所者だからって差別されることは称号も含めてあまり無かった。
(まぁ、冒険者仲間からはかなり馬鹿にされていたけどな。)
だけど、この苦労は俺が勇者になる為に必要だったと思う。
だから・・・
「フローリア様、頭を上げて下さい。」
「し、しかし・・・」
驚いた顔でフローリア様が顔を上げ俺を見つめている。
「俺はこの試練については別に恨んでもいませんよ。確かにとても苦労した日々だったのには間違いありませんが、今、あの日々を思うと、俺が勇者になるには必要な経験だったと思います。」
「レンヤさん・・・」
「何も苦労せずに勇者になってあの強大な力を手にすれば、俺は間違いなく調子に乗って増長し勇者らしからぬ存在になったかもしれません。苦労したからこそ、そしてその苦労の中で色々と多くの人に助けられた事、そんな事があったから俺はこの力を正しい事に使う気持ちになったと思います。俺は1人ではありません、そして、俺1人で全てを解決出来るとは思っていませんよ。」
ジッとアン達を見つめた。
「ラピスとソフィアは500年前からの付き合いですけど、アン達はこの時代で知り合いお互いに好きになりました。それはあの苦労があってこそに出会った彼女達です。それもフローリア様、全てはあなた様のお陰です。俺には感謝の気持ちしかありませんよ。」
フッとフローリア様が微笑んだ。
「そう言っていただけると私も救われます。ふふふ・・・」
うわぁ~~~、この笑顔は反則だよ。
さすが女神様なんだろうが、この笑顔はどんな男でも虜にする笑顔だ。
あのダリウスがフローリア様に執着した気持ちも分からんでもない・・・
「こら!フローリア、無自覚に魅了するのは止めなさいよ!」
(ん?この声は?)
「あいたたたぁああああああああああああああ!」
すかさず美冬さんがフローリア様も耳を摘まんで引っ張って、少し離れた場所へと移動してしまった。
(おいおい、女神様に何て事を・・・)
「フローリア、いくら蒼太とそっくりでも、蒼太と同じ事をしたらマズいわよ。同じ魂でも今じゃ別人なんだから・・・」
「美冬さん、そんなのは分かっていますけど・・・、話しているとつい旦那様と思っちゃって・・・」
「それはよ~~~~~~~く分かるけど・・・、私も気を付けているし、お互い浮気にならないようにね!」
2人で何かゴニョゴニョと言っているが、何の話をしているのか内容が全く分からん。
「こほん!」
フローリア様が咳ばらいをし、美冬さんと一緒に再び俺の方へと戻ってくる。
「お見苦しいところをお見せし申し訳ありません。」
ペコリと頭をさげる。
「いくらこの結界でも私の滞在時間は限りがありますし、もうそんなに長くはいられません。美冬さん達は私達のような神とは少々違いますので、この世界に滞在しても問題ありません。しばらくはヒスイの事も一緒にお願いしますね。」
「そういう事よ。ソフィアと約束したこの世界の観光の事はよろしくね。」
美冬さんがパチンと軽くウインクしてきた。
(いやぁ・・・)
こうして彼女を見ると、フローリア様と遜色ない程の美少女だよ。
そんな美少女がソフィアの師匠でもあり、最強の神の1人とは信じられん・・・
(ホント、人は見かけによらないな。)
「あっ!ママ!行っちゃうの?」
ソフィアに手を繋がれていたヒスイちゃんがフローリア様のところへと駆け出した。
「ごめんね、ママはもう帰らなくちゃいけないの。」
優しく彼女の頭を撫でている。
「美冬ママ達は一緒に残ってくれるから大丈夫ね?」
「うん!だって、ここに来たいって我儘を言ったのは私だし、美冬ママや冷華おばちゃんたちがいるから寂しくないよ!」
ピキッ!
(ん?一瞬空気が張り詰めたがどうした?)
一瞬だけ殺気を感じたところに視線を移すと・・・
冷華さんと雪さんの2人がピクピクと顔が引きつらせていた。
「あぁ~~~、おばちゃんって言葉ね。あの姿でおばさんって言われるのはさすがにねぇ・・・」
美冬さんがニヤニヤしていたが、その気持ちは良く分かる。
だけど、そのヒスイちゃんが2人へと駆け寄ってくると、ニコニコしながら彼女を抱き上げていた。
あの姿には誰も勝てないな。
「それではみなさん、私はもう戻りますので、またお会い出来る機会を楽しみにしていますよ。」
そう言ってフローリア様の姿が消えてしまった。
(いきなり現れて、いきなり帰っちゃったよな。いつもの事か・・・)
思わず苦笑いしてしまったが、いつものフローリア様だと思った。
「ねぇ・・・」
美冬さんが俺に声をかけた。
「私達の都合で振り回してゴメンね。」
ペコリと頭を下げられたけど、逆にこちらの方が恐縮する。
「前にミドリがこの世界に召喚された事があってね、その話をヒスイが聞いちゃってからずっと遊びに行きたいって言っていたのよ。それに、冷華も雪もソフィアに会いたいって言っていたから、こうして会いに来た訳よ。でもね・・・」
急に美冬さんの視線が鋭くなった。
「あなただけには本当の事を話すわ。今までの話はこの世界に来る口実だけど、本当は違うの。」
(どういう事?)




