171話 ドラゴンの山③
そういえば・・・
ラピスも一緒に乗っていたよな?
今回はなぜか大人しいから思わず存在を忘れていた。
ここまで空気になっていたラピスは初めてじゃないか?
ちゃんとラピスはいたが、静かにティアの上で佇んでいる。
「ラピス、どうした?」
「何でもないわ。」
目を閉じ首を横に吸っているが、確実にいつものラピスと様子が違う。
「でもレンヤには分ってしまったみたいね。」
「本当にどうした?」
「500年前にここに来た時は麓だったから感じなかったけど、この雲の結界に近づいてから頂上から漂う雰囲気がね、フローリア様の神気を感じるのよ。とても弱いけど何でここでフローリア様の気配を感じるのかってね。」
(そういう事か。)
『ラピスよ、多分、ここはこの世界で女神様が最初に降り立った場所だからだろう。我らドラゴン族にはそのように伝えられている。そしてその証拠もこの山の頂上にあるのだ。その為に人払いの結界が張られたのだろうな。だが、あの竜神王に対してはこの結界は何の役にも立たなかった上に、逆に我らがここにいる目印とされてしまったようだ。』
ラピスがうっとりした目で山の頂上を見つめていた。
「そうなんだ。この世界でフローリア様の残滓を感じられるなんて想像もしなかったから、感動で胸がいっぱいになったの・・・」
ラピスにとってフローリア様は絶対的な存在だから、こうしてフローリア様の痕跡を見つけられて嬉しいのだろう。
だからかな?こうして空の上から頂上を眺めているが、雲海の中に小島が浮いているような幻想的な光景が見られるのだろう。
(ん?)
「レンヤさん、アレって?」
アンも山頂の違和感に気付いたみたいだ。
「今の目の前の景色は山頂が雲海に浮いた島のように見えるけど、普通の山頂はあんな形状ではないわ。途中からは雪が積もっていたし、何で山頂は平らで緑が生い茂っているの?」
そう、あの山頂の在り方は存在しない。
これだけの高度に雪が解ける事も無い程に低い気温だ。今はティアの結界で外気の寒さを遮断してくれているので、俺達の周りの気温は快適だが、結界から出ればすぐにでも全身が凍りつくかもしれない。そもそも山頂が島のように平らなんてのもあり得ないし、そんな高度で緑が青々と生い茂る環境はそれこそ異常だ。
『ふふふ、ご主人様よ気付いたか?あの環境こそが女神様の結界に覆われている証だ。それでは頂上に降り立つ事にしようか。』
ゆっくりとティアが山頂へと下りていく。
そして草原へと降り立った。
ティアの結界が解けたが、外の気温は全く寒い事も無く春のような心地よい空気だ。
新緑の草花が覆い茂り、まるで花の絨毯の様に美しい景色が広がっている。
しかし、目を凝らすとかなり離れたところに、この美しい景気とは異質のものが見えた。
ティアがその近くまで飛んでくれた。
そこで目にしたものは・・・
「信じられん・・・」
目の前には巨大な石造りの神殿が建っていた。
そして、その神殿からは神々しい気配を感じる。
「ラピス・・・」
ソフィアがジッとラピスを見つめると、ラピスもゆっくり頷いた。
「ソフィアもこの建物を知っているのね。フローリア様に直にお会いしたならね・・・」
「えぇ・・・、大きさは違うけど、目の前にある神殿はフローリア様の神殿に間違い無いわ。私もあの神殿でフローリア様と護衛の天使様達、そして師匠にお会いしたから・・・」
「ここがフローリア様がこの世界に最初に降り立った場所・・・」
この伝説は間違い無いと思う。
これだけ神々しい気配を感じる場所はここ以外にはあり得ないだろう。
しかも、この山の頂上の本来の過酷な環境をここまで快適に維持出来ているのだ。神の御業以外にこんな事は出来る筈が無い。
そして、ここにいるだけで俺の全身に力が漲ってくるのも感じる。
最強のエンシェントドラゴンが存在するに当たり前の環境だと感じた。
「むっ!」
何だ?神殿の中から気配を感じる。
「みなさん、お久しぶりですね。」
神殿の中から声が聞こえた。
この声は覚えがある。
(まさか?)
神殿の入り口から数人の女性の姿が見えた。
その女性達の先頭に立っている人は?
輝く金髪をたなびかせ、金色の瞳が優しく俺達を見つめていた。背中の翼も神々しく金色に輝いている。
ザッ!
ラピスとソフィアが地面に片膝を着き頭を下げた。
「お久しぶりです、フローリア様。」
マジかい?本物?
「レンヤさん!私達も!」
アンが慌ててラピス達と同じように地面に膝を着いた。
俺も同様に頭を下げる。
人化したティアも一緒に頭を下げていた。
「そんなに畏まらなくて良いのよ。」
フローリア様がにっこりと微笑んでいる。
「この神殿はね、私達神界の者が世界の理の制約を受けずに顕現出来る場所ですからね。みなさんに会いたい人もいたので、こうして来るのを待っていたのですよ。」
ヒュン!
一陣の風のような空気がフローリア様の方から放たれる。
ガシッ!
「うっ!」
ソフィアがいつの間にか俺達の前に立っていた。
いや!誰かの攻撃を受け止めている!
(誰だ!)
ソフィアの目の前には真っ白な髪の小柄な少女がいた。
しかし、その子はソフィアに突きを放っていて、それをソフィアが両手を交差し受け止めている。
涼しい顔の女の子だが、対象的にソフィアは苦悶の表情になっていた。
「まぁまぁね・・・」
女の子がゆっくりと拳を下した。
「相変わらずの破壊力ですよ。受け止めた腕が折れてしまいました。」
仄かにソフィアの両手が緑色に輝く。
どうやら回復魔法で腕の骨折を治療したみたいだ。
(マジかい・・・、あのソフィアの腕を折るなんて、何者だ?)
「師匠、お久しぶりです。」
ソフィアがペコリと頭を下げた。
「腕は落ちていないようね。安心したわ。」
(はい?あんな女の子がソフィアの師匠だって?どう見ても成人前の女の子にしか見えん!)
それにだ!
頭には犬耳があって尻尾も生えている!
獣人の女の子か?
シュタッ!
新たに2人の人影が女の子の後ろに立った。
その2人も女の子と同じく獣人の女性だ!
彼女達は俺達よりも少し若い感じだ。シャルやテレサくらいの年齢に見える美少女だった。
ここまで美人の獣人は見た事が無い。
ソフィアに突きを放った白髪の女の子は、後ろの2人よりも更に美少女に見える。
フローリア様もそうだけど、美人と美少女の展覧会か?それだけ目の前にいる女性達は美しかった。
それにだ!
ただ美しいだけではない!
普通に立っているだけだが、全身から放たれる雰囲気はまさに強者の雰囲気だ。
特にソフィアから師匠と呼ばれた女の子の強さは底が見えない。
あのヴリトラすら足下に及ばないのでは?
「ソフィア、久しぶりね。」
銀髪の獣人の美少女がソフィアに微笑んだ。
「やっほぉ~~~、フローリア様に頼んで一緒に来ちゃったわ。」
灰色の髪の獣人美少女の子もソフィアに微笑みながら手を振り話しかける。
「冷華さんに雪さん!」
ソフィアがとても嬉しそうだ。
(そうか、この子達が・・・)
ソフィアが神の世界での修行中に仲良くなった人達がいたと話していたけど、こうして直接会えるとは思わなかった。
そして、彼女達も間違い無く強者だと分る。ソフィアと同じくらいの覇気を感じるからな。
あのソフィアがギリギリで勝てた相手というのは納得だ。
(ん?)
何だ?獣人美少女3人がジッと俺を見ているが・・・
「美冬、やっぱり似ているっていうか、そっくりよ・・・」
「冷華もそう思う?美冬、浮気は駄目だからね。」
「分っているわよ!私は蒼太一途だから、それはあり得ないわ。あんた達・・・、私はそんな軽い女と思っているの?ちょっとあんた達を教育しようかしら?」
ゴゴゴォオオオオオオオオオオオ!
何か3人でブツブツ言っていたら、白い髪の女の子から異常とも言える殺気が湧き上がった。
「レンヤさん!危険よ!師匠が怒っている!私じゃどうにも・・・」
ソフィアが冷や汗ダラダラでテンパっていた。
(ラピスは?)
「美冬様・・・、お願いですから、ここ一体は吹き飛ばさないでぇぇぇ・・・」
ダメだぁぁぁ~~~、ラピスも諦めの境地だ・・・
(ティアは?)
頭を抱えながら地面に蹲っているよぉおおおおおおおおおおお!
(まぁ、あの殺気じゃなぁ・・・、気持ちは分る。)
こんな殺気なんて経験した事が無い。
あのヴリトラの闘気がそよ風と思えるくらいだ!
あの勇者として目覚める前のデスケルベロス戦で感じた死の恐怖を覚悟してしまった。
白髪の女の子獣人に睨まれている2人も慌てている。
「雪!あんたが余計な事言うからぁあああ!」
「み、美冬!冗談だから!そんなに怒んないでよ!」
「冷華、雪、覚悟は出来たかな?」
ニタァ~~~と彼女がとても怖い笑顔で笑った。
ピタ!
一瞬にして殺気が消える。
(どうした?)
「冗談はこのくらいにしておくわ。」
ニコッと彼女が俺へ微笑んだ。
その瞬間!
(え!)
どうしてだ?彼女の笑顔は記憶にある。
(とてもとても遠い昔に・・・)
ハッキリと覚えていないが、懐かしい笑顔だと思ってしまった。
「美冬~~~、心臓に悪いわよ・・・」
「美冬、ゴメン・・・、久しぶりの異世界だから調子に乗り過ぎた・・・」
2人がホッと胸をなで下ろしていた。
「師匠の殺気・・・、本気で死んだと思ったわ。」
「七大最強神の力・・・、軽くでこれなんだから、本当に心臓に悪いわ。」
「少し洩らして・・・、我の威厳は0だな・・・」
ソフィアもラピスもティアもグッタリしている。
軽い殺気でこれだけの状態になるんだ。ヴリトラに勝ったと喜んでいたが、真の神の前ではまだまだちっぽけだったと自覚してしまう。
「そんなに気落ちしなくても良いわ。私とフローリアが特別なだけだしね。」
そして右手を差し出してきた。
「私は美冬、しばらく冷華達と一緒にこの世界でお世話になるわ。」
(はい?)
「師匠!本気で?」
ソフィアがビックリした顔で美冬さんを見つめている。
「本気の本気よ。この世界の管理は今はフローリアだけど、将来的には私の旦那に任せる予定なのよ。今は旦那はここに来られない事情があるから、私が代理で来たのね。この世界の土地なり人なりを見にね。」
そう言ってウインクをする。
まだ右手を出していたので、俺も右手を出し握手する。
「冷華と雪はオマケよ。ずっとソフィアに会いたいって言っていたから、ついでに連れて来ちゃった。それにレンヤさん・・・」
ジッと俺を見つめている。
「覚醒、おめでとう。フローリアも喜んでいたわ。」
「こら!美冬さん!」
フローリア様が少し怒ったような感じで離しているけど本気ではないだろう。
そして俺の前に立つと深々と頭を下げた。
(?)
「我々の世界の神の後始末をさせて申し訳ありません。先日の元竜神王も本来は我々の責任で討伐を行わなくてはならないのに・・・」
「いえいえ、そんな・・・、俺達は迷惑だと思っていません。フローリア様達はこの世界では制約がありますから、この世界の事は俺達に任せて下さい。そして、悪い事ばかりでもないです。」
俺はティアへ視線を移した。
「こうしてティアとも知り合えたし、結果的には良い事で終わったと思います。」
「ご、ご主人様ぁぁぁ・・・」
ティアが胸に手を合わせうっとりとした目で俺を見ている。
その様子にフローリア様が微笑んだ。
「やはりレンヤさんですね。本当にここまでソックリな事を言うなんて・・・」
そしてアン達へと顔を向けた。
「アンジェリカさん、ラピスさん、ソフィアさん」
「「「はい!」」」
「あなた方達が選んだ方は間違い無かったですね。これからも力を貸してあげて下さいね。」
「「「もちろんです!」」」
3人が深々と頭を下げた。
フローリア様はその3人を嬉しそうに見てから、再び俺へと視線を戻す。
「私がここに来た目的はもう1つあります。」
「それは?」
(むっ!)
「気付きました?」
フローリア様がニコッと微笑んだ。
神殿の入り口の奥に気配を感じた。
多分だが、その気配に関してのお願いだと思う。
全員が気配に気付いたみたいで、視線が入り口に注がれた。
「えへ!」
10歳くらいの女の子が入り口から出てきた。




