166話 模擬戦②
「私の負けね・・・、完敗よ・・・」
フッとエメラルダが微笑み両手を上げた。
「まさか、デスペラードの固有能力が2つもあるなんて・・・、空間を切る斬撃対策が裏目に出たわ。」
「違うわよ。」
アンがドヤ顔でエメラルダへと微笑んでいる。
「私も重力魔法を使えるようになったのよ。まぁ、それ以外の上級の無属性魔法も色々とマスターしたしね。」
「嘘?アンがそこまで?」
信じられない顔でエメラルダがアンを見つめている。
「私は確かに魔族で魔王の娘だったわ。でもね、今の私は変わったのよ、もう1人じゃない・・・」
そう言って俺をジッと見つめた。
「レンヤさんには魔剣への魔法のエンチャントを教えてもらったわ。そのおかげで魔剣の使い方も色々とバリエーシュンが増えたし、魔剣も喜んでいるわよ。」
そして視線を別の方へと向ける。
「私の周りにはこんなにたくさんの人がいるのよ。私がかつての魔王の娘だったけど、そんなのは全く気にしていない、エメラルダのように心から信頼できる仲間がね。」
視線の先には・・・
ドォオオオオオオオオオオオッッッン!
ズズゥウウウウウウウウウウン!
地響きを立てながら激しい閃光が放たれていた。
「アレが大賢者様の魔法なのね。あんなのを相手によく生き残ったと、今更ながら驚いているわ。四天王が全滅するのも至極当然ね。アンはそんな人から指導を受けているのだから、ここまで強くなったのは分かるわ。」
エメラルダもアンと一緒にその光景を見ている。
「アンがここまで成長したのだから、私もまだまだ伸びしろがあるはずよ。それにしても・・・」
「はぁ~」と彼女がため息をついてしまった。
「それにしてもシャルロットちゃんは何者なの?普通の王族の姫様が大賢者様と互角に戦っているなんて、夢でも見ているようだわ。」
「シャルはシャルだよ。誰よりも平和を願う優しい王女様なだけさ。その気持ちが彼女の強さの源なんだよ。」
俺達の視線の先には大きな白い翼を広げたラピスと、純白に輝く鎧を装着し、鎧と同じく白く大きな翼を広げたシャルの激しい模擬戦が空中で繰り広げられていた。
「メギド・フレイム!」
ラピスが叫ぶと周囲に青白い炎の玉が浮かびあがり、一斉にシャルへ向かって飛び出した。
対してシャルは左手の掌を突き出した。
「義姉様!そんな見え透いた攻撃なんて!防ぎなさい!イージスの盾!」
掌を中心に巨大な白く輝く光の盾が出現する。
ボシュゥウウウウウウ・・・
メギド・フレイムの炎がイージスの盾に阻まれ消滅してしまう。
さすが最上級のシールド魔法と呼ばれるイージスの盾だけあるな。いくら上級の炎魔法であるメギド・フレイムでもビクともしない。
女神の魂を宿しているシャルだけある。目覚めてたった数ヶ月なのに、今では俺達と同等の力を発揮するようになっていた。
しかも、まだまだ成長しているのには驚きだ。
(俺達もうかうかしてられないな。)
右手に握っていた白い槍をクルクル回しラピスへと向けた。
バチッと一瞬、槍が放電をする。
「レールガン!」
シュン!
空気を切り裂くような音が聞こえた瞬間、白い槍がシャルの右手から消えた。
「それこそ狙いが甘いわ!シールド・ビット!」
今度はラピスが叫んだ。
フォン!
ラピスの周囲に青白い透明な三角形のシールドがいくつも浮かんだ。
ギィイイイイイイイイッッン!
シールドが現われた瞬間、甲高い音が響いた。
あまりの槍の速さでうっすらとしか見えなかった。稲妻を帯電している槍がラピスへと迫っていたが、その槍をラピスが展開しているシールドで防いでいた。
シャルのイージスの盾のような強引に受け止めるのではなく、槍の側面をシールドでそっと押すような感じで受け流して軌道を逸らしたと言った方が正解だろう。
その行動の為に展開後も自在に動かす事が可能なあのシールド魔法を使ったのだろうな。
刹那の間でこのような攻防を行うラピスのセンスはさすがだと思う。
『剣豪』の称号持ちとも言っていたし、剣の受け流しを魔法のシールドで真似たのだろう。
「そんなぁあああああ!どんな障壁も貫くレールガンを!」
シャルが信じられないような顔でラピスを見ている。
そんなシャルの驚きの顔と対照的にラピスはニヤニヤと笑っていた。
「何でもかんでも力押しだけじゃ上手くいかないわよ。」
「それにしても義姉様の引き出しはどれだけあるのですか?このようなシールド魔法は始めて見ましたよ。私でも使えますか?」
驚愕の表情だったシャルもすぐにいつもの微笑みに戻り、ラピスから色々と教えてもらおうとしている。
そんなシャルだからだろうな。どんどんと強くなっていくのは当たり前だ。
「これは私の師匠から教えてもらった魔法よ。習得するにはかなりの根気が必要だと思うけど、シャルなら覚えるかもね。」
「はい!楽しみにしています!」
「ならシャル、あなたの現在の力を全部私に見せてみなさい。師匠として全部受け止めてダメ出ししてあげるわよ。」
「うぅぅぅ~~~、それは勘弁して下さいぃぃぃ~~~」
「だったら、全力で私に挑む事ね。」
シャルの視線が鋭くなった。
本気でラピスに挑むつもりなんだろう。
バリバリィイイイイイイイイイ!
何だ?シャルの全身が雷に包まれている。
「これが私の本気モードです!」
そのシャルの周りにいくつもの青白い光の玉が浮いている。
右手を頭上に高々と掲げる。
「雷帝モードからのぉおおおおおおおおおお!ギガ!サンダー!ブレイクゥウウウウウウウ!」
ガカッ!
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッン!
辺り一帯が青白い光に包まれる。
次の瞬間、ビリビリと空気が震え地響きのような轟音が俺の全身を振るわせた。
(おいおい・・・)
俺のギガ・サンダーブレイクよりも強力だぞ。
アレが本気のシャルの雷魔法なのか?
「旦那様・・・」
いつの間にかエメラルダが俺の隣に立っていたが、顔がとても青い。
「あの魔法って?勇者しか使えない魔法なのに・・・、シャルロットちゃんも勇者なの?」
「違うわよ。」
アンもいつの間に近くに?
「シャルは女神様の力を持っているのよ。」
「女神様?」
エメラルダが信じられない顔で遠くにいるシャルを見つめている。
「そうよ。女神フローリア様の娘であるアイリス様の力の一部をね。そして、アイリス様の加護もいただいているの。アイリス様の一番得意な魔法は雷魔法みたいなのよ。だからシャルもレンヤさんと一緒で雷魔法の使い手なのよ。いえ、その力はレンヤさんを超えているかも?その事は神の世界に行き来が出来るラピスさんから教えてもらったけどね。」
「そんな力が・・・」
「どうしたの?」
アンがエメラルダを心配そうに見ている。
「もしかして?」
「アン、そんな事は無いわよ。もしかして、私が怖じ気づいたと思った?そう思われるのは心外ね。逆にわくわくしているのよ。この500年は負け犬と言われ続けていたわ。そして、私達マルコシアス家の視野が狭かった事もね・・・、だけど、こうして家の柵から解き放たれて感じる事は、世界って広いのねと思うわ。」
そしてアンをジッと見つめた。
「アン、ありがとう・・・、こうして私を迎えに来てくれて・・・、そして、そんな私を受け入れてくれた旦那様に感謝ね。」
「そんな事は無いわ。」
アンがゆっくりと首を振った。
「私もこうして城の外の世界を見て、今までの自分の世界がちっぽけだったと理解したわ。そんな私を連れ出してくれたレンヤさんには感謝しかないの。そんな感動をあなたにも伝えたかったのよ。」
「ありがとう、アン・・・、そして旦那様・・・」
2人がうっとりとした目で俺を見つめていたが、この展開はちょっとヤバい気が・・・
「ちょっと・・・」
ズイッ!
テレサが俺とアン達の間に割り込んできた。
そろそろ行動を起こすだろうと予想してたが、ドンピシャのタイミングだよ。
「今は模擬戦の最中なのよ。イチャイチャするのは終わってから。まぁ、私の目が黒いうちは兄さんには近寄らせないけどね・・・、今日は私が兄さんを独占するのよ、ふふふ・・・」
「「そう・・・」」
マズい!
アンもエメラルダも目が据わっているぞぉおおおおおおおおおお!
殺気がぁああああああああああああ!
どんだけ鋭い殺気が出ているんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
並みの人間ならこの殺気だけで心臓が止まってしまうぞ!
「お前達!落ち着け!ここで場外乱闘でもされたらシャレにならん!」
ピタッと3人からの殺気が止まった。
「兄さん、ゴメン・・・」
「レンヤさん、大人げなかったわ・・・」
「新参者なのに出来過ぎた真似を・・・、ゴメン・・・」
良かった・・・、どうやら落ち着いたみたいだ。
「後でこの3人で勝負よ。もちろん景品は何なのか分かっているわね?」
「「もちろん!」」
アンが2人にボソッと呟いて、テレサもエメラルダも頷いていたけど、よく聞き取れなかったが何を話していたのだ?
まぁ、3人が大人しくなったので良かったとしよう。
これでゆっくりとラピスとシャルの模擬戦を見る事が出来るよ。
おっと!
シャルのギガ・サンダーブレイクを受けたラピスはどうなった?
(ラピスに限って負ける事はないと思うが・・・)
「そ、そんな・・・」
空中のシャルが驚愕の表情を浮かべている。
「全くの無傷だなんて・・・」
そんなシャルに対してラピスはニヤニヤした表情でシャルを見ていた。
「なかなかの攻撃よ。でもね、見た目はレンヤより派手だけど、密度はレンヤよりも薄いわよ。だから私レベルでも弾かれてしまうのね。」
「ふぉふぉふぉ、お嬢よ、儂のおかげなのに何を我が身の手柄にしとるんじゃい。」
(誰だ?)
ラピスの近くから声が聞こえる気がする。
「ヴォルト!余計な事は言わないの!」
ラピスが真っ赤な顔になっていた。
そのラピスの横に青白い大きな猫がいるけど?
その猫が喋っているのか?
「お嬢ちゃん、確かに今の攻撃は儂もちょっと驚いたぞ。でもな、あの兄ちゃんのように魔力をもっと絞らないとな。折角の才能が勿体ないぞ。」
その猫?が俺を見ながら喋っているよ。
かなり離れているけど、しっかりと声が聞こえる。
(もしかして?)
「そうじゃ、儂が雷の精霊『ヴォルト』じゃ。」
(おいおい・・・、何で俺の心が読める?)
「ふぉふぉふぉ、不思議がるな。それは秘密じゃ。嬢ちゃんの素質は素晴らしいな。儂も一緒になって鍛えてあげるぞ。遠慮せずにかかってくのじゃ。」
「それじゃお言葉に甘えて!」
シャルがニヤリと笑うと、体の周囲を回っていた青白い球が一斉にラピスへと飛び出した。
「お嬢!」
ラピスが右手を突き出すと精霊の体が激しくスパークする。
精霊の姿が消えたと思ったが、突き出したラピスの手には刀身が青白く放電している剣が握られていた。
「サンダーブレード!この剣ならシャル、あんたのプラズマボールも怖くはないわよ。」
「その自信、本物か確かめますわ!普通の剣ならば受ける事すら不可能な攻撃!いけぇええええええええ!プラズマボール!」
ズバァアアアアアアアアア!
ラピスが剣を振るうと、シャルの放った光の玉が全て真っ二つになり消滅する。
「そ、そんな・・・」
冷や汗を流しているシャルだが、ラピスの方は涼しい顔だ。
「確かにプラズマはまともに受ける事も不可能なほどの高温の物体ね。でもね、このヴォルトが変化した剣は刀身がプラズマなのよ。その温度はシャル、あなたのプラズマボールよりも高い温度なのよ。上には上がいるって事よ。」
「さすがは義姉様だけありますね。私もますます頑張る気が出てきました。精霊様を上回る目標が出来ましたから、もっと上を目指せそうです。」
シャルがニヤッと笑う。
「目指せそうでなく絶対に目指すのよ。レンヤの隣に立ちたいならね。そして今日の仕上げよ。」
ラピスが右手を上に掲げた。
「フェニックス・プロミネンス!」
(おい!あの魔法は!)
ラピスの上空に巨大な炎の鳥が出現した。
大きく翼を広げ、今にもシャルへと飛びかかりそうだ。
あんな魔法、模擬戦で使う魔法じゃないぞ!
直撃すれば怪我では済まない!確実に命を奪う魔法だ!
「ラピス!何をしている!シャルを殺す気か!」
思わす叫んでしまったが、ラピスもシャルも真剣な表情を崩さず、お互いに見つめ合っていた。
「シャル・・・、あなたなら出来るはずよ。アイリス様の魂を受け継いでいるあなたならね。」
「はい・・・、今まで教えていただいた全てを!」
シャルが両手を頭上に掲げた。
(何だ?この異常な程のプレッシャーは?)
シャルの体から今まで以上の魔力が湧き上がる。その魔力が赤いオーラとなってシャルの全身を包み始めた。
まるで、俺があの時に青いオーラに目覚めた時のようだ。
「この赤いオーラ、まだまだ弱いけどまさしくアイリス様の神気ね・・・」
その赤いオーラがシャルの頭上へと舞い上がっていく。
徐々に何かの形が出来上がる。
「ここまでの力を発揮するなんて予想外だわ。」
ラピスの額から汗がタラリと流れた。
シャルの頭上に集まったオーラが1つの形になった。
ラピスの炎の鳥のようにシャルの上には真っ赤な炎のドラゴンの姿が出来上がっている。
両手を思いっ切り振り下ろした。
「ドラゴニア・プロミネンス!」
巨大な炎のドラゴンがラピスへと一直線に飛んで行く。
「ちょっとぉおおおおおおおおおおおお!あそこまでは予想外よ!」
ラピスが慌てて右手を振り下ろした。
「行きなさい!フェニックス!」
ラピスの頭上に浮いていた巨大な炎の鳥が大きく翼を広げてドラゴンへと飛んで行った。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッン!!!
目の前が真っ白になり爆風が俺達を襲う。
「うわ!」
「「「きゃぁああああああああああああ!」」」
あまりの爆風に俺達は吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がってしまった。
「いてててぇぇぇ・・・」
「あいたたたぁぁぁ・・・」
何とか立ち上がったけど、目の前の光景が凄い事になってしまっている。
炎の鳥と炎のドラゴンが衝突した場所は巨大なクレーターが出来ていた。
ラピスのあのメテオが落ちたような光景だよ。
(2人は?)
お互いにかなり離れた場所で浮いていた。
どうやらシールドの魔法を展開し、爆風を防いだみたいだな。
しかし・・・
シャルの鎧と翼が光の粒子となって消えてしまう。
「マズい!シャルが力を使い果たした!」
ゆっくりとシャルが落下を始めた。
「兄さん、出番よ。お姫様が待っているわ。」
テレサが俺へとウインクをしている。
「分ったよ。」
転移でシャルの横に移動し抱きとめ、俺も飛行魔法を唱えゆっくりと地上へと降りた。
シャルがゆっくりと目を開ける。
「レンヤさん・・・」
「頑張ったな。」
「うん、頑張ったよ。だけど、ちょっと疲れたから少しこのままでお願い・・・」
嬉しそうに微笑んでギュッと俺に抱き着いてきた。
「まぁ、あれだけ頑張ったから仕方ないわね。」
ラピスがアン達のところへ降り、少し不満そうな顔になっていたけど許してくれ。




