163話 ティアマットとエメラルダ①
部屋から出てきたティアの姿に思わず俺も見惚れてしまった。
化粧を施しドレスを着たティアの姿は・・・
(まるで美の女神がこの世に降臨したみたいだ。)
今のティアはうっすらと化粧をしているが、その化粧がティアの美しさを更に引き立てている。
そして薄いオレンジ色のドレスも彼女の今の雰囲気に似合っている。
ティアは3姉妹に任せ、シャルが俺達のところに戻ってくる。
「まさかここまでとはねぇ・・・」
「正直、私達の立場が危ないって感じがするわ。」
「顔もだけど、あの胸が憎い・・・、何であそこまで強調するのよ!」
アンもシャルも少し赤い顔でティアを見ていたが、ラピスだけ感想が2人と違うぞ。
ラピスはいつもと変わらない平常運転だよ。
そんなラピスの態度を見て少し安心した。
「レンヤさんから聞いていても、彼女があのエンシェントドラゴンだとは想像も出来ないわね。今でも夢を見ているのかと思うわ。」
シャルがティアを見ながらしみじみと呟く。
「伝承通り人に変化するのには驚いたけど、あれだけの大きさがあんな人と同じサイズになるのは俺も驚いたよ。でもな、彼女から漂う気配は尋常じゃないと分かるな。」
「そうね、私も分かるわ。普段はその欠片も見せないけど、彼女から漂う覇気は確実に私より強いって分かる。でもね、ちょっと嬉しいのよ。」
「どうしてだ?」
「私はまだまだ強くなれると思うからよ。女神様のお力のおかげで私はお飾りの王女でなくなったわ。レンヤさんと一緒に戦えるようになったの。魔族くらいでは負けない程の力をね。だけど、あの時の魔神達の前では私の力はまだまだ及ばないと自覚したの。神の力は私の想像以上だったわ。それからよ、テレサ達と一緒に強くなろうと決めたのはね。」
「そうよ兄さん。」
「うおっ!」
(テレサ・・・、いつの間に?)
「私はシャルの護衛の仕事を手伝っていたのよ。シャルの公務が終わったから私も一緒に帰ってきたの。着替えがあったから少し遅れてしまったけど・・・、それにしてもあの女は何者?」
メイド服姿になったテレサの鋭い視線がティアに向けられていた。
「ま、ま、あれはだな・・・」
「兄さん・・・」
俺の言葉にすかさずテレサが反応し、今度は俺を睨む。
(うわっ!この目はかなりヤバい!)
「テレサ、あの人はね、アンジェリカ義姉様の新しい部下になった人よ。義姉様が実力であの人に勝ったからね。今はまだお客様の扱いだから、ああやってドレスを着せているの。普段の状態はちょっと不味いのもあるからね。それにしても、女の私でもうっとりしてしまう美貌って・・・」
シャルが上手く説明してくれた。
(助かった。)
「義姉さんとの実力勝負で?それにあの角は魔族?何か違う気もするわね。まぁ義姉さん絡みなら魔族の部下も出来て当然かもね。だけど・・・」
テレサがニヤリと笑いペロッと舌舐めずりをする。
「ふふふ・・・、どんなに力を隠しても私には分かるわ。あの人は只者ではないわね。兄さん、あの人は本当に魔族なの?まぁ、どんな人間なのか手合わせすれば分かるかな?」
(おいおい・・・)
剣神の称号を授かったテレサは更に血の気が多くなった気がするよ。
最近はソフィアとの模擬戦を嬉々として楽しんでいる感じも・・・
テレサがバトルジャンキーの道を着々と歩んでいると思うのは気のせい?
そして、今のソフィアの実力なら誰にも負けないと思うけど、テレサとシャルの伸びしろは尋常でないとソフィアが言っていたな。その中にティアも加わるのだろう。俺の妻連合は現状でも間違い無くこの世界最強の戦力ではないのか?
あまりにも目立つと他の国から変に目を付けられる可能性も出てくる。
アンの最終目標は差別の無い国を作る事だけど、強過ぎる力は逆に相手にとって脅威にもなる。
人間至上主義の国家もいくつかは確認しているし、そんな連中とは敵対したくないのが本音だけどな。
まぁ、この国の後ろ盾があれば、そう馬鹿な真似をする国はいないだろう。
話は元に戻るが、今のティアの姿は本当に綺麗だ。
キチンと正装した姿は男性だけでなく女性をも虜にさせてしまう程の美貌だ。
鼻血スプラッシュから何とか復活した男連中も再び見惚れて硬直しているし、周りにいる女性達もうっとりとした目で見ている。
下手な男だったら完全にティアに溺れてしまい、『傾国の美女』と呼ばれても間違いはないだろう。
だけど・・・
視線を隣に移すと、アンとラピスが並んで俺を見ている。
アンの後ろにはエメラルダが立っていて、2人と同様に俺を見ていた。
(ティアに対して俺の気持ちが揺らいでいるのかと心配しているのだろうな。)
「心配するな。ティアがどんなに美人だろうが、みんなへの気持ちは変わらないからな。」
「レンヤさん・・・」
「レンヤ・・・」
とても嬉しそうに2人が俺の両隣に立ち腕を組んできた。
「兄さん・・・」
テレサが俺の斜め後ろに立って背中に頬を当ててきた。
「私も忘れないでよ。私が兄さんの事を1番愛しているんだから、あんなポッと出の痴女には負けるつもりはないからね。」
このヤンデレ娘め!
だけど、いつもと変わらないテレサの言葉に安心した。
ちなみにカイン王子は大丈夫なのか?
「ははは・・・」
カイン王子がシヴァの腰に手を回し、シヴァがうっとりとした顔でカイン王子に寄り添っていた。
もうこの2人は人前でも更に遠慮しなくなったよ。
熱々で何よりの平常運転にちょっと安心したよ。
そのティアが俺の前に立った。
いやいや、この最上級の美人が目の前にいて、なぜか憂いのある目で見つめられていると何か変な気持ちになりそうだ。
「ご主人様よ、我のこの姿はどうだ?そちらの女に聞いたが、この服装がこの場での正装と言われたぞ。」
「あぁ、びっくりしたよ。ティアがここまで綺麗になるなんてな。美の女神と言っても過言ではない程だな。」
俺の言葉にティアがピクンと震えた。
そして、今まで以上に妖艶な笑みを浮かべ俺を凝視している。
(何だ?もしかしてやらかした?)
「我の姿を美しいと・・・、我はその言葉にとてつもなく感動している。何だろうな、こうしていると胸がドキドキする。やはり我のご主人様への気持ちは間違い無い!我は・・・」
ニヤリと口角を更に上げゆっくりと俺へと歩き始める。
「ふふふ・・・、ご主人様よ、我はもう我慢が出来んぞ。さぁ・・・、我との子を・・・」
サッ!
テレサがいきなり俺とティア間に立って、聖剣ミーティアを構えている。
「何なのよ、この色情魔は?いきなり欲情して兄さんに迫るなんて・・・」
「テレサ!気を付けろ!こいつはヤバいぞ!」
俺の言葉にテレサが頷いた。
感覚でティアはヤバい存在だと気付いたみたいだ。
「何だ、この小娘は?我の邪魔をしようとするなら・・・」
ティアとテレサが一瞬でその場から消えた。
ビタァアアアアアアアアアア!
少し離れた場所で2人が対峙していた。
テレサの剣がティアの喉元で止まっている。
対してティアの手刀もテレサの喉元に突きつけられていた。
2人が睨み合いピクリとも動かない。
しばらくすると・・・
「「ふふふ・・・」」
同時に笑い出した。
「小娘と思っていたがなかなかだな。」
「あなたこそ見た目通りではないわね。」
睨み合っていた二人が離れた。
「小娘よ、貴様の名は?我はカオスドラゴンのティアマットだ!主であるアンジェリカ様やご主人様のレンヤ様からはティアと呼んでもらっているぞ。」
おい!大声で自分からカオスドラゴンだとバラしたぞ!
ザワザワ!
ティアの言葉で周りがざわつき始めた。
(マズい!一歩間違えればパニックになる!)
しかし、テレサは不敵に笑っていたが剣を下げた。
「文献には出ていたけど、エンシェントドラゴンは本当に人に変化出来るのですね。こうして伝説にお会い出来るのは名誉な事、私の名前はテレサ、勇者レンヤの妹であり妻の1人です。」
「ほぉ~、見事よな。我の正体を知ってもこうも落ち着いているとはな。流石はご主人様の妹君だな、気に入ったぞ!」
「あなた様ほどの存在に気に入られて大変名誉です。」
あのテレサがティアに対して頭を下げたぞ。
(何か天変地異の前触れか?)
「兄さん・・・」
冷たい視線のテレサが俺を睨んでいる。
何かマズい事があったのか?
「私に対して失礼な事を考えていなかった?」
ドキィイイイイイイイイイッ!
いきなり心臓を鷲掴みされる感覚になった。
(す、鋭い!テレサもラピスのような特技を持っているのか?)
「冗談はこれくらいにして本題に入るわ。ティアマット様、あなた様がここにいらっしゃる事は既にアン姉さんとラピス姉さんに受け入れられているからでしょうね。それに関しては私は異議はありません。ですが!私の兄さんに手を出すつもりなら、私も少しは抵抗しますよ。」
ニヤリとテレサが笑う。
「そうきたか・・・、ならばテレサよ、対価は何を望むのだ?」
ティアもニヤリと笑った。
「話しが早くて助かります。私を強くして下さい。ソフィア姉さんと同じくらいの覇気を感じますので、あなた様からにも鍛えてもらえれば、あの憎っくきクソビッチの魔神も倒せる強さも手に入るかと・・・、兄さんに纏わりつく蛆虫は私が駆除するのよ。それが私の使命・・・」
「魔神か・・・、奴らは我にも思うところがある。」
スッと右手をテレサに差し出すと、テレサも右手を出しガッチリと握手をした。
「よかろう、我の技術の全てを叩き込もうではないか。共に魔神打倒に励もうではないか。」
「おいおい・・・」
何で2人で盛り上がっているのだ?
「いいじゃないの。」
アンもラピスもエメラルダににっこりと笑っている。
エメラルダがジッとティアを見つめていた。
「彼女も私と同じ・・・、アンと勇者様を追って故郷から出た身・・・、ここが私達の居場所なの。」
「そうだな、だからといって・・・」
「ご主人様ぁああああああああああ!」
エメラルダと話している最中だったが、目を血走らせたティアが俺の前まで走ってきた。
嫌な予感がする。
「ふはははぁあああああ!これで我も皆と一緒にいられるぞ!」
ガシッ!
ティアがいきなり俺の手を掴んだ。
「さぁあああ!ご主人様!伽を頑張ろうではないか!まぁここは公衆の面前だから、さすがに我でも恥ずかしいしな。ほれほれ、どっかの人気のない場所か部屋で・・・、それとも人に見られながらの方が興奮する性癖持ちか?」
ガン!
「ぐえ!」
またもやアンが魔剣でティアの頭を叩いていた。
「ティア、いい加減に・・・」
絶対零度の空気がアンから放出されている
「ぐぬぬぬ・・・、ならば、後で2人の時にどうだ?」
「こら!いい加減にしろ!」
ズン!
俺もアン程ではないが、ティアの頭にチョップを軽く喰らわした。
「あいたたぁぁぁ・・・」
痛そうに頭を押さえているが、そんなに力を入れていないはずなんだが?
「ご主人様よ!危うく頭が2つに割れるところだったぞ!我に痛い目に遭わせた罰として伽をするのだ!」
「だからぁぁぁ・・・」
(う~ん・・・、ティア暴走が止まらない。)
「ご主人様よ、我の事が嫌いなのか?」
ちょっと涙目になったティアが上目遣いで俺の顔を覗き込んでいるよぉぉぉ~~~
「ティア、俺達は今日初めて会ったばかりだぞ。それをいきなり抱いてくれって・・・、いくら何でも焦り過ぎだと思うぞ。こういうのは、もっとお互いに分かり合ってからで・・・」
「我は受け入れOKなのだ!もうご主人様の事しか考えられないのだ!」
ウルウルとした目でティアが俺を見ているよ。
「ご主人様!ここまで言っても我との伽を認めてくれないのか?」
何なのだ、この駄竜は?
さっきまでは露出狂とも言われそうな際どい服装の痴女だったし、今は服を着たから見た目はまともになったと思いきや、いきなり抱いてくれと言われるなんて・・・
「いやいや!ティア、やっぱり順番があるし、今も言ったけど、そこはお互いに良く理解してからであって・・・」
「大丈夫だ!ドラゴン族は好きになったが最後!相手を服従させてでも交尾を求める種族なのだ。まぁ、我は今まで好きになったオスはいなかったし、そもそも我に勝てるオスもいなかったからな。おかげで誰とも番にならず寂しい独身生活を満喫しておったぞ。そんな寂しい生活もこれで終わりだ!」
「こらこら、俺達は人族であって、ドラゴン族の常識は通用しないからな。この話は頼むから人族の常識を覚えてからにしてくれないか?」
「人族の常識か・・・」
ティアが唇に人差し指を当て何か考え込む仕草をしている。
(何だこの仕草は!滅茶苦茶可愛いぞ!)
ダ、ダメだ!この仕草にときめいては!
ホント、この美人はどんな仕草でも似合い過ぎるよ。
(言動が少しズレているのが残念だけどな。)
少し考えてから、ピン!と閃いたように手を叩いた。
そして俺を見てニヤリと笑った。
「ふはははははぁああああああああああああああああああああ!」
ティアが自信満々に笑っているよ。
「ご主人様よ!我も長い間、多くの人族を見てきた。そのおかげで人族の事はかなり分かっているつもりだ。」
ジッとティアが俺の目を見ている。
「刮目せよ!これが究極のお願いポーズだ!このポーズをすれば最後!ご主人様は我のお願いは拒否出来まい!」
ガバッ!
・・・
俺の目の前には・・・
周りにいる全員が唖然とした顔でティアを見ていた。
その姿は・・・
THE・土下座!
(いくら何でもここまでするか?)
いや!それ以前に、なぜドラゴン族のティアが土下座を知っているのだ?
ティアがゆっくりと頭を上げ、『どうだ!』といった感のドヤ顔で俺を見ている。
「ティア、どうして土下座なんてものを知っているんだ?」
「ご主人様よ、我は最強のドラゴンだぞ。遥か昔から我を倒し名声を得ようとする輩がどれだけの数がいたと思う。まぁ、どいつもこいつも我の前では虫けらだったがな。その時、何とか助かろうと人族は皆このようにして我に懇願していたのだ。全員殺してしまうと我の恐ろしさを伝えられないから、数人は生き延びさせやったが、面白いように全員がこのポーズだったぞ。それで分かった!このポーズは人族における最大のお願いポーズだったとな。」
(確かに使い方は間違ってはいないと思うけどぉぉぉ・・)
だからといって素直にティアを受け入れるのはなぁ・・・
(やっぱり、ティアとはお互いよく知ってからでないといけないと思う。)
自然と言葉が出てしまった。
「ティア、ごめん・・・」




