159話 邪竜強襲⑪
ギリギリ・・・
ヴリトラがギリギリと歯軋りをしている。
俺の事を原住民の猿と侮っていたが、ここまでやられるとは奴も想像していなかっただろう。
シュゥウウウウウ・・・
奴の頬の割れた鱗が煙を上げて再生している。
思ったよりも再生能力が高そうだ。
ペッと口から血を吐きながらヴリトラが拳を握った。
「認めん・・・、人間が俺よりも・・・、そしてアイツが蘇るなどと・・・」
翼を大きく広げ俺に向かって高速で飛び出した。
「貴様の化けの皮!この俺が剥がしてやるぅうううううううううううう!くたばれぇえええええええええええええ!」
ガシッ!
「ぐっ!」
やはり奴は強い。
奴の右拳を掌で受け止めたけど、受け止めた腕そのものがもぎ取られると思う程に衝撃が凄い。
それにしても・・・
奴も化け物だけど、俺も大概だよな。
あまり奴の事が言えないよ。
「お返しだぁあああああああああああ!」
ズン!
俺の左フックが奴のボディに深々と突き刺さった。
「ごほっ!」
またもや奴の体がくの時に折れ曲がり、口から赤い血を吐き出す。
たまらず奴が俺から離れた。
「ぐっ!貴様に打ち負けるとは・・・、一撃一撃がまるでアイツのように重い・・・」
しかし、ニヤリと笑う。
「だがぁああああああああ!手数ではどうだ!」
シュン!
ズドドドォオオオオオオオ!
「ぐはっ!」
何十発ものパンチが俺の体に突き刺さる。
奴の本気の攻撃だ。さっきとは比べ物にならないくらいの衝撃が体中に響いた。
「くっ!負けるかぁあああああああああああ!」
ドカッ!
「がはっ!」
渾身の右ストレートが奴の顔面に炸裂し、再びクルクルと回転しながら吹き飛んでいった。
ズゥゥゥン!
ドォォォン!
「何なのよあの戦いは?単なる殴り合いの音がココまで聞こえるなんて・・・、まるで世界の終りのような戦いよ・・・」
ラピスがゴクリと喉を鳴らし、2人の戦いを遠くから見守っている。
残りの3人も拳を握り締め固唾を呑んで見ていた。
「レンヤさん・・・」
「勇者様・・・」
「ご主人様・・・、我の為に・・・」
「あれが神レベル同士の戦いなのね。神の強さを舐めていたと痛感するわ。今の私では見ているだけしか出来ないし、この場はレンヤに託すしか・・・」
そう呟いたラピスの目には涙が少しにじんでいた。
「エルフの女よ、誠に申し訳ない。我がご主人様に助けを懇願してしまった為に、神との戦いを強要させてしまった。」
ティアマットがラピスに深々と頭を下げた。
「この事に関しては気にしなくていいわ。遅かれ早かれアイツら魔神達との決着は着けなければならなかったからね。そして、私の名前は『ラピス』、いつまでもエルフの女と呼ばないで。この世界ではあなたの方が上位の存在だから敬語もいらないわ。」
「有り難い、我も余所余所しい口調は苦手だからな。ラピスよ、心遣いを感謝する。」
しかし、ラピスはギロッとティアマット睨んだ。
「さっきの言葉だけど、アレは本気なの?レンヤに惚れたってのは?」
今度はティアマットの視線が鋭くなった。
「あぁ、本気の本気だ。この世に生れ1万年以上生きた。我が主に負けた事もご主人様に心を奪われた事も初めての事だ。我はもうドラゴンの山にはいられない、山で主とご主人様を想いながら孤独に1人では生きていけないだろう。我の後釜は次席のバハムートに譲り、主とご主人様と一緒にいたいと熱望する。どうか、この願いを聞き入れて欲しい。」
しばらくラピスは黙っていたが、「ふぅ~」とため息をした。
「世界最強のカオスドラゴンに頭を下げられて嫌とは言えないわね。あなたの覚悟は分ったわ。だけどね、いくらあなたでもレンヤの妻の序列は1番下、それだけは覚悟してね。まぁ、序列とはいっても便宜上のものだし、レンヤは差別無く私達を愛してくれるから、そんなに気にしなくても良いと思うわ。」
「そうか・・・、我もお主達の仲間になれるのだな・・・」
嬉しそうにティアマットが微笑むとラピスの顔が赤くなった。
「ちょっと、この笑顔は反則よ。女の私でもドキドキするって・・・、」
「レンヤさんには申し訳ないわね。」
アンジェリカがため息をする。
「主よ、それは仕方ないだろう。あの竜神王は我とは別次元の存在だ。我に勝利した主でも、今の状態では奴には絶対に勝てん。それだけの差がある事は明確だ。」
「そうね・・・」
少し落胆していたアンジェリカだったが、遠くでヴリトラと戦っているレンヤを見て拳をギュッと握った。
「もっと強くなる。レンヤさんの隣で・・・、私もレンヤさんの背中も守れるくらいに・・・、共に戦えるように・・・」
「その気持ちは私も一緒よ・・・」
ラピスもアンジェリカの顔を見て頷いた。
「アン、私もよ・・・、これからはもう負け犬とは呼ばせないわ。」
エメラルダも頷いた。
「もちろん、我もだ。世界最強と言われた我だったが、神の前には全くの役立たずだった。この屈辱は忘れない・・・、お主達が強くなるなら、我は更に強くなって壁として立ちはだかろう。我を、ドラゴンの王を舐めるなよ。」
「「「望むところよ!」」」
4人の美女が顔を合わせニヤッと笑った。
ドカッ!
「くっ!」
ズン!
「がはっ!」
俺の膝が奴の顎に炸裂するが、奴は堪えてすかさず肘を俺の頭へと落とした。
(くそ・・・、攻撃力もそうだが、防御力がさっきまでとは段違いだ!)
それに、いくら人間並みの大きさとはいえ、奴は元々が大柄な体格だったし、今、目の前にいる奴の大きさは3メートルは超えるだろう。
あまりにもリーチの差があり過ぎて、俺の決定打がなかなか打ち込めない。
代わりに奴の攻撃がクリーヒットし始めている。
「はぁはぁ・・・」
腐っても神を名乗るだけある。そう簡単には勝たせてくれない。
「ふはははははぁああああああああああああああああああああ!楽しい!楽しいぞ!俺にここまで食い下がるとはなぁああああああああ!」
「へっ、俺は全然楽しくないぞ。」
「何を言っている?貴様の顔、鏡を見てみろ。なぜ、こうしてにやけているのだ?」
(はぁ?俺が?)
「ふふふ・・・、どうやら自覚していなかったようだな。その顔!俺は忘れもしない!やはり貴様は最強の天・・・」
ドカッ!
「ごちゃごちゃとうるせぇえええええ!」
「ぐあっ!」
俺のパンチでヴリトラが吹き飛んだ。
「俺は俺だ!」
しかし、空中でヴリトラが止まりニタリと笑った。
「そうか・・・、記憶は蘇らず、単に力だけが蘇ったみたいだな。貴様は何者か・・・」
ブワッ!
奴から今まで以上に強烈な覇気が発せられた。
「もう貴様は誰なのか構わん!貴様との勝負!俺の全身全霊を込めて戦ってやる!今の俺はかつての貴様に負けた当時の俺ではない!貴様に勝ち!俺の方が強かったと証明してやる!」
(何だ?)
あれだけ邪悪なオーラを放っていたヴリトラだったが、今の奴からは純粋なオーラしか感じられない。同じ黒色のオーラだけど、何だろう?とても純粋な強さを感じる。
だからか!奴のオーラの強大さが更に上がったぞ!
「ふふふ・・・、貴様に感謝する。こうして真っさらな気持ちで戦うとはな・・・、この気持ち、久しく忘れていたぞ。」
「そうかい・・・、俺は殴られて喜ぶような変態ではないけどな。」
俺もグッと拳を構えた。
奴のオーラに共鳴してなのか、俺のオーラもどんどんと膨れ上がっている。
青いオーラがまるで鎧のように全身に纏っている感じだ。
「その減らず口も変わらないな。ふふふ・・・、ずっとこの時間が続けばと思うぞ。」
「それは勘弁してくれ。」
お互いに拳を構え対峙する。
俺も不思議と奴との戦いに懐かしさを感じた。
だけど、もうこの時間も終わりに近づいているだろう。
「 竜闘気全開放!この拳に全ての力を!俺の全身全霊の技を喰らえぇえええええええええええええ!」
何だ!奴のオーラの形が変わった!
背中の翼が更に巨大化したように見え、右腕が倍以上に膨れ上がっている。
ダン!
「くっ!は、速い!」
奴が転移したかのように一瞬で俺の目の前に移動した。
奴がパンパンに膨れ上がった右腕を限界まで背中へと回した。
全身をばねのように回転し右ストレートを俺へと放った。
「神のみぞ使える境地!『絶』の技をぉおおおおおおおおおおお!竜闘技!絶掌撃!塵も残さず消え去れぇえええええええええええええ!」
「お前の最後の技!受け止めてやる!ソフィア直伝のぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
グッと左拳を構え、足首から膝、腰、背中、腕へと全身の魔力の渦を左拳に集中させた。
「砕けぇえええええええええええ!黄金の左ぃいいい!ファントムッッッ!クラッアアアアッシャーァアアアアアアッ!」
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン!
「ば、馬鹿な・・・」
真っ直ぐ伸びた俺の左拳は健在だった。
ヴリトラの右腕は肩から消滅していた。
その光景を信じられない表情でヴリトラが見ている。
しかし!
奴の目に再び意志の炎が灯った。
(まだ続ける気なのか!)
「まだ終わらん!」
ヴリトラが叫ぶと口を大きく開けた。
カッ!
口から真っ白に輝くビームのようなブレスが吐かれた。
このままだとブレスが俺の胸を貫くだろう。
「なんのぉおおおおおお!」
そのブレスを右の裏拳で弾き飛ばした。
「そ!そんな!俺のブレスを!全てを貫く極光のブレスを!」
「これで本当に最後だぁあああああああああああああ!はぁああああああああああああ!」
両手の掌に闘気を集中する。
「必滅!白狼神掌拳!究極奥義!金剛神掌ぉおおおおおおおおおおおおお!」
ズドン!
俺の諸手の掌底突きが奴の胸に炸裂した。
「がはっ!」
俺の技を喰らったヴリトラが口から大量の血を吐き、ゆっくりと地面へと墜落した。
ドサ!
奴は地面の上でピクピクしながら大の字になっていた。
そして、その姿は人間の姿に戻っていた。
「ふふふ・・・、俺の負けだ・・・」
「ヴリトラ・・・」
「だが、不思議だ・・・、かつて貴様に負けた時は復讐で頭の中がいっぱいだったのに、今は違う・・・、とても心地良い負けだ。何でだろうな?とてもスッキリしているよ。」
「はっ!そうか・・・」
何だ?ヴリトラが納得したような顔になっている。
「俺は全てを出し切った・・・、それなのに貴様は更に俺の上をいった。俺の全力を受け止めてくれる相手が欲しかったのだな。どんなに頑張ろうが絶対に勝てない相手・・・、それがお前だった。」
「いや、俺はそんな人間ではないよ。」
「貴様・・・、負けた俺に泥を塗るつもりか?」
「そのつもりは無い。だけどな、俺がお前に勝ったのは俺だけの力ではないからだよ。」
「どういう事だ?」
「今の俺の強さはみんなが俺に力を貸してくれるからさ。今のも俺だけじゃなく、ここにいるアン、ラピス、エメラルダ、ティアマットの願い、ソフィアが教えてくれた技、どれか一つでも欠けてしまえばお前には勝てなかっただろう。そういう事だ。」
「ふはははははぁああああああああああああああああああああ!」
(どうした?)
「あの時と同じような事を言われるとは思わなかったぞ。やはり貴様は貴様だったな・・・、だが、今は貴様の言った事が分かった気がする。仲間か・・・、尊いものなのだろな。仲間の為に頑張れる・・・、確かに俺には心から信頼する仲間はいなかったな。昔から俺は誰とも慣れ合うつもりはなかった。今一緒にいるロキもデミウルゴスも単に目的が一緒なだけの集まりだ。」
「奴を殺した創造神を殺す為だけのな・・・、創造神さえ殺せば俺達が神界の覇者になれると思っていた。」
「ふふふ、今はもうどうでも良い。俺はもう満足だ・・・、このまま死なせてぇぇぇ、がっ!」
突然、ヴリトラがガクガクと痙攣を起こした。
(どうした?ヴリトラの様子が変だぞ!)
「ロ、ロキめぇぇぇ・・・、いつの間に・・・、俺の体に細工をしたなぁぁぁ・・・・、ぐあぁぁぁ、意識が、俺の意識が消えていく・・・」
ピタッと痙攣が収まると、ゆっくりと立ち上がった。
しかし、奴の目に生気を感じられない。まるで死体が起き上がったかのようだ。
「GAAAAAAAAAAAAAAA!」
(これは!ドラゴンの咆哮!奴に何が起きた?)




