152話 邪竜強襲④
今、俺達は街外れの小高い丘の上まで移動している。
奴らに見つからないよう、地面スレスレで飛んできた。
ここからだと街の様子も、あのワイバーンとドラゴンの群れも良く見える。
「レンヤ、街の方は無事のようね。」
ラピスが俺に微笑んだ。
街を見ると、いつの間にか上空を飛んでいたワイバーンの群れがいなくなっている。
「私の孫がいるんだから、ワイバーン相手くらいなら心配していないわよ。あの子は私よりも天才だからね。シヴァの名は伊達ではないわ。」
「そうね、あの子の訓練にも付き合った事があるけどとても優秀だったわね。精霊女王に気に入られただけあって伸びしろが尋常ではなかったのは覚えているわ。」
「精霊女王って?」
エメラルダが怪訝そうな顔でラピスを見ている。
「あんたの想像通りの存在よ。本物のシヴァがあの子の中にいるの。」
「マジ?」
「マジよ。」
「それで・・・」
何だ?エメラルダがガックリした感じになったのだが?
だけど、急に嬉しそうな表情になった。
「あの時、城内に異常な魔力を感じたのはそういう理由だったのね。あの魔力は精霊女王様だった訳か・・・、アニーを我が家の守り神様が守って下さっているなんて・・・、私もこれで安心して家を出て行けるわ。」
再びエメラルダが何か考え込んでいる。
「でもねぇ・・・」
「エメラルダ、どうしたの?」
アンが心配そうにエメラルダの顔を覗き込んだ。
「やっぱり、本家のシヴァ様をこの目で見たかったわ・・・、シヴァの名を受け継いだ者の憧れのお方なのよ。」
「そう・・・、それはラピスさんに頼む事ね。」
「何で?」
「主よ、妾を呼んだか?」
突然、周囲の温度が下がった気がした。
「「「はい?」」」
いきなりの声に俺もアンもエメラルダも硬直してしまう。
俺達の後ろから強大な魔力を感じる。
ギギギ・・・
特にエメラルダがとてもぎこちない動きで首を後ろに回した。
「まさか、あなた様は・・・」
後ろに精霊女王のシヴァが佇んでいた。
エメラルダの問いにゆっくりと頷く。
「そういう事、今のシヴァの契約者は私なの。」
ラピスが超ドヤ顔で俺達を見ていた。
「主よ・・・」
シヴァがラピスの前で膝を付き頭を下げた。
「ほ、本当に精霊女王様が・・・」
ワナワナとエメラルダが震えている。
「そこの小娘よ・・・、主は過去最高の契約者なのだぞ。妾以外にも精霊王を始め、ほぼ全ての精霊と契約をされているお方なのだ。あまり無礼な態度を取るなら・・・」
エメラルダを小娘って・・・
まぁ、精霊からすれば500年の歳月なんてつい最近みたいなものだろうな。
「シヴァ、落ち着きなさい。」
「主よ、誠に申し訳ありません。」
シヴァが深々と頭を下げる。
こうして見ると、ラピスって本当に凄いよな。精霊女王にまで敬われているなんて、本来なら俺達は気軽に接していい身分ではないのだろう。エルフの里では神格化されているし、それがラピスの本来の姿なんだろうな。
「レンヤ・・・」
(ん?)
「私の事は普段通りでいいからね。下手に恭しくされると悲しくて泣いちゃうからね。」
(おいおい・・・)
相変わらず俺の心をすぐに読むよなぁ・・・
一体、どういう方法で俺の心を読んでいるのだ?まぁ、聞いても絶対に教えてくれないだろうが・・・
「ふふふ、それは秘密よ。」
(おい!また読んだな!)
ホント、こいつの前では隠し事は出来ないな。
「冗談はさておき、私がシヴァを呼んだのはね・・・」
ビシッとエメラルダを指差す。
「あんたの力を底上げするつもりよ。」
「わ、私が?」
「そう、今のあなたも確かに強いわ。伊達に四天王と呼ばれていなかったしね。だけどね、まだまだなのよ。今から魔神と戦うのだから、少しでも強くなってもらいたいの。その為に呼んだのよ。」
「本当に強くなれるの?」
「そうだ。」
ハッキリと断言したシヴァの右手の掌には青白い光の玉が浮かんでいた。
「ただし・・・」
真剣な表情でエメラルダを見つめている。
「妾の力で貴様の潜在能力を解放する。貴様に初代から受け継がれた力があれば、その力は解放されるだろう。何も無ければそれで終りだ。単なる徒労に終わるかもしれない。そして、潜在能力の解放は相応の苦痛も伴う。貴様にその覚悟があるか?」
ゴクリとエメラルダの喉が鳴った。
「覚悟はあります。」
「エメラルダ・・・」
アンが心配そうにエメラルダを見ていたが、そのエメラルダはアンを見てニコッと微笑んだ。
「アン・・・、大丈夫よ。私はこれからはアンの隣で一緒に歩むと決めたのよ。これくらいで怖じ気づいていたら一緒にいられないわ。アンはどのくらいの覚悟で魔王を名乗ったのかは分らない。でもね、私の想像している何十倍もの覚悟があったと思うの。」
そしてシヴァに視線を移した。
「アンが頑張っているなら私も頑張る。だから遠慮せずにお願いします。」
シヴァがニヤリと笑った。
何だ?とっても悪い笑顔なんだけど?
「気に入ったぞ!その覚悟!では受け取れ!」
シヴァの掌に浮いていた青白い玉がエメラルダの胸に吸い込まれた。
その瞬間、エメラルダの全身が白く輝いた。
「これは?」
「ほほぉ・・・、これは面白い・・・」
感心した様な表情でシヴァがエメラルダを見ていた。
「どうしたのよ?」
「これは主、彼女はとんでもない逸材でございました。この妾が感心するほどに・・・」
ピシピシ・・・
エメラルダの周りの地面が凍り始めている。
彼女から発せられる魔力量が異常だ!
「エ、エメラルダ!どうしたのよ!」
アンも慌てているが、肝心の彼女は全く慌てていなく静かに佇んでいる。
「アン・・・、信じられない力が私の中から溢れているわ。しかも、頭の中に声が聞こえてきたの・・・、『氷の女王』の称号を獲得したと・・・、魔族の私が称号なんてね・・・」
「見事だ!」
シヴァがエメラルダに微笑んだ。さっきまでの変な笑顔ではない。
「済まなかったな、貴様の覚悟を試していたのだ。潜在能力解放に苦痛は一切無い。だけど、覚悟が強ければ強い程に能力は解放されるのだ。今の貴様は潜在能力を100%解放された状態だ。秘められた潜在能力、妾の想像を超えるとはな・・・」
「シヴァ様・・・」
「その力、思う存分あいつらにぶつけるが良い。女王の力をあやつらに見せつけろ。お前の守りたいものを守る為にな・・・、数千年ぶりに現われた地上の女王よ、その力、楽しみにしているぞ。」
そのままシヴァの姿が雪となって消えていってしまった。
「レンヤ!」
「ラピス、どうした?」
「エメラルダの膨大な魔力にやつらが気付いたわ!どんだけの力を増やしたのよ!」
ズイッ!
エメラルダが数歩俺達の前に進んだ。
「エメラルダ・・・」
アンが心配そうにしているが、エメラルダの方は静かに佇んでいる。」
「アン、露払いは任せて。雑魚は私が蹴散らすわ。」
エメラルダの魔力に気付いた十数体のワイバーンが俺達の方へと飛んで来た。
ス・・・
ゆっくりとエメラルダが右手を掲げた。
「アイス・ジャベリン」
ピキィイイイイイイイイイイン!
(おい!嘘だろう?)
俺達の遙か頭上に数十本、いや!数百本の氷の槍が浮いていた。
数も異常だが、射程も異常過ぎる!通常のアイス・ジャベリンが精製出来る距離ではない!
そんな遠くに発生させる事は、その魔法の射程距離も普通ではないって事だ。
「ふふふ、派手にやったわね。まさか、私と同じレベルの事が出来るなんて・・・」
ラピスが嬉しそうだ。
「これくらいで驚いてもらっては困りますよ。『氷の女王』エメラルダの力、あのトカゲ共に見せつけてあげるわ。」
エメラルダがニヤッと笑い顔を迫って来るワイバーンへと向けた。
「槍よ・・・」
その言葉で空中の槍が一斉にワイバーンへと向いた。
「貫け!」
ヒュン!
全ての槍がワイバーンへ高速で飛んでいった。
「「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」」」
ワイバーンの悲鳴が辺り一帯に響く。
俺達へと向かっていた十数体のワイバーン全ての全身に無数の氷の槍が突き刺さっていた。
全身血だるまの姿で地面へと落ちてくる。
(1体のワイバーンの討伐でも苦労するのに、一瞬でここまでとは・・・)
「凄いよ、エメラルダ・・・」
アンがワナワナと震えている。
そんなアンをエメラルダは嬉しそうに見ている。
「どう?これでアンの隣に立てるかしら?でもね、まだまだよ!」
エメラルダの背中が青白く輝く。
バサッ!
例の氷の翼を纏い上空へと飛び立った。
だが、その背中の翼は先程までの比ではない!倍以上の大きさの翼を羽ばたかせ高速で上昇していった。
「ちょっと!待ってよぉおおおおおおおおおおおおお!」
エメラルダの後をアンも翼を広げ慌てて上昇していく。
「レンヤ!私達も行くわよ!」
「もちろんだ!」
俺もラピスも翼を広げ飛び上がった。
100体以上のワイバーンとドラゴンが俺達の方へ飛んできている。
「ここに辿り着くまでに少しは落としておかないとね。」
エメラルダがペロッと舌舐めずりをしている。
「今日は快晴、アレを使うには最適な天気ね。」
両手を頭上に掲げた。
(何だ!アレはぁあああ!)
エメラルダの上空に巨大な氷の塊が浮いている。
直径は数十メートルはあろう丸い透明な氷の板だ。
しかし・・・
この浮いている板の外周部は殆ど厚みは無く、中心へ向かい段々と厚くなっている構造の氷の板だった。
(何をする気だ?)
「角度良し!距離計算良し!」
キラッと氷の板が光った気がした・
「GUGYAAAAAAAAAAAAAA!」
一体のワイバーンの頭が激しく輝き火を噴いた。
一瞬にして頭が燃え尽き、そのまま地面へと落下していった。
次々とワイバーンの頭や翼、胴体が輝き火を噴く。大量のワイバーンが地面へと墜落していった。
(何が起きているのだ?)
「エグい攻撃ね。しかもアレは魔力を必要以上に使わないし、大量破壊にもってこいだわ。」
ラピスが腕組みをしながら目の前の光景を見ていた。
「何をしているのだ?」
「原理は簡単よ。あの巨大な氷のレンズで太陽の光を集中してワイバーンを焼いているのよ。」
「レンズ?」
「そう、あの氷の塊よ。今のあの子の膨大な魔力であれだけの大きさのレンズを作れたけどね。そして、ちゃんと焦点を合わせるようにレンズの屈折率も計算出来るなんて、頭の良さもハンパじゃないわ。氷魔法では私のライバルとして不足はないわね。」
ラピスが嬉しそうだ。
大賢者として魔法に関しては右に出る者はいないと言われるほどの天才だけど、やはり自分と同等なレベルの相手が欲しかったみたいだな。
(アンだけじゃなくてラピスとも良い友達になれそうだよ。)
「ふふふ、私も混ぜてもらおうかな?」
ゆっくりとラピスがエメラルダの横へ移動する。
「エメラルダ、アトミック・レイを撃つけど耐えられる?」
コクンとエメラルダが頷いた。
「それだけじゃ芸が無いわね。」
パパパァアアア!
エメラルダが返事をすると、背中の翼から大量の氷の羽が分離し宙を漂った。
その大量の羽がジグザクに跳びながらワイバーンの群れへと飛んで行く。
「それじゃ、行くわよ!」
ラピスが叫び手に握っていた杖を前に掲げた。
シヴァの作った巨大なレンズの後ろに、真っ白に輝く巨大な魔法陣が浮かんだ。
「アトミック!レイィイイイイイイイイイイイ!」
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
白く輝く光の光線がレンスに吸い込まれる。
キィイイイイイイイイイイン!
(これは!)
極細になった光線がレンズから飛び出し、そのままワイバーンの群れへと高速で飛んで行く。
カカカァアアア!
先程エメラルダが発射した氷の羽に当り、あちこち乱反射を繰り返し数百本の光となって飛んで行った。
「「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!]]]
ワイバーンの大量の悲鳴が大空に響いた。
大量の光線はワイバーンの体中のいたる場所を貫き、両断し、数十体の群れがバラバラになって落ちていった。
今の攻撃だけで全体の半数以上のを撃ち落としたのではないのか?
それほどまでに圧倒的な攻撃だった。
ラピスとエメラルダがハイタッチをして喜んでいる。
「これぞ!」
「2人の合体魔法!」
「「ソーラー!レイ!」」
グッと親指を立て俺にサムズアップしているよ。
(さて・・・)
一気に数が減った群れに視線を戻すと・・・
群れの奥に一際大きな赤紫色の巨大なドラゴンが浮いていた。
その頭には・・・
「やっぱりお前か・・・」
3魔将の1人、真っ赤な髪で身長は軽く2メートルは超えている筋肉質の男、ヴリトラが立っていた。
「あの時の決着、つけさせてもらう!」
アーク・ライトの切っ先を奴に向けた。




