15話 母からの贈り物
「エクスプロード!」
ドォオオオオオオオオン!
リビングアーマの群れが一撃で木っ端微塵に吹き飛んだ。
「さすが、父様が住んでいた城だけあるわね。至る処に防衛システムがまだ残っているなんて・・・」
アンがやれやれといった感じで、粉々になったリビングアーマの残骸を眺めていた。
今は4階まで上がっている。この城は塔を除けば5階まであるとアンが言っていたけど、用があるのはこの4階だという事だ。
段々とリビングアーマーの数が増えている気がするが・・・
そんな話をアンにすると面白そうなのか笑っていた。
「多分、私に変な男が近寄らないようにしていたのかもしれないわね。私の部屋へ許可無く行くのは『死にに行く』って言われていたからね。様々なトラップやガーディアンで夜這いは100%不可能だったと父が自慢していたわ。ホント、親バカよ・・・」
お~い・・・、魔王よ、どれだけ娘の事を可愛がっていたのだ?親バカにも程があるぞ。
チラッとアンを見ると・・・
(これなら親バカになるのも分かるな。俺もアンのような可愛い子供が出来たら溺愛するのは間違いないだろう。)
そう思うくらいにアンの横顔は美しかった。
それにしても・・・
アン!強すぎるぞ!
出てくるモンスターは全てアンが片っ端から魔法で倒していくので、俺は全く活躍してないよ・・・
あっ!素材の回収だけは俺の出番か・・・
空しい・・・・
かつての魔王の決戦で、俺達4人がかりでやっと魔王を倒せたけど、この時にもしアンが魔王と一緒に俺達と戦っていたら、間違いなく俺達は敗北していただろう。
それくらい、アンの実力は凄いと思う。
「レンヤさん、あの角を曲がってしばらく真っ直ぐ進むと私の部屋よ。」
アンの案内で通路の角を曲がると、直線の広い通路の奥に体長10mはあろう、凶悪な面構えのアースドラゴンが鎮座していた。見た目は巨大な茶色のトカゲだ。
相手はまだ俺達に気付いていない。慌てて引き返し角に隠れた。
アンの目が爛々と輝く。
「ド、ドラゴン!これは最高のお肉よぉおおおおお!ドラゴンのお肉を食べると、もう他のお肉が食べられないくらいに美味しいからね。うふふふ、さぁ!狩りの時間よぉおおおおおおおお!」
おいおい、興奮し過ぎだぞ。
俺もドラゴンの肉は転生前の時に食べた事があるし、美味しいのは分かっているけど、ここまで興奮するか?
いや、アンの料理の腕なら、俺が転生前に食べたドラゴンの肉とは別次元の味にしてくれるかもしれない。
じゅる・・・
いかん、俺まであのドラゴンが美味しそうに見えてきてしまった。
「アン、今回は俺にやらせてくれ。ずっとアンが倒しまくっていたから俺も退屈でな。それに、今の俺の力も確認したい。ダメか?」
「分かったわ。レンヤさんに任せるね。」
俺1人が角から出ると再びドラゴンの姿が目に入った。
俺の目の前にいるのはアースドラゴン。
ドラゴン種の中では下位の存在だが、人間が相手にするには強大過ぎる相手だ。危険度SSランクに設定されているのは伊達ではない。1対1ではSランクの冒険者でもまず勝てないだろう。転生前の俺でも、アースドラゴンは聖剣のおかげでやっと1人で倒せた。しかし、俺もかなりのダメージを受けてしまった。
このアースドラゴンは上位種の様に翼を持って空を飛んだり、強力なブレスを吐く事は無いが、その鱗はとても固い。並大抵の武器では傷すら付けるのが不可能なくらいだ。しかも強靱な尻尾を振り回されると、一撃で死ぬ事もある、当時は聖剣の切れ味で鱗を裂くことが出来て何とか勝ったようなものだ。
その強敵が目の前にいる。
(不思議だ・・・、あれだけの強敵なのに全く怖く感じない・・・)
思わず口元が緩んでしまった。
「今の俺は昔以上に魔法を使えるようになったが、今回はこの肉体だけでお前と戦う。」
ドラゴンが俺に気付いたようだ。俺の姿を確認すると大きな口を開けた。
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
『ドラゴンの咆哮』
この声を聞くと精神力の弱い者は一気に恐慌状態に陥ってしまう。生物の恐怖心に直に訴えるような咆哮だ。
「残念だったな。俺には効かないよ。」
スキルの精神・状態異常完全耐性がしっかりと仕事をしてくれる。
このスキルのおかげで精神攻撃も毒や麻痺も一切受け付けない。
「さて、今度は俺の番だ。」
グッと拳を握り構えた。今回は聖剣も使わない。俺の肉体だけでどこまでやれるか・・・
一気にドラゴンへと駆け出した。一瞬で目の前まで移動し、拳をドラゴンの丸太のように太い前足へ叩き込んだ。
「おぉおおおおおおおおおおお!」
ドキャッ!
GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
ドラゴンが悲鳴を上げて吹き飛んでいき、ゴロゴロと転がって止まった。
良く見ると、俺の拳が当たった前足が千切れかけている。
鱗を砕くどころか、まさかここまで破壊力があるとは想像してなかった。
「マジか・・・」
デスケルベロスでの戦いでも感じたけど、俺の身体能力はどうなっている?
ゆっくりとドラゴンの近くまで歩いていくと、ドラゴンが急に後ろを向き、巨大な尻尾を振り回して俺に叩きつけようとしてきた。
普通ならこの尻尾の一撃で全身の骨がバラバラになり、運が良くても瀕死だろう。
しかし!
ガシッと片手で尻尾を掴んだ。
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
ドラゴンが吠えてじたばたしているが、俺の方は昨日のデスケルベロスの時のようにビクともしない。
(すごい!やっと分かった。この化け物じみた身体能力は・・・、これがスキルの体術(極)の力か!)
尻尾を手放し一気に飛び上がった。そのまま空中からヤツの背中に拳を叩き込んだ。
ドオォオオオオオオオオオオン!
背中が大きく陥没しピクピクと痙攣している。
「すまんな、いたぶるつもりは無かった。今、楽にしてやる・・・」
右手を手刀の形にしドラゴンの首に振り下ろすと、何の抵抗も無く首を切り落とした。
「ほぇぇぇ~~~~~」
アンが角から顔を覗かせていたが、変な声を出しながら俺を見ている。
「アン、どうした?間抜けな顔をして?」
「いやいや、レンヤさん、今のは素の身体能力なの?魔力も感じなかったし、身体強化もしていないんだよね?」
「そうだけど、それがどうした?」
「レンヤさんって、本当に人族なの?父の側近であった四天王でさえもドラゴン相手では魔法で強化して戦っていたのよ。レンヤさんがここまで強いなんて・・・」
「まぁ、レンヤさんだからね、納得したわ。」
おいおい、何で納得する?アンの言葉にはちょっと納得出来ないけど・・・
「それよりも・・・」
アンの視線がアースドラゴンの方へ向いた。
「これだけキレイに倒してくれたから嬉しいわ。私の魔法だと結構ボロボロになってしまうからね。お肉の一欠片も取りこぼしがないから、当分はお肉に困らないね。楽しみ~~~~~」
喜んでくれて何よりだよ。
それに、俺にもメリットがあるからな。ドラゴンの素材はギルドでも相当に高く買い取ってくれる。肉は俺達が消費するにしても、鱗や骨、内臓、血液までどれも貴重な素材だ。売却した時の価格は俺も想像出来ない。
でもなぁ~
今の俺は冒険者ランクが最低のFランクだし、いきなりこんな素材を持って行っても大騒ぎになるだけかも?ここまで集めた素材もAランクやBランクばかりだし、どれも俺のランクとはかけ離れている。どう説明するか・・・
まぁ、収納魔法で収納してある分には劣化はないから、出せるタイミングを見計らって出すしかないな。
ドラゴンを収納してからしばらく歩くと、少し立派な扉がある部屋の前でアンが止まった。
「ここが私の部屋よ。扉は魔法で結界が張られているから痛みがないわね。私か私の許可がある者以外は中に入る事が出来ないから、この中は当時のままになっていると思うわ。」
扉に手をかざすと音も立てずに扉が開いた。
アンを先頭にして中に入ると・・・
「まぁ、500年も経つとこうなるわね・・・」
石造りの壁や柱などはそんなに劣化は見られなかったが、机やベッド、クローゼットなど木製の物や布類はボロボロになって原型をほとんど留めていなかった。
手入れもされていなければこうなるだろう。
アンが静かに佇んでジッと部屋の光景を見ていた。
心なしか肩が震えていた。
アンを後ろからそっと抱きしめると、俺の手をギュッと握ってきた。
ずっと無言でアンを抱きしめていたけど、どれくらいの時間が経ったのだろう。アンの俺の手を握る力が弱くなった。
「レンヤさん、ありがとう・・・、玉座の間でこうなっている事は分かっていたけど、やっぱりこうして目の前で見てしまうと・・・」
そしてクルッとアンが振り返ると俺に微笑んでくれた。
「レンヤさん、心配しなくても私は大丈夫よ。」
しかし、目元に薄っすらと涙の跡が見える。それでも俺に心配させまいと頑張って笑顔になっているアンを見て、俺は思わず抱きしめてしまった。アンがとても愛しく思えた。
「アン、君は強いよ・・・」
アンがゆっくりと首を横に振った。
「そんな事ないよ。私にはレンヤさんがいる・・・、レンヤさんがいるから私は頑張れるの・・・」
「アン・・・」
自然とアンにキスをしてしまう。アンもギュッと俺を抱きしめてくれた。唇が離れしばらく見つめ合って、再び抱き合った。
どのくらい抱き合ったのだろう。アンがゆっくりと俺から離れた。
「ずっとレンヤさんとこうしていたけど、いい加減にしないとラピスさんに察知されて乱入してきそうね。」
「アイツならやりかねんな。」
お互いに苦笑してしまった。
「さてと、ここにはもう戻って来ないから、必要な物は持っていきましょう。」
アンが部屋の中をゴソゴソと物色している。服は木片の下に埋もれていたが、何枚かは魔法の付与がされているものがあり劣化していなくピカピカな状態だったので、俺の収納魔法で次々と収納していった。
机付近の瓦礫の中からは宝石や指輪などの宝飾品も色々と見つかった。
「これからの生活でお金が必要になるからね。少しは足しになるかな?」
そう言っているけど、とんでもない財産になると思う。
やはりお姫様って実感するよ。
だけど、俺はずっとそれに手を付けるつもりは無い。これはアンの物だし、ちゃんと俺が稼いでいくからな。
アンが部屋の中をまだ探していた時に、急に「あったぁああああああああああああ!」と大声で叫んでいた。
「何だ?」
アンが嬉しそうに戻ってくると、小さな箱を俺の前に差し出した。
とても煌びやかに装飾され、一目で貴重な物が入っていると分かるような豪華な小箱だった。
「これは?」
アンが嬉しそうに小箱を眺めながら話し始めた。
「これはね、私が小さい頃に母様からもらったプレゼントよ。」
だけど、急に暗い表情になった。
「でも、その母様はそれからしばらくして亡くなったの・・・、体が弱かった母様は自分の最後を分かっていたのでしょうね。私に一生残るプレゼントを用意してくれたわ。」
箱の蓋を開けると中には2つの指輪が入っていた。
何も装飾の無いシンプルな銀色の指輪だった。
「これはね・・・
『アン、あなたもいつかは素敵な人が現れるでしょうね。この指輪はね、その人と将来を誓い合った時に使う物よ。今では殆ど忘れられてしまった風習だけど、かつては結婚した時にお互いの左手の薬指にこの指輪を着けて夫婦の証としたのよ。どんな人が現れるか楽しみね。』
『アン・・・、幸せになってね。』
そう母様が言っていたわ。」
「だから、レンヤさんに受け取って欲しいの・・・、私の1番の宝物を・・・」
「そんな大切なものを・・・」
「レンヤさんだから受け取って欲しいの。」
アンが微笑んでくれた。
「分かった。ありがたく受け取るよ。」
小箱を受け取り指輪を1つ取り出すと、アンが左手を俺の前に差し出した。
その手を取り薬指に指輪を着けてあげる。ブカブカで大きいと思ったが、みるみる小さくなりアンの指にピッタリの大きさになった。
(へぇ~、自動サイズ調整の付与がかかっているんだ。)
「今度は私の番ね。」
もう1つの指輪を渡し、今度は俺が左手をアンの前に差し出した。
俺の薬指に指輪を着けてもらった。
自然と目が合いお互いに微笑んでしまった。
アンは自分の薬指の指輪を嬉しそうに撫でていた。
「ふふふ、お揃いだね。私はレンヤさんに永遠の愛を誓います。」
「俺もだよ。アン、愛してる。」
「何か楽しそうね。」
「「はいぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」」