148話 和解、そしてデレた!
しばらく抱き合った後、2人がゆっくりと離れた。
「私よりも先にレンヤさんに絡むなんて、少し妬いてしまうわ。」
アンがクスクスと笑っている。
「だ、だってよ、何かあの人族は見覚えがあるのよ。特にあの真っ黒な髪と目が・・・」
ピタッとエメラルダが硬直した。
ギギギ・・・と音が出ると思う程にぎこちない動きで俺へと首を回した。
「アン・・・、あなた、今、何て言った?あの人族の名前・・・、確か・・・」
「ん?レンヤさんがどうしたの?」
おい!アンよ!俺の名前はあいつにとって地雷だぞ!
「レ、レンヤって・・・、あのレンヤ?」
アンが笑顔で頷くと、エメラルダがまたもや俺へと視線を移した。
「そうよ、父を倒したあの『勇者レンヤ』さんよ。」
(おいおい・・・)
あっけらかんとアンが俺の正体をバラしてしまったよ・・・
ガシッとエメラルダがアンの両肩を掴んだ。
「アン!あなた正気なの?どこの世界に人族が500年も生きていると思うのよ!しかもよ!勇者レンヤって・・・、あの男は魔王様を倒した男なのよ!どうして父である魔王様を倒した男と仲良く一緒にいるぅうううううううううううう?」
そのままガックリと崩れ落ちてしまった。
「何が何だか・・・、頭がパニックになりそう・・・、いえ・・・、もう既に私が狂ってしまったのかな?ははは・・・」
あ~ぁ・・・、エメラルダが壊れてしまったよ。
(ご愁傷様・・・)
気を失ってしまったエメラルダをカイン王子がソファーへと運び、すかさずシヴァが濡れたタオルを冷気で冷しおでこに当て介抱している。
こうして見ると2人の息がピッタリだよ。
(お似合いの夫婦になりそうだな。)
「あ、あのですが・・・」
クレアさんがおずおずとアンに話しかけているが、俺から視線を外してない。
「どうしました?」
「アンジェリカ様、本当の事を教えていただきたいのですが、そこにいるお方は『勇者レンヤ』に間違い無いのですか?そして、隣のエルフの女性も『大賢者ラピス』で?」
「そうですよ。」
ニコニコした顔でアンが返事をしている。
「ほ、本当に・・・、もし、ご迷惑でなければ事情を説明して欲しいのですが?」
「それは私が説明しますね。」
ディアナさんとエミリアが立ち上がった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ディアナにエミリアちゃん、ありがとうね。事情は大体分かったわ・・・」
とっても疲れた顔でクレアさんが椅子にもたれかかった。
隣のサイロスさんも同様だった。
「まさか、勇者の生まれ変わりなんて・・・」
チラッとラピスに視線を移した。
「そんな事が出来る大賢者はさすがとしか言えないわ・・・、そして、自ら封印し500年後の今の時代に蘇った聖女・・・、そんな化け物ばかりのパーティーだったのね。そりゃ、魔王様も負けるし、母も敵う訳がないわね。母が殺されなかっただけでも感謝しないと・・・」
そしてアンに視線を戻す。
「まさか、魔王様に施されていた封印を解き、アンジェリカ様を復活させたのがその勇者だったなんてね。しかも、目覚められたアンジェリカ様が女神の加護を受け、今は女神の使徒として新しい魔王を倒そうとしているのには驚きよ。」
今度はサイロスさんを見つめた。
「あなた・・・、アスタロト家からの誘いを断って正解だったわね。」
コクリとサイロスさんが頷いた。今度はサイロスさんがアンへと頭を下げる。
「数ヶ月前に新しい魔王が誕生したと、アスタロト家から使いがありました。魔族は新しい魔王の元に集い人族との戦いに準備するようにと・・・」
「魔族領には魔王復活の話が伝わっていたのですね。」
「そうです。アスタロト家が魔族領の魔族を纏めるように、魔王からの啓示があったと言っていました。しかし、今の魔王城はフォーゼリア王国の領地です。一体どこに新しい魔王が降臨したのかは教えてくれませんでした。しかも、アンジェリカ様も蘇り魔王の妻となったとも言われ、信用して良いのか悩みました。」
「そんな話が・・・」
「今となっては、あの時にアンジェリカ様のお話をする事は、新しい魔王にとってプロパガンダみたいなものだったのでしょう。アンジェリカ様は我ら魔族領に住む者にとっては、人族が信奉する女神と同等の扱いでした。それだけ、アンジェリカ様の名前は重いものです。信用出来なかった我々は、その話が本当か確かめる為にシヴァの名を受け継いだ我が娘アニーをアスタロト家へ向かわせました。ですが、アスタロト家での情報収集が上手くいかず、そのまま彼らと一緒にフォーゼリア王国へと行く事になったと連絡があってからは・・・」
「父上、すみません。奴らの監視が厳しく鳩さえも飛ばせずに・・・」
「良いのだよ。こうして無事に戻ってきてくれれば何も言う事は無い。だけどな、落ち着いたならしっかりと近況を教えてくれないと・・・、アスタロト家の当主と主だった家臣団がフォーゼリア王国で討ち死にしたと報告があった時は、もしかしてお前も巻き込まれてしまったのかと心配の毎日だったのだからな。」
「父上、母上、本当に申し訳ありません。こうして婚約してしまってからは色々と忙しく・・・、それに恥ずかしいのもあって・・・」
ポッとシヴァの顔が赤くなった。
「アニー、その事はもう良いのよ。無事に元気に帰って来てくれたからね。」
「でもね・・・」
ジッとクレアさんがシヴァを見つめる。
「ところで子供の方はどうなの?私達はただでさえ子供が出来にくい種族なんだから、頑張って早く子供の姿を見せて欲しいわ。そうでないと安心出来ないわ。それにね、あなたにはたくさんの子供を産んで欲しいのよ。我が家の跡取りも欲しいんだからね。」
「は、は、は、は、は、母上ぇえええええええ!」
シヴァが顔どころか全身が真っ赤になって悶えている。
恥ずかしくて我慢出来なくなってしまったのか、慌ててカイン王子の後ろに隠れてしまった。
シヴァに盾にされたカイン王子も、彼女同様に真っ赤な顔になっていた。
「い、いえ、そのお話は・・・、まだ婚約中なもので、そのお話は正式に結婚してからと・・・」
「うふふ、照れちゃって可愛いわね。婚約中でも構わないし、私達としては子供の顔は少しでも早く見たいわ。」
ギロッとクレアさんの視線が鋭くなった。
「それとも・・・、アニーは女として魅力が無いのかしら?男の目から見て不満があるの?」
おいおい・・・、相手は王族なんだから、そうホイホイと結婚前から子作りする訳にいかないんだから・・・
こういう人間の貴族社会というのは、かなり面倒臭い世界なんだよな。
世間体というものがとても鬱陶しい。
そんな世界にいる2人は大変だろう。
人間の貴族の社会に入る事になったシヴァは、毎日貴族としての勉強をしているから特に大変だろうな。
だけど・・・
カイン王子の後ろに隠れているシヴァは、モジモジしながらもギュッと王子の手を握っている。
この2人ならこれからもずっと仲良くしているんじゃないかな?
(頑張れよ・・・)
「私達の子供もいいけど、アンジェリカ様のお子様のお世話もしたいわ・・・」
クレアさんがうっとりとした表情でアンを見つめていると、ディアナさんも同じ様な表情でアンを見ていた。
「そうね、私達ダンタリオン家もかつてのようにお世話をしたいわ・・・、伝説のセバス様のように・・・」
今度は俺へと視線を移してくる。
「勇者様はアンジェリカ様と正式にご結婚されていますよね?アンジェリカ様のご懐妊は?」
(おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっい!)
何で俺達の方に矛先が向くんだよぉおおおおおおおおおおおおお!
アンを見ると・・・
シヴァと同じように顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「うぅぅぅ・・・、頑張ってはいるけど・・・」
(おい!何て事をバラすんだ!)
おばちゃん2人を見るとニマニマした顔で俺達を見ているよぉぉぉ~~~~~
(こんな話って・・・、種族問わず、おばちゃんって人種は好きなんだなぁ・・・)
羞恥で死にそう・・・
「はっ!」
どうやらエメラルダが目を覚ましたようだ。
ソファーに横になっていたが、起き上がり座り直すと、隣にアンが座った。
「エメラルダ、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。何か悪夢を見ていたわ。アンが勇者と結婚していた夢よ。父親である魔王様を倒した男とアンが結婚するなんて・・・、想像するだけでもアンには不敬だよね?」
アンがエメラルダの手を優しく握った。
「そんな事は無いわ。レンヤさんはね、今の時代に生まれ変わったの。そして、私を目覚めさせてくれて、それからずっと一緒よ。私があの魔王の娘だと分かっても、私を受け入れて結婚したのは本当よ。そして、今はとても幸せなの・・・」
「そ、そんな・・・」
「本当よ。」
エメラルダの前にラピスが立った。
「私の事は覚えているわよね?」
「そ、その顔・・・、忘れていないわ。」
エメラルダがギリッとラピスを睨んだ。
しかし、すぐに目付きが柔らかくなりフッと微笑んだ。
「意地を張っても仕方ないわね。500年前のあの時、私はあなた達勇者パーティーに負けたわ。それも圧倒的な力の差でね。」
「シヴァ・・・」
「私のシヴァの名はあの後、すぐに返上したわ。今の私はただのダークエルフの女、エメラルダと言う名前の負け犬よ・・・」
「そんな事は無いわよ。」
「大賢者ラピス、何を言いたいの?」
「あなたは四天王の責務を全うしたわ。何も恥ずかしい事はないのよ。だって、あなた以外の四天王は全員倒したし、最後は魔王をも倒したのよ。魔族最強の魔王をよ。そんな私達相手に当時の魔族の誰も勝てる訳がないの。」
「ふふふ、えらく自信たっぷりね。まぁ、実際、手も足も出なかった私だし、何も言えないわ。」
「魔王軍の幹部で生き残ったのはあなた1人のはずよ。まぁ、あなたが女だったのもあったから、アレックスが殺さないように私達に頼んでいたのもあったけどね。」
「え・・・、あの方が?」
「そうよ、あの時は戦争よ。いくらアンと『お互いに死なない』って約束しようが、敵と遭遇すれば殺し合いが始まるわ。そうして私達は戦ってきたの、お互いの生死をかけてね。でもね、あなたとの戦いは違っていたわ。それに最初に気付いたいのはアレックスよ。あなたは本気で私達の命を狙っていなかったでしょう?多分だけど、それまで人を殺した事は無かったのでは?」
「うっ!それは・・・」
エメラルダがピクッと震えて恐る恐るラピスを見ている。
「私達はどれだけの戦いをくぐり抜けたと思って・・・、バーサク状態のレンヤは全く分かっていなかったけどね。確かにあなたは強いでしょう。でもね、戦いにおける覚悟が違っていたわ。だからよ、私達に圧倒的にボロボロにされたのはね。まぁ、そのおかげであなたが助かったのもあるわ。」
「そうなの?」
「そうよ、あなたも知っているでしょう?当時のレンヤの勇者とは程遠い凶暴さをね。魔族に対しては一切の遠慮が無い彼を・・・、そんなレンヤをいつも抑えていたのはアレックスなのよ。女性にはとても優しいアレックスだけど、敵に対しては基本的に女性だろうが容赦はしなかった。でもね、あなたの戦い方は違っていたのに気付いたのよ。一見、私達を殺そうとしていたけど、どの攻撃も急所を狙っていないし、殺す事を戸惑っていたってね。何て甘い四天王とも私は思ったけど、あなたは本当は戦いが嫌いで優しい魔族だったのでしょうね。いくら強がっても本質は変わらない。だからよ、アレックスがあなたを助けたのはね。フェミニストなだけあるわ。」
「あのお方が私を・・・」
「だけど結果的には良かったじゃない。こうして500年後にまたアンに会えたのだからね。」
「そうね・・・、アレックス様には感謝しかないわ・・・」
エメラルダが微笑んでいた。
「でも、もうあの人はいない・・・」
「そればっかりは仕方ないわ。彼は人族だし、レンヤと違って生まれ変わる事はなかったしね。」
「大賢者ラピス様・・・」
ジッとラピスを見つめた。
ソファーから立ち上がりアンとラピスの前に立ち、それから片膝を床に付け臣下の礼を取った。
「お願いがあります。この私をあなた様達の仲間に加えていただきたい。もうアンジェリカ様と離ればなれになりたくありません。夫とは死別し未亡人となった今、残りの余生はずっと親友と一緒に・・・、どうかお許しを!」
「私からもお願いします!」
クレアさんもエメラルダの横に座り頭を下げた。
「母はずっと自分を殺して生きてきました。こんなに生き生きした母は初めて見ました。一族からの柵から解放させ自由にさせてあげたい・・・、どうか・・・」
「エメラルダ、良かったね。こうしてあなたを大切にしてくれる人がいるから・・・、でもね、私と一緒にいるって事はレンヤさんも一緒だよ。大丈夫なの?」
「そ、それは・・・」
エメラルダが俺の顔をチラチラと見ているのだが、何だ?様子が変だ。
「あの戦いからずっと忘れなかった人族が2人・・・、私を庇って助けてくれたアレックス様。あのお方は間違い無く私の初恋でした。だけど、一緒にはなれない関係・・・、その後、幼馴染みだった人から求婚され、その人と夫婦になりました。夫は一族から冷遇された私を優しく包み込んでくれて、結婚してから400年、私は幸せだったと思います。ですが・・・」
(ん?)
エメラルダが立ち上がり俺の方へと歩き始めた。
「もう1人、忘れられない人族が・・・、あの悪鬼のような目をした勇者・・・、今でも鮮明に覚えています。その顔を思い出す度に心臓がドキドキするのです。これは恐怖が私の心に染みついていたものだとずっと思っていました。殺されそうになったトラウマだったのかと・・・」
震える手で俺の手を握ると、震えがピタリと止った。
「それは私の思い違いだったみたい・・・」
(はい?)
どうした?何だろう、俺を見る目がさっきまでと違う。アンやラピス達と同じように蕩けた目だぞ。
(何が起きた?)
「ダークエルフは戦闘民族よ。女は強いオスに惹かれるの・・・、あなたの圧倒的な強さ・・・、その強さに500年間、私は恋い焦がれていたみたいよ。そう自覚したら、何かねぇ~、とってもスッキリした気分になっちゃたのよ。今までは何?っていった感じよ。おばあちゃんな私だけどどうかな?」
キラリィィィ~ン!って感じのウインクをしてきた。
な、な、な、何が起きた?
俺の灰色の脳味噌では理解が追い付かない!
「アン・・・」
助けを求めようとアンを見ると・・・
グッと親指を立ててサムズアップしている。
「レンヤさん、おめでとう!これでずっと私達3人一緒だね。エメラルダと一緒にいたかったけど、レンヤさんと仲良く出来るか不安だったのよ。でも、これなら心配ないね、良かったわ。」
「お母さん、おめでとう!」
「お祖母様、良かったです。幸せになって下さい。」
クレアさんもシヴァも拍手をして喜んでいる。
(どうしてこうなった?)




