147話 マルコシアス公爵家⑤
「「アンジェリカ様!」」
サイロスさんとクレアさんが片膝を床に付け深々と頭を下げた。
「顔を上げて下さい。私は『今はまだ』ただの1人の魔族の女ですからね。」
「そんな事はありません!」
2人が慌てて頭をあげる。
「我らマルコシアス家は500年前の魔王様に忠誠を誓いました。魔王様亡き後は御息女であられるアンジェリカ様にお仕えするのは当然の事!新しい魔王が現われようが、当主である私の忠誠は変わりません!」
クレアさんが真剣な目で真っ直ぐとアンを見つめている。
その視線を受けて、アンが優しく微笑んだ。
「ふふふ・・・、やはりあなたはエメラルダの子ですね。その真っ直ぐな目、彼女にソックリです。」
確かに・・・
そう言われば、クレアさんの顔は当時の四天王であったシヴァに似ているな。
あの頃のシヴァって・・・
見た目はまだ成人になったばかりでは?と、思うほどに若い女の子だったな。当時の幼さが残っていたソフィアとそんなに見た目が変わっていなかったと思う。
そして、500年経った今でも生きている事は、当時も見た目の通り若かったのだろう。
そんな女の子が四天王って事は、まさに天才だったのだろうな。
当時の事が思い出される。
「アイスジャベリン!」
人の背丈の何倍もある十数本もの巨大な氷の槍が俺目がけて飛んでくる。
「しゃらくせぇええええええええええええ!」
バリィイイイイイイイイイ!
力任せにアーク・ライトを振り下ろすと全ての氷の槍が粉々に砕け散った。
「そんなぁあああああ!私の渾身の一撃がぁああああああ!」
ジャリ!
一歩、シヴァへと足を踏み出す。
(これで・・・、こいつさえ殺せば里を襲った四天王は全滅だ・・・、残りは魔王のみ・・・)
父さん、母さん、姉さん、ホムラ・・・、そして里のみんな・・・
「仇を討つ!」
剣の切っ先をシヴァへ向けるとガタガタと震えていた。
恐怖で失禁もしてしまったのだろう、股間辺りに染みが出来ている。。
しかし、俺の里の者は全てこいつらに殺されたんだ。しかも、殺すのを楽しみながらな!
(女だろうが絶対に許さん・・・、同情もしない!)
「これでお前も終わりだ・・・」
ゆっくりと聖剣を上段に構える。
「い、嫌・・・、し、死にたくない・・・、アンとの約束が・・・、嫌だぁぁぁ・・・」
「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええ!」
一気に剣を振り下ろした。
ガキィイイイイイイイイイッン!
「何ぃいいいいいい!」
一瞬、目の前の光景が信じられなかった。
「レンヤ!目を覚ませ!」
「アレックス!どういう事だ!」
アレックスがシヴァの前に立ち、ミーティアで俺の剣を受け止めていた。
「彼女は確かに四天王だ!だがな!お前の復讐には関係無い!いくら何でも虐殺は許さん!」
「うるせぇえええええええ!こいつは四天王だ!俺の里を襲った奴なんだよ!」
「だから目を覚ませと言っているんだろうがぁあああああああああああああああ!」
ドカッ!
「ぐほっ!」
アレックスの蹴りが俺の脇腹に突き刺さった。
まさかアレックスから蹴りを入れられるとは想像もしていなかった。
無様にゴロゴロと転がり、ソフィアとラピスの前で止まり起き上がったが・・・
「レンヤさん・・・」
「レンヤ・・・」
2人の俺を見る目が怖い。いや、俺を軽蔑している目だ。
「お前達、どうして?」
「レンヤさん、私達の目的を忘れたの?魔王を倒すのであって、魔族を滅ぼす事じゃないのよ。四天王と戦ってからは変よ。まるで四天王に怒りをぶつけているみたいよ。」
「ソフィア、こいつら四天王は里の仇なんだよ!こいつらと魔王のせいで里が・・・」
「レンヤ!いい加減にしなさいよ!」
ラピスが俺に怒鳴った。
いつものラピスは感情があまり出てないから何を考えているかよく分らない。
そんな彼女がここまで怒りを見せるなんて・・・
「アレックスから勇者の里の話は聞いているわよ!だからこそよ!あの時の四天王は全員が男じゃなかったの?その四天王の1人は半年前に倒したじゃない!その後釜に彼女が入ったって知っているんじゃないの?彼女があの時の当事者の1人なら私達もアレックスも何も言わないわ。だけどね、どう考えても彼女があの現場にいたのなら10歳以下の女の子のはずよ。だって、あの悲劇は11年前の事なんだから!そこまで分らないくらいに、あんたの頭は狂ってしまったの?」
「だけど、こいつも俺達を殺そうとしていたんだぞ!殺される前に殺す!それのどこが悪い!四天王は!そいつらは魔王に1番近い奴だよ!そんな奴は殺して当然なんだよ!」
パシィイイイイイイイイイイン!
「な!」
ラピスが・・・
俺を殴っただと?
「レンヤ・・・」
「ラピス・・・」
「あなたは勇者なんでしょう?勇者が魔王みたいな事をしてどうするのよ?確かに今は戦争中よ。人族と魔族が争っているのは間違い無いわ。だけどね、全ての元凶は魔王なのよ、私達の目的は魔王を倒す事!決して魔族を滅ぼす事じゃないのよ。目的をはき違えないで!」
「レンヤさん!」
「ソフィア・・・」
「見損ないましたよ!確かにレンヤさんの過去には同情します!そして、魔王に対しての復讐の戦いだとも分っています。だけど、今のレンヤさんはレンヤさんじゃない!見てよ!あの子を!私とそう変わらないのに無理矢理戦いに駆り出されている姿を!誰だって戦うのは嫌よ、好きで戦う人はいないわ!私達と彼女はお互いに譲れないものを守る為に戦っていただけ!でもね、もう勝負は着いたのよ。それを・・・、元のレンヤさんに戻って下さい!確かに無愛想で怖い顔のレンヤさんだけど、誰よりも優しい心のレンヤさんに・・・、お願い・・・」
ソフィアが涙を流しながら俺に訴えていた。その姿に俺の心が少しずつ落ち着いてくる。
そしてシヴァに再び視線を移すと・・・
「うっ!お、俺は・・・」
アレックスの背にいるシヴァは・・・
ソフィアの言う通り成人になったばかりの容姿の女の子だ。
さっきまで戦っていた勇ましさも無く、怯えた目でガタガタと震えながら俺を見ていた。
(そんな子を殺そうとしていたなんて・・・)
かつての里の光景がフラッシュバックしてきた。魔族が里のみんなを殺している光景だ。
その光景の中で小さな女の子を殺す四天王の1人の姿が脳裏に浮かんだ。
(目の前の光景と同じ・・・)
「俺は・・・、俺は・・・、あいつらと同じに・・・」
カラン・・・
俺の手からアーク・ライトが落ちた。
「行け・・・」
「はい?」
シヴァが不思議そうな顔で俺を見ている。
「俺の気が変わらないうちにここから消えろ・・・、さっさと行けぇえええええええええ!」
ビクッとシヴァが震えたが、すぐに俺を睨みつけた。
さっきまで失禁してガタガタと震えていた姿とは違い、とても勝ち気な姿の女の子になっていた。
アレックスが振り返りシヴァと向き合った。
「そういう事だ。俺達は魔族を滅ぼしに来た訳じゃない。用があるのは魔王だ。だから頼む、道を空けてくれ。」
2人がしばらく見つめ合っていた。
「私の負けね・・・」
シヴァがボソッと呟いた。
何故か顔が赤くなっていて、目に涙が溜まっている。
「今回は私の負け・・・、だけど、次は私が勝つ・・・・」
「それまでその命は預けておくわ!」
俺とは違い憂いのある目でアレックスを見ていたのが印象的だったが、あの時にシヴァはアレックスに一目惚れしていたのだろうな。
当時は叶わない恋と知りながらも・・・
そのまま振り返って駆け出し、部屋の奥にあった扉をくぐって姿を消した。
まさか、そんな因縁が今のシヴァとカイン王子を結び付ける切っ掛けになるとは・・・
「レンヤさん・・・」
(はっ!)
「レンヤさん、どうしたのですか?何かうわの空になっていたわね。」
心配そうな顔でアンが俺の顔を覗き込んでいた。
「い、いや・・・、かつてのシヴァとの戦いを思い出していた。まさか、あの戦いがあって、500年経った今、子孫が結ばれるって・・・、そんな運命に驚いていたんだよ。」
「そうだったわ。エメラルダの初恋がアレックスさんだったわね。」
「そうです。」
シヴァが頷いてカイン王子の腕を組んだ。
「祖母の分まで幸せになります。祖母が好きになった彼の子孫と共に・・・」
おいおい・・・、親公認になったからって、いきなりイチャイチャし過ぎじゃないか?
そう思っていると、俺の腕にも誰か抱き着いてくる。
横を見ると・・・
ラピスが嬉しそうに俺の腕に抱き着いていた。
「あの時の判断はあれで良かったのね。新しい未来が繋がったし、これで彼女も・・・」
「おっほん!」
(誰だ?)
声がした方に視線を移すと、1人の女性がドアのところに立っていた。
ドアが開いているから、自分でドアを開けて入ってきたのだろう。
(何だ?思い出せないけど知っている気がする。)
見た目は30代前半の女性だ。耳が尖っていて褐色の肌だから、ダークエルフに間違いない。銀髪にアイスブルーの瞳の少し勝ち気な感じのとんでもない美女だった。
「城内にとんでもない魔力を感じたから慌てて来たけど、あなた達、何をしているの?それに黙って聞いていたけど、何か私がもう死んでしまったように感じたんだけど、気のせい?」
ニヤニヤと笑いながらシヴァを見ている。
そのシヴァだが、現われた女性を見て口をパクパクさせていた。
「お、お、お、お祖母様!」
(はぁあああああ!)
思わずガン見をしてしまう。
長寿のダークエルフでも、500歳を過ぎてあの見た目はあり得ん!
いくら何でも若く見え過ぎる!
(あの姿が500年後の四天王のシヴァだってぇええええええええええ!)
「詐欺だ・・・」
思わず言葉が出てしまった。
そりゃそうだろう!いくら長寿のダークエルフだろうが、500歳を過ぎているのにあの姿はあり得ん!
あの見た目で500歳を越えている・・・
(女って怖いよ・・・)
「そこの人族・・・」
(へっ?)
先代シヴァがジロッと俺を睨んだ。
何か嫌な予感がしているが、気のせいだと思いたい。
(切にそう願う!)
「今の言葉・・・、聞こえたわよ・・・」
ゴゴゴォオオオオオオオオオオオ!
彼女から強大な冷気が溢れている。
ピキィイイイイイイイイン!
俺の頭上に十数本の氷の槍が浮かび上がった。
(この槍は!)
「お、お祖母様!落ち着いて下さい!」
「アニー、もう遅いわ・・・、こいつは私が1番気にしている事を言ったしねぇぇぇ・・・、それにね、この顔を見ていると何だろう?とってもイライラするの・・・、絶対に忘れられない2人のうちの1人を思い出すのよ。その目がアイツにソックリなの・・・」
はい?
どうやら彼女は俺がかつての勇者だった事は感覚的に分かっている感じだ。
さすがは元・四天王だけある。生まれ変わった俺に無意識でも気付くなんてな。
「ま、待て!落ち着けシヴァ!」
思わず口走ってしまったが、更に逆効果になってしまったようだ。
鋭い視線が更に鋭くなった。
視線だけでも俺を射殺せるほどに冷たい視線だよ。
「知らない人間にかつての私の名前で呼ばれると反吐が出る。」
スッと右手を上に掲げた。
「取り敢えず死んで・・・」
(はぁあああああああああ!)
手を振り下ろすと、俺の頭上に浮いていた十数本の氷の槍が高速で落ちてくる。
「ちっ!」
慌てて収納魔法に収納してあるアーク・ライトを取り出し構え、落ちてくる氷の槍へと一気に飛び上がった。
「無蒼流!円の型!」
バリィイイイイイイイイイ!
一瞬にして全ての槍が砕け散った。
砕けた槍は水蒸気となって煙のように消えてしまう。
スタッ!
それ以上の事も無く元の位置へと降り立つ。
彼女に視線を移すと・・・
ガタガタと震えて俺を見ていた。
「何で?何であの時の事を思い出すの?500年前のあの時の事を・・・」
アンがゆっくりと彼女に向かって歩き始めた。
近づいて来るアンを怪訝そうに見つめていた。
「金色の角の魔族?そんな魔族なんて存在しな・・・」
口に手を当て更にガタガタ震えた。
「そ、そんな・・・、夢でも見ているの?まさか・・・、まさか・・・」
対照的にアンはとても嬉しそうに微笑んでいる。
「1番最初に私を見つけてくれると思ったのに・・・、そそっかしいのは相変わらずね。」
「アン・・・、本当にアンなの?」
ゆっくりとアンが頷いた。
2人の瞳から涙が溢れ出した。
「アン・・・」
「エメラルダ・・・」
お互いを確かめるかのようにゆっくりと歩み寄り、しばらく見つめ合った。
「約束は守れたね。」
エメラルダが呟くとアンがゆっくりと頷いた。
「だけどゴメンね・・・、ここまで待たせてしまって・・・」
アンの言葉にエメラルダがゆっくりと横に首を振った。
「ううん、大丈夫よ。だって・・・、こうして会えたじゃないの・・・、それだけで私は満足よ。」
再び2人が見つめ合い、しばらくしてからゆっくりと抱き合った。
「アン・・・」
「エメラルダ・・・」
周りを見てみると・・・
全員が目の前の光景に涙を流していた。
(しばらくはそっとしておいてあげないとな・・・)
そんな俺も2人の幸せそうな顔に涙が流れた。




