144話 マルコシアス公爵家②
「さて!突撃部隊の編成はこれで完了ね!」
ラピスがとってもやる気になっているよ。
しかし、マルコシアス公爵家へ挨拶しに行くのに突撃部隊って・・・
「アンとシヴァは勿論だし、そしてレンヤもカインも一緒に行くのは確実ね。」
「し、しかし・・・、大賢者様、私が一緒にいても大丈夫なのですか?」
カイン王子がとても恐縮した感じになっているよ。
(その気持ち、俺も分かる。)
この500年、冒険者以外の人間は魔族領を訪問した事が無いと、カイン王子から聞いている。
しかも!王国の王族なんて前代未聞だ。
特にこのフォーゼリア王国は、かつて魔王を滅ぼす為に魔族領に攻め込んだ国だしな。
その王族が訪問するのだ。
しかも!3大公爵家の1つにだよ。
その理由が・・・
『お嬢さんを私に下さい!』
ってな理由だしな。
既にカイン王子とシヴァは婚約してしまっているし、シヴァの実家には事後報告みたいなものだしなぁ・・・
(いきなりの結婚報告だし、彼女の両親から何を言われる事やら・・・)
自分の事ではないけど、何か同情するよな。
(無事に平和に終わる事を願う。)
「カイン・・・、何をビクついているの?」
ジト~~~~~~と、ラピスがカイン王子を睨んでいるよ。
「ですが、やっぱり・・・」
「ごぉお”お”お”ら”ぁぁぁ~~~~、何を今になって怖じ気づいているのよ。男ならビシッと根性見せなさい!」
「殿下、心配しないで。私も一緒だから・・・」
シヴァがカイン王子の手をギュッと握った。
「シ、シヴァ・・・、済まない、弱気になっていたな。ありがとう、おかげで勇気が出た。どんなに反対されても、いざとなったらお前をあの家から奪うよ。それだけお前を愛している・・・」
「殿下・・・、いえ、カイン・・・、私も・・・」
2人が見つめ合い、ヒシっと抱き合った。
「これなら大丈夫でしょうね。だけど、ここまで熱々だと胸焼けしかしないわ。」
そっとラピスが俺の腕を抱いた。薄い胸だけど胸の谷間(少しは谷間は存在している)に腕を押し付けてくる。
「ふふふ・・・、レンヤ、私達も一緒だよね?私はレンヤを一番好きだし、レンヤも私の事を・・・」
ガシッ!
「あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁ!」
ラピスが突然騒ぎ始めたんだけど、何だ?
慌ててラピスの方に顔を向けると・・・
ギリギリ・・・
誰かがラピスの頭を鷲掴みにしている。
しかもだ!ミシミシと締め上げる音が聞こえるなんて、どれだけの握力で握っているのだ?
この音はヤバい!絶対に聞こえてはいけない音だ!
「ラ~~~ピ~~~ス~~~~~~~」
とてつもなくドスの効いた声が後ろから聞こえる。
(こ!この声は・・・)
恐る恐る後ろを振り向くと・・・
「い!いたぁああああああああああああああああ!」
鬼の形相をしたソフィアがいたぁああああああああああああああああ!
「ふふふ・・・、ラピス・・・、私を出し抜くとは良い根性ね。お仕置きよ・・・」
ラピスが俺の腕を抱いている力が弱まり、一気にその場から離れた。
(こんな状況で一緒にいると、どんなとばっちりを喰らうか分からん!)
ソフィアが片手でラピスの頭を鷲掴みにし持ち上げていた。最初はジタバタしていたラピスだったが、しばらくするとブラ~ンと力なく宙吊り状態になってしまった。
静かになったのでソフィアが手を放したが、ラピスはそのまま床の上でピクピクと痙攣し気絶していた。
(あのラピスを気絶させるなんて、どんな力業なんだよ・・・)
「これで少しは大人しくなったわね。ホント、油断も隙もないんだから。」
腕を組んでソフィアがラピスを見下ろしていた。
「だ、大賢者様があっという間に・・・、あれが聖女様のお力・・・、絶対に敵に回してはいけない存在よ・・・」
シヴァがカイン王子に抱きつきながらガタガタと震えていた。
「あぁ~~~、まだ頭がズキズキするわぁぁぁ・・・」
ラピスが頭を押さえながら力なく椅子に座っている。
「どう?目が覚めた?」
「覚めた!覚めたわよ!ソフィア、あんた、本当に筋肉馬鹿キャラになったわね。あんたのこんな細いスタイルからは信じられないくらいの馬鹿力よ!人間を辞めていると言われても素直に納得出来るわ。」
「ラピスを止められるなら、この言葉は誉め言葉として取っておくわ。うふふ・・・、私は今回は一緒に行けないし、これでしばらくはラピスも大人しくなるでしょうね。」
ジロッとソフィアがラピスを睨むと、ラピスがブルっと震える。
「分かった!分かったから、そう睨まないでよ!もう今のアイアンクローはトラウマ並みなんだから、当分は大人しくするって約束するわ。当分はね!」
「分かればよろしいわ。」
そんな光景をアンが嬉しそうに見ている。
「どうした?」
「こんな友達がいて羨ましいなってね。」
「アンもこれから会いに行くのだろう?」
「そうね・・・」
しかし、アンが少し寂しそうになってしまった。
「あれから500年の月日が経ってしまったし、先代シヴァ、エメラルダがどう変わってしまったのか心配で・・・、彼女は私との約束を守ってひたすら生き永らえてきました。私みたいに眠っていた訳でもなく、一族からの蔑んだ目に耐えながら・・・」
「彼女に会いたい反面、会うのも怖いのです・・・」
「大丈夫ですよ。」
シヴァが優しくアンの手を握った。
「シヴァさん・・・」
「祖母は決してアンジェリカ様を恨んでいません。それどころか、かつてのお2人の日々の事をいつも楽しそうに私に話してくれました。祖母の夫となった祖父が一族と違い真剣に祖母を愛してくれたから、祖母も一族からの冷ややかな目にも耐えられたと思います。」
ギュッと強く握りアンの目をしっかりと見つめた。
「そして、再び会える事を信じていました。必ず会えると・・・、いつも言っていましたよ。」
「そうですか・・・」
ポロっとアンが涙を流す。
「そうよ。」
ラピスがアンの肩に手を乗せた。
「ラピスさん・・・」
ニコッとラピスが微笑む。
「真の友情というのはいつまで経っても変わらないものよ。アンも信じているのでしょう?だったら、胸を張って行かないとね。」
「そういう事。」
ソフィアがラピスの隣に立った。
「私とラピスの付き合いは500年経っても変わっていないわ。たまに喧嘩もするけど友情は永遠なのよ。」
「そうね・・・」
今度はアンがクスッと笑った。
「私は信じるわ。エメラルダとの友情は変わっていないって・・・」
「「そういう事!」」
ラピスとソフィアがアンへ親指を立てた。
「ありがとう!」
アンが嬉しそうに2人に抱き着いた。
この3人も友情で結ばれているのだろうな。いや、3人だけじゃなくて妻連合全員とだろう。
(ホント、俺には勿体ない過ぎる妻達だよ。)
マルコシアス公爵家に行くメンバーが決まった。
俺
アン
ラピス
カイン王子
シヴァ
カイルさん
ディアナさん
エミリア
のメンバーだ。
「それじゃ、シヴァの記憶にあるマルコシアス家の場所をトレースするわ。」
ラピスがシヴァの頭に手を乗せると、ポゥと仄かに光った。
「これで良し!転移座標に登録したから問題なくあんたの実家に転移できるわ。」
「さすがはあの大戦の英雄の1人ですね。」
カイルさんが感心した表情でラピスを見ている。
「それはそうよ。ラピス様は私の魔法の師匠になってくれたからね。元の姿に戻った私は馬鹿力だけしかなかったけど、魔法の才能を一早く見抜いてくれて指導してくれたわ。おかげで、魔剣士としてダーリンと一緒にパーティーにもいられるし、アタッカーとしてどんどんと頑張っているのよ。」
エミリアがえっへんとした感じで胸を張っていたが、カイルさんがちょっと呆れている。
「それでか・・・」
「お父さん、どうしたの?」
「いやな、パーティーにいるガッツさんがな、『最近、俺の出番が全く無いよ・・・、俺以上に優秀なアタッカーがいるし、俺の立場って何?』と落ち込んでいたぞ。」
「マジ?」
「マジだ。だからな、少しは自重しろ。デスブリンガーに選ばれたお前だが、やり過ぎはいかん。お前はマックス君の恋人でもあり【白の沈黙】のパーティーの一員だ、彼一人だけでなくパーティー全体の事も考えなくてはならん。将来、マックス君と夫婦になるのなら尚更だぞ。リーダーの妻なら旦那の事だけ考えれば良い訳ではないからな。」
「うん!分かったわ。お父さん、ありがとう。」
「どうやらそっちの問題は片が付いたようね。」
ラピスがニュッとカイルさんの横から顔を出した。
「もちろんです。まだまだ未熟な娘ですが、ラピス様、ご指導の程お願いします。」
カイルさんとディアナさんがラピスへと深々と頭を下げた。
「任せてよ。聞き分けが良いから教える方も助かっているからね。さすがは魔剣に認められているだけあるわ。」
「し、師匠、ありがとうございます。」
「まぁ、体が元に戻ったから嬉しいと思うけど、あなたはちょっとお調子者の雰囲気があるから、そこは注意しないといけないわね。」
「師匠・・・、それはぁぁぁ・・・」
エミリアが真っ赤になって俯いてしまったけど、ラピスよ・・・、お前も人の事は言えないと思うが・・・
「はいはい!いつまでもじゃれてないでそろそろ行くわよ!」
おっと!そろそろ出発だな。
見送りに来ている人達が次々と俺達から離れた。
しかし、ソフィアが俺にギュッと抱き着いた。
軽くキスをしてくれる。
「しばらく会えなくなるけど、これで我慢するわ。あんまりイチャイチャすると、ラピスとアンにヤキモチを焼かれちゃうからね。」
ソフィアよ・・・
もう遅い・・・
今のアンとラピスからはどす黒いオーラが噴き出ているし、殺気もハンパない。
今にも襲いかかりそうな雰囲気だ。
スッとソフィアが離れた。
すかさず2人が俺の腕を組みズルズルと魔法陣の中心に移動させられてしまったよ。
ホント、この2人は全くぶれないな。
おっと!テレサとフランも似たような感じだよ。
アイツは今はシャルの護衛で外国の使節団と国王様達と一緒にいるはずだ。
フランは王妃様のお茶会に呼ばれていたはずだ。王妃様が特にフランを気に入っていたし、直々のご指名だったからなぁ・・・
見送りに行きたいって少し駄々をこねていたけど、泣く泣く仕事を優先してくれた。
帰ってきた時はサービスしないといけないな。
「みなさん、気を付けて。」
ソフィアが可愛く手を振ってくれた。
「さぁ!跳ぶわよ。」
ブワッとラピスから魔力が溢れると、足下の巨大な魔法陣が青白く輝く。
一瞬、目の前が真っ暗になった。
次の瞬間、草原の中を通っている街道の上に全員が立っていた。
目の雨には・・・
ザガンの街と同じくらいの大きさの塀と門があった。
門の両脇にある詰め所には複数の屈強な男達が立っている。どの男も頭に角を生やしているので魔族に間違いはなかった。
こうして魔族が目の前にいるのだ、魔族領に転移出来たのは間違い無いはずだ!
しかし、突然門の前に現われた俺達に対し、門番は槍を構えいつでも戦闘に入れるように構えていた。
「ラピスよ・・・、いくら何でも門の真っ正面に転移はマズいんじゃ?」
「ここは魔族領の中でもかなり奥の方だし、フォーゼリアからも遠過ぎるからね。ちょっと計算が狂ったみたいね。」
そう言って可愛く舌を『ペロッ』と出した。
くっ!こうも可愛い態度を取られてしまったら・・・
何も言えん!
あざと可愛いラピスには敵わんよ。
「ここは私の出番ね。この景色・・・、この街はマルコシアス家の本宅がある街に間違いないわ。」
シヴァがそう言って詰め所へと歩きだした。
門番はシヴァの行動に怪訝な表序をしていたけど、すぐに顔面冷や汗ダラダラになって地面に膝を付いた。
「こ、これは!お嬢様!し、失礼しました!」
シヴァがニヤッと笑った。
「無事に任務完了よ。お父様にはそう伝えれば分るわ。」
しかし、門番が怪訝な顔で俺達を見ていた。
「お嬢様、一緒の方々は?我ら魔族なら分りますが、人族やエルフも一緒に?どうしたのですか?」
カイルさん一家は魔族だから不思議ではないのだろうけど、まぁ、ラピスもいるし俺達は人族だ。アンも今は人族に偽装している。
今の魔族領の状況からすれば気になって仕方ないのは分る。
「私と一緒にいる人達はとても大切な人ばかりよ。失礼の無いようにね。」
「か、畏まりました!」
ほほぉおおお、門番がこうも恐縮するとは、シヴァは本当に公爵家の人なんだな。
気が強い感じは初めて会った時から変わっていないけど、貴族にありがちな傲慢さは彼女には無い。だからだろうな、ラピスが彼女を気に入っている訳だ。
ギギギ・・・
目の前の門がゆっくりと開いた。
隣に立っているアンを見ると、真っ直ぐ街の中心部を見つめていた。
(少し緊張しているみたいだな。)
軽く手を握ると気が付いたのか俺に視線を移した。
「これから友達に会いに行くんだ。もっと和やかにしておかないとな。」
「そうね・・・、ありがとう、レンヤさん。」
ギュッとアンが力強く握り返してくれる。
「さぁ、行くぞ。」
「はい!」
街の中へと俺達は歩き始めた。




