142話 バンパイア達との対決⑩
どれくらいアンを抱きしめていたのだろう。
泣き止んだアンがゆっくりと俺の胸から離れた。
そしてニコッと微笑んだ。
「そう言えば・・・」
「どうした?」
「レンヤさんと初めて会った時も、こうしてレンヤさんの胸の中で泣いていましたね。」
再び俺の胸に顔を埋めた。
「こうやってね、レンヤさんと抱き合っているとね、レンヤさんの温もり・・・、レンヤさんの心臓の音が聞こえると・・・、どんな不安な事、どんな辛い事も乗り越えられる気がするの。実際に何度も乗り越えてきたわ。その時はいつもレンヤさんが傍にいてくれた。」
「アン・・・」
顔を上げジッと俺を見つめていたが、目を閉じ唇を突き出してくる。
アンにキスをしギュッと抱きしめた。
どれくらいキスをしたのだろう・・・
お互いの唇が離れ、再び見つめ合った。
上気したアンの顔がジッと俺を見ている。こんなアンを見てしまうと・・・
(とても愛おしいよ・・・)
再び唇を重ねてしまった。
長い長いキスが終り、再び見つめ合う。
「ありがとう、レンヤさん・・・、私を慰めてくれて・・・」
アンがニコッと微笑んでくれた。
「1番辛い事をさせたんだ。俺はこんな事しか出来ないけど、少しでも気が楽になってくれれば嬉しいよ。」
「もう大丈夫よ。」
「本当にか?」
「本当よ。嫌でも元気にならないとね・・・」
(ん?)
アンの視線が俺の斜め後ろに向いている。
このパターンは予想出来る。
「ほらほら、いつまでもイチャイチャしないの!法王の事は自分でケジメをつけるって言ったから任せたし、だからといってずっとレンヤを独占させるのはルール違反だからね。まぁ、ここでの後始末さえ終われば明日の朝までは許すわ。アン、あなたが今回1番頑張ったからね。」
予想通りラピスが腕を組んで立っていた。
「ありがとう、ラピスさん。」
「でもね、あの『虚無』の力をよく制御出来たわね。この力の事を最初に聞いた時はゾッとしたわよ。あの力は神界でも禁忌の力と呼ばれているしね。だけど、今回はこの力があったおかげで混乱無く法王を倒せたのは助かったわ。さすがにこの国のトップが急にいなくなってしまうと混乱は免れないし、ソフィアの力をもってしてもナブラチルを急に代表にするのは無理があったからね。」
「無かった事にする力・・・」
アンがボソッと呟いた後に嬉しそうに微笑んだ。
「私1人ではあの力を制御出来ず一緒に消え去っていたでしょうね。でもね、あの力を使った時、後ろからレンヤさんが抱きしめてくれたのを感じたの。私の中にある光の力・・・、レンヤさんの力が私を支えてくれたのよ。私の中には常にレンヤさんがいてくれる・・・そしてレンヤさんと一緒なら何も怖くないの。」
「ホント、あんたはブレずに惚気るわね。それに関しては私も負けるわ。」
ラピスが少し引きつった笑顔になったけど、お前もアンとは大して変わらないと思うぞ。
「私達や教会のトップにいるような力のある者には記憶はちゃんと残っていたわ。さすがにそこまで万能の力ではないみたいね。少し確認してみたけど、さっきまでここにいた女の子達や一般人はやっぱり法王の事は覚えていないみたいね。教会のトップは誰だったのか漠然と思い出せない感じね。お陰で彼が法王と言っても誰も疑う事はなかったわ。」
ラピスの後ろには真っ白な法衣を着た男が立っていた。
後ろには数人の修道服を着た男女も立っている。
「あなた達は?」
ザッ!
アンが尋ねると男達が床に膝を付き平伏した。
「「「我らが新しき魔王アンジェリカ様に永遠の忠誠を!」」」
スクッ!
先頭の真っ白な法衣を纏った男が立ち上がった。
見た目の歳は40歳くらいに見え、真っ黒な髪をオールバックにし、真っ赤な瞳でアンを見つめていた。
彼もバンパイアなのだろう。
「私はドットと申します。かつては序列七位、いえ、今では序列自体も意味がありませんね。事情は大賢者様より伺いました。我々はアンジェリカ様に全面的にご協力させていただきます。私も他種族との融和を望んでいます。」
そう言って深々と頭を下げた。
「私もかつては法王や他のバンパイアの様に、人族はウジ虫のように湧いて吐き捨てるものだと思っていました。ですが、200年前に1人の女性に会いました。当時はこの国ではなく隣のシュメリア王国にいまして、かなりの人間を襲って食料としていました。ですが、いつまでもそんな事をしていれば必ず討伐されます。当時のSランクパーティーに追い詰められ、私はもう終りだと思いました。辛うじてコウモリに変化しその場から逃げ出し、そして教会の前で力尽きました。」
(ん?何か聞いたような話じゃないか?)
「その教会の老シスターに私は助けられました。彼女はたった1人で教会に住んでいましたが、瀕死の私をずっと看病してくれました。私はバンパイア、特に教会から目の敵にされても不思議ではないのに・・・、彼女に見つめられた時、私は生れて初めて泣きました。彼女の優しさに私の傲りが打ちのめされた瞬間でした。」
(あ!あのザガンの街の司祭様と同じでは?随分と昔でも同じ様な事があったなんて・・・)
「そして一緒に暮らすようになりましたが、さすがに高齢な彼女です・・・、数年も経たないうちに病がちになり、いつ死んでも不思議ではない状態になりました。私は彼女と一緒にいたい・・・、そして彼女も私と・・・、私はバンパイア、彼女は人間・・・、ですが!私達の間には確実に愛が芽生えました!種族を越えて!」
「そして彼女と一緒になってから封印をしていたバンパイアの力を使いました。彼女は喜んで私の眷属となりました。」
「ですが・・・」
「もう教会にいられなくなったのですね?」
アンが淋しそうに呟くと、彼の後ろで控えていた女性が立ち上がった。
とても美人でマナさんやローズくらいの歳だろうか?金髪だが瞳は彼と同じ真っ赤なルビーのような瞳だ。
「そうです・・・、老婆の私がこのような姿になってしまっては、これ以上あの教会にいる事が出来なくなりました。」
彼女は彼の奥さんだったのか?
こうして200年もすっと一緒にいるなんて、お互いに愛し合っているんだな。
「妻のエマです。」
彼が紹介すると彼女が深々と頭を下げた。
確かに・・・
当時は老婆だった人がここまで若く美しい人になってしまうと、さすがに誤魔化す事は不可能だ。
誰も知らないところへ逃げるしか方法はないだろう。
「この国に逃げてきたのですが、まさか教会がバンパイアに掌握されているとは思わず・・・、下手に逆らってしまうと妻まで被害が出てしまうと思い、私の目に届く人間だけでも出来るだけ被害が出ないようにしていました。ある程度の力もあり序列七位の地位のおかげで多少の権限は持てました。その権限を利用し、内々でしたが協力者も少しずつ増えました。」
残りの人達も立ち上がった。
「我々はドット様に助けられ、自らドット様の眷属になった者ばかりです!我々の誓いは決して人間の血を吸わない事です。これこそが高貴なバンパイアの真の姿だと思っています。我々も同じ女神フローリア様から創造された種族!必ず共に暮らせると信じています。」
「そういう事よ。」
シャルの声だ。
視線を向けるとフランと一緒に立っている。
「彼らなら信頼出来ると思うわ。上位バンパイアはみんな倒してしまったみたいだけど、私達のところだけは戦わずに済んだしね。姉様と同じようにみんな手を取り合っていける世界を目指しているからね。フランの為にもね。」
そう言ってフランに微笑むと、フランも嬉しそうに微笑んでいた。
(そうだよな。)
戦うだけが全てではない。
こうしうて戦わなくても分かり合う事も出来るんだ。ここだけでなく、あのザガンの街の司祭様のようにな。
確かにこの国にいた法王はこの女神教を隠れ蓑にして魔族の支配を企んでいたが、本当の女神教はソフィアのように困っている人の救済が活動倫理だ。
人間だけじゃない、魔族もこうして平和を考えていてくれるのだ。
「アン・・・、良かったな。こうして味方になってくれる人がたくさんいてな。」
「うん・・・」
アンを見ると目に涙が溜まっていたが、とても嬉しそうに俺に微笑んでくれた。
「ア、アンジェリカ様!私は決しておなた様を泣かせるつもりはぁあああああああああああああ!」
ドットがアタフタと慌てているけど、妻のエマさんはそんな光景を微笑んで見ていた。
「この教会の後の事は私に任せなさい。」
いつの間にかソフィアも戻っていた。
アンに向けて親指を立ててニッコリと笑っている。
「大聖女の肩書き、ここぞとばかりに最大限活用させてもらうわよ。女神教の正しい布教も私の役目なんだからね。」
「み、みなさん・・・」
感極まって、とうとうアンの両目からポロポロと大粒の涙が溢れた。
そのまま、俺に抱き着き泣き始めた。
「す、済みません・・・、私って泣いてばかりで・・・」
そんなアンを優しく抱きしめた。
「良いんだよ・・・、あの時言っただろう?嬉しい涙は我慢しなくていいってな・・・、思いっ切り泣きな。」
SIDE ???
「ここは・・・」
私はあの地下迷路の出口の部屋で目を覚ました。
「聖女に殺されたと思ったが・・・」
気を失う直前を思い出した。
ビタッ!
聖女の正拳が私の目の前で止まった。
だが、あまりの拳圧で鼻が折れ、鼻血が止まらない。だけど私はバンパイア、しばらくすれば骨折も治るだろう。
(なぜ聖女は私を殺さない?)
聖女は拳を下げ私に微笑んだ。
(どうして?)
「あなたからは嫌な血の臭いがしないわね。そういう事は、あなたはまだ引き返す事が出来るのよ。例えバンパイアだろうが真っ当に生きる事も可能。私の言った意味を考えて生きてね。」
生き残った安堵感からか?寸止めの正拳でも凄まじい破壊力で私の体にダメージがあったのか?その後、私の意識が無くなった。
目を覚まし地上に戻ると、我らが崇拝していた法王様が勇者パーティーに倒された事を知った。
(私はこれからどう生きるのだ?)
影として生き、殺人術しか教わってこなかった私だ。こんな私がこれからどうやって生きれば良いのだ。
人として生きていくのか?
それとも・・・
魔物のバンパイアとして人々の恐怖の象徴として生きていくのか?
そう考えて立ち尽くしていた私だったが、不意に肩を叩かれた。
ゆっくりと振り向くと・・・
「君は確かアルファ部隊の者だったか?」
序列七位のドット様が私を見つめていた。
ドット様は勇者パーティーに滅ぼされていなかったのか?
しかも!とても生き生きした表情だ!バンパイアがこんな表情をするのか?
「はい、アルファ・ファイブと申します。ですが、部隊は私を残して全滅です。なぜか私だけが生き残っていました。いえ、聖女はワザと私を殺さなかったと思います。」
「そうか・・・」
ドット様が目を閉じ天井を仰いでいました。
しばらく沈黙が流れます。
「君は生かされた・・・、どうやら生きてやるべき事を見つける。そんな風に思われのではないかな。」
「やるべき事を?」
「そうだ、それが君が生き残った意味だろう。私は女神様にお会いし、私が理想とした道は間違っていなかったと確信したのだよ。」
「女神様ですか?」
「そうだ、勇者パーティーには女神様に聖女様、そして神祖様もいらっしゃるのだよ。更に、先代魔王様の姫様もな。そんな方々から我々は生かされたのだ。彼女達の意志の代行者として。」
勇者パーティーはそんなメンバーだったのか・・・
(ふふふ・・・、我々がどう足掻いても勝てない訳だ・・・)
そう思うと心がスッキリとした。
そんな高貴な方々に私は生かされたのだ。
(だから・・・)
私は一体何が出来るのか?戦う事しか出来ない私に何が?
ある日、そんな私に教会の神殿騎士団に入らないかと誘いが来た。
どうやらドット様が口添えをしてくれたようだ。
戦う事しか知らなかった私だから、同じ戦いでもみんなを守る戦いをする事にすれば良い!
平和になった国だったが、それでも脅威というものはいくつもいつでも存在する。人々の悪意、街の外には魔獣などの危険はいくらでもあった。
そんな危険から人々を守る。今までの影の生き方と比べとても誇らしく、充実した生き方だった。
私の名前も今までは『アルファ・ファイブ』と呼ばれていたが、本来の名前『アーク』に戻り名乗った。
12年後
「ユウ義兄さんにナブラチル義姉さん・・・」
私の前にはユウ神殿騎士団団長とその妻である聖女ナブラチル様が立っていた。
今日、正式にこの方々の家族に仲間入りする事になった。
そして私の隣には・・・
「アーク、今日は私達の結婚式よ。お父さんとお母さんは仕事がギリギリまで忙しいから後で来るって言っていたわ。」
「そうそう、お父さんが言っていたわよ。『お前たち2人までなら許す。それ以上に妻を増やすな。』ってね。お父さんがそんな事言っても説得力は無いのにねぇ~、お母さん以外にどんだけ義理のお母さんがいると思ってね。ま!アークなら私達以外に増やす事は無いって信じているからね。」
ユアとアズ、全く同じ顔の双子の彼女達が私を見つめ微笑んでいた。
この世の者とは思えない彼女達の美貌にも負けない美しいドレスを纏い、左右から私の腕をギュッと抱きしめていた。
私は彼女達の夫として生涯愛し守り続けると誓う。
こんな私を愛してくれてありがとう。
そして・・・
私を生かしてくれた聖女様に心から感謝を・・・




