139話 バンパイア達との対決⑦
SIDE アンジェリカ
ツカツカ・・・
長い通路に2人の足音だけが響く。
城のような大きな教会の中をずっと歩いているが、アンジェリカは誰ともすれ違う事は無かった。
まるでこの教会に2人だけしかいないのでは?と思えるほどに静かだった。
たった2人だけの時間が突然終わった。
アンジェリカの前を先導して歩いていた男が大きな扉の前に立っている。
「ここに私が会いたい人がいるのですか?」
彼女が男に尋ねると黙って頷いた。
ギギギ・・・
誰も扉に触れていないのに自然と扉が開く。
「アンジェリカ様、法王様がお待ちでございます。」
男が深々と頭を下げ恭しく話した。
「法王ね・・・」
アンジェリカが呟くが、案内の男は扉の前に立ったまま微動だにしていない。
「どうしたのですか?」
「私の仕事はあなた様をこの部屋の前までお連れする事です。ご案内が終われば私の仕事は終わりですので、こうして待機しているのです。法王様はあなた様を最上級のおもてなしでご案内せよと仰いました。それでは法王様との語らいを・・・」
再び深々と頭を下げた。
「嫌でも行くしかないわね。」
意を決した表情でアンジェリカが扉をくぐり部屋の中に入った。
「すごい部屋ね・・・、だけど、これは父様の部屋に似ているわ。」
部屋に入ったアンジェリカが驚きの表情で部屋の中を見渡していた。
その部屋は贅を凝らし、下手な国の国王では真似出来ない程に立派だった。
「お気に召しましたか?私の記憶にあった魔王様のお部屋を再現しました。あなた様が少しでもお寛ぎが出来るように配慮してあります。」
突然、部屋の中にアンジェリカ以外の声が響く。
声のする方向に彼女が振り向いた。
「あなたは・・・」
彼女の視線の先に1人の男が立っていた。
その男はソフィアと同じような真っ白な生地に豪華な金の刺繍を施された法衣を着ている。髪は真っ黒でオールバックにまとめられていて、血のように真っ赤な瞳がアンジェリカを見つめていた。
「アンジェリカ様・・・」
そう呟いて膝を折り臣下の礼を取った。
「やはりアーガンですか?」
その言葉で男がピクッ震える。
ゆっくりと顔を上げると、その目には涙が溢れていた。
「私のような末端の者を覚えていてくださるとは・・・、このアーガン、これ以上の幸せはございません。」
クスッとアンジェリカが微笑む。
「そんな大袈裟にしなくてもよろしいですよ。ですが、こうして知っている人がいるのは嬉しいですね。ふふふ・・・、あなたにとっては500年の長い歳月だったのでしょうが、父様に封印され目覚めた私にはつい数ヶ月前のように思いますよ。アーガン、あの頃のあなたはまだ幼さもありましたが、こうして今、私の前にいる姿はすっかり大人ですね。私はずっと眠っていたのだと実感しますよ。」
「アンジェリカ様の笑顔、私にとっては最上のご褒美です。」
嬉しそうなアーガンだったが、不思議そうにアンジェリカを見つめている。
「アンジェリカ様、今のこのお姿は?魔族の象徴でもある角がありませんが・・・」
「そうね、ここでは偽装しなくても良いのね。元の姿に戻りますね。」
カッとアンジェリカが輝くと、金色の角が現れ、青い瞳も角と同じように金色に変化していた。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
アーガンが感嘆の声を上げ、再び臣下の礼をした。
「このお姿!まさしくアンジェリカ様です!ですが、この角と瞳はなぜ金色なのです?」
「これは色々とあってね。ふふふ・・・」
とても嬉しそうにアンジェリカが微笑んでいた。
臣下の礼を取り頭を下げていたアーガンだったが、顔を上げ再び話し始めた。
「この500年、アンジェリカ様を想わない日はございませんでした。魔王様が討たれ行き場の無くなった私はアスタロト家の使用人として雇われました。そして、そこで聞いたのです。アンジェリカ様はご存命だと!魔王城にて長き眠りにおられていると!当時廃墟と化した魔王城にアンジェリカ様を捜索するメンバーに志願しました。」
「やはり公爵家ですか・・・、アスタロト家は昔から胡散臭い感じがしましたけど、どうしても私を手に入れたかったみたいですね。」
ギリっとアンジェリカが唇を噛んだ。
「ですが、魔王城は魔境と化し我々は私以外を残して全滅と・・・、あの魔王様の接見の間にいたデスケルベロスに手も足も出ず・・・、霧に変化し、辛うじて天井の小窓から命辛々逃げ出しました。その後は魔族領にも戻れず、人間として種族を偽って生きていました。」
「苦労したのですね。」
「ですが、教会の司祭として働くことになり、みるみる私は地位を固めたのです。バンパイアの眷属化の力!邪眼の力!この力があれば教会内では私に敵う者はいませんでした。そして、私の派閥が教会内でも最大なった時に私は動いたのです。この教会を私のものすることに!」
自分の世界に入っているのか、いつの間にか立ち上がり両手を広げ上気した顔で話していた。
「ですが、さすがは世界中に布教されている女神教です。なかなか私がトップに立つのは難しい!ですが、500年前の戦いで弱体化した帝国の教会を利用して私は建国したのです。それがこの『聖教国』です!それから300年!今ではかなりの力を持っています。パレードをご覧になられたでしょう。あれだけの国民1人1人が私の兵となるのです。神の名の下に死をも恐れない兵に!その気になれば世界をこの手に入れる事が出来ますよ!」
血走った目がアンジェリカを見つめている。
「アンジェリカ様!これでお父上であった魔王様の悲願!世界を我らが魔族の手に入れる事が出来ます!お父上亡き今はアンジェリカ様!あなた様が我々の頂点に君臨し、この世界の覇者になられるのです!その隣には私がいる世界!何て素晴らしいのでしょう!」
「はぁ~」とアンジェリカが深いため息をしているが、アーガンはアンジェリカの様子など気にせず自分の世界に入っていた。
「アンジェリカ様!なぜに勇者達と一緒にいるのですか?あなた様ほどの高貴なお方が下等生物の人間と一緒にいる事自体がおかしいです!あなた様の高貴な血が臭い人間の血で汚れてしまいます!あんなサルどもと一緒にいるなんて魔王様も悲しみますよ。」
そしてアンジェリカに手を差し出した。
「さぁ!アンジェリカ様!私の手を取ってください!あなた様と私、2人で新世界を築こうではありませんか!あなた様の隣はこの私が1番相応しいのです!勇者パーティーは今頃は全員が我が精鋭に惨殺されているでしょう。いくら強かろうが所詮は下等生物の人間です。我らのような崇高な高等生物が真の支配者になる世界が当然なのです!」
血走った目がアンジェリカを見つめていた。
「さぁあああああああ!我々に命令を!人間を滅ぼし世界を一度リセットしようではありませんか!今世の魔王など我らの力にかかればゴミ屑も同然!アンジェリカ様こそがこの世界の聖母となるお方!」
「私と一緒にぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「・・・バカですか?」
とてつもなく冷たい視線でアンジェリカがアーガンを見つめていた。
「はぁあああああああああああ!」
アーガンの口から絶叫が発せられた。
「アンジェリカ様!どうしてです?人間を滅ぼすのはお父上であった魔王様の悲願では?」
「はぁぁぁ~~~~~~~~」
アンジェリカがとても深いため息をしている。
「お父様は確かに人間を滅ぼす為に戦いを始め、最後は破れました。ですが、これはお父様の意志ではありません!お父様は邪神に見染められ、邪神の操り人形となって人間と戦う事になってしまいました。それが500年前の事実です。いえ・・・、過去に魔王となったものはずっと邪神に踊らされ続けていたのです。私は正気に戻ったお父様から教えてもらいました。残留思念となったお父様でしたが、魔王としての顔でなく、あの優しい顔は私が大好きだったお父様でした。」
そして左腕を掲げ、薬指にある指輪を見せた。
「そして、お父様からも祝福されました。勇者であるレンヤさんとの結婚をね!」
「そ、そんな・・・」
「私の使命・・・、私は魔王の娘である宿命から逃れる事は出来ないでしょう。だけど、世界を破壊する魔王は父の代で終わりにします!そして、私も魔王を継ぐ事を決めました。だけど、私の目指す魔王は『優しい魔王』!世界を人々を幸せにする魔王として君臨する事です。決してあなたのような他者を見下し、力無き者を踏みにじる支配者にはなりません!私は勇者、レンヤさんと共にこの世界に魔族と人族が共に暮らせる世界を作ります。」
「そんな事は私が認めません・・・」
アーガンがプルプルと震えながらギロッとした目でアンジェリカを睨みつけていた。
「アンジェリカ様の隣は私が相応しい・・・、いえ!私しかいないのです!勇者と結婚?そんな戯言は聞きたくありません。今頃は勇者達は私の配下達がが全滅させているでしょう。私の力を分け与えた精鋭達がね!300年かけて大量の人間から吸い取った力で私は神にも匹敵する力を手に入れたのですよ。いくら勇者だろうがたかが人間に負ける私ではありません。今の私はお父上の魔王様よりも強大な力をもっているのですよ。あなたはこの私の伴侶として世界を支配する母となれば良いのです!下等生物に慈悲を与える必要はありません!」
両手を広げニタァ~と笑った。
「500年前から!あなた様にお会いした時から!私の心にはずっとあなた様がいた!そして、とうとうあなた様を私のものとする時が来たのです!崇高なあなた様でしたから手荒な真似はしたくありませんでしたが・・・、こうも私の言う事を聞かないのなら・・・」
真っ赤な目が輝く。
「神にも匹敵する私の力・・・、あなた様を生ける屍とし、永遠に私の伴侶とし、私に添い遂げるようにしましょう!そうです・・・、最初からこうすれば良かったのですね。アンジェリカ様、永遠にその美貌を失うことなく、私の言う事だけを聞いてくれる。あはははぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!そうだ!私がアンジェリカ様に最も相応しい男なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ゲスですね・・・」
ボソッとアンジェリカが呟く。
「あなたも含め、アスタロト家も・・・、今世の魔王も・・・、私の事を何だと思っているのですかね。私を手に入れる?私に相応しい?どれも独善的で独占欲の塊のゲスな男の考えですよ。かつて男嫌いになってしまったラピスさんの気持ちが良く分かります。そして、レンヤさんを好きになった気持ちもね・・・、レンヤさんは私を一人の女として見てくれた。魔族である私を偏見もなく対等に扱ってくれた。家族の仇である憎き魔王の娘である私を好きになってくれた・・・」
そっと両手を胸に当てる。
「不思議ね・・・、こうしてレンヤさんを想うと胸が温かくなってくるわ。あなたのようなゲスな感情をぶつけられると余計に温かく感じる・・・、レンヤさんが私の全てなんだと・・・」
キッとアーガンを睨みつけた。
「アーガン!あなたの妄想はもう終わりにします!そして、これ以上悲劇を繰り返さない為にも、あなたを討ちます!女神フローリア様の名の下に!」
アンジェリカの全身が金色に輝いた。
「魔装!」
全身が金色に輝く鎧に包まれている。シャルロットの女神の鎧にとても似ていた。
そして、その背中には薄く黄金色に輝く大きな美しい翼を広げていた。
「こ、この姿は・・・、かつてのアンジェリカ様とは全く違う・・・、どうしてだ?」
アーガンが驚愕の表情でアンジェリカを見つめていた。




