13話 ほぼ新婚生活じゃない?②
無表情で瞳孔も完全に開ききっているアンの視線がとても怖い。
「レンヤさん・・・、私には?」
(怖い!怖すぎる!ラピス菌がとうとうアンにも伝染してしまったのか!)
アンの両肩をガバッと掴んだ。
「アン!落ち着け!頼む!落ち着いてくれ!」
「私には?」
ダメだ!アンが戻ってこない!
「レンヤ、アンにもキスしたら?」
ラピスがニヤニヤ笑っている。
いや!こんな流れでアンにキスしてもダメだと思う。さっきから2人の圧に押されていたけど、アンにとっての初めてのキスはちゃんとムードが必要だと思う。
人差し指をアンの唇に当てた。ピクッとアンが反応した。
「アン、焦ってもダメだ。アンとはちゃんとキスをしたいから、もう少し待ってくれないか?」
アンがハッとした表情になった。
「わ、私は一体?」
「良かった・・・、どうやら元に戻ったみたいだな。」
「私・・・、レンヤさんがラピスさんに唇を奪われてしまったのを見て、それから・・・」
アンの頭を軽く撫でてあげるととても気持ち良さそうにしている。
「アン、焦るなよ。俺はお前とずっと一緒にいるからな。お前は俺がラピスに取られたと思い込んでちょっとおかしくなったみたいだ。安心してくれ、俺は約束を必ず守るからな。」
「はい!」
とても嬉しそうに微笑んでくれた。
アンの笑顔は最高に可愛いよ。俺まで笑顔になってしまう。
「レンヤさん・・・」
そう話すと急に俯いてしまった。
「どうした?何かあったのか?」
心配になって顔を近づけてみる。
チュ!
アンがいきなり抱きついてキスをしてきた。完全に不意打ちだ・・・
しばらくしてからアンの唇が離れる。とても満足そうに微笑んでいた。
しばらく見つめ合っているとアンが目を閉じ唇を向けたので、今度は俺の方からキスをした。
唇が離れ再び見つめ合った。アンの顔が赤く染まっているのがとても可愛い。
「えへへ、レンヤさんの唇を奪っちゃった・・・、昔、読んでいた本にこんなキスの物語があったのを思い出したのよ。ビックリしたでしょう?」
「あぁ・・・、まさかこんな事をされるなんて思わなかったよ。」
「これで、ラピスさんのキスよりも私のキスの方が印象に残ったよね?私はこう見えても負けず嫌いだからね。最初のキスはラピスさんに負けたけど、これからはラピスさんには負けないから!」
ラピスがニヤッと笑った。
「ふふふ、言ってくれたわね。私のレンヤが好きな気持ちは誰にも負けないわ。かかって来なさい!ことごとく叩き潰してあげる!」
アンも不敵に笑った。
「これは私に対する宣戦布告と受け取っていいのね?分かりました、私も全身全霊をもってラピスさんを逆に叩きのめしてあげますよ。」
「「ふふふ・・・」」
うおぉおおおおおおおおおおおおい!また始まったのか!
お前達に板挟みになっている俺の身になってくれよ・・・
女神様、これも試練なのか?
「生まれ変わったレンヤがこんなにも変わってたなんてねぇ~~~~~~」
ラピスが俺を見ながらしみじみと話をしている。
「確かに見た目は当時とは全く違うよな。髪と瞳の色は同じだけど、さすがに当時の俺がそのままの姿で生れるはずがないさ。」
「確かにね。あの時のレンヤはワイルドな雰囲気の見た目だったけど、今はどちらかというと爽やかイケメン系だよね。でも、こっちの方が私は好みかな?」
「まぁ、今の見た目はどちらかというと今の母親似だと思う。母さんは美人だから、その面影があるって言われていたよ。」
「それ以上に、あなたの性格が変わっているのには驚いたわ。あなたがこれだけ話す事なんで無かったし、1番の驚きよ!」
「それは、多分、俺の今の性格だと思うな。こうして記憶は戻って口調は昔みたいに戻ったけど、今の感情や性格が基本となっているみたいだ。それに、かつての俺は魔王を倒した時にもう満足してしまっていたからな。それもあるかもしれない。俺もこうしてラピスと色々と話せるのは楽しいよ。」
「私もよ。」
ポッとラピスの頬が赤くなった。
「ところで、ここで泊まるのは分かったけど、食事はどうするのだ?外で散乱している荷物の中身には食料も色々とあったけど、調理は昔みたいに俺が担当か?」
ラピスの顔面から汗がダラダラと流れてくる。
「そう・・・、いくら頑張っても料理はダメだったのよ。何でなのかね?」
「だからお願い・・・」
キラキラした目でラピスが訴えてくる。
「仕方ないなぁ~、生まれ変わった今も料理は得意だから、少し頑張るか・・・」
「あのぉぉぉ・・・」
アンが申し訳なさそうに手を上げている。
「私、料理は得意な方なので、ちょっと作ってもいいかな?口に合うか分からないけど・・・」
へぇ~、お姫様なのに自分でも料理でもするのかな?アンが作る料理か・・・、期待してしまうな。
「そうなんだ、じゃぁ、俺も手伝うか?」
「嬉しい!レンヤさん、一緒にがんばろう!」
ピョンピョンと跳ねて喜んでいる。
俺も腕によりをかけて作らないとな。
キッチンでアンと並んで料理をしている。
アンの手際を見るとかなりの腕前だよ。得意って言うだけあるよ。
それに、キッチンの機能もすごい!蛇口からはキレイな水がいくらでも出てくるし、コンロも一般の家庭にあるような物よりも遙かに高性能だ。しかも、扉を開けると中がとても冷えている魔道具の収納棚まである。これなら多少作り過ぎても冷して保管出来るな。まぁ、俺やラピスの収納魔法は時間停止の機能まで付いているから、収納すればずっと新鮮熱々のまま保管出来るのだが、この収納棚は他にも使い道がありそうだ。
アンは嬉しそうに料理をしている。
「レンヤさん、こうして2人で料理していると、私達って新婚の夫婦みたいね。私、こんなのに憧れていたの。」
「そうなのか?」
「そうよ、私はなかなか城の外に出れなかったから、外の世界に憧れていたの。たくさんの本を読んで私が本の主人公になりきって楽しんでいたのよ。こうやって好きな人と一緒に並んで料理するのも憧れの1つだったの。楽しくて・・・」
アンがそっと寄り添ってくる。
「レンヤさん、ありがとう・・・、私に自由を与えてくれて・・・」
チラッとラピスを見てみると・・・
「けっ!どう見ても仲が良い夫婦にしか見えないわ。リア充爆発しろ!」
俺達の間に入れないのか拗ねていた。
出来た料理をテーブルに並べたが、アンの料理スキルがとんでもないのを実感した。
俺は下ごしらえを手伝ったくらいで、ほとんどアンが料理をしていたからなぁ・・・
かき集めた保存食が中心の食材だったけど、よくここまで手の込んだものを作れるのか、どれも美味しそうだよ。
拗ねていたラピスも並べられた料理を見てゴクリと喉を鳴らして、今にも飛びつきそうなくらいに目が輝いている。
「アン、あんたの料理の腕はどうなっているのよ。あんな食材がこんな豪華な料理になるなんて信じられないわ。悔しいけど、今回は負けを認めるしかないわね。でも味はどうなのかね?」
(アンも負けず嫌いだけど、ラピスも大概だよ。ちゃんと仲良くしてくれよな。)
ラピスが料理をフォークに取り口に入れた。ん!動きが止まっているぞ。
突然プルプルと震えだした。
「何!コレ!こんな美味しい料理、今まで食べた事が無いわ!」
ラピスが絶賛するなんて、そこまで美味いのか?
俺も一口食べてみた。
(何だこれは!)
「美味い!美味すぎるぞぉおおおおおおおおおおおお!」
アンがニコッと微笑んでいた。
「良かった、喜んでくれて嬉しい・・・」
フォークに料理を乗せて俺の口元まで運んでくれる。
「レンヤさん、あ~ん。」
うわ!すっごく恥ずかしいけど嬉しい!こうして食べさせてもらえる日が来るとは思っていなかった。
俺とアンのやり取りと見ていたラピスも慌てて料理をフォークに乗せ、俺の口元まで運んでくれる。
「何、2人だけで甘い空気になっているの!レンヤ、私からもね、はい、あ~ん。」
3人でイチャイチャしながら食事を楽しんでいたけど、ふと思った。
これって、もう新婚生活と一緒じゃない?前世から含めて、俺がこんな生活をするなんて想像もしてなかった。
アン、ラピス、ありがとう。
ちょっと愛が重いけどな・・・
いや、かなり重いかも?
食事が終わり再びソファーでゆっくり(相変わらず両側に挟まれていたりする)していると、ラピスがジッと俺を見てきた。
「今更だけど、あなた、どうしてこんな所にいたの?たった1人で?普通、こんな所に1人で来ないはずよ。自殺願望でもあったの?」
「そうね、私も気になる。」
アンも確かに不思議に思うだろうな。
「あぁ、それはな・・・」
ギルドでギルドマスターからの口利きで『黒の暴竜』に目を付けられ、強制的に荷物持ちとして連れてこられてしまった事や、魔王のガーディアン・ソードがデスケルベロスに変化して襲われたので、自分達が逃げる為に俺にパラライズの魔法をかけて餌にしてさっさと逃げてしまった事を話した。
「そんなの酷い!」
アンが自分の事のように怒ってくれる。
「それって、完全に殺人行為ね。こんなのがバレたら冒険者の資格停止じゃ済まないわ。普通は死罪だし、良くても犯罪奴隷落ちよ。400年前のギルドの基準だけど、それは変わってないと思うわ。それを分かってレンヤにこんな事をするなんて、ちょっとこのパーティーは調べた方が良いわね。あまりにも手慣れた感じだし、他にも色々とやっていそうだわ。それと、わざわざ指名依頼をしたギルドマスターも怪しいわね。」
ラピスも黒の暴竜の行為にはかなり怒っていた。
「でもね、レンヤ、あなたの力だとこんなクズパーティーなんて目じゃないはずよね?どうして言いなりになっていたのよ。」
「それは話すと長いけど・・・」
3年前に洗礼を受けた時に授かった称号が【勇気ある者】という称号だったので、周りからは外れ、無能と馬鹿にされていた事、実際にスキルも何も覚えなかったし、ステータスも常人並で冒険者には不向きだった。
そんな中で最初に登録したギルドで受付嬢からバカにされ、ずっと嫌がらせみたいな事を受けていて、各地へ転々としていたが、どこへ行っても馬鹿にされる日々だった事を話した。
「レンヤさん・・・、可哀想に・・・」
ポロポロとアンが泣いてくれている。
そして、俺をギュッと抱きしめてくれた。
「でも、レンヤさんが頑張っていたからこそ、こうして巡り会えたのね。やっぱり運命の出会いだった・・・」
そして、この魔王城でアンと出会い、死ぬ寸前まで追い込まれたけど、その時に500年前の記憶が甦り、称号も【勇者】に変化してデスケルベロスを倒したと説明した。
「この3年間は俺が勇者として資格があるかの試練だったのだろうな。生活もギリギリだったし、正直、俺に何の恨みがあって!と思いたくなったよ。でもな、実際に戦って分かった、この力は異常だ。500年前の勇者の時よりも遙かに強大な力を持っている。確かに正しい心を持たないと、逆に俺が魔王となってしまうかもしれないからな。」
ラピスも泣いていた。
「レンヤ、本当にご苦労様だったわ。この3年間ずっと底辺の暮らしをしていたのに心が折れなかったのね。正直、フローリア様には文句を言いたいくらいだわ。」
「本当に大変だったけど、今はこうしてアンとラピスに出会えたんだ。この出会いは今までの苦労なんて全て吹き飛ばす程のものだと思う。それくらい俺にとっては大切な出会いだと思っている。」
「レンヤさん!」
「レンヤァアアア!」
2人が嬉しそうに抱きついてくれた。
「まぁ、黒の暴竜とギルドマスターにはちゃんとお返ししないといけないけど、レンヤを今まで馬鹿にしていた受付嬢達も何かしらの罰を与えないといけないわね。ギルドの受付嬢として失格よ。」
ラピスがゾッとするような冷たい視線で呟いていた。
(怖い・・・、何をする気だ?)
「あっ!レンヤ、ゴメン、怖がらせてしまった?大丈夫よ、ちょっとレンヤ対してのこれまで事で仕返ししようと思っていただけだから。」
「サラッというなよ。余計に怖いし、別にここまでお前が入らなくても・・・」
ラピスがグイグイ迫ってくる。
「ダメよ!私のレンヤに酷い事をしたヤツは全員地獄を見せてあげるんだから!レンヤがどんな気持ちだったか同じ目に遭わせてあげる!ふふふ、容赦はしないわよ・・・」
(怖い!怖い!)
「頼む!程々にしてくれ!黒の暴竜以外はそこまでしなくてもいいからな!このままだと死人が出そうだ!」
「ちっ!2、3人は見せしめで死刑にしようとしてたのに・・・、まぁ、レンヤが言うなら程々にしておくわ。」
(マジかい!ホント、勘弁してくれ・・・)
ラピスが額に指を当てて何かブツブツと言っている。
「アラグディア、仕事よ。詳細は追って説明するけど、緑の狩人のパーティーも使って動いて。それと、里の暗部も総動員よ。徹底的に証拠を掴んでちょうだいね。」
「ラピス、何をしている?何か物騒な話をしているぞ。」
「ちょっとね。私もたまに仕事をしようと思ったのよ。詳しくは聞かないで欲しいな。」
「分かったよ。」
(う~ん・・・、一体何をするのだ?頼むから大騒ぎにならない事を祈る・・・)
さて、もう今日は寝ようと思ったので寝室に行ったのだが・・・
「でかい・・・、でか過ぎる・・・」
目の前に巨大なベッドがあった。しかも1つだけ・・・
「おい・・・、ラピス、これは何だ?」
ラピスが大量の冷や汗をかいていた。
「ははは・・・、この建物はフローリア様からの結婚祝って言っていたでしょう。名前も『愛の囀り』って、いかにもイチャイチャする事を想像する名前だしね。夫婦だと同衾するものだから、こんな風になったのかもね。あまりにも意図がストレートな寝室だから、私も正直ビックリしているわ。」
アンの方は?
「とうとう・・・、今夜レンヤさんと・・・、きゃっ!でも、私は初めてだし、こんな事は本にあまり載っていなかったから・・・、どうしよう・・・、あわわわ・・・」
真っ赤になって頬を押さえながらクネクネしていた。どうやら妄想の世界に入っているみたいだ。
(はぁ~~~~~~~~~)
「俺はリビングで寝るよ。」
そう言って部屋を出て行こうとすると・・・
「じゃぁ、私もリビングで寝るわ。」
「私も!」
2人も一緒に出て行こうとしていた。
「お前達は女同士だから別に一緒に寝ても大丈夫だろう?何で俺に合わせる?」
「レンヤの意地悪・・・」
2人の視線が痛い。
「すまない。お前達2人の気持ちは良く分かっている。確かに結婚の約束はしたけど、お前達を抱くのはもう少し待っていて欲しい。父さんと母さんにちゃんと2人を紹介してから、正式に結婚したいと思っている。それがケジメだと思っている。」
「ふふふ、レンヤらしいわね。真面目過ぎよ。」
「そんなレンヤさんだから、私も安心して一緒にいられるのね。」
ニコッと2人が微笑んでくれた。
「ヘタレな俺ですまん・・・」
「で、何でこうなる?」
巨大なベッドで俺は横になっている。とてもフワフワで最高に寝心地が良い。今まで泊まっていたボロ宿屋のベッドとは次元が違う。そんなのと比べるのが失礼な程、このベッドは心地良かった。
しかし、俺の両隣にはアンとラピスがピッタリと寄り添っていた。
左側を見るとラピスがニコッと微笑んでくれる。
「一緒に寝ても『何もしない』なら問題無いでしょう?私の事は抱き枕だと思ってくれれば良いからね。」
そして軽くキスをしてくれた。
右側を見るとアンがキスをしてくれる。
「単なる添い寝だからね。でもレンヤさんがその気なら・・・、はっ!焦ってはダメ!これ以上の事は無いから安心してね。おやすみとおはようのキスくらいなら、別に結婚前でも問題ないはずだからね。」
ギュッと腕にしがみついてきた。
(お前達には敵わないよ・・・)
(こんな俺を好きになってくれてありがとう。)