12話 ほぼ新婚生活じゃない?①
しばらく抱きつかれていたけど、やっと2人が落ち着いて解放された。
(何かドッと疲れた気がするよ・・・)
それにしてもなぁ~、アンは今日初めて会ったから昔の事は知らないけど、かなり積極的な女の子だよなぁ・・・
一方のラピスはどうなっているのだ?当時は物静かでミステリアスな雰囲気の女性だったはずだ。しかし、500年ぶりに会ったアイツは180°違っていたぞ。あの時は猫を被っていたのか?でも、今のラピスの方が話しやすいし、俺としては今の方が親しみやすいかな?
・・・
いや!あのストーカーだけは勘弁してもらいたい。
まぁ、無理だろうな。アンに伝染しない事を祈る。
「ふぅ、さっぱりした。」
先に2人にシャワーをしてもらって最後の俺がシャワーをしたが、3年ぶりにまともな温かいシャワーを浴びた気がする。
3年前に冒険者としてデビューしたけど、冒険者登録してくれた受付嬢からいきなり『無能』の烙印を押されてしまって、ずっと底辺で活動していたからなぁ・・・
最低ランクの仕事しか出来なかったから生活はかなりギリギリだったよ。浴場なんてもっての外!体を洗うっていっても、川の中に入って洗っていたり、木の枝にに穴の開いたバケツを引っ掛けてシャワー代わりにしていたなぁ・・・
食事もギリギリだったし、森で採取した物を食べるのは当たり前で、酷い時には雑草も食べていたよな。
いつかは勇者みたいになる。
その気持ちで頑張っていたけど、まさか、俺自身が勇者の生まれ変わりなんて想像もしていなかった。
女神様が言っていたな、この3年間の苦労は試練だったのだろう。正直、ハードモード過ぎる気もしないではないが・・・
リビングに戻ってくると、アンとラピスが仲良く隣同士でソファーに座って話をしている。
仲が良くて何よりだよ。
さっきまでのラピスはアンの事を『様子を見る』って言っていたけど、思った以上に早く打ち解けたのではないかと思う。
だけど、どんな話をしているのだろう?何か嫌な予感がするのは気のせいか?
アンもラピスも今はラフな服装で寛いでいる。ラフとはいえ、俺達庶民には到底手に入らないような高級な生地みたいで、とても肌触りが良い。改めて本当にこの建物は凄いよ、まさか部屋着の服まで置いてあるなんて思いもしなかった。
シャワーも水の魔石を使っているし、魔力を流せば半永久的に使える。一緒に火の魔石も備えてあるので、お湯を出すのも簡単だ。ここまでの設備は王城か、相当な地位の貴族の屋敷にしかない。
こんな贅沢を覚えてしまったら、元の生活に戻れなくなりそうだよ。それだけ快適だし、父さんや母さんにもシャワーは使わせてあげたいな。
普通の庶民の家庭にはお風呂もシャワーも無い。
もちろん我が家にも無かったし、近所の公衆浴場で体を洗っていたから、こうして個人で使えるって分かったら、父さんも母さんも毎日入りに来るのには間違いないよ。
「あっ!レンヤ!シャワー終わったのね。こっち!こっち!」
ラピスが手招きをして俺を呼ぶと、アンがサッとラピスから少し離れて座り直した。
「レンヤさんはココね。」
アンがそう言って、2人の間に出来た場所をポンポンと叩いている。
2人の間に座れってか?ソファーはまだ他にもあるんだぞ。ゆっくりと休むのに、何で3人で密集して座らなきゃならん。でもなぁ~、さっきからのあの2人の行動から考えると、俺と密着したいのは間違いないだろう。それを断りでもしたら・・・
どう考えても2人が暴れる姿しか想像出来ない。
2人の間に座ると、予想通りピタッと寄り添ってきた。
ソファーの座り心地が最高だからか、こうして寄り添っていられても更に落ち着いてしまう。
それに、2人から良い香りがするし、更にリラックス出来てしまう。
ずっとこうして3人でいたい気持ちになってしまう。
「なぁ、ラピス。」
「何?」
ラピスが上目遣いで俺を見てきた。ラピス・・・、この仕草の破壊力はとんでもないよ。思わずドキドキしてしまう。
「さっきの話の続きだけど、前世の時はそんなに親しくなかったよな?最後の最後でお前に告白されたけど、今はこうして俺の後まで追いかけてくるようになっている。俺とアンはお互いに好き同士になったから分かるけど、何でここまで俺に尽くしてくれるのだ?」
「えへへ・・・、レンヤさんに好き同士って言われた・・・、幸せ・・・」
アンが顔を赤くしてモジモジしている。う~ん、とても可愛いな。
ラピスが真剣な表情で俺を見ている。
(どうした?)
「レンヤ・・・、500年前のあなたは確かにいつも殺気立っていたわ。あなたが唯一心を許していたのはアレックスだけだったみたいね。私とソフィアは単なるあなたの補佐役みたいなものだった。そして、魔族に対しては本当に容赦していなかった。」
「あぁ、そうだったな。」
「正直言うと、最初の頃のあなたは本当に怖かった。それはソフィアも同じ感想よ。でもね、あなたに変化があったのは、1週間ほど行方不明になった時ね。あれからね、あなたに変化があったのは。単独で侯爵クラスの魔族を倒したと聞いているけど、ボロボロになって帰ってきたし・・・、でもね、あの時からあなたの目に普段から漂っていた殺気が無くなっていたわ。戦いの時は変わらずいつも捨て身だったけど、普段のあなたと接しやすくなったのはあの時からで間違いないわ。」
「あぁ、あの時か・・・」
「アレックスも詳しく話してくれなかったけど、あの時、あなたに何があったの?」
「私も聞きたい。」
アンも真剣な表情で俺を見ている。
「分かった、俺がバカだった時の話だよ。おかげで、帰ってきた時はアレックスにぶん殴られたけどな。」
「あの時は近くに魔族がいると情報が入ったから偵察に俺が出て行った。アレックスからは『偵察だぞ!何かあっても絶対に手を出すな!』って念押しされていたんだけどな。30人ほどの魔族の部隊を見つけた時に俺は見つけてしまった。かつて里を滅ぼされた時に攻めてきた魔族の精鋭部隊の1人をな・・・」
「それが侯爵クラスって事?」
「あぁ、そうだ。里を滅ぼされた時の光景が甦った。そいつは笑いながら里の人間を次々と殺していた・・・、俺の頭は一瞬で真っ白になったよ。気が付いたらそいつと戦っていた。今から思えば本当にバカだったよ。そいつだけでなく30人の魔族相手に1人で戦ったからな。」
「ホント、バカだわ。アレックスが怒るのも分かるわ。でも、よく生きていたわね。それもあの大怪我で1週間も・・・」
「俺もあの時は死を覚悟したよ。辛うじて奴らを全滅させた時はもう終わりだと思った。大怪我で動けない時に目の前に魔族が現れたんだ。その後、俺は気を失った。」
「そして目が覚めた。戦った場所からそう遠くない家の中でな。」
「まさか、あなた、魔族に助けられたの?信じられない・・・」
ラピスが信じられないといった顔で俺を見ている。
「俺はベッドで眠っていた。しかも、応急措置だが怪我の手当もされていた。ベッドの横には魔族の老夫婦が心配そうに俺を見ていたよ。正直、俺は信じられなかった。魔族が人を助けるなんて、それも魔族の敵である勇者を・・・、魔族は人族と相容れる事は出来ないと思っていたし、当時の人類の共通認識だったからな。」
「その老夫婦になぜ俺を助けたのか聞いたよ。答えは『瀕死の人がいたから助けた。人間だろうが関係ない』と・・・、そして温かいスープを差し出された時、俺は思わず泣いてしまった。この2人の温かさが俺の凍てついた心を溶かしてくれたのだろうな。その老夫婦に殺された俺の両親を重ねていたのかもしれない。」
「少し傷が癒えて動けるようになったから家を出ていく時に言われたよ。『魔族は必ずしも人族の敵ではないし、私達は静かに暮らしていきたいだけ。こんな魔族もいる事も覚えていて欲しい。もし困った魔族がいたら助けて欲しい。』とな・・・」
目を閉じるとあの老夫婦の姿が浮かんでくる。ほんの少ししか一緒にいなかったが、あの温かさは生まれ変わった今でも忘れていない。
「そういう事があったのね。これで分かったわ、あなたが時々魔族を助けていた理由がね。」
「別に大した事はしてないぞ。理不尽な暴力は許せなかっただけだよ。ただ、敵には容赦しなかったけどな。」
ラピスが急に抱きついてきた。
「やっぱりレンヤは勇者ね。力だけでなく心も・・・、私が惹かれただけあるわ。」
チラッとアンを見るとグズグズ泣いていた。
「良い話です・・・」
「こんな事があってから、俺も少しは相手を思いやる事が出来るようになったと思う。それに、あいつが本気で俺をぶん殴ってきたからな。あいつが本気で怒ったのはあれが最初で最後だった。あの時は本当にみんなに迷惑をかけたと心から反省したよ。」
「でも、私とソフィアには相変わらず無愛想だったわね。まぁ、あれからは多少はコミュニケーションが取れるようになったのは間違いないわ。」
「まぁ、あれで少しは周りを見れるようになったけど、昔から俺の事は『何を考えているかよく分からない』って言われていたからなぁ・・・、誰が相手でもそんなものだったと思うぞ。」
「分かったわ。あなたは単に不器用だけだったみたいね。でも、そんなあなたも素敵だったわよ。」
「う~ん・・・、何か褒められているのか分からないな。」
「そんなあなたを見ていて、少しづつ私はあなたに惹かれていったのよ。私自身も気が付かないほどゆっくりとね。」
「私があなたの事を心から好きになっていたのを理解したのは、あなたが死ぬ寸前だったのよ。その時までは単に仲が良い仲間って感覚しかなかったの。」
「確かにそんな感じだったな。」
「だけど、あの時はどうしようもなく私自身が抑えられなくなってしまったの・・・」
ラピスが涙を流した。
「段々とレンヤの体が冷たくなっていく・・・、初めて好きになった人が目の前で死んでいくのよ。こんな残酷な現実を私は受け入れられなかった。咄嗟に転生魔法を使ったけど、この魔法は賭けだったわ。成功率は限りなく低いし、失敗のデメリットも大きい。でも、私は全てを失っても再びあなたに会いたかった。」
ラピスが俺の頬を両手で押さえた。
「そして、とうとうあなたに再び会えたの・・・、もう我慢出来ないわ。」
ニコッと微笑んだ瞬間に俺の唇が塞がれてしまった。
「にゃぁああああああああああああああ!」
アンが意味不明な悲鳴を上げているのが聞こえるが、今の俺はそれどころではない!
どのくらいこうしていたのか・・・
一瞬だったのか、とても長い時間だったのか・・・
ゆっくりとラピスの唇が俺の唇から離れた。
「ふふふ、レンヤの初めての唇はいただいたわ。そして、私の初めてのキスもね。」
「ラピス・・・」
「レンヤが死んだ時に私の心は壊れてしまったのかもね。ハイエルフとして生まれ、女神フローリア様の巫女としてエルフを導く役割の私だったけど、もうあなたの事しか考えられなくなってしまったの。」
もう1度軽くキスをしてきた。
「レンヤ、私はあなたが大好き・・・、好きで好きで堪らないの・・・、あなたはこんな私にしてしまったのよ。ちゃんと責任を取ってね。」
ラピスがこんなヤバイ性格になったのは、当時の俺の死でトラウマが出来たって事か・・・、でも、好きな人が目の前で死ぬのはとてもショックだったに違いない。俺も目の前で里のみんなが次々と殺されて、魔族をどれだけ憎んだか・・・、当時の俺は間違いなくこの時の復讐心で戦っていた。今考えてみると、これも心の傷だったのかもしれない。転生してからは、記憶を封印されていた事もあったけど、今の温かい家庭が俺の心の傷を癒やしてくれていたのかもしれない。記憶を戻した今では、魔族に対しての忌避感がほとんど無いから・・・
(ラピスの気持ちは分かった。そして俺の気持ちは・・・)
「分かった。ラピスがこうなったのは俺の責任で間違いないだろう。さっきまではお前の迫力で流されていた感じだったけど、ここまで俺の事を想ってくれるのは正直嬉しい。俺もそんなラピスが好きだ。」
ラピスの目をジッと見つめる。
「順番は逆になってしまったけど、今度は俺から言わせてくれ。」
「ラピス、ずっと一緒にいよう。俺の寿命はお前とは全く違うけど、俺の人生はお前と一緒に歩む。もちろん、アンも一緒だけどな。」
「私もアンは今では大切な家族だと思っているわよ。」
ラピスの目から涙が溢れていた。
「やっとレンヤから好きって言われた・・・、もう2度とあなたを離さない。」
ギュッとラピスが抱きついてきた。お互いに見つめ合う。
「レンヤ、愛してるわ。」
「あぁ、俺もだ・・」
ツンツン・・・
脇腹がくすぐったいぞ。
ツンツン・・・
(何だ?しつこいな。)
(あっ!)
隣に誰がいたのか思い出し、ゆっくりとラピスとは反対側の方を向いた。
全身の毛がサァ~と逆立つ。もちろん恐怖からだ。
「私にキスはしてくれないの・・・」
無表情でジッと俺を見ているアンがいた。
ラピスはニヤニヤしながら俺を見ているし・・・
何かを思い出したのか、手をポンと叩いた。
「あっ!レンヤ、言うのを忘れてたけど、ソフィアもあなた一筋だからね。あの子は自分のせいでレンヤが死んだって思い込んでいるし、私以上にヤバイ性格になっているわよ。ちゃんと責任を取ってね。」
「マジか・・・」