119話 襲撃
「ここがギルドの手配してくれた宿か?」
俺達の前には立派な宿(ホテルでは?)があるけど、ここまで立派なのはちょっと驚きだ。白いレンガ造りの5階建ての建物だ。
基本的に宿は2階建てが基本だし、3階建てでもかなりの高級宿になる。
しかし、目の前にある建物はそれよりも高く大きいよ。
どう見ても最高級の香りがプンプンとしている。
隣のラピスを見てみると・・・
ピクピクとこめかみに青筋を立てながら建物を睨みつけていた。
「エルサリオンの馬鹿たれがぁぁぁ・・・、ギルドの予算を馬鹿みたいに無駄に使って・・・」
「ラピス、大丈夫か?」
「えぇ・・・」
俺の言葉で少しは落ち着いたようだ。
「予算って言っていたけど、そんなに高い宿なのか?」
「そうよ、ここは宿屋じゃなくて最高級ホテルなの。この街は見ての通りこの国の観光地としても有名だし、観光に来た各国の王族御用達のホテルなのよ。ここまで立派なホテルにしなくても・・・」
そうなんだ・・・
(ん?王族だって?)
「あっ!」
チラッと横を見ると・・・
シャルが気まずそうに立って俺を見つめていた。
(ここに現役の王族がいたよ。)
「ラピス様、ごめんなさい・・・、お金は私の国から出すように父様に話しておきます。」
「シャル!ごめぇぇぇぇぇん!」
ギュッとラピスがシャルに抱きついた。
「シャルは悪くないのよ。シャルは毎日城に戻っているから、その事をギルドに連絡するのを忘れた私が悪かったわ。」
「ラ、ラピス様・・・」
「まぁまぁ、たまにはこんな立派な気分を味わうのも悪くないわね。ここまで来る間にかなりの魔物を倒して素材を集めてきたから、宿泊代には十分になるはずよ。ギルドに納めれば、素材の売却益で結果的に損はしないはずね!」
「そ、それならいいですけど・・・」
パチンとラピスがシャルにウインクをしている。
「ねぇシャル、どうせなら今夜はこのホテルに泊まっていかない?女同士で楽しく夜を一緒にするのも悪くないないと思うわ。レンヤには悪いけど、今夜は女子会ね。」
「はい!」
シャルがとても嬉しそうだよ。
「それで事情は分かったけど・・・」
俺は1人でポツンと部屋にいた。
何で1人だけなのか・・・
元々がこのホテル5階の最上階にあるスイートルームは女性陣用に予約していたみたいだった。
まぁ、ギルドの最高責任者のラピスもいるし、王女様のシャルもいるしな。この国のギルドが最大級のおもてなしって事でこのホテルを予約した。
(何で俺の事を忘れる?)
宿泊予約リストにはなぜか俺の名前が入っていなかった。
仕方がないので2階の一般客が泊まる部屋に泊まる事になったのだが・・・
どうやら、ヤキモチを焼かれたみたいだとラピスが笑っていたな。まぁ、予約したのがこの街のギルドマスターだけど、エルフの里出身の奴だし、相当のラピス信者でもあるみたいだ。
ラピスとの結婚もまだ大々的に発表していないし、俺がラピスと一緒にいるのが気に入らないのだろう。
『まぁ有名税みたいなものね。』
と言われたけど、ラピス1人でこれなんだし、ソフィアが俺の妻になったとこの国で知られてしまうものなら、確実に信者どもから迫害を受けるのでは?
この国に入ってからのソフィアの扱いが異常なくらいだしなぁ・・・
「兄さん、私が一緒にいるから寂しくないわよ。」
(い、いつの間に?)
テレサがソファーに座ってニコニコしている。
どうやら転移で移動してきたみたいだな。テレサは俺と結婚して転移の指輪を持つようになってからは、こうして時々脈絡も無しにいきなり現れる事があるから、本当に心臓に悪いよ。
「それとね・・・」
テレサの視線が鋭くなる。
「さっき、男が言っていた夜に気を付けるようにって・・・、やっぱり何か仕掛けてくるのかな?王国でもあったようにソフィア姉さんを拉致する為にね。」
「多分な。」
「ホント、この国は変よ。いくら女神教の聖女として認定されているソフィア姉さんだけど、この国の執着度は異常よ。しかもよ、あの男・・・、何か変なのよね。微かだけど血の匂いがしたわ。」
マジかい!
俺は気付かなかったが、テレサは気が付いたのか?
(それじゃ、あの男は何者だ?ただの案内人ではなさそうだな。)
「でもね、ソフィア姉さんなら問題ないと思うわ。」
俺もそう思うよ。
ソフィアの強さは俺から見ても異常過ぎるしな。
「ていうか、逆に相手が可哀想に思うわね。」
「そうなんだ。お前がそれだけソフィアの事を認めるなんてな。」
「認める認めないの問題じゃないわよ。」
テレサが急に遠い目になった。
何で?
「時々ソフィア姉さんと模擬戦をする時があるけど、今の私でも姉さんには全く歯が立たないのよ。無蒼流の剣技を用いてもよ!」
(マジかい!)
「しかもよ!シャルと一緒になってコンビネーションを組んでもよ!いつも私達がボロボロにされてしまう程にね・・・、シャルは女神化しているのに、姉さんは神化もしないで素の状態でよ!」
信じられない。
あのテレサと女神化したシャルの2人がかりで勝てるどころか全く勝負にならないとは・・・
ソフィアよ・・・
どこまで強くなったのだ?
「だからね、余程の事が無い限りは大丈夫だと思うわ。しかもね、ローズマリー姉さん以外全員が部屋にいるし、あの部屋はここにいる兄さんと私達よりも戦力としては世界最強じゃないかな?」
「多分、そうだろうな。そう思うと、お前の言う通り相手が可哀想に思えるよ。」
「そういう事よ。」
俺の向かいのソファーに座っていたテレサが立ち上がり、俺の隣に座って寄り添ってきた。
「だから心配する事は無いと思うわ。それにね・・・」
(何だ?テレサが真っ赤な顔になっているぞ。)
「ソフィア姉さんからね、
『相手の狙いは私だろうし、ラピス達もいるから返り討ちにしてあげるわよ。テレサちゃんはレンヤさんと一緒に2人っきりで新婚気分を味わってきなさい。』
って言われたの。だから今夜の私は妹でなくて妻のテレサとして扱って欲しいな。」
うわぁ~~~、上目遣いで俺を見てくるテレサが目茶苦茶可愛い!
いつもメイドとして頑張っているし、ソフィア達もこうして俺のところに寄越したのだろう。
今のあのメンバーなら心配する事も無いな。
「分かったよ。だけどな、万が一俺達も襲われるかもしれないから、一応用心はしておけよ。」
「分かっているわよ。」
チュッと頬にキスをされた。
「こうして2人っきりでいるだけでも私にはご褒美なのよ。兄さん、いえ、あなた・・・、愛しているわ・・・」
「今頃は2人でイチャイチャしてるかな?」
「ソフィア、今更になって後悔したの?」
ラピスがニヤニヤ笑っている。
「そんな事は無いわよ!テレサちゃんはよく頑張っていたから、ご褒美にレンヤさんと2人っきりにさせたんだしね。それにね、いつもレンヤさんが先頭に立って戦うし、今回はゆっくりと休ませてあげたいと思った訳よ。」
「そうですね、私もそう思います。」
シャルロットがソフィアの言葉にゆっくりと頷いた。
「レンヤさんは私達を気遣っていつも頑張り過ぎですからね。とても頼りになるお方ですけど、私もそんなレンヤさんに甘えてばかりではいられないです。ソフィア姉様!私はもっと強くなりたいです!だからお願いします!」
「もちろんよ。」
ソフィアがギュッとシャルロットを抱きしめた。
「私もあんな思いはもう2度としたくないわ。あの時ほど自分の力の無さを嘆いた事はなかった・・・、だからね、シャルちゃんは私のようなな気持ちを味わって欲しくないのよ。頑張って強くなりましょうね。」
「はい!頑張ります!」
嬉しそうにシャルロットが頷いた。
「ところでアン、マナの仕上がりはどうなの?」
ラピスがアンジェリカへ顔を向けると、アンジェリカがニコッと微笑んだ、
「大丈夫よ。魔力操作もかなり向上したし、単純な強さで言えばテレサさんやシャルさんレベルまで強くなったと私が保証しますよ。」
アンジェリカの横に座っているマナが嬉しそうに頷いた。
「アン、ゴメンね。私だと魔力操作に関しては上手く教えられなくて・・・」
ラピスが申し訳なさそうにアンジェリカに頭を下げた。
「良いですよ。ラピスさんは感覚で魔力を使うタイプですから説明は難しいでしょうし、私は教えるのはどちらかといえば得意な方ですからね。」
そう言ってからアンジェリカがマナへ視線を移した。
「アン、ありがとうね。おかげで私も戦えるようになったわ。アンって本当に何でも出来るわね。ギルドの受付嬢でもすれば私よりも優秀な受付嬢になれるんじゃないの?それにしてもねぇ・・・、まさか私が称号を獲得するなんてね。レンヤ君に抱かれた日の次の朝に頭の中に声が聞こえた時は驚きね。レンヤ君から力をもらったのかもね?」
「そうかもね・・・」
ラピスがウンウンと頷いていた。
「レンヤと一緒にいる事はそれだけ危険が高いからねぇ・・・、それでフローリア様もみんなに力を授けたんじゃないのかな?でもよ、500年前から比べると過剰戦力のような気がしてならないわね。いえ!確実に過剰よ!それもかなりのレベルだわ!やり過ぎないようにしないとね。」
「特にソフィアはね!」
ジロッとラピスがソフィアを睨んだ。
睨まれたソフィアは冷や汗をダラダラと流している。
「ラ、ラピス・・・、何で私が睨まれるのよ。」
「それは当然よ!あんた、誰に武術を習ったと思うの?あの美冬様が認めた人間はあなたが初めてなのよ!そんなあなたは間違いなくこの世界でレンヤと同じくらいに最強だし、最終決戦用大量破壊兵器だって自覚しなければならないのよ!」
「そ、そんなに私って規格外だったの?」
「そうよ!」
ラピスがハッキリと断言すると、ガックリとソフィアが項垂れた。
「私だってか弱い乙女でいたかったのに・・・、レンヤさんと並んで戦う為に強くなったのに、ここまで言われるって・・・」
「ソフィア姉様・・・」
シャルロットがソフィアの手を優しく握った。
「姉様は聖女と呼ばれるほどに心の清らかなお方です。そんな姉様が破壊の化身になる訳がありません。私は信じています。姉様は常に正しく力を使う事を・・・」
「シャ、シャルちゃぁぁぁ~~~~~~ん・・・」
ソフィアがヒシっとシャルロットを抱きしめた。
「何の茶番なのよ・・・」
ラピスが呆れた顔で2人を見つめていた。
「まぁ良いじゃないですか。」
アンジェリカがニコニコしながら2人を見ていた。
「そうよ、仲が良いっていうのは大切だしね。こうしてみんなが和気あいあいと出来る雰囲気はとても良いわね。この中に私も入れて本当に幸せね・・・」
「「「むっ!」」」
全員が黙り一斉に視線が窓へと向けられた。
「来たわね・・・」
ラピスがペロリと舌なめずりをする。
ガシャァアアアアアアアアアアアン!
窓のガラスが割れ風が中に吹き込んできた。
「こんばんは、お嬢様方・・・、私の名はナーデル。」
昼間にレンヤ達を案内した男が部屋の中に立っていた。
その時は黒いローブを被っていたが、今は黒のタキシードを着て佇んでいる。背中にも漆黒のマントを羽織っていた。
「ソフィア様、お迎えに来ました。大司祭様がお待ちになっています。」
そう挨拶をすると男が深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんがお断りさせていただきます。予定通り、明日、レンヤさん達と一緒にお伺いさせていただきますとお伝え下さい。」
ソフィアも深々と頭を下げ丁寧に断ると、男のこめかみにピクピクと青筋が浮かんだ。
「それとも、私1人での訪問を望んでいます?」
ニヤリとソフィアが微笑んだ。
「この小娘が舐めやがって・・・、勇者さえいなければ何も出来ない女共が・・・」
男の赤い瞳がキラッと輝いた。
ソフィアを始め全員が項垂れ静かに佇んでいた。
「ふふふ、人間どもめ・・・、これで私に逆らえまい。大司祭様はソフィア様をお連れするように言われただけだし、その他の女は言っていなかったな。それにしても噂の勇者パーティーの女共はどれも美しい。ソフィア様以外の女は私の女にしても構わないな。コレクションが増えるぞ。」
ニヤニヤしながらソフィアへ近づいた。
「手を出すなと言われてるが、この美しさ・・・、少しくらい味見をしても分かるまい。」
ニヤッと笑った男の口から2本の牙が覗いている。
「聖女の血・・・、この血があれば私もロードに・・・」
ドカッ!
「げひゃぁああああああああああああああああああ!」
男が情けない悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。
そのままゴロゴロと転がり壁に張り付くようにぶち当たった。
ヨロヨロと立ち上がるが、信じられない目でソフィアを見ていた。
「ば、馬鹿な・・・、人間ごとき下等な存在が・・・、私の邪眼が通じないなんて・・・」
右手を前に突き出し構えを取っているソフィアの姿に男が驚愕した目で見ていた。




