118話 不穏な街
聖教国に入ってから数日が経過した。
「しっかし・・・、国境の関所があんなにすんなり通れるとは想像もしなかったよ。」
「そうね・・・」
隣にいるラピスもゆっくりと頷いている。その隣のシャルもうんうんと頷いていた。
王国の教会で教国からの刺客を全て返り討ちにして送り返したし、教国からは恨まれていると思っていた。
その為、教国に入る時は一悶着あると予想していた。
無理に関所を通らなくても飛行魔法で軽々と山越えも出来るし、馬車も収納魔法で運んでその後に転移で馬などを移動させる事も可能だったけどな。
だけど、そんなコソコソと密入国してバレると後が大変だ。そんな事をすれば王国の立場も悪くなるし、下手すれば外交問題にも発展してしまう。
(まぁ、帝国に対しては遠慮はしないけどな。やられたらやり返す!)
そんな事もあって王家の紋章が付いている馬車を借りたのもあるし、王国からの使いだとの証明書も持たせてもらった。
いくら勇者パーティーといっても基本は平民の集まりだ。貴族と違い大義名分が無いと国を跨ぐのはそう簡単ではないからな。
それなのに・・・
「ゆ!勇者様御一行ですかぁあああああああああああああああああ!」
最初に対応してくれた衛兵が大声を出してしまい、あれよあれよと関所の砦中の人間が集まってきたんだよなぁ~
「ソフィア様は一緒におられるのですか?」と口々に質問攻めを喰らうわ・・・
一緒にいると返事をすると、それからはもう・・・
「「「ソフィア様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」
って、砦が崩れると思うくらいにみんなが大声を出しながら叫んでいたよ。
そのまま俺達の馬車の前にズラッと男共が整列したんだよな。
そんな光景をソフィアが馬車の中から見ていたものだから、ニコニコと微笑みながら馬車から出てくるとね、もうその光景は俺でも分かるくらいに男達が興奮してねぇ~
「みなさん、ご苦労様です。」
ソフィアがそう言うと、衛兵達が申し合わせたように敬礼したのには驚きだよ。
だけど、男達が壁のように立っているからどうしようと思ったけど、申し訳なさそうにソフィアが
「あのぉ~、通っても良いですか?」
言ったら・・・
「「「申し訳ありませんでしたぁあああああああああああああああ!」」」
って、全員が叫んで教国側の門まで整列して道を開けてくれたんだよな。
整列している人達の前をソフィアを御者台に乗せて馬車を進めたけど、ソフィアを見ている男達のあの蕩けたようなうっとりとした表情はどんなものなんだ!
中には感動して涙を流しながら打ち震える者もいたなぁ・・・
門を出た後は全員が外に出て手を振って見送ってくれたよ。
通行許可の為に用意した王国からの許可証も全く必要無かった。
ソフィア一人で全部片が着くなんて予想外だったよ。
(恐るべし、教国でのソフィアのネームバリュー・・・)
こうして無事に聖教国へ入る事が出来た訳だ。
今の俺達のいる場所はというと・・・
「レンヤさん、お昼の用意が出来たわよ。」
おっと!ソフィアが俺達を呼んでいる。今日はソフィアも一緒に来ていたんだよな。
「それじゃ、ラピス、シャル、お昼を食べるか?」
2人が頷き馬車の屋根から飛び降りた。
あの旅から俺たちは天気が良いと屋根の上で寛ぐようになっていた。ゆっくりと進むし馬車の上は開放感があって気持ちがいいんだよな。
今ではシャルも飛べるから上るのも下りるのも簡単に出来る。まぁ、馬車の上ってお姫様がいる場所じゃないんだけどね。
さすがに全員が屋根の上にいる訳にいかないので、現時点では俺達3人の専用席となっている。
馬車の横に設置されたテーブルにはとても美味しそうな料理がいくつも置かれていた。
「これ全部ソフィアが作ったのか?」
俺の記憶が確かなら、ソフィアは料理は得意ではなかったはずなんだが?
ラピスほど壊滅的ではなかったけど、辛うじて食べられるようなものしか作れなかったはずだったけど・・・
食べられるレベルであって、美味いか不味いかは考えたらダメだった。
(思い出すと冷や汗が・・・)
出来上がった料理の見た目も、味の想像が出来る程に不気味だったな。
しかし、今、俺の前にいるソフィアはドヤ顔でいるよ。
「あの世界で1万年過ごしていた時に料理も頑張ったのよ。おかげで戦闘力だけでなくて女子力も負ける気はないわ。」
1万年・・・
最初その話を聞いた時は信じられなかった。神の修業とはここまで想像を超えるなんて・・・
だけど、ソフィアのあの強さなら納得だ。人類最強に間違い無いと言えるほどになったのだからな。
しかもだ!目の前にある料理の見た目はアンに匹敵するほどなんだよ!
あの料理ド下手ソフィアがだぞ!
あの地獄と言える程にグロく不味い料理がここまでの料理に進化するなんて・・・
かつての料理の味を知っているから、尚更ソフィアの料理の腕の進化を実感する。
ジロッとソフィアが睨んだ。
ドキッ!
「レンヤさん、何か失礼な事、考えていない?」
(す、鋭い・・・)
ラピスもソフィアも何でこんな事に関しては鋭いのだ?
アンもみんなそうだけど、何で俺の心が読める?
(俺ってそんな心が分かりやすい?)
「そうよ。」
(はい?)
ラピスが何で返事をするのだ?また心を読まれているのか?
「レンヤの場合は顔に書いてあるレベルじゃないわよ。嘘を付くときは右の眉が一瞬ピクッと上がるし、本気を出す時は親指で鼻の頭を撫でる仕草は転生しても変わらないわね。」
「そうそう」
今度はソフィアかい!
「照れくさくなったら必ずポリポリと人差し指で右頬を搔くし、私がジッと見つめて照れ臭くなると一瞬だけ視線を逸らしてから見つめ返してくれるのね。そんな仕草も全く変わっていないし、あぁぁ、本当にレンヤさんだって実感したわよ。」
(マジかい?)
俺ってそんなに癖だらけだったのか?
「それにね・・・」
今度はテレサが参戦してきたよ!
「兄さんはね・・・」
テレサの話を聞いていると、「コイツ・・・、24時間ずっと俺を観察しているのか?」と思う程に俺よりも俺の行動を詳しく知っている。
しかもだ!
うっとりとした目でトリップしているような感じで歌い始めたし、ラピスもソフィアもそんなお前を見て少し引いているぞ!
(だ、ダメだぁあああああああああああ!)
これ以上聞いていると、羞恥で俺の精神が壊れそうだ!思わず頭を抱えて悶えてしまう。
いくらヤンデレでも程度があるぞ!
(こ、このままでは・・・、誰か助けてくれぇええええええええええええええ!)
スッパァアアアアアアアアアアアアッン!
「あいたぁあああああああああああああああ!」
テレサが頭を抱えて蹲っていた。
その後ろには白い槍を構えたシャルが立っている。
とても冷たい目でテレサを見ていた。
「テレサ・・・、何やっているのよ?」
「シャル・・・、い、痛いよ。いきなり殴るなんて・・・」
「当然よ!」
手に持っていた槍が消え、シャルが腕を組んでいる。
「黙ってやり取りを聞いていたげど、急にテレサがオペラ歌手の様に歌いながら何か言っているし、その前でレンヤさんが頭を抱えて悶えていたからね。『あぁ・・・、またテレサの病気が始まったのね』って、すぐに分かったわ。」
「だ、だって・・・」
「だってもクソもないのよ!いくら結婚して遠慮する必要が無くなったといってもね、いつも押しばっかじゃダメだって言っているでしょう?時には引いてレンヤさんの気を引くのも重要って何回も言っているのに・・・」
おいおい・・・
俺の前でこんな話を言うのか?
駆け引きの話は俺のいないところ言わないと意味が無いだろうに・・・
まぁ、そんな裏表の無い連中だから気軽に一緒に楽しくいられるのだけどな。
話がかなり脱線してしまったけど、やっとお昼を食べられる。
目の前にある料理は本当に美味そうだ。
何度も言うが、あのソフィアの料理だぞ!
意味不明の見た目ではない!まともに美味しそうに見える料理が俺の前にある!
ラピスも500年前にあの壊滅的な料理を経験しているから、怪訝な視線で料理を見ている。
その気持ちは分かる!
恐る恐る一口食べると・・・
(こ、これはぁあああああああああああああああああああああ!)
「う、美味い!」
思わずソフィアを見つめてしまった。
そのソフィアはニッコリと微笑んで俺を見ていた。
「良かった・・・、レンヤさんが喜んでくれるなんて・・・、頑張った甲斐があったわ。」
その横では・・・
ラピスが四つん這いになって嘆いていた・・・
「もしかして?料理が出来ないのは私だけ?王女様のシャルでさえ意外と料理が得意なのよ。そんなのって・・・」
(ドンマイ・・・、ラピス・・・)
それから1週間ほど街道を進んだ。
途中はほとんど何も無いんだよな。村はいくつか通ったけど、どれも小さい村ばかりで俺達全員を泊めるような宿も無かった。村に入っても俺達の身分を明かさず普通の旅人のようにしていたから、とてもアウエー感が強かったよ。
さすがは閉鎖的だと言われる聖教国だけある。
あの関所みたいにソフィアを出せばガラッと態度が変わるだろうが、あまりソフィアを表沙汰にしたくない思いもあるしな。
あの教国だ、どんな手でソフィアを狙ってくるか分からん。余計な火種は起こさないに越したことはないからな。
そのおかげで例の収納一軒家が本当に役に立ったよ。こんな快適に野営出来るなんて、フローリア様とラピスに感謝しかないな。
「ここが教国第3の大きさを誇るメルボンの街か・・・、今までの村とは桁違いの大きさだな。」
俺の前にはとても高い城壁に囲まれた街があった。
その街の入り口にはこれまた大きな門がある。
「う~ん・・・、いつになったら街に入れるかな?」
目の前にはかなり長い行列が出来ていた。
「今日中に入れれば御の字かもね。」
隣にいるマナさんも疲れた顔で行列を見ていた。
「教国は教会が強いから冒険者ギルドの力じゃ限界があるのよ。ラピスさんの力でギルドは顔パスで通れるはずなんだけど、ギルドから教会への申請で時間がかかっているみたいね。まぁ、それでも普通なら2、3日かかる検問もすぐに通れる手筈になっているから、その点は感謝しないといけないわね。」
「確かにな・・・、この場でソフィアを出す訳にいかんし、ソフィアはこの街に入ってから教会で初めてお目通りをしてもらう予定だしな。こんなところでソフィアを出してみろ、絶対にパニックになるのは間違い無しだぞ。」
「そうね。」
マナさんがクスクスと笑っていた。
だけど、この周りの人が一斉にソフィア目当てで迫って来る姿を想像してみろ。怖いってものじゃないぞ!相手は一般人だし下手な事も出来ないから尚更質が悪いよ。
しばらく待っていると黒いフードを被った男が近づいてきた。
サーチでは敵性反応は出ていないから敵ではないだろう。
「教会から来ました。こちらへどうぞ。」
その男はボソッと呟くとクルッと後ろを向いて城壁の裏へと歩き始めた。
男の後を馬車で追いかける。
しばらく進むと城壁の壁に小振りな門が見える。俺達の馬車でも十分に通る事が可能な大きさだ。
(あれか?)
男がその門の前で止まって俺達を見ている。
「ここは教会専用の門になります。勇者様方はこちらの門から中にお入りになるよう言付かっていましたので・・・」
どうやらギルドから教会へは上手く話が伝わっていたようだ。
これであの長い行列から解放されると思うと嬉しい。
そのまま門をくぐり街の中に入った。
「おぉおおおおお!」
目の前にある街並みは感嘆の声が出る程に綺麗な街だった。
街の中心にあるシンボル的な大きな教会は白亜の城と呼べるほどに大きく真っ白な建物だ。
学院時代に勉強した本の知識で知っていたけど、その教会を中心にし放射線状に道が通っているのが分かる程に、目の前から教会まで一直線に道が通っている。その道沿いはとても規則正しく街並みが出来ていた。
「素晴らしいでしょう?」
男が俺の隣に立ち話しかけてくる。
「あぁ・・・、ここまで美しい街並みは初めてだよ。」
「そうでしょう、この街はこの国の自慢の一つですよ。」
男がニヤニヤ笑っていた。
「この街はまだ新しい街ですからね。街を作る際に我ら女神教の象徴であるソフィア様をイメージして作りました。中心にソフィア様がおられ、我々に際限のない愛情と慈しみを分け与えてくれるイメージです。」
「私を褒めても何も出ませんよ。」
恥ずかしそうにソフィアが馬車から降りてきた。
「こ!これはソフィア様!」
次の瞬間、男がソフィアへと深々と土下座をした。
「こうしてご尊顔をお目にかかれるとは・・・、もう幸せで胸がはち切れそうです。女神フローリア様のお導きに感謝を・・・」
う~ん・・・
この聖教国でのソフィアはもうフローリア様と同格の扱いではないのか?
そんな気がする。
【なぁ、ラピス・・・】
ラピスに念話を送ってみた。
【レンヤ、どうしたの?】
【いや、この国は噂通り女神教の信者の国なんだよな。それもかなり熱狂的なヤツが多いんだよな?】
「そうね、刺客を送ってまでソフィアを拉致しようとした連中だから気を抜けないわね。狂信者の集まりの国よ。正直、ソフィア以外の私達はお邪魔虫と思われているみたいね。サーチでも敵性反応があちこちから出ているわ。】
【それは俺も確認している。だけどな、その敵性反応がちょっと変な感じがするんだ。人間っぽいけど人間でない反応がいくつもあるんだよな。】
【レンヤも感じたの?】
【あぁ・・・、どうやら気のせいじゃなさそうだな。この国を抜けるまでは気が抜けないな。】
【同感ね。だったら帝国での最終決戦への練習になりそうね。シャルだけじゃなくてマナも本格的な実戦を経験させるのにいい機会だわ。ふふふ・・・、楽しみね。】
おいおい、何を楽しみにしている。
だけど、俺達は決して負ける訳にいかないしな。降りかかる火の粉は全て振り払わせてもらう。
土下座をしていた男が立ちがり再び深々と頭を下げた。
「それでは聖女ソフィア様、我々の大司祭様が教会にてお待ちになっております。これから教会でごゆっくりとお休みになられてはどうですか?お連れの勇者様方もご一緒に。」
しかし、今度はソフィアが深々と頭を下げた。
「お気遣いはいりません。今夜は冒険者ギルドからの斡旋で宿泊宿が決まっています。大司祭様は明日お伺いしますとお伝え下さい。」
男の視線が一瞬鋭くなったがすぐに元の温和な表情に戻った。
「これは差し出がましい真似をして申し訳ありません。大司祭様にはそのように伝えておきます。」
「それではよろしくお願いしますね。」
ニッコリとソフィアが微笑むと、男は一礼してから教会へと向きを変え歩き始めた。
しかしクルッと振り返りニヤリと笑った。
「ソフィア様、この街の夜はお気を付けて下さい。決して外に出てはなりません。」
そう言い残すと教会へと再び歩き始めた。
「レンヤさん・・・」
ソフィアが心配そうに俺を見ている。
「心配するな。あの言い方だと夜に何かありそうだな。」
「そうね・・・」
ニヤリとラピスが笑った。
「お誘いに乗ってみる?」
「そうだな・・・、どうやら面白い夜になりそうだ。狂信者の国ってだけではなさそうだな。」
どうやら素直には帝国へは行かせてくれないみたいだ。
(さて、どんな連中が出てくるかな?)




