117話 新たなる旅立ち
「それでは婿殿、シャルをよろしく頼む。」
国王様が俺に深々と頭を下げていた。
「父様、そこまで仰々しい挨拶をしなくても・・・」
俺の隣にいるシャルが呆れた顔で国王様(今では義父になった)を見ている。
まだ婚約で正式には結婚していないのに、国王様達からはもう婿扱いされてしまっているのだが・・・
「お義父さん、そうですよ。シャルに渡した指輪で夜までには転移で戻るのですからね。」
「そうそう、父様、ラピス様のおかげで帝国までの旅を毎日が日帰りで出来るのですよ。ホント、遠足気分で3ヶ月の旅が出来るとはねぇ・・・」
今度は自分の母親である王妃様を見ている。王妃様の左手の薬指にはシャルや俺達と同じデザインの指輪を着けていた。さすがに俺達と同じなのはマズいので、俺達は銀色、王妃様は金色と色を変えている。これなら問題ないだろう。
シャルに見つめられている王妃様はニコニコと笑っているけどな。
「本当にこの指輪は素晴らしいですね。ラピス様には感謝しきれませんよ。先日、ザガンの町にいる兄様のところへいきなり訪問しましたけど、あの兄様の驚き顔は一生忘れませんね。軽く1ヶ月はかかる距離が一瞬ですし、しかも、たくさんのお土産も私1人で持っていけましたから。こんな楽な移動は初めてですよ。時々は辺境に戻って魔物狩りでストレス発散も出来ますね。公務はかなりストレスが溜まりますからね。」
「シスレイア、お前・・・、半日ほど城で見かけないと思った時があったが、こんな事をしていたのか?結婚して少しはお淑やかになったと思ったけど、またお転婆な頃に戻るとはな・・・」
「良いじゃないですか。強くなるのに無駄な事はありませんし、この指輪の機能を試していたのです。」
「お前から聞いていたが、これほどまで素晴らしいとは・・・、これさえあれば・・・」
国王様がジッと指輪を見つめているが、王妃様はニコニコ顔から鋭い目付きに変わった。
「あなた・・・、この指輪の軍事利用はさせませんよ。確かにこの機能を使えれば、戦争なんてあっという間に終わるでしょうね。正直、相手の国王を暗殺し放題でしょうし、そんな事が出来なくても収納魔法で兵站の概念も覆りますから、どれだけ戦いに有利になるか・・・」
「そ、それは・・・」
「あなたは国王ですからそんな考えになるのは当然です。だからこそ、王妃である私が力を見極めなくてはならないと思っているのです。国として持って良い力のか?」
「そ、そうだな・・・、お前の言う通りだ。伝説の魔法の力を聞いて我を忘れるところだった。」
「まぁ、この指輪は着けている人以外は使えないようになっていますし、万が一襲われても緊急脱出用転移魔法が発動しますからね。安全面でも最高級品質ですし、魔王と我々の国が全面戦争になってしまいましたから、万が一用にみなさんの分も作ってくれるとの事ですよ。我々もレンヤさんの家族になりましたから、その証としてラピス様が用意していただけるとね。」
パチンと王妃様が俺達の方へウインクしてくれた。
この王妃様ならこの指輪の力を正しい事に使ってくれるのは間違い無い。だからだろうな、ラピスがあの指輪を託したのは・・・、だけどなぁ・・・、あのお風呂の時から思ったけど、ラピスと王妃様はとても仲が良さそうだし、それもあるかもな。
ソフィアが言ったように、ラピスは500年前から本当に変わった。
あんなに喜怒哀楽がはっきりしていたなんて想像もしなかった。特にラピスの笑顔は最高だよ。
あの笑顔には今でも何度もドキッとさせられるしな。
(そんな事は本人の前で言えないけどな。言ったら絶対に調子に乗るのは間違いないよ。)
そんな姿も500年前の時は想像出来なかったけどな。
あの魔王の襲撃から2ヵ月が経った。
2週間後にアベル王子とカイン王子の婚約式が行われた。その時に魔王の出現と帝国の皇帝が魔族に堕ち、帝国が魔王と魔神の治める国になったと国王様が発表した。
その時は世界中に衝撃が走り、魔王達を撃退したこの王国に庇護の話があちこちの国からあった。特にシャルの2人の姉が嫁いだ2国からは念入りにお願いされていたな。
その後、俺とシャルの婚約式を1ヵ月後に行った。
魔王に襲われた国だから国民を安心させる為の意図もあったのだろう。伝説の英雄であるラピスとソフィアの復活も一緒に発表され、国民は大いに喜んだ。
伝説の勇者に大賢者、聖女の復活だ。連日、他国からの使節団の挨拶でとても疲れたよ。
国民にも安心をアピールする為に王都をパレードしたけど・・・
よくこれだけの人が集まったと、目の前にいるどこまでも続く人達を見てゾッとした。
俺とシャルの婚約パレードで後ろにラピス達もいたけど、2人は俺と結婚したと公表はしていなかった。それでか2人目当てで集まった人が多かったのでは?と思える程に『ソフィア様ぁあああ!』、『ラピス様ぁあああ!』の男達の声がやたらと多かった気がする。
3人との正式な結婚発表は邪神を倒して世界に平和が戻った時にする予定だ。
その時はアンが興した国での発表になると思うな。
それを実現するには、絶対に戦いに勝たなければならない。
アンにラピス、ソフィア・・・、それにシャル・・・
冷静に考えれば、これからの世界の中心になる4人なのだろうな。
この世界に現われた女神様としてな。
その4人の旦那なんて、俺で本当に良かったのか?と思う。
今の俺達は帝国へ向かう馬車の旅をしている。
帝国に関しては誰も行った事が無いから転移での移動も出来ない。
時間が掛かるが地道に進むしかなかった。
王国からはシャルが使っている馬車を貸してもらえたし、馬もとても立派だよ。
まぁ、一緒にシャルもいるからな。
俺とマナさんとテレサが御者を出来るので、交代で御者をしている。
かつての500年前の時と同じだ。少数精鋭で帝国まで行き、例の神殿で短期決戦を行う予定なので、俺達勇者パーティーのメンバー以外は連れていなかった。
アイ達は一緒に付いていくと駄々を捏ねたけど、シャルが転移で毎日王城へと戻る事になっているので、王城で留守番をしてくれる事に渋々了解してくれた。
しかし、何で俺も顔を毎日見せる約束をしなければならなかったのだ?
(う~ん、よく分からん・・・)
その話をシャルにしたけど、「レンヤさんって・・・」と、とっても呆れた顔をされたけど・・・
(女心は難しい・・・)
まぁ、メンバー以外の人がいないのは気が楽なのもあるし、戦いに慣れていないシャルの戦闘訓練も行いたかったしな。
護衛は俺達がしっかりとするよ。世界最強の護衛だからな。
今は俺が御者をしている。
道中は何も無く安全に進んでいるから、ぼ~っとしながら少し考え事をしていた。
「レンヤ君、どうしたの?」
馬車の御者台で隣に座っていたマナさんが心配そうに俺の顔を見ている。
「い、いや・・・、あのザガンの町にいた時はこんな事になるって思わなかったってな。半年もたっていないのにこうも俺の周りが変わってしまって、ちょっと戸惑っていた。」
「大丈夫よ。」
マナさんが寄り添って俺の手を握ってくれる。
「レンヤ君は変わっていないからね。まぁ、勇者として甦ってから口調とかは変わったけど、初めて会った時の頃からレンヤ君の本質は変わっていないわ。とても優しくて一緒にいると安心するのよ。」
「マナさん・・・」
「でも・・・、変わったと言えば変わったかもね。」
「ふふふ・・・」とマナさんが微笑んで俺を見つめている。
「初めて会った時はレンヤ君は可愛いくて可愛くてね。ギュッと抱きしめたくてどれだけ我慢したか分かる?好きの感情よりも守りたいって思ったわ。」
「そう言えば、そんな記憶がある。そして、冒険者を辞めてマナさんと一緒に住まないかと言われたな。」
「そうよ、それが今じゃ・・・」
ギュッとハグされてしまった。
マナさんのハグって何だか安心するんだよな。不思議と甘えたくなる。
「もう立派な男の子になってしまったわね。とっても頼りになるし、私よりも年下のはずなんだけど、何でかな?私やローズマリーさんよりも大人っぽいのよね。そのギャップも可愛いけどね。」
前世は25歳の時に死んだから、今のマナさんやローズよりも少し年上だったな。
今の性格と前世の性格が混ざってしまっているから、精神年齢は前世の年齢を引きずっているみたいだ。
だけど、マナさんにとっては俺の態度は強がりのように見えるのだろうな。だからといって、マナさんに甘えるのは嫌じゃないし、どちらかといえば甘えるのも悪くないと思っている。
「兄さん・・・」
「レンヤさん・・・」
「げっ!」
アンとテレサが俺達の馬車の隣を併走しながら飛んでいる。
「兄さんはちょっと目を離すとすぐに誰かとくっついているし、本当に目を離せないわね。」
おい!テレサ!
お前が一番俺と一緒にいる時間が多いぞ。
(このヤンデレ娘が・・・)
まぁ、最初に比べればアン達と一緒にいても、あからさまに嫉妬の目を向けなくなっただけ大人になったかもしれないな。
みんなとも仲良くなっているみたいだし、俺としてはそれが一番安心している。
「テレサ、そう言うなよ。マナさんはこうやって付いてきてくれているけど、早朝のパンの仕込みを手伝ってもらっているからな。転移のおかげで実家の手伝いにギルドの書類整理と、俺達の中じゃローズの次に忙しいんだからな。それくらいは多めに見てやらんと小姑って言われるぞ。」
「わ、分かってるわよ!」
真っ赤になっているテレサをアンが微笑ましく見ている。
アンにテレサ、マナさんは俺の妻になったけど、この3人は本当の姉妹のように仲が良いな。特に姉妹に憧れていたアンは、この3人が一緒の時は特に楽しそうだよ。
(うん、こんな美人3姉妹ってのも悪くないな。)
ホント、俺の周りの環境がガラッと変わってしまったよな。
幸せ過ぎてバチが当たるのでは?と思ってしまう程だよ。
「アン、シャルの調子はどうだ?」
「まずまずの仕上がりね。この近辺のモンスターじゃ相手にならないから、今は魔王城まで転移で移動して修行をしているわ。」
「もうそんなレベルか?」
「そうね、さすがに女神様を身に宿しているだけあるわね。冒険者としてはもうSランクに認定しても間違い無い程だわ。」
シャルがここまでになるなんて想像もしていなかった。
俺と同じで力に目覚めてからはアンやラピス達と同格になってしまうとはな。とても心強いが・・・
(やっぱりお姫様だしなぁ・・・)
俺としてはあまり無理してほしくないと思っているが、よく考えたらアンも時代が時代ならお姫様だった。
テレサは騎士団を辞めてからは俺専属のメイドだと言い張って世話を焼くのに必死だよ。何気に家事も完璧なんだよな、本人は「パーフェクトなバトルメイドが最終目標よ。」と和やかに言っていたけど、バトルメイドって・・・、生意気なイメージしかないテレサには似合わないと思うが、そんな事を言うとミーティアで本気で膾切りにされそうなので言えないな。
ラピスはローズと一緒に王都で立ち上げた商会の事で忙しい状態だ。
商会の目玉商品である数々の魔道具はラピスが作っているし、売れに売れまくっているから作っても作っても追い付かない。それでも本人は「毎日魔力を大量に使うから、下手な修行よりも魔力を鍛えられるわ。」って言っていたな。
まぁ、夕食時は日中一緒にいない分、ローズと一緒に労うと凄く喜んでいるよ。
しっかし、ラピスとローズは本当に仲良くなったな。同じ俺の妻同士だから仲良くなってもらないと困るけど、片やギルドのグランドマスター、片や王都で一番勢いのある新鋭商会の代表と、組織のトップに立つ者同士で通じるものがあるのだろうな。
ソフィアは王都の教会で忙しい毎日を送っている。
500年前の伝説の聖女が甦ったのだ、毎日、教会には巡礼者が押しかけてくるので対応に手が回らない状態だ。ラピスと相談して、ザガンの町にいる新しく聖女になったヘレンさんと導師になった司祭様に応援に来てもらった。
2人は最初は町から離れるのを嫌がっていた。孤児院と診療所の経営が落ち着き始め、そんな状態で町から離れる事は出来ないと言っていた。そこはラピスの魔道具の力押しで了解してもらった。例の転移魔法のアイテムを内緒で2人に渡し、日帰りで往復が可能になったので何とか了解してもらった。
ただねぇ~、何でマーガレットを時々俺のところへ遊びに行かせる条件がおまけに付いたのだ?
(解せん・・・)
結果的に500年振りに新たに誕生した聖女、それ以上にレアな導師の出現で教会は更に忙しくなってしまうのだが・・・
「帝国に行くには、途中で聖教国とシュメリア王国を経由しないといけないんだよな?」
「そうね。」
マナさんが頷いてくれた。
「500年前は最大を誇っていた帝国だったけど、その後は衰退して国が分裂してしまったからね。その中でも聖教国は一番厄介かもしれないわね。」
「そうだな・・・」
聖教国は元々が帝国にあった教会の本部を中心にして独立した国だ。帝国自体も女神であるフローリア様を祀る女神教の最大勢力だったが、帝国の力が衰退しくると、その本部が『我こそが世界の教会の中心だ!』と叫んで独立国となり、世界中の教会の総本山として仕切るようになった。
しかも、各国にいる教会のトップである教皇の地位も、聖教国のトップは特別の地位としての呼び方で『法王』と呼ぶことにしているほどにプライドが高い。
そして、フォーゼリア王国の教会本部と聖教国の教会とは特に関係が良くない。
その理由はソフィアが王国の王都の教会で眠っていたからだ。封印されていた事に関しては教会内で秘匿され表に出る話ではなかったが、各国にいる教会の教皇達からは『聖女様のおられるフォーゼリア王国の教会こそが総本山』との声も多かったのもあった。
世界を救った伝説の聖女、ソフィアの存在はそれ程まで大きかった。
内々にソフィアが封印されていた結界石をそのまま聖教国に移動する話も出ていたが、その事は王国側が断固反対し更に関係が悪くなっていた。
そんな話をヘレンさんが教えてくれた。
そんなソフィアが復活したのだ。
教会にとっては勇者や大賢者が復活した事はどうでもいい話で、どの国の教会もソフィアを自分達の教会の象徴としようとして、大量の使者を王都の教会本部に派遣してきた。
ソフィアを一目見ようと訪問する大量の巡礼者の相手で大変なのに、その上各国の教会からの使者の対応だよ。さすがに無理があったから、俺とラピスの鉄壁のガードで面談すらさせずに使者を追い返したけどな。
その中でも聖教国の使者が一番しつこかったよなぁ・・・
ソフィアを攫おうと、教会の暗部まで派遣してまで実力行使に出てきたし・・・
もちろん!丁寧に国へと送り返してあげたけどな。(首から上だけ)
その国を横断するのだ。
(絶対に何か起こるのは間違いないだろう。)
気を引き締めていかないとな。
聖教国にある教会総本部
「法王様・・・」
女神像に祈りを捧げている人物に男が声をかけた。
しかし、声をかけた男の目には生気が宿っていないように見える。
法王と呼ばれた男がゆっくりと振り返った。
真っ白な生地に金の刺繍を施されたとても豪華な法衣を纏っていたが、その男の顔は法王と呼ばれたわりにはとても若く見える。どう見ても20代後半にしか見えない。
しかも、全ての女性を虜にするようなとても整った顔つきだった。
その男がニヤリと笑った。
「とうとう勇者パーティーがこの国に入ったか・・・、あの国ではガードが固くて近づく事さえも無理だった。しかしだ、この国では私のテリトリー、必ずや聖女を手に入れる。」
「聖女ソフィアがいよいよ私のものに!この時を500年も待った!あの時は私は弱かったが、今の私は違う!彼女の血が・・・、この私を更に高みへと運んでくれるのだ!これで私は世界最強になるのだぁああああああああああああああああ!魔王!邪神!そんなのは私の前では塵芥の存在になり代わる!真の世界の支配者が誰なのか!下等生物共に教え込んであげないとな。」
男が高らかに笑っていた。
その口には長い牙が生えていた。




