110話 王都決戦⑱
「みんな派手にやったみたいだな。」
俺は小高い丘の上に立ち、眼下の光景を眺めていた。
さすがに5万もの魔獣の群れだ、魔獣の群れがどこまでも広がっていて、群れの端が見えないくらいだ。
あまりの圧倒的なスケールで俺の感覚もおかしくなっているかもしれない。
それ程の数の魔物の群れだった。
「そうみたいですね。」
アンがニコッと微笑んで俺を見ている。
「俺達の前にいる魔物以外は全部消滅したよ。ほぼ一撃か二撃で片が付いている。正直、味方であってホッとしているよ。かつての戦いでもあれだけの殲滅力は無かったしな。」
「そうなると・・・、私達もみなさんに負けないくらいに圧倒的な戦いをしないと恥ずかしいですね。」
シャルが「ふふふ・・・」と微笑んでいる。
「そうだな・・・」
グッとアーク・ライトを握ると赤い宝玉が輝いている。
何かのイメージが俺の頭の中に流れ込んで来た。
宝玉の光を浴びたアンもシャルも俺をジッと見つめている。
「この3人が揃った意味が分かりました。」
「そうですね。私、姉様の力がレンヤさんの真の目覚めのカギとは・・・」
「俺達がこうして出会って一緒になったのは偶然じゃなかったんだな。この世界の真の平和を取り戻す為に!」
2人を見つめるとアンもシャルも頷いてくれる。
「そして・・・、相棒!頼んだぞ!」
アーク・ライトを正眼に構えた。
カッ!
アーク・ライトの刀身が激しく輝きだす。
「こ、これは!」
ジャキ!
刀身が縦に割れ、光で出来た大きな刀身が出来上がった。
「私達の番ですね。」「はい、姉様。」
アンの手に魔剣が握られ、シャルも真っ白な雷槍を構えた。
「「私達の力を聖なる力へと!」」
魔剣と雷槍がアーク・ライトの輝く刀身に添えられる。
ガカッ!
光の刀身が更に激しく輝く。
「こ、この力はぁああああああああああ!」
全身に今まで感じた事の無い膨大な魔力が循環しているのを感じた。アンとシャルの魔力が俺の力を増幅している。
あまりの魔力量に俺の体が破裂しそうなくらいだ。
(この力がかつての俺の力?)
ゆっくりと剣を上段に構える。
次の瞬間!
カッ!
刀身が巨大な光の柱となり上空へと吸い込まれた。
ズン!
空からとてつもないプレッシャーを感じる。
こんなプレッシャーは初めてだ・・・
さっきの魔神が出現した時のプレッシャー以上なのは間違い無い!
(俺の体にこんな力が眠っていたなんて・・・)
いや!この力はアンとシャルが分けてくれた力だ。
2人の女神様の力が!
空が急に黒い雲に覆われた。どこまでも果てしなく雲が広がっている。
バチバチ!
雲の中に大量の稲妻が放電しているのが見える。
「レンヤさん!準備完了よ!」
アンが叫んだ。
「レンヤさん!今こそ!最強の神の力を!!!」
シャルも同時に叫ぶ。
「いっけぇええええええええええええええええええええええええええ!」
剣を思いっきり振り下ろした。
「神々の雷ぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「トォオオオオオオオルッ!ハンマァアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ガガガガガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
見渡す限りに広がっている黒雲から大量の落雷が魔物の群れへと落ちていく。
魔物の数よりもはるかに多い落雷の数だった。数万本どころか数十万本の落雷だろう。
しかも!1本1本の落雷が俺の最大の雷魔法『ギガ・サンダーブレイク』並みの大きさがあった。
視界が真っ白に塗り潰される。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッンンン!
激しい炸裂音が響き渡った。
衝撃で俺達も吹き飛ばされそうになったが、シャルが防御魔法を展開してくれたおかげで、何とかこの場で踏み留まれた。
すぐに静寂が訪れる。
「こ、ここまでだなんて・・・」
目の前に広がる光景が信じられない。
たった一撃、たったの一撃だ!その一撃がここまで・・・
魔獣達の姿は1匹たりとも見えない。俺の目の前にある光景は全ての草木が炭化し真っ黒になっている風景だった。
草木どころか全ての魔物が真っ黒に炭化し転がっている。
サーチで生命反応を確認したが、俺達3人以外は何の反応も無かった。
「凄いですね・・・」
アンがボソッと呟く。
「そうですね・・・、まさかここまでとは・・・」
シャルも目の前の光景が信じられないようだ。
5万だぞ!これだけの数の魔物だったのだぞ!しかもだ!この世界よりも強力な神の世界の魔物だったのだぞ!
目の前の光景を生み出した俺も、正直、実感が湧いていない。
「レンヤさん、本当に人間ですか?歴代最強の魔王と言われた父でもここまでの事は出来ませんでしたよ。」
アンがニヤニヤ笑いながら俺を見ているよ。
そう言われてしまうと、ちょっと自信を無くす・・・
いや!その力は!
「分かってますよ。」
アンが俺の腕に抱きついてきた。
「私とレンヤさんの初の共同作業ですね。ふふふ・・・」
「姉様!」
シャルがアンと反対の腕に抱きつく。
「これは私も同じなんですからね。3人で初めての共同作業なんですよ。」
「そうね。」
アンがシャルへ微笑んだ。
「それじゃ、今度は3人一緒に夜伽でも頑張ってみる?シャルはご無沙汰だし、久しぶりにレンヤさんに抱かれたいんじゃないの?」
「そ、それは・・・」
シャルが真っ赤になってモジモジしている。
そんなシャルの姿も可愛いけど・・・
(おいおい、アンよ・・・、こんな時に言う話か?)
「これだけの事をしたのだから、シャルも堂々とレンヤさんの婚約を発表しても問題ないわね。シャルも大切な勇者パーティーの1人になったのだし、国王様も納得するわよ。」
「でもねぇ~」
アンがちょっと考えているような仕草をした。
「女神様の力をもった王女様だし、国が黙って手放すか?逆に国の象徴として縛り付けるかもしれないわね?」
「そ、それは!」
ギュッとシャルが俺の腕を抱く力が強くなった。
「絶対に嫌・・・、レンヤさんと離れるくらいなら、王女の地位を捨てても一緒にいます!」
「ふふふ・・・、冗談よ。」
アンがニッコリと微笑んだ。
「さぁ帰りましょう。みんなのところへね。」
「そうだな。」
フワッと浮かび上がるとアンもシャルも一緒に飛んだ。
そのまま3人揃って手を繋ぎ王都へと飛んで行った。
シャルがとても嬉しそうに俺を見ている。
「まさか私もこうして空を飛べるとは思ってもいませんでしたよ。これも私の中にいる女神様のおかげですね。その目覚めは・・・」
アンもニコッと微笑んでいた。
「そうですね。私も眠りから覚めてからはガラッと世界が変わってしまいましたね。それは全て・・・」
2人の視線が俺へと注ぐ。
「「全てはレンヤさんと出会ってからですね。」」
(俺はアンと出会ってからだけどな。)
ギュッと2人からの手を握る力が強くなった。
今回の人生は前の人生とは全く違う。
転生させてくれたラピスもこうなるとは予想もしなかっただろう。
そういえば、デウス様が言っていたな。
『この世界はフローリアが最重要の案件にしているのだよ。』
こうしてみんなが揃ったのも、神に匹敵する力を手に入れたのも偶然ではないのだろうな。
邪神を倒し、この世界に真の平和を取り戻す為に。
そうすれば、アンの目指す差別の無い世界にも繋がるのだろう。
やっぱりアンは凄いよ。
俺も力になってあげないとな。
段々と王都に近づくと・・・
「はい?」
3人でお互いに顔を見合わせてしまう。
「レンヤさん、あのお城ってあんなに綺麗でした?」
「姉様、その通りですよ。まるで白亜の塔みたいに豪華で立派なお城になってます。」
(確かフローリア様が直すって言っていたよな?)
「レンヤ!」
お!ラピスの声だ。
「何だったのよ!さっきの魔法は!反対側にいた私でもあんた達の魔力を感じたわよ。私の魔力を軽く超えるなんて、大賢者の私のプライドが傷ついたわ。今夜は傷ついた私の心を慰めるのよ!分かった?」
「それは認めませんよ!」
今度はソフィアの声だ。
「ラピスはずっとレンヤさんと一緒にいたのでしょう?私はやっと500年ぶりに会えたのよ。この長い長い一人ぼっちの時間の埋め合わせをしてもらわないとね。ラピスばっかりレンヤさんとイチャイチャするのは認めないからね!」
「このぉぉぉ・・・、エセ聖女がぁあああああ!聖女ならずっと純潔を守って生涯独り身でしょうが!男に走るなんてフローリア様が許しても私が許さないわ!」
「言わせておけばぁあああ!聖女だからって結婚してはダメと決まっていないのよ!大事なのは人を慈しむ心よ!ラピス、あんたにはそんな気持ちなんて備わっていないでしょうね!だからいつまで経っても胸が薄いのよ!包容力の差が胸の大きさなんだからね!」
「このぉおおおおおおおおおおおおお!言わせておけば!ソフィア!いつの間にこんなに大きくなったのよ!あんたの胸なんかこうしてやる!」
おいおい・・・
2人が揉み合ってしまい、そのまま墜落してしまったぞ。
あれは放置しておこう・・・、さすがに俺が間に入る訳にいかないよ。怖い・・・
「ん?」
シャルが自分の胸に手を当てて沈んだ顔をしている。
「私は包容力が無いのかな?」
(・・・)
「シャル、気にするな。シャルの魅力はそんなので決まらないからな。」
う~ん・・・、俺にはこれしか言えん。
これ以上言ってしまうとセクハラになるし、女の子のご機嫌取りは難しい・・・
だけど、シャルが俺に微笑んでくれた。
「そうね、気にしたらダメだしね。今夜は・・・」
「兄さぁあああああああああああああん!」
次はテレサの声だ。
軽やかに俺の後ろに追い付いてきた。そのままクルクルと俺達の周りを旋回している。初めて空を飛んだとは思えない程にスムーズに飛んでいる。
(ホント、こいつは天才だな。さすがレア称号を授かっただけあるよ。)
「やったよ!ミーティアの力をちゃんと使えたよ!」
とても嬉しそうに俺達の隣に並んで飛んでいる。
「よくやったな、さすが俺自慢の妹だよ。」
「ふふふ、褒めて!褒めて!」
ギラッ!
しかし、急に視線が鋭くなっている。
(怖い・・・、何が?テレサの気に障る事があった?)
「兄さん、アンジェリカ義姉さんと仲良しなのは分かるけど、何か殿下とも凄く親しげな気がするんだけどぉぉぉ?あの時のデート以来、ここまで仲良くはしていなかったよね?何で急に手まで繋いでとても嬉しそうにしているんだけど、私に隠し事をしてない?」
ドキィイイイイイイイイイ!
思いっきりテレサに心臓を握り潰された気がする。
チラッとシャルを横目で見ると・・・
何て分かりやすいんだ!
とても挙動不審な態度だよ。
冷や汗ダラダラだし、俺の手を握る力が強くなりガタガタと震えている。
しかし、テレサの顔が急に優しくなった。
だが!目にハイライトが無い!
あの目はヤバい!完全にヤンデレモードに入っている!
「まっ!今は聞かないでおくわ。後で兄さんにじっくりと聞く事にするからね。兄さん、絶対に逃げないでよ・・・、逃げたらどうなるか?地の果てまで追いつめてもぎ取るからね・・・」
(詰んだ?)
シャルが視線で申し訳なさそうして俺を見ている。
テレサには秘密にして逢瀬を重ねていたし、アン達しか俺とシャルの関係は知らないからな。
あいつにとっては俺とシャルの秘密の関係はある意味裏切りだろう。
ずっと黙っているのは無理だろうし、もう逃げられないな。
テレサはシャルには何もしないだろうが、俺は確実にテレサに怒られるのは間違い無い。数発は殴られる覚悟をしよう。
(頼むから殺さないでくれよ・・・)
アンがボソッと・・・
「レンヤさん、ソフィアさんがいるから万が一死んでも生き返るわよ。だから死ぬ気でテレサさんの機嫌取りをお願いね。」
おぉおおおおおおおおおい!
俺はテレサに殺される事が確定かい!
(まぁ、あのヤンデレ度ならあり得るな・・・)
綺麗に立派になった王城のテラスに俺達が降り立った。
少し遅れてラピスとソフィアも追い付いた。ソフィアの胸元の服がかなり乱れていたが、何があったのか聞かない事にしよう。
いそいそと何食わぬ顔で服を直していたけど・・・
妙に色っぽくて思わず俺の顔も赤くなってしまった。
ラピスは頭に大きなたんこぶが出来て涙目になっていた。
まぁ、ソフィアのあの強烈な鉄拳に殴られればそうなるだろう。
ふざけ過ぎた罰だよ。
このテラスからそのまま接見の間に繋がっている。
見た目は豪華になったが、建物の構造は変わっていなかったみたいだ。
「それにしてもすごいわ・・・」
ラピスが感心した顔で周りを見渡していた。
「ここまで完璧に直すだけじゃくて、新品同様までに復元するのも・・・、しかもこの大きさの城よ・・・、さすがはフリーリア様だわ。」
目の前には国王様や貴族達がズラッと並んでいた。
国王様が動き始めた瞬間に全員が一斉に臣下の礼を取った。
「救世主の皆様!この度はこの国を救っていただき、誠に!ありがとうございました!」
国王様が深々と頭を下げてお礼を言うと、全員も国王様以上に深々と頭を下げた。
(う~ん、こういのは慣れていないしむず痒いよ。)
500年前は里が滅ぼされてからはずっと城の中でアレックスと一緒にいて、そこまで恭しくされた事は無かったし、魔王を倒した時は俺は呪いで魔王城で死んでいたしなぁ・・・
(もしかして、凱旋って初めての経験?)
目の前で国のお偉い様がズラッと並んで頭を下げられている光景は、俺の中では何とも言えないくらいに違和感があり過ぎだよ。
俺はそこまで偉くはないし、それ以前にこうした事に慣れていない。
(困った・・・)
スッとアンが俺達の前に出てきた。
「皆様、お顔を上げて下さい。我々は当然の事をしただけですから、ここまで畏まらなくても良いです。それに、皆様ほどの位の高い方々が私達のような身分の者に頭を下げる事はありませんよ。」
流石はアンだな、こんな挨拶は慣れているし、頼りになる。
「し、しかし、この国の存亡にも関わる事を・・・」
シャルも前に出てくると国王様にウインクをしている。
「父上、レンヤさんはこのような事は苦手ですからね。もっと気楽にお話しをしませんか?」
そのまま国王様のところまで歩いていき、何か耳打ちをしている。
そして次は王妃様だろうか、隣の女性にも何かコソコソと話をしているよ。
何だ?お互いに真っ赤になっている。
2人が俺を見つめて更に赤くなっている。
(何だろう?とても怖い会話をしている気が・・・)
そして、国王様と王妃様、シャルの3人がコソコソと話をしている。
今度はシャルだけが真っ赤な顔になっている。
( ? )
何だ?国王様達が急にニコニコして俺を見ているぞ。
国王様がシャルと一緒に俺の前まで歩いてくる。
2人が俺の前に立った。
「勇者殿、シャルから聞いたぞ。シャルがこのように女神の力に目覚めたのも、ラピス様やソフィア様の英雄達が蘇ったのも全て勇者様のおかげだとな。それに、シャルはこうして一緒にいる運命だったと・・・」
そして国王様が再び深々と頭を下げた。
「我が娘、シャルをよろしく頼む。まだまだ子供でいたらないところも多いが、これでも私の子供の中では一番の出来の良い娘だ。」
(はい?)
何でこうも早く婚約の話に?
国王様が頭を上げ、ゆっくりと俺に近づき耳打ちをしてくる。
俺の肩を掴む手に力が入って痛い!
「シャルから聞いたぞ・・・、もう男と女の関係だとな・・・、婚約前の娘に手を出されて、父親としては貴様をぶん殴りたいところだが・・・」
(シャルよ・・・、何でバラす?)
とてつもなく冷や汗がダラダラ流れ、横目でシャルを見ると・・・
王妃様と一緒にグッと親指を立てて喜んでいるよ。
はぁ~、王妃様は完全にシャルの味方って事かい!
「まぁ、シャル自身は物語の勇者マニアだったから本懐を遂げたと喜んでいるが、私としてはとても不本意だ・・・、だけど、ここまで伝説の力を見せつけられたのだ。それに女神様の寵愛まで受けている存在に誰が反対出来る?だから、ちゃんと責任を取るのだぞ。」
耳元で囁くように話しているけど、とてつもなく圧が半端ない!
テレサにバレるのも時間の問題だよ。
「婿殿・・・、よろしく頼んだぞ・・・」
「は、はい・・・」
これだけの返事で精一杯です・・・
殴られなかっただけでも助かった・・・
国王様とシャルは一緒に戻っていったが、ニコッと俺に微笑んだ。
「レンヤさん、それじゃ、詳しい打ち合わせは後でしましょうね。今はゆっくりと休んで下さい。そのように手配しますので・・・」
次の瞬間、真っ白な鎧と翼が消え、いつものドレス姿のシャルに戻った。
何かとんでもない嵐が過ぎ去った気がする。
魔王や魔神達を相手にしていた時以上に精神値がガリガリと削られた感じだ。
チラッとアンを見ると・・・
何で?ニコニコ笑っている。
そのまま俺の隣に来た。
「良かったですね。これでシャルと堂々お付き合い出来るようになりましたね。実は・・・、レンヤさんと結ばれたあの夜、父が私の夢に現れたのですよ。とても喜んでいましたけど、父親として一発は殴りたかったってね。実体が無いのが惜しいって・・・、人族だろうが魔族だろうが、どこの父親も一緒でしたね。ふふふ・・・」
おいおい・・・
魔王に殴られたらどうなる?
確実に2度目の死の世界を味わうところだったぞ。




