100話 王都決戦⑧(冒険者ギルド③)
「あなたはシヴァ!」
エミリアがその女性に叫んでいた。
「人族と一緒に住んでいる魔族が、よく私の名前を知っていたわね。」
シヴァと呼ばれた女性がじろりとエミリアを見つめる。
「しかも、あなた只の魔族じゃないわね。その魔力には覚えがあるわ。」
クイクイとマックスがエミリアの服を引っ張っている。
「ねぇエミリアさん、彼女は知り合いなの?」
「そうよ、彼女は私が呪いを受けるまではよく遊んでいたわ。ダークエルフの家系であるマルコシアス家の者よ。今の名前はシヴァだけど、その名前を受け継ぐ前まではアニーって呼んでいたけどね。」
「何か可愛い名前だね。」
マックスがクスクス笑うと、エミリアも「そうね、私もそう思うわ。」と言って一緒にクスクスと笑い始めた。
その瞬間、シヴァから大量の冷気が溢れ始めた。
「貴様ぁぁぁぁぁ~~~~~、今、何って言ったぁぁぁぁぁ~~~~~」
パキパキと彼女の足元の地面が凍りつく。
「私の過去の名前を知っているなんて・・・」
「殺す・・・」
シヴァが右手を上に掲げると、彼女の頭上にとても大きな氷の塊が出来上がり浮いている。
「死ね!」
腕を振り下ろすと氷の塊が一気にマックス達の方へ高速で飛んできた。
「これはヤバい!」
ガッツが背中の大剣を構え先頭に飛び出した。
「ガッツ!アレはあなたでも無理よ!いくら何でも大きすぎるわ!」
アーシャがあまり大きさの氷の塊を見て無理と悟ったみたいだ。
「だけどな!俺が何とかしないとダメだろぉおおおおお!盾でも何でもしないとな!」
「そんなの無理よぉおおおお!」
アーシャの悲鳴が響き渡った。
ガシャァアアアアアアアアアアアッン!
「何?何ともない・・・」
ガッツの目の前で氷の塊が粉々に砕け一気に溶け出し水蒸気が発生している。
真っ白な煙の中で1人の人影が見えた。
「あ、あなたは!」
エミリアがガッツの前に立ってニコッとアーシャへと微笑んだ。
「さっきも言ったでしょう、私はダーリンを守るってね。そしてダーリンが大好きな仲間ももちろん守るわ。」
「で、でも・・・、この剣は何?信じられないんだけど・・・」
アーシャを始め白の沈黙のメンバー全員の視線がエミリアへ注がれている。
それもその筈、エミリアの手に握られている剣は常識を疑うほどの大きさの真っ黒な剣だった。
刃渡りは3メートルはあろう、ただひたすらに大きくて幅の広い剣だ。どうしてこんな大きな剣を華奢な彼女が持てるのか?誰もが目を疑う光景だった。
「これは!信じられない・・・、まさか?」
今度はシヴァの驚きの声が響いた。
「あら!アニー、この剣が分かったの?」
にこりとエミリアがシヴァに微笑むと、シヴァの方は再び目を吊り上げてエミリアを睨んでいる。
「貴様ぁぁぁ・・・、1度ならず2度も・・・、その名前で私を呼ぶな!」
「ブリザード!」
シヴァの周りから大量の雪が舞い散り吹雪となってエミリアへと襲いかかる。
「無駄よ!」
エミリアは剣を上段に構え一気に振り下ろした。
ドォオオオオオオオオオオオン!
吹雪が剣の斬撃で真っ二つになりそのまま消えてしまう。吹雪を切った衝撃波はそのままシヴァを吹き飛ばし、彼女は高く舞い上がってしまった。
「きゃあああああああああ!」
「これはマズいわね。衝撃で体が少し麻痺しているから、このままじゃ頭から落ちてしまうわ。」
そうエミリアが呟くと手に握っていた大剣が霧のように消え、そのままシヴァへ向かってジャンプした。
パシ!
空中で華麗にシヴァを抱きかかえ、マックスの前に着地する。
「すごい・・・」
マックスがエミリアを感心しながら見ていた。
「ふふふ・・・、ダーリン、褒めてね。」
とても嬉しそうにエミリアが微笑んでいるが、その腕の中にいるシヴァはギロッとエミリアを睨み付けていた。
「何で私を助けるの?あなたの実力なら私くらいなら簡単に殺せるのに、どうして?」
「いくら敵同士でも親友は傷付けられないわ。アスタロトのバカと違って、あなたは邪悪ではないからね。」
エミリアはそう言ってニコッと微笑みながらシヴァを見つめていた。
「親友?」
じっとシヴァがエミリアを見つめる。
そしてハッとした表情でエミリアを見つめた。
「アニーちゃん!」
ディアナが叫びながら近寄って来た。後ろにカイルも一緒にいる。
「まさか・・・、あなた達は・・・」
シヴァがポロポロと涙を流し始めた。
「カイル様にディアナ様・・・、よくぞ生きていて下さって・・・」
次にエミリアをジッと見た。
「まさか・・・、そんな・・・、死んだと聞いたのに・・・」
「そうよ・・・、エミリアよ。あれから20年も経ったから見た目がかなり変わったけどね。」
エミリアが再びニコッとシヴァに微笑んだ。
「良かった・・・、本当にエミリアなんだ・・・」
ギュッとシヴァがエミリアに抱きつき泣き始めたが、エミリアはそのままの姿勢で優しく微笑んで見つめていた。
シヴァが泣き止み少し落ち着いたようだ。
ずっとエミリアにお姫様抱っこをされていたのに気が付いたみたいで、慌ててエミリアの腕から降り立ち上がる。
「おっほん!はしたないところを見せてしまったわね。」
赤い顔をしていたシヴァが咳払いをして何とか体裁を整えようとしていたが・・・
後の祭りだろう。
「あなたは昔っからそそっかしいところがあったけど、そこはあまり変わってなかったわね。」
「そ、それを言わないで・・・」
「本当に仲が良いんだね、」
マックスがニコニコして2人を見ていた。
「そうよ、シヴァとは同じ公爵家だったから物心が付いた時から一緒によく遊んでいたわ。だけど、例の呪いを受けてからね・・・」
「呪いって!そんな話は聞いていないわ!私が聞いたのはダンタリオン家が原因不明の病気で家族全員が亡くなったと・・・」
「やっぱりね・・・」
エミリアの視線が鋭くなった。
「どういう事?」
シヴァが心配そうな顔でエミリアを見ている。
「シヴァ、あなたは私達の話は誰から聞いた?」
「それは・・・、確かアスタロト家からの筈よ。当主も跡取りも死んでしまったからダンタリオン家は途絶えてしまったとね。それが?」
「はっ!」
驚きの表情でシヴァが再びエミリアを見た。
「あなたの予想通りよ。私達一家はアスタロト家から呪いを受けたの。だけどね、その呪いは私に集中させたの。父さんと母さんを守る為にね・・・、そして、それから呪いに囚われてしまったの。幸い私の力が呪いよりも強かったから殺されなかったけど、呪いを受けた当時の4歳のまま体が成長する事はなかったわ。」
「そんな事が・・・」
「証拠は無かったけど、間違くなくアスタロト家の仕業と分かったし、これ以上の攻撃を避ける為にも私達は死んだ事にして隠れ里へと逃げたの。その里で今回の騒動を聞きつけてここに来たって訳ね。ここに来る途中でアンジェリカ様にもお会いしたわ。」
「ちょっと待って!」
いきなりシヴァが大声を出した。
「アンジェリカ様って!あのお方に会われたの?」
「そうよ。」
エミリアが頷く。
「アンジェリカ様は勇者様に巡り合い蘇られたわ。多分、あのお2人は巡り合う運命だったと思うの。そして私もね。」
そう言ってマックスを見て微笑んだ。
そのマックスは真っ赤な顔になっている。
「私は彼に会って呪いが解けたのよ。全てはアンジェリカ様にお会いしてから私達の運命が変わったと思うの。今のアンジェリカ様は女神様のお力も持っているからね。私達がお仕えするに相応しいお方だと思うわ。」
「そ、そんな事が・・・、だけど、アンジェリカ様が勇者と一緒になんてあり得ないわ。勇者は我々魔族の敵よ。何でそんな2人が?」
「アンジェリカ様は今までの魔族と違う。我々魔族の新しい未来を考えられているのよ。今までの魔族は弱肉強食、強い者が弱い者を支配する。これはこれで1つの支配の在り方かもしれないけど、そのやり方はいつかは行き詰まるわ。アンジェリカ様はとても慈悲深いお方なの、弱い者にも手を差し伸べる人族に伝わる女神のようなお方よ。そして、その女神からも愛されている存在なのよ。私は少しだけだけどアンジェリカ様と一緒にいたわ。その時はとても心が温かくなったの。魔族領にいる時はあり得なかった温かさを感じたの。」
「信じられない・・・」
「まぁ、普通は信じられないわね。でも、あなたにも会わせてあげたいと思っているの。」
「そうなんだ・・・」
そう呟くと屋敷の方を鋭い目で睨みつけた。
「それじゃ、アスタロト家から教えてもらった事は全て嘘だったのね・・・」
ドオォオオオオオオ大オオオオオオン!
いきなり屋敷の玄関が爆破した。
「何だ!みんな!気を付けろ!」
ガッツが後ろにいる冒険者達へ叫んだ。
「ガッツ!とんでもない気配よ!確実に大物が出てきたわ!」
アーシャも叫んでいる。
壊れ煙が出ている玄関口から十数人の魔族の男が現われた。
その中心にかなり太った魔族がニヤニヤ笑いながら立っていた。
「ふふふ・・・、雑魚ばかり集まって何をするつもりなのかな?魔族最強のアスタロト家に逆らうとはいい度胸だよ。」
「ゾルダーク!貴様!私を騙したな!」
シヴァが叫び睨みつけているが、ゾルダークの方はニヤニヤした表情は変わっていない。
「何を言っているのかな?」
「惚けるな!アンジェリカ様は新しい魔王と結ばれ、人族を滅ぼし新たな魔族の世界を作ると言っていただろうが!我々マルコシアス家はアンジェリカ様が復活されたからと聞いて、新しい魔王と一緒に我々の為にこの身を捧げたと!だから我々はお前に協力した!」
シヴァがグッと拳を握り勢いよく人差し指をゾルダークへと向けた。
「しかもだ!何がダンタリオン家が滅んだだと!お前が死んだと言っていたエミリアやディアナ様達が生きていてこの場にいるのはどういう事だ!復活されたとお前が言っていたアンジェリカ様の事も言っている事が目茶苦茶だ!死んだと言われたエミリアもこうして生きている!そしてそのエミリアが復活されたアンジェリカ様にお会いしたと言っていたが、お前の話とは全く違う!」
「私を謀った罪は重いぞ・・・」
「ふふふ・・・、真実を知ってしまったか・・・」
シヴァの言葉に対しても全く動揺もしていなく、相変わらずニヤニヤしている。
「それにしても良い情報を聞いたよ。アンジェリカ様が復活されたと・・・、我々ではどうしてもアンジェリカ様のお眠りになられている玄室に入れなかった。アンジェリカ様の居場所を吐いてもらうぞ。アンジェリカ様の夫は私が1番相応しいからな!」
「ふはははははぁあああああああああああああああ!とうとう私も王になる時が来たのだぁあああああ!アンジェリカ様を娶り私が新たな魔王になる!」
「ふざけるな!」
シヴァの全身から冷気が溢れ始めた。
「ふはははぁあああああ!たかがこれだけの戦力で私に立ち向かうとは哀れだな。」
グッと右手を前に突き出したが、その手に何かが握られていた。大きな真っ黒な水晶玉のような物に見える。
「これは王都中に設置した魔法陣の起動スイッチだよ。この宝玉に魔力を注ぐと100以上も設置してある召還魔法陣から大量のモンスターが溢れ出す。この屋敷の周りも数百のモンスターが溢れるのだ。しかも、そいつ等は私の命令に絶対服従だ。そんな相手に貴様達がまともに戦えるのか?色々とコソコソしていたようだけど、この私には勝てないんだよ!この偉大なアスタロト家のゾルダーク様にな!」
手に握られている宝玉が輝き始めた。
「さあ!絶望するがよい!」
「ぐ!これまでか・・・」
シヴァが諦めたように項垂れてしまったが、エミリアやマックス達は全く動じていない。
「標的、全てロックオン!」
「空に浮かぶ数多の星々よ・・・、我に邪悪を打ち抜く聖なる力を!」
「スターライト!アロー!」
空全体が金色に輝いた。その輝きの中から金色の矢が雨のように王都全体い振り注いだ。
あまりにも美しく幻想的な光景に、その場にいる全員が空を見上げて放心状態になっていた。
しばらくすると・・・
「ど!どうした!何で召還魔法陣が起動しない!」
宝玉を握りながらゾルダークが叫んでいる。
「無駄よ。」
冒険者達の後ろから声が聞こえた。
「召還魔法陣は今、私が消滅させたわ。1つも残さずにね。」
「ラピス様!」
ナルルースが声のする方へ振り向き、地面に膝を突き頭を下げた。