10話 修羅場
「はい、ストップ~~~~~~~~~!」
俺もアンもキスする直前で固まってしまった。
アンも目が点になって俺を見ている。
(一体、誰だ?)
俺とアン、2人揃ってぎこちなく声の聞こえた方へ振り向くと・・・
・・・
(なぜ?貴様がいる?)
ハイエルフの美女ラピスが俺達のすぐ横にいた。
「レンヤァァァァァ~~~~~~」
今にも呪われてしまいそうなドスの効いた低い声で、ラピスが腕を組んで仁王立ちになって俺の名前を呼んでいる。500年前の姿と全く変わっていないが、今のラピスからは魔王以上の殺気が溢れ出ている。
(怖い・・・、俺が恐怖を感じるとは!ラピス!お前に何があったのだ!)
「レンヤ~~~、この小娘は一体何なのよぉ~~~、もしかして、今、キスをしようとしてなかった?私の目にはそう見えたし、まぁ、声をかけて正解だったわね。レンヤの唇を奪うのは私なのよ・・・」
そう言ってペロッと舌なめずりをしている。
(ラピス、お前、何を言っている・・・、本当にどうした?)
アンの方に視線を向けると・・・
俺とアンがキスをしようとしていたところをラピスに見られたものだから、アンの顔がみるみる真っ赤になっている。真っ白の肌が、今にも火が出そうなくらい真っ赤だ。
「は、恥ずかしい!」
そう言うと、プシュ~!とまた頭から湯気を出して気絶してしまった。
どうやら、羞恥に耐えられなくなったみたいだ。
(俺も恥ずかしくて死にそう・・・)
「それで、この魔族の小娘は何?」
ラピスが忌々しそうな視線でアンを見ている。
アンは見事に気絶してしまったので、今は胡坐をかいて座っている俺の膝枕で横にさせている。そのまま石の床で横にするのも可哀想だったから、破裂して中身が散らばった荷物の中から毛布を見つけて、それを敷きアンを横にさせていた。
ラピスはというと・・・
俺の横にピッタリと寄り添って座っているのだが・・・
(近い!近いぞ!)
「魔王の娘だ。」
ラピスの目が一瞬細くなり、すぐに驚愕で見開かれた。
「魔王の娘・・・、そんなのあり得ないわよ。あれから500年が経っているのよ。どう考えても若いままでこうしているのは信じられないわ。」
「俺も最初はそう思った。だけどな、魔王の力で時を止められ、この城の奥でずっと眠っていた。それを俺が見つけて目覚めさせてしまった訳だ。魔王は自分が負けたら、娘も一緒に殺されてしまうと考えていたのだろう。娘だけは何とかして助けたいと思っていたのだろうな。」
「そうかもしれないわね。私と同じレベルの事が出来るなんて、さすがに魔王だわ。でも、この子は魔王の娘なんでしょう?こうやって目覚めてしまったけど大丈夫なの?」
「あぁ、それは安心してくれ。彼女は魔王達魔族の考えとは全く違う、彼女は人族と魔族とが手を取り合い平和な世の中を願っている。しかも、俺が勇者と分かったら自らの首を差し出し、父親の罪の贖罪をしようとした。彼女は悪い魔族ではない、それは俺が保証する。」
「本当にぃぃぃ~~~」
ラピスが疑わしい目で俺を見ている。確かに魔族といえば人類の敵と言われていたくらいだったからな。
「あぁ、本当だ。もし、彼女が嘘を付いていて俺と敵対するような事があったら、俺が責任を持って彼女を滅ぼす。」
「分かったわ。私はレンヤの言葉を信じる。だけど、本当に彼女がそう思っているのかは、しばらくは様子を見させてちょうだい。」
「分かったよ。ラピスの危惧する気持ちは分かる。でもな、出来れば彼女とは仲良くして欲しい。」
「それはこの子次第ね。」
ジッとラピスがアンを見つめていた。
ラピスがうっとりした表情で俺の肩に頭を置いている。こんな姿のラピスは当時を思い出しても見当たらないな。本当にどうしたのだろう?何か悪いものでも食べたのか?
「なぁ、ラピス・・・、お前ってこんなキャラだったか?いつも俺達とは一線を引いていたはずだったけど・・・」
「レンヤ・・・、忘れてしまったの?」
ラピスがそう呟きながら俺の腕に抱きついてくる。
「あの時はあなたが死ぬ寸前だったから覚えていないのは当然かもしれないわね。でも私ははっきりと覚えているわ、『私はあなたと添い遂げる事を決めた』ってね。だから、私を妻として娶ってね。」
「おいおい、いきなり・・・」
あっ!何か段々と思い出してきたぞ・・・、そういえば、ラピスに求婚された覚えがあるな・・・
(よし!知らないフリをしよう!)
「レンヤ・・・」
ラピスがジト~~~とした目で俺を見ている。急にニヤッと笑った。
「どうやら思い出したみたいね。良かった、私の言葉を覚えてくれていたなんて嬉しいわ。」
「イエイエ、ソンナ事ハアリマセン。」
「惚けても無駄よ。私はずっとあなたを見ていたからね。あなたの仕草1つ1つでその時の気持ちが全て分かる程にね。今のあなたは惚けようとしていたわ。」
ラピスの目からハイライトが無くなってくる。
怖い!ラピスが怖いぞ!まさかラピスがここまでハイレベルなストーカーになっていたとは想像もしなかった。
「さぁ、覚悟を決めて私と結婚しなさい!私は尽くす女だから安心して。」
「ちょっと待ってくれ。」
「何でよ。」
「いきなり言われても・・・、しかも、俺はこの子と婚約している。」
俺の膝に頭を乗せて気を失っているアンの頭を撫でた。銀色の透き通るような髪の毛がサラサラしてとても気持ちが良い。心なしかアンが微笑んでいるように見えた。
「こ、こ、婚約ですって!」
ラピスががっくりした様子で俺から離れ四つん這いで蹲ってしまった。
何やらブツブツ言っているのが聞こえる。
「あんな乳臭い小娘に先を越されるなんて・・・、女の魅力では私の方が上よ・・・、何でなの?」
チラッとラピスがアンを見た。
「うっ!私はアレに負けたの?」
ガバッとラピスが起き上がりズカズカと近づいて俺の手首を握った。
「レンヤ!あなたは、もしかして巨乳派!」
(おい!どうしてそんな発想になる!)
俺もチラッとアンの胸を見てしまった。確かに大きいし、アンに抱きつかれた時はあの大きな胸が押しつけられて、あの感触にはかなり困ったしなぁ~
「やっぱり!」
ラピスが叫ぶと握ったままの俺の手を自分の胸に押し当てた。
「ちょっ!ちょっと待て!ラピス!お前!何をしているんだぁあああ!」
俺の掌に柔らかい感触を感じる。今の俺はラピスの胸を揉んでいる状態だぞ!
(お前は痴女か!)
「レンヤ、私の胸は確かにそんなに大きくないわ。でもね、私はこの胸でも絶対にあなたを満足させてあげる。レンヤ、私の体はあなたの好きにしていから、実際に触ってみて私の胸もそんなに悪くないでしょう?」
う~ん・・・、確かにラピスの胸はそんなに大きくないけど、掌に丁度良く収まって・・・
(ちがぁああああああああああああああっうぅううううううううう!)
ラピスの突拍子もない行動に思わず立ち上がろうとしてしまった。
そうなると、膝の上に乗せていたアンの頭は必然的に・・・
ガン!
「痛ったぁぁぁ~~~~」
床にアンの頭が打ちつけられて、ショックでアンの目が覚めてしまった。
アンを気にしてしまってバランスを崩してしまい、ラピスの方へと倒れてしまう。
・・・
「レンヤさん、一体、何をしているのかな?」
アンが何故かニコニコしているが、背後から『ゴゴゴゴゴォオオオオオオオ!』と、強烈な吹雪のようなプレッシャーを感じる。
そして、今の俺の状態は・・・
ラピスの上に覆い被さって、右手はラピスの胸を揉んでいる。ラピスはトロ~ンとした表情で嬉しそうに俺を見つめている。
「あっ・・・」
ラピスが小さく喘ぎ声を出した。
「レンヤ、いきなり大胆ね。良いのよ、私を好きにメチャメチャにしても・・・」
おい!この痴女は何を言っている!
完全に誤解されるだろうがぁああああああああああああああああ!
・・・
アンがとても良い笑顔で俺に微笑んだ。
スッと右手を上に掲げる。
(あっ!終わった・・・)
「このぉおおおおおおおおおおおおおおお!浮気者ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!ヘル・フレアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
アンの右手から巨大な真っ黒な炎の玉が打ち出され、真っ直ぐ俺に向かって来る。
チュドォオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーン!!!
「「本当に申し訳ありませんでしたぁあああああ!」」
俺とラピスはアンの前で土下座をし深々と頭を下げて謝罪している。
「いえいえ、私も勘違いしてしまって申し訳ありません!」
アンも俺達の前で土下座をしながら謝っていた。
ラピスが咄嗟に魔法障壁を張ったおかげで俺もラピスも無事だったけど、まともに喰らったら骨も残さず消し去られていたぞ。
(絶対にアンを怒らせてはダメだ。)
一通り謝り通したのか、3人揃って立ち上がった。
アンがドレスの裾を摘み優雅にラピスに向かい挨拶をする。さすがは魔王の娘だけある。王族の挨拶の仕方は分かっているんだな。
「私はアンジェリカ・アルカイドです。先ほどこちらのレンヤさんの『婚約者』となりました。」
やたらと『婚約者』を強調しているよなぁ~
ラピスも優雅に頭を下げた。
「私はラピス・ウィンディアよ。」
アンがラピスの名前を聞いた瞬間にピクッと反応した。
「ラピスって・・・、まさか、あの勇者パーティーにいた【大賢者】ラピスさんですか?」
「そうよ、私はレンヤと一緒に旅をしていたのよ。500年前にレンヤに『プロポーズ』をしたの。私の方が先にレンヤに手を付けたからね。」
ラピスはラピスでえらく『プロポーズ』の言葉を強調しているなぁ~
2人がニコリと微笑んだ。しかしお互いに目が笑っていない。なぜだ?2人の背後に龍と虎の姿が見える。その2匹の視線の火花が激しくスパークしている。
(これが物語でもよくある、噂に聞く修羅場というものか!実際に目の前で見ると、こんなに怖いとは予想外だ!)
「まぁまぁ、2人とも落ち着いてくれ。美女2人が睨み合っている姿は見たくないよ。」
「「美女ですって!」」
2人が同時に叫んで俺を見てトロ~ンとした表情になっている。
(こいつら、意外と仲が良いかもしれない・・・)
「まぁ、お互いよく知らない者同志だから、少し落ち着いて話でもしよう。意外と仲良くなれるかもしれないぞ。」
「そうね、私もレンヤの今までの事が聞きたいわ。転生してから今までどうしていたのかをね。」
「私もレンヤさんの事をもっと知りたい。」
結局は、俺の事を根掘り葉掘り聞かれてしまうのか?
(勘弁してくれ・・・)