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宮廷魔法師団を追放された幼馴染みが村に帰ってきた〜魔力がほぼないけど前世賢者の俺を追い出した上に弟子の彼女も使い潰して追放。許せないので他の優秀な弟子たちも引き抜いて旅に出ます。今更謝ってももう遅い〜

作者: 玖遠紅音

 あれは今から1年ほど前の事だ。


「……すみません。もう一度言っていただけますか?」


「なんだ、聞こえなかったのか。ならばもう一度言おう。クロム・グローザ。君は我が宮廷魔法師団に必要ない。今すぐ去るがいい」


 宮廷魔法師団――それはこの国における優秀な魔法使いを集め、王国の守護や魔法の研究を行う集団だ。

 そして王立の魔法学園を無事卒業した俺、クロムはこの宮廷魔法師団の入団試験を受けていた途中で試験官でもないお偉いさんらしき人に呼びつけられていた。

 で、言われた言葉がこれだ。


「……失礼ながら、おかしいですよね? 俺はまだ試験を受けている途中だったはずですが」


「だからもう試験を受ける必要はないと言っているんだ。つまりこの時点で君は不合格という事になる」


「いやいや! 俺何かしましたか!?」


 奇妙なマスクで顔を隠した全身ローブの男は、「そんなことも分からないのか」と鼻で笑った。

 酷く不愉快ではあるが、彼が纏っているローブにはしっかりと宮廷魔導師団所属を現す紋章が刻み込まれている。

 ここで問題ごとを起こすとあいつら(・・・・)にも迷惑が掛かってしまうので、ぐっとこらえて表情に出さないように気を付ける。


「逆に聞くが、魔力をほぼ持たない君が我が宮廷魔法師団に入って何が出来る。ギリギリながらも学園を卒業した実績は認めるが、それだけでハンデを覆せるとは到底思えぬ」


「……俺の希望は魔法研究の方だったはずです。確かに俺は他の魔法使いと比べると魔力量で大きく劣ります。が、それだけで実力も測らずに追い返すのはあまりに早計では――」


「これ以上話を聞く気はない。君を何故か師と呼ぶ彼女たち(・・・・)は我々にとって必要だが、君自体は不要だ。もう一度言おう、去るがいい」


 仮面から覗く不気味な赤い瞳がこちらを睨みつけてきて、もうこれ以上何を言っても無駄というオーラを出す彼を前に、俺は諦めて会場を後にする事にした。


「……ったく、何なんだよ。あいつらが絶対に同じ宮廷魔法師になってほしいって言うからわざわざ試験受けに行ったってのに……」


 あいつら――それは俺が学園時代に魔法に関していろいろ教えていた3人の少女たちの事だ。


 同じ村で生まれた幼馴染のシオン。

 莫大な魔力を生まれ持ちながらもそれを全く制御できずに落ちこぼれていたルリ。

 攻撃魔法が全く使えないハクア。

 

 出会った経緯はそれぞれ違うが、彼女たちにはある共通点があった。

 それは俺が出会った段階では皆、魔法使いとして平凡以下(・・)だったという事だ。

 そしてそれは俺自身にも言える事だった。


 生まれつき魔力を生み出す機能が弱く、体内に留めて置ける魔力量も極端に少ない。

 ハッキリ言って魔法使いとしての才能は全くないと言ってよかった。

 だが俺が他の奴らと唯一違った点――それは前世の記憶と知識有しているというものだ。


「賢者。かつての俺は、そう呼ばれていた」


 試験会場を後にして、人気の少ない路地裏を歩きながら誰に聞いてもらう訳でもない独り言をつぶやく。

 あらゆる魔法を知り尽くし、極めた強く賢き者。

 ある目的を叶えるために天の理すら超越し、記憶を引き継いだまま転生する技術すら編み出した、自分で言うのもなんだが凄まじい男だった。


 まあその目的はもう必要性を失くしてしまったので、いろいろあって交流を持つようになった友人たちに暇つぶしも兼ねて魔法を教えていたという訳だ。

 だがまあ、気づけば平凡以下だった彼女たちは今生の弱弱しい俺なんかをあっさり超えて、最終的に成績トップ3を争いあいながら卒業していったわけなのだが……


 そして学生同士の魔法の実力を測りあう大会などでも優秀な成績を残して目立っていた彼女たちは、卒業と同時に宮廷魔法師団に引き抜かれて(・・・・・・)いった。

 

 俺が通っていた魔法学園はそれほど上位の場所ではなく、入学条件は「魔力を有している事」と「魔法使いとしての高みを目指す意思を持っていること」の二つだけ。

 さらに卒業条件は「必要数ちゃんと授業を受ける事」だけなので俺でも卒業できたのだが、そんな学園から試験なしで3人も直接スカウトが来るなんてことは異例中の異例だ。


「……ま、これでアイツらも諦めがついただろう。宮廷魔法師団の方がそういう扱いをしてきたんだからどうしようもない」


 ――クロムも絶対に宮廷魔法師になって! まだまだ教えてほしいことがいっぱいあるんだから!


 そう言われてもなぁ……今から引き返して頭を下げて懇願したところでどうせ無駄だろうし、そもそもそこまでしてやる必要性も感じない。

 むしろあっちが間違いだったと頭を下げてほしいくらいだ。


 合わせる顔もないし、もう俺がいなくたってアイツらはちゃんとやっていけるはず。

 宮廷魔法師と言ったら勝ち組中の勝ち組。

 落ちこぼれだったころとは違う明るい未来が待っているはずだ。


 その時の俺は、疑う事すらせずそう信じていた。

 今俺の目の前で泣き崩れる、シオンの姿を見るまでは。


♢♢♢


「シオンっ! お前どうしたんだよ!!」


 酷く暗いオーラを纏って村に帰ってきた紫髪の幼馴染は、俺を見つけるや否やふらふらと近づいてきて、遂に俺の間で膝を落とした。

 その勢いで倒れてしまいそうだったところを間一髪のところで押さえ、俺も膝を落としてから肩を抱えて彼女の顔を起こす。

 気づけば普段の整った顔が台無しになるくらい溢れ出た涙などでぐちゃぐちゃになっていた。


「クロム……私、わたしぃ……」


「ちょっ、おま――」


 溢れ出る感情を抑えようともせず、思いっきり俺に倒れ掛かってくる。

 突然の出来事で反射的に突き放してしまいそうになったが、何とか抑えて彼女を支える。

 軽い。もともと重い奴ではなかったが、俺に体重をかけているにもかかわらずちゃんと食事をとっているのか心配なくらい軽い。

 

 肩を震わせ、無言で涙を流すシオン。

 話を聞きたかったけれど、今の彼女はとても話せる状況になさそうだ。

 しかも俺の体に思いっきり抱き着いているせいで動けない。


「何があったんだよ……」


 返事はない。普段は明るい彼女がここまで傷ついている様を見るのは初めてだ。

 このままじっとしていても仕方がないので、俺はシオンの頭にそっと片手を置きある魔法を発動させた。

 これは彼女の記憶をのぞき込む魔法――正確には彼女の頭に強く残っている記憶を選んで俺に共有させる魔法だ。

 魔力量が少ない俺でも、これくらいならば普通にできる。


「……悪いなシオン。ちょっとだけ、何があったのかを教えてくれ」


 目を閉じて、意識を集中させる。

 ゆっくりと自分の体が浮いていき、そのままシオンの中に入り込んでいくような感覚。

 実際には一歩も動いていないが、俺の意識をシオンの記憶の世界へ飛ばしていく。


♢♢♢


 これは一年前――俺が理不尽にも宮廷魔法師団の入団試験会場から追い出された頃の記憶。

 場所は貴族家の客室のようにお高そうなもので統一された趣味の悪い部屋だ。

 そこには俺が魔法を教えていた三人の友人が、緊張した面持ちで並んでいた。

 ちなみに勿論だが彼女たちに俺の姿は見えていないし、声も聞こえていない。


 さて、右から長い赤髪をツインテールに纏めた少女・ルリ。

 長身で腰まで届く紫髪を持つシオン。

 そして小柄で一見少年のようにも見える、ボーイッシュな青髪少女ハクア。


 そして机を一つ挟んで派手な服に身を包んだ少年と、俺を追い返した奴にそっくりな全身黒ローブの宮廷魔法師が、三人をまるで品定めするように眺めている。

 そして少年が軽く息を吸ってから、ゆっくりと口を開いた。


「――まずはようこそ、と言っておこう。宮廷魔法師団への入団、おめでとう」


 そう言って全く心がこもっていない拍手の音が響く。

 そして少年は立ち上がり、くるりと一回転してその背中にあるものを三人へ見せつけた。

 アレは――


「さて、改めて自己紹介と行こう。私はジェイル・リドル・ファルエンテ。このファルエンテ王国の第三王子だ――ああ、お前たちの自己紹介は不要だ。事前にしっかりと調べさせてもらっているからね」


 背中のマントに刻み込まれた王家の紋章。そして名乗りを聞き、慌てて三人が膝を付いて口を開こうとしたところでジェイルによる静止がかかった。

 そして手元にある紙束――恐らく三人の事について調べ上げてまとめた資料か何かなのだろう――を見せつける。

 

「さて、早速だが君たちには今日より私とパーティを組んで働いてもらう事となる。これからは私の手となり足となり頑張ってくれたまえ」


 三人は何も記されていなかったのか、その言葉を受けてお互いの顔を見合わせながら戸惑っている。

 その様子を見て愉快そうに笑う第三王子ジェイルと、隣でじっとたたずむ男。

 何というか、既にこいつらから嫌なオーラが出ているというか、この先を不安にさせる雰囲気を持っている感じがした。


「さて、何か質問でもあるかな?」


「……一つ、よろしいでしょうか」


「お前は――シオンだな。いいぞ、言ってみるがいい」


「クロムは――クロム・グローザはどこの所属になったのでしょうか」


「クロムゥ?」


 シオンが手を上げて俺の名を口にしたその瞬間、ジェイルはわざと眉をしかめ不快感を(あら)わにした

 おかしいな。俺はコイツと会った事なんかないはずだが。


「あぁ、お前らが何故か師と呼ぶあの魔力ナシ男か。あの男は要らないからさっさとお帰り頂いたよ。お前たちだけが私の下で働く資格があるから、こうしてわざわざ引き抜いてやったんだ。何か問題でもあるか?」


「っ!? そ、そんな……」


「フン、いいか! そんな男の事はさっさと忘れて、今日からは俺のために働くんだ! 分かったか!!」


 そして喝を入れるかのように思いっきり資料ごと手を机にたたきつけるジェイル。

 その怒声に驚いたのか、三人が一瞬震え、足が後退した。

 しかし何故だ? 何故俺はこんな顔も名前も初めて聞く第三王子サマに嫌われなきゃいけないんだろうか。

 

「――ん、移動か」


 気づけば景色がいつの間にか歪んで、崩れようとしている。

 これは記憶の再生が終わり、別の記憶へ移動するときに起きる現象だ。

 既に嫌な予感しかしないが、ここまで来たら最後まで見るしかないので先へと進んでいく。


♢♢♢


「今日は東の方の町の近くに強力な魔物が出没したらしいから、今すぐそれを狩りに行く。すぐに準備しろ」


「じぇ、ジェイル殿下! まさかとは思いますが、私たちだけじゃないですよね……?」


「何を言っている! この私が指揮を執ったパーティのみで討伐してこそ私の名が挙がるというもの! さあ、当たり前の事を言っていないで準備をしろ!」


「し、しかし実際に戦うのは私たちだけで、ジェイル殿下は何も――」


「――何か、言ったか?」


「っ!! いえ、何でもございません。失礼いたしました……」


 これはあれから半年後くらいの記憶だろうか。

 先程と同じ部屋、同じメンツではあるが、シオンたちの様子が全く違う。

 一応綺麗に身支度こそしているが、皆表情が重く暗く、覇気がない。

 明らかにやつれている。心身ともに健康とは言い難い。そんな感じだ。

 他の二人は黙ったまま準備をするために部屋を出ていき、その後をシオンが追っていった。


 そして視界が暗転して次の記憶へ――行くことはなく、真っ暗なまま声が聞こえてきた。

 恐らくドア越しでシオンが盗み聞きいるのだろう。


「ったく、何のためにいろいろ手を回して三人纏めて引き抜いてやったと思っているんだ。あんな平凡な学園から王族である私の下で働けることをもっと光栄に思ってほしいものだな。お前もそう思うだろう?」


「……そうでございますね」


「扱いやすく、そして強い。何より皆容姿が優れている。私が成り上がるための引き立て役として彼女たちは百点だ。だが、まだ反抗的な部分が残っている。同教育すれば私の忠実なるコマとなるだろうか」


「……恐れながら申し上げますと、やはりあのクロムという男を先に手なずけるべきだったのではないかと。彼女たちはどうやらあの男を強く慕っているようですし、あの男自身もなかなか優れた知識と技術を持つ男のようで――っ!!」


 黒ローブの言葉が締められる前に、ジェイルの無言の圧力によって彼は黙らされた。

 そして音からして恐らくジェイルは立ち上がり、黒ローブに詰め寄った。


「あのような魔力ナシの落ちこぼれにできて、この私が奴らを手なずけられないとでもいうのか!? どんな手を使ったのか知らないが、どうせ汚い手に違いない! わたしはわたしのやり方でやる。あの男は邪魔だ!」


 ……なるほどな。どうしてもシオンたち三人が欲しかったから、彼女たちが慕っている俺は邪魔なので追い出したという訳か。

 どっちが汚い手なんだか。本当なら今すぐその場に姿を現してぶん殴ってやりたいところだが、今それをする事は叶わない。


「……まぁもっとも、王族であるこの私に彼女たちが逆らえるはずもない。この私に逆らえばどうなるか――それを考えられぬほど愚かではないだろう」


「…………」


 そしてプツリと音が途切れ、場面が切り替わる。

 次の記憶へ、移動だ。次はどんな胸糞悪い場面を見せられるのだろうか。


 ♢♢♢


「……今、何と言った? たまたま今は耳が遠くてな。今だったら聞かなかったことにしてやるが?」


 切り替わり、再びあの部屋での出来事だ。

 これは、つい最近の記憶。

 半年前よりさらにやつれたシオンが、たった一人で膝を付いて懇願している。


「……お願します。私たちを別のパーティに移動させてください。もう、限界です。お願いします……それかせめて、休暇をください。クロムに、会わせてください……」


 そうして地面に頭を付ける勢いで深く頭を下げるシオン。

 精一杯の懇願、解放の訴え。

 だが、それはジェイルの怒りを買うだけにとどまってしまう事になる……


「……そうか、分かった」


「っ! じゃあ!」


「シオン、お前は明日から来なくていい。宮廷魔法師団から出ていけ。一人欠けるのは惜しいが、お前の変わりはまた拾って来ればいいだけの事。お前を見せしめにすれば他の二人も少しは大人しくなるだろうよ」


「そ、そんな! どうして――」


「……おや、どうして宮廷魔法師団でもない小汚い女が、誰の許可を得てこの第三王子ジェイル様の部屋にいるのだろうか。おい、さっさとつまみ出せ」


「――承知いたしました。さあ、来るんだ」


「え、あ、ちょっ……あぁ……」


 心が折れる音、とでも言うのだろうか。

 ここがシオンの記憶の世界なせいか、その深い絶望が全身に染みわたってくるような感覚だ。

 そして意識がだんだんと遠のいていき、体がふわっと浮く感覚と共に俺はシオンの記憶の世界から脱出した。


♢♢♢


「……そういう、事だったのか」


 全てを知り再び現実世界に戻った俺は、すぐ傍で涙を流したまま動かない幼馴染の髪をそっと撫でた。


「……よく、頑張ったな」


 届いているか分からない、ねぎらいの言葉。

 夢だと言っていたはずの宮廷魔法師団への所属。

 遂に目標を達成したはずの彼女はこんな地獄のような環境で、最後の最後まで頑張った。

 己の限界を悟り、親友の限界を悟り、自らが率先し勇気を出してそれを訴えた。

 全てはあのクズ王子のせいで台無しになってしまった……


「……あとは、任せろ」


 俺は全身に力を籠め、無理矢理立ち上がって彼女を抱きかかえた。

 そして王都がある方角を睨みつけ、相応の報いをこの手で受けさせることを決意した。


「俺の知識と技術、そして大切な弟子たちはお前のような奴の都合のいい道具なんかじゃねえ。そのことをよく分からせてやる」


♢♢♢


 成功だ。

 そう感じた次の瞬間、すぐさま失敗(・・)を悟った。

 

 成功とは俺が開発した転生魔法が上手く発動し、死した後に記憶を引き継いだまま別の体で再びこの世に誕生する事が出来たという事。

 そして失敗とは――


 俺が前世の記憶を完全に取り戻したのは、このクロム・グローザという名を与えられこの世で産声を上げた赤子がちょうど3歳の誕生日を迎えた日。

 それまでの記憶は曖昧で、ハッキリとしたことは思い出せない。

 

 目を覚ました瞬間、俺の目は死に場所として選んだはずの研究室とは全く違う景色を移していた。

 そして勝手が効かない幼子の体を見て、俺は転生の成功を確信したのだ。

 

 だが、前世であれほど極めた魔法を発動するためのエネルギー、即ち魔力をこの体からはほとんど感じなかった。

 魔力を生み出す機能も、魔力を溜め込める容量も極端に少ない。

 これらは肉体の成長に合わせて多少なり増える事はあるが、この体はそれを計算したとしても魔法使いとしての才能は皆無と言っていいレベルだった。


 つまり転生すること自体は成功したが、前世の能力全てを引き継ぐどころか、ほぼ全ての能力を失ってしまったという事だ。

 成功もしたが、同時に大失敗も犯してしまった。

 いや、運がなかったとでもいうべきだろうか。


「これでは、転生した意味が――」


 俺がこうして転生という手段を選んだのは、ただ単に死が怖かったからではない。

 どうしても叶えたい目的――賢者とまで呼ばれた俺にしか成しえない奇跡を起こすためだった。

 だが、それを成すには一人の男の一生などでは到底時間が足りなかった。

 だからこそこんな手を使ったのに……


「んー? クロムー? どうしたのかなー?」


 優し気な女性の声が聞こえて、俺はハッとなった。

 恐る恐る振り返ってみると、そこでは俺のうっすらとした記憶がクロム(おれ)の母であると認めた女性がこちらを不思議そうな顔で見ていた。

 迂闊だった。この場所にいるのが俺一人だと誰が言った。 

 まさか、聞かれていないだろうな――


「どうしたの? そんな顔しちゃって。お散歩にでも行く?」


 母のその言葉に俺はほっとした。

 どうやら転生という言葉は届いていなかったようだ。

 幼子故に上手く舌が回らなかったのが幸いしたか。


 とりあえず、面倒ごとを避けるためになるべく俺が転生者であるという事は面に出さないようにしておこう。

 バレたところでどうにでも対応できるだろうが、出来れば肉体がある程度成長しきるまでは両親との関係を悪くしたくない。

 しかし、どうしたものか。どうやって目的を達成しようか。

 焦る必要はないけれど、転生早々軽く絶望を感じる羽目になってしまった。


♢♢♢


「むむむむぅぅ……! なんでファイアボールでないのぉ……」


「……何をやっているんだ」


 あれから特に何か行動を起こすわけでもなく7歳を迎えた俺だが、そんな俺には年が同じ幼馴染がいた。

 鮮やかな紫色の髪が特徴的な可愛らしい女の子。

 名前をシオンと言い、両親同士の仲が良いこともあって前から頻繁に遊んでいる仲だ。


「あっ! クロムくん! これ見てみて!」


「ん……魔法の入門書か。どこから引っ張ってきたんだよこれ」


「おとーさんの本棚にあったの! ねね、クロムくんもやってみてよ!」


「ファイアボールか……まあ、これくらいなら」


 いくら魔法使いとして絶望的に相性の悪い体に生まれてしまったとは言え、多少なり魔力はあるし前世は賢者と呼ばれたほどの魔法使い。

 流石に初歩中の初歩の魔法くらいならば造作もない。

 俺はさっそく細い子供の手を突き出して壁に向かって小さな火球を放った。


「わああああ! すごい! すごいよクロムくん!」


 両手を合わせて目をキラキラさせこちらによって来るシオン。

 こんなことでそんなに褒められると何というかむず痒い。

 前世なら大軍を一瞬で火の海地獄に叩き落す魔法なんかも使えたんだが、この体じゃまず無理だろうな……


「どうやってやるの!? わたしにもおしえてっ!!」


「あー……そうだな、コツは――」


 始まりは、何となくだった。

 小さな村から出る事が出来ず、今の外の世界を知らないまま退屈な時間を過ごしていた俺は、魔法に強い興味を示したシオンにちょこちょこ魔法を教えるようになった。

 だがシオンは魔力量こそ俺より多いものの、不器用というか、余計な事をして素直に魔法を発動させる事ができないタイプだったのでなかなか上手く魔法が扱えず教えるのに苦労したものだ。


♢♢♢


 さらに時は流れ、12歳を迎えた俺達は、シオンの強い希望もあって外の世界を見るついでに王都の魔法学園へ通う事となった。

 そして俺は知ってしまった。この世界の現状を――


「……平和すぎる」


 そう、平和だったのだ。

 俺が生き抜いた常に戦争が絶えない世界。強い魔法使いだけが生き残り、弱者を支配するこの世の地獄なんかではない、平穏な人々の姿が広がっていた。

 弱い魔法使いやそもそも魔法使いですらない人々が差別され、道具として死んでいくような事もなく、皆ほぼ平等に平和に暮らしている。

 魔法も単なる争いのためのチカラから、殺し合いではない力比べやパフォーマンス、生活をより豊かにするための技術などと言った様々な在り方が生まれていた。

 

 そしてその時ようやく思い知ったのだ。

 今の世界は転生賢者のチカラを借りるまでもなく、平和な世界を実現する事が出来たのだと。

 もう、今の俺のように力なき人間が魔法使いと張り合うための技術も、魔法そのものをこの世界から消し去る奇跡も必要ない。

 

 俺の役目はとうの昔に終わったんだ。

 それを悟った俺は、昔幾度となく夢見た平和な世界が実現された頃に喜びを感じるとともに、この手でそれを実現できなかったことに対して酷く虚しさを覚えた。

 それからもう何も背負うことなく気楽に第二の人生を楽しもうと切り替えるまでには時間がかかったものだ。


 そして俺はシオンと共に魔法学園に通い、ルリとハクアを始めとしたいろいろな友人を得て楽しい学園生活を送った。

 これでいいのだと。今の時代は、魔法によって人が不幸になる世界なんかではない。

 そうあるべきなのだ。


 ……だからこそ、シオンたちを道具のように扱ったあのクズ王子を許すわけにはいかない。

 待っていろ、すぐ助けに行く。

 そのまま倒れるように眠ってしまったシオンを置いて、明日の出発に向けて準備を始めるのだった。


♢♢♢


「……っ! ぁ、くろ、む……?」


「目、覚めたか――って、無理すんなって」


 あの状態のシオンをそのまま家に帰すのも気が引けたので、両親にお願いして一旦連れて帰って寝かせていた。

 結局朝までぐっすりと眠っていたシオンは、目が覚めると同時に慌てて起き上がって周囲をきょろきょろと見渡した。

 そして俺を見つけるや否やすぐさま立ち上がって寄ってこようとしたが、体に力が入らなかったのかそのまま膝を付いてしまった。

 

「ここは……」


「俺の家だよ。お前、昨日村に帰ってきてそのまま倒れちまったから運んできたんだ」


「……私、ちゃんと帰ってこれたの?」


「ああ、正真正銘ここがお前の故郷の村だ。何なら外に出るか?」


「……そっか、帰って来ちゃったんだね。私」


 俺の言葉をスルーして肩を落とすシオン。

 今の彼女の心情は複雑なモノだろう。何から言っていいのか分からない、と言った顔だ。

 普段の明るさはすっかり鳴りを潜め、怯える猫のように掛布団を握りしめている。


「……悪いが、勝手に記憶を覗かせてもらった。この一年間でお前たちの身に何があったのか、全てな」


「――っ! そっか、じゃあもう私から言う必要は、ない?」


「ああ。でもできる事ならば、お前の言葉で聞きたい」


「……分かった。あんまり思い出したくないけれど、ちゃんと説明する」


 そう言ってシオンはゆっくりと語りだした。

 記憶の覗き込みだけでは分からなかった部分や、その時のシオンたちの気持ち。

 何度も逆らおうとして、それでもなかなか一歩を踏み出せなかった苦しさ。

 夢、理想が打ち砕かれ、心身ともにボロボロになってしまった現状。

 あらゆる感情を言葉に乗せて、シオンは俺に訴えかけた。

 

 俺はそれをただ黙って聞き、頷いた。

 そして――


「……よく分かった。ありがとう。よし、出発するぞ。準備をしてこい、シオン」


「……えっ? 出発するって、どこに?」


「王都だよ。ルリとハクアのところへ案内しろ。二人ともまだあのクズ王子の下にいるんだろ? だったら無理矢理にでも連れて帰る。あんな奴の傍に大事な友人を置いておくわけにはいかない」


「そ、それはそう、だけど……でも、相手は王子様だよ? そんなことしたら――」


「問題ない、任せろ」


 何が王子様だ。下らねえ。

 こちとら今の世界の魔法使いどもとは比べ物にならない猛者どもが蔓延(はびこ)る地獄で賢者とまで称えられた最強の魔法使い様だぞ。

 ただ生まれが良かっただけのおぼっちゃまとは()が違う。

 恐れる事など何一つない。


「で、でも! それでお仕事失ったら、これから先みんなどうやって生きて行けば――」


「それも含めて任せろ(・・・)と言っているんだ。お前は何も心配する必要はない。さあ、行くぞ」


「クロム……」


 普段は穏やかな俺の怒りを感じ取ったのか、シオンはそれ以上何も言わなかった。

 そして彼女は少し間をおいて自分の家へと帰っていき、しばらくしてから準備を整えて戻ってきた。

 どこか落ち着かないというか、申し訳なさそうなシオン。

 この一年間ですっかり精神までやられてしまったようだ。

 それはあんな環境で働かされていたら当然だろう。

 他の二人は大丈夫だろうかと改めて心配になる。


ひとまず反り曲がった青色の棒から白色の羽が生えた形の魔道具をシオンに手渡す。


「さあ、こいつに魔力を込めるんだ。行先は王都に指定してある」


「これは……?」


「一瞬で目的地まで転移する魔道具だ。それに魔力を込めて思いっきり天に掲げろ」


「そんな魔道具、一体どこで……?」


「まあ、細かいことは後で説明する。とりあえず、行くぞ」


 俺は手本を見せるようにこの転移用魔道具「翔羽(カケハネ)」を起動させ、溢れ出た光が俺を包んで体を浮かび上がらせる。

 次に視界が戻ったころには、活気あふれる王都の町はずれ――人気のない場所へと移動が完了していた。

 そして慌てて後を追いかけてきたのか、シオンが淡い光と共に姿を現した。


「本当に王都に来ちゃった……こんな魔道具、見た事も聞いたこともないよ……」


「まあ、細かいことは気にするな。さあ、案内を頼む」


「……うん、分かった」


 周囲を見渡してここが王都であることを確認したシオンは、今自分たちがいる場所を近くに置かれていた掲示板型の地図で確認してから俺を案内してくれた。


♢♢♢


「はぁ、本当いい加減限界――って、誰っ!?」


「シオン? それに――クロムくん!?」


 シオンに案内された場所は、普段三人が共同で暮らしていたと言う部屋だった。

 留守だったためしばらく待たせてもらっていたのだが、昼頃になって二人が帰ってきた。

 久しぶりに見る。シオンほどではないが、だいぶやつれているのがすぐに分かった。

 だが二人とも俺たちの姿を見るや否や、大慌てでこちらに寄って来た。


「二人ともなんで――それより無事だったのシオン!?」


「……うん。宮廷魔法師団クビにされちゃったけど、一応無事」


「そっか、良かった……ボクたちが王子にシオンの事聞いたら『さあ、どうなったんだろうなぁ……まあ、余計な気は起こさないよう忠告しておく』って言われてさ」


「フン、あのクソ王子らしいわね。まあ流石のあたしもちょっとは心配したけれど、無事でよかったわ。まあそんな事よりクロムの事よ。あんた今更なんでこんなところに来ているのよ」


 最初に口を開いたのがハクアで、その後の気が強そうなのがルリだ。

 話を聞く限りいくら王子とは言えシオンを始末する事は難しかったようだが、残った二人にはワザと不安を煽る言い方をしたようだな。

 本当あのクズ王子らしい汚いやり方だ。


「お前らを解放しに来た」


「!? それってどういう意味――」


「そのままの意味でとらえてくれればいい。シオンからすべての事情は聞いた。さあ、さっさと宮廷魔法師団をやめてこい」


「はあ!? そんなことしてタダで済むと思っているの!? あたしらだってずっとこんなところすぐにでも辞めてやるってずっと思っていたけど、相手は仮にも王族。逆らったらどんなことをしてくるか分からないからずっとこらえてきたのに……」


「まあ任せておけって。さ、行くぞ。あのクズ王子のところへな」


「ちょっ、そんな急に言われてもっ……」


 思った以上に元気そうで安心したが、ここでごちゃごちゃ言い合っても仕方がないのでさっさとあのクズ王子にケンカを売りに行くとしよう。

 シオンが「私も急すぎて戸惑っているけど、クロムを信じて見よう。どっちにしてもこのチャンスを逃したらもう逃げだせるチャンスはないかもしれないから……」とフォローを入れると、二人は渋々ながらも俺の後についてきた。


 我ながらなかなか強引ではあるが、こうでもしないとあれこれ言い訳して「助けてほしい」と言う本音を隠そうとして面倒だ。

 それに何より俺が我慢ならないので、さっさと済ませたい。


 早速シオンの案内で奴がいる例の部屋へと向かう。

 この建物はジェイル(クズ王子)の管理下にある宮廷魔法師団の施設らしいが、他にも結構な人がいるので招かれざる客である俺に懐疑的な視線を向けてくるものが多い。

 だが直接話しかけてくる奴は一人もおらず、皆どこか恐れるように俺を視界から外していた。

 後ろからついてきている二人も俺からいつもと違うモノを感じているのか一言も喋らない。


 そのまましばらくして、最上階の一番奥にある部屋の前に辿り着いた。

 

「……ここ。ここに王子が、いるよ。クロム」


「そうか。じゃあ早速」


「ね、ねえ! 今からでも遅くないから、考え直さない……? あたしたちは大丈夫だから、クロムにまで迷惑をかけるわけには――あ、ちょっ!」


 ルリの言葉は無視して俺は遠慮なくドアノブを捻り、思いっきりドアを開けた。

 そして誰の許可も得ずに中に入り、遂に()と対峙する。

 

「誰だ! 許可なくこの私の部屋に入っていいと言った覚えは――」


「よぉ、邪魔するぞ王子サマ」


「――っ!? 貴様は何者……後ろにいるのはルリ、ハクア、そしてシオンだと……? と言う事は――」


「はじめまして、とでも言っておこうか? 俺の名はクロム。弟子たち(こいつら)が大変世話になったらしいからわざわざ挨拶に来させてもらったぞ」


 俺が名を名乗ると、王子(ジェイル)は一瞬ぽかんとした表情をした後、慌てて普段通りの余裕ぶった態度へと戻った。

 隣に立っていた黒ローブはこちらを強く警戒していつでも襲い掛かれる体制を整えている。

 シオンたちはそれを恐れて隠れるように俺の後ろへ回って固まっていた。


「誰かと思えば、我が宮廷魔法師団の試験に不合格(・・・)だった落ちこぼれのクロム・グローザとやらではないか。こんなところにわざわざ何の用だ(・・・・)?」


「おお、怖い怖い。そんなに警戒しなくても、俺の目的はたった一つだ」


「何だ? 言ってみろ。その恐れ知らずの精神に免じて聞くだけならしてやってもいい」


「お前がクビにしたシオンだけでなく、今日よりここのルリとハクアも宮廷騎士団を辞めさせる。もうお前の下では働かせない」


 俺がはっきりとそう宣言すると、ジェイルは一瞬思考が停止した後に腹を抱えて笑い出した。

 机を何度もたたき、何を言っているんだコイツはと言わんばかりの大爆笑。

 王族とは思えぬその下品な笑い方はひどく醜く、不愉快だった。


「くくくくっ、いきなり現れて何を言い出すかと思えば! 面白いジョークだ、久しぶりに笑ったわ」


「これをジョークと捉えるとは随分と幸せな頭をしているようだな。まあいい、こいつらは全員連れて行くからな」


「……いい加減にしろ。貴様の下らない茶番に付き合ってやるほど私は暇ではないんだ。さっさと去るが良い! おい! さっさとつまみ出せ!」


「……まぁ、素直に首を縦に振るとは思っていなかった――だからここでひとつ提案だ」


「――っ!?」


 ジェイルの命令で強引に俺を外へ出そうと掴みかかってきた黒ローブ。

 だが俺に触れようとしたその瞬間、奴は強烈な斥力を受けて吹き飛び、勢いよく部屋の壁にたたきつけられた。


 一瞬にして場が凍り付く。

先ほどまで自分が優位に立っていると思い切っていたジェイルの表情が歪み始めた。


「なぁ、王子サマ。俺と一勝負しないか? 一対一で、先に倒れた方が負けと言うシンプルなルールでだ」


「……貴様、いきなり何を――」


「それとも何か? 俺のような魔力をほぼ持たない落ちこぼれ(・・・・・)に勝つ自信がないとでも?」


「――ッ!! く、くくくっ、そんなわけがないだろう! たった一発の不意打ちでそれ(・・)を突き飛ばせたのがそんなに嬉しいか! その思い上がり、このジェイル・リドル・ファルエンテが正してくれよう! ついてくるがいい!」


 両手で激しく机をたたき、己を奮い立たせるように高らかな宣言をした。

 そして立ち上がり、未だに状況が呑み込めていない黒ローブを引きずって部屋の外へ出ていった。


「く、クロム……」


「流石はクズ王子。この程度挑発でこれほどまで盛り上がってくれるとは」


 実にチョロい。

 無駄にプライドだけ高い奴を思うがままに誘導するなど容易いことだ。

 あと一息だ。あとはあのクズ王子相手に勝利をおさめ、心を折ってやればそれで終わる。

 そう、難しい事ではないはずだ。


♢♢♢


「……失礼ながら殿下、この勝負、受けないほうがよろしいかと……」


「――なんだと?」


 建物の裏側にある訓練場のような場所に入ってから、そんな声が聞こえてきた。

 この声、やはり一年前に俺を試験会場から追い出したあの男の声だ。

 王子に引きずられるようについてきた彼だったが――


「殿下がこの勝負を受けるメリットはありませんし、それなにか良からぬ予感が――」


「この私にあの落ちこぼれの挑発を聞き逃せと言うのか? ふざけるな! この私が奴を直々に叩きのめし、そして今度こそそこの三人を我が忠実なる(しもべ)とするのだよ! 目の前で尊敬する男がボロボロにされる様を見れば、流石に心も折れるだろう!」


「し、しかし! その、殿下はあまり魔法の方が――」


「黙れ! いいからさっさと場を整えろ!」


 せっかく黒ローブが小声で話しかけたのに、ジェイルのせいで全部丸聞こえだ。

 まあ地獄耳の俺には最初から全部聞こえていたのだが、俺の後ろからもひそひそと喋る声が聞こえ始めた。

 主にジェイルへの軽蔑と、俺に対する心配や期待などだ。

 

 忠実な僕を作りたいならもっと上手いやり方があっただろうに。

 見ての通り三人とも反抗心は全く消えておらず、このまましばらく続けていたとしても心の底からジェイルに忠誠を誓う奴なんて現れないだろうよ。

 頭が悪くやり方が雑なくせにやっている事は外道という本当救いようのない奴だ。


 そして己の実力を誇示するためかそこの建物にいた人たちほぼ全員が集められた訓練場で、俺とジェイルが対峙する。

 気持ちの悪いニヤニヤとした表情からは、落ちこぼれ(おれ)をどう調理してやろうかという妄想を広げている事が容易に伝わってくる。


「くくっ、先手を譲ってやろう。ま、せいぜいそのカスみたいな魔力で全力の魔法を放ってみるがいい!」


「へぇ、思ったより優しいじゃないか。さて、どう始めようか」


「何をモタモタしている。さっさと始めろ!」


「はいはい。ま、そう焦るなって。すぐに――」


 いつの間にか用意していた派手な装飾が成された杖を握りながら俺の行動を待っている。

 あくまで余裕をもって俺を倒す事で逆らうモノはこうなるという事を示したいのだろう。

 奴の実力がどれほどのモノかは知らないが、シオンたちだけに戦わせて自分は一切前に出ないという時点で何となく察する事が出来るな。

 

 早速俺は自然な形でポケットに手を伸ばし、あるもの(・・・・)を握りしめる。

 そして数少ない貴重な魔力を(おこ)し、流し込んでいく。

 それに反応してバチバチと、小さな音が鳴り始め――


「すぐに終わらせてやる」


「――っ!?」


 手の中で生まれた小さな雷はやがて俺の体を包み込むほどに成長し、突き出した右手が導き手となり青白く光る電撃が猛スピードでジェイルへと突き進んでいく。

 その速さは到底目で追えるようなモノではなく、気づいた時にはその腹を貫いている――はずだったのだが。


「……へぇ、魔道具(そういうもの)だったか」


 ジェイルが反応する前に彼が持っていた杖が白く光り、それによって展開された球形の光の壁が電撃をしっかりと受け止めていた。

 だが、俺の攻撃はそんなもので終わるはずもなく、すぐさま次の段階へと移行する。


「ばっ、バカな! 雷属性魔法だと!? そんな高等な魔法、何故お前なんかが――っ!?」


「次で終わりだ」


「くっ……しかしいくら雷属性魔法とはいえ私のバリアを貫く事などっ――!!」


 俺が今一度力を籠めるとさらに電撃の勢いは増し、極太となった青白い線が障壁を打ち破りジェイルの腹を通過してその先の壁へと溶けていった。

 雷魔法を直接体に叩き込まれたジェイルは、焼け焦げた服と露出した焦げた肌を晒したまま状況が呑み込めず棒立ちしており、そして遅れて痛みが襲って来たのか激しい声を上げて倒れこむ。


「なっ、あっ、そ、そんな、あああっ!?」


「さて、俺の勝ちだな。こいつらは貰っていく。じゃあな」


「え、あっ、まっ、待て――待って……」


「……どうした。偉く弱気じゃないか。さっきまでの威勢はどこへ行った」


「頼む――謝るから、待って……連れて行かないでくれ――せっかく、手に入れた、大事などう――」


 ……なるほど、こっちが()か。

 普段は弱い自分を隠すためにああいう口調をしていたが、本当はこれが普通なのか。

 だが、大事な道具(・・)と言いかけていた当たり、性格のクズさはもともとのモノなのだろう。


「さあ、行こう。シオン、ルリ、ハクア。もうここに用はない」


「ちょっ、まっ――」


「王子サマ、必死になるのは構わないが、もう少し周りを見た方が良いぞ」


「まわ、り――はっ!?」


 引き留めるのに必死ですっかり周りが見えていないようだったが、ここにはジェイル自らが集めた人たちがこの試合の観戦者としているのだ。

 彼らにそんな醜態を見せてしまって今後大丈夫なのかどうか。

 俺は知った事ではないが、ジェイルの表情はすっかり青ざめている。


 そんな奴を尻目に、俺はやや急ぎ足でこの場を後にした。


♢♢♢


「……クロムって、あんな力隠し持っていたんだ」


「ほんと、あんなに強いならもっと早く言いなさいよね! 心配して損したわ!」


「まあまあ……でもボクもびっくりしたよ。一体どうやって――って、クロム?」


「――っ、はぁ、はぁ、ギリギリ、だったな……」


 建物からそれなりに離れた人気のない場所で俺は足を止め、そのまま倒れるように座り込んだ。

 緊張の糸がほぐれ、全身から一気に力が抜けていく感覚だ。

 数少ない魔力のほぼ全てを持っていかれたわけだから、当然だ。

 そして俺は手に握りしめていた指輪型の魔道具をそっとポケットにしまった。


「どうしたのよ急に。さっきまで元気だったのに」


「ん、ああいや、久しぶりに魔法を使ったから疲れちゃってな。ほら、俺って魔力がほぼないだろ?」


 そう適当に流しつつ、俺は先ほどの事を思い返す。

 この魔道具は、前世の俺が長年かけて作り上げた努力の結晶。

 魔力をほぼ持たない人間でも、魔法使いに対抗し得る力を得るための魔道具。


 この世界に満ちている巨大な魔力を吸い上げて魔法を作り出し、自身の少ない魔力でそれをコントロールするという言葉で表せば単純な仕組みだ。

 だがこれを実現するのには長い時間がかかった。

 そして重要なのは、これは完成品ではない(・・・・)ということだ。

 

 ちょっと扱い方を間違えればすぐ暴走を引き起こすので俺以外まともに扱えない上、先ほどのように無茶をすれば一気に魔力を吸い上げられてすぐにバテる。

 無茶と言うのはあの強靭なバリアを真正面から貫いた時の事だ。

 敢えて言わなかったがあの魔道具は相当強力なモノだったらしく、普通にやっていればアレを貫けずに負けていた可能性が高かった。


 他にも様々な問題点を抱えており、とても世に送り出せるようなブツではなかったのだ。

 とは言え、こういう魔道具を必要とする側に回ってしまった俺には貴重な戦闘手段となるので仕方なく使っている。

 まあ他にも奥の手はいろいろあるのだが、今回はこれで正解だっただろう。


 この技術と前世の事についてはまだ彼女たちに話す気はないが、いつか伝えても良いとは思っている。

 そして少し体が落ち着いたのでゆっくりと立ち上がって三人と向き合った。


「さ、行こうぜ、みんな」


「行くって、どこに?」


「一応王子と敵対したことで王都(ここ)には居づらくなったし、目的地はないが適当に旅でもしないか? 学園にいた時みんなで言っていただろ? いつか自由に旅してみたいって」


「それはまあ、確かにそんな事言った事もあった気がするけど……えっと二人は、どう?」


「えっ、あたしは、まぁ……クロムがそう言うのならついて行ってあげても良いわ」


「んー……まあ確かにボクも旅とかしてみたかったし、それはそれでありかもね。どっちにしろボクたち今無職だし、行く当てもないしね」


「……それもそうね。じゃあ私もついて行くわ」


「よし決定! それじゃ早速出発だ!」


 全て勢い任せでやった事ではあるが、結果として無事幼馴染たち3人をあのクズ王子から解放する事が出来た。

 何というかあっけなかったけれど、これからは自由にのんびり旅でもしながらやりたいことを見つけて行けばいいだろう。

 今日までの一年間散々つらい思いをした彼女たちに、これからは楽しい生き方をさせてあげられるようにしたいものだ。

 そのためならば前世の賢者としての力を使う事もためらわない。

 二度目の人生の時間は、まだまだたっぷりとある。

 俺自身もまた次はもう転生なんてしなくていいと思えるくらい、後悔のない生き方ができるように――




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