過去
自動ドアをぬける。
少し前を歩く美青年に、万海は話しかけずにいられなかった。
「みち、」
「家に着いたら話そう。」
しかし、万海は待たずに。
車の扉を閉めた瞬間、口を開く。
「殺された人、私たち知ってる人だよ。
千秋が殺そうと思った理由も、私は分かるかもしれない。」
西に話さなかった。
美智男は、なにも。
そしてなにより、万海に話させないようにしてた。
「殺されて当然のやつだったろ?」
「みちは、何を知ってるの?
私と違って、千秋のそばにいたでしょ?
私の知らない、みちの理由もあるの?」
美智男は、聞こえなかったかのように、車のエンジンをつけ、自宅へと車を走らせた。
△△△△△
『殺された、山下 伝さんですが、おふたりの先生でしたよね?
なにか、昼間が山下さんに恨みを抱いてた理由などは』
『知りません』
揺れる紫煙を眺めながら、先程の会話を思い出す。
梅村という男の方が、昼間よりも、面倒な相手だと思った。
△△△△△
美智男と万海が、家に着くと、万里が可愛らしいフリルのエプロンをつけながら、ケーキや、万海の好きなご飯が作られていた。
「おっかえりー!」
「ばんちゃん、今日は豪華ね…」
万里は、誇ったように笑みを浮かべる
「俺だって、成長してるんだぜ!」
「万里、家には帰ってるの?」
「帰るわけないじゃん、恵さんビックリしてたもん、俺の頭見て」
それはそうだろう。
「"お母さん"でしょう?
最悪おふくろとでも、呼びなさいよ…」
呆れたような、万海の声など耳にもせずに、万里は嬉しそうに美智男と万海に席を進める。
「いーからすわって!
今日から、3人でお泊まり会でしょ!」
「その前に、色々聞きたいんだけど。」
それを、まみが許すはずもなく。
「事件のこと。
ちゃんと教えて?万里は、わからないけど、少なくともみちの方が知ってるでしょ?」
「……万里、ちょっと外出て貰えるか?」
「いやだね、俺だって知りたいもん。
ちーちゃん、なんであんなことしたのか。」
困ったように、美智男がため息をこぼす。
そして、万海をみて、再びため息をついた。
「俺の知ってる分だけだけどな。
俺も、なんとなくの部分だけしか話せないけど…」
そして、美智男は口を開いた。
△△△△△
それは、今年の夏休みだった。
世話になった、高校の部活の先生に会いに来てた。次の対戦相手だろう、コートを定位置の木の影から見つめるメガネの男性に、美智男は気づいた。
「おー、岡もっちゃん」
顧問の岡本先生だ。
この夏、2人で高校ソフトテニスのインハイ行きを決める試合を見に来てた。
「なんだ、お前らか。
大学生らしく髪なんぞ染めよって。
しかも、なんだその色は…」
「いやー、俺は似合うっしょ?赤」
「んー、みちは、そうでも無いけど、
俺はそんなに似合わないことないと思うけどな。この紫。」
髪の毛も派手だが、千秋と、美智男は、そこそこ背もあり、特に美智男はそこらでは、イケメンのソフトテニスの選手としても有名だったので、並ぶと迫力がある。
周りの目は、チラチラと2人に向けられていた。
「今年は、インハイ行けそうっすか?」
「個人しか厳しいんじゃないかな?
去年の2年の北陽の選手いいかんじだったし。団体は…ほぼ無理だと思うな」
「んー、そうだな、千秋のゆう通りだな…」
「岡本先生」
そんなたわいも無いそんな話に、千秋たちの後ろから聞きなれた声がした。
「おー。山下先生、女子はどうですか?」
瞬間、千秋の目付きが変わった。
「順調ですよ…って、あれ?昼間くんに、梅村くんじゃないですか!応援に来てくれたんだね?」
天気のいい、このコートに似合わない、真っ白な肌の先生が、手を振りながらこちらに近ずいてきてた。
「みっちー、行こ。」
「お?え?ちーちゃん??
ちょ、先生たちまたね!試合みてるから!」
△△△△△
「え、夏に…あったの?山下先生と。」
「そうだね、あの人なんか知らないけど女子のテニス顧問になってたわ。」
ざわり。
そんな感じがした。
万海がなぜ、山下先生を千秋が殺したかがわかってしまったような気がした。
いや、そうかもしれないと思いつつ、これだ。という確信を持ちたくなかったのかもしれないが。
「山下先生って、ねぇちゃんの1年の時の担任だよね?うちにたまに来てた…」
「!?
は?え?まーちゃん、山下先生が家に来てた!?え?!そうなの!?」
美智男の声が男と、おかまの声が混じってる。さすがに驚いてた。
話してないところは万海にもあったから。
「そうだね」
「そうだね…じゃないわよ!?
ってことは、まーちゃんは山下先生と何かあったってこと!?」
「みち…には、教えてなかったから…」
気まずそうに、万海は顔を歪めた。
本当に。なんで、こうなってしまったのか。
万海は、思い出すように高校時代の事を、ポツリ、ポツリと話し始めた。
△△△△△
──春。
高校の入学式も終わり、
ここ、聖心高校の1年2組に万海は、座ってた。
ベランダ側の席から外を見れば、青々とした桜の葉っぱがみえる。
道路には散ってしまった桜が薄ピンク色と、茶色くなりながら所々に集まっていた。
ふと1組の方のベランダを見ると、1人の生徒がいた。
ちなみに、ベランダは出ては行けないことになっていた。
注意しようか考えが、まぁ、知らぬ相手に要らぬおせっかいであろう。
見つめすぎたか、男と目が合った。
比較的、整った顔をしていたが、全体的に髪の毛が長く、その男の目元を隠してた。
──キザなやつ。
男は、万海と目が合うと、人差し指を口元に当てた。
内緒にしろということであろう。
もともと、そんな告げ口もする気は無いので、万海は、視線を外から中へと向けるだけだった。
教室では、新任の先生ということで、自己紹介が行われていた。
「山下 伝といいます、
去年新任で副担任だったのですが…、今年からクラス持つことになったので、初めてのことがたくさんでワクワクしてます。
ちなみに、サッカーの顧問になりましたので、部員になる方はよろしくお願いします。
みなさん、1年間どうぞ仲良くしてください」
ひょろっとした。でも、優しそうな先生だという印象だった。
チャイムもなり、各自自己紹介が終わる。
同じ中学から来た人もいるらしく、ちらほらと、会話が弾んでた。
万海は、中学の知り合いはいたが、特に話すこともないので、静かに授業の準備をして教科書を眺めてた。
「真面目かよ」
そう話しかけてきたのは、隣の席の男だった。
「俺のこと覚えた?」
「ごめん、覚えるの苦手なんだ」
短髪の、明るくていかにも野球少年のような彼。たしか、部活はサッカーに入るとか言ってたで、予想が外れてたから覚えてた。
「俺は、前田 靖、
宝来さんとは、同じ中学だよ。まぁ、1回も同じクラスなったことないけど」
それは、申し訳ない。
「覚えられないよなー、俺らの学校6クラスあったじゃん?
俺も、別に全員覚えてるわけじゃないんだぜ?ま、同中同士仲良くしようぜ」
「えー、俺とも仲良くしてよ」
斜め後ろ、前田の後ろから、声をかけたのは、梅村 美智男だった。
「あなたは覚えてるよ、"みっちー"?だよね」
「えー…なんで、みっちーのことは覚えてんだよ」
だって。
『東郷中学校から来ました!
梅村 美智男です、ミッキーみたいなイケメンということで、皆、みっちーって呼んでねぇ♪』
ミッキーみたいなイケメンって…何。
とおもって、思わず覚えてしまった。
思えば、クラスの中で、よく話したのはこのふたりが多かった。
昼ごはんや、移動教室も、この時期このふたりが多かった。