ヒロインは夜の華になりたい!
「私、夜の華になりたいのです!」
学院の卒業式前夜、最近何かと話題の男爵令嬢が王妃候補である公爵令嬢を手紙で呼び出し、叫ぶように言い放った。
R15は保険です。
恋愛要素が不足していますが、流行の悪役令嬢モノの心の内を現実的に考えるとこんな感じではと短く思い付きを纏めてみました。
素人故、至らない点も多々あるかと思いますが、ご容赦ください。
「私、夜の華になりたいのです!」
私こと公爵令嬢ルビアナ・ロゼ・シュトーレンを下位貴族でありながら手紙で呼び出した令嬢は私に駆け寄りながら叫ぶように言い放った。
思わず私としたことがその勢いに身の危険を感じ後ずさりしそうになってしまった。
それを何とか気力で押し留め、周囲に公爵家の護衛が控えていることをサッと視線だけで確認した。
これが最近高位貴族令息たちを侍らせていると、その中に王太子である私の婚約者も含まれていると噂の男爵令嬢か。確かアリスといったか、市井に紛れていたマーブル男爵の落とし胤らしい。元メイドの子だという。
物怖じしない珍しい気質を気に入られた愛玩用の愛人候補かと冷めた目で遠目に見つつ、正直王妃教育と学業、そして王太子の婚約者としての外交というお仕事で多忙を極め、名前と忠言としてもたらされる噂程度しか知らず、こんなに近くで相対したのは実は初めてだった。
「……失礼ですが」
新緑の瞳を潤ませフワフワとした淡いブロンドの髪を幼げに下ろしたその様子は、失礼を承知でいえば領地に残してきた|陽だまりでキャンキャン跳ね回る愛犬のようだったので、冒頭の台詞は私の聞き間違いだったことにして、上位貴族である私から改めて話しかけた。
「申し遅れました。ルビアナ様、マーブル男爵家に先日引き取られましたアリスと申します。亡マーブル男爵と血の繋がりがあったと私は未だ信じておりませんので、ただのアリスで結構です」
思っていたよりハキハキとした話し方だった。気品には欠けるが出入りの商人のようで耳馴染みは意外と良かった。
そう令嬢は男爵家に引き取られはしたが、それはマーブル男爵の手記が男爵亡き後に発見されたからとの〝噂〟。政略結婚のための手駒が少ないままに天に召されてしまったため、都合よく話が造られたか…と思いを馳せていると、
「それで折り入って相談がありまして…」
と話し始めた。
目の前の少女に意識を戻し
「……アリスさん、そうお手紙にも書いてあったわね。丁度私からも、いくつかお尋ねしたいことがあったのよ」
と話しかけると、
「私は高級娼婦になりたいのです!」
「!?」
先程より直接的な言葉で自分の思いを訴え、
「王妃になんて全く興味はありません!」
と私が尋ねる内容に心当たりがあったようで、握りこぶしを作りながら力強く言い放った。
「月の精のように美しいルビアナ様には是非とも国民憧れの王妃様になって頂きたいのです!」
「!?(ゴホン)…そう在る様に、そうなれるように日々努めているところよ。どうやら噂に過ぎなかったようだけれど貴女が王妃になりたがっているという話を聞いたものだから、その真意を今日は伺いたかったのよ」
恥ずかしながら私は銀糸に近い髪色と碧眼を併せ持つことから、月の精に例えられることは公私問わず多い。つり目がちな瞳から冷たい印象を持たれやすいのが悩みではあるが。
「王妃になんて全くなりたくありません!私は平民の生まれとだけ聞いているかもしれませんが、実際のところは娼館の娘です。それを決して恥じてはいませんが、国民の代表でもある王妃にはふさわしくないと思います(キリッ)」
「それは……本音かしら?今は護衛はともかく私と貴女しかいないのです。真意を聞かせてほしいわ」
外交で培った会話の導き方を意識しながら尋ねた。
「さ、流石です!いえ、先程の言葉も嘘では無いのですが、先程から何度か申し上げている通り私は〝高級〟娼婦になりたいのです!お姉様たちのように自分を最大限磨き上げながら、客を取り、相手に気取らせずに情報操作を行い、表舞台ではなく、影からこの国を支えたいのです!お金に色はありませんが、何に使うか一々監視される税金ではなく、自分の手で稼いだお金を思う存分自分のために使って生きたいのです!」
とキラキラがさらに増した瞳で…先程あえて聞かなかったことをより詳しく説明してくれた。
……後半部分が本音かしら。確かに一見煌びやかにみえる私たちは常に監視の中にある。1リク足りとも自由には使えない。
内心の動揺を押し隠しながら、視線で先を促すと心得たように
「私は誰とも寝ていません!正真正銘の処女です!そんな商品価値を下げるようなことを高級娼婦志望の私が自らするものですか!ルビアナ様もそう思われませんこと?」
実家の犬が拗ねた時のようにキャンキャンと…いやプンプンと怒っているのですというように言った。
私の護衛の一人がそっと視線を外している。耳まで赤くして…私も少し頰が赤くなってしまっている自覚はあるけれど、あの護衛もまだまだねと他人事ながら判断する。そもそも貴族である以前に人として公衆の面前で昼間から話すような内容ではないのだけれど。
「貴女の出身については知らなかったけれど、その…貴女の将来の展望と最近の行動とはどう関係するのですか?」
「それこそ正に私がお伝えしたかったことなのです!一見すると高位の男性たちを侍らしているようにみられたかと思いますが、全くの誤解です」
「うっかりな私がいけないのですが、偶然学内で道に迷ってしまった時に、殿下をはじめとする方々がそれぞれの婚約者様との関係を悩まれているというお話を耳にしまして…その内容があまりにヘタレ…いえ女心を理解していないものですから、ついうっかり呟いてしまったのです。見掛け倒しねと」
「……」
「それを側近候補の方に聞かれてしまいまして、殿下の前に引っ立てられていき人生儚んでいましたら、どういった訳か相談役に無理矢理任命されてしまったのです。不敬は今更だといいながら、文字通り命を盾にとられ、仕方がなく娼館のお姉様方から教えて頂いた手練手管…の方ではなく、そも〝女心〟とはなんぞやという初歩の初歩から、恋文の添削までの、〝より良い婚約者になる方法〟を私なりに日夜考えさせられ、講義させられていたのです。お陰でお友達もできず、食事や美容の時間も削られ、ストレスで胃が痛む日々だったのですが、それも昨日でやっと、やっと終わりました」
「側近の皆様は皆上手く婚約者様方の尻に敷かれて、相思相愛になり、あとは一番厄介な初恋拗らせた殿下だけと思っていたところで初めて私に関する根も葉もない噂を耳にしたのです!根本から否定するにはルビアナ様に直接お話をするしかない!と思い、お手紙を出させていただきました。その話をしてくれたエリザベート様には感謝しかありません!」
「…その証拠はあるのかしら?いえ私も噂を全て信じている訳ではないですし、殿下の御心を独り占めしたいという野望も無いのですが、それはそれ、王妃候補としては確認せねばならないのです」
「殿下の恋心の証拠ですか?それは本人に直接お尋ね頂くのが一番かと、いやヘタレなのでお手紙あたりでやんわり訊いて頂くと良いかと…」
「(ゴホン)そ、そちらではありません!既に殿下の子を身籠っている可能性が無いかという方です!」
「そちらでしたか。それでしたら公爵家で跡取りの嫁の処女確認をされる方に確認していただければ」
キョトンとした表情で言った。
「!?そんな方、いません!」
もう顔が赤らむのは今更ということで、素早く伝えると目を丸くされ、
「え!?いないのですか。それではどうやって処女かどうか分かるのですか?初夜で?いやでもそんなのいくらでも誤魔化せるとお姉様は仰っていたし…」
何やらブツブツと独り言を続けている。
「もう、いいです。私の方で確認を取ります。いえ直接的な方ではなく、私のやり方で確認すると言っているのです。変な目で見ないで下さい」
「(ゴホン)ところでご自身の希望や主張はさて置き、今はマーブル男爵家の一員であり、その身も身辺のものも全てマーブル男爵家が出資しているのでしょう。その中から再び平民に戻るというのは難しいのでは無いかしら。それこそお節介かもしれないけれど」
え!?と驚いた目で見られたようだったので、慌てて訂正しながら話を変えると神妙な顔になり
「私はこれから謎の失踪をとげ、アリス・マーブル男爵令嬢はこの時をもっていなくなります。卒業を控え、学ぶべきことは学びましたし、奨学金を使わせて頂いたので殆どマーブル家からのお金は使っておりません。学内で使うようにと持たされたお小遣いにも手をつけず、寮からマーブル家に郵送しました」
「そして最期の心残りとして誤解を解くと同時にアリバイ作りに協力して頂こうと本日ルビアナ様にお会いしております。男爵家の監視の目を逃れるため、こうするより他なかったというのもありますが、未来の王妃となるルビアナ様に事の真相をどうしてもお伝えしたかったのです」
そう話すと後ろにスッと下がり始め、綺麗な一礼を決めると、その後ろの大きな窓の手摺に飛び乗った。ドレスの重みを感じさせない軽やかさだった。
「ご心配なく。殿下にも言付けを残しましたし、まだ夕方、人通りもある時間帯です。学んだ幻影を飛ばし、あえて目撃者を多数作りながら、去りますので、ルビアナ様へのご迷惑は最小限に留めます。騎士の方々には動けなくなってもらっていますが、それも1刻もしない内に戻ります」
「それでは御機嫌よう。願わくば貴女とお友達になりたかったです」
「あ、貴女行く宛はあるの?」
思わず手を伸ばし、話し掛けたが、少女はふわっと微笑み、いつの間にか近づいてきていた翼竜に跨り、宣言通り大きく旋回しながら学院の防御壁を物ともせずに行ってしまった。
いつか、また会えるかしら?夜の華…は無理でしょう、陽だまりが似合うあの子には。文官か武官の方が向いていると思うわ。ねえ、アリス、私もお友達になりたかったわ。
ただ感傷に浸っているなんて私らしくない。只のアリスとなった少女を探す手掛かりとなるであろう殿下を明朝にでもお訪ねしなくては。そして〝私だけ除け者にしてお友達を作っているなんてズルいわ〟とちょっと拗ねたように言ってみようかしら。殿下はどんな表情をなさるかしら。アリスの言葉をそのまま信じた訳では無いけれど…ちょっと楽しみになってきたわ。
1リク=通貨の最小単位
拙作を最後までお読みいただき、ありがとうございました!