表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

そこにいる役目 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんも、一度は考えたことがあるんじゃないかな。どうして自分は、こうして生きているのだろう、と。生物学的に両親の手によって誕生したわけだけど、そこから先の意味は自分で見つけたり、作り出したりしなきゃなんない。

 成果を出せることがあって、それに打ち込めるのであれば、それが意味だ。力の限り邁進していけばいい。だが思うように、「自分の証」を残せない時、自分はどのような奴なのか見失いそうになる時がある。誰にも負けないと感じていたもので、挫折や敗北を感じたのなら、なおさらだ。


 ――え? 勝つまでやらないから、結果に結びつかない?


 はは、熱い意見をどうも。確かに、それくらいのモチベーションの高さは、生きていくうえで必要だろうさ。でも、生きていられる時間は有限なんだよ?

 死ぬまでに栄光を手にすることができるか? 栄光を手に入れて、その後どのような生を享受していくのか? そのような時間はどれだけ残されているのか? 結果でしか教えてくれないことばっかりだ。

 だけど昔は、自分以外の誰かから役目を押し付けられることが多かった時代。家業を継ぐこと、生まれついた責務を果たすこと。自由はなくても、最終的にはそこへ落ち着くことのできる安全牌だ。そんな与えられる役目についての昔話、聞いてみないかい?


 むかしむかし、とある村の一角に何人たりとも近づくことを禁じられる、ひとつの小屋が設置されていた。大人たちが話すに、あそこは神様が扱うところだから、人間がみだりに入ってはいけないとのこと。一説によれば、神様がゴミを捨てる専用の場所なのだとか。

 神様が捨てるゴミとは何だろう? 子供たちの多くが関心を持ち、その中身を拝もうとしたんだ。しかし大人たちの警戒は厳しく、なかなか中をのぞくことができない。時に、中をのぞいたと話す子供もいたが、各々に訊いてみると、どうも話が一致しなかった。

 ある子供は、まさに神様が利用するような、真新しい装飾が施された豪華な内装。片や、富裕とは程遠い、あちらこちらにくずが落ちているような、老朽化の進むみすぼらしい内装だと。

 食い違う話に、聞いた者のほとんどは「あ、こいつら実際には見てないな」と、いぶかしむ様子だったらしいんだ。小屋の秘密の一端がのぞくのは、更にしばらくしてからのこと。


 とある朝方。村全体を飛び跳ねさせるかと思うほどの、大きな縦揺れがあった。ほんの数拍という短いものだったが、その場にいた全員が認知できたんだ。やや遅れて、件の小屋の内部から「とんとん」と戸を叩く音がする。

 最初は聞き間違いかと思った。これまで誰も入るところを見たことがない小屋。そこから叩く者は何なのか。同時に、これまで小屋の内情を自慢げに話していた子たちの顔も青くなる。これまで彼らは一様に「小屋の中には誰もいない」と語っていたからだ。虚言のメッキは完全にはがれた。

 大人たちが戸を開けると、すぐ裏側にもたれかかっていたと思しき人が、すぐ前方に転がり込んでくる。その肌は真っ黒で、灰を思わせる煙の臭いがふんだんに混じっていた。

 抱えられたその真っ黒な人は、20そこそこの長身男性。運ばれる途中、その体がかすかにゆすられるたび、肌から漆黒の断片がぽろぽろとこぼれ落ちていく。それでもなお、下から出てくるのは黒いものとなると、よほど深部に至るまで染まっていると思われた。

 発見された時からか細い呼吸が続いていたものの、屋根の下に運ばれて二刻(約4時間)あまりで息を引き取ってしまった。顔面さえもすっかり黒ずみ、目鼻の位置すらも判然としないゆえ、これが誰のものか分からない。

 村の墓の片隅に葬られた彼だったが、村人たちの不安は大いにあおられた。もしも彼が神のゴミとして捨てられたのであれば、何が自分たちの身に起こるのか。

 

 その答えは数日の後に判明することになる。

 その日は時季外れの強烈な日差しが、地を襲い続ける日。近くの町へ買い物に出かけた青年が流れる汗を拭っていたところ、急に足元から地面の感触が消えた。浮き上がった体は、そのまま背中から引っ張られて飛んでいき、背中から固いものに叩きつけられる。頭上から舞い落ちてくる木の葉に、自分が木の幹へ衝突したのを彼は悟った。

 だが、そこへ寄りかかるような暇は与えられない。彼の身体はそのまま、木の幹の深くへ沈んでいく。無理やりえぐっていくような物理的な手ごたえはなく、水の膜を相手にした時と同じ、抵抗があるのは最初だけ。ぶくりと音を立てて、彼の身体は幹の中へ沈んでいき、外の光がどんどん遠ざかっていったんだ。

 

 だが、幹の中は暗くない。むしろ彼の目の前に広がるのは赤みがかった煙。瞬く間に体中を覆われ、背中から「じゅうう」と肉を焼く時によく似た音が広がる。

 痛みは感じなかった。それよりも息苦しさと肌のちりつきがじわじわと、その版図を広げていく。無意識に開いてしまった口からも熱気が注ぎ込まれてきて、慌てて閉じたものの、ぐるぐると口内から喉にかけて、熱が這いまわる。あの焼き弾ける音がより近く、頭の中へ響き続けてきた。


 ――きっと、あの小屋から出てきた奴は、これと同じ目に……。


 察してもがこうとする彼だったが、前へ伸ばそうとする手足は、すぐに強い力で抑え込まれてしまう。後ろから回り込んできた強い風が、壁となって目前を遮っている。


「あなうれし。火照り止まぬこの身には、人の冷えこそふさわしい。なにとぞも少し、冷やしてたもれ」


 女の声と共に、風が強まる。彼の沈み具合を後押しし、一気に背後へ運ばれるや、もはや体中から音を立てない部分は、一分もなくなっていた。ちりつきは更に激しさを増し、喉の奥はすでに擦り切れそうになっている。開いた目の奥すら、熱気がすり抜けていく気配がして、彼はぎゅっとまなこを閉じた。

 何としてもこのことを皆へ伝えなくてはならない。彼は焦熱の時間をじっと耐え続けた。



 どれくらいの時間が経っただろうか。風も熱気も一時いちどきに止み、赤い熱気も見えなくなって、暗闇が辺りを覆った。

 手当たり次第に手を伸ばすと、壁の感触。叩いてみると、それが木だと分かったんだ。もし自分の予想が正しいのであれば……。

 彼が何度も叩くと、やがて目の前の戸が失せて、陽の光と共に、こちらをのぞきこんでくる数人の人影が。青年の目にはそれが、自分の家の近くに住む、同じ村民たちであることを認識できたんだ。


 彼が倒れていたのは、やはりあの神様の小屋だった。鏡で確かめさせてもらった全身は、案の定、真っ黒な状態だった。口を開くと、入り込む空気が焼けただれた喉奥を冷やし、痛めてくるが、彼はそれを酷使する。できる限り多くの人を集め、自分の体験を語ったんだ。


「あれが何者か知らない。だが熱の高いきゃつらにとって、我ら人間の身体は、押し当てられる氷のように、心地よいものなのだろう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 到底受け入れられるものではなくても、せめてどうしてそうなったのか理由を知りたいと思いますが、もし自分達にとっては「そんなことで?」みたいな理由だったらやりきれないですね。 解釈の余地を残して…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ