時をかける貴之くんと別に時をかけないゆうひちゃん
「ゆうひちゃん」
「どうしたの、貴之くん」
「驚かないで聞いて欲しいんだけど」
「うん」
放課後、囲碁将棋部の部室の片隅で、貴之くんとオセロの盤を挟んで向かい合う。
貴之くんは最初の石を置きながら、いつものくだらないお喋りよりも、ちょっとばかりシリアスなテンションで切り出した。
なんだろう。普段はただの友達だけど、そんな真面目な雰囲気を出されるとちょっとドキドキしてしまう。もしかして、貴之くんも私のこと……とか、思っちゃいそうだ。
「俺、タイムリープしてここにいるんだ」
「うん?」
「それというのも、実は俺はゆうひちゃんのことが好きで、今日ゆうひちゃんに告白するんだけど」
「うん!?」
思わず手をかけていた石を取り落とした。
「え? 待って、なんて?」
「いやそれは今は良くて、本題は」
「良くないよ!? ぜんぜん良くない!」
机をばんばんと叩いて抗議する私に、貴之くんはやれやれという表情で、早く次の石を置くよう視線で促してくる。
「ほら、そこで引っかかってると話進まないから。聞いて、俺の話」
「この流れで私が窘められるの!? 嘘でしょ!?」
「それで、告白して、俺フラれるんだよ」
「話、聞かないからじゃないかな!?」
「それでその後」
「続くの!? 心強くない!?」
本当に告白のくだりをザックリ流してズンズン話を進めていく貴之くん。
え、待って、本当に。会話のラリー5巡前ぐらいから全然入ってこない。私を置き去りにして、なおも貴之くんは話を続ける。
「フラれたショックで俺ものすごく落ち込んでさ」
「ここまでの貴之くんの鋼のハートっぷりを見ちゃうと俄かには信じがたいよ……」
「ショックを引きずったままグッスリ寝たんだよ」
「眠れないほどのショックではなかったんだね」
「そうしたら夢に、天使? が出てきて」
「貴之くんですら疑問系なんだったらこっちはもっと『?』だよ!」
こちらはまだ告白のくだりを処理しきれていないのに、次は本人すら疑問系の謎の存在が登場してしまった。
夢の話? これもしかして夢オチの話なの?
「天使? に『今日、もう一回やり直せるけど、どうする?』的な感じで聞かれて」
「だからどうして、貴之くんが、フワッとした感じなの」
「『やり直すやり直すぅ』っつったら」
「二つ返事なの?」
「したら『一回やり直したら向こう10年はやり直せないけど良い? 』って言われて」
「それはよく考えた方が良いね」
「『やり直すやり直すぅ』っつって」
「二つ返事でいいの!?」
「そんで寝て起きたら、また今日が始まってて」
「……なるほどね? それで今に至ると?」
神妙なトーンで言ってみると、貴之くんも神妙そうに頷いた。
正直全然なるほどとは思っていないけど、ていうか意味がわからないけど、私の口から出てきた相槌は「なるほど?」だった。
なるほどと言った以上、理解している感を出しておこうと思って、自分なりに整理した見解を伝えてみる。
「つまり、今の話は全部夢の話ってことだね? 私に告白してフラれて、天使に会ってタイムリープする夢の話」
「いや、夢の話じゃなくて。いや夢は見たけど」
「じゃあ何の話なの?」
「だから、タイムリープの話。今俺が、マジでタイムリープしてここにいるって話」
ちゃんと話聞いてたか? とでも言いたげな表情で私を見ながら、貴之くんは石を裏返す。ちゃんと聞いた結果として何一つ分からないんですけど?
こちらが分からないながら一応の歩み寄りを見せたのに、その態度はいかがなものか。貴之くん、そういうところだと思うよ。ほんと。
冗談だと言って笑ってくれたら良かったのだが、貴之くんは変わらず神妙そうな顔で私を見つめている。ため息をついて、私も分かりやすく「やれやれ」感を演出してから、正直なところを伝える。
「いやもう、すごくたくさん言いたいことあるけど。ていうか全然、わかんないけど。ありえないでしょ、そんな話」
「だよなぁ」
「お分かりいただけただろうか」
「俺もまさか、78回繰り返すまでフラれ続けるなんて思わなかった。ありえないよな」
「なっなな、78回!?」
「そう、これ78回目」
「ば、馬鹿なの貴之くん!? 信じらんない‼」
「俺も信じられないよ」
「そういうことじゃないよ!」
まったくもってそういうことじゃなかった。
タイムリープを1回した話だと思って(それすら信じられないと思って)聞いていたらタイムリープを78回した話だったとき、どう反応したらいいの?
そもそも、貴之くん自身が話した内容(設定?)と矛盾が生じている。
「向こう10年やり直せないんじゃなかったの!?」
「いや、まず最初にやり直した日、普通に最初と全く同じ感じで告白して普通に同じ感じでフラれて」
「やり直した意味なくない!?」
「YESかNOかの2択なら、確率50パーセントだろ? 最初NOだったから、次はYESになるんじゃないかと思って」
「この場合には確率論は通用しないよ!」
「そしたら天使? がまた夢に出てきて」
「何回も見たのに確信がないの?」
「『馬鹿なの?』って」
「完全に同意だよ」
「『あまりにかわいそうだから、もう一回やっていいよ』って」
「その『かわいそう』は"頭が"ってこと?」
「でも俺は確率論だと思ってるわけ。だからまた同じことを繰り返したの」
「貴之くんは何度チャンスを棒に振るの?」
「そしたら最後には『もういい、気がすむまで今日をやり直しなよ。終わったら呼んでね』って」
「呆れられてる!」
しかし呆れながらもチャンスをくれる天使、貴之くんに甘すぎやしないか。その優しさは彼のためにならないと思う。
「そのあと何回か繰り返して、もしかして確率でルート分岐するパターンじゃないって気づいて」
「ルート分岐って言わないで」
「乱数調整がいるんじゃないかと」
「これがゲーム脳ってやつなの?」
現代社会の闇がこんなところにも迫っていようとは。貴之くん、ゲームのやりすぎではないか。毎日のようにオセロばかりやってるからじゃないか。
「朝食のときの飲み物を牛乳から野菜ジュースに変えたり、家から出るときの足を右から左に変えてみたりして調整したけど、やっぱり結果は変わらなくてさ」
「そりゃそうだ以外の言葉が見つからないよ」
「そこで気づいたんだ」
ぱちん。
貴之くんが、石をひっくり返す。
「これ、もしかして、俺に原因があるじゃないかって」
「どうして一番最初にそれに思い至らなかったの? 」
「寝癖じゃね? って」
「違うと思うよ」
「いや、今の俺はちゃんと朝寝癖を直した世界線の俺なんだ。当初の俺の寝癖を見たらきっと、ゆうひちゃんぶっ飛ぶぜ」
「それは告白以前に直して学校に来て」
「前歯におにぎりの海苔つけた世界線の俺だっていたんだぜ」
「どうして自慢げなの?」
「けど寝癖を直しても、海苔を取っても、ゆうひちゃんの答えは最初と同じだった」
貴之くんが目を伏せる。
なんとなく見ていられなくなって、わたしは盤面に目を落とした。白を表にした石を、適当なところに置く。
ぱちぱちと石をひっくり返しながら、貴之くんの様子を伺った。
「俺、これでも自信あったんだ。こうして毎日顔つき合わせて、ぐだぐだくだらない話しながらオセロやって……それが楽しくてさ。ゆうひちゃんも俺のこと、まぁ、嫌いではないんじゃないかなって思ってたんだよ」
「いや、まぁ、えーと」
その通りである。
実は、貴之くんのこと、結構いいなと思っている。いや、思っていた。
ちょっと変だけど、基本は優しいし、話していて面白いし、気が合う、ような気がする。そもそも出会いからして、帰宅部の生徒が強制的に参加させられる放課後勉強会が嫌で、同じようなタイミングで楽そうな囲碁将棋部に逃げ込んだのがきっかけだ。その時点で、どこかしら似た者同士なのだ。
だらだらおしゃべりするのも楽しいし、まぁいい奴だし。ちょっと変だけど。今日の一件で「ちょっと」が「だいぶ」に変わった気もするけど。
少なくともタイムリープの話以前では、貴之くんの予想は概ね正しかったはずだ。
「でもダメだった。俺のポテンシャルを最大限に高めてもダメで。だからもう、ここは正攻法じゃなく、奇を衒っていこうと思って」
肩を落とす貴之くん。寝癖を直した程度でポテンシャルを高めたつもりなら、日々もう少しましな身づくろいをしている女の子としてはちょっとマジかよという気持ちではあるが、まぁ、ここまでと比べれば意味のわかる話の流れである。
「数十回目の挑戦で、俺はこうしてここで、ゆうひちゃんとオセロをするってとき、言ったんだ。『俺が勝ったら、俺と付き合ってくれないかな』」
ひゃあっと、思わず声が出た。
急にドラマチックじゃないか。もはや他人事みたいだ。
「それ! そういうのだよ、貴之くん! なんかこう、青春っぽくてすごくいいよ!」
「そうかな」
「そうだよ! なんでもっと早くそういうの出さないの! 寝癖を直している場合じゃないよ!」
「まぁ問題は」
貴之くんは、盤上に石を置く。
「そのあと30回はやり直したけど、俺が一回もゆうひちゃんに勝てないってことなんだけど」
「嘘でしょ!?」
今度はドヒャーとひっくり返った。
30回やって全敗とは。確かに貴之くん、相当弱いなとは思っていたけど! そういえば、2人でやって負けたこと、あんまりない気がするけど!
「だ、だってやり直すんだよね? 私が次にどう打つか、わかるよね? 勝てないの? 私、部長や副部長みたいにオセロ強くないし、貴之くんよりはまぁ、強いけど」
「わかってないな、ゆうひちゃん」
貴之くんは深刻そうな顔でかぶりを振る。
「俺がゆうひちゃんに対抗しようとして違う手を打つと、ゆうひちゃんも違う手を打つ。そうしたらもう、そこから先は未知の世界なんだ」
「はぁ」
「オセロの盤面は8×8で64。64通りだ。1手に対して、常に64通りの選択がある」
「私、数学苦手だけど、その計算が間違ってるってことだけはわかるよ」
「ゆうひちゃんにはわからないだろうが、こう打ったらこうだったから、次はこれを試して……なんて、そんなの1つ1つ試していたら、ノイローゼになるぞ。30周もすれば分かる」
「私は30周もする前に、勝てるかな」
「あ。見ろ、ゆうひちゃん」
貴之くんが、盤面を指差した。
「真っ白」
貴之くんの表現通り、見事に、64マスすべてが真っ白だった。
「盤面が四角いオセロでこんなに負ける人、あんまり見ないよ……」
呆れ返る弱さだった。囲碁将棋その他アナログゲームにめっぽう強い部長と副部長はさておき、私と貴之くんの実力は大差ないと思っていたのだけど……
「そこからはもう、あの手この手でサプライズを仕掛けまくった」
「貴之くん、サプライズ苦手そうだけど大丈夫?」
「最初は親指を消して見せたり、みかんを空中に浮かせてみたり」
「最初からサプライズの方向性に不安がありすぎるよ」
「ハンカチをステッキに変えたり、鳩を出したり、ウサギを出したり、縄抜けしたり」
「その手品の練習するよりオセロの練習した方が早いんじゃない……?」
「最後はクラスメイト全員巻き混んでフラッシュモブで公開告白したけど」
「ヒィッ」
心臓が止まるかと思った。
クラスメイト全員? フラッシュモブ? 公開告白?
無理だ。無理すぎる。貴之くんの私への理解がなさすぎる。本当に私のこと好きなの? 嫌いなのではなく?
完全に偏見だけど、そういうのが嬉しい陽キャのみなさんはこんなところでちまちまオセロに興じたりしない。
「そんなことされたら、逃げる、絶対無理、死んじゃう」
「たしかにゆうひちゃんは顔真っ赤にして泣きながら逃げていったな」
「謝って! 私に! その極悪非道の行いを詫びて!」
「まぁでもあれは別の世界線のゆうひちゃんだからさ」
「いいから全部の世界線の私に謝って‼」
「えーと、ごめんね」
まったく誠意の感じられない謝罪だった。
ごほんと咳払いをして、貴之くんは話を戻す。
「とにかく思いつく限りのサプライズを試してもダメだったんだよ。正攻法もダメ、サプライズもダメ。もう俺には告白の引き出しがない」
「最後のは、思いつかないでくれたらよかったのに」
ほんとうに、とんでもないパンドラの箱を開けてくれたものだ。
貴之くん、そういうとこじゃない? 自覚がないうちに何か都度都度やらかして、78回フラれているんじゃない?
私の恨みがましい視線を受けて、貴之くんはちょっとだけ苦笑いして、続ける。
「ごめんて。だから、今回はゆうひちゃんに聞きに来たんだ」
「何を?」
「どうやって告白したら、OKしてくれるのかを」
「え」
「これがこの話の本題なわけ。もう本人に聞くのが一番早いなって思ったんだよ。そんで、もう一回やり直して、聞いた方法で告白しようかなって。いや、何をしてもどう告っても可能性ゼロだって言われたらアレだけど」
「え、えー」
それは、なんというか、正攻法とか奇を衒うとかを飛び越して、裏技というか抜け道というか。先に答えを見ちゃうようなもので、ズルいというか。そういうの、いいんだろうか。そりゃ、私はやり直したらもう、この貴之くんからすると関係ない存在になるのかもしれないけど。
あれ? なる? わからなくなってきた。
そもそも私だって、私が貴之くんの告白を断る理由なんて分からない。
だって、私は貴之くんのこと、実際結構いいなって思ってて。いやこの今日の一件で若干の変動はあるけど。変動があった今だって、好きです付き合ってくださいとストレートに言われたら、頷いてしまいそうなのに。
「あの、ちなみに、私はなんて言って、貴之くんの告白を断ったの? 」
「あー。俺もショックすぎて、若干曖昧だけど」
貴之くんは少し思い出すような素振りをして、口元に手を当て、やや声音を高くして言った。若干イラッとくるが、どうやら私のモノマネのつもりらしい。
「『あ、えっと……ごめんね。……あの、私、告白とかされるの初めてで……なんて言っていいかわからなくて……その……』って」
「はい?」
「もう俺はショックで。そのあとゆうひちゃんがなんて言ってたか、全然頭に入ってこなくて。そのままフラフラ下校して、風呂入って、寝て、今に至るって感じ」
「??????」
待って待って。
何を言っているの、この人。
「え、それで、フラれたって?」
「だって『ごめん』って」
「そういうことじゃないよ‼‼」
今日一の大声で思いっきり叫んだ。
オセロの盤にまだ石が載っていたら、ひっくり返していたかもしれない。
「ば、馬鹿なの、貴之くん! ほんとうに! とても、馬鹿なの!?」
「え、なんだよゆうひちゃん、突然」
「そのごめんはそういうごめんじゃないよ! そのままちゃんと話聞いてたら、OKだったやつだよ!」
「そうなのか!?」
「そうだよ‼ 私が言うんだから間違いないよ‼」
ばんばん机を叩く私の必死な様子に、貴之くんは半信半疑といった表情だったが、やがて頷いた。
「わかった、ゆうひちゃんの言うことだもんな。もう一回やり直して、ちゃんとゆうひちゃんの返事、最後までしっかり聞いてみるよ」
ありがとう、ゆうひちゃん。
そう言って、貴之くんは笑った。
その表情に、何となく、胸がキュッとなる。思わず、ぽつりと言葉が零れた。
「……やり直さなくても、いいのに」
「え? 」
こういうときだけ、貴之くんがやけに耳聡く聞き返す。
半ばヤケになって、私も繰り返した。
「だから、やり直さなくっても、いいんじゃないかなって!」
「え、えーと? つまり、どういう意味?」
「貴之くんほどチャンスを棒に振る人、見たことないよ……」
「なんだよ、チャンスって」
「だから、」
どんどん恥ずかしくなってきたが、今更引くに引けない。
そっぽを向いたまま、貴之くんの顔を横目に見つつ、私は言う。
「今、貴之くんが私に、告白してくれたらいいんじゃないかなって!」
「え」
「そしたら、ちゃんとOKだよって、返事するのになーって!」
「……いいのか? 俺、変な……なんていうか、かっこ悪いぶっちゃけ話、たくさんしたけど」
「貴之くんが変なのは、今に始まった話じゃないし。今の私ならなんと、タイムリープの話を隠さなくていいって特典付きだよ」
ばつが悪そうな貴之くんに、わざと茶化して笑って見せる。
貴之くんはちょっと笑って、そして最初みたいに真面目な表情になって、私をまっすぐ見つめて言う。
「ゆうひちゃん」
「うん」
「……好きです、俺と、付き合ってください」
「……はいっ」
◆ ◆ ◆
「ゆうひちゃん」
「どうしたの、貴之くん」
「驚かないで聞いて欲しいんだけど」
「うん」
付き合って10回目の記念日、貴之くんときれいにセッティングされたテーブルを挟んで向かい合う。
いつもよりちょっとばかりお洒落なレストランで、貴之くんはシャンパンの泡を見つめながら、切り出した。
「実は今日、俺ゆうひちゃんにプロポーズするんだけど」
「うん……うん!?」
飲みかけていたシャンパンを噴き出した。
「え? 待って、なんて?」
「いやそれは今は良くて、本題は」
「良くないよ!? ぜんぜん良くない!」
「ほら、そこで引っかかってると話進まないから。聞いて、俺の話」
「この流れで私が窘められるの!? 嘘でしょ!?」
なんだろう。この展開、覚えがある。
すごく覚えがある。この先、貴之くんがなんて言うか、わかる。
「それで、俺はプロポーズして」
「断られたの?」
「うん。それで」
「夢に天使が?」
「そう。で」
「タイムリープして?」
「そうそう、で、今に至る」
「何回め?」
「101回め」
「101回」
「キリがいいだろ」
「フラッシュモブは?」
「した。すごい怒られた。ゆうひちゃん泣いてた」
貴之くんの言葉を先回りして、質問していく。貴之くんは私に「驚かないで」と言ったくせに、だんだん目を見開いて驚いた顔になっていく。
「すごいな、ゆうひちゃん」
「また、10年に1回のチャンスをこんなことに使ったんだね」
思わず苦笑いが漏れる。10年経っても、貴之くんは貴之くんだなあ。こういうところ、嫌いじゃないけれど。
「こんなことって言うなよ、プロポーズは一生に一度のことだろ」
「101回めなのに?」
「ん? あれ? そういえばそうか?」
「貴之くん」
いつかの私みたいに、「わからなくなってきた」という表情の貴之くん。首をひねってぶつぶつ言っている彼に、懐かしい昔話を思い出しながら、呼びかける。
「10年前のこと、覚えてる?」
「ん? 10年前?」
「そう、貴之くんが私に、告白してくれた時のこと」
「そりゃ、覚えてるに決まってるだろ。あの1日を78回も繰り返したんだから」
「じゃあ、私がOKしたときのことは?」
「もちろん覚えてるよ」
「覚えてるのにそれなんだ……」
貴之くん、変わらないな。本当に。
「え、えーと? つまり、どういう意味だ?」
「ほんとに、貴之くんほど、チャンスを棒に振る人、見たことないよ」
「なんだよ、チャンスって」
「だから、」
「あ。待って」
あの時みたいに正解を伝えようとする私の口を、貴之くんの手のひらが塞いだ。
「ごめん、ゆうひちゃん。もしかして、俺、また何か勘違いしたのかも。……あの時みたいに」
貴之くんの言葉に、私は目を丸くする。
変わってないと、思っていたのに。
「俺、馬鹿だけど。10年ゆうひちゃんと一緒にいて、やっと、ゆうひちゃんが言いたいこと、ちょっとはわかるようになったと思う」
「……そうかも」
「これからも、もっとわかるようになりたい」
10年一緒に過ごしてきて、変わってないところもたくさんあるけど、貴之くんは、きっと成長したんだと思う。いつもいつも、私のことを分かろうとして、私のこと喜ばせようとして、一生懸命だった。78回も、あの日を繰り返しちゃうくらいに。101回も、今日を繰り返しちゃうくらいに。やっぱりちょっと、ズレてはいるけど。
部室でオセロをしていた2人は、いつのまにかちょっとお洒落なレストランで、シャンパンで乾杯していて。
私も、一緒に成長出来たのかな。それなら、嬉しいけど。
貴之くんは、あの時よりもちょっと真面目に、そしてしっかりと私を見つめて、言った。
「ゆうひちゃん」
「うん」
「大好きです。……俺と、結婚してください」
「……はいっ」
ほっとした表情の貴之くんの右手に、そっと自分の左手を重ねる。私も、ちゃんと伝えなくちゃ。いつか、また10年後が来たとき、貴之くんが「やり直さなくて大丈夫」って思ってくれるように。
「私も、大好きだよ!」