バカ・ホライズン
……まあ、今までこういうことがなかったわけじゃない。俺とレオンとレイの三人で集まる時も、アマナは黙って着いて来ることが多かった。いや、必ず着いて来た。本人曰く、俺のことはすべて知っていたいのだそう。
何もしてこないまま、監視や尾行で終わるのならいいが、たまに偶然を装って乱入してくるのはやめてほしい。
害らしい害はないので、拒否することもなく尾行を黙認している。
まずは最寄りの駅から快速電車に三〇分ほど乗って数駅先の駅で降り、そこからバスに乗り換えてまた三〇分揺られて、シガル砦の最寄り駅に到着する。ローンは一般道よりも路線が異様に整備されているので、車で行くよりも早く着く。
いくら観光地とは言っても戦争の最前線で辺境だ。人はあまり住んでいないし、店も少ない。特に、侵攻があると予告されている日に店を開く命知らずはいない。
「やっぱり人が少ないところは空気がおいしー!」
「私の故郷はもっと空気が澄んでますよ。近くに清流もありました」
「田舎だね!」
「田舎って言うよりは秘境な気がしますけどね」
ここ一時間で二人は合う波長を見つけたのか、随分と仲良くなっている。名無の言う穏健派とはどうやら自称ではないようだ。
砦の向こう側からは、先日と同じように魔物と思しき奇声と、ローン兵の怒号が聞こえてくる。
レイの顔を使って最前線に出る。相変わらず魔物は蹂躙されているようだったが、いつになくこちら側の負傷者が多く思えた。
度重なる侵攻でついに疲れの目が出たのかと思ったが、いまだ前線で武器を振るっている連中からは疲れが見えない。国のためか給料のためか、全身全霊で戦っている。
「死ねっ!死ねっ! 死ねええぇっ!!」
「魔物は収穫だあああぁぁぁっ!!」
一部疲れが振り切れておかしくなっている者もいる。斧やら槍やらを豪快に振り回して周囲にいる魔物を薙ぎ払いながら前線を押し進めていく。今日はやけに負傷者が多い。もしかすると死者が出たのかもしれない。
俺もレオンも呆れ果てて思い切りため息を吐く。用も目的もなくここまで来て戦場に乱入しない俺たちではない。
「名無は魔物を殺すことに抵抗があるならさがっててもいいぞ」
「ご心配なく。魔族にとって魔物は虫同然ですから」
まあ、ペット感覚なら戦場に連れて来たりしねえわな。
気合を入れるため、集中するため、俺とレオンは深呼吸する。名無はぐっと拳を作って角に風を纏わせた。レイはと言うと、
「いっくよー! 【フレアドライブ・インディグネイション】ッッ!!」
気がついたころには最前線に割り込んでおり、いきなり大技をぶっ放した。
直径五メートルはあろうか。恐らく、現在存在する魔道の中で最も純粋な火力が高い、赤の光帯が戦場を二分する。今回は熱量の圧縮は行っていないのだろう、憤怒の火は傍にいただけの魔物すら蒸発させた。
おおよその効果範囲は縦数キロ、横約二〇メートルにも及ぶ。常人の数一〇倍、魔力の量だけならアマナをも凌ぐレイの魔力を、三分の一持っていくに相応しい威力だ。
地平線砲の名に恥じない威力を見せたレイは、一切の疲れを見せないまま掌から細かなビームを放ち、魔物を薙ぎ払っている。
「……私、あの人に殺されかけたんですよね……」
「俺だって敵に回したくねえよ」
「昔ロボットアニメでああいうのを観たな……」
能力自体は比較的一般人な俺たちが揃ってドン引きする。
巨大な蛇が這ったような跡では、いまだに地面がボコボコと音を立てている。
「気を取り直して、俺たちも戦うか」
「そうだな。大雑把なあいつがとりこぼした分を片付けるか」
「待ってくれ!」
どうしてこうも、俺たちが戦おうとすると邪魔が入るのか。
俺たちを呼び止めた兵士は負傷兵で、左腕が折れているのか吊られている。
「今日の侵攻にはやべー奴が混ざってる。あれはただの魔族じゃねえ、もっと恐ろしい何かだ。レオンとジュンは大丈夫だろうが、お嬢ちゃんは気をつけた方がいい」
「抽象的過ぎて話が全く見えてこねえんだが!」
「一踏破軍、それが今考えた奴の名だ……」
「会話してくんねえかなあ!?」
人の話を聞かずに話し続ける、NPCのような兵士は言いたいことだけ言い切ると目を閉じた。
アマナみたいな奴が拗らせてるならまだいいが、何の変哲もない奴が拗らせてると本当に痛々しい。誰かこいつの全身を包帯で包んでやってくれ。特に頭を重点的に。
「一踏破軍か……」
兵士に白い目を向ける俺たち三人の背後から、ぬっとアマナが出てくる。慣れていない名無だけが身をのけぞらせた。
「知っているのかアマナ・ネリン!」
「ああ、一踏破軍。それはそれは恐ろしい魔族だと異界総記に記されている。三人とも、くれぐれも油断はしないようにね」
ここまでの情報量がゼロに等しい件について。
そもそも「異界総記」なる書物は存在しない。一時期とはいえ国立の図書館の管理を任されていた俺が言うんだから間違いない。
名もなき兵士とアマナの悪ノリに付き合わされ、無駄に疲弊した。アマナが乱入するとこうなるから嫌なんだ。
ここまでで得られた情報は、普通の魔族とは一線を画す実力を持った魔族が参戦していることだ。どれぐらいの力を持っているのかは明らかになっていない。ただ不明瞭に強いとだけ。
背後で爆音。同時に熱風。今ここにいる人間に、これだけの規模で爆発を起こせるものはいない。俺が振り返る前に、吹き飛ばされた兵士たちが砦の壁に叩きつけられた。
「一踏破軍。彼は炎使いではない。彼が起こす爆発に見えるそれは、大地への強大な衝撃と共に炎を撒き散らす、言わば火竜の一歩である。出典、異界総記」
「ご丁寧な解説どうも」
要するに、爆発だけ見て炎しか使えないと思ってたら痛い目を見るってことか。
それが分かってたら対処はできなくとも、対応することはできる。剣術と身体強化しか使えないレオンは雑魚処理に回ってもらうとして、
名無を一瞥すると、自分を指差して驚きの表情を見せた後、ものすごい勢いで手を横に振った。
「無理無理無理ですよ! あの人テキトーに言ったのかもしれませんけど、一踏破軍と言えば魔王軍でも随一の破壊力を持ってる将ですよ!? ちょっとどころか絶対無理です! 私じゃ勝てません!!」
「一踏破軍で二つ名合ってんのかよ……」
何が何やら、俺はもうツッコむ気すら起きなかった。レオンに至っては話についていけなくなったのか、俺を置き去りにして戦場に飛び込んでいる。
「なので私はアマナさんとちょっと談笑してますね! 巻き込まれて死ぬとか嫌なんで!」
「勝手にしろよもう!」
俺も自由人たちをほっぽり出して参戦する。味方兵を傷つけないように気をつけながら、立ちはだかる魔物を切り裂いて無理矢理活路を開いて行く。
俺は何の武器も持たない。素手に魔道、【裂断「ドラゴンクロウ」】を纏わせて戦う。まあ、別にどこに纏わせてもいいんだが、手が一番攻撃に使いやすいのでそうしている。
「裂空」とは違い、空間を裂くほどの力はない。その分応用が利くのと燃費がいいだけあって、平時ではこっちの方が使いやすい。
魔物だったものを辺り一面に撒き散らしながら、幾度となく起こる小爆発の心地付近にたどり着く。この辺りは危険地域だと知能の低い魔物でもわかるようで、俺とレイ、そして一踏破軍らしき巨漢だけが立っている。
「用があるのはそこの小娘だけなのだがな」
「俺がお前に用がある」
膝をつくレイから俺に視線を向けた男は、俺を見ると片方の眉根を上げた。
「……貴様、ジュン・ネリンか?」
「それがどうしたよ」
そう答えると、男から放たれる圧が俺に向く。冷たい突風が吹いたかのような感覚が俺を襲った。なるほど確かに、大層な名前で呼ばれるだけのことはある。
鎧の音を立てて一踏破軍がこちらを向く。露出した頭にある双眸は俺を捉えている。
「事情が変わった。ジュン・ネリンなら、貴様が先だ」
「ああクソ、いっつもこんな貧乏くじだ」
俺が突出させている穿孔では、こいつに対して有利になれない。他にもいくつか高威力の魔道も習得しているが、穿孔以外はフルで詠唱が必要になる。その間魔道は使えない。あいつを相手にして、何の魔道も使わずに高威力の魔道を放つ時間は稼げないだろう:。
「私、休憩していい?」
「何もできないなら後ろで駄弁ってろ」
「はいはーい」
言うが早いレイは魔物の群れを跳び越えてあっという間にアマナたちの許へ――
アマナがいない。
「さて、一踏破軍。君は人のものに何をするつもりかな?」
さっきと同じように、俺の背後からすり抜けるようにしてアマナが現れる。俺と一踏破軍の間に割って入ったアマナは怒りを振り撒いている。
一踏破軍もアマナの登場は予想の範囲内だったようで、狼狽えることなく言葉を返した。
「何、ジュン・ネリンをこちらに勧誘するだけだ。例え断られようとも、貴様の前でジュン・ネリンを殺しにかかる、などという愚かな真似はせんよ」
鎧が擦れる音を響かせながら、一踏破軍は両手を俺に向けた。
そして、左手を顔に当てながらため息を吐いた。
「ぶち殺すぞ土竜」
オイオイオイ、死ぬわあいつ。