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魔法にできないことはない  作者: 白辺 衣介
一章 バカ・ホライズン
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バカ・ホライズン

「この時間だと流石に他の車もいないねえ」

「大昔ならいざ知らず、今時夜中にゃ出歩かねえだろ」


 街灯があっても、この時世では夜に出歩く理由がない。交通機関も今の時間はもう動いていない。今時二四時間働いている人間がいるのは病院などの機関ぐらいだろう。

 もう城も閉め切っているので、向かう先はガイ大臣の自宅だ。幸い、ガイ大臣の自宅は城へ向かうよりは幾分か近い。


「ねーえー、今日はもう泊めてよー。今から帰ったらお爺ちゃんのお説教で、寝るの何時になるかわかんない」

「別に、もう学校行ってるわけでも、常日頃から働いてるわけでもねえんだから、何時に寝ようが構わねえだろ」

「む。ジュンさんそれはデリカシーがないですよ。睡眠不足は女性の――」

「だって明日の朝はライティング・ライディングがあるから」


 ライティング・ライディングとは、毎週朝に放送される、いわゆる特撮番組で、ライディングシリーズの三五作目にあたる。今作の主人公は作家らしい。

 俺はレイから聞いた程度しか内容を知らないが、ローンの子供たちには絶大な人気を誇るのだそう。レイは幼いころから今まで、レオンも六年前までは観ていた。俺には幼年期なんてないので、そのシリーズについて知っている情報は放送時間とヒーローものであることぐらいだ。


 一方、レイを気遣った発言を本人に遮られた名無は、少し不機嫌そうに頬を膨らませている。


「どうせ録画してんだろ? リアタイで見れねえのは自業自得だ」

「明日の話は主人公の母親が不倫してるところを暴かれる話だから絶対に見たいの!」

「それ本当に子供向けか?」


 朝っぱらからなんて内容の話を放送してるんだ。昼のドラマとかでやる内容だろそれ。


「なら私から耄碌クソジジイに話をつけておくよ。レイに説教したら隕石落とすぞってね」

「冗談だよな?」

「力をメテオに込める準備しとかないとなー」

「ネタだよなあ!?」


 上機嫌に鼻歌を歌いながら運転をするアマナが怖くて仕方がない。隕石どころか恒星すら落とせそうな奴が言っていい台詞じゃない。

 俺の言葉を無視したアマナはガイ大臣の自宅、レイの家の前に一時駐車する。そして、「ちょっと待ってて」と言うと、拘束を解かれたレイと共に出て行った。


「……流石にアマナさんでも隕石は落とせませんよね?」

「落とせるぞ。苦も無くな」

「あの人が出張れば魔王軍とか一日もたないじゃないですか……」


 魔道が世界を書き換えるものだとすれば、魔法は世界に書き加えるものだ。そこに何か存在すれば上から塗りつぶすこともできる。存在しない、空想上の物質を現実のものにすることもできる。魔法は第四の壁を突破しているようなものだ。

 良くも悪くも、アマナがあの性格だからこそ、どの国からも放置されている。


「あいつは自分のやりたいことしかしねえからな。今は魔王とかどうでもいいんだろ」

「本当、アマナさんの両親が魔族に殺されたりしてなくて良かったですよ」


 名無のその言葉に俺は一言言いたくなったが、これは俺が言うべきことじゃない。

 適当に「そうだな」と返事をすると、アマナが帰ってきた。


「いやあお待たせ。帰ってご飯にしようか」

「作るのは俺だぞ」

「まあまあ、買い物は私がしてるんだから適材適所ってやつだよ」


 ため息を吐いた俺は晩飯の内容を考えながら揺られ始める。



 その日、ファスト郊外に極小の隕石が落ちた。





 アマナがガイ大臣にこっぴどく怒られてから数日経ったある日、俺はファスト中心部にある噴水広場で待ち合わせをしていた。

 今日は珍しくレオンが休みなので、俺とレイ、そして何故か名無も含めて四人で休日を過ごそうと、レイが提案した。

 正直嫌な予感しかしないが、人の厚意を無下にできない俺たちは素直に首を縦に振った。


「なあレオン、今日はどこに行くと思う?」

「シガル砦だろうな。風の噂で、今日も魔王軍の侵攻があると聞いた」


 シガル砦とは、この前名無を連れて行った砦だ。元々国内でも大きい部類に入る砦だったが、魔王軍の侵攻が始まってから増築や改築を重ね、侵攻がない日は国内外問わず観光客で賑わう。

 この前の今日で、加えて複数人を誘ってるんだから、今日は大臣にも話をつけてあるだろう。大臣が俺とレオンに置いている信頼は大きい。


「あの、ねえ、ジュンさん。この街の人たちってちょっと危機意識低すぎません?」

「どこが」

「いや、私ちょっとどころか何の変装もしてないのに、誰も見向きもしないんですよ?」


 名無は服装こそ年頃の少女のもので、角にさえ目を向けなければ人間の少女と変わらない。なんならナンパされたっておかしくない容姿をしている。


 しかしこの街の男はそんなことはしない。下手をすれば実力行使でノックアウトされかねない。ファストでは女であろうと油断できないのは、その象徴たるアマナが証明している。

 そして、この街の人間は何度も言うように屈強で強靭だ。魔族一人がうろついていたところで動じない。アマナの従者だと思われている俺が一緒にいることで、より大きな厄介事の塊だと思われているのだろう。


 俺が住民の立場なら気にかけない。目も合わせない。


「この街にはアマナがいるからな。ちょっとやそっとじゃ騒がねえよ」

「街中に魔族がいるのがちょっと……? ちょっととは一体……うごごご……私の中の常識が音を立てて崩れていきますよ……」


 アマナに常識が通じない時点で、ファストにいる人間もある程度常識が通じない。陛下も十分イカれた常識をお持ちになっているので、ローン国民全体にもそれは言える。

 本当に、この国にいるまともな人間は数少ない。


 名無が頭を抱えて戦慄いていると、いつも通り動きやすさ重視の軽装に身を包んだレイがこちらに向かって走ってくる。まだ暖かいとはいえ、季節は冬に向かっている。馬鹿は風邪をひかないと言うのは本当らしい。


「もう三人集まってたんだね。じゃあ早速行こっか!」

「どこにですか? 私行先聞いてませんよ」


 行先を知らないのはレイ以外の全員だ。レイ主催で、行先は当日に告げられた。

 俺とレオンは、既にため息を吐いて肩を落としている。今日も今日とて、レイの魔道大会に巻き込まれるのは目に見えている。


「シガル砦だよ! みんなも一緒に魔王軍を倒すために頑張ろう!」


 そんなこと一ミリも思ってないくせによく言う。

 案の定で想定内の目的地に向けて先導するレイの隣を名無が歩き、女子二人の後ろを、男子二人がとぼとぼと着いて行く。


「明日、早朝から出勤なのだが……」

「俺は明日の予定とかはねえが……」


 ちらりと、背後に視線を注ぐ。



 小さく手を振るアマナがそこにいた。

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