魔族は衰退しました
最近、自分の年齢が二三歳なのか、一八歳なのか悩んでいる。
戸籍上は二三になっているが、アマナがクロノに口利きしたからそうなっているだけだ。実際五年間は死んでいたわけで。肉体年齢に従うなら一八で、精神年齢は二年分、二人の記憶が重なっているので計ることは難しい。
まあ、どちらかに決めたところで、不備が生まれるわけではないのだが。
ボードを倒したあの日から数日。アマナは名無に「君には魔法の才能がある。私にいい考えがあるから着いて来なさい」と言い出し、それからは連日名無を連れ出しては、何やらよく分からない訓練をしている。
「んで、暇なのか」
「家にいてもなにもねえし、だったらここに来るだろ」
「暇つぶしに城に来るって、テメー最近アマナに似てきたんじゃねえ?」
「そうかもな」
あれだけの影響力を持っている超人だ。四六時中あいつと一緒にいる俺が悪影響を受けてもおかしくない。クロノを敬う必要もないし。
うちでは絶対に買わない、美味い紅茶を啜りながら、クロノがテキトーに流している書類を流し読みしていく。魔王を倒した後でも、魔族に関連する報告や仕事はしばらく絶えなさそうだ。
それでも魔族は衰退した。
魔王ボードという絶大な君臨者を失った魔族たちは大きく二分した。
名無の故郷の魔族のような穏健・友好派と過激・維持派の二つだ。前者は魔王がいる手前言い出せなかった連中が主となっている。今までもあの村と同じ、見せしめや粛清があったのだろう。
人間に攻め入る余裕もなく、魔族は内紛まみれのとんでもない情勢になっている。
ローン以外の国々も魔王がいないならと、友好派に与する国が大量に動きを見せている。
今までビビッてうちに物的支援を送るだけだったくせに、調子のいい連中だ。
「ところでジュン、お前って最近自分の戸籍見たか?」
「生き返った後ソッコー見た」
何せ当時は記憶喪失だ。得体の知れない女に名前だけ教えられて、はいそうですかと納得できるわけがない。もちろん確認した。すぐに見た。この時代の戸籍は確認が楽でいい。
「そうか、ならいいか」
クロノの言わんとすることを俺は察した。察したからこそ、俺はそれ以上この件には触れなかった。
「ここでもやることねえなあ……」
親がいた頃ならともかく、今の俺はクロノの職権濫用によって戸籍を弄りまわした結果、ただの一市民だ。世界の情勢を知っても意味がない。ため息を吐きながら立ち上がる。
「行くのか?」
「街をふらついてくる」
クロノが普段執務をしている部屋のすぐ近くには隠し通路がある。クロノがアマナに頼んで造ってもらったもので、あいつが仕事を放り出す際はいつもここを通っている。
そこを通って外に出る。ファストの街はいつも通りに盛り上がっている。
少し体を伸ばすと、俺に続いて隠し通路の出口から誰かが出てくる音がした。俺につられたクロノがサボったのだろうと、振り返る。
「あっ」
「は?」
グロスがいた。幻影ではなく、本体。
「何してんだお前!」
「違う。待て。落ち着け。俺は怪しい者じゃねえ!」
現状のこの国に、こいつ以上に怪しい奴はいないと断言できる。
「魔王が死んだと聞いたその瞬間に、俺は決心したんだ」
「何をだよ」
俺に向かって両手を突き出しながら、グロスはしみじみと語る。
「人間側に着いた方がいいって」
「とんでもねえクズだな!」
檻の中で俺に見せた忠義はどこに行ったんだ。
しかしまあ、その発想自体は間違いではない。人間と敵対する魔族は敗北必至。強力な魔族の多くは死に、数の利も覆されたに近い。維持派はもう後がない。
「それで二重スパイになったんだが、陛下と気が合ってな、公認でサボってるってわけよ」
確かに、クロノとグロスの気質は似ていないでもない。アマナとクロノを足して二で割れば、こんな感じになるかもしれない。
「じゃあな!」
「じゃあなじゃねえよ。どこ行くんだよ」
「可愛い女の子を探しに行くのさ!」
意気揚々と、グロスは市街の人混みに溶けていった。クロノもグロスに着いて行けば、もしかすると彼女ができるかもしれない。なんとなくそう思った。
◆
結局何をするでもなく散歩だけで時間を消費して、家に帰ってきた。老人か俺は。
アマナの部屋に入って、異界総記の第二版、その原稿を見る。これが果たしてこれから先必要になるのか、何専門家気取ってんだとか、いろいろ突っ込みどころがある。
魔王の項を読み終え、そろそろ晩飯の準備でも始めようかと思った矢先、誰かが返ってきた。足音からするに、アマナか名無のどちらか一人だ。
「帰ってたんだ」
最近は監視されることもない。ボードを倒したことで、アマナの胸中にあった不安の種がなくなったのだろう。それでもストーカー気質は治ってないが。
こいつの執着心は昔から変わらない。俺の戸籍から見ても、それは明らかだ。
「アマナ。ひとつ質問いいか?」
「何? 改まって」
「一体俺はいつから、お前と結婚してるんだ?」
俺の名前は元々「ジュン・トライア」だ。王家に連なるトライア家の一人息子で、跡取りだった男だ。それが何故、「ジュン・ネリン」と家名がアマナのものになっているのか。
その答えはただひとつ。
クロノに頼んで戸籍を弄った際、ついでに俺と入籍してやがったからに他ならない。
「き、きみ、君のよよようなかかかか」
焦りすぎて舌が回っていない。こいつはこの事実を、相当な自信を持って隠していたらしい。はっきり言って馬鹿だ。戸籍確認に際する本人確認の最終手段は、申請者の血液を使う。一度死んだとはいえ、この体は二三年前、俺が生まれた時のものだ。
「俺が戸籍を確認した当時は記憶がなかったから、最初は姉で納得した」
だが、それではアマナが近親相姦趣味の、今よりレベルが数段上の変態になる。
弟が欲しい! 造った!
頭がおかしいとしか言えない。
「次に、天涯孤独の女が寂しくなって俺を造ったんだと思った」
それでも十分にイカレた思考回路だが、さっきよりはマシだ。天涯孤独と言うにはやや交友があると思いもしたが、それ以外に理由付けできる理由は思いつかなかった。
「そして最後に、お前が一線を超えられないヘタレだと思い出した」
面と向かって言えないなら、面と向かわなければいい。驚くほど論理的だ。
アマナは俺のことが病的に好きだ。監視もその延長線上にある。蘇生がその最たる例だ。
発動さえすれば、魔法にできないことはない。アマナが本気になれば、俺を逆姦することは非常に容易い。押しに弱いことからも分かる通り、こいつは自分から一線を超えられないヘタレだ。
「な、何か悪い!? 恥ずかしかったんだよっ!」
ついには開き直る。顔を真っ赤にして、帰ってきた名無が部屋の戸越しに、ちらちらと俺たちを見ていることにすら気づいていない。
「別に悪いとか言ってねえだろ。ただ、いつからか訊いただけだ」
そう、ただの好奇心。というか、知っていてしかるべきことを、俺は知らない。普通結婚記念日とか忘れたら、めちゃくちゃ怒られると思う。いや、そもそも知らないんだが。
顔は赤くしたまま、そっぽを向いたアマナは小声で言う。
「……今日で、五年……」
「今日かよ!」
そんな急に言われても何もできねえよ!
おそらく、人生で最も大きいため息を吐いて、アマナの手を取る。
「空いてるか分からねえが、飯行くぞ」
「い、今から!?」
「当たり前だろ」
俺たちが部屋から出ようとすると、名無も隠れられていると思っていたのか、慌てて離れようとする。
そうはさせない。素早く戸を開けて名無の腕を掴んで捕まえる。
「ちょ、えっ、ちょっと! 私もですか!? 負けヒロイン連れて行くんですか!?」
「関係あるか! 祝い事は家族全員でだ!」
騒がしく、落ち着きがない。思えば、昔からそうだった。アマナかクロノが中心になって、トラブルを起こして、俺が巻き込まれて……そこに名無やレオン、レイが加わった。
日常の形は変わっても、その本質は変わっていない。
改めて手にした日常を、俺はこれから「ジュン・ネリン」として享受するのだろう。




