デッド・ア・ライフ
ボードがいるはずの場所にいない。
「不味――ッ!」
気がついた時には、俺の視界は反転していた。
浮遊感が俺の体を包む。目の前に現れたボードが俺の脇腹を蹴り抜く。
音速もかくやとばかりの速度で振り抜かれた脚は、俺の体を球技の球であるかの如く蹴り飛ばした。知覚する間もなく、最も近い木に俺は右肩から衝突した。
蹴られた左腹周辺の内臓はもう駄目だろう。右肩も力が入らない。満身創痍で状況を確認すると、俺の近くにはアマナも転がっていた。
「……じ、あ……」
ただ、呆然としている名無だけが無事だ。無理もない。戦う覚悟を決め、打倒する決意を固めた直後にこれだ。
「今の攻防で、総魔力のうち、三分の一を消費した。人間に全力を出すのは癪だが、全力で相手をしてやろう」
朗報と悲報を同時に報せられる。不幸中の幸いだったのは、下半身がまだ生きていること、切り札のための布石が打ち終わっていたことだ。
喉元から湧き上がる血を吐き捨て、左腕を立てて立ち上がる。アマナも自身に治癒をかけながら立ち上がっている。
「アマナ、魔力譲渡の魔道はできてるか?」
「突貫工事だけど、一応は完成してるよ」
俺の肩と脇腹、それぞれに治癒をかけながらアマナは答える。アマナは治癒の魔道はあまり得意ではない。全快はできないだろう。
「……あとは名無だな」
さっき受けた分は返したと言わんばかりに、俺たちの出方を伺っているボードに感謝する。
家を出る前にアマナに頼んでおいた魔道は形になっている。発動のための下地もできている。あとは魔力だけだ。
「ジュンさん! アマナさん!」
我に返った名無が駆け寄ってくる。ここまで名無は無傷だが、ここからがこいつの大仕事だ。
「いけるか?」
「やります。私にしかできないことですから」
名無の決意は聞いた。アマナの覚悟も知っている。
あとは俺がボードを所定の位置に誘導するだけだ。
四度目の攻防。これで決着が着く。この場にいる全員がそれを確信している。
タスクはもう発動しない。これ以上場をかき乱してもかえって邪魔だ。最大限の身体強化でボードの全力にしがみついて行かなければならない。
もう一度深呼吸。俺が駆け出すと同時に、ボードも土煙を上げた。
ボードの攻撃をいなしながら徐々に移動していく。さっきの攻撃で若干頭に血が上っているボードは、誘導されていることに気づかない。
そして、目的の場所にボードが到達する。
「今だッ!! 【「竜の眼光・起」ッ!!】」
「阿呆め、頭を打って状況判断すらできなくなったか!」
魔力の鎧を纏ったボードを、再現されたタスクは貫くことはできない。
――否、貫こうとはしていない。
「っ! そういう、ことか……っ!」
無数に張り巡らされたタスクがボードの体を絡め捕る。魔力でできた拘束具が、ボードの四肢の自由を奪っている。
それに気づいたボードは身を捩じらせるが、そう簡単には抜けられない。
そして、俺は詠唱を開始する。
「――一二の星天を巡り・六の道を行き・三界を辿り・果てに至り・此処に還らん・星が描く世よ・尊くあれ――」
「ジュン・ネリン、お前……っ!!」
詠唱を綴るほどに魔力が失われ、その度に魔力が流れ込む。俺の視線の先にいるのは、ボードではない。アマナと名無だ。
これが俺の切り札。魔王を殺すためだけの魔道。本来なら魔道陣を描く必要があるものを、俺はタスクが描いた軌跡によって代用した。アマナがグロスを捕らえる際に披露した技術の劣化版だ。
詠唱を完了したことで、陣が眩い輝きを放ち始める。
その魔道の名は――――
「【|星は巡りやがて人と成らん(スターライト・エンタープライズ)】」
光の柱が伸びる。月まで、他の星まで伸びていると錯覚してもおかしくない。その高さの果ては俺でさえ計り知れない。
陣の中心部にいたボードは光の柱の中心部にいる。命を焼き尽くすその光が止んだ後に、
ボードが蹲っていた。
「……惜しかったな、ジュン・ネリン……っ!」
確かなダメージを感じさせながら、しかし無傷で立ち上がる。
「俺の心臓は特別製でな……魔力を消費して身体を再生させることができる。お前の切り札は、俺の再生力に勝てなかったのだ」
俺の魔力はもうほとんど残っていない。アマナの魔力も同じだ。魔力譲渡のために大量の魔力を消費した。他人に譲渡できる限界まで俺に託した名無の角は、見間違いではなく、縮んでいる。
「だが、人間にしてはよくやった。俺の魔力を使い切らせたのはお前が、お前たちが初めてだ。ここは一旦、退かせてもらおう」
そう言って、ボードが膝を軽く曲げる。ここから居城とも言える建造物まで一跳びで戻るつもりだ。そうなれば回復に時間を与えることになる。回復されればもう打つ手はない。
拘束しようにも、俺が放つことができる魔道は残り一回が限度。ここで拘束のために魔力を消費してしまえば、とどめの一撃が放てない。
逃がすまいと、ボードに向けて手を伸ばす。
「【スパイダーウェブ】!」
「何っ!?」
ボードに向けて魔道が放たれる。それは拘束を主目的とした魔道であり、ボードに着弾すると、手足を拘束しながら地にその体を縛り付けた。
「ジュンさんっ!」
魔道を放ったのは名無。アマナも名無が魔道を使った事実に目を剥いている。いつの間に魔道を習得していたのか等々、聞きたいことはあるが後回しだ。
「この、裏切り者が……! だがこの程度の魔道、一秒もあれば――!」
「――ああ、一秒もあれば十分だ!」
時間を惜しみつつ、魔力の消費を極力抑えるため、魔道の名を宣言する。
「【裂断「ドラゴンクロウ」】ッ!!」
竜の爪が、魔王の心臓を貫いた。




