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魔法にできないことはない  作者: 白辺 衣介
五章 メモリ・イン・メモリ
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メモリ・イン・メモリ

 視界いっぱいに広がった天井は、俺が毎日見るものだった。ベッドのすぐそばに、目を真っ赤にしたアマナと、不安げな名無がいた。二人は俺が起きたことにすぐに気づいた。


「ジュン! 急に倒れたってどういうこと!?」

「何か魔術を使われた様子もありませんでしたし、レオンさんは何も言ってくれませんし、本当にどうしたんですか?」


 二人から同時に質問を受けるが、起き上がった俺はそれを無視して立ち上がる。

 記憶が混濁しているので、今はできるだけ記憶を探るようなことはしたくない。

 だが、それでもやらなければならないことがある。


「ちょ、ちょっとジュン! どこに行くのさ!」

「城だよ。お前らも着いて来い」

「着いて来いって、私はジュンを心配して……っ!」


 有無を言わさず、城へと向かう。何から何まで状況を飲み込めていない名無は、怪訝そうな顔をして着いて来ることしかできない。アマナはぶつくさ文句を言っているが、それを意に介している余裕はない。城に着くまでに記憶の整理を終えておきたい。

 目的地に向かって淀むことなく進む。戸の前に立った俺は、数度ノックしてから返事を待たずにその戸を開いた。


「誰かと思えばジュンか。お前が返事を待たずに入ってくるたあ珍し――」

「――クロノ(・・・)、みんなを集めてくれ」


 その言葉だけで、クロノはすべてを察した。俺の背後に立つアマナも、ある程度事の顛末を予想できただろう。


「ああ、分かった」


 快活に笑ったクロノは言うが早いか、早速みんなを集めにかかった。





 やや広めの部屋に、みんな――アマナ、クロノ、レオン、レイ、ガイ大臣と、この件については一切無関係ではあるが、名無が集まった。具体的に誰それと指定しなかったが、クロノは集めるべき面子を分かっていたらしい。


「クロノ以外で集められた理由が分かる奴挙手」


 俺がそう言い切った瞬間、レイがびしっと綺麗に手を挙げた。


「アマ姉とジュンがついに結婚!」

「はい次」


 今はそういうふざけた答えを求めていない。ていうか、明らかに不機嫌なオーラを出してるのに、周りの奴らもそれを察して俺と目を合わせないのに、なんでこいつは平常運転なんだよ。

 次に手を挙げたのは、ある意味主犯とも言うべきアマナだ。


「じ、ジュンの記憶が……戻ったから?」

「はい正解」


 俺の記憶が戻ったことを知った中で、最も顔を歪めたのは爺さん――ガイ大臣だ。最年長故に、思うところがあるのだろう。


「まあ、お前らが俺かアマナを思って隠そうとしてたのは分からないでもねえ。あの時の俺は相当荒れてたからな」


 クロノの母は病弱で、クロノを産んですぐに病に伏せ、そのまま亡くなった。父は俺たちが幼い頃に魔王軍との戦いで命を落とした。それだけでも魔王に嫌悪を示すには十分な中、俺たちが一五の時に、俺とアマナの両親が殺された。

 生き返った俺が、記憶を持ったままなら全力で止めるつもりでいた中、記憶を無くしていた。空しさはあったかもしれないが、それは俺の周りにいた人間にとって都合がよかった。


「だけどさあ、流石に俺でも、負けた相手に無策に挑むほど馬鹿じゃあねえよ」

「で、でも……」

「でももへちまもねえよボケナス。一五だぞ? この国じゃあ入籍もできる歳だ。一回死ねば頭ぐらい冷えるに決まってるだろ」

「死なねえと頭が冷えねえってのもおかしな話だがな」


 未成年組二人はしゅんと肩を落とし、爺さんは苦虫を噛み潰したような表情をしている。名無はまったく状況が分からないままおろおろしている。少し気の毒だ。


「発案はアマナ、グルなのは名無以外全員、んで、先導者は爺さんで間違いないですね?」

「ああ、間違いない」

「あなた今年で六四でしょう? 何をガキの悪ふざけに付き合ってんですか」

「返す言葉もない……」


 死んだ人間が生きているのは、間違いなく異常だ。クロノの幼馴染だった俺であればその話は瞬く間にファスト中に広がる。大臣主導で箝口令を敷いたに違いない。自分で言うのもあれだが、俺も俺でそこそこ有名な家系の出だ。知っている人間も多くいる。


「未成年二人にはとやかく言わねえよ。どうせ細かい事情は知らされてなかったんだろうからな」


 この二人は俺が生き返ってから知り合った。レイとは爺さんを通じて多少の面識があったが、レオンとは生き返ってからが初対面だ。


「俺が言いたいのはこれぐらいだ。謝罪も何もいらねえ。言いたいことは全部言ったからな」


 クロノが普段使っている椅子に座る。誰も何も言わなかった。

 深くため息を吐いたところで、俺はあることを思い出した。


「そういえば、グロスは捕まえたのか?」

「あっ、忘れてた。今から捕まえる」


 言われてすぐに捕まえられるのも、とんでもない話だ。どこにいるかも分からない者を捕まえるなんて前代未聞だ。

 大規模な魔道や魔法を使うなら、それに応じた陣を事前に用意しておく必要がある。加えて、陣の骨組みになるものには、魔力が通うものでなければならない。ここ数日、そんなものを用意している様子はなかったが……

 無宣言で魔法を起動し、何かを探る様子を見せるアマナ。窓から街の様子を見渡せば、いつの間に仕込んだのか、魔法陣が輝いていた。


「……うん、かかった」

「いつの間に陣の準備してたんだ? そんな素振りなかっただろ」

「魔法陣の骨組みになるものは『魔力の通うもの』限定だけど、空気中の魔力(・・・・・・)を骨組みに使えるんだ」


 何が「使えるんだ」だ。普通はそんなことできない。

アマナの魔道における技術力は並以上ではあるが、本人の真骨頂ではない。しかし、自身には不可能なことでも魔法の中に組み込むことで、無理矢理に可能にしてしまう。それが魔法の真骨頂だ。


「ああ、ついでに名無も動けなくなってると思うけど、しばらくそのままで我慢してね。突貫で作ったから融通が利かないんだ」

「うーん、そんな気はしてました。後で話の詳細を教えてくださいね」


 アマナが発動した魔法の効果で、名無も動けなくなっている。十中八九、効果範囲内にいる魔族を、問答無用で拘束する類のものだ。そしてその範囲はおそらくファスト市街全域。やはり規格外すぎる。


「じゃあ、私とジュンはグロスを連れてくるよ」


 そう言ってアマナと俺が出ていこうとしたところで、レオンも着いてきた。


「俺も行く。あいつを取り逃がしたのは俺の責任だ」


 そもそもあいつはあそこにいなかったんだから、逃がすもクソもないと思うが。レオンが頑固たる意志を見せているので、連れて行かない理由もない。幸いここにはクロノもいる。

 さて、グロスを迎えに行くか。


 街角で固まっていたグロスの本体を拘束、アマナの魔法で魔術と魔道を封じて城まで連行した。とりあえずで檻にぶち込まれたグロスは、依然としてへらへらと笑っている。


「んで、お前は魔王を倒しに行くのか?」

「ああ。今度は前とは違ってちゃんと考えがある。お前との話が終わればすぐにでも行くさ」

「えっ」


 まさか今日の今日で殴り込みに行くとは思っていなかったのか、アマナが間抜けな声を出す。さっきの俺の説教とは矛盾するように思える言葉に驚いたのかもしれない。


「なら言っといてやんよ。魔王に挑むなら、アマナ・ネリンは連れて行かねえ方がいい」

「負けることが怖いのか?」

「違うね。現状のローンで、魔王と戦えるのはジュン・ネリンとクロノ・ローン、あとはレイ・レーンだけだ。アマナ・ネリンは役に立たねえよ」


 それが本当だとして、その事実を告げる意味がグロスにはない。

 いや、こいつの行動に意味を見出すこと自体、意味のないことなのかもしれない。何せ、悪ふざけで味方の素性を敵に明かす奴だ。


「魔王はどんな奴だ」

「見れば分かるさ。魔王は魔王だ。存在感とかフインキとか、そういうので分かる」

「一回会ってるからそれぐらいは分かるっつーの。そうじゃなくてだな」

「それ以上は流石に話さねえよ。俺は自分優先でジコチューだが、裏切り者じゃあねえんでな」


 どうやら、魔道抜きにこいつから得られる情報はこれだけだ。グロスに背を向ける。

 務所から出た俺は、早速アマナに肩を掴まれた。


「さっき言ってたことは本気かい?」

「本気さ。切り札もある。今度は死なねえよ」


 そうは言っても、アマナは不安げだ。


「……お前は、こうなることも見越して、あの本を書いたんだろ?」

「……気づいてたんだね」


 異界総記なる本を書いたのはアマナだ。五年前に、アマナと俺はガルアやグロスと戦闘した経験がある。しかし、魔王にはてんで歯が立たずに、俺は殺された。不幸中の幸いは、俺の遺体が大して損壊していなかったこと、アマナが生きていたこと。


 アマナは、いつか俺が記憶を取り戻すと分かっていて、あの本を書いた。自分なりに分析した二人の能力と、魔王が本拠地を置く場所までの最短にして安全なルートを載せた。

 そうでないのなら、わざわざあんな本を書く理由がない。


「そうさ、私はジュンのために異界総記を書いた。万が一の時のためにね。……まさか、こんなに早くなるとは思ってなかったけど」


 諦めが入った視線を落とす。俺の性格は、俺に次いでアマナが一番よく知っている。


「グロスはああ言ったけど、私も行く。行かせてほしい」


 縋るように俺の手を取る。その手は震えている。赤く、涙が溜まった目が、俺の目を見つめている。


「もとよりお前は連れて行く。断っても着いて来るだろうからな」


 その手を、俺は空いた手で包んだ。

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