メモリ・イン・メモリ
陛下、ガイ大臣、レオン、レイ、果ては商店街で世話になっている店の店主たち。俺の人脈は、顔を知られていることではなく、協力してもらえることに限れば、おそらくアマナよりも広い。
全員に声をかけてから五日。レオンから連絡があった。アマナと波長や性格が似ている者が見つかったと知らされた俺は、騎士の寮へと急行した。アマナはまだ魔法が完成していないようだったので、名無を連れている。
「グロスと言えば、夢幻泡影と呼ばれている将ですね。これといって彼の凄まじさを知らせる逸話はありませんが、それ自体が彼の実力の裏付けです」
「つまり、幻術に関しては完全に未知数ってわけか」
アマナの魔法ももうすぐ完成すると言っていた。ここで捕まえられなくとも、アマナに情報を渡せば一日と待たずに捕まる。
「スレイ・リンヴァースの部屋はここだ。今の時間ならあいつはおそらくここにいる」
「おう、ありがとう。あとは俺たちで何とかするから、レオンは仕事に戻っていいぜ」
「魔王軍の幹部がいるのなら、ここで起こるであろう戦闘も職務の一端だ。俺も残る」
そう言って、レオンは帯刀する剣に手をかける。魔力抜きの単純戦闘能力では、陛下に次いでこの国のトップに立つレオンがいるのは頼もしい。
勘づかれないように、努めて自然に戸を開ける。
部屋の中で、スレイ・リンヴァース――否、グロスがこちらを向いて胡坐をかいていた。
「いやいや、予想よりも早くバレちまったなあ」
グロスが演じるスレイの姿は、俺も見たことがあった。数か月前、レイに連れられて四人でシガル砦へ行った際に、アマナと意味不明なやり取りをしていた兵だ。
今思えば、一踏破軍の名を知っていたのは偶然ではなかったのだろう。あれはこいつが舞台の上で勝手に演じたアドリブ。指摘されれば、そこまでだと考えていたに違いない。
「やっぱアマナ・ネリンを敵に回すのはいけねえわな。あいつが魔法を使える限りは無敵で万能すぎるわ」
腕を組んで自らの愚行を反省しているグロス。何度かうんうんと頷くと、片目だけ開いて舌先を出した。
「反省したわ。マジ反省した。だから見逃してくんない? お前らはまだしも、アマナ・ネリンに見つかるとマジ詰みなんだわ」
「アホかお前」
「んまそうですよねー」
やれやれと言わんばかりにホールドアップしたグロスは不敵に笑った。確かに、戦闘で圧倒したガルアとは違い、こいつの相手は戦闘だけに留まらない。戦闘特化が二人と器用貧乏が一人では、こいつの相手は手に余る。逃げようと思えば、この場から逃げることは容易い。
「なあジュン・ネリンよ。お前は疑問に思ったことはないか?」
「……何が言いたい」
何を言い出すかと思えば、意図の見えない質問だ。あくまで両手はホールドアップさせたままで、グロスは立ち上がった。
「何故、アマナ・ネリンはお前の怪我を恐れるのか、何故、クロノ・ローンが敬語を外すよう強要するのか、何故、アマナ・ネリンはお前を溺愛しているのか」
「っ!」
グロスのその言葉を聞いた途端に、俺の頭に激痛が走る。内側から警鐘を鳴らすような痛みに、俺は思わず座り込んだ。
「本当に、疑問に思ったことはないのか?」
「……ないわけ、ねえだろ……!」
レオンは俺を一瞥すると、間髪入れずに抜刀、グロスに斬りかかった。しかし、ここにいるグロスは幻影であり、レオンの抜刀斬りはすり抜け、床に一本の線を描くだけだった。
「名無ッ!! こいつの対処法を教えろッ!!」
「えっ、そ、そんなこと言われても、私、軍属でもなかったのに知らないですよ! それより、ジュンさんはどうしたんですか!?」
「その話は後だ! こいつをどうにかするのが先決だ!」
「悪いが、俺の本体はここにいないんでな。お前らだけで俺をどうにかするのは不可能さ」
レオンたちがグロスの対処法を、半ば喧嘩になりながら模索する中でも、俺の頭痛はその痛みを増していく。最初の時点ですら立っていられないものだったのが、今では意識を保つのがやっとだ。
「ジュン・ネリン。その疑問に、俺が答えてやろう」
グロスの幻影はしゃがみ込み、俺の耳元で囁く。俺の本能が、理性が警鐘を鳴り響かせる。やめろ、聞くなと声を上げている。
それでも俺は、自身の出生に関わるであろう、グロスの言葉を待った。
「ジュン・ネリン――いや、ジュン・トライア。お前は人造人間じゃない。お前は過去魔王に殺され、アマナ・ネリンによって蘇った死生人。アマナ・ネリンの恋人で、クロノ・ローンの幼馴染、それがジュン・ネリンという男の正体さ」
ズキン、と一層強い痛みが走った。
◆
ここに来るのは二度目だ。俺の深層心理とも呼べる場所なのかもしれない。
前回と同じように、俺の正面には俺が座っている。紅茶のカップの数も同じだ
「間に合わなかったか」
「俺」は諦めを孕んだ視線で俺を一瞥してから、紅茶をカップに注いだ。
「お前は、お前が『トライア』なのか?」
「ああ、そうだよ。『ネリン』」
あっさりと、当然の如く「俺」は肯定した。まあ、「俺」にとって、この事実は当然のものだったのだ。レオンの様子からして、俺の基本的な交友関係の中で、知らなかったのは俺と、例外的な名無だけだろう。
「知られたのなら、もう隠す必要もねえ。記憶も、お前に返すさ」
「どういうことだよ。返すって、まるでお前が――」
「俺が奪い、隠し、封印した。それがあいつにとってプラスだと思ったからな」
「俺」が俺の記憶を持っている限り、俺が俺の過去を思い出すことはない。「あいつ」が誰を指すのか、その目星はついても、何故その行動に至ったのかは分からない。
「俺の両親とアマナの両親は、魔王に殺された。正しくは魔王軍か。俺は人殺しを許さない質だからな、ああ、魔王に殴り込みに行ってこのざまだ」
人殺しは許さない。人殺しに対する怒りは俺の根元にも染みついている。これ以上命を殺させないために、命を殺す。エゴと矛盾を抱えたその在り方は、当たり前だが俺と同じだ。
そう、何もかも、「俺」は俺と同じ。
「俺の怒りはまだ燻ってる。おそらく魔王をぶっ殺すまで、その火が完全に消えることはない。だから俺は俺の記憶を封印して、そうして生き返った」
「人は生き返らない」。ガルアの言葉は、俺が記憶をなくしている故のものだったのだろう。肉体は確かに再稼働を果たした、しかしそこにある人格はそのままでも、記憶は初期化された。ガルアは、魔王はそう考えたのだろう。
しかし違う。魔法に不可能はない。その証左は、やはり俺なのだ。
「あいつはもともと普通だった。魔道を開発する才能はあったが、今ほど規格外じゃあなかった。あいつが異常性を発現したのは五年前。俺が死んでから、二年が経った頃だ。俺が死んでから、あいつは魔道と魔術を複合させる研究を始め、それを二年で成した。あいつが持ってた才能は、『魔道を造る才能』じゃなく、『新しいものを創る才能』だったんだ」
今まで表面化していたのは、氷山の一角。その存在が如何に規格外なものかが分かる。俺が知っているのは氷山のその全貌。初めてその強大な才能を目の当たりにした「俺」は、何を思ったのか。
「あいつが『魔法使い』になったのはほんの五年前。それから俺を蘇生したのが三年。そこからの二年は、お前がよく知る通りだ」
「『俺』は、俺が魔王に勝てると思うか?」
魔王に殺された相手に、その相手と同一人物がする質問ではないことは分かっている。それでも、俺はその問いをせざるを得なかった。
きっと記憶を取り戻した俺は、魔王を倒しに行くだろうから。
「倒せる。俺だって何も、記憶を奪って茶を飲んでただけじゃねえ。『俺』が外でものを考えるように、俺も内でいろいろと考えた」
「……どうやって」
「それも記憶と一緒に持って行かせる。さあ飲め」
そう言って、「俺」は紅茶が入ったカップを指さした。言われたとおりに俺は「俺」に倣ってそれを呷る。
自分の中に何かが流れ込んでくる感覚。異物ではない。それは本来、俺が持っているはずだったもの。目を閉じて、その感覚を確かめる
瞼を開くと、そこに「俺」はいなかった。だが、俺は俺の行くべき場所を知っている。
迷うことなく、考えることなく、俺は階段を上り、部屋の前に立つ。
そこは俺が死んだ場所。俺が生まれた場所。俺が目覚め、眠る場所。
幾度となく開いたその戸を、俺は開いた。




