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魔法にできないことはない  作者: 白辺 衣介
四章 ひなげしのさく頃に
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ひなげしのさく頃に

 俺の朝は早い。早いが、今回最初に起きていたのは、やはりレオンだった。レイも特撮番組の関係で朝は早く起きる習慣が身についているので、普段のように誰かを起こす必要はなかった。


「目的地はもうすぐ先だ。昼食前には到着するだろう」


 そう言って先導するレオンは、いつの間に取り出した鉈を片手に道を切り拓いていく。たまに現れる蛇や小動物は、時にその手の鉈で殺し、時に鉈で威嚇し障害を排除する。虫がいた場合は一瞥する。今のところは珍しくないか、すでに捕まえている種なのか、それだけでそれ以上の興味を示さない。


「私さ、ああやって、人がひとつの物事に取り組んでる時の顔が好きなんだ」

「いきなりなんだよ」

「なんか、今のレオンとジュンを見てたらそう思って」


 レオンはまだしも、俺がそういったことをした覚えはない。俺の才能は基本的に、器用貧乏に毛が生えた程度のものだと思っている。魔道以外においてはそつなくこなすだけで、何かに突出した能力があるでもなし。深く傾倒するものもない。趣味らしい趣味もない。

 まあ、俺を見て誰かを思い出したんだろう。アマナとか、名無とか。


「じゃあ、アマナにビーム習ってる時の自分はどうなんだ?」

「もちろん大好き! いやね? まずビームっていうのにはロマンが詰まってて――」


 冗談半分で言ったつもりが、地雷を踏み抜いてしまった。

 ビームについて講釈を垂れ流し続けるレイをよそに、俺は明後日の方向に視線を飛ばす。

こうなったレイは、好きなだけ話させてガス抜きさせるのが一番だ。こいつは人とビームについて話したいのではなく、自分がビームについて語りたいだけなのだから。

 典型的なオタクの特徴である。


「ビームを弾丸にした銃も熱くてさ。ライフルとかピストルにも良さがあって、ああ! ビットからビームが出るのもいい! 絵的には地味かもだけど、ビームのロマンだよねえ」

「そりゃあ良かったな」


 さっきからビーム中心の話題ではあるが、話があっちに行けばこっちに行く。話したいことが多すぎて、本人の中で固まっていない。言いたいことが言いたい順に、口をついて出ている。

その分、レオンはまだマシだ。あいつは普段が寡黙がちなこともあって、口数が増えると言っても常識の範疇だ。


「何と言っても大口径! 巨大な砲門にエネルギーが収束していく描写があるとテンション上がりすぎて鼻血が出ることもあるんだよ! そして放たれるビームッ!! 重々しい爆音と、高速で伸びる光の奔流! そして何より! 当たれば一撃必殺の威力ッ!! この攻撃力に私は惚れた!」

「ビームと結婚しそうな勢いだな」

「するっ!!」

「お、おう、そうか」


 テンションが有頂天に達したレイが半狂乱になりながら俺の肩をがしりと掴んだところで、前方にいたレオンが振り返る。レイは興奮のあまり気づいていない。


「静かにしていてくれ!」

「「あっはい」」


 レオンがキレた。

 俺たちが静かになったことを確認したレオンは前方へ向き直り、再び道を作り始めた。


「ね、ねえ、もしかしてブチ切れちゃった……?」


 たった一言で我に返ったレイが小声で問いかけてくる。そんな怯えた小動物みたいな反応をするぐらいなら、最初から静かにしていればいいものを。


「今のはプチ切れだな。レオンはマジで怒ったら静かになるタイプの奴だ」

「なんだ、良かった」


 なんだじゃないが。しれっと俺まで怒られたんだが。

 嘘でも本気で怒ったと言っておけばよかったと反省しているうちに、辺りが少し広い場所にやってきた。

 訝し気に周囲を見渡したレオンは、何やら合点がいったようで数度頷いた。


「どうやらこの辺りで、過去にシラジラカブトの捕獲を試みた者がいる。不自然に広いこの場所は、恐らく捕獲のために応急の拠点を作った跡地だ。捕獲が数日を消費するものなら、森の中にこうした小広場を作ることは珍しくない。ちょうどいい機会だ。俺たちもここを利用させてもらおう」


 荷物を下ろしたレオンは一度大きく伸びをした。長時間も重い荷物を背負っていれば、肩も凝るだろう。凝り固まった全身を簡易に解したレオンは、手持ち無沙汰な俺とレイに振り返ってこう言った。


「ここをキャンプ地とする」


 昨晩のレイとは逆に、葉と小石を払って平坦な場所を作ったレオンは、そこに敷布団らしきものを敷いた。キャンプというよりサバイバルじゃねえか。

 俺とレイは寝袋しか持ってきていない。レイは昨日と同じく葉を敷き集め、昨日何をすることもなく寝た俺は、レオンに倣って寝床の準備をした。


「寝床が完成したら、捕獲のための準備があるから手伝ってくれ」

「よし行くわ」


 一番時間がかかるのはレオンで、その次にレイ、俺と続く。流石、慣れている――最早プロ――のレオンが一番早く、そのあとは俺とレイだ。

 レオンがデカいバケツに、ポリバケツの中に入ったよく分からない液体を注ぐ。そして、これまたデカい布をその中に浸す。四方の角は濡れないように、中心部だけ。周囲に甘ったるい匂いが充満する。


「なんだこれ」

「シラジラカブトの好きな匂い、味の蜜だ」

「へえ、そんなの売ってんのか」

「いや、希少種が好む蜜は正規のルートで出回ることはない。今回は俺が自分で作った」


 改めて、こいつが持つ虫への情熱を知った。


「これを適当な木にかける。蜜がついて、それをきちんと拭き取れないと、虫や虫系の魔物に襲われる。気をつけてくれ」

「お、おう」


 なんか、昔アマナとレイに付き合われてやったゲームに、そんなアイテムがあった気がする。

 およそ五メートル四方の布をちょうどいい感覚で生えている木に括り付ける。布に染み切らなかった分の蜜がぽたぽたと垂れ落ちる。大型の虫が大量に張り付いてもずり落ちないように、厳重に括り付ける。


「これでいいだろう。あとは魔物が来ないように、もしくは来ても対処できるように備えておくだけだ。見張りは夜だけで十分だから、夜の間、三人で交代しながら見張りをやる」

「飯はどうする? 今日はまだ朝も食ってないだろ」


 俺は自分の分は長引いても過ごせるだけ食糧を持ってきている。


「俺はその気になれば野草や茸でも取って食べる。問題はレイだ。あいつは好き嫌いが多――」

「いきなり黙ってどうし――」


 レオンがいきなり黙って口を半開きにしたまま固まる。つられて俺も振り返ってみた。その先にあった光景は、俺の意識も一瞬停止させた。


「このシロップ美味しいねえ」


 どうやって用意したのか、フレンチトーストにレオン特製の蜜を垂らして食べている、レイの姿がそこにあった。

 頭おかしいんじゃねえのこいつ。


「いや、おい、お前、レイ、何してる」

「ん? いい匂いしてたからちょっと貰ってる」


 レイに詰め寄ったレオンはわなわなと震えている。前述のとおり、レオンはキレたら静まり返るので、キレたわけではないだろうが、雰囲気は非常に不味い。

 できることなら、今すぐに帰りたい。


「あれ、駄目だった? まだまだいっぱいあるっぽいからちょっとだけいいかなーって思ったんだけど」

「少し消費する分には構わないが、お前、なんともないのか?」

「別に? 美味しいよ?」

「そ、そうか、ならいいんだ」


 レイを気にするように、ちらちらと振り返りながらレオンが戻ってくる。会話の内容から、レオンが何を気にしているかはおおよそ想像がついた。


「あの蜜は人間にとってよくないもので、毒とまでは言わないが、人によっては口にした途端に嘔吐するものもいる。過去に似たものを陛下とアマナが口にして、大惨事になったことがある」

「何やってんだあいつら……」


 赤ん坊に蜂蜜を与えてはいけないという話がある。免疫力の弱い赤ん坊では、蜂蜜に含まれる菌に耐性がないかららしい。これはその話のスケールを大きくしたものだろう。毒にも薬にも、人によって耐性の有無がある。


「まあ、無事ならいい。俺たちも食事をとろう」

「……そうだな」


 レイがどこからフレンチトーストを用意したのか、それは結局分からなかった。

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