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魔法にできないことはない  作者: 白辺 衣介
四章 ひなげしのさく頃に
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ひなげしのさく頃に

 噴水広場に到着したのは俺が最初だった。集合時間に遅れたくない性質の俺は、その時間の十分前には必ず到着するようにしている。俺が知る限りで、今回虫捕りツアーに参加するのは主催者のレオンと俺だけだ。交友関係の狭いレオンのことだから、増えるとしてもあと二、三人が精一杯だ。


「お、ジュンも来るんだ」

「レイか。お前こそ、虫に興味あったのか?」


 虫刺されなどなんのその、いつもの如く薄着のレイが現れた。


「去年は用事が重なっちゃって行けなくてさー。ジュンこそ、去年で懲りたかと思ってた」

「懲りたは懲りたが、誘いを断るほどじゃねえよ。誘われなけりゃあ絶対行かねえが」

「そだよねー。ジュンって、私たちより大人っぽいし」


 いやお前らが子供すぎるだけだろ。

 レイに関しては、てっきり特撮系統のものにしか興味がないものと思っていたが、どうやら心は完全に少年だった。短パンを履いた少年と言えばそう見えなくもない。レイは胸もホライゾンだ。

 そんなことを口に出すと消し炭にされかねないので、胸中に留めておく。


「最近の名無ちゃんどう?」


 話は変わって、レイが名無について問いかけてくる。具体的に何を、とは言っていない。


「面白いな。あいつは自分でボケるより、他人にいじられた方が面白いタイプだ」

「分かって言ってるでしょ」

「そりゃあもちろん」


 具体的に何を、とは言わない。それを口に出すのは、プライバシーの侵害だ。

 レイがジト目で俺を見ていると、レオンがやってきた。クソ真面目なあいつにしては珍しく、時間ギリギリの登場だ。まあ、去年もこんな感じだったので、そこまで気にすることではない。


「すまない、待たせた。さあ行こうか」


 ひとつひとつは普段の装備よりは確実に軽い。だが、フルアーマーとでも呼べそうなほどに、てんこもりに道具を装備してきているレオンは、明らかに普段よりも動きが悪い。

 こいつ虫籠何個持ってきてんだよ。目的はシラジラカブトだけじゃねえのかよ。


「相変わらずもっさりしてるねえ。そんなので動けるの?」

「心配いらない。今回は積極的に動くのではなく、一か所に留まって相手が来るのを待つ。シラジラカブトは数が少ない代わりに、警戒心は比較的薄い。他の虫とは違って幾分かは捕まえやすい部類に入る」

「で、なんでそんなに籠があるんだよ」

「これは副産物が捕れると思ったからだ。あくまで第一優先はシラジラカブトだが、魔王領地には他にも珍しい虫が多い。捕まえられるだけ捕まえる」


 早口で、鼻息を荒らくながらまくしたてる。特撮について語っている時のレイと同じ匂いだ。

 移動経路は電車。こんなふざけた恰好のレオンと一緒にいるのはかなり恥ずかしい。名無と話した、身だしなみ云々の話を思い出す。そう言えば、レオンもそういったことを気にしない人間だった。


 向かう先は恒例定番のシガル砦。俺が一踏破軍を撃破したからか、最近は魔王軍の襲撃も頻度が落ちている。二日前に襲撃があったところなので、最近の周期から考えるに、少なくともあと一週間は襲撃がない。この期を逃す手はない。


 しばらく電車に揺られ、シガル砦を抜けていく。俺たち三人は何度もここを訪れているので、守衛に引き留められることもない。何も危険がないのなら、引き留める必要もない。多少の危険があっても、ローン国民なら呼び止めない。多少の危険なら自己責任という思想を持っている者が多い。


「シラジラカブトの生息地域はここから少し距離がある。今日一日は移動になると思っていてくれ」


 レオンががっしゃがっしゃ音を立てながら森を進んでいく。臆病な小動物や虫はその音に反応して逃げていくも、凶暴なものはテリトリーに入ってきた侵入者を排除するために攻撃性は非常に高まっている。


 乱入で余計な時間を消費しないために、虫よけスプレーを振りまく。超強力なものを買ってきたので、若干の魔物よけ効果もある。念のために、俺でも使える効果が弱い魔物よけの魔道も発動しておく。アマナがいない時にこっそり部屋に忍び込んで、あいつの本を読み漁った甲斐があった。

 大昔の侍でも、こんなに音は立てないだろうと思うほどの騒音をまき散らしながら、レオンは先行する。


「何個か持ってあげた方がよくない?」

「それで俺たちがやらかしたら、あいつめちゃくちゃ怒るぞ」

「うっそ。レオン怒るの?」

「去年俺が一個虫籠を壊した時、しばらく一言も話さなくなった。もちろん話しかけても返事は沈黙だ」

「……やめとこ」


 あの時のレオンの背中ほど威圧感のある背中は滅多にない。レイはレオンに怒られるのは勘弁といった様相で、俺の隣についた。幼馴染のレイですらレオンが本気で怒ったところを見たことがないのは、俺にとって少し意外だった。


「ねえジュン、ちょっといい?」

「どうした?」


 長時間、悪路を歩いている影響で疲れが見えてきたところで、すすすとレイが身を寄せてくる。こいつは普段からハイテンションで無駄な動きが多いから、体力もその分多いのだろう。


「足めっちゃ痒い」

「自業自得だバカたれ!」





 陽が傾き始め、視界もかなり悪くなってきた。レオンが言うところの目的地にはまだ到着していない。しかしこれ以上進むのも危険なので、今日はここで野営することになる。俺が野営するのは、今回で三回目になる。未だ野営は慣れない。そもそも、都会育ちの二歳が野営に慣れている方がおかしいか。


「お前は大丈夫なのか?」

「んー? 何が?」

「大丈夫そうだな」


 レイに野営でも大丈夫か、と言葉を端折って訊いたのだが、レイは辺りに落ちている葉っぱをかき集めて簡易にもほどがあるベッドを作っていた。

 レオンはすでに眠っている。


 俺の身内、たくましすぎないか……?


 慣れていないとは言っても、眠れないわけじゃない。ガルアに無理矢理眠らされてから――気絶させられたとも言う――俺は少しだけ野営に慣れた。あの件はマイナスなことばかりがあったとは言えない。アマナも良い意味で甘くなったし。

 普段から健康的な生活を送っていることも幸いして、今回は早く寝つくことができた。


 それでも、この場にいる三人の中では一番遅かった。

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