ひなげしのさく頃に
俺は春が嫌いだ。何故か? そりゃあ決まってるだろ――
「魔王領地にしかいない虫を探しに行きたいんだが……付き合ってくれるか?」
レオンすら馬鹿になるからだ。
俺の身内には、精神が子供な奴が多い。
アマナは我がままで、陛下は中学生で、レイは特撮オタクだ。特にこの時期は俺を除けば、名無の精神年齢が一番高いと言えるかもしれない。
春でさえなければダントツでレオンなんだが、春となるとレオンはレイと同レベルまで堕ちる。
レオンの虫蒐集趣味は周囲の人間には知れ渡っている事実で、この時期になると毎年長期で休暇をもらっているという。去年も俺は付き合わされ、一週間近く森の中をさまよった。
いつかに言った通り、魔王軍が占領している土地は元々人間が住んでいた場所だ。その地域にしか生息していない虫もいれば、虫系の魔物も存在する。まあ、レオンは後者に興味はないようだが。
「シラジラカブトと言ってだな、角を含めて全身が真っ白なカブトムシを捕りに行きたい」
「うん、まあ、別に何かやることがあるわけでもねえし、いいんだが」
普段よりも明らかに口調が明るく、口数も増えているレオンには未だ慣れない。目も、特撮やビーム、レーザーについて語っている時のレイと同等に輝いている。
最近はアマナのストーキングも直接なものではなくなってきているので、自由度は上がっている。その分精度は上がっている。この前造った、俺の居場所を感知する魔法を改良したと言っていた。
喜ぶべきか、悲しむべきか。
「ならよかった。集合場所はいつもの噴水広場だ。時間は午前十時。あと、一応名無にも声をかけておいてくれ」
「あいよ」
アマナは自室に引きこもって、おそらく魔法の製造を行っている。ファストに慣れた名無は、アマナから支給された小遣いを手に、レイとともにショッピングに出かけている。
故郷での傷もほとんど癒えたようで、最近はよく笑う。無理をしている様子もない。
言うべきことを言い残して、レオンは出て行った。明日一番重装備になるのはあいつだ。魔王領地に行く関係上、普段の恰好よりも大層な装備になる可能性もある。
「ただいま帰りましたー」
「おうお帰り」
レオンと入れ替わりで名無が帰ってくる。女子らしく服でも買ってきたらしく、手に提げている袋にプリントされたロゴは、ファストでも有名なブランドのものだ。
「この時期は売れ残った冬物が安くていいですねえ」
「ほーん」
「ちょっと反応薄くないですか?」
「アマナも俺も、服とか興味ねえからなあ」
アマナはいつどこでも黒のインナーに白のローブだ。魔法で温度調節もできるので、あいつが季節によって服装を変えることはない。
俺は流石に季節によって服装は変わるが、着られてダサくなけりゃあ何でもいいと思っているので、必要以上に洒落たりはしない。うちにあるタンスは名無が来るまで飾り同然だった。
買ってきた服を一旦ソファの上に置いた名無は、その隣に座る。その位置は俺の対面になる。
「駄目ですよ。ジュンさんもアマナさんも容姿がいいんですから、ちゃんとお洒落しないと」
「着飾ったところで、互いの好きな相手に好かれてたらどうでも良くね?」
明確に付き合っているわけではないし、相手に向けてちゃんとした告白をしたわけでもないが、アマナと俺は一応相思相愛の関係だ。必要以上にモテたら関係が拗れるだけで、何もいいことはない。
「そう言われるとそうではありますけど」
着飾るということは、見栄を張ることが目的でなければ、求愛行動だと俺は思っている。人間には明確な発情期がない。だからこうして、常日頃から自分を美しく見せるのだ。名無は魔族だが。
「ていうかお前、最近俺のことよく褒めるよな」
「ほわっ!?」
背後が背もたれなので、下がることはできないながらも、下がったように錯覚した。それほどまでに名無は身を引いた。
名無の故郷の件から一か月。それまでと比べて、名無は明らかに俺を褒める頻度が高くなっている。何なら服を買いに行く頻度も高くなっている。
名無の顔は赤かった。
「いや! いや! いあ! いあ! そんなことないですよ!」
「今ちょっと正気度下がったろ」
一瞬海底に意識が飛んで行った名無は、髪を振り乱しながら俺の言葉を否定した。お前が頭を振り回すと角的に洒落にならないからやめてくれ。
数度深呼吸をして、ある程度落ち着きを取り戻した名無が胸を張る。耳はまだ赤い。
「第一、私がジュンさんを褒めて何になるんですか? アマナさんならまだしも、ジュンさんを褒めても何も出ないでしょう?」
「俺の好感度が上がる」
「あわわわわわわ……」
なんだこいつ面白いな。
しかしあんまりいじめるのも可哀想なので、レオンに任されていた話に切り替える。
「話は変わるが、レオンが虫捕りに行くから、お前も着いて来ないか、だってよ」
「いあ、いあ、ふたぐん、ふたぐん」
「駄目だこりゃ」
名無は正気度がマイナスに振り切り、海底だか宇宙の果てだかに意識がすっ飛んでしまった。ぐるぐると目を回して、背もたれに頭を預けて交信している。
服を放置しておくのも何なので、手に引っ提げて二階にある名無の部屋の適当な場所に置く。ついでに、明日のことをアマナにも声をかける。
数度ノックすると入っていいとの返事があったので、戸を開けて頭だけ出す。アマナは魔法の製造ではなく、なにやら本を書いている様子だった。
「ジュンか。どうしたんだい?」
「明日、レオンと虫捕りに行くわ」
実年齢二歳とはいえ、精神年齢は十代後半だ。足して二で割って初めて、台詞通りの年齢になる。我ながら、なかなかおかしいことを言っている自覚はある。
「もうそんな季節か。うん、行ってくるといい」
アマナは椅子を回し、俺に正面を合わせてそう言った。
許可を下したアマナは、すぐに机に向かった。アマナが書いている本の中身が気になるが、中身を問うと変にいじられることは分かっているので、そのまま退散する。
虫捕りにあたって、俺はこれといって準備するものはない。せいぜい虫よけスプレーを買うか、虫よけの魔道をアマナに教えてもらうかだ。
後者は絶対に面倒なことになるので、俺は虫よけスプレーを買うために家を出た。




