頭角これくしょん―頭これ
自宅にいた。いつものような風景であって、実際はそうではない。
名無も、アマナもいない。用意されている紅茶のカップは、ひとつしかない。何より、俺の目の前に俺が座っている。
「よう、俺」
その「俺」は、俺が目覚めたと認識すると、この出会いがさも当たり前のように声をかけてきた。
「ったく。あんな奴に半殺しにされるとはな。まあ、二歳にしては上出来か」
「何の話をしてんだよ、お前」
「そりゃあ、俺の話さ」
気味が悪い。俺ではない、しかし俺とまったくすべてが同じ存在がもう一人いるかのような感覚。ドッペルゲンガーどころの話ではない。
「俺は」ひとつしかないカップを一口呷ると、一息吐いて再び語り始める。
「気分はどうだ? 生きてて楽しいか?」
「何わけ分かんねえこと言ってんだよ」
「とにかく答えろ」
とにかく答えろ、と言われても、気分はまだしも、生きてて楽しいかどうかなんて哲学的な話は俺に問うべきものじゃない。そんなこと、「俺」なら分かっているだろうに。
どうやら「俺」は時間を与えてくれるようなので、甘えて思考のために時間を消費する。
楽しいか、否か。
「どっちでもねえな。俺は生きてるとは言えねえ」
「……ああ、そうだったな。お前は、俺は、生きてねえな」
噛み締めるように、思い出すように、「俺」はその言葉を咀嚼する。
俺は生きていない。生きているように見えるだけだ。俺は、人造人間なのだから。
「お前は、『俺』はどうなんだ」
そう問いかけても、同じ答えが返ってくるはずなのに、俺は「俺」にそう訊いていた。
その問いを聞いて、自嘲するように笑った「俺」は、両手を肩まで持ち上げ、下ろした。
「楽しかった」
その目は俺を羨んでいる。俺と「俺」は同じ俺のはずなのに。
ふうと淀んだ息を吐いた「俺」は、カップに紅茶を注いだ。
「生きてないにしても死ぬなよ。お前は俺だが、俺はお前じゃねえ。俺をお前にさせるなよ」
「意味は分からねえが、死ぬ気はさらさらねえよ」
「そうか。悪いな、無理矢理呼び出して。もう行っていいぜ」
そう言った「俺」は玄関のある方向を親指でさす。そこが出口なのだろう。俺としても、これ以上よく分からない場所で、見知った見知らぬ者の相手をするのは気味が悪い。立ち上がって、玄関まで振り返らずに歩いて行く。
振り返っても「俺」はいないと、何故か俺は分かっていた。
◆
十分ではないにしろ、睡眠をとることができた俺は、倒れる前よりもはるかに状態が良かった。少なくとも二か所骨折しているが、歩くことはできる。右足を引きずりながら、来た道であろう道を歩いて行く。景色に見覚えはない。気を失っているうちに、かなり遠くまで連れて来られたようだ。
ガルアが使っていた軽トラは、足が骨折しているので使えない。この状態でここから戻るとなると、ゆうに一日を消費しそうだ。
まあ、そんなことはあり得ない。何故なら、もう既にアマナの姿が見えている。
俺がアマナを見つけると同時に、アマナも俺を見つけたようで、隣にいる名無を置き去りにして俺の前に現れた。
しれっとテレポートするな。
「あ、ああ、ジュン、だ、大丈夫? 酷い怪我だ、痛くはないかい?」
「めちゃくちゃいてえけど、一応は大丈夫だ」
「ごめんね。今治すから」
そう言って、手っ取り早い時間魔法で俺の傷を戻す。その手は震えている。
監督不行き届きと言えばそうだが、今回はアマナに責任はない。俺が怪我をすることを異常に恐れているアマナは、治った俺の手を強く握って額に当てながら、何度も謝る。
遅れて合流した名無は、息も絶え絶えになっている。俺がアマナを見つけた段階では、視認できたというだけで、結構な距離があった。
「何があったんですか? 朝起きたらいなくなってるから驚きましたよ」
「あれの相手をしてたんだよ」
後方で真っ二つになっているガルアを指さす。何の後処理もしていないので、血溜まりはかなり広い範囲に広がっている。
「あれって、え? あれ? 一踏破軍ですか?」
「ああ」
「ひ、一人で倒したんですか?」
「他に誰かいると思うのか?」
魔王軍の将を名乗ってはいたが、如何ほどの強さなのか、具体的には知らない。前に砦で遭遇した時も、アマナとモブがふざけているだけで、何の情報も手に入らなかった。
戦慄いている名無から推測するに、魔王軍の中でも一二を争うレベルの力を持っていたのだろう。
「一踏破軍は魔王を除けば、魔族の中で最も強い魔族です。それを倒したということは、人間にとって、ちょっとどころでは済まない戦果ですよ!」
「いまいちピンとこないな」
人間の間で噂になっていたこともない。本格的に姿を現したのはおよそ半年前だ。多大な戦果を上げたと言われても、陛下ですら名無が持つ驚きを十全に理解できないだろう。
俺と名無が話しているうちに落ち着いたのか、アマナが俺の手を放す。そして息を吐いた。
「帰ろうか。これ以上私たちにできることはないだろう」
「そう、ですね。死んだ者は生き返りません」
アマナが名無を一瞥する。口元から、小さく何かを呟いたのは分かったが、何を言っているのかまでは分からない。俺は読唇術を習得していない。
二人が来た道を引き返していく。俺はある言葉が引っかかって、その言葉を反芻し、それについて思考を巡らせる。
「やっぱり、どこか痛むんじゃ……」
立ち止まって、眉間に皴を作っている俺を心配したアマナが戻ってきて、俺の顔を覗き込む。
「大丈夫だっつったろ。いたって健康だよ」
「それならいいけど……」
今度は立ち止まらないように、浅く思考する。アマナに余計な気苦労をかけないように、適当な話を持ち出して場の空気を明るくする。
「人は生き返らんよ」。ガルアの言ったその言葉が、俺の中でしこりとなって違和感を発し続けている。




