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魔法にできないことはない  作者: 白辺 衣介
三章 頭角これくしょん―頭これ
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頭角これくしょん―頭これ

 森での一件以降、魔族が襲ってくることはなかった。そのおかげで、今日中に村の魔族たちを全員埋葬することができた。村から少し外れたところに、集合墓地があったことも大きい。

 名無は、自分の自宅の前に立っている。辛うじて家屋の体を成している家々もある中、名無の家は一切の面影と原型を無くして、黒い煙を立ち昇らせている。


「全部、なくなっちゃったんですよね。名前どころか、思い出も、家族も」


 黙祷を終えた名無が振り返って、空元気だと分かる笑顔を向けてくる。

 そうだ。なくなった。名無は身内とも言える相手に、家族を奪われた。名無に残ったのは、不真面目な由来の名前だけ。


「ああ、でも、ちょっとだけ残ってました」


 名無の口癖が返ってくる。強がりでも、虚勢でも、いつもの名無の姿がここにある。


「私にはジュンさんとアマナさんがいる……と思っていいですか?」

「違うだろ」


 呆れ気味に笑って言葉を続ける。


「陛下もいる。レイも、レオンも、なんならガイ大臣だっている。ちょっとじゃねえよ」

「あはは、そうですね。一国、いえ、人間の最高戦力が『ちょっと』なはずありませんね」


 陽はもうほとんど沈んでいる。アマナは今、寝食に使えそうな家屋が残っていないか探している。村すべてが焼き討ちされたわけではないので、一抹の希望はある。

 アマナが来るまでの間、名無はこの村で過ごした十余年を語った。


 魔物を子供だけで手懐けた話、名無が村の魔術大会で優勝した話などなど、この村であった、楽しかった懐かしい出来事を話し連ねていく。その話々をしている時の名無は、現状の悲惨さを忘れていた。

 陽が完全に沈み、明かりは瓦礫からいただいた焚き火も、そろそろ心もとなくなってきたころ、アマナが戻ってきた。


「馬小屋しかなかった」

「俺が見張りやるからここで寝ろ」


 田舎での消灯は早い。季節はもう春で現在の時刻はおおよそ午後六時だ。夕ご飯を食べられないのが痛いが、眠ると考えるなら何もおかしくはないだろう。老人なら。


「流石に魔族と戦うかもしれない状況で、ご飯抜きはないでしょう」

「なら何か食えそうなもんあるのか?」

「あるにはありますけど……人間って魔物食べます?」

「無理だよあんなの。私、七年前に食べたことあるけど、臭いし硬いし、食べられたものじゃない」

「時間をかければ食べられるんですけどね。今はそんな時間もないですし」


 行き詰まりだ。名無の言う通り、腹ごしらえはしておきたいが、多少ならまだしも、山菜をたらふく食べるのは違う。何かないかと思案していると、アマナがポンと手を打った。


「馬小屋で死んでた馬を食べよう」

「名案ですね!」


 早くも普段の雰囲気を取り戻しつつあるのは大変よろしいことだが、勢いだけで妙なものを提案するのはやめていただきたい。


「美味いのか? 馬って」

「真面目な話をしているんだから、ふざけたことは言わないでよね」

「ふざけんなよお前」


 一応人が死んでいる手前、大声で突っ込むようなことはしない。代わりにアマナの後頭部を右掌ですっ叩いた。


「真面目な話、馬は美味しいですよ。小屋の馬が死後どれぐらい経っているかは分かりませんが、焼けば大丈夫でしょう」

「ええー、馬って言えば刺身じゃない? 最近食べてないし久しぶりに食べたい」

「こんな状況でわがまま言うなよ」


 調理法はともかく、馬を食べることには賛成だ。下ごしらえは急造で雑なものになるが、名無が言う通り、火を通せば大丈夫だろう。俺はよく焼いた肉には信頼を置いている。

 この状況で誰かを独りにするのは不味いと、全員で行動する。寝床候補だった馬小屋は、多少荒らされた形跡こそあれど、他の家々と比べるとかなりマシだ。馬も鋭い剣で首を一刺しされた傷があるだけで、死体の損壊は激しくない。


「毒を入れられた形跡もねえ。血を抜けば食えそうだな」

「どうせ焼くんだったら血も抜かなくていいよ」


 焼くなら血も蒸発するだろの精神。俺も血を抜くのは面倒なので、その意見に賛同する。


「じゃあ捌きますから、二人は小屋の前で待っててください」


 血の関係か、俺たちを小屋の外に追い出す。星と月の明かりだけに照らされる村は、都会であるローンとは違う趣を俺たちに見せる。


「鶴に変化するわけでもあるまいし、追い出すことはないと思うんだけどねえ」

「汚れるんだろ。別におかしかねえ」


 あのサイズの動物の腹を掻っ捌くなら、それ相応の血溜まりが出来上がる。当然靴は汚れる上に、下手をすれば血の匂いが取れなくなる。そういった気遣いだろう。

 しばらくして、手を真っ赤に染めた名無が、肉塊を片手に小屋から出てきた。曰く、病死した家畜を捌いた経験があり、この手のことはそこそこ慣れているのだそう。


「どういう分配にします?」


 焚き火があった場所まで戻り、食器を拝借したところで、名無がそう尋ねた。

 アマナと俺と名無。この三人が食べる量は全員ほとんど同じ。肉体だけなら成長期の俺と、正真正銘成長期の名無が多めに食べているところがあり、アマナは普通によく食べる。その摂取カロリーはどこに消えているのか、小一時間ほど問いただしたい。


「最初に言っておこう。私はかーなーりお腹が空いている」

「んなもんこの場にいる全員がそうだ」


 昼食そっちのけで村まで移動し、魔族と戦闘になり、村人を埋葬したんだぞ。

 この村では特定の部位以外、馬を食べる慣習はなかった。なので名無が持ってきた量は、普通の三人分としては適量だが、俺たち三人となるとやや心もとない。


「そしてこうも言っておくよ。この世界に純粋な三分の一は存在しない」


 当たり前だ。一は三で割り切れない。数学的に三分の一は存在するが、実際問題、三分の一は存在しない。物理的なものを完全に、均等に、三つに分けることは不可能だ。

 つまり、誰かが確実に損をする。この場で最も立場が弱いのは俺だ。平時であれば名無だが、境遇を鑑みて損を押し付ける奴は鬼畜以外の何者でもない。アマナは言わずもがな。


「お前らが四分の三を二で割って食えばいいだろ。俺は余った分でいい」


 損な役回りは慣れている。嫌なものに慣れてしまったものだと自分でも思う。

 このまま話が片付けばいいのだが、現実は、もといアマナはそう甘くない。


「育ち盛りのジュンが少なく食べるのは違う」


 モンスターペアレントがなんか言ってるが、俺はそれを無視して【裂断「ドラゴンクロウ」】で勝手に切り分ける。アマナが持ってきていたナイフにそれを刺し、火で炙る。


「ジュンさん勝手に進めてますけど、アマナさんはいいんですか?」

「一人焼き肉をさせるわけにもいかないし、これでいいよ」


 できれば米が欲しかったと思いながら、俺は肉に齧りついた。



 晩飯を食べ終えた俺たちは、最初に拠点とした清流の近くで野宿することにした。野外で眠ることに慣れていないのは俺だけで、アマナと名無は早々に眠りについた。

 例の如く虫魔物よけの魔法を発動している。しかし種類は若干異なり、日中発動していたものは発動中魔力を消費し続けて維持するもので、今回のものは最初に込めた魔力のぶんだけ効果が持続するもの。

 無駄にバリエーションが豊富だ。


「まったく、女のくせに図太い奴らだよ本当……」


 水を手で掬って一口水を飲む。今夜はもう眠られる気がしない。

 木漏れる月光を浴びながら、用を足すのにちょうどいい場所を探す。あまりに近いと起きたアマナに何か言われそうなので、少し離れた場所まで歩いていく。拠点の場所を忘れないように、目を凝らして細かな景色を覚える。


 適当な場所で用を終える。もう一度睡眠にチャレンジしよう。この状況で一睡もしていないのはいくら何でもよくない。仮眠でも浅くとも、一応は眠るべきだ。


 そう思って大きく欠伸をした俺の後頭部に、硬い何かが叩きつけられた。

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