表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法にできないことはない  作者: 白辺 衣介
二章 筋力王者! 脳キング!
11/30

筋力王者! 脳キング!

「今の動きは見えたかな?」


 股間を押さえて、過呼吸になっている陛下を気に留めることなく、名無に問いかける。名無はその問いに、首を横に振ることで答えた。

 名無の戦闘スタイルは知らない(毎回違う手で襲ってくるからだ)が、今の動きが捉えられないようなら、俺に勝つなど夢のまた夢だ。


「それじゃあまずは、動体視力と反射神経からだね。ほら、起きろよ」


 死にかけている陛下に追い打ちで蹴る。威力は低いにしても、人の股間を思い切り蹴り上げた数十秒後に放つものではない。台詞も行動も。


「お、俺は……いいって言ってねえぞ……!」

「まったく、強情な奴」


 やれやれと言った風なジェスチャーを行ったアマナは、しゃがみ込んで何やら陛下に耳打ちした。すると、一瞬のうちに陛下の表情が、やる気に満ち溢れたものに変わった。


「よーし名前も知らねえ魔族の女! 俺が鍛えるからには安心しろ! 俺が船だ!」


 勢いよく立ち上がった陛下は、胸をどんと叩いてそう言った。

 絶対に沈まないだろうが、その例えはどうなんだ。


「はいっ! 師匠!」

「何をするにも、とりあえず体力が必要になる。まずはこの城の外周を魔力なしに十周だ! 着いてこい!」

「アイサー!」


 名無本人はともかく、陛下までやる気たっぷりに、部屋から走り去っていった。城の外周と言えば、おおよそ十キロはあったと思うんだが、大丈夫だろうか。

 いや、そもそも、さっきまで面倒くさがっていた陛下が、なぜあんなにもやる気をだしているんだ。


「お前、陛下に何言ったんだよ」

「『チラリズム』、たったそれだけの、簡単な言葉さ」

「お前も陛下も最低だな」


 さて、陛下が本格的に名無を鍛えるなら、俺もちょっとは修行なり鍛錬なりをしておかねえと、マジでやられかねない。久しぶりに本腰入れて頑張るか。





 名無が陛下に弟子入りして早二週間。俺の方が一息ついたので、様子を見に来てみた。この二週間、名無は一度もうちに帰らず、城に籠りきりだった。スイッチが入った陛下は本物の脳筋なので、貞操的な意味では名無を心配する必要はない。


 城の地下にあるトレーニング場。陛下の趣味全開で造られたここは、様々なトレーニング器具や実践のための広場などがある。


 早朝なので、アマナは置いてきた。あいつを起こして、連れ出すとなると一時間はかかるだろう。

 警備員に挨拶をしながら実践場へ向かう。俺単体では、まだまともな人間だと思ってもらえているようで何よりだ。


「おお、やってるやってる」


 実践場では陛下と名無が素手で戦っていた。もっとも名無は身体強化込みだ。名無も本気でやっているだろうに、それをあしらえている生身の陛下の異常性が際立つ。アマナに完封されたとはいえ、流石戦闘民族の長だ。


「そろそろ来る頃だと思っとったよ、ジュン」

「大臣もいらっしゃるんですか」

「呼びつけられたんよ。監督役を任せたっつってな。仕事ほっぽり出して敵方の育成とか、あいつ頭おかしい」


 壁に背を預け、屈みこんで二人の戦いを見守るガイ大臣は、口ではそう言いつつも楽しそうにしている。立場がある今では純粋に楽しめないのだろう。


 大臣の隣で陛下と名無の戦いを俺も見守る。互角のように見える戦いは、明らかに陛下が手を抜いている。男女と言う性差、経験値の量、この二つがあると言えど、やっぱり生身で身体強化についていき、なおかつ手を抜けるのはおかしい。

 名無の攻撃のすべてを見切り、反撃を加える。名無も回避だけなら上手くなっている。陛下の攻撃を、多少乱暴ながらも回避し続けている。顔面に右ストレートが迫る。それを左手でいなし、一歩踏み込んだ陛下は右の拳をぐっと握り、それを振り上げる。名無の顎に触れる寸前でピタリと動きを止めた拳は、名無の髪を揺らした。


「いったん休憩! 三〇分後に身体強化について座学やるから小教室に集合!」

「はいっ!」


 体育会系な雰囲気も板についてきた名無は、大きく返事をすると座り込んだ。

 余裕綽々な陛下はこっちに来ると、ガイ大臣のそばに置いていた清涼飲料水をがぶ飲みした。


「お疲れ様です陛下」

「おうジュン。いい加減敬語外したらどうだ?」

「俺はそこまで顔が厚くないので」

「上下関係とか気にする必要ねえんだけどなあ……」


 空になった五〇〇ミリリットルのペットボトルを、ガイ大臣に向けて放り投げる。大臣はそれを、舌打ちしながら受け取った。

 遅れてやってきた名無は地を這っている。下半身が動かなくなったゾンビのようだ。


「うううぅ……ジュンさぁん、この人滅茶苦茶ですぅ……」

「滅茶苦茶なのは、この国の上層部特有のもんだ」

「でも、強くなってる実感はあるんです。私がどれだけ未熟だったかを自覚しました」


 魔力と才能にものを言わせて、無理矢理な戦法が多かったからな。陛下も脳筋とはいえ、脳筋なりの技術力はある。その技術を一部分でも盗むことができれば、名無の実力は飛躍的に上がっていくだろう。

 休憩中にすら筋トレをしている陛下は流石としか言いようがない。体力無限なのか。


「ジュンさんの方はどうですか? 私がいなくて寂しかったりしませんか?」

「何馬鹿なこと言ってんだお前。爆音が騒音になった程度だ」

「ロックがジャズになったぐらいですか?」

「双方に謝れ!」


 音楽をなんだと思ってるんだこいつ。


 ガイ大臣から陛下が飲んだものと同じ種類の飲料水を受け取り、同じくがぶ飲みした名無は、生中の一口目を飲んだおっさんのごとく息を吐いた。スポーツウェアなだけ、そのおっさん感は減衰している。

 飲料水を飲み終わった名無は、俺とガイ大臣の間に入って腰を下ろした。


「私は寂しいです」


 急にマジなトーンで話し始めた名無の声を聞いた俺は、ガイ大臣に助け舟を仰ぎたく、視線を送った。しかし、大臣も何か面倒を察知したのか、筋肉が上下に揺れているところを見ているだけだった。

 ふざけんなよ。自分の時は権力振りかざして招集するくせに。


「故郷から出てきて、ジュンさんを殺すのに失敗して、お世話になることになって……アマナさんとジュンさんは、初めて故郷を出た私にとって第二の家族みたいなものなんです」


 殺したい相手に向かって「第二の家族」とか、頭おかしいんじゃねえの。


「ですので、その、できればジュンさんを殺さずに名前を取り戻す方法はないか、考えてるんです」


 その方法は名無の故郷に帰って、俺が名無をボコボコにすればいい。それはそれで後々報復が来そうで怖い。そもそも魔族の領地に乗り込む行為自体がイカレている。


「……まあ、名前は大事だわな」


 名無の本名が何かは皆目見当もつかない。この名前だって、その場のノリでアマナがテキトーにつけたもので、由来もクソもない。そんな名前よりも、本名の方が大事に決まっている。俺だって、どんな由来があるかも分からない自分の名前でも、失いたくはない。


「だから、私がジュンさんよりも強くなる前に、私と一緒に来てくれませんか?」

「は? お前調子乗るのも大概にしろよ。突貫で鍛えた奴に負けるほど俺はヤワじゃねえ」

「む。鍛えてないほど伸び代があるんですよ。なんならここで一戦交えてみますか?」

「いや、今は休憩時間なんだから、休息に使えよ」


 この後に待っているのがいくら座学でも、疲れ果ててしまえば頭に入らなくなる。

 陛下にも同意を求めようと視線を動かす。


「今はテメーの時間なんだから、テメーの好きなように使いな」


 上腕二頭筋を伸縮させながら、陛下が言った。

 本っ当に、この脳筋は……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ