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     造華と孔雀・下


~Artifical Elegant 

          & Caprice Gorgeous Peacock~


    意地らしくも可愛らしい誘惑に、罠に嵌っては自分が泣く

    素敵な時間をと微笑んでは、メタメタに壊す筈が惹かれて行って


    逃れられない物に虜になっては踊り回って、泣いた……一人の女



ハノス=カトマイヤー;53歳  警部  紳士的で穏やかだが躾など規律に厳しい


アディト・V=レナーザ;23歳  レナーザ一族の艶やかな令嬢  弱弱しくも、したたか。


ガルド;19歳  巡査  元スラムごろつき。犯罪チームリーダー




エピローグ


6丁目交番。

ガルドはその日も巨漢に言われて交番斜め前に立っていた。

完全に立ちながらにして眠っていた。多少の体の鋭利なスリムさがあるが、それは彼自身の雰囲気の鋭さに繋がっていた。

彼の足元にきゃんきゃんパピヨンドッグが駆け回っては、ガルドの足を柱と間違え何度か小便を引っ掛けて行った。

その足元では男の子がうんうん背伸びをして、エルモを口の中に返そうと頑張っていた。巨漢はあきれ返って新聞に目を落とした。




美しくも優雅な街。

リーデルライゾンのベッドタウン・ヒールコンスト。

一際美しくも華麗な屋敷の点在するトアルノーラ。そして、豪華な屋敷の立ち並ぶトアルノッテを総称してトアルノと言った。

一流階級の人間達が各々の邸宅の中で優雅な日々を送っている。

隣街アヴァンゾン・ラーティカ脇の山々を越えるとソルマンデ草原が横に長く広がり、その中心にはグランドホテルが建っている。

草原の西側にはマウントレアポルイードが堆く立ち、鋭い頂きに雪を抱いて天を刺していた。

そのソルマンデを丘と森を挟んで広がるのがトアルノの1番地から6番地までのトアルノーラだ。

その中でも3番地から5番地はイギリス時代からの古い筋金入りの8名の最上流貴族達の末裔だった。

西側港側から1・2番地には大成を治めたかなりハイグレードな富豪達の屋敷が並び、東側大通り(バートスク)方向の6番地にはこの街の地主レガント一族の屋敷に仕える関係者達の由緒あるお屋敷が立ち並ぶ。

最も高貴な3番地から5番地までのそれらの8名、個々の敷地は広大であり、自生林や森、山まで所有した其々の中に広大な泉や湖、原を構え、その中に城の様な屋敷を幾つか持っていた。

リーデルライゾンの南側に広がるトアルノーラは壮麗で上品な落ち着き払った気品ある場所である。

一方北側、行政区間のエリッサ地区を本通り(エリッサ通り)を挟んで広がる7番地から12番地までがトアルノッテだ。

一つ一つの敷地はグラウンド程の優雅な庭を有した先に、巨大な屋敷が建っている。

港側7・8番地が歴史もまだ浅い富豪、金持ちの荘厳な屋敷が立つ。最も本通りに隣接する9・10番地がアヴァンゾン・ラーティカビジネスセンター地区の巨大企業資産家達の豪華絢爛な屋敷。そして大通りから広がる11・12番地が政府関連上層陣達の厳格な風の邸宅が立ち並んだ。どちらかと言うと、9・10番地を中心にトアルノッテは裕福さを誇大誇示した華やかさが各々の屋敷から見て取れる。それらが品格ある古からの伝統ある礎トアルノーラと、躍進的に飛躍したトアルノッテの違いの一つだった。


政府関係者や役所関連の上層陣営の屋敷が立ち並ぶ地帯。

だがそこに、着々と大きな成功を収めつづけている瀟洒なカトマイヤー邸があるわけでは無い。

現エリッサ署警部であり、FBI捜査官主任でもあるハノス=カトマイヤーの屋敷は、トアルノーラの6番地に構えていた。


トアルノーラ6番地。

カトマイヤー邸。

彼の17歳の一人娘、ティニーナ=カトマイヤーは、将来陸軍に所属するために他州の軍事学校に通っていた。

この季節に卒業し、今現在は一時リーデルライゾンに戻って来ては入隊準備に取り掛かっている。

しばらくすれば18の生誕日を迎える。

彼女はたいした機関坊で、はしゃぎモットーな溌剌とした娘だ。

一切気取る風は取らない性格である。その為、好感度も持てるが同様に、多少のはしゃぎすぎな点もあったがまだ17の年齢だ。

今に落ち着きも出るだろう。

「ねえパパ。久し振りに帰って来たんだから、どこかおいしい料理店に連れてってよ」

ハノスは147センチで小さい背の娘のくるくるした長い金髪頭を見下ろして何度か頷いた。

彼女はこの背でとんでもないパワーと勢いの持ち主だ。

「そうだな。お婆ちゃんにでも聞いて来なさい」

「やった!奮発してよ糖分会えないんだからさ」

「寂しくなるな。連絡をこまめに寄越して近状を報告するんだぞ」

「分かってるわよそんな事くらい。もしかしたら短期間でパパより良いランク貰うから」

「顎で指図するには背が足りないな。首をぶんぶん振ってようが見えないんだからな」

「もう!」

ハノスは笑ってから彼女は怒って腰に手を当てた。

彼女は常に白のランニングとカーキの軍用パンツに軍用ブーツ姿であり、均等の取れたミニマムな容姿は極めて黒人的な肉体だった。肌は白く瞳も緑で髪も金髪だが、彼女の母方の祖母は黒人であり、母親は白人とのハーフだった。

明るい配色のエントランスホールはパールベージュと、若い金の装飾が所所にあしらわれ、至って派手さの無い上品な調度品が配置されている。シャンデリアからの光は輝いていた。

「ねえ駄目?彼、別に悪い人じゃ無いんだけどなあ」

「モデルというのは彼を見る限りでは節操の無い女好きばかりに見える」

「確かにジョセフは女好きだけど女たらしじゃ無いよ。本当。これ本当」

彼女の彼氏は巨大都市、マンモス街で派手にモデルをしている男だった。

「どう違うのかは私と同じ許容範囲になるのか?」

「どうだろうな同じ筈だけどなあ。あたしがこの家で育ったんだから」

「ティニーナ。育つ場所も大切な要素だが、本人の心掛けも大切な事だ。判断は私が下す」

「じゃああたしはパパの意に沿える様に心掛ける」

「珍しい言葉だ」

「だって今日は祝いの日だもの。心掛けと実行内容は違うんだぞってパパが言う前に少しはね」

ティニーナは玄関扉の方向へ歩いて行き、金のノブを捻り開けた。

「認めてもらいたいかなって~」

ティニーナは口端を上げ勢い良く開け放った。

あの男がそこには立っていて、ニカッと笑った。ハノスは開いた口を閉ざしてその240もある大男を口を歪め見た。

鷹揚に差し出された手を一応は取った。その手をブンブン振ってジョセフはニカニカ笑いながら言った。

「どうもこんにちはパパさん。これは娘さんへの祝いの、ワインです」

そうボトルを差し出し、ハノスは握手の手をバッと取ってそれには取り合わなかった。

「何故私は君から義父の様に呼ばれなければならない」

「そう言わずに」

ジョセフは黒の丸襟Tシャツの上にラフなグレーのジャケットスーツと消し炭黒色のスラックスを履き、黒バイソンの洒落た革靴を素足に履いている。

ゴールドのチェーンブレスレットが嵌り、逆の腕に黒石盤とチタニウムの重厚な腕時計、耳のゴールドワッカの小さなピアスを光らせ、ボーズに刈り上げた形の良い頭に豪い整った顔の目には茶色グラデーションのサングラスを掛けては、その下の真っ白の歯を覗かせ笑った。

そう言ったわけでとんでもない長身というか巨人なものを、そうは思わせない体のバランスの良さとスタイルをまざまざと見せ付けて来るわけだ。目立ちたがりやの性分で、モデルときたら彼の専売特許だった。

だから147のティニーナをいつも気づかずに踏み潰しはしないかという気にさせられる。

ジョセフはハノスの肩を持って回れ右させ中に引き返させるとハノスは腕をすっと上げて身を返した。

「目上の者に」

「それでですねパパさん。パパさんには大事な娘さんを軍隊などへやらせるというお心を踏んでこのブランデーを」

「私はワインしか酒は飲めない」

「ではこちらを」

「ブランデーやたー!」

これだから駄目なのだ。今の若者は年上の者の言葉を聞こうともせずに胡麻擦りばかりなのだから。

「おばあちゃまと共にワインを飲み交わしましょうか。彼女はいずこに?」

ハノスの妻の母親は現在、2階の自室書斎にいた。戦争と時代背景についてのエッセイを執筆している政治評論家だ。彼女は黒人差別を受けて来た大戦前からアメリカに渡ってきていた奴隷制度真っ只中を生きた人間で、娘の旦那に大切に匿われて来た。

その妻は人種差別により世界大戦中に白人達に殺害されていた為もあり、彼女はそれらの話には敏感だった。

娘も誕生し、7歳の年齢で母親を失った中、父親が大戦に狩り出ている中を不安に屋敷の中で祖母と2人きりで過ごして来た。ハノスの妻を殺そうと考えた人間がまさかいたわけでは無い。ティニーナ自身が、白人であり大佐である父親の身分が無ければもっと辛い立場に立たされていた。多くの人種差別の犠牲者に加わった妻の事もあり、彼は同じ白人の迫害には苦い顔をし、彼女を殺したハイセントルの輩を特に毛嫌いしていた。

「赤、白、グラッパ、シャンパーニュ、ブルゴーニュ、今度最高の物を取り揃えましょう。2人でどうです?仲良くテラスで語り合うのも良いではないですか。DCからこの街に帰ってこられたんですから」

広い階段を上がって行く。

ハノスやティニーナが長く留守にしていた屋敷での祖母の部屋の前にはボディーガードが2人いて、ハノスを見て敬礼した。

ティニーナは飛び走って行き、扉を開けてから大きな声で呼びかける。

「ばあちゃん!」

祖母は丸い老眼鏡の目をティニーナに振り向かせて書斎の椅子から立ち上がった。すらりと背の高い彼女は老齢にも関わらず背もしゃんと伸び、白髪の縮れた髪を綺麗に整えている。

「あんたは全く騒々しいから良いねえ。元気玉みたいだよその声は」

ぴしゃりとした声の持ち主は性格と顔つきにも充分現れていた。

物厳しそうな彼女の顔も愛孫には顔をほころばせる。ハノスを見上げてからその背後のティニーナの彼氏を見た。

彼は鷹揚に腰を折って、「どうもおばあちゃま」とにこにこして大きな手を彼女の前に差し出した。ハノスが片眉を上げる顔を見てから彼女は苦笑し、その手を取って握手した。

ボディーガードがハノスの表情を見て大男を追い出そうとしたのを目で制した。

今までは屋敷にさえ上がらせはしなかったのだが、今日は祝いの日でもあるわけだし、娘の躍進を祈ってくれている彼も気持ちも踏んでおく事にする。それにあまり邪険にしようとすると逆に祖母がハノスを叱るのだ。

「本日はどこか良いレストランの予約を取って?ジュラ通りの小料理屋でもいいですねえ」

エケノ地区とトアルノッテを隔てるその道には富豪達ご用達の専門店が建ち並んでいる。ダンスホールやパーティー会場もあり、それらの豪華な一角を中心に、両側に落ち着いたそれらの店が軒を連ねていた。

「それか、エリッサのロイヤルホテルのレストランにしましょうか。知り合いのコックがいるので祝い時に素晴らしい料理を出させます」

「それはいいかもしれないな」

穏やかな顔に戻って、というか多少無理やりなのだが、そうハノスは言うとエントランスホールへ降りていった。ティニーナは自室へ走って行き、銀のスパンコールで埋め尽くされた足付け根を隠すミニドレスを着て出てきてクリスタルのついたシルバーハイヒールで走って来た。

メイド達が彼等を見送り、運転手が今日もティニーナからチョコレートを貰っていた。

大の車好きのティニーナの物が揃うキャディラック、リンカーン、ハマー、スポーティーなBMW、ボルボ、スタイリッシュなポルシェなどがずらっと並び、自分で運転するセダンメルセデスとベントレーの2台がハノスの物だ。ロールスロイスリクジンがファミリーカーだった。それらの横に停まっているシルバーのフェラーリはジョセフの物だった。

キャディラックと同じ運転手であり、カトマイヤー邸に古くから仕えるサボスの運転するロールスロイスに乗り込んだ。

「ねえ。パパの所に変なの来たって聞いたんだけど」

「変な物?郵便物か?」

「それは危険ですよパパさん」

「FBIに目を向ける政府の寄越した爆発物じゃ無いだろうねえ。過激派だったら大変だよ」

「うちにじゃないから大丈夫だよばあちゃん。警察署に。ほら、前言ってた変わり者の富豪の孫の友達の成長した中の奴」

ジョセフは元からがマンモス街の出身の為、あまりこの街の事には詳しいわけでは無い。

「奴の中の友達の富豪のその変わり者っていうのは?パパさん」

確かにイギリスの由緒正しい大富豪ブラディス=オルイノ=デスタントは変わり者だった。あっけらかんとした大柄な人柄であり、スレンダーに高級スーツを洒落て着こなしては鋭い顔つきはいつも余裕そうに微笑んでいた。性格は曲者で趣味は豪く変っていた。それも通じたのか、街の前地主とも親友であり、ブラディスは同じく変わり者の現女地主リカーとの婚暦も極短期間ではあったが結んでいた。

その変わり者のリカーの血縁であるらしい目下の青年、ガルドにもそういった変わり者の血が流れていても可笑しくは無いと言った所か。

「ガルド君の事か」

「おいティナ。他の男の名前を出したな?嫉妬に燃え盛って俺は」

「違うよ嫌だなあ。パパを心配してんのよ。だって、そいつガキ時代から強盗も殺しもやるし凶悪犯チーム仕切ってたからさあ」

「ようやく連行されたならばんばんざいじゃないですかっ……て、あのファッキンルシフェルがですか?」

「知っているのかね」

「あの男は恐いですよ。マンモス街でも大暴れしていてギャングとも手を結んでいた噂はマンモスで囁かれていましたからね」

「どのギャングだね」

「まあ、大きな所のカルゾラファミリーやジャングポーファミリーのボスとリムジンに乗り込んでいたり、ギャングの催す巨大リングで格闘してはじゃんじゃんデスマッチで殺していたり、奴に睨まれたら死は確実ですね。うちのモデル事務所社長があの男は色男だから引き入れようとしていましたが、話を持ち掛けたらしい所えらく契約金を吊り上げて来たとかで諦めていましたが、俺は賛成しませんよ。あんな派手で危険なのが入ってきたら恐いですからね。器材も無事じゃなくなる。まあ、知り合いのランジェリーメーカーの所ではよく海外ロケに言って男性用の下着のモデルはやっていましたが」

ハノスは渋い顔をして溜息をつきそうになったのを抑えた。

「あたしゃあの小僧は好きにゃなれないね。会った事は無いがとんでもない弾け者らしいじゃないか」

「ねえ大丈夫なの?あたし、これからこの街離れてばあんちゃんとパパ残して行くのが気がかりなんだよね。だって、そいつ警官になったんでしょ?」

「本気か?あんな頭狂った奴。本当ですかパパさん」

ハノスは何度か頷いてから気を改めた。

「彼の事は問題無い。今日は折角のティニーナの祝いの日なんだ。その話はまた置いておこう」

「そうだよティニーナ。あたし等に心からの祝いをさせておくれ。軍隊学校での楽しかった事を聞かせて欲しいよ。たくさん食べて、危険な場所に女が乗り込んで行くんだから体力着けなきゃね」

気迫あるあのガルドの目はハノスを常に殺さんばかりの殺気を充分発しながら睨み見て来る。

きっと、自分の事を不振がっているのだろう。彼は隠している様だが、金融界から身を引きFBIでの調べのギャング活動を中断してまで突如警察組織に私怨目的で転がり込んで来たのだから。その彼の根性がどこまで続くのやら。

ガルドが本当にレガントの人間であるのなら、FBI長官から言われている調査を併せて進めて行き様子を見る事項は多くある。

ミズーリ通りを進んで行き、右折してトアルノーラとエケノの間のハシール通りを進んで行く。マダム達の行き着ける職人達の宝石店や高価な小物店、骨董品店や美術館、オーケストラ会場があり、高級なカフェサロンやエステスパ屋敷、高級ブランド店などが建ち並ぶ格調高い通りだ。その道を横断してエケノ、トアルノッテを越え、左折してトアルノッテとエリッサ地区で囲まれる本通りに出た。

港のある西側へ進んで行く。




本通りは綺麗な街並みで、トアルノッテ側にはヤングマダム達の行き着ける多くのブランド店が軒を連ね、高級なホテルが多くあり、カフェサロンや美容院などが立ち並んでは、エリッサ側には市役所と小学舎の中心に緑の多い広大で優美な公園が広がっていた。それらのエリッサ地区の一番端の港が望める場所に歴史の古いそのロイヤルホテルがある。

木々が中央分離帯になる広い本通りを進んで行った。

その時だ。

「!」

ティニーナが叫んで祖母をハノスが支えた。ジョセフは咄嗟に背後を見た。

いきなりトアルノッテの角から急激に曲がり蛇行して来た車両、ローズピンクにシルバー装飾の巨大なサンダーバードオープンカーがロールスロイスの横腹に衝突してきてそのままGを描く様に逆転スピンし直行して行くと、その先の中央分離帯に突っ込んだのだ。

ロールスロイスは多少衝撃に揺れたのみでストップし、運転手は背後を振り返って無事を確認すると相手の派手な車両を見た。

ハノスは車外に出て無線で署に連絡し、ティニーナは飛ぶようにローズピンクの車両の方へ走って行った。

シルバーの大振のイヤリングが揺れ、サングラスの下の黒のルージュを豪華なボブパーマのブロンドが囲った。

女はベージュ革のシートで気絶していた。

グラマラスな身体をセクシーに孔雀石の繋ぎ合わされたドレスに包ませ、それらの平らな石は其々に妖しい反射を受けては、群青ビリジアンの玉虫シルクの裏地が微かに銀の留め具から覗く。

木々の陰に入るとローズピンクのサンダーバードは木漏れ日を浴びて所所を玉虫紫のピンクにした。

ボンネットから白い煙が上がっていて、純白のボリュームあるファーに囲まれた女の頬を叩きティニーナが意識確認する。

しばらくして唇から弱弱しい声が漏れて、サングラスを外したその上品に美しい、分厚い睫が開かれた。

近くのエリッサ地区の東側から11番街交番のパトカーが到着し、ハノスが彼等に交通整理をさせてからサンダーバードの所まで来た。

女はよろよろと身体を引き起こした。

「大丈夫かい」

「あたくし……、一体?」

ターゲットが来て鞭女は朦朧とさせた体をだるそうに再びシートに預け、アンティークシルバーと黒革のヒールが、孔雀ドレスの裾に丁寧に着けられた黒シルクフリンジから綺麗に覗いた。

「車の操縦を誤ったか、意識が一瞬遠のいたのかもしれないな。アルコールか麻薬は?」

「やっていませんわ、あたくし、何故こんなことに……」

「落ち着いて。あんた、あたし達の車に突っ込んで跳ね返ったのよ。怪我は?体で痛みを感じたり力が入らない所。吐き気は無い?とにかく車から降りなきゃ」

「平気ですわ。どこもなんにも……」

そうやってよろめいて車両から立ち上がると、ぐらっとしてハノスに支えられた。

鞭女は顔を上げ弱弱し顔で彼を見上げて、ごめんなさい……と言った。

「すぐに救急車が来るから座っていなさい。関節がどこかが外れたのかもしれない」

極上な美女は大きくスリットの入った網タイツの足が腿の中心で黒のレースレッグアームが覗いて、それには群青のラインストーンが煌いた。ランジェリーの填められていない胸元と大きく尾てい骨まで開いた綺麗な背中が覗いた。

鞭女の完璧な計算づくだ。

ハノスは目玉を一度くるんと回してから咳払いしてしっかり彼女を座席に座らせてから本署から来た警察車両と大学病院から来た救急車を振り返り背広を引いた。

鞭女は目元だけ微笑ませてその背を見た。穏やかに渋くていい男だ。

刑事達が来てハノスに敬礼してから事情を聞き、鞭女の所へ駆けつけた。

「お名前とご住所は」

「名前、名前は……」

「免許証を確認します。さあ、担架に横になって」

鞭女は動き出した担架に、かしっとハノスの腕を持った。

「不安ですわ。お願い、付き添いになって頂けない……」

鞭女は涙を流し、不安そうに定まらない視線でそう震えた声で言い、ハノスはティニーナを振り返った。

「行ってやってよパパ。今の所連絡先もはっきりしないんでしょ?ばあちゃんとジョセフと先にレストランに行ってるよ」

「悪いな」

ティニーナは一度女の手を取って「絶対大丈夫だよ」と握ってから、ハノス達に手を振ってジョセフの腕を引っ張りロールスロイスに戻って行った。

救急車に乗り込み、近くの大学病院に到着すると検査を終え、異常は見当たらなく事故後ショックで多少混乱していたのだろうという事だが、その後に何らかの症状が出る事もあるので充分気をつけるように言われた。

「数日後に再び診察へいらして下さい」

免許証では有名な造船会社の大富豪、レナーザ一族、元貴族の御令嬢。トアルノーラ3番地に屋敷を構える元イギリス最上貴族の屋敷で何不自由なく生きて来た優雅な人種。

アディト=V=レナーザ。

「迷惑をお掛け致しましたわ、あたくし、逮捕されますの?」

「いや。心配しなくても大丈夫だ。連絡をさせた所君の屋敷の者が早急に迎えを寄越すと言っていた。そろそろ到着するだろう」

「……怖かった……」

そう言うとハノスの胸に頬とミッドナイトブラックのロンググローブの手腕を寄せて、ダイヤモンドの様な涙を流した。

その肩を優しくなだめてやってから離して詳しい事情を聞く。

これはなかなか手強い。女の色気には全く傾かない人種だと悟ると鞭女は口元を心の中で引き上げた。目は弱弱しいままだ。

「あの車、修理に出してって言ったんですの。もう出したのだとばっかり……。なんだか、ハンドルが不調な時があって、車体が重くなったり軽く感じる時があるからって。そうしたら、手際が悪かったんですのね……嫌になっちゃう」

「だが、無事で何よりだ。本当に車検は済んでいたのかという確認証をしっかり自分の手で受け取り自らの目で再確認しない限りは、他の安全な車両に乗らなければならないという本人の意識も重要だった事だ。自分の身に関わる事で他人にも迷惑……」

鞭女はハノスをじっと見上げていて、ハノスは目を反らして言葉を切った。

早く迎えの者は来ないものか。それまでは帰る事が出来ない義務がある。

そこに黒の上下スーツの男が現れ、グレーシルバーのスカーフネクタイを填めた執事らしい格好の若者だ。

「お嬢様。ご無事で」

厳かに礼をした。

「ベルディ。あたくし、彼の所にお供しますから引き下がって」

「しかしお嬢様」

「構いませんわよね?お礼をさせて頂かなければ。今からどこかへ向われる所だったのでしょう?ベルディ。ぼさっとしてないで彼とあたくしを送ってお行きなさい」

充分柔和さを持って艶の様にぴしっと微笑み言い、執事は従った。

「畏まりました」

女の迎えの車を見て、ハノスは乗る事を一瞬躊躇った。

まるで狙いを定める黒猫の様な重厚なボディースタイルは独特で、彼女がデザインし特注した物の様だ。

執事がダイヤモンドと妖美な紫石のはめ込まれたシルバー透かし彫りのノブを引きドアを開けてから、女は中にすっと滑り込む様に乗り込んだ。

銀狐の毛皮があしらわれた内装から、重厚でボリュームのある漆黒ビロードの座席の中心から銘木のアームを出して、その中心の黒石のパネルからジャスミンの薫る細身の黒い葉巻を取り出した。

ハノスにも進めたが彼は手で制し断った。彼が禁煙を始めて1年経過している。

女は緩く微笑んでから火を灯し、煙をくゆらし細く吐き出すと、分厚い睫を伏せ閉じた。綺麗な瞼が広がる。

「あたくし、父に心配を掛ける事は好きだけれど、こうやって事故に遭うだなんて思ってもみなかったんですのよ。だから、罰が当たったのかもしれませんわ。親には孝行をするものなんだって。じゃなきゃ貴方だって、あたくしみたいな娘がいたら心配で仕方が無いでしょう……?」

上質でゴージャスな銀糸牡丹が刺繍されるグレーの車内ウォールと黒ビロードが彼女を彩り、伏せ気味の流し目でハノスを見上げた。

ハノスの膝のその手を置き、彼は足を組むことで何気なしに避けた。女は唇をすぼめて上目になり、ハノスの横顔を見つめた。

彼女はアームに掛けられる彼の手を見つめながら、彼女のグローブの細い指に嵌るクリスタルと黒掛かるサファイアの蝶が舞うリングを撫でながら言った。

「父にはこの事、言わないで頂きたいの。ベルディにだけ話を留めておけば、問題無い事ですわ。彼がしっかり弁護士と共に処理してくれますもの。お願い」

「そういう代理の人間がいるのならこちら側は構わない」

「嬉しいですわ。心を踏んで頂いて」

蝶リングはアンティーク物で、オニキスの石が光った。蝶の指輪を歯で外し、グローブを外すとシルバーの爪が折れていない事を確認してからハノスを横目で微笑み見上げた。

「填めて、頂けません?」

ハノスはおどけると、細くなめらかな手腕がグローブが滑って行き填めてやった。

「このリングも」

そう女は一度その蝶に黒の唇を寄せてからアームに寄り添うようにハノスを見上げ、それを差し出して彼の手に両手で持たせた。

ジャスミンの薫りが鼻腔を掠め、女の艶の様な微笑みを横目で見下ろし口端をはにかませるとそのリングを指に滑らせた。

「ありがとう」

そう充分深い声で言い妖しく微笑してから自分のシートに背を沈め前方に下目で視線を戻し、豪華になって行くトアルノッテの一本一本の広い道を進めさせ眺めていた。

「あなたは何かの財をお持ちで?素敵なお車を拝見させて頂いたけれど、娘さんはクオーターの様でしたわね。アラブかどこかで油田でもお持ちで?」

「いや。警察官だ」

「警察の方?エリッサの?」

「ああ」

女はハノスの横顔を目を見開き見上げて、「そう」と驚き深く頷き言った。

「お伺いしていませんでしたわね。刑事さんでいらっしゃるの」

「警部だ。ハノス=カトマイヤーという名は先ほど名乗らせて頂いた」

「ええ。お伺い致しましたわ。ハノス、って、呼んでも構わないかしら」

「まあ……別に」

この女といると狂う事も無い調子が狂わされる。ハノスはやれやれと心中溜息を吐き、女が自分のアームの上の手に手を重ねたから腕を組んだ。

女は面白そうに微笑し、ハノスのこちらを見ない涼しげな横顔を見つめた。

「奥様って、いらっしゃるの?」

スクエアオニキスの男性的ゴールドのリングは人差し指に填められた物だった。結婚指輪は填められてはいなかった。薄緑の瞳はあくまで涼しげで、二重が斬り付けるかの様に目の全体を吊り上げているが、短い睫がくるんとなっていた。筋の通った細い鼻梁は整い、肉の無い硬そうな頬と薄い唇は引き締まり、それでも全体的な顔の印象は淡い色彩ながらも丹精な穏やかさはまるで雪原の鋭い銀狐の様でもある。睫がブロンドだから、秩序良くセットされたダークブラウンの髪は染められた物なのだろう。

規律ある顔つきは渋さを充分に感じる物だ。耳に掛ける髪は後ろに流され、その耳は綺麗な形だ。話す声も穏やかな風が染み付いている。

「お車の中にいらっしゃったのかしら。あなたの事、連れ出してしまったようで挨拶しておけば良かった。でも、混乱していて。ふふ、可笑しな事ですわね。あんな時なのに、えげつなくご立派なお車は目に映って」

「人間の頭という物はそういう造りになっている物だ。混乱を防ぐ為にね」

「脳の働きって、本当に面白いですわね。機械やコンピュータなんかじゃ到底及ばない事は人間がやらなければならない」

女は前の木製天板のテーブル下、金打ちで全体に金のペイントの繊細に施されたワイングラスの黒紫の取手に指を伸ばしテーブルに置き、サイドの黒革ひだを引いて扉を開けるとイエローシャトルルーズのボトルを取り出した。

グラスに注ぎ、蜂蜜とハーブの甘い薫りが微かに広がった。

ハノスに差し出す。

「今から食事に行くんだ」

「それならば食前酒ですわ。もう彼等はお食事を始めてらっしゃるんでしょう?それなら前半を、ここで済ませてしまいましょう?」

充分にそれは男と女の工程の、という空気を含ませ言い、彼女は足を組んでアームに肘を乗せ、差し出したグラスをそのままにハノスを見上げた。

その雰囲気にも応じずにハノスは彼女が差し出したままのグラスに小さく微笑み受け取った。

他の男なら既に心傾き始める頃なのにと鞭女は視線を落としたが、微笑んで視線を上げ、乾杯をしてから呷った。ハノスはテーブルに口を一口つけてから置いた。

無謀な飲み方をした女は目に表情も無く感情も無かった。

ハノスは怪訝そうに眉根を潜め横目で彼女の横顔を見下ろしてから瞳を確認するように窺い見た。

さっき彷徨っていた視線がショックから来る一時的な物だったのか、それどもドラングによる物では無いのかをいぶかしんでいたのだ。

パーティーでやる程の軽い量では酒の味が分からなくなる事は無い。病院での検査では薬物反応は出なかった事を報告されていたのだが。

女は視線に気づき彼の瞳を潤った目で見上げて、綺麗な女の瞳がそっと閉じられたからハノスは視線を前方に戻し、彼女は前のめって瞳をぱちぱち開いてからハノスの横顔を睨んだ。

「焦らすのね」

「そのつもりは無い」

「じゃあ焦らさないで」

「私はそういう意味で瞳孔確認したわけでは無い」

「確認?あたくしにはまだ、魅力が足りないのかしら?」

「いや。十二分に素敵な女性だ」

そこで始めて顔を向けた。

「ぶしつけだが、本当に覚せい剤はやっていないんだね?」

女は大きく溜息を吐き出して窓の外を見た。彼女の横顔をエレガントにカールした黄金のブロンドが彩ったが表情は怒っていた。

「失礼おっしゃるのね。警察の方って、そういう方が多いんですの?」

「仕事柄市民の秩序と規律を守る役割がある」

棘のある声音に女は上目で唇を結んで彼の横顔を見つめた。目元が恐くなっていて、女は彼の肩にしなだれかかろうと思ったがそれはやめて彼の腕に両手を回した。

ハノスは口を噤んで女が震えるのを溜息を吐き出してから優しく肩を叩いてから手を離れさせた。

女は恐い目元をしてからついと顔を反らした。

「検査結果はご覧になって?」

「異常なしと出た」

「それなら無い。その通りですわよ」

「それならばこれ以上の追求は無しにする。ただ、その為に事故の引き金になられたのでは問題だったからな」

女は嬉しそうに微笑み言った。

「追求?あたくしを追求なさるなら、色気の無い車の中じゃなくって素敵な広いお部屋の中が好き」

「真面目に答えるんだ」

「だって、どんな物なのかドラックって、認識ありませんもの。お教え頂けないかしら」

「ろくなものじゃない。その美しさには不要なものだ」

戦時、ハノスが国を留守にしていた内にまだ幼い娘を置いてあの妻が不用意に外を出歩く筈が無かった。彼女はハイセントルで殺され、死体からは司法解剖の結果、麻薬反応が至死量を超えて検出された報告書を見て愕然とした。彼女は元より麻薬を嫌い、ハイセントルなどの異邦人の多い地帯には足を踏み入れなく、薬にも揺るがない人格だったからだ。

彼には信じたくは無かった。

「麻薬は非行と破滅を呼ぶ。非行は暗黒街を産む。暗黒街はその場に根付き易く人の心に容易に居着いては撲滅は困難だ。人々を引き入れる事で徐々に範囲を広げようとする。地下から上空は覗けても表面からは見破りにくい物だ。そんな物の一部として犠牲者を出す事は私達警察組織が許さない」

「あなたは、自信がおありなんですの?様々な誘惑に打ち勝てる精神力はおありなの?あたくしがこうやって徐々に近づいて誘惑しているけれど」

「その気になれば」

「ならないで」

女は口元を引き上げて彼の横顔に視線を這わせた。

「あたくし、絶対に人を誘惑しきる自信がございますの。だから、ロイヤルホテルに到着するまでに勝負いたしません?」

「その必要は無い。そのつもりも無いからだ」

「奥さんはいらっしゃらないの?」

「今は」

「ならいいじゃない」

「再婚するつもりも新たに次の女性を探すつもりも無い」

「今の所は?」

「これからも変らない事だ」

「本当にそれで済むかしら」

そう囁いて、女はアームに立てる肘の手を水の様にだらんと空に下げて組んだ足をふらつかせた。

「ねえハノス?」

「なんだ?」

「……」

女は頬を染めてそう聞き返したハノスの変らない、足と腕を組む毅然とした横顔を見た。

なんだか、ダリーそっくり。

彼が一瞬シンクロしたから鞭女は一気に動揺を見せて組んだ足を解いて背を伸ばし、下腕をアームに下げ乗せた。

ハノスはいきなりしおらしくなった女のうつむく横顔を片眉を上げ横目で見てから前方に向き直った。

顔は似ていないのに、一瞬ガルドが何故か稀に覗かせる全く同じ、毅然とした貴族的風雅を感じた。それは元貴族の家柄でハイクラスの彼女ですら稀に神経を引き締めさせる様な物だった。彼の血に息づくものかの様な、極自然に備わった何らかの強い物腰だ。

「あなたは、トアルノッテのどこのお住まい?やはり、12番地ですの?」

そう女は前方を俯いたまま言った。

「いや」

「では11番にお屋敷を構えて?」

「いや」

「そう」

「ああ」

女は視線を下目で膝に降ろしたまま、また足をゆっくり組むとアームに肘を乗せその手を組み、窓の外を見た。

「あなた、警察組織ではどの捜査機関に籍をおいてらっしゃるの?」

「捜査一課だ」

「そこではどの様な捜査を?」

「一般事件だが」

「そう。火事や殺人や盗みや事故を?」

「そういった所だ」

「凄いのね」

銀行強盗や港市場を取り締まる機関も含まれることは分かっている。彼女達の調べではそれらを取り仕切っているのが捜査一課の主任警部なのだから、1年前からこの街に戻ったハノスは直接的に彼女達チームの犯行には触れていない。

女はそっとハノスの横顔を見つめ、彼の肩にしなだれかかった。

「奥様って、どの様な方?」

「規律ある女性だった」

「あなたも規律ある方だものね」

「ああ」

「奥様の事、愛してらっしゃるのね……」

女はうつむいて、全く自分には揺るがない彼に気落ちして言った。

「不倫にはならないのに……」

そう目を伏せて顔を上げた。女は彼の瞳を間近で見つめ、だが、彼は到着した車外からドアマンにドアを開けられ颯爽と降り立ち、歩いて行った。

「……」

女は開けられたドアもそのままに、しばらくハノスの背を見ていた。鞭女は悔しそうに唸ってからドアマンの手に手を乗せて降り立った。

一瞬彼の魅力的に光った瞳に目元を強く微笑ませ、エントランスホールで追いつくとハノスは彼女をエスコートしてレストランに入って行った。




個室に通される。

「パパ!」

ティニーナが円卓からこちらを振り返り手を派手に振った。

「ここここ!」

一つしかテーブルは無いものを、というか、見える?!とばかりに満面の笑みで振って来ているから「小さい」の言葉へのチビジョークでもあった。ハノスは苦笑して進んで行き、共に来た女を見て彼女はにこにこした。

席に促され座り、ティニーナは早速身を乗り出すように聞いた。

「あんた、平気だったの?」

「問題ありませんでしたわ」

「良かった。さっきは青かったもんね」

「もう、平気」

女は微笑み、円卓を見回した。

「娘さんと、それに、お婆様ね。それと」

「あたしはティニーナ。ばあちゃんとパパとあたしの彼氏のジョセフ」

「今日は彼女が軍隊へと赴く為、祝いを込め席を設けたんだ」

「そうでいらしたの。軍隊だなんて、女性が立派な事ですわ」

「パパを見て育ったからそういうのへの憧れって強かったんだ」

「お父様は反対なされなかったの?こんなに可愛らしい娘さんを厳しい軍に行かせようなんて、あなた自身が経験がおありになるなら分かっているでしょうに」

「パパさんも軍人だった時期があったんですか。それは初耳だなあ」

「ちょっと~ジョセフあたし言ったじゃんその事!」

「戦時に借り出された程度さ」

「あなたの年代ならそうですわよね」

「もう戦争は終わったよ。大きな形の戦争はという事だけどね。宗教における戦争は常に起きているのよ。今の世界はねえお嬢さん。そこかしこで小さな争いばかりが巻き起こってばかりいるから気をつけてないといけないよ。あたしゃそういう関係の仕事をしているけどね」

「そういうのの為に軍隊はあるんだからね!戦争を過酷にする為じゃ無いよ。国に貢献しなきゃ」

「素晴らしいわ。こういう心掛けはあたくしには今まで無かった事ですもの。あたくしの世界がきっと甘いんですのね。それはもうとろけそうなほど」

「お嬢ちゃん。その平和が本来なら通常なのさ。戦争は異常だ。必要以上の生きて行く上のね。必要とするという人間もいるがそんな物は上層エゴと自己満足さ。何も猛獣のようにはサバイバルし続ける事もいがみ合う事も本来はいらないのさ。幸せを確保しなきゃならないのが生命体なんだよ。この世は余りに過酷過ぎる。中には欲を呼び自然と心を無くして行く輩は多い」

女は老婆を見て、視線を一度落とし頷いた。

「そうですわね」

「酷い連中の中には、よほどひねくれたんだろうね。自然が消えて人ばかりが平和じゃあ増えると言う者もいる。だからと言っても、生きる権利のある市民にどうやって無情に死ぬいわれなんかありゃしないんだよ」

「あたくしも甘い生活の継続の方が好き」

「その今の平和あたしが守ってあげるからね!」

「ありがとう」

「戦争にはいろいろな形があるよ。戦争を軍隊が形成して作ってるという平和主義者達がいるが、軍隊は暴動もおさえなけりゃならない役割があるのさ。引き起こすのは指示する国の戦争に他ならない」

「上層によって、どんな手駒も凶器に変えられてしまう物だ」

「でも、軍隊って元の起源は国同士を奪う物であるのでしょう?コンバット精神という物は国が区分化された今でもいやしくも今度は権利、権利にだなんてはしるのですわね。人間って、恐い」

「その通りだよお嬢ちゃん。ああ、お名前をお伺いし様ね」

「アヴィト=Vと申します」

「Vちゃん。戦争を甘く見る人間はいやしないがね、上層を貶す人間は世界には多い。戦争を引き起こしたり、怠慢だったり、決断力が無かったり、脳で他の国とうまく渡り歩けない奴等を敵視するのさ。それか策略ばかりに生きて市民は見えちゃいない」

Vちゃんと言われた事に女は可笑しそうに笑い、だが首を緩く振った。

「あたくしが思うに、戦争というものは私利私欲の上に成り立つエゴに加えて、国民の切羽詰った感情も込められていると思いますの。大学ではあたくし、血液型の性質という物を選考していましてね、それらと世界の国々と戦争が起こり得る研究をしましたの。やはり、血液型の違いは人間の根本的な考えの違いに基づくもので、傾向する宗教内容と戦争の内容にも少なからず彼等独自の心情が関わっては争いが起こる物ですわ。それらは国の気質自体と戦争内容にも直結しますの。インドには独自の宗教に入り込むB型が割合をしめ、ドイツには堅実であって硬いA型が。アメリカは多種多様だからこそ各々の競争率が激しい。アフリカは陽気で闘争心のあるO型が占める。血液型という物は其々を違う性質だからこそ自由になれずに争いが小さくも起こる物なの。それが世界情勢、国レベルにまで繋がってしまう要因にもあたしは個人としてはあると思いますわ。戦時の世界史を追及すると、第一次世界大戦と第二次世界大戦はまるきり様相が変っていますもの。時代背景にそってそれはある国では好機の目に当てられたりなどして、その好機も戦争拡大に拍車を掛ける心情が世界を破滅に追い込んでしまったんですもの。恐ろしい人の心はもはやまるで血に餓えてらしたのかしらね」

「人の心はね。欲と忠義心と防衛心と弱さで出来上がってるのさ。それが凶器を産むんだよ。日々の生活でもそうさ。弱気を見せずに狂暴になる」

「見栄という欲もある」

「ええ。愛欲も」

「Vは彼氏は?いると楽しいでしょう!戦争なんか本当は忘れてすごさなきゃ駄目なんだよ!」

「そうですわね。愉しむためには争っちゃうかも」

「そういう範囲で楽しむならまだ本当に平和なんだよ」

ティニーナに微笑んでから女はジョセフを見た。

「どこかでお会いしたかしら」

「モデルをやっているからね」

「ああどうりで!驚きましたわ。まさかこんなに長身の方だっただなんて分からない物ですわね。でもこの街のご出身だったなんて目立つ方の筈が、あたしったらいけないわ」

「俺は違う街が出身なんだ」

「そうなんですの。今度、あたくしの伝で富豪達に配布されるロイヤルブックの崇高なる装飾品の装着モデルをしてみません?あなたの所属なさっている巨大な事務所の華麗な世界ともまた違った風が味わえますわよ」

「それもいいね」

「あなた方も他所からのご出身で?」

「この街だよね」

「お父様、警察官だとお伺いしたけれど御爺様が何かご立派な方なのかしら」

「どうだっけ?」

「私は養子だったんだ」

「養子」

女はハノスの顔を見て、目を丸めて頷いた。

「パパの両親がレガントのお城に仕えたんだっけね。元地主の秘書だっけ?その使用人の家庭の養子になったんだって」

「ご両親があのレガントに仕えてらしたの?」

「秘書では無い。ボディーガードだ。母は小間使いをしていてね」

「それはとても栄誉な事ですわ」

養子先はどちらの使用人もエケノの出身だったが、ハノスが着々と成功を収めて行き、養子先の義両親に感謝の屋敷を建てたのだが今は既に他界していた。

元の彼の両親がその6番地の産まれだった。レガントの関係者、秘書、執事、エステティシャン、スタイリスト、宴の創案長、マナー躾長、料理長、ボディーガード、支給人、小間使い、専用職人、画家などがそうなようにイギリス時代から代々に渡り仕えつづけて来た人間である為に、屋敷を其々の一家が6番地に構えていたのだが、ハノスを養子としてもらったメイドの家庭は6番地の小間使い屋敷ではなく、一般家庭の育ちだった。それでも極厳しい審査の元に選抜される、倍率の常に激しい職に変りは無い。

「いろいろと事情があってね」

そう小さくおどけて言うと、その話は打ち切るかの様に祖母が言った。

「あたしゃ娘をこの旦那にめとってもらえて良かったよ」

ハノス自身あまり触れられたくは無い話題だと知っているからだ。

だが女は気付かぬ振りをしておどけた素振りを好意的な物と受け取って言った。

「凄いですわ。レガントに仕えていらしただなんて、とてもできるレベルではありませんもの。もっとそれを誇示しても良いと思うの。謙虚になさるのも素敵だけれど。本当のそのご両親は今もお元気?」

「いや」

「……まあ、それは失礼な質問をしてしまいましたわ……」

「いいんだ」

過去の事柄だ。そう区切りを付け、ティニーナは気を改める様に言った。

「ねえジョセフ。あの話出してあげなよ。きっとパパ喜ぶから」

「何だね?」

「ああ、いやあ、まあえっと」

「言って!」

ジョセフは改まった様に背を伸ばした。

「俺も軍事や警察機関に関わろうかなと」

「あたしが声掛けたの」

「君が警察組織に?」

「まあ、なんと言うか……」

「強制的な物なら止めなさい。辛い事が多くなる。それに、もう戦争の時代ではなくなったというものを『モデル』の縄張りはどうする」

モデルを嫌うからといえこちらに持ってこられても困るという様にハノスは言った。

「やめる形になると思います。ティナとの付き合いを快く受け入れてもらいたいという心から来る決意という物もありますが、俺は自身の体力を他に使うべきだと思い始めています。市民を守る為にもお役に立てるでしょう。まあ、その話はまたゆっくりと」

ジョセフが見て来たから女は微笑んでおいた。

「とてもご立派な彼氏をお持ちなのね。娘さんはいつお経ちになるの?」

「2日後よ」

「それならば丁度いいですわね。実はあたくしの屋敷でこの時期になると行われるジャズ音楽晩餐会があるんですの。お心が温かくて素晴らしいあなた方をよろしければ招待したい」

「本当?!」

「ジャズかい。そりゃいいねえ」

「ねえパパいいでしょ?」

「そうだな。羽目を外し過ぎない様にするんだぞ」

「あら。ハノスは?」

祖母とティニーナは彼を見て女を見ると、女が周りの誤解する様な微笑みをハノスに向けていた。名前で言った。

「彼女にそう呼んでも構わないかを聞かれてな」

「カトマイヤーって結構呼びにくいもんね。ああ驚いたあ」

「ごめんなさいね。あなたのお父様をそんな名指しで呼んでしまって」

「いいのいいのねえパパ。それに、パーティーはいつからなの?」

「晩の7時に。あたくし共の屋敷にまでお越し頂ければ」

「楽しみ!どんな服着て行こうかな。おばあちゃんの奴も選んであげる!」

「思い切りセクシーなのを頼むよ」

「お義母さん」

「任せてよ~。素敵な相手が見つかるかもよ。バックアップするんだから。サックス吹く人とか渋いシンガーだとか」

「燃えるねえ」

「ティニーナ」

「いいじゃないですかパパさん」

「そうですわよ。人は年を重ねる毎に過激にならなければ生きる活力は産まれませんのよ。今宵は多くのグループを呼んでいますの。だから、皆さんが各々に楽しんでいただけると思うわ」

女は微笑み、フォークを口に運んだ。




スラム街ハイセントルか、隣街アヴァンゾン・ラーティカのクラブハウス地区J-オースティンに完全に居着いている鞭女の姉はかなり久し振りに帰って来ていた。

パンツスタイルにシャツ姿の彼女はスペシャルウーマン的な中にも優美さと迫力、強さが備わっている。ベージュブラウン革に金と丸いプレートの付いたヒールを颯爽と進めさた。彼女のエレガントパーマが重厚に掛かる黄金の髪が背を浮きホワイトシルクに落ちた。影を受け滑らかにグレー掛かる。

兄がパーティー会場のセッティングの最終確認をプランナーと共に進めては指示を煽っていた。

「ハアイミゲル。パパはいるかしら」

「ああ。書斎だろう」

「そう。随分素敵に仕上がったわね」

「ああ。今回も力を入れているからな」

「盛大なのもいいけど、程ほどにね」

「はは。そうだな」

プランナーよりも前に出て指示をし企画書と照らし合わせては微妙な頭の中のズレを矯正するべく声を上げるミゲルに背を向けて、芝生を踏み均しゴージャスで金と深い暖色の装飾空間の施される広大な野外の中歩いて行った。

レガントの調べはなかなかガードがきつく、富豪仲間といえど誰もが昔から探れない物事だ。独自に調べを回すことにもてこずっている。

野外会場の先、優雅な噴水の綺麗な広い庭園を越えて、平野の先の本邸には向わない。

林を歩いて行き、その中の妹の建物へ進んで行く。父親に見つかると生活を改める様に言われるのだ。ハーバード大学とパリ大学を卒業後、経営を継ぐこともせずに彼女はJ-オースティンにクラブを構えたのだから。

妹の建物は元々母親の為に建てられた別邸だった。今母親は若きを越え、本邸に落ち着き娘に与えていた。

今は妹が稀に帰ると過ごす場だった。

橋が浮き上がり、館に入って行き突き進むと厨房に進む。大型の真空機のダイヤルを捻り背後から画面が出てくる。

妹の専属使用人達も今は出払っていて総出で宴の準備中に駆け回っていた。

スツールにキャメルブラウン色の革に包ませたグラマラスな足を組み座り、台に肘を掛けエルメスのブレスレットを弄び、妹からのシグナルを受る。

どうやら今ロイヤルホテルのパウダールームにいるというのだ。

カトマイヤーを今宵の宴に招待したと言う。どういう手を使って接触したから不明だがお手柄だ。今からもしかしたら彼を上の部屋に誘えるかもと言っていた。それは自由だが、探り出す事は探り出せたのだろうか。

「彼、元々養子だったみたいよ。両親がレガント一族の使用人だったって、判明した」

「それは意外な事実ね。よくやったわ」


その頃ハノスは紳士用レストルームでガルドを監視に向わせた部下から連絡を受けていた。

ガルドはのんきにこの非番をナンパした女の子と共にNYへ遊びに行ったと言う。空港で女の子を見失いガルドだけタクシーに乗り込んだらしいのだが、それには彼が彼女から逃げたからだろうと言っていた。

どうやら相当性質悪い性格の少女を引っ掛けてしまったらしく、連れ立つ事が面倒になる前に突き放したのだろうと。

ガルドはタクシーから降りると民族バーに入って行き、その飲食と民族工芸の店の奥の通路へ消えて行き姿を表さずにいる。奥はどうやら地下のダンスホールになっているらしく、ドア前の通路には多くのチラシが貼ってある。

出口はそこしか無いし、ずっと見張っているが一向に出て来ない。

ハノスは潜入する様に言い切った。

FBIの男はドアを見て、そんな事をすれば袋の鼠にされ殺されると思った。性質悪そうなちんぴらやごろつきばかりだ。


ガルドはゴールドと赤の光に充ち染色される中をチーターの頭を撫でた。

「今仕事探してるんだが、どんな仕事でもいい。金が必要なんだが」

「へえ?」

「どんな汚ねえ仕事でも構わねえ」

男はそのガルドの言葉に一度狂乱するジャングルホールを見回してから言った。

「いい仕事があるぜ。お前なら腕も立つし間違いねえだろう」

ガルドは口端を引き上げ円卓に肘を掛けると促した。

「俺が話しつけてやっても言い。一回の仕事で相当の金になるぜ」

「そりゃ惹かれるな。どんな仕事だ?」

「暗殺だ」

「へえ」

ガルドは気のない返事をしてからナッツの皮を剥いた。

今の身分上、殺しは無理だ。

「お前には打って付けだって思うぜゼグ。なんなら2,3知り合いがいるから話聴くのもいい」

「どこで聞ける?」

「イベントだ。適当にふらつけば俺が紹介する」

「それって、本当に金になるのかよ。契約金次第だな。ボスと話させろ」

「駄目だ。ボスはいねえ」

「あ?」

「だが契約金代わりにもなる報酬は高いんだぜ。お前も入れよ。俺が推薦する」

推薦。

「そうすりゃあ入れるはずだ」

「厳しいのか?」

「お前にはちょろいもんだぜ」

「俺って、結構忙しくてあっちにこっちに駆け回ってんだよな。依頼受けるのには一つの都市で固まらなきゃならねえんだろ。それじゃあ俺のライフスタイルにあわねえなあ」

「まあ。聞けって。依頼は持ちに行くんだよ自分でな」

「どこに」

「『会社』だ」

「NYにあるのか?たまにしかこれねえなあ」

「心配するなよ。NYに本社構えてるわけじゃねえ」

「どこ」

「そりゃイベントでの話次第だ」

「それってどういう動きだ?仕事その連れから受けてからかよ」

「ああ。こちらで1,2個回すから始めの仕事だけでも受けてみろよ」

「報酬誰が出す」

「出るわけねえだろう。試しだぜ」

「やだね。動くからにはもらえる物もらえねえなんて馬鹿みてえ」

「ああ分かったよ。俺が出す。なあゼグ。お前にはマジでぴったりの好職だって思うんだぜ。それを声掛けしなかったのはお前に仲介人の仕事あったからってだけだ。上に話通したっていいんだぜ」

「おいお前さあ。俺がそれじゃあ殺し好きって見てたわけ?」

「ちげえよ。腕が立つ程いい仕事回るからな」

「お前は」

「まあ、そこそこだ」

「へー」

「乗り気になれって。俺はもう10はこなしてる」

「へー。まあ、考えて置く」

「おう。そうしてみろよ」

「本社は?」

「ジ」

男は瓶を傾け言葉を切った。

「なんだよ」

瓶を口から離させた。

「ま。そりゃあ後からだ」

「なあ。お前ってさあ。俺に喧嘩売ってんの?さっきからよお」

相当苛立った風に男を睨め付け、男はひとまずつまみの皿を持たせた。

「いらね」

ぽーいと捨てた。

「んなわけねえだろ」

「じゃあ、さっさと言えよ。何もったいぶってんだよ。あ?」

「なあゼグ。そうキレるなって。お前が高い契約結びたがる性分なのは分かってるが、こちとら手順があるんだぜ」

「そういう面倒くせえのって嫌いなんだよな。まあ、連絡くれよ。他にも求職中だし声掛けするしな」

「今の仕事金になる筈じゃねえか」

「俺ももう24だぜ。他の仕事に興味持つ所だ」

「お前4年前から24だよな」

「永遠のな」

「まあ、こちら側も裏で仕事調達してくる。イベントの時に来いよ」

「OK。期待してるぜ」

そう微笑み、男の肩を叩いて歩いて行った。間違い無い。悪漢の砦だかキコリの星だかなんだか知らないが、そこが噛んでいる筈だ。それならガードに入っても可笑しくない。

その地下ホールのガードされる奥のドアを入って行き、通路を歩いて行く。左右からギャンブルテーブルを囲う其々の開口部と、カーテンの引かれた先からは麻薬と武器を売りさばき値を吊り上げる声が聞こえる。

その中の一つに入って行く。

「ようゼグ」

ここのオーナーの男と手を叩きあいスツールに越し掛けた。

「盛大じゃねえか」

「ああ。なかなかだろう。お前、今ボスと連絡取ってんのか?」

貴金属を捌いていた男がクライアントともめ合い立ち上がり、銃弾がこちらに飛んで来たのを顔をふいっと傾けガルドは相槌を打った。

「今、これから一つの仕事に限定して入るかもしれねえ。そう命令が出てな」

「そうか。まあ、健闘祈るぜ。お前の事だからまた上手く契約結べるだろう」

ガルドは口端を上げ、カードを適当に切っていた。

「なあ。知ってるか?北の街から一人ギャング立ち上げた」

「へえ」

「ボスから話流れて来たんだが、NYにも来るかもしれねえよ。街のボスにもその事注意しとけって話を回しておけだとさ」

「でけえのか?」

「まだ分からねえが、ボスが警戒してた」

「あのZe-nがかよ。まあ、様子見だろうぜ。お前もそう心配するなって」

「ああ」

ガルドは髪の紅の部分を指でつまんで弄んでは言った。

「俺がNYに来るのも稀になると思う。それだけは言っておく。仲介の仕事も今の時期は少なくなるからな」

「本気か?」

「ああ。今の内に他の伝探しておいた方がいいぜ」

「まあ、仕方がねえな。そうしておく」

ガルドは真っ赤な照明に染められる肌の中の瞳で、壁の小さな円台でその赤に染められたTバックの女が金髪ロングも黄金暖色に染め上げ頭を抱え上半身を大きくぐるんぐるん回す美人を見ていた。

「今度は何の仕事に入る?」

側頭部の緑蛇をみながら言った。

「まだ指令は出てねえんだ。これから向う」

そう言うと片足に乗せていた足首を外して立ち上がった。

「まあ、また今度来る」

「もう行くのか?」

「女と待ち合わせてんだ」

そう微笑み、その個室の奥のドアを開け歩いて行った。この地下は他の建物の地下ホールと通路で繋がっている。

FBIの人間の追跡をその暗闇で狭い地下通路を歩きすぎて行き、煙草を吐き捨てドアを開けた。地下から上がって行き3ブロック離れたその賭けアイスホッケースタジアムのシャワールームに出た。給湯機調整機械室のドアだ。

つなぎ男がタイルを磨いている。

「ようメラ」

「おうゼグ!ホールに行って来たのかよ!」

「ああ」

メラはデッキブラシをタイルに立てかけ何故だか星型のサングラスを下げた。

「スタジアム見せろよ」

「ああ。見ていけよ。今上は対戦中で出来ねえけどな」

「マジかよ。楽しみにして来たってのに」

そうデッキブラシで石鹸をカンッと飛ばして支柱を回し、背に持って行き腰をゴキゴキ鳴らした。

「夜には開くぜ。奴等呼んでかっ飛ばそうぜ」

「いいね~だが、俺は気紛れなんだ。今やりたかったってのに」

「いつでもスタジアムはあるんだぜ。それにお前も忙しいんだろう?またいつでも寄れば良い」

「ああ」

ガルドはシャワールームの時計を確認した。眼帯鷹目の言っていた男との面会時間はあと1時間だ。そろそろ追手も充分巻いた上で向う時間でもある。

「上、適当に見ていけよ」

「お前は?」

「あと30分で磨き上げなけりゃならねえ」

「そうか。大変だな。また寄る」

「おう」

ガルドは歩いて行き、舞台裏から控え室の通路を歩いて行き階段を上がるとバックラウンドに出てギャラリーの声援を背に歩いて行った。

外に出て、追手はいない。そのままタクシーに乗り込んだ。

ガルドは一度Ze-nとしての部下であるライナスとミリアナスに様々な報告を受けてから指示を出し、通信を切って歩いて行った。

待ち合わせの場で男は青年を見ると立ち上がった。

「ゼグ・ネオだね」

「あんたは」

「ジェビソンカシャル=アザンドルド=シュリンピック=ベーグル」

「べ……。なんだって?」

「まあ、掛けて」

ガルドは座り、男を横目で一瞥してから男はテーブルにジュラルミンケースを置いた。その中に書類が入っている。

ウェイトレスが海老ベーグルを男の前に置いていった。男は皿を見下ろしてから下げさせた。

「ハノス=カトマイヤーは34の1934年からFBI捜査官に任命されている」

ガルドの生誕1年前の事だ。

「今は53歳か」

「そうだ。現在、FBIの捜査官主任枠に入っている男で、FBI長官のお気に入りだ。彼から様々な任務を受けて来たのは間違い無い」

「受けて来た?どうやらCIAだった時期もあるらしいじゃねえか。その頃からのお気に入りかよ」

「ああ。FBIに入ったのは元々がCIA官長とFBI長官が友人同士でFBIに渡したんだそうだ」

「怪我とかって聞いたが」

「噂はさだかじゃないが、CIA時代の任務中だったらしい。どの任務かは極秘で分からないがな。CIAでは20代も半ばの頃から部隊隊長を勤めてきたが、29の年齢で脱退したようだ」

あのどこから見ても紳士的なジェントル野郎が若い頃部隊で動き回っていたのは確かの様だ。

「今の任務内容は」

「彼はこのDCを離れていてね。任務内容は秘守義務が敷かれている」

「FBI長官ってのはどんな野郎だ?」

写真を出した。

妻と共に写っている、北欧系の顔の鋭い目の男で、年齢は60くらいだろうか。

「カトマイヤーって何人だ?」

「アメリカ人だ」

「出身は」

「リカ・ラナという化粧品メーカーは知ってるかい」

「さあ」

「そこの社長が権力を治めている街の出身だ」

「住所は」

「リーデルライゾン ヒールコンスト エケノ18番街が出生という記録だ」

「へえ」

「今はその街に戻ったらしい。そこでの任務で、表向きではFBI末端の仕事を運ぶんだそうだ」

「それって、遠くはなれた場所からじゃあ探れねえその極秘任務を間近で探るために本格的に根を張ったって事か?」

「まだ分からない。今深刻化する捜査内容と団体をFBIが遠くの地区まで赴く事を無くす為という計らいらしい」

「FBI長官はどんな性質だ?」

「温厚。手厳しい」

写真の顔にはまるでそう書いているような顔つきだ。

「半年前に妻を暗殺されている。パーティー会場での事だ」

その妻は、実に穏やかそうで美しい初老の女だ。背後の邸宅だろう屋敷は相当趣味が良く、美しくとても明るかった。……自分とは全く違う世界だ。眩しく、輝いて思えた。

「子供は。息子でもFBIにいるのか?」

「いや。彼等は子供が出来なかった」

「へえ。じゃあ、こんなでけえ屋敷もてあましてんのか」

「そうでも無いらしい。若い妻を既に貰っている」

ガルドは肩をすくめてから言った。

「カトマイヤーの任務内容って奴は政府に関係しているのか?長官からの直々の命令って事は」

「相当でかい事かもしれないぞ」

「長年その任務で調べ回ってたって事か。もしかして、CIAにもその関係で情報集めてたともありえるな」

「充分そうだろう」

「もう少し調べ進めてくれ」

「ああ。分かった。ボスからは指令は何か?」

「これと言ってねえ。逆に暇してる」

「そうか。今に大きく出るだろう。デスタントも動き出したと聞いたからな。君もFBIの目には気をつけなさい。彼等はボスを付け狙っている」

「ああ」

ガルドは立ち上がり、時計を確認すると男のいる飲食店を出て行った。




愛情サド女はぐるぐるとブラウンとピンクが交互になったチョコレートと薔薇のスムージーを飲んでいた。

「よう」

彼女は振り返り、満面に微笑んだ。既にお買い物を終えた女の子の様に一身していた。

「……か、可愛い、」

相変わらずのパンツスタイルだが、やはり可愛らしかった。

メイクをしていて、まるで元からのアイラインを引いたような黒の際に更にアイラインを引き、長い流し睫をクルンと全体的に上に向けていて、淡いローズピンクのチークを入れている。ローズクオーツ色の唇に透明なグロスを入れて艶めかせていた。大きな瞼のアイホールはキラキラと太陽により透明ラメがダイヤモンドの様に微妙に煌く。

パーマが緩く掛かったプラチナ髪を頭横で縛りモルフォ蝶をつけていて、美容院でアイロンでカールしたらしい。

やはり、白と黒とシルバープラチナの上半身を緩くさせパンツをぴっちりさせるコーディネートが好きなのか、黒のヒールロングブーツを黒革パンの上に履き、黒の7部レオタード素材の腹だしの上に白の毛糸で指編みされた服を着ていた。

両手手首に幅広のプラチナをつけ輝かせていた。丸いケツのポケットには片方に映画のチケットがささっていて、共にゼブラ皮の財布がさしてあり、指にシルバースカルが群青の石の目で嵌っている。長い爪には唇の色と同じローズクオーツ色のネイルが綺麗に塗られていた。

可愛い。全体的のフォルムが愛らしかった。

肩を引き強く抱きしめていて、女は驚き一度大きく息を吸い込んだのを、ゆっくり息を吐き出し微笑んで、彼の熱い体温は心臓が鼓動を大きく打ち、女は頬を染め瞳を閉じて肩に手と頬を乗せた。

彼からは綺麗な香りがする。安心する太陽の様な香りだった。彼の耳にキスをしてからガルドは離した。

「ねえ。今から買い物とかしようよ。お腹すいちゃった」

「何食いたい?」

「なんでも」

辺りを見回し、FBIがいない事を確認すると歩いて行った。時間は昼過ぎだ。

「映画観よう。そこでポップコーン食べよう。最近新しく出来た映画館があるの。すっごく素敵な所でフードも格別。映画館会場もお城みたい」

「ポップコーンでいいのか?」

「うん。アクションアングラ映画観て笑おう」

そう言い彼女は歩いて行き、彼も続いた。

なんだか、ガルドの雰囲気から100パーセント違う場所に来た。白ペガサスが舞いまるで夜のメリーゴーランドとパステルカラーの甘い薔薇とキャンディーで出来上がった映画館だ。

「……、」

ガルドは顔を引きつらせ、愛情サド女はにこにこして入って行った。こんな中で見るアクション映画ってのもなんだか妙だった。

元々映画を観ないガルドは食にただただ没頭していた。確かにここのフードはうまい。それにボックス席の様な広さだ。

会場は宮殿の様なベージュの柱の立つ中を群青ビロードの夜空の様な垂れ幕とシルバーのシルクがその柱ごとに派手に掛かっては間の黒革釦ダウンの扉毎を飾っていた。

重厚な群青ビロードのソファーは一人一人大きく、大体は2,3人座れる形だ。通路は黒に金の百合紋章の絨毯で、所所をスタンドキャンドルが灯した。だが映写されるフィルムは極鮮やかだ。

ドラッグでトリップした様な色とりどりの蝶がブロンド女の目から飛び出し舞っている。セクシー美女に男が飛び込んだ。

かすかな黄金のキャンドルの灯るランタンの置かれた洒落たテーブルにガルドはチキン、サラダ、ドリンク、苺などの皿を載せていて食いまくっていた。その黄金の広げる暖色の光もジューシーな柔らかいチキンを表面をぱりぱりに、この世の物とも思えない美味な物にもみせていた。

愛情サド女はカラフルな色彩のアクションに大笑いし足を放る重厚なスツールに足をばたばたさせていた。

ガルドは甘味があって新鮮で瑞々しいなサラダをばりばり食った。

映画を見終わると会場から出て、ようやく通信に気付いた。

ガルドは女の背を一度見てから通信を繋いだ。

鞭女の姉からだ。

「ちょっと探れた」

「どんな事だ?」

「地主の使用人の息子だったらしいわ。父親はプライベートボディーガード。母親はメイド。その両親が彼の生後すぐに死んだらしくて、その事で他の使用人家庭で養子として預けられた」

「両親の死因は」

「今その事に付いては調べている所よ。今から店に来てもらえないかしら」

「今からは無理だ。レガントの街にはいない。すぐに帰れば数時間後には着く」

「帰ってきたらすぐにあたしに連絡して店に来て」

「ああ」

ガルドは女を振り返り、彼女をそっと抱き寄せた。

「……どうしたの?」

「俺は街に帰る」

彼女はガルドの横顔を見てからその頬に頬をつけた。

「分かったわ」

彼女を離してから見下ろし言った。

「名前を教えろよ」

「あたしの名前を呼びたいの?」

「ああ」

女は微笑んだだけだった。

「名乗れるような出会いがあればね……」

「お前、来ないよな」

「リーデルライゾンに?」

ガルドは相槌を打ち、横に広がる海を見てから、柵に寄りかかる彼女を見た。

「……」

海が煌いていて、女を彩り彼女は美しかった。

「そうだな。あたし帰らなきゃ」

「どこの国に」

「決めて無い」

「あの蛇野郎はいいのかよ」

「適当に落ち合うわ」

「俺はお前を疑ってる。あの男と組んで今も動いてるってな」

「もう。何よ。もういいじゃない。あんたは警官になったんでしょ?それならもう依頼は関係無いんだか」

「離れたくない」

「………」

ガルドは自分の言葉に一度他所を見てから、面食らった女の顔を見て苛立ち舌を打った。

「じゃあな」

格好付かなくなって自分が無様に見え、そう言い歩いて行った。息を吐いて、今から地下鉄に乗り込みタクシーで空港に向かう事だけに考えを占領させた。

だが勇み足が、女に止められた。

「さよならダイラン。……あたしは、メサイア」

「………」

そう聞こえて、だが、高い音が鳴り響き

「あたしは………」その先は車のクラクションにかき消された。振り返り様に彼女は微笑んでいて、行き交う車の先の人ごみの中へと消えて行った。

ガルドは追い掛ける事も出来なくなって雑踏の中、しばらくはずっと立ち尽くしていた。




料理は素晴らしく最高なものだった。

調度品の配置されるラウンジで食後のティータイムを軽めに過ごした。柱と豪華な垂れ幕の下ピアノの旋律が軽やかに響く。昼の光は窓から射しては調度品の繊細な影をマーブルに落とし、そして象嵌の施され、女の弾くピアノにも射す。

ティニーナは紅茶にハニーを入れないと飲めなかった。女は薫り高い紅を鼻腔に充たさせ、そのカップの先の絵に微笑した。

ハノスとジョセフはコーヒーを飲み、祖母はコーヒー豆についてを詳しく聞かせていた。若い頃は父がコーヒー畑を持っていたそうだ。

ハノスはホテル支配人からリムジンが来た事を聞き、頷いて立ち上がった。

「今日は楽しかった!」

「ええ本当」

共にエントランスへ歩いて行き、女の執事兼運転手も彼女を迎えた。

「きゃ~!可愛い~!猫みたいこの車!」

「ふふ。そうでしょう」

「どこで造ってもらったの?!」

「MMネットワークよ。富豪達を相手にするネットワークで、いろいろな調度品や珍しい品を扱っていてね」

「へー!」

「最近、そうね。1年前からネット上で展開されているの。いろいろな施設もあるそうでね。シャトーや高級レストラン、高級リゾートスパ。王族の方々もご用達なの。あたくしはMMネットワークの大フアンですの」

「あたしも調べてみよっと!」

「そうですわね。3番地から5番地にお住まいならば」

「うん。明らかにレベル違うけど。でもトアルノーラだもんね」

「まあ。そうでいらっしゃるの?素敵」

そう、ハノスを見て、彼はおどけた。

「ミスターハノス?お屋敷まで送って頂けないかしら。楽しい時間を帰りの一人の時間で忘れたくは無いの」

「私がその話の相手で構わないなら」

「喜ばしいわ」

「じゃあ、あたし達は先に帰ってるね。パーティーの支度もあるし!じゃあね2人とも。今日は本当楽しかった!」

「ええあたくしもあたな方にお会いできて幸せでしたわ。また、宴の席で楽しい楽しい時間を。ごきげんよう」

祖母とティニーナ、ジョセフは変りの車両、リンカーンに乗り込み手を振って進めさせて行った。

ハノスも開け放たれ、陽射しの射す玄関扉へ向って行こうとすると、その腕に女が背後から手をくるませた。

「上でもう少しゆっくり、話し合って行きません?優雅なカフェサロンもあるわけですし、それとも部屋に入ってどうかしら。最高級のワインを出させますわ」

「いや。申し訳ないが遠慮しておこう」

「あたくし、負けず嫌いなんですの。今度は勝たなきゃつまらない」

「悪いね」

ハノスが小さく微笑んで断ったのを、女は駄々こねる様な目で見つめてから彼の腕に絡めていた両手で左肩に掛け身を寄せ、その肩に頬を乗せ顔を見つめた。よくするガルドに甘えるときやなだめる時の仕草だ。

「あたくしの事、抱いて」

ハノスはくるんと天を仰いでからなだめる様に言った。

「君を屋敷に送り届けたらすぐに正午からの勤務へ向う」

そう言い、彼女の背を促し歩いて行き、女は不服そうに玄関側へ促され歩いて行く。

「誰かお知り合いの警察の方も呼んで下さっていいのよ。人員は多い方が盛り上がりますもの」

「そうだな。何人かに声を掛けておこう。君と同世代の若い者達も呼ぶ事にする」

「あら、本当でして?殿方かしら。嬉しいけれど、あたくしは本当はあなただけでよろしいの」

「今は新年度も迎えまだ署内に馴染まない警官も多いだろうからね。その彼等にも声を掛け、打ち解ける場にも設けさせてもらえたらと思う」

「それは素敵な限りですわ。じゃあ是非」

車両に乗り込むと車はトアルノに向って走り出した。

「あなたを署まで送り届けさせますから」

「それはわざわざ申し訳ない」

女は微笑んでからシートに背を落ち着かせ、薫りの無い食後の一服をくゆらせた。

絶対に落としてみせる。そう心に言い微笑んだ。

トアルノッテを進んで行き、エケノとの間にある殿方ご用達の専門店などの多いセインクラー通りを行き過ぎ、ヒールコンストを東から西へ突っ切るジーン通り、ミズーリ通りを続け様に過ぎ、トアルノーラに入った。

3番地に入って行くと一つ一つの邸宅が道からは到底望めない程、林や丘、山に其々の敷地が囲まれ、荘厳なフェンスが数キロの感覚で見られる。

それらの敷地の奥に、ドーム球場の様な広さの屋敷と言う物はもはや、城や宮殿にしか見えない本館がそびえる。

整理され尽くした草原の庭など、自生林や森が含まれるという富豪揃いの各々の敷地は広大だ。

巨大でエレガントなアイアンの門が音も無く開くと、その私道を進んで行った。

他の敷地ごとでも毎日のように宴やパーティーなどが催されるこの優雅な地帯は、他50余りの元貴族達が2番地に、3.4.5番地に引けを取らない品を持ち敷地を構えている。

進んで行く私道の両側の森は、延々と左右の遠くに続いている。しばらくすると、ちらちらと白く壮麗な屋敷や黒石ブロックなどの美しい館が離れそして左側に点在していて、それらはメイド用、執事用の館なのだと言う。右側の木々の間に荘厳巨大な宮殿が見え、それは屋敷の離れであり、その先に見える明るい林に囲まれた館がコレクションハウスなのだと言う。

しばらく走ると、森を右折し、レンガの道沿いを走らせ行った。

森を進んで行き、様々な野鳥が飛んではさえずっている。木漏れ日がレンガの道に差しては木々の影は陽を眩しく光らせ、小鳥が遮っては、青の空が延々と木々の道の間から覗いていた。

林の明るい木々の色の中を進んで行くと、視界が開け、綺麗な湖上に建てられたロマンティックな館が見えてきた。

黒猫はその林を抜け進んで行く。

林に囲まれた湖の下から自然に通路が浮上して来た。その上を進んで行く。

芝生に停車し、執事が後部座席のドアを開けた。

ハノスが気付いて振り返ると、湖の上の道が水の中へ沈んで行った。

「アディト」

「帰さない」

「困るんだ。勤務時間に遅れるわけにはいかない」

「今始めて名前で呼んでくれた」

「センサーが作動しているのか。どこにある」

「お願い寂しいの」

「我が侭はやめてく」

「あなたさっきキスしてくれたじゃない!!!」

女は驚く様な声で怒鳴って、湖にいた白鳥や林の野鳥、ジェイブルーなどが一斉に飛び立って行った。

ジンッと空気が揺れ、執事はハノスにカードを渡した。

「金問題じゃ無い。信用問題だ。さっきの様な遊びじゃ無い」

ハノスが湖の中に入ってでも帰ろうとしたから女は執事に絶対に道を上げさせない様に言った。ハノスが執事の所に来た。

仕方なく道を上げると思い切り女に執事は頬を払われ、彼は地面に転がった。フン、と女は冷たい横目で見下ろし、館の中へ入って行った。

「申し訳ない。お嬢様はああいうお方なんです」

ハノスは軽くおどけただけでこれ以上は諌めはしなかった。

「それは大変だな」

女は開け放たれたままの扉から姿を現した。

「今日、絶対にいらして。悪かったわごめんなさい」

「伺わせてもらおう」

「待ってる」

女は一度視線だけで俯いてから、流した視線で地をなぞって横目で下方を見つめ伏せ、綺麗な睫を開いた。

考えを巡らせていたのだろう、正直戸惑った。彼女は余りにも魅力的だ。

「絶対いらして。ここに」

そう彼女は言うとまた建物の中に歩き影の中へと消えて行った。

湖に白鳥達が戻り、純白の羽根を閉じ優雅に水面を滑った。

ハノスは促された車に乗り込んだ。

「悪いね。怒らせてしまって」

「こちらもお嬢様の我が侭で付き合わせた様な物です。せっかくの祝いの日をゆっくりとご家族で過ごされたかったでしょう。あの可愛らしいお嬢様にも一言お詫びを申し上げていた事をお伝え下さい。それに、どうぞわたくしの事はお使い下されば。とにかく、急ぎましょうか」

「そうしてくれると助かる」

「彼女の言葉は聞き流した方が良い」

「気紛れな女性ならば標的にされる男も気が楽な事だろう」

「虜になるには彼女は女性として危険過ぎます。毒蝶に刺されてからでは激痛は免れませんからね。俺も痛い目を見せられてきましたから」

「はは。それは大変だったな」

「ある程度年齢を重ねてこられ、戦争を経験し忍耐を着けられた方々ならば精神は強いのでしょうが、俺はまだなかなか。彼女が鞭を持ち出して来ると酷ですよ」

「悪いが、そういう趣向は無いのでね」

「そうでしょうね。俺もです」

青年は肩をすくめて見せ言い直した。

「そうでも無いかもしれませんが」

人の性癖に口出ししないが、あまり知りたくも無い事だった。

先ほどの主導となる私道が再び森の切抜きから見え始め、やはり自然のままの森といえど、どこかしらに手を加えられているのだろう。どこまでもそれらの現れ方も美しい眺めだ。

「本邸はこの道をまっすぐ行った所に?」

「ええ。奥へ行くと道が開け、平原になっております。その平原が今宵の宴の野外会場になり、今は着々と準備が進められております」

その平原の先に見事な庭園が広がり、背後に上品で気品のある迎賓館に続いている。その背後には優雅な中庭を隔て、本低を構えていた。その迎賓館にパーティーホールなどがあり、全てのホールが屋内会場になっている。

平原の両端にはシンメトリーになる庭園と噴水があり、左側のその背後には巨大でまるで海のように空を青く映写させる湖が広がり山々が霞の先に囲うように峰を連ねていた。

その湖から林に入って行くと河がゆったりと柳に囲まれ続き、小船やボートに乗ってその先の女の館にまで行けた。

横たわる美しい湖には豪華な客船が浮いては、エレガントな形で、アールデコなフェンスに囲まれた優雅な舟も浮いていた。

「警部殿はトアルノの生まれだそうですね」

「いやいやまさか。今で言うエケノだ」

「では、自力でトアルノーラへ?それは実に素晴らしい事です」

「無我夢中になっていただけさ」

「才覚が無ければ出来る事ではありません」

「慣れる物では無いな。上流貴族の生活はさわりが理解出来るのみで馴染もうとは思えないものだ」

「それも職業柄の気質という物でしょう。どうあっても人には変える事の出来ない性分という物があります」

「確かにそうとも言える事だ」

両サイドの森はどこまでも奥を窺わせずに続き……、ハノスの記憶の中には様々な思いが存在するが、それらを思い起こさせることを常に排除しようとした。

厚く尊敬していた父は既に死んだのだ。あの深い森が幼い頃の彼には、一生貫けはしない壁に思えた事を覚えている。

それはとても、悲しい事だった。




車両はエリッサ署に到着した。

カトマイヤー警部にしては珍しく、レディーマダムや若い貴婦人が好んで作らせる様な車両から、バトラーらしき青年にドアを開けられ颯爽と降り立った。

警備員は敬礼すると彼に聞いた。

「どうされました。素敵な新車ですね。娘さんの趣味も変られた様で」

「いや。私達の持ち物では無い」

「正午前に本通りであった美女マダムレディーとの衝突事件の関係で」

「そういった所だ」

「ご苦労様でした」

「気遣いを有難う。君等も気をつけて」

ハノスは一度口端を上げてから穏やかな態に戻り、署内に戻って行く。エントランスから左に位置する交通課に立ち寄った。その奥は少年課だった。

車両は押収され、現在点検に出されているという。

エレベータで所轄の階に上がって行った。捜査一課の部長室へ入り、再びガルドを張らせている部下に連絡を取る。

完全に見失ったと言うのだ。何をやっているんだ。

「空港での調べは?」

「今向っている所です」

「急いでくれ」

「はい」

ハノスは息を付いて部長室から出た所だった。ドルク=ラングラー刑事と共に殺人課の覆面デカに呼び止められた。

殺人課の刑事部長はギガ警部で、こちらの範囲では無いものの、捜査内容によっては大きくこちらの捜査にも関わって来る。港での調べでもそうだ。

「サー」

「何だ」

覆面デカは書類をめくりながら顔を上げた。

「実はですな警部。調べでは今サプライズとんでもない事が発覚した。デイズ=デスタントが闇市で形成した地位を本格的な物としギャング家族を立ち上げた」

ドルク=ラングラーがそれに続けた。

「ルート上の動向で麻薬の取り締まりを中心とした中でデスタントを張っていた所、大型輸送船を一艘彼等が買収した」

船繋がりで言うなら即刻思い当たったのが造船会社にも手を伸ばしているレナーザ一族だった。そこの高飛車娘の事も。だが大きな痛手を負った雰囲気は感じられなかった。商売道具をもしもギャングに奪われたならばジャズパーティーどころでは無いのでは無いだろうか。

「レナーザ造船所に当たってみたのか」

「そうした所ですな、造船依頼主は既に一年前の市場でのオペラ座の爆破事件に巻き込まれ死亡していたという男でして、メレッケンポリーノ=アジャアジャという」

「メレッケン・ボルド=ラジャアシュだ」

「ええ。その車両メーカーアジャアジャだったらしいのです」

「ラジャアシュだ」

今度はドルク=ラングラーが訂正した。ラジャアシュはトアルノッテに屋敷を構える車両メーカー王だ。本社を隣街のセンタービジネス地帯に構え、リーイン工場地帯の製造工場で造られている。

「その死後の権利を副社長に委ねられた後、完成し車両を乗せ輸出に動き出す手前で副社長は突如の解任をし、船の権利を大金を出し購入したのがDDだったのです。しかも船にしては破格の値段で」

「彼等の繋がりや弱みを握られた事実は?」

「関わり所か面識さえ無い。元々そのオペラ会場にもオペラが目的で訪れていた所を、社長は不運にも巻き込まれDEAHTをした。それに過ぎないのですから」

「それを目的として招待した人物がいる筈だ。洗ってみてくれ」

「イエッサー」

これはレナーザには少なからず捜査協力を願い出る事になりそうだ。




ガルドは薬をキメてから飛行機に乗り込むと毒の様な顔になり、横に座った少女に大泣きされた。

母親はごろつきに娘を殺されない内にも子供を抱きかかえると、何も言わずに席を変えて行った。

ガルドはハッと息を吐き餞別にと愛情サド女に貰ったポータブルステレオのボリュームを上げ、劇薬を流し込む様な、金属的で硫酸の血みどろの音を聞きつづけながらもそれは何故なのか美しさを纏い、体の水分に透明に浸蝕した。

女の子は母の肩に顔を乗せじっとガルドを見ていた。彼はしばらく無視していたが、そちらを見てアメを投げ渡してやった。彼女はにこにこうれしそうに微笑んで、愛情サド女が10個持たせてきたその小さなピンクの薔薇蕾が入った透明なアメを舐め始めた。母親は綺麗な薫りに気付きガルドを振り返ると、通路先から照れた様に微笑み前に向き直った。

「ねえお兄ちゃんこれ美味しいね」

「へえ。良かったな」

「ママにもあげる」

「ほらよ」

そう、5個振り返った母親に持たせた。彼女は頬を染めてそれを受け取り、微笑んだ。

ガルドは銀縁に黒緑グラデーションのクラシックを填めると目を閉じた。

何かに気付いて膝を見ると女の子が乗っていた。

「こっちいらっしゃい」

多少母親は青ざめてガルドの様子を感覚で窺いながら呼びかけたが、少女は眠気を催したのか、熱い体温の腹に頬を乗せてすやすやと眠り始めた。

「ごめんなさい。その子、飛行機に乗ると眠ってしまうの」

「別に。子供は嫌いじゃねえ」

そう言うとまた目を閉じ、荘厳なパイプオルガンのバロック音楽に切り替わったのを頭に浸蝕させた。重厚にズンと響き、教会に浸蝕した。それと共に背後では女がミックスさせたのだろう、木漏れ日を浴びるようなフォーレのレクイエム、神の羊がかすかに余韻を残し流れ続けた。

閉ざされた瞼の向こう、親父の笑った顔が脳裏に浮かんだ。自分のふさふさの金髪をがしがし撫でて来て、すねるチビのダイランによく言って来た。

『お前は本当甘えん坊なだあ。5才にもなって俺がだっこしてやらなけりゃ眠れないなんて、いつまで続くんだろうな』

いつもバーの最後部の座席で、常連達が酒を飲み交わす中を親父の胡座に入って腹に丸い頬を乗せ眠っていた。それ以外の時は、激流に流される暗闇の悪夢を見つづけていた。

目を覚ますと女の子は消えていた。母親も消えていた。ボードに母親の字で『有難う』と記されていた。


ガルドは首をごきごき鳴らし、腕を片方ずつブンブン振って眠気を追い出しながら歩いて行った。バイクに乗り込みアヴァンゾンのJ-オースティンに向う。

鞭女の姉の経営する店の裏口から入って行き、社長室に上がるとドアを開けた。

「ハアイダリー」

「ああ」

ソファーに横になっていた鞭女がガルドの所まで来て彼にキスしてから口元を微笑ませ、黒のアイマスクの中の瞳が艶めいた。

「ね。あんた、警官になったならハノス=カトマイヤーと一緒に今夜屋敷でやるパーティーに来なさいよ」

「パーティー?」

「いいもの、見られるかもよ」

「なんの事だ?」

「ハノス=カトマイヤーを誘ったのよ」

「は?マジかよ」

「色気で」

「有り得ねえ」

「かなりお堅い紳士だわ」

「よくあの男が」

「ジャズとワインで釣れた」

「それとやっぱり色気」

「ええ。そうよ。彼って素敵ね」

「俺は嫌いだ」

「同僚に声掛けさせたからあんたも今から署に戻りなさいよ。あの噂のガールフレンドでも迎えに来たってね。きっとあんたの事も誘うわよ」

「そうだろうな」

「ねえダリー。きっと探って来ると思うわ。警察の人間を大勢呼ぶなんてあまり父親が喜ぶ話では無いだろうけど、船についてさりげなく探り入れて来るわ」

「探らせておけ。どうせ叩いても俺側の事は何も出ねえんだ」

「確かにね。デスタントの事以外は。罪着せが好きなんだから」

「そのパーティーの時間は」

「19時よ」

「その前に一動き出来るかもな」

「あんた今は張られてるんじゃなかった?」

「動ける当ては探す。それで」

「ええ。なんだか、自殺らしいわ」

「へえ」

「レガントはガードがきつくてあまり詳しい理由は探れなかったけど、結構彼等使用人の間じゃあ有名な話だったみたいでね。レガントの敷地端の森を抜けた先にあるBBB渓谷から2人で身投げしたらしいのよ。彼が生まれたすぐにね。10才になるとエケノにいたメイドと運転手の夫婦に引き取られたようね。元々彼の身投げした両親は其々をトアルノーラの6番地で育ってきたらしいわ。屋敷は離れていたけれど幼馴染からの恋人だったという奴。片やボディーガードの家系で、片やメイド屋敷の生まれの女だった事から、格式の違いで恋仲は反対されていたみたい。その上子供まで生まれた事から来る追い討ちでの自殺の線が有力だったけれど、もちろん敷地内の事だから事件としては警察は押えていなかった。彼の本当の両親は役所内ではエケノの夫婦になっているわ」

「ハノス=カトマイヤーの様子だと、産みの親も育ての親も既に死んでるみたい」

「おい10才になるまでは。そんなチビがそれまでどうしてたって言うんだ?手前で飯作ってマットレス引いて三輪車で小学校通いか?」

「分からないのよ。きっと6番街辺りか使用人達の間でたらい回しされていたんでしょう?あの厳格な性格は育ちに関係するわよ。人格形成は10歳までだなんて相当染み込む物よ」

「なんだか、彼ってあまり両親だとかその時代の事には触れて欲しくなかったみたいだった」

「なるほど。あの男にもそういう触れられたら痛い過去があったって」

「かなり、痛い事かもよ」

「えぐってみたくなるな」

「見てみない手は無い」

「楽しい事は大概にしときなさいよ?あんた達」

「愉しい事には必死になっちまうんでね」

「大きな赤ちゃんはおいたばかり」

鞭女はガルドの唇に指を当て微笑んだ。

「こうやって、徐々に攻めるの」

「ハッ、あんなジェントル野郎なんか」

「いちころよ。自信あるんだから」


   ★対★


鎖をコブラがのたうった


ブロックの壁に十字に繋がれて


後ろ





剣呑とした目を微笑み見て




斜め



手錠に繋がれて




威嚇



鞭を払った


挑発





まるで心にも無い


ばら撒く


引っ繰り返す


叩き割る


断ち切る


ヒール踏み鳴らす


蠍が脚を這い狂に目を剥く


彼女は鞭をピンッと両手で張ってから柄で彼の顎を擦り妖しげに微笑した。

「お前が虜にならない様に注意しろよ」

そう微笑み女の頬を撫で、時間を確認してからドアから出て行った。鞭女は微笑みゆるゆるとその手を振った。

ガルドはバイクに乗り込みリーデルライゾンに戻る。

ふらふらしている拷問女を捕まえると彼女に常に持たせている20人の部下の盗聴器の聞き取り装置の内容を確認してから錠剤を与え、他の10名のチームの部下男達に港を引き続き探らせている中の3人をデスタントのスパイに再び向わせる。拷問女にも港を7人と共にうろつかせた。ランジェリー娼婦にもエジプト王宮の妾の子としての身分でエジプトの富豪仲間を連れパーティーに出席させるように声を掛ける。




ガルドの管轄であるバートスク6丁目交番に寄り、女警官と共にエリッサ本署へ向った。

今日留守にしていた内にも3人のパフォーマンサーがボディーランゲージをして状況を報告しに来たらしいがどちらにしろなんて言ってんのかわけ分からなかったらしい。

レオンを捕まえて軽くキスしてから背後から腰を抱いた。

「ねえ。あたし、実はカトマイヤー警部にお誘い受けたのよ」

「マジかよ」

「まあ、とは言っても他にも声掛けてるみたいよ」

「なんだあの野郎はハーレムでも作る気か?」

そう微笑み前を向かせて腰を引き寄せ、レオンの鋼の様に美しい顔を眺め見つめた。レオンも微笑んで顔を斜めに唇を指でなぞった。

「あんたも呼ばれてよ」

「俺は奴に嫌われてるんでね」

「ガルド君」

常の落ち着き払った声にガルドはうんっざりした顔でレオンの肩を抱きながらくるんと振り返った。エレベータから降りて来たハノスを見た。

「俺の女に手出しするなよ」

「君の悪ふざけを聞く耳は持ち併せてはいない。ところで、今日の晩もしも暇ならばミスマゼイルもガルド君もレナーザ氏の主宰するジャズパーティーに招待されるといい」

「ジャズ?」

「時間は7時という事だ」

「俺興味ねえんだよなあそういうの」

「あたしは行くけれど」

「じゃあ、俺も行っちゃうぞ」

「嫉妬?」

「それは誰にだ?」

「だーれだ」

女警官とじゃれ合い出したのを見てレオンは眉を潜め怒り、ガルドの胸倉を掴んで思い切りビンタした。ハノスは鼻で笑って、ガルドは凄い顔をしてハノスに歯を剥いた。

きっとパーティーにはキャリライの奴は元から特別招待されている筈だ。実際そうだった。当然地主であるリカーもそうだ。そう考えると嫌な気分だったが、会場も広ければ鉢合わせないだろう。

「俺さー車持ってねえけど」

「ベライシーがあるじゃない」

「ズィラードが機嫌損ねてなかったらな」

「あら。彼女に今度は何したのよ意地悪さん」

「奴の兄貴に会った」

「それはまあ、怒るわけよね。カトマイヤー警部。何か交通手段は無いかしら」

「俺バイクでいいわ」

「じゃああたしのバイクで2ケツしていきなさいよ」

「あれで行ったら蹴り出されるんじゃない?公害の元なんだから」

「何よ!」

「煩いのよあのバイク」

「ふん!」

「ガルド君のバイクを私の家の駐車場に停めて車に乗り換えればいい」

「それ良いじゃないお言葉に甘えましょう?」

「おい爆弾仕掛けるんじゃねえぞ」

「犯罪だ」

「ふん!」

「ちょっと……あたしの真似して可愛い子ぶる事横取りしないでよ……」

ガルドと女警官は来た時同様バイクに乗り込み、レオンと共に彼女の工場へ帰って行った。



10


スモークシルバー色の工場内は灰色の月が天窓から黒の切抜きの中央を飾り、彼女はレオンの衣装を見回してキャンドルの中、スモークローズの香水を銀闇の中振り掛けるレオンを見た。ガルドは今シャワーを借りていた。

「ねえ、あたし……」

レオンは振り返り、「何か?」と言った。

「自信が無いわけでは無いけれど、そうね。何て言えばいいかしら」

レオンはロングの髪を振り、風を含ませヒールを鳴らした。

「ダリーの事?」

「まあ。そうね」

「渡さない。あたしの男よ」

「あの子の事、見ていてあげて」

「………。え?」

何だか胸騒ぎがするのだ。

アンティークの大きなボックスの中から、シルバー、ダイヤと大振のオニキスのネックレスを取り出し、シルバードレスの胸元に掛けた。

「……マゼイル?あんた、大丈夫?」

「知ってる筈よ。あたし達が犯罪者だという事」

「……」

マゼイルはレオンの顔を見て言った。

「なぜあんたはあたし達の事を上には黙っているの?あたし達はダリーの下で今まで様々を行って来た。上はあたし達の面子を知らない。それを知っていながらあんたは捕まえようとしない。ああやって毎回交番に来ている奴等がただの遊楽ピエロなんかでも暇を持て余してる娼婦というわけじゃ無く情報を送って来ている存在だと分かっているのに」

レオンはガーネットの装飾が腰に付いた黒のドレスを身にまとって、小さな丸テーブルに香水ボトルを置き、その床を見る様に目を瞑った。

「確かに唯一出入りを許されていた刑事のあたしは他の同僚の知らない事実を多く知ってはいるわ。でもね、その分ダリーの恨みの深さもたくさん知っている。今最優先させる取り組むべきは、闇市場を巨大化させない事よ。あんた達は今は犯罪を犯す事無く情報のみを集めてる」

「何故再びグループだとかを立ち上げないとも思わないの?」

「あんた達にそんなつもりがあるわけ無いわ。デスタントの情報をダリーの所にしっかり持って来なさいよ」

「喧嘩する為に言ってるんじゃ無いんでしょう?」

「ええそうよ。こんな事刑事のあたしが言ってはいけない事でしょうけど、何らかの恨みに関する事は……」

鉄組みの空間は広く、隅には闇が宿って思えた。青味掛かった銀色の粒子はプラチナの様にも充たさせては月光がやわらかく、鋭くもし、闇はやはり暗黒が染み付いた。

「あたしも共感出来るって事。必ずしもというには多くの人間は反対するでしょうけれど一つの悪を制するには悪の力も必要になるわ。正義だけで制するには余りにこの毒は強すぎる。歯は牙の如く鋭すぎる。取り締まれるレベルの世界じゃ無い」

「どういう事?あんたもデイズ=デスタントには恨みを?」

「彼にじゃ無いわ。まあ、私事になるけどね」

レオンは顔を上げ工場内を見渡した。余す事無く。

「この工場はね、昔倒産に追い遣られたのよ。父は死んだわ。その恨みの事」

今現在、地主に就任した女、リカーにだった。

第二次世界大戦時、リーイン全て戦地への武器製造工場に強制的に切り換え、当然それらを反対した工場主達は大きな脅迫に合い、そして工場を奪われて行った。最後までリカーの意向に反対していたレオンの父は倒産に追い遣られ、そして彼は自殺した。

そして戦争も終わればリカーはさっさとそんな事も忘れたが如く、工場を元の生産工場に戻して行ったのだ。

リカーはリーデルライゾンを完全なる隣街のベッドタウンにするべく、ヒールコンストに住民が其々集まる中を、神経質な程ハイセントル、エケノ、トアルノ、リーイン工場地区、リーイン地区其々の間に大きく道を何本も隔て綺麗に整え、街中に樹木も多く植え、各戸敷地内にも樹木を五割がた植えさせることで街全体の7割の緑化をさせ、緑地公園もたくさん設けると、バートスクに点在していた商店をリーインの横に集めバートスク商店街を形成させ、大通りを隔てたバートスクストリートは完全な職人達の店が軒を連ねるようになり、その横にアジェン地区が広がりその住人の彼等はレガントの森の手前に場末の酒屋地帯を作った。

大戦で武器製造により多くの利益を得た彼女は、古い時代のソルマンデの疫病施設を取り壊すとそこに豪華絢爛なグランドホテルを建てた。

現在ではハイセントルは多くの移民達がそれら街を整えた後は職を失い、樹木が多いことで園芸、造園、ガーデニングの仕事に就ける者は必死に手に職をつけ、ほとんどの他の者は既に根を降ろし始めた異国人家族達が貧困に暮らしている。

そこに目をつけたのがデイズで、現在ハイセントルをリーデルライゾンの風流に移行しない異国人達を取り仕切り暗黒街に仕立て上げるべく麻薬を与え大きく動き出していた。レガントの秘密を多く掴み脅迫し、既にデイズの存在はリカーには脅威になって彼に従わざるを得なくなっていた。

戦争により、レオンは家族と本来戦争が起こらなければ失う筈の無かった廃墟と化した工場の中で暮らしていた。一市民である彼女に、父に屈辱を強いてた地主であるリカーに刃向かえる手はずなど全く無かった。

太刀打ちできない怒りをガルドのDDへの怒りに重ねたいわけじゃ無い。

でも、止める事が出来なかった。今も彼女は父を奪ったリカーに怒りを感じているのだから。

確かに、事業的変動の為の街の方針ではあっただろうが、彼女はそんな大人の都合など半ば分かりたくなど無かった。

レオンはマゼイルの顔を見て言った。

「今夜、何かが起こるの?アヴィト=ヴェレの誘いなんでしょう?これはあんた達の罠だというの?」

レオンは彼等の犯罪暦を、当然の事強盗グループを仕切るハイセントルのごろつきである事以外は知りえない。まさかガルドや部下20名が金融にまで深く関わり、DDまでも影で操作しリカーをデイズが脅迫する事を黙認し港市場を手中に収めていた事など知らないのだ。

「あたしには何がどうなるのかなんて事は分からないわ」

マゼイルは円卓に腰をつけ腕を組み、工場内を見つめた。目を閉じシャンデリアを見上げると瞳を開き、背後の天窓やトタンから差し込む月光は空間の宙を空のようにした。星は微かに光を半透明のトタンの先に輝き、彼女は白く艶めく流れる視線を戻してから、肩越しにガルドのいる方向のドアを見た。

「あの子はね、小さな頃から無茶しては自分でドジ踏んだり年上に反撃に合って泣いて来た。小さくてころころしていて、あたしに甘えてきてはたくさんの娼婦達があの子の母親代わりの様に可愛がって来たわ。でも、その頃はまだ可愛らしかった。恨みなんか知らない子だったわ。毎日はしゃいで我が侭も何でも憎めない可愛らしさでカバーして。女の子を喜ばせる事が大好きだった。今でもそう。貧困に産まれたけれどその分を貧困者達にこそ遊びの心を持たせたいって裕福な人間達を毛嫌いしてきた。あの子はあたしや彼女達に最高の想いをさせたいばかりに豪華で最高の場を用意しつづける。確かにその為に多くの犯罪を犯しては金に余裕のある人間達をひけらかして強盗を犯した事に代わりは無いわ。でも、あの子には犯罪者である上の男であって、万人には決して認められはしなけれど、心がある。それなのに、いつから……あんなに鬼神の様になってしまったのかしら……」

彼女は目を伏せ、肩越しから伏せ目を戻して組まれた腕を見つめた。

「無謀だわ。ダリーはきっと分かってる。あたし達は彼の恨みに乗っ取って豪華に事を過ごして来て、彼の他を引っ張る心を利用したかったわけじゃ無い。でもいつからか、その範囲まで抜け出して全てをメタメタにぶっ壊して来たわ」

「あんたは……犯罪を犯罪と思わないわけじゃ無いんでしょう?」

「事実思って無いわ。これは正義に生きる常人の頭からは異常に思われてもね。あたし達の行動には潤滑に事を運ぶために動くところを動かす。それがダリーの様に派手に宣戦布告するか、DDの様に地下で動くか、それを犯罪の域で動かすのか、正当な元で犯罪にも課す事を働き掛けるのかの違い。世の中の地下は世界が潤滑に動くためにどういう手でも事実動かす。あの子が何故あんなに明らかな手を使うのかなんて、自身の身を怒りに乗っ取り滅ぼさせる為だけにしか思えない。それを、共に行くと決心したのはあたし達自身だわ。止め様とする人間はいなかった。あまりにも、彼が作り出す物が大きすぎて、今まで貧困のあたし達の絶対に手にする事など出来なかった様な富をダリーが持って来て、それに目が眩んでいるから。地下で動き、悪同士でいがみあって手にした全てを手放す事で、既に彼の中には根本の恨みしか残らない」

シャワーの音が止まってマゼイルは口を閉ざした。

「ねえ。話して。彼の家族を奪った人間がDDなの?本当に」

だがマゼイルは続けなかった。扉が開き、ガルドが腕を出して手探りでばんばん壁を叩いた。スイッチを見つけると脱衣所の電気をつけ、また扉が閉じた。無駄な電気を使うとレオンが怒るからだ。

「ねえ」

レオンはマゼイルを促し、最後に彼女は息を小さく付き一度閉じた瞳を開くと空間を指す月光を見た。

「デイズ=デスタントは腹黒いわ。何もしていない様に見えて、彼が心底からダリーを粉々にした。恨みを知らなかったダリーを変えてしまった」

「何故?」

「知らないわ。デイズは昔からダリーを心底嫌ってたから。気に入らなかったんでしょう。あの男が全てを差し置いて一番になりたがる性格は今だって目に見えて分かるじゃない。ダリーの事さえも出し抜いてね。何でダリーを目の敵にし始めたかは本当の理由は知らないわ」

「ぶあっくしょん!!!」

「でもダリーはDD兄にまで恨みを持ってるじゃない。噂では親友だった筈なのに」

「それはリサが」

扉が開き、ガルドが出て来ると全てを5本の簪で纏め上げた髪を整えながら歩いて来た。

白シャツにカフスの着いた黒の正装を着こなし、首に焦げ茶シルクのスカーフを巻いている。

ガルドが来るとマゼイルは艶やかに微笑んで彼の首に腕を掛け「素敵よダリー」と囁いた。

美しく着飾った2人の女を見てガルドは嬉しそうに微笑んだ。

「綺麗だな。お前等」

マゼイルは微笑み、レオンは一度マゼイルの顔を見てからガルドに促され微笑み歩いて行った。

レオンは綺麗な足を上げドレスでバイクに跨り、マゼイルはガルドの背後に乗り2台のバイクで走らせて行った。



11


ハノスがベンツから降り立ち屋敷に戻ると、ティニーナとジョセフと祖母までも飛び出て来た。

ティニーナはベージュピンクシルクで裏打ちされたシルバーチェーンを繋ぎ合わせたミニドレスから、黄金艶の入るストッキングの足を付け根からニュッと出させ、ゴールドダイヤのあしらわれた金色のハイヒールを履いていた。腕にオニキスを連ねたブレスレットを填め、耳に金プレートの大きなピアスをふわふわの髪から覗かせている。

祖母は落ち着き払った黒緑シルクタフタのロングドレスの肩にボリュームある焦げ茶のミンクを掛け、頭に小さな帽子を載せては黒のシルクヒールにスクエアクリスタルを着け鮫皮の硬質なハンドバッグを手にしゴールドの腕時計が重厚に飾った。

ジョセフの上品な正装は彼に似合ったハイセンスなオーダーメイドのスーツで、フェラガモの装飾品をシンプルに填めていた。

「早く早くパパ支度!」

「お前達は先に行っていなさい。私は済ませてから他の人間と共に向う」

「ええ?!一緒じゃ無いの?!あたし達入れるよね」

「家族で招待されたんだ。招待状もあるから大丈夫さ」

「分かった。じゃあ、早く追いついてね!」

「ああ。出来る限り急ぐ」

「今日は気分良いから許してあげる!本当は怒りにあたしの心は燃え盛って」

「ほら行くぞ行くぞティナ」

「はーい!」

「それではパパさん俺達は失礼ながらお先に」

「楽しんで」

「ええ。それでは」

「ああそれとティニーナ。車を一台貸してもらいたい」

「いいよ。キャディラック貸してあげる!っていうかパパのお金で買った奴だけど!じゃあね!」

ジョセフの運転でポルシェは屋敷を後にした。ハノスは闇に消えて行ったポルシェを見送ってから屋敷に入って行った。

ガルド達が2台のバイクで大はしゃぎし煽り合いながら騒ぎ散らし、夜の静けさを引き裂きエンジン音を爆破させながら喧騒を引き連れ、規律或る優雅な6番街のレガント関係者達は片眉を上げ潜め冷静な顔を見合わせだが、放っておいた。どこの若者かは知らないが、どうせすぐに過ぎ去るだろう。彼等はアームに手を置き紅茶のカップを傾け瞳を閉じた。

そんな態度で6番街を突っ切って来たものだから早くも到着した早々ハノスに厳しく説教された。

ドレスをはためかせながら円を描き停まると、ハノスは呆れ腰に手を当てた。

女2人の目がぱっと輝いてそのキャディラックを見た。

「なんて素敵なキャディラックかしら!」

「最高級のクラスよ」

「ねえ早く乗りましょうよダリー」

「俺中央が良い」

「場所指定……」

「私は助手席に乗ろう」

「え?そんな失礼できませんわ。あたしが。でも、あんたにダリー取られるって思うと癪」

「何よお嬢ちゃんは大人しく助手席に収まってる事ね。あたしは、素敵な男2人を両手に乗りたい気分なの。さあ、お先にお乗りになってカトマイヤー警部」

「おい駄目だお前助手席に行け」

「あんた警部に対してお前って……」

ハノスは首を振り助手席に乗り込み、ガルドは女を両腕に乗り込んだ。

3人は派手にじゃれあい出しキャディラックは進んで行った。

四隅に金の丸と黒革のひだが付き、黒革に豪華な黒シルク糸で不思議植物の刺繍がされたクッションを持ってくるくる飛ばし回してガルドは喜んでいた。

「おいこれ欲しい」

「娘の物だ」

「赤のモンスターでも乗せておけば良いんだよ。気付くかっての」

「我が家にはいらん」

「あんたの娘何才だ」

「17だ」

「………。おい紹介しろ。俺に」

そう身を乗り出しシートに腕を掛け手厳しい厳格な背に説得に掛かった。ハノスは一切取り合わなかった。

「それならこれ諦めてやる。娘手に入れば自動的にこの車も俺の物。そしてあのあんたの屋敷も俺の物」

「絶対に足は踏み入れさせない」

「クッションで諦めてやる」

「諦めなさい」

「娘に会わせろ、というかくれ。どうせすっげー美人なんだろう」

「クッションも娘も君にはやらん」

そう前方を見ていたのを肩越しにガルドを冷たく睨み、それはまるで、レガントの人間などとは絶対に婚姻など結ばせはし無いという空気が冷淡に込められていた。

ガルドはライオンの様な顔で険しく歯を剥いてからフンッと言ってシートに戻って来た。

「ちぇっ狐野郎がチーターとの合いの子みてえな顔しやがってブツブツ」

そう言い既に自分の物の様に組んだ足の上にクッションを乗せて2人の女とシャンパンを傾けあっていた。

狐野郎と言われてハノスは片眉を上げ一度背後を眉を潜め見てからまた向き直った。

女警官は斜め前のハノスにずっと色気の視線を送っていたというのに、当の本人は気付かず窓枠に肘を尽き難しい顔をして、顎を指に乗せ窓の外を見ていた。

鋭い横顔は何かの考え事をしているらしかった。

「ねえカトマイヤー警部。奥様はもう既に娘さんとお二人で会場に?素敵。親子3人でジャズパーティーだなんてお洒落」

女警官は鞭女達の調べを当然知らないから死を知っての悪意から来る物では無く、その妻へ対する意地悪の様な言葉だった。

「あたしがあなたを会場のエスコートしようかしら。奥様の所まで。お一人じゃあ、やはり素敵な男性には似合わないでしょ?」

ガルドは女警官の誘惑を腕を小突いて止め、横目でハノスの反応を見た。

「妻は他界している」

そうぴしゃりと言い、女警官は口を噤んだ。

「……。ああ、悪い事言ってしまったわあたし。ねえダリー」

「お前はこの魅惑的な口を黙って閉じてればいいんだ」

そう微笑み頬を擦り、それでも言った。

「なんで死んだんだ?」

「ちょっとダリー。失礼よ」

そうレオンが今度は彼の腕を肘で突いた。

「君には関係無い」

それ以上は何を聞いたとしても口を開かなそうだったからガルドも諦めた。冷静な口調にもどこかしらのきつさがあった。

殺された。そう直感した。

確かに、ハノスからしたらハイセントル出のレガントの人間ときたら、直接的な恨みは無い物のかなり当惑する存在である事は明らかだった。

ガルドはレオン側背もたれに腕を回し目を細め、こちらが勝手に探られ情報を掴まされる以上、こちら側も十分探らせてもらう。一方的な侵略は許さない。そう思いながらもハノスの後頭部を見据えた。]



12


木々の並びが続き、レナーザのライトアップされた巨大な門にどんどんと、超の付く高級車やユニットバスまであるなどした各々のリムジンが飲み込まれて行く。

キャディラックも進んでいき煌びやかにライトアップされる。

街路灯の黄金の光を受け黒の鋭利な車体に重厚に滑り跳ね返った。滑るように進んでいく。

昼とはまた様子を違えた闇の横たわる深い森は両サイドに構え、空気は動く事は無いかの様に暖色の街路灯の先佇んでいる。

その延々と続く私道を行き、林を進むと一気に視界が華やかに開け圧巻させられ輝いた。

織り成される優雅で絢爛な野外空間は見事な物だった。

ドアマンが車両のドアを開け彼等は降り立った。背後でキャディラックは誘導されて行く。

会場を見回す。黄金と暗褐色の暖色ブラウンの灯りがあまねく住み着き、一気に心を掻き立てて気分を酔わせた。

ドレスアップされた気品ある富豪達に会場は彩られ、生のジャズ演奏が空間をまどろませている。

それらの会場の両端のシンメトリを取った噴水の庭園が黄金にライトアップされ更に彩りを誇示した。

どこを取っても完璧に美しい。

女達は顔を見合わせ強く微笑み合い、絢爛華美で庭園とライトアップされた巨大な宮殿はまだ続く奥行きを全く窺わせずに威風堂々と気迫ある風を穏やかに佇ませている。

ガルドは悦ぶ女の腰を引き寄せ会場を視線だけで見回す。やはりだ。

影に鋭い目を忍ばせる警察組織上層の顔が優雅な中でもちらつく。

彼等の姿にアディトはダークレッドの厚い唇を微笑ませ、大きな瞼の流し目を艶めかせた。

鞭を持たない鞭女は、23歳の綺麗でグラマラスな体を、ジャズを聴くのに適当な落ち着いた深い色合いで包み、だが彼女の魅力を充分引き出した色気ある装いだ。美しく独特な個性の引き立つオートクチュールは、普段の鞭女の雰囲気を完全に消し去っていた。それでもマスクをつけない心の中は鞭女同様、瞳を微笑ませ2人の男を見た。

彼女は顔見知りであるハノスだけを見つけた様に彼等の所へ来ると、ハノスに充分妖艶に微笑んだ。

「嬉しいわ。来て頂いたのね。昼時にあんな事があったから、てっきりいらっしゃらないんだとばっかり思ってあたくし、塞ぎ込んでいましたの」

「あんな事?」

どんな事?と、あの3人のパフォーマンサーがいれば微笑みそれに続けてこんな事と妖しいパントマイムを始めていた事だろう。

ガルドは目を伏せ気味に顔を険しくして、女のわざとの挑発にも乗らずに流すハノスを横目で見た。

「何だね」

そうガルドの視線に気付き普通に言って来たからガルドはいぶかしんで片眉を上げた。

「彼等がお話で窺った新任警官の方々ね?アディト=Vと申します。遥々お越し頂いて光栄ですわ。今宵はごゆるりとジャズを堪能なさって、愉しい時間を。新しい環境に慣れるよう皆様で良い時間をお過ごしになって」

ガルドに大人っぽい色目を使い微笑んでから、ハノスの腕に手を回し、シルバーと黒スワロフスキとオニキスで出来上がった豹の形のヒールを、一歩一歩交差させながら腰をゆったりと振り歩いて行った。そんな鞭女の綺麗でなだらかな背は、今までガルドの前では選んだ事等無かった様な綺麗な種類の薫りの香水だった。

「……」

ガルドはちょっと寂しくなって口を噤んだ。紳士的なハノスは何気無しに腕を抜き彼女をエスコートし歩いて行った。

「……。おい。あいつ等なんだかマジかよ」

「さあ……」

「羨ましいわ。あたしも一度は彼にエスコートされたい」

そう言った女警官の腹に手を巻き引き寄せた。彼女にはしっかり会場の様子を窺う役目もある。

「今日は随分と可愛いじゃないのよダリーボーイ?嫉妬してばかりいる」

背後のガルドの唇を微笑みさすって豪華な巻き毛の深い黄金が彼女の艶めかしい顔表を囲った。女警官は遠くから2人の様子を窺うべく、艶の視線を会場に巡らせた。

視界の先には鞭女の姉がいて、キャリライ=S=レガントの横を陣取っては、彼と微笑み話し合っている所だった。あの男は貴婦人達やマダムレディー達に大いに人気がある。

キャリライが刺々しい視線に気付いて、努めて女達の前では怜悧な目を隠している甘いマスクを上げ、横目でガルドを見下ろす様に見た。会場を見渡すその先にあの悪魔が女2人といるのを見つける。彼は目を伏せ気味に細めると、片眉を上げた。一丁前にごろつき風情が良いオーダーメイド物のスーツジャケットを着てかなり様になっている。彼はひけらかすようにふいっと視線を反らし、ガルドも顔を反らし、互いに背を向け歩いて行った。

キャリライの周りにはマダムレディー達が集まり、彼と見知りあう為に会話をし合っては微笑んでいた。キャリライも甘いマスクに戻って微笑み話に戻る。

ガルドは首を伸ばして、マゼイルの背後を見た。

会場左寄りには正面向かいにバーテンブールが構えられているのだが、屋敷の景観を中心に右寄りにはステージが設けられ、その前のチェアに腰掛けるマスターを発見した。

「おいジジイ」

「ん?ようダイラン。なんだなんでお前ここにいる」

「ジジイもだろう」

「俺は奴等の知り合いなのさ」

そう言いバンドネオンをパイプで示してからガルドの方を見た。

「お前派手なジャズ以外は嫌いじゃ無かったか?」

「そのパワフルなのもやるかもしれねえからな」

「美人2人もはべらせてジャズ聴きに来るようになったなんてご立派になったもんじゃねえか」

そうマスターは微笑み、ガルドもおどけた。

「2人じゃ足りねえよ」

そう微笑んでから3人はチェアに腰掛けてガルドは自分が持っていた酒をマスターに持たせた。それを軽く掲げて口を付けてからガルドの肩を軽く叩いた。

「楽しんで来い」

ガルドは口端を上げてからたまに家族の前だけで見せ、一気に甘いマスクになる少年の様な可愛らしい顔で笑うと、マスターと二言三言言葉を交わし、2人を連れて歩いて行った。2人もマスターに微笑み手を振って歩いて行った。その口元を引き上げ白い歯を除かせて嬉しそうに目元まで微笑む横顔は睫がくるんとなって、レオンはその初めて見た微笑みにくらりとした。

上層問わず刑事達はガルドの様子をグラスを傾けながらちらりと横目で見ていた。あの長身の老齢の男は、奴の育ての親だと刑事同士説明をうけ相槌を打つ。

通常のゲスト客の様にしま見えないというのにこうも警察官僚がそれとなしに仕立ての良いスーツジャケットに身を包みいるのでは、警官嫌いのリカーはドタキャンしている事だろうとガルドはひとまず安心した。リカーの周囲には常に多くの人間が集まっているからだ。

迎賓館の方向へ向い、屋敷の中のホールへ向う。

その迎賓館の4階の一室にリカーはいた。窓際から会場を見渡し、レナーザの主と話を交わしている。市場の事についてだ。

ガルド達は歩いていき、いくつかあるホールの屋内会場を渡り歩くと、豪華な煌びやかさは空間の装飾一つ一つにまで行き渡らせ全くの隙が無い。それらと同調するジャズの演奏は見事なもので、其々の会場の雰囲気に合った物が空間をゆったりとさせている。

ハノスの姿は無い。鞭女も。女警官は男を見定める様な視線を這わせ、探すがいない。

ドルク=ラングラーとジョン=ヘレスのコンビは見当たらない事で少なからず清々しているものの、彼等ばかりが邪魔な存在というわけでは無い。

いつも何故だか頭に黒革のマスクをすっぽり被る通称覆面デカが正装でゲストと話し合っていて、またとちくるった言い回しで話していた。奴は何人なのかがその覆面のせいであたかでは無いが、きっと人種の違いから来る妙な言い回しなのだろうと……その覆面デカの上司、殺人課刑事部長ギガがその背後にいて会話をしていつ姿を見つけた。ガルドは悪い物を見て顔を反らした。

彼はガルドに気付くと口端を上げ微笑んで来た。ガルドは彼が大の苦手だ。彼はわざわざここまで歩いて来たからガルドは逃げようとした身をくるんとギガに向けた。

「やあ。楽しんでいるかい。マロン。キャンリー君。マゼイル巡査」

「ええ。充分と楽しんでいますわ」

レオンは微笑み、ガルドは差し出された手は取らずにマゼイルに向けた手を彼女が取り微笑み握手を交わした。ギガの妻はいない。だが、窓際の会場が背後に見えるセトルに女の友人と腰掛け、他の2人の立っている夫人達と会話を楽しんでいた。

「マロン?」

女警官はガルドを見上げ、ガルドは罰が悪そうに歪めた口元から歯を覗かせると目玉をクルンとまわした。このギガには6歳の頃誘拐されている。その妻が子供が出来ない事に日々不満を感じてギガは彼女の言葉に乗せられ誘拐に及んだのだ。ガルドは勝手に人の家の庭に忍び込み眠っていた自分が悪かったのだと反省した事と言ったら無かった。

ギガが無類のジャズ好きだとは分かっている。屋敷ではリビングに蓄音機からジャズが静かに流れていて、ゆったり過ごしているのだ。15まではガルドは妻を不憫に思った事とまた誘拐事件を引き起されては溜まった物じゃ無いと、週に1度は顔を見せに行ってやりジャズレコードを土産にディナーをして来てやっていたが、それもハイセントルでのチームが完全発動し始めてからは行く事は無かった。

その妻は夫とガルドに気付くと満面に微笑み、嬉しそうに手を振ってから、友人達との会話に戻って行った。

彼女はまだ名前も知らなかったガルドに勝手にマロンちゃんとなづけ、天から授かった自分達の子供であると信じ疑わず、多少精神を違えてもいた。こうやってギガと面と向って話すのも15振りという事にもなる。

「警官の仕事はどうだ?先輩達からよく学んでいるのかい。何かわからない仕組みがあればまた聞きに来なさい」

そう彼の肩を叩いてから戻って行った。

「ギガ警部と知り合いだったの?ダリー」

「ああ」

ガルドは溜息を吐き出し、2人の女を促し歩いて行った。確かにこれからのことを考えるとエリッサ署の古株であるギガは充分に使える。それを計算しながら会場の奥へ歩いて行く。だが、ギガは仕事となると手厳しい鬼だ。分かってもいた。

奥のホールにはステージ横に主催者である鞭女の母親がいて、優雅な態で会話をしあっていた。

同じホール内、壁際のソファーブースに署長、離れた所には市長がいて其々のゲスト達と話している。

野外ステージでは渋くスモーキーなジャズが燻し銀の如く演奏されていたが、このホール内では3人のコーラスでブルースシンガーが声を艶の様にしている。

署長はガルドを見ると足を組み顎をアームに掛ける指に乗せ、ゆったり座っていたのを目を細め見据え、シガリロに灯をつけられたのをゆっくり吸い込んでハー、と吐き、ガルドを伏せ目で見た。黒髪を適当に頭に流し、深めだが男らしい細身の顔で何でも、どんな種類のスーツでもスマートに着こなすラテン系の強い目元は時にガルドをまるで鮫の様に狙いを定め見据えた。

その署長の目を見下ろす様に睨み返し、ガルドは静かに視線を閉じ他所に向けた。

レガントの人間であるらしいが、きな臭いに変りは無いガルドを警察署から蹴り出す好機を見定め狙っているのだ。ハノスはどうやらガルドをかばっているようだが、FBI捜査官主任の命令からは周到な打開策を持ってでなければ、エリッサ側はガルドは追い出せない。

一度あの小僧には直接、保護者ハノスを省いた形で面談し考えを探る必要がある。謎に包まれるレガント側の性質を知る為にも、あの分では相当何かしらの似た性質が充分にありそうだ。金融に目を着けるなど特に。

正式なレガントの御曹司キャリライは実に用心深く、警察組織内ではレガントの顔を一切覗かせないのだから。

市長は次女と共に笑い合い、ジャズピアノについてをゲストと話し合っていて、ガルドの姿を見つけると娘の気を反らさせる様に話を進めつづけた。姉マーズの件で彼女はガルドを嫌っているからだ。

鞭女の父親は会場ホールに現れ妻の横に来て、ゲスト達と挨拶をする為に周り始めた。

当然、造船権利上でも市場金融操作の動向でも見知った仲だが互いに顔は合わせない。レオンが主催者だと説明した時になって初めてちらりと見た位で、適当に相槌を打っては男には興味もなさそうに、ステージの美女を見た。

会場のステージから離れた場所では会話が花開いている。

その方向にいる一際黄金オーラを発する女、黄金色で、綺麗なへその部分が円形に覗く金の輪にゆったり絞らせたドレスのマダムは黒掛かるまっすぐなブロンドを大きく風を含ませセットし、全体的な顔横の毛先を外側にカールさせその美しいスレンダーな肢体を誇示している。ブラウンレッドの唇で微笑み、倦怠そうだが毅然とした顔つきは常の余裕が伏せ気味の大きな瞼にも、大きくカールする瞼にも窺え、健康的な肌をテラコッタに焼いている。

レナーザの34歳の長女、アシャンテだ。モナコの富豪と結婚をし、毎日をパリとブルゴーニュ、そしてモンテカルロとコートダジュールを住まいとしている。旦那は有名な調度品を取り扱う商人で、リカーの古くからの友人でもある。屋敷には世界の富豪達もジェットで乗りつけては優雅に会話をしあいジャズを堪能し、稀に王族もいる。

その美女を見て会場に視線を戻し流れさせたが、視線が反れた。

「なんっちゅう格好……」

あのジョンがもちゃもちゃの髪を思い切り伸ばし頭に撫で付けサングラスを外してはシャツにネクタイ、スラックス姿でなんと歩いているのだ。

別に当然妙な格好というわけじゃ無い。それがジョンだからソウ見えるだけだ。

警官は余りに多かった。呼び過ぎだハノスの野郎。

そう思いながらもステージ前のテーブル前のアームチェアに腰掛け背を沈めた。肘を尽き毒の様な横目で唇を歪ませると、頬から手の甲を外し組んだ足の上に手を組み前方のステージに視線を戻した。

シンガーはしっとりと歌うエレガントな熟女で、ガルドの視線に気付くと、彼は顎を引き口の片端を上げ、シンガーはゆっくりウインクを渡した。

マゼイルはその横に片腕を立て背筋を伸ばし、彼に艶やかに「はい」と深い声で言い微笑み、彼の煙草に火を灯すと彼は横目で微笑み、その彼女の背後を見せ顔を曇らせた。

ジョンはマゼイルの腕を手の甲でどけ移動させ、ガルドの横に座り円卓に足を交差させ放ったからだ。ガルドは嫌そうに横目で睨んだ。マゼイルは組んだ腕を解いてテーブルに乗り出し、片手をついてジョンを上目で睨み見た。

ガルドは反対側に座るレオンの肩を引き寄せ眉を寄せ睨み、ガルドとジョンの間に腕を立てるマゼイルを顎をしゃくり自分の背後に行かせるとステージに目を戻した。

ジョンでさえ、レナーザの姉妹がガルドと共に行動していたアイマスクの女達の正体である事は気付いていない。ハードアダルトなオーラも変え、今は優雅な貴族令嬢の自信に満ち溢れたオーラを出していた。闇市に現れた風の一切を消し去っている。

まさかアディトが鞭を常に持ち怒りでピシッと威嚇する様に地を払いつけては、歪む微笑む口元で青筋立て鋭い眼光で見据えてくる鞭女であるという事も、ガルドの常に斜め前に毅然と仁王立ちしグラマラスな胸の下で腕を組み強烈な目で見据えてくる迫力ある鞭女の姉である事等は一切窺えはしないのだ。

現にレナーザの令嬢2人がガルドに加わっているその決定的な場に来てはいても、ジョンはそれらには気付かず、鞭女の鋭い艶声まで変え、野外で今の高いゆったりとした優美な声音でジョンにシャンパングラスを勧めた所、アディトの優雅な微笑みにも闇市で現れた女だとは、全く気付かなかった。

「お前今日は大人しいじゃねえか」

「馬鹿なガキみてえにはしゃぐ年齢じゃあなくなったんでね」

「1年前までは派手に馬鹿やらかした阿呆なガキだったがなあ」

「俺はもう19の大人だぜ」

「まだ早え」

そうしけた煙草を吐き出して、マゼイルは嫌がって髪に匂いがつく前にジョンを睨み付け、ガルドの両肩に腕を回して、側頭部の蛇コーンロウを撫で顔を仰け反らせてディープキスし微笑むと、レオンはガルドの派手に嵌るピアスをとんでもなく思い切り引っ張った。

ガルドは睨め付け、レオンは半身をテーブルに任せ肘を付き、片腕を背もたれに掛けガルドを上目で見据えると、その先のジョンを片眉を上げそのままの上目で見た。

レオンはガルドにしなだれ掛かり胸部に視線を落としながら耳打ちした。

「彼の奥さん、薬草好きの美人で若いインド人なの。その匂いよ」

ガルドは眉を上げレオンの俯けるグレーブラックのアイホールの入る美しい形の瞼を見た。

「マジかよ」

「ええ。昔ラニール刑事と共に遊びに行ったら凄かった。元はヘレス刑事って、えらい男前でいい男だったのよ独身の頃って甘いマスクでね。パパも知り合いでいろいろな事相談していて、あたしも小さな頃から見知っては懐いていたから。あの顔はその薬草のせいで徐々にアアなって行ったのよ」

マゼイルは可笑しそうに肩を震わせ、両腕を掛けるガルドの肩に俯いていて今にも噴出しそうだった。

「奴の煙草カビてるぞ」

そう声と眉を潜め言い、マゼイルは縊れた腹を押えて我慢しきれずに肩に片手と額を付けた。

「あれだけ酷けりゃそりゃあ部屋に放置される煙草にも染み付くってものよ。彼等の部屋は赤とかオレンジの暖色全ての色の垂れ幕がモスクの形みたいに天井中心ランタンから覆うように床までめぐらされていてね。壁際の窓部以外と玄関側の壁以外には。その中のスペースにオリエンタルな棚やソファーやローテーブルがあって、ボックスや棚上や陽の射す出窓には透明の大瓶が幾つも、ざっと100くらいはあったかしら」

「フ、100個も……、やだ可笑しい、」

「鎮座していて部屋中に置かれているの。それに加えてランプからは薬草を煎じたお香が焚き染められていて、垂れ幕の一枚をそっとめくったら奥さんのコレクションなんでしょうね。爬虫類の剥製が唖然と見上げた天井の棚までにずらりと。きっと彼自身は、あの顔の変化に気付いて無いわ」

「気付いて無いのか」

ガルドは険しく眉を寄せそう言い、遂にマゼイルは可笑しそうに声に出して笑い出し「ああもう、お腹いたい、」と腹に手を当てた。

ガルドは妖麗なレオンの視線を落としたまま潜める眉のおどけ顔から、ちらりと片眉を潜めさせ、ジョンが大儀そうに頭背後に両腕を回し、シンガーの美女を見ている顔を見て、バッと反らし向き直った。

この顔からは以前の産まれ持ったその顔面などは全く言っていい程窺えなかった。

だがこのジョンに真横で監視を付けられていたのでは、それこそ大人しくジャズを楽しんで鞭女にハノスの事を探らせ、ガルドとレナーザの主は一切の関係も無いという風を納得させる様うまく口に乗せさせるのが一番だ。

他の野外の刑事達の様子は鞭女の姉が見張っている。屋内の警察の動向は父親の付き人が目を光らせていた。

警察上層をここに集結させた今、デイズ達が下手をしないように、拷問女達と男達10名が外で見張りを立てている。もしくは、うまく警察の動向をかいくぐって、先の罪に換算される操作をうまく進めさせるかを眼帯鷹目とバッファロー男が伺い、会計の男が見張っている。

こうも真横でジョンに監視を付けられているものだから、元よりマゼイルとレオンが目を鋭く細め他の女達を退けていて、いい男、ガルドとお近づきになりたくても近づけず、男達は2人の美女に話し掛けたくてもスラム街の危険なごろつきの存在ががある為に微笑みの視線を送る事しか出来ずに近づく事はおろか、会話を出来なかった。

第一、なにやら一人酷くピエロなのがいて、それを避けていたのはヤバイ薬草漬けとハッカとハーブと香辛料の妙なまでの匂いとお香のきつい匂いが漂っていたからだ。

会場はゆったりとまどろんではいるものの、チェンバロの奏でられる音の中、電波や静電気の様に一瞬毎の緊張が空気を震わせた。だが、それは極微かな物であり内々にしか分からない程の鋭い物だ。

レナーザ主は表面上だけは優雅な態で愉しそうに会話を交わしては、今唄っているシンガーにまつわる話を彼女を軽く示しながら説明し、ブランデーグラスを回し温めている。どっしりした重厚で軽やかな足取り一つにとっても、何の狂いも見せなく滑らかで悠然としていた。

キンと女の張り上げる歌声がそれでも上質に時を綴り続けた空間に響き、徐々にアップテンポになって行く。会場は炎が揺らめき周りを囲う黒ビロードクロスの円卓が回って見える。

官能的で金属的な声が巡る。

ガルドは席を立ち、いい加減きつい署長の剣呑とした鋭い視線に耐えられなくなって来て、女2人を引き連れホールを後にした。

元に2,3人の刑事達も署長に顎で軽くしゃくられ動く。

ガルド達が屋内バーを避けたのは、のうのうとついてくるジョンがいて、少しでも狭いその一空間に閉じ込まれてあの顔と突合せたくは無かったからだ。

ドルク=ラングラーは姿を一向に見せないから、港を張ってデスタントの動向を探りつづけているのだろう。捜査一課の敏腕刑事全てがいるわけでは無い。

他の会場を歩きまわり、マゼイルは会場の様子を男達の視線を受け微笑みながらも、探っては歩いて行く。



13


「それであたしく、とても素敵な島を持っていましてね。ほら。イギリス時代はレナーザって、公爵の位を貰い受けていましたから、古い時代に貰い受けたんですの。今はもっぱらあたしくが気球で島の上空を見下ろすために回遊していますわ。空を飛ぶって、とっても清々しいの。あなたも軍隊の時代、戦闘機で飛び回りましたでしょう?」

若い頃の事をふと思い出すと彼は短く笑った。

「いや。私は指示を地上で回す側だったんだ」

「そうなの?軍の上層でいらしたのね。あたくしの父は戦時に向った際に、船上での軍隊で指示を出していましてね。デスタント氏の戦艦の後に続き、激しい渦線に飲み込まれましたわ。けれど、彼の船は無事帰国。デスタント氏は、残念な事に戦死なさって、父は友人だったからとても傷心していたわ」

ハノスは相槌を打ち、アディトは横目で視線を上げた。

「ハノスって、ミセスリカーの伯父でいらした前地主とは見知ってらっしゃるの?レガントの使用人の息子だったならば、その時代は富豪達から何かと脅威がられてはおりませんでした?話によると、彼等使用人達の子供達は、学び舎では大きくトアルノの子供達から一目を置かれ、そして共に畏怖にも似た怨みを示していたみたい。よかった。あたくしがその時代の産まれじゃ無くて。確かに3番地のあたくしの屋敷は何の弾圧も受けずにそのままでしたけれど、他の者達は随分と立場を苦しくなさっていてね。父も内々から前地主の改革的な方針には随分と恐れを成して来たそうですのよ。今の時代で無かったのならば、こうやってあなたと話をする事など、友人達から目を向けられていましたもの」

そう、彼の腕に手を回し、肩に頭を乗せた。

前地主はトアルノの人間達に新しい地と屋敷を与えはしたが、どんどんとそれまでの歴史を歩んだ屋敷を破壊しつづけ、確かに富豪達からは畏怖されていた。彼は革新的な行動派であり、有無を言わせない完全なるオーラが備わっていた。次々と古城から見下ろす盤上の駒を操るかの如く街をあちらに、こちらにと移動させた。容易にする資産など雄にあった。

「いや。私は15までを日中と晩は6番地で教育とマナーを学んで来た為に、それらの目に当てられる事は無かった。私が生まれた時代は既に今のエケノは更地に近かった時代だ」

父に連れられ、5歳の時にはよく開拓の進められる隣街へ赴いた。指揮を精力的に仰ぐ父に肩車をされ、見回したそれらの完成していく街は壮大だった。

「ハノスはお父上に着いて、レガントの古城へ上がった事はございましたの?その時代も世界各国の王侯や皇族を募り宴が催されていたと若き日の父は一時の前地主からのもてなしを愉しんだ様です」

「稀に参加した程度だ」

「やっぱり」

アディトは微笑み、にっこりとした。

「ね。前地主はどの様な方でいらしたの?古い者達の噂では、優雅で常の余裕の笑みをしたとても素敵な物腰の方でいらしたとか」

「どうだろうな。あまり幼い頃の記憶は留めておく性格でも無いんだ」

「そうなのね。今が忙しい?」

「ああ」

「警察のお仕事って、大変なのね。それならば、星空はお好きかしら。一時の今の時をゆっくりと過ごして、日々の渦中をお忘れになって。星には、男性はあまり興味は惹かれません?」

「そういうわけでもない」

「嬉しい。今から、小舟に乗って夜空の星を見ながら河を滑らせましょう」

「ああ。それもいいな」

彼女は艶やかに微笑み、バーテンダーはすらりとスツールから立ち上がったお嬢様と連れ合いの男性に会釈をし、一段と照明の落とされた狭く落ち着いたバー会場を、アディトと連れられハノスが後にしたのは、充分2人がワインとトスカーノブラックチョコレートを堪能し、サックスとトランペットとドラムのみで渋く官能的なジャズを愉しんでからだった。

アディトの傾けた濃いヴァイオレット色のカクテルには赤ビロードに金打ちされたマホガニーの空間に指す赤茶色のランプの光がよく似合い、闇の住み着く中をサックスやトランペットの黄金が黒艶めいていた。

夜鳥の鳴く広い湖には、その中でもジャズ演奏の成されている豪華客船が滑り、彼等はボートに乗るとそれらの優雅な客船を見つめながらゆっくりとした速度で進んで行った。

湖には緩い波紋を広げ星が瞬きをどこまでも広げている。白鳥が飛び立つような星星は流れる様に彩った。客船からの灯火も降り、銀と青の星光と混ざっては曲を乗せ進んで行く。

林の中を、幻想的な柳に囲まれ星空を広げては河を進んで行った。白鹿が番で芝の上を駈け現れ、首を伸ばしては立ち止まり、ボートの動向を静かな眼差しで林の間から見つめては、柳が夜風にさらさらと音を立て、月光が白く巨大な光輪を天空に広げていた。空間をプラチナ色に染め上げ、群青に染まる木々の葉と芝は、静かだ。

白鳥が銀の雫を纏い飛び立っては、風は多少冷たい。

指で波紋を遮りゆったりと艶めく波を立たせる水面は、この夜時でも水藻の鮮やかな群青緑と湧き出る透明の気泡を、それらの間を泳ぐ銀色の魚までもクリスタルの中の様な透明度で、心地良い冷たさだ。

河を柳と星が滑らかに映っては夜の時間を悠久の鏡の中の様に錯覚させた。

林の先の山の高い位置から、遥か遠くに眺める滝で、それは青い夜空を映すように美しい白青色だ。細かい粒子を滝として落とし、緑の苔に覆われた岩山から一本落ちている。岩山は巨大だが、ここからは小さく思え極めて幻の先の様にも思える。夜空にくっきりと浮き立ってはいるのだが。

とても美しい夜だ。

アディトの白く円形の館が、柳のもたれる間と星を映し流れる河の先に見え始め、泉の上の芝生が風にそよいでいる。その小島の上、野兎が顔を上げ立ち座り、鼻をぴくぴくさせては耳を動かした。

館の建つ小島の周りの円形の泉に流れ入り、白鳥達は純白を夜の時間、うっすら青に染めては眠っている。

彼等は雅な顔を上げ、細長い白の首を綺麗に伸ばしては、ゆったりと水面を滑り始めた。

8本の塔に構造的に囲まれる円形の館は夜の時を荘厳とさせ、女性的な趣のエレガントな館だ。

ボートを降り立ち芝生に上がり、泉を振り返ると、凪いだ水面に銀色と月と流れて来てはそれらをうっすら囲う白銀の柔らかい雲が映り、月光と雲影までも鮮明に映し出していた。

月を飾るように白鳥が降り立ち、金かかる月光と交わる様に波紋がゆるやかにし、鏡を水面へと戻して行った。

開かれた扉に入っていき、闇の住み着く中を微かな小さな窓からの月光がその場だけを白くさせる。

塔の内部の石段を上がって行く女の白い背は、明り取りの石ブロック壁にある窓から射す夜の明かりで、青白くさせていた。

ハノスは立ち止まり、しばらくしてアディトは気付いて振り返った。壁際に手を着き、もう片手で衣装変えを済ませていたドレスの裾を持ち上げてゆっくり上がっていたのを、ハノスの明り取りの外を見下ろす横顔を体毎振り返り見下ろした。

「どうなさったの?」

その声は囁く様に小さく、夜風に多少震えた。

ハノスは顔を上げ彼女の所まで上がってくると、スーツジャケットを彼女の肩に羽織らせ女はしばらく顔を上げなかった。

ジャケットの併せお持っていた、グローブの填められていない滑らかな手は交差された状態からハノスの腕に手を触れさせ、黒皮とブロンズのヒールを一歩、彼に近づけ月光がいびつな四角に差し込む石床のグレーから上げ、暗闇のせいで鈍色の茶色掛かる、彼の落ち着き払った淡い黄緑色の瞳を見上げた。何かを言葉にしたいが見つからずに、女は諦め口を閉ざし微笑んだ。

石段を再びゆっくりと上がって行った。

珍しく黄金の髪を全てゆるく背後に流し、顔の隅々まで窺える彼女の顔立ちは、美しかった。綺麗というより、美しい。美しいというより麗しく、深い艶やかさだ。

階段を上がると、通路を隔てる開かれた鎧戸の観音扉の先は闇色で、進み入ると彼女はマッチをそっと擦りオイルキャンドルに火を灯した。

石の柱の燭台に炎をのせ香油に炎がくすぶっては、キャンドルの灯をフ、と吹き消しその変りに仄かな灯火が空間を照らした。

香油で微かな白百合が香り、ひんやりとした石畳の空間だけを、ハノスが松明の火を放った炉の炎で徐々に温かくなって行く。松明はゴウッとくすぶり空間の影を揺らし、徐々に暖炉の火は空間の隅々までを暖かくしては空気を緩和させた。

暖炉の炎をアディトは虚ろな目で見つめ、牛革の硬質なソファーに腰を下ろし、暖炉の前で炎を見つめるハノスの背中を見つめた。

彼女はすっと立ち上がると、横のアンティークゴールドのキャビネットのクリスタル扉をそっと開け、中のグラスとボトルを出すと横の円卓に載せた。

騙しきる事が出来るのだろうか。不安そうな何らかの感情は彼女をやはり不安げな表情にさせ、ゆっくりとグラスに白ワインを注ぎ静かにボトルを置いた。

「冷えていないけれど」

彼女は彼の横に来て、そのグラスを一つ差し出した。彼は炎から彼女を見てそれを受け取り、手に持ったまま再び視線を戻した。相変わらず穏やかな横顔だが、その目は何かを考えつづけているのか、彼の性質なのか鋭さを持っている。彼はどこまで分かっているのだろう。様々を探っている事は確かな事だ。

アディトはグラスにそっと口をつけると、両指で腹の前に持ち炎を見つめた。

ハノスはグラスをマントルピースに置くと彼女に体を向けた。

「今日、私が共に連れて来た青年を覚えているかい」

「共にいらっしゃった?ええ。あの男の子」

「彼がこの屋敷や君の父親と会話をするような事は?」

随分と率直に的を射てきた。

「どうかしら……。いいえ。あたしは初対面でしたから、父のお知り合いならば年齢が上の方が多いですわ」

彼は相槌を打ち、アディトは小首を傾げてハノスを見上げた。

「ハノス?」

そう、小さく呼びかけ、顔色を窺うようにその横顔を見つめた。

「父はあの青年に何か?」

娘が知らなくて当然だとも思い、彼は小首を小さく横に振るとアディトが彼の胸元に頬を寄せ瞳を閉じたから彼女の微かに震える肩をなでてあげた。

昼の自信に満ち溢れた風は消え去っていた。

「何故そんなに不安がるんだ」

「あたくし……」

瞳を開きくすぶる炎を見つめ、彼の背にそっと小さな手を寄せた。

「恐いんですの。この世の中を生きる事。こうやって匿われてはいるけれど、なんだか不安で……。豪華な暮らしをお知りになって?その夜も過ぎれば、あたくしは不安を感じる」

「君はまだ若い。不安など抱える時代でも無い」

それでもアディトは首を振り彼の温かい胸部にすがるように頬を寄せた。

ガルドは確かに彼女達に、大きな喜びをもたらしてくれる。だが、彼の冷淡さも、そして残酷さもこの身によく分かり見つづけてきたのだ。彼は無謀にも警察組織に探りに入っては敵を増やし、そしてデスタントを破滅させるために躍進していく。どんどんと。今に、捨てられはし無いか……時々、彼の目は仲間達の存在を見ていない。

利用しようとして?あたし達の事までも……。

「アディト?」

「……」

彼女はその呼び名に着ける頬を俯かせ、背に当てる手を握った。彼は不安がる彼女の狭い背を包括し、彼女の髪を優しく撫でた。

しばらくは、抱かれていたかった。紳士的な安心感に身を浸していたかった。ガルドといて何かに不安を感じる事などありはしないというのに。

若さから来る狂乱とも思えないからだ。

ハノスは震える彼女の、細い足首を見つめ瞳を閉じた。

彼女の父親がもしもガルドに脅迫されている事項があるのだとすれば、この先のレナーザ一族の安泰がある様には思えなかった。港に手を伸ばしていたという事は、大きく関わるレナーザ造船にも関与する物だ。それが今回商売船をデスタントに奪われたとなれば、もしかしたらレナーザはガルドと手を結び共にデスタントに痛手を負わされた事にもなる商売仲間。

だが、本当にガルドが闇市に手を伸ばしていた事実など一切浮上してはいなく、長年港を張りつづけてきたドルク=ラングラーの報告とジョンの推測か情報屋から仕入れた報告のみだ。

ガルドの力が猛威を振るっている事は捜査内容だけでも明らかだ。もしも、ハイセントルだけに留まる悪漢なのだとしても、ルートに手を伸ばしているデスタントさえもガルドチームには一目を置き、渡り歩く術を模索していたのだから。そうでなければ当にデスタントはガルドのチームを鎮圧させるか、引き入れていた筈。多くの部下を従えるガルドをそう出来る事など容易な力がデスタントにはあるのだから。

彼の祖父のブラディスの血が流れるだけあり、デイズ=デスタントは革新的で怜悧な運営能力を持っている筈なのだから。

その力は一富豪の力など、根絶やしにさせる事などいとわずに行えるだろう。デスタントとガルド双方に牙を向けられているのだとしたら余りにも酷な立場に立たされる。

アディトは震えが徐々に収まり始めた手腕の力を緩め、閉じた瞼のまま小さく微笑み彼の首筋に髪を寄せた。

「温かいわ……あなたの奥さんが羨ましかった。きっと、生前はとても安心なさっていた筈ね」

「アディト」

腕を持ち体を離し彼女の顔を見下ろし、アディトは彼の顔を見上げた。彼女の艶の金髪は深く波打ち、横顔を緋色が暖色に照らし付け広がった。艶やかな瞳にも映しては厚い唇のルージュを何処までも深い色にさせる。滑らかなシルクと腕を影と緋が射し揺らめいた。

「あたくしの事、嫌い?」

そう流れるような視線で見上げ、笑顔の無い顔つきはやはり堅かった。

今、妻に先立たれては10年の歳月が経っていた。確かに、迎える妻の不在に家の主として寂しさが無いわけでは無い。

この先、レナーザがデスタントの事もあり安泰を望めないのなら娘の将来も不安だろう。

だが、そうとは言えない事だ。流れを考えれば、ガルドがもしも強大な港の権力を持っていたジョンの報告が事実ならばとっくにレナーザの権力も主と共に既に2分していてもおかしくは無い。ガルドのあの他人を見下す姿勢はなにも性格的なものだけでは無く、大きな力を実際に手にしているから出来る心の余裕の筈だ。

父親とガルドが手を結んでいるとしたなら、レナーザの娘が巻き込まれる前に安全な場に引き入れる事が必要にもなる。

「……。私の屋敷に来ないか」

アディトは瞳を開きハノスの落ち着いた声音に心臓が高鳴った。

しばらく言葉を発する事も出来ずに息も詰めたまま見上げ、彼が優しく彼女を包括した胸部に頬をうずめた。

「来て欲しい」

一人の女を匿い不安になどさせない自信ならあった。

彼女の温かい髪を撫で、瞳を開き頼りなげな背に視線を落とした。

アディトは堅く目を瞑り、心が大きく迷っていた。ガルドに捨てられれば、もしかしたら路頭に迷う。その時は父も契約を破棄されたという事だから。ガルドは奪い尽くすものは完全に奪い尽くす質だ。金融に関わったガルドの顔を知る父を殺害するのは確実だった。

今、船の権利もデスタントに引き渡した事で、決定的に父はガルドには既に何の魅力も無い、捨てる側に属するに変りは無いのだから。

でも、そんな事は当然納得行くわけが無い。利用され尽くして父を切り捨てるなど、ガルドは容易にやってのせる。いつ気紛れをまた起こしてチームの全員を切り捨てないだなんて、全く言えないのだ。現に今彼は方向をいきなり変えては警察組織に入り、チームの活動を完全停止させているのだ。切り捨てられるならば、……今の時だ。

アディトは考えに震えては視線を見開き、恐れるように床を見つめた。

それならば、確実に今、彼に匿われた方が身が安全だ。絶対に、殺されたくなんか無い……。

アディトは体をそっと離し、決意をしてハノスの顔を見上げた。

「こちらに来てもらいたいの」

そう言い、彼女はヒールを返した。

「下の厨房よ。お話しましょう」

そう言い、彼女は歩いていきハノスはその背の後を歩いた。

姉の持つ権利書を見せるのだ。それは父との契約の事も記されている。もちろん、港で動いて来た一部の関わりも噛んでいるという事だ。一族を破滅させはし無いわ。



14


マゼイルはガルドに言われ、野外の状況を見に行くためにレオンを誘い歩いて行った。

白に柔らかいグレーマーブルの石材廊に同石材のマントルピースが黒アイアンのフェンス先に構えられ、豪華な華も剣弁咲きの花であしらわれては、置かれる調度品も色味が水灰や黒掛かっては色彩を統一され銀の小ぶりのシャンデリアが通路の天井から並び吊るされている。

ホールへ入り煌びやかな光に充たされ、ジャズピアノの演奏がなざれては場を和やかな物にしている。

先ほどのホール程は鋭い目は無い。

ガルドはその会場を流していき、ジョンを引き連れたまま歩いていた。巻く必要がある。

ガルドはディナーホールへ来ると円卓に座り、コースを食べ進めた。ジョンはマカロニグラタン出せだとか無理を言っては屋敷の使用人を困らせていた。

上品で洗礼され尽くしたテーブルセッティングは、全ての高級な銀器が豪華に並びキャンドルとあしらえたフラワーアレンジ共に魅せている。ガルドは綺麗に黒オニキスの装飾柄の着いた銀のナイフとフォークで美しく盛り付けられた料理、白地に黒と金の縁の皿の上に重ね乗せられる同じ種類の料理皿の上の食べ物を口に運んでいた。

横の銀のバケットからパンを小さく千切ってバターフォークで着け口に運び、シャンパンを傾けてから多くの葡萄やマスカットなどの乗る銀器フルーツバスケットの先のジョンが凄い顔をしてガルドを見ていた。

「お前、ごろつきの見かけに寄らず食い方きれいだな……」

「は?」

ガルドは顔を上げ、ジョンの顔を見た。確かに自然に身に着いたマナーだ。もしも前の様な行儀無いマナーで酷い食い方をしているのを見れば、マスターに100時間説教されていた所だろう。

「お前、こういう格好してディナー食ってるとスラムの育ちに見えねえなあ」

「知らねえよ」

そうつんとして食指を進めながら、ゆったり演奏されるジャズを聴いてはナイフとフォークを皿に乗せた。ボーイが取っていき、次の料理を載せ、他の食器を手に取り食べ初める。

ジョンが節操無い食い方で足を放りパンを噛み千切っているのを見て、ボーイは警官のくせに良い加減マナーのなっていないジョンには正直キレそうだったが、表面上ではすました顔をし料理を提供していた。

いきなりだった。

ガルドがそのまま、機嫌を損ねた猫がミルクの皿をひっくり返るようにテーブルクロスを持ちバッと、全てを引っ繰り返して逃げて行ったのだ。

ジョンは銀器の嵐に合い、ソースにまみれた。ボーイはアッと目を見開き青年の歩いて行った背を見て、ジョンを引き上げたが重厚なフルーツバスケットに衝突され椅子を引っ繰り返し目を回していた。

逃げ切ってガルドは背後を一度見てから野外会場に来て、マスターが屋敷方向に向っている所だった。さっきのバンドネオンの人間を引き連れて話し笑いながら歩いてきていた。

「ようお前女2人に逃げられたのか。外にいたぞ」

「たまには自由にさせとかなけりゃ、何しでかすかわからねえよ女ってのは」

「ハハ、お前が言えた口か」

「なあ。ハノスの野郎見なかったか?」

「ハノス?誰だ」

「前話した気に障る性格の警部だ。ハノス=カトマイヤー。いつも俺に酷い扱いしてくる」

「顔知ってりゃあなあ。とっちめてやるんだが。そんなに冷たくしてくるのか奴は」

「そうそう」

「まあ、探しておいてやる」

「187辺りで、深いブラウンブロンドの男だ。推定50代前半」

「おいそういうので溢れてるぞ」

「そーうなんだよね!」

鞭女はうまい事いろいろ聞き出しているのだろうか。弱みに握れそうな脅迫物件をだ。地主との関わりやレガントとの関わりが絶対にあって奴はガルドを目の敵にして探っている筈なのだから。それに、FBI長官に言われ、本当は何の任務の為に来たのか。それはレガントの調べであるとも充分ありうる。

それならば、その内容はなんなんだ?レガントへの直接の痛手に繋がる事の筈だ。リカーをこの先操れる程の巨大な。

それをFBIが掴もうとしているという事だ。

マスターはガルドの肩を叩いて微笑んでから屋内へ歩いて行った。

ガルドは酒を貰いに行くために、庭園を突っ切り野外会場へ来るとバースペースへ歩いて行った。

カウンターへ進み、キャリライが女に火を灯されプラチナのジッポーが閉じられた。シガーの煙をくゆらせ女と談を取り合っていた。微かに眉を潜め目を閉じ、開いては話し合い女は艶やかに微笑み話している。

口の動きでは、観に行ったバレエの内容についての厳しい評論だった。

そのカウンターバーに背を付け立ち話していたキャリライは、ガルドが真横に来ては、バーテンダーに揃えてもいないバーボンをオーダーしバーテンを困らせているのを、ちらりとその横顔の眉を上げ見上げては、女達は押し黙ってキャリライの表情が無い時は冷たくなる顔つきと、ガルドの横顔を見た。

「粗野な安物なんか揃えちゃいない」

「……」

流れた高い品質の煙に目を細めガルドは横目でキャリライの頭を見下ろし、キャリライは伏せ気味の下目で彼を上から下まで視線だけで見回し、エメラルドの瞳を冷やかすようにせせら笑い見据えてから、シガーを背後のカウンター灰皿に押しつぶし消した。女達とバーテンダーは何も言えずにいた。

警察組織に介入したハイセントルの有名なごろつきに不満を感じていいるのだろう。

「おい。これ以上金ねえ人間見下してみろよ。ハイセントル全て引き連れててめえの屋敷もろともぶっ飛ばしに行かれてえのか。あ?ボンボン野郎が」

「ハッ、考えが野蛮な物だな。貧困な地帯で暮らすと、こうも口が悪くなるのか。『親』の顔が見てみ」

「きゃ!!」

キャリライの胸倉を掴みカウンターに叩きつけ、キャリライは口を噛んで鋭い下目でガルドの険しい顔をきつく睨み付けバーテンが慌てて殺す勢いのガルドの拳を力づくで押えたが跳ね除けられた。

「こらダイラン!!!」

そう怒鳴って酒を持ちに来たマスターが彼の頭を思い切り叩いた。ダイランはキャリライから乱暴に手を離しカウンターに叩きつけ痰を吐いてスカーフを正し、きりつける様なキャリライの目を毒々しい目で睨んで、2人の間には明らかな血縁上のライバル的敵意があった。貧困と裕福の間の隔たりだ。それは深層の性格形成にも現れる。水と油の様なものだった。マスターに肩を引かれたのを振り返った。

「喧嘩なんかやめるんだ。一体どうしたっていうんだ?え?ダイラン」

ダイランは口をきつくつぐんで他所を睨んでからマスターを見た。

こんな男と親族だなんて嫌だ、そう彼はマスターに目で言って、マスターは小さく頷き、怒りに燃えているが泣きそうな顔の彼の背をなだめる様に叩いた。

彼は身を返してバーから大股で歩いていき、気が立ったガルドから誰もが道を開け彼は憤然として歩いて行った。

「うちの奴が悪いな。何かいちゃもん付けて来たのが始まりだろう」

「いや。俺が付けただけだ」

「……。仲良くしなさい」

親族なんだからという様に言って、冷めた性格のキャリライに首を呆れ振った。2人は仲が悪い。

きっと、警察の顔が多いから彼もダイランをけしかけて様子を探るよう言われているのだろう。だからといえ年の近い親族同士のいがみ合いは避けたい。

キャリライは鼻で息を付き、他所からマスターの顔を見た。

「警察組織にちんぴら風情がいつまでも問題を持ち込み続けるんじゃあ困るんですよ。あんたはどういう教育をして来たんだ。なんなら、権力を使ってでも、地主の力を使ってでも署長に言い彼から即刻手帳を剥奪する事も出来る。あいつはね」

そう、ガルドの背を顎でしゃくってから言った。

「このレガントの街の面汚しなんですよ」

「坊や」

一時離れていた鞭女の姉が戻って来て彼の肩に腕を滑らせ唇に指を当て、微笑みその瞳を眺め見た事で言葉を遮断した。

マスターは息を付いてから腰に手を当て、一度芝生を見てから顔を上げ言った。

「言葉はごもっともだと思う。俺がついていながら非行に走らせた事はこちらの教育不足で不甲斐なく感じる。だが、これから変ってくれる筈だ。お願いだから、それを見ていてやって欲しい」

「彼には警官の道が間違った物にしか思えない。この街は将来俺の治める街になる。それをああいった人物が下から崩しかねないなら、地主として街を護る必要があるだろう」

鞭女の姉、メイズンはキャリライを見て背を撫でなだめた。

「酔いすぎよ。ほら。昏睡剤でも飲んで気を鎮めて。折角のパーティーにどうして」

キャリライはメイズンの顔を一瞥してからグラスも受け取らずに彼女の背を促し歩いて行った。

メイズンは肩越しにマスターにウインクしてからマスターも軽くおどけ、スツールに腰掛けてから悪かったなと言い、酒を注文した。

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