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11


朝焼けに目が焼ける。ゆっくりとバイクを走らせていた荒廃で鷲が爪を立ててはジグザグに疾走する兎を掻っ攫って行った。

昇る陽は大きく、クラシックを掛けティアードロップに反射した。

ダイランはドドドドドドと走らせて行った。

リーデルライゾンに戻り、寮の扉を開けた。階段を上がって行き着替えを持ち朝の風呂に入ると夜勤明けの警官が数人いた。体を洗ってから瓶を構えた。

「?」

横の看板を見た。

『ハーブオイル禁止』

「………」

ダイランはブンブン瓶を振って浸かり、あーと言った。

バシッ

「いってえな……」

ダイランはブツブツ言って頭を擦った。

「ったく野郎のくせに女みてえな真似しやがって。これだから睡眠促して公然の迷惑掛けるんだよ」

今日は朝のような草原の香りだった。

「ハッ、野郎のくせに香水つける男よりはマシだね」

そう、いつも男物のバニラの臭いぶんぶんの男に言った。ダイランは匂いに敏感で女物の香水以外の男の着ける香水が大嫌いだった。天然の草原の香りは大好きなのだが。

「ここは公共の場だ。慎むんだな」

そう男は言い出て行った。

ダイランは髪を洗うといつもの石鹸で顔体を洗うと制服を装着し通路に出た。食堂に来ると調理場に来て巨大冷蔵庫を開け、勝手に『俺のスペース』と書かれた紙の所から牛肉を持って来てここの従業員に混じって調理し始めた。

『俺のスペース』から牛乳を持って来てパック毎全て呑み干し、肉を食べて『俺の炊飯ジャー』から白飯をがっついてから、彼はなんと米好きだった。そして食堂を出て行った。

バイクに乗り込み署へ向う。

「………。何で!」

上司は何も言わずに歩いて行った。

「どうしたのよダリー?」

ダイランは下唇を突き出しぶーたれた顔で向き直り、女警官は上司の背からダイランを見上げる。

「休暇」

「何故よ」

ダイランは何も言わず、釈然としないまま出て行った。

バイクでリーインを走らせて行き、道の中心で何かが転がっていた。ダイランは首を傾げて眉を潜め、降り立つと警棒に手を当てながら窺っ

「うああああ!!!」

あの、熊浮浪者だ。

「煙草だあああ」

「来るなっ」

「寄越せあああ」

「なんなんだ一体お前っ」

「煙草なんだよおおお煙草くれよおおぉぉぉぉ」

「俺にたかるんじゃねえっ」

「金ねえんだよおおおおお」

「うるせえっ近づくなっ誰の差し金だてめえっ」

熊浮浪者はダイランに蹴られ転がった。

「いいじゃねえかよおおお糞ルシフェルよおおお」

「うるっせえよ!」

ダイランがバイクに逃げ乗って走って行ったのを奴は走り追いかけて来た。

ダイランはゾッとしてばっちいのが追いかけてくるのを背後から前に向き直ったときだった。

「うあ、」

パトカーに正面からぶつかってダイランはぶっ飛んでばっちい熊の上に落ちた。

「ちょっと、あんた大丈夫かい!」

寮のあの初老女巡査がパトカーから駆けつけ、ダイランは歯を剥きながら頭をさすって涙目を開けた。

「うおおおおっ」

ダイランは飛び上がって背中を払い、熊男は気絶していると思いきや、ヌッと立ち上がってダイランは彼女の後ろに肩を持ち隠れてもぐらの様にぴょこっと狭い肩から顔を覗かせた。

「……。あんた、そんなでかい図体して恐がりだねえ……」

「俺は潔癖なんだよっ」

初老女はやれやれ笑って熊を見て、窺った。

ひとまず相手が銃を持っている可能性も考え、パトカーに乗り込むと初老女は顔腕を覗かせた。

初老女は走らせて行き、乞食はそれを追いかけ始めた。

「今日の住まいまでおくってってってってってってってってくれよおおお」

「なんだいありゃあ」

「知らねえよ。放っておけ」

ダイランはシートを倒してコンパートメントに足を放るとサングラスを掛けて現実逃避をし始めた。

「職務質問したのかい」

「してねえよ。だりい」

「あんた警官だろう」

「じゃあすればいいじゃねえか」

初老女は呆れて窓から腕を出し、大熊を見上げた。

「あんた、ID見せな。名前と職業は」

「乞食だあ」

「身分証明書見せな」

「んなのねえ」

「住まいは」

「丘だあ」

「町役場の連中が煩いだろうに。年齢は」

「16だあ」

「俺より若えじゃねえかっ」

「働こうって気はないのかい」

「ねえよお」

「出身は。いつからこの街にいる」

「666日前あたりからだなあ」

「生まれは」

「忘れたよお」

「ビザは切れて無いだろうねえ」

「俺は切らずにがぶりつくのが好きだあ」

手帳に走り書きしていた手を止めた。

「は?知らないよんな事は。とにかく署に来てもらう。寮の周辺や警官の周りうろつかれたんじゃあ困るのよ」

「おい逃げたぞ」

「ったく、仕方無いガキだねえ」

「親の顔見てみてえな」

「……」

初老女は白い目をして抜けぬけとそう言ったダイランの横顔を見てからドライブに切り換えサイレンを鳴らして不審者を追いかけた。

工場地帯に来ると迷路のようにここら一帯は複雑だ。その中へと消えて行った。

ここら辺は多くのデッドスペースがあり、子供が迷い込むと面倒だった。彼の連れもチビ時代そうだった。半白骨化して見つかる羽目になる。

ダイランはパトカーから降り見回す。頭上を太い銀色のパイプや空気孔が通り、運搬車が置かれコンテナが整理され積まれている。タンクが遮断し、見回しても見当たらない。

トロッコ用のレールだとかが地面を這い、巨大トレーラーの間、下、クレーンの影だとかが入り組み鉄製のメリーゴーランドの様だ。

入ったら二度と出られはし無い鏡の無機質な迷路の様な。

野外階段を上がって行き、梯子を駆け上がりとたんの屋根に飛び乗った。

工場の海を見渡して、白銀の地平線からまるで切り裂くように太陽が昇っては、白の光をキラキラと広げてまるで金属の海は凪ぎ、気配も無い。

見える通路の先々を見下ろしてもいない。

「あんた、何やってるの?」

いきなりどこからともなく恋人の声がした。

とたんの屋根を歩いて行き、ガラスの曇った四角い天窓の所に来て、腰に手を当てもう一度見回してから下のがらんどうを見下ろした。

レオンは太陽の光に目を細め、眩しそうに手をかざし見上げてきている。

「熊みてえなむさくるしい野郎を保護してねえか」

「そんなの知らない。降りてらっしゃいよダリー」

ダイランは頷いてから天窓を開け、枠に手を掛けぐんっと身体を振りかぶってコンクリート地面にすとんと降り立った。

「あんた……相変わらずどういう身体能力してんのよ」

「日々の鍛錬のたまものだ」

「遊んでパフォーマンスやってばかりだった様に思うけど。サーカスに売り飛ばすわよ」

「それだ!」

ダイランはパチンと指を鳴らし、パトカーで来た初老女を手招きした。

「リー巡査。2人でそんな熊を探していたの?連絡は無いけど」

「俺のパートナーだったんだ」

「熊芸もしてたの?」

「あんた怖がってたじゃないか……。熊じゃないよ。少年だ」

「あれが少年なんて信じねえから。浮浪者だ」

「浮浪者?この街で?」

確かにこの街はしっかり住民に家が与えられている。水準が高いのだ。スラムの人間もスラブ建てでも各々の屋根があり、浮浪者はいない。職が無かろうが暮らしていけるという特色がリーデルライゾンにはあった。だが、働かなければ結局は悲惨な状況でスラブの中で屍になる。

がらんどうの中は何も無いに等しく、太い柱の4本立ち並ぶワンスペースに、電話が掛かり木の椅子がつけられラジオが置かれ、鉄製のテーブルがあるだけだ。

他には鉄柱には群青のベルベットの垂れ幕が掛かっていて、天井の中心には金と琥珀のシャンデリアが掛かり、それだけが豪華で本物のロイヤル物だった。

壁の四方にはミラーボールが設置され、共に天井と壁の間際にずらっとスポットライトが設置されていた。

がらんどうの東側壁にはステージが設置され、西側には巨大スクリーンとそれを挟み、巨大な音響が設置されている。

レオンは工場の所有税と市民税を確実に払うためにも刑事の職業だけでは到底間に合わないために、このがらんどうをイベント広場として貸し出している。

ハイセントルの人間達のダンスホールや、隣街の人間達のファッションショー、パーティー会場、ライブ、バイク展示会、ショー、リングを持ち出しボクシングやプロレス、様々で、それは公務員でもあり副業を許されないリーデルライゾン上でも彼女だけが市役所から許可されていた事だった。

だからレオンはここのイベント会場のオーナーでもある。

階段を上がった上が彼女のプライベートルームで、その下にキッチンがある。

レオンはそのキッチンから出てきて初老女とダイランにコーヒーを渡してから自分も口をつけた。

「あんた、何でこの時間にここにいるのよ。見つかったら巡査部長に連れ戻されるわよ」

「非番だ。いきなり休暇入れられた」

「首寸前じゃない」

「そうはさせるか」

昨日の食事の席を思い出すと怒りがぶり返して来そうだった。

「今日は暇だ。NYでもふらついてくる」

「行ってらっしゃいよ」

やることも多いし、探ることも多い。それに、NYの真中で何故だかデルクがアマゾン奥地の様な民族ショップを開いたから前から来いと言ってきていた。室内ホールは本物の南国の木が建ち並びジャングルの様で、連日パーティー狂い達が詰め掛け乱痴気騒ぎしているようだ。

たまに繁殖させてジャングルに放つ前の鰐に襲われそうになってはアナコンダが木に巻きついて、滝が盛大に落ちては人口泉で誰もが水着かマッパで浮れ騒いでいると言うし、酒と薬と曲に酔って狂乱して来るつもりだ。

第一、メラが何故だかアイスホッケー場を作ったとか言っていて、スカッとかっ飛ばしにこいよと言っていた。ボクシングのタイトルマッチにでも加わって大はしゃぎして来よう。

ダイランは骨組みと骨組みの間にあるダイランのスペースのボックスから私服を引っ張り出して着替えた。

「空港まで送って行く」

「ああ。お前今日何時からだ?」

「9時よ。今日は暇だって事になってるつもり」

「そうか」

レオンと共にバイクに乗り込み、初老女はパトカーに乗り込むとダイランを見上げた。

「あんた、バイクどうする」

すっかりバイクと熊を忘れていた。

「あの浮浪者の事はまた巡回しておくよ」

「ああ。わりいな」

彼女は口端を上げ軽く手を掲げるとパトカーを走らせて行った。

ダイランのバイクのある場所まで行き、それに乗り込むとバートスクで左右に分かれてダイランはアヴァンゾンの空港へ進んで行った。



12


ダイランは駐車場を歩いて行った時だった。

シトロエンをオープンカーに加工した車体を見つけた。

「……」

プラチナ女だ。

彼女はあの髪に黒のロングバンダナとシルバーの装飾を巻いて耳横に共に流し、黒の丈の長いシャツを充分交差させ腰をシルバーで締め、ビンテージのジーンズをはいて上に白で膝丈の釦なしジャケットを羽織って緩く帯を巻いていた。シートを倒して足を交差し、フロントガラスにブーツを放っている。

目元を銀縁で黒緑、グレーグラデーションのサングラスで隠してはマンゴージュースをストローで吸っていた。

「おい」

彼女は顔を上げ、ダイランを見上げ、妖笑した。

あたりを見回すが他に誰もいなかった。

「連れは」

「手品で消した。誉めて」

「なんっだそりゃ……」

「わーい!」

「また適当かよ」

「着いて行っていい?どこ行くんだ?」

「NY」

「行く行く」

「いいのかよ」

「いいよ」

そう言い、ダイランはもう一度見回してから女の腰を引き歩いて行った。このまま浚って行けばいい。

空港内ロビーのベンチに腰掛け、女はイヤホンから曲を聞いていた。

「本名で呼ばせろよ」

「さあ。なんだっけ」

「あるんだろう」

「どこかに捨てて来た」

「女なら女らしい言葉喋れよ」

女は上目で微笑んだ。

「あんたがそれを望むなら」

彼女は両足を椅子に上げて背もたれに片腕を掛けて空港内を見回した。彼等の背後には新聞を広げたビジネスマンが背向かいで座っていた。

「仕事?」

そう、彼女はダイランを見上げて言い、ダイランは首を振った。

「遊びだ」

口を噤んでそのまま何も喋らなくなった。

「何で遊ぶの?」

「アイスホッケーやる」

「アハハ」

女は音楽を止めてからダイランの話が続かなかったから彼の顔を見上げた。

「どうしたの?」

「別に……」

正直言うと、今とんでもなく天パッていた。彼は好きな女の子の前ではめっきり無口になる。昔からそうだった。

女は意地悪っぽく微笑んで横目でダイランの男らしい横顔を見上げた。

「なんだか、可愛い」

「おちょくるなよ」

「ね。もしかして緊張してる?」

「別に。男の所に帰れ。探しに来る」

「じゃあ隠してよ」

ダイランは口を一文字に結んで女の顔を見て、また向き直った。

「見かけによらず臆病なんだ」

「ああそうだ」

「あたしは直行型で情熱的じゃなきゃ嫌なの。じゃなきゃ、どうせ男はすぐに他の綺麗な蝶々を追いかけるんだから。生きるか死ぬか。囚われるか魅せるか。この世ってジャングルだって思わない?飽きる前に触れてみるのも手だわ。それが毒蝶なのだとしてもね」

そう彼女の瞳が妖しく光った。

自分が一瞬クリスタルの中に囚われた感覚になりダイランは彼女のその瞳から目が離せなくなっていた。

「ダイラン」

そう猫の様に呼び、その瞳が何かを称えた。わけがわからずに気が付くとどこかの闇の中へと落ちて行く様な。

頭が爆発しそうだった。全てをメタメタにする様な何かが女の静かに光る瞳にはあった。

ダイランは背後を指すガラス壁からの銀色の朝日に目を反らすが感覚からは彼女からは逃れられなかった。

銀の朝日は余す事無く全てを照らしていた。精神的にも肉体的にも巨大な宇宙的混沌とした闇が目の前に広がり、幻覚に他ならないと朝日から目を反らそうとするのに意識は固められていた。

太陽、天王星、海王星、月、水星、取り巻く多くの星の、存在を誇示してくる星……

女はビジネスマンが肩越しに瞬くし見てきたのを妖艶に微笑み、彼はバッと顔を新聞に戻した。

ダイランは立ち上がろうとしたのを女が腕を引き多少強引にまた座らされた。

「どうしたの」

その言葉が恐みを持って発されたが、顔は可愛らしいまま、今にも透明になりそうな程のローズクオーツの唇が上品に引き上がったが、彼女の瞳はまるでガラスの様だった。

なんだこいつ、なんだこの女

闇と心底からうめき昇ってくる何かを全身で感じて、空港の警備員がダイランの異変に気づいて駆けつけようとした。顔が真っ白だ。手は微かにカタカタ震え、顔は女の顔、その大きな目を見ていて表情が固まっていた。

軸を狂わせ悪魔の様に狂叫しそうになる感情が一皮剥けば暴れ出しそうだった。完全に軸を失って破壊的な物しか感じない。

「おい、お前大丈夫か」

空港スタッフの聞きなれた声すら身体に入ってくるのに処理しなかった。その羅列がブロック体の様に闇の身体の中に水の中沈んで行ってはカシャンと音を立て、他の言葉がどんどんたまって行く。

女は尚も面白そうに微笑んでは彼の大きな手を温めるかの様に手に取った。

精神監禁される快楽が、それこそが苦痛であるかの様に一度のめり込んでしまったらもう二度と這い上がれはし無い。

視線横の陽が射して雲が千切れドライアイスから霧が沸き立つようにふつふつと、まどろみ、不可解な女と、耳に入る警備員の「誰かを呼んで来い」という声と現実の情景とがんじがらめの何かの闇と……この女といたら駄目になる。

完全に壊され粉々にされるだけだ。

意味も分からず深く危険な物を感じて囚われる前にダイランは目を閉じた。

愛情へののめり方だとか、悪魔的な混沌とする何かが牙をむけずとも闇に優しく浸らせ噛みかかってくるようで、そういう物が女を浸蝕している。

引き込まれたら一貫の終わりだ。

死が用意されている様な愛情なのだと。

「ダイラン。ねえ、……悪魔の子」

「………、」

ダイランは額に手をつけていたのを目を開き横の女の顔を凝視して、女のその口元を見た。

「……なんだと……?」

ダイランが女の首に大きな片手を掛けようとしたのをビジネスマンが立ち上がり警備員がダイランを抑えて彼はなぎ倒し、女を鋭く睨み付けて彼女はフフ、と笑い、高い声でアッハハハハと大笑いした。

「……っ」

「落ち着け」

「うるせえ!!!」

彼は身を返し大股で歩いて行き、女は笑いの後を引きながらクスクス笑いその後ろを歩き追いかけた。

「ねえ。怒ったの?ご免ね?ご免ね?」

そう彼の前に来て胴体に抱きつき、ダイランは耳を赤くして女の「ご免ね」と哀願する顔を見下ろした。

「遊ぶならあたしで遊んで?NYなんて時間かかるじゃない。ねえ?あっち、行こう」

そう大きな手を引っ張った。

「ね。アヴァンゾン・ラーティカ案内してよ。それかあのレトロなバートスク地区回りたいなあ」

「駄目だ。アイスホッケーやるんだ」

そう顔を向こうに向け、その視線の先に蛇野郎を見つけた。

「ねえ?ダイラン?」

甘い声で囁き顔をこちらに向けさせた。

その彼女の小さな頭を男が鷲掴んで女は頭を基点に蛇野郎の背後に回されそして、浮いた。

「きゃああごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「お前なあ……これ以上好き勝手やるようだと許さねえぞ」

ダイランは男から浮く女の腰を取って自分の背後に行かせ男を睨み見下ろした。

「どういうつもりだ?」

男はダイランを睨み、女を一瞥した。

「俺の相棒は放し飼いには出来ねえんだよ」

「俺が買う」

「何?」

「首輪に繋げばいいだけだ」

「ハッ今のお前にそんな大金あるのかよ」

「あたしで商売する気……?」

バキッバキッと女は拳を鳴らし、男は視線を泳がせたが、言った。

「ようお前、マッポなんだってなあ」

「嘘よ!」

男は女に首をしゃくった。

「こっちに来い。そいつは敵だぜ」

女はダイランの後ろから男の後ろに行ってダイランをちらりと見上げた。

「今度勝手な事してみろ。今にその尻尾引き抜く」

「チケットかっちゃった」

「んなもの捨てろ。いいな」

そう言いぐいぐい女を連れて行き、ダイランは口を噤んで立ち尽くした。

NY行きの飛行機が到着したアナウンスが流れ、ダイランは2人の背を見ていたのを身体を返し顔を反らして歩いて行った。

飛行機に乗り込み、斜めにした座席に身体を沈めて両手で目を抑えた。

『悪魔の子』

顔はまだ冷たかった。

ダイランは気を取り直すようにフライングアテンダントに酒を持ってこさせるとグラスを一気にあおった。

「横よろしいかしら」

ダイランは顔を上げ、瞬きした。

「あれ」

「きちゃった~」

「彼氏は」

「ぶん殴って気絶させてきた」

「ハハ」

ダイランは可笑しそうに首を振って女は微笑みダイランの顔を見て横に座った。

「そうやって笑うと甘い顔になるんだ」

「甘い顔?」

「視線とかいろいろ」

「……。男に言われて来たんだろう。探らせようと」

「何の事よ。本当に来たかったから来ただけなのに……」

愛情サド女はうつむいて横目でダイランを睨み見上げて唇を突き出した。ダイランはまた座席に背を付けて女の顔から視線を反らした。

窓の外であの蛇野郎が凄い目で辺りに視線を這わしていた。

「怒ってるぜ」

「本当?」

女は覗き見て、互いに気づくと愛情サド女は意地悪そうに手を振って、飛行機は動き出した。

一体何の目的なんだ。

こいつらは元オーナーを狙った殺し屋だった。きっと元オーナーのところへ来る自分の事も一気に共に殺す為に仕向けられたんだろう。だとしたらZe-n上のルートを男が探り女が殺してなんらかのそれらの行動を阻み始末するため。こいつらの上司がそれを望んだのだとしたら今現在のデズタントに渡した権利関係も調べたはず。金融関係には実際問題、関わりは無い筈だ。全然レールが異なる。多少は噛むかも知れないが、女の上司が命令したからには何か都合が悪い事例が関わっていたんだろう。どの件だ。

女に聞き出すことは多くあった。悪漢の砦の本拠地はどこなんだ。本名はなんなんだ。会社規模はどれほどなんだ。どこの人間が依頼してきた。俺を殺すつもりか。俺のことをどう思ってるんだ。年齢は。あの男とはどういう……。

ダイランは首をぶるぶる振って髪を正した。

「綺麗な瞳の男ね」

ダイランは女側を振り向き、その背後の昇りきった朝日が雲の狭間から眩しく線を走らせた。女はダイランの細める目を見上げた。

「あなたって雄孔雀みたいに美しい。凛としていて凛々しくて猛々しくて。涼々とした華麗さがある。はがねのように強いオーラが備わっていて……全てをあたしの物にしたい。身も心も」

沸々と太陽は雲を沸き立たせ雲海の上に君臨しては銀色の光が滑っている。その中の女の水銀の瞳は美しかった。

クリスタルの様に純度の高い光が雲の向こうから走って来ては行き着き広がって、見えない鎖が絡みついたように動けなくした。

強く、雅で凶悪な美しさと不思議とエキゾチックな風が女を取り巻き。

キラキラと朝の光は透明で、どこまでも聡明な純白が女の存在と相まっては透明な女の声にリンクした。光を縫って女の言葉はその中を囁かれ、雲は温度を受け蒸発して行く。

自然的に耳に入って来る光の様な声が柔らかく広がっては、風さえ光の分子のように、言葉さえ分子であるかの様に空間に満ち、思想まで分子であるかの様に脳裏に存在する物を視覚が光に現像するかの様だった。

それらまで分子のように。

「悪魔の様に美しい事は全てを魅了するという事。自然的で最も世界に氾濫した美は全てを魅了し心をからめとっては惹き付け離さなくする。悪魔的混沌とした完全美は、美とはよこしまな物なのよ。何故なら宇宙とは完璧だから。狂い無い秩序の上に成り立つ全ては完璧に織り成され時が形成され始まりから終わりまでを羅漢する。完璧な物こそが美。そしてそれが悪魔的。宇宙を司る破壊と完璧を人体が求める事は極自然な事でもあって、生命の生まれと終わりを自分の軌道から反れて見てみたくなるという欲望に繋がるの。それは宇宙的秩序では無い。完璧をすでに人や生命体は手にしているというのに、宇宙と同じなのよ。その運命はね。生きたら、死が訪れる。それは宇宙に繋がる秩序立てた完璧な美。尚も完璧を求める物が悪魔的。全てと繋がり続き宇宙とも同調しては身を暖かい水の中に浸らせる」

女の手がダイランのがっしりした手を取り、ずっしりと重量感のある手は虎だとかライオンのようだ。

「浸りきれば花。渦巻けば砦。身を壊せば掬い上げて美しい香の香りで包んであげる」

両手で引き寄せ彼の指に唇を寄せ頬擦りし、瞳を閉じて開いた。

「あなたの精神を壊してあげたい。緩く、確実にあたしに行き着くまで見ていたい。捕えて動けなくして心をがんじがらめにして泣きたいなら思う存分泣けばいい。慰めてあげるから。あたしだけを見て、苦しいならあたしの所に来ればいい。どんなに心を壊しても精神をまたあたしに居付かせてあげる。粉々に砕いてい上げる。その上で優しく包み込んであげる。心を空っぽにしたらあたしだけを見つめて。安心すればいい。全てから隔離してあげるから」

透明な光が包み込み、空気を暖かくさせた。女の唇から目が離せずに、今にも透明に白く透き通りそうな肌だ。

「リサちゃんって、どんな子だった?」

側頭部をシートにつけ、ダイランの片手を両手で持ったままだらんと下げて、ダイランの瞳を見つめた。

「なんで消えたの?」

「……精神壊したからだ」

「あなたはどうしてあげた?受け入れてあげたの?彼女の全てをあたしが言った様に」

「あいつはそうなる前に死んだ」

妖しくも艶やかな態で女は透明な視線でダイランを見つめつづけ、華やかで麗しかった。

彼女はそのまま座席に頬を乗せたまま、うつらうつらと眠り始めた。暖かいダイランの手を頬の下に敷いて瞳を閉じて。

フライングアテンダントが彼女の上に毛布を掛けて行き、ダイランは彼女の頬に下から手を引いてからイヤホンを外してやり髪を撫でた。すやすやと眠る彼女は安眠していた。

ダイランも一服すると眩しさに眠気を覚え、スチュワーデスから毛布を貰って眠りに落ちた。



13


ダイランは夢を見ていた。

ダイランは3つほどの苺を持っていた。辺りは土の荒野で、幹だけになった木が幾つか立ち、群青と闇と暗い灰色の雲が長く垂れている。

風が冷たい音を立て吹き荒んでいて、ダイランは白い花がまるで輝くように地面に一つ咲いているのに気づき見下ろす。

ダイランはそれを見つけると情景反射的に四つん這いになり、猫がミルクを飲むかの様に無我夢中でその花、苺の花を食べ、土に顔を付けて根っこまで歯で噛み引き土からだして飲み込んだ。

手に持っていた苺は既に土にまみれぐちゃぐちゃに潰され、赤い汁を滲ませ甘い香りがする。それに気づいて膝で立ち上がり、天を呷って目を閉じ土まみれなのも気にせず手腕に滴る果汁を舐める。

銀色の朝日はまるでモノクロの様に感じる。全ての木はそのはっきりとしたヴェールの様な朝日だけで炎が付けられ、青い炎で燃やし続けた。それらは銅を燃やした事で鮮やかな緑色の炎に変って行った。

辺りを見回すと、何故か全ては作り物に取って変えられていた。まるで自分の身体だけは作り物では無い以外は。

銅を張り巡らせた木、スチールで打ち込まれた空、暗褐色に臙脂の空気、鉄屑の溜まった地面、ネジの花、手に持って潰れていた苺だけが本物の血に取って変えられていた。

切削された鉄屑を掴んでいた事で出来た傷は痛んだ。その痛みに顔を歪めるが傷自体を気にはしていなかった。

それよりも無機質で巨大な照明器具になっている太陽を見上げて目を細めていた。

手に持っている物が、血だけで無く人間の肋骨を持っていた事に気づいた。そうだ。俺は背を痛めているんだ。だがいつだ?ずっとか?

わからないが痛めている。痛め易いのかは分からない。

腕で顔を覆って血が滴り太陽は全てを、真っ白にした。

目を開くと見慣れた闇と赤、青、紫の照明が浸蝕した。誰もがその闇と光の中を煌いて笑みを浮かべ踊っている。ダイランはホールの中を椅子に固定され人形の様に動けなかった。自分が何故動かないかは分からないが、背後の手には鎖を持っていた。

化け笑、強笑、恍惚笑、狂笑、悦笑、高笑、揚笑、陽笑、病笑、憑笑、嘲笑、疲笑、弱笑、愛想笑、苦しみ笑、泣笑……

愛情サド女はホール中心を踊っていて激しく鋭利に魅せては、艶微笑つやびしょうを浮かべ銀色のスポットライトに照らし付けられた。動けない。自分もあちらに行きたい。完全に頭はまどろんでは眠気が邪魔していた。

広がる闇に何時の間にか、女は一人になっていた。どこにも他の影は無くなり、さっきまで耳に入っていたんだか入っていなかったんだか不明だった曲は消え、緩いブルースになっては女は単色の普通の照明の下踊っている。微笑み、鮮明な光は消えた中。

ダイランは闇の中、ただただ赤く錆び付いた鉄の椅子に固定されたまま動けずに、左右にシンプルな甲冑をつけた筋肉隆々の250もの身長の兵士が2人、冑で顔も見えずに腕を組み立っていた。女ははしゃぎ踊っては縦琴の旋律に乗ってアハハと踊り、プラチナの髪を翻す。

いま気づくと、全ての笑みが彼女だったのだ。全ての人間が彼女に繋がり、そして全ては元は一つのものだったのだと。一つのものは全てに繋がり、全て物補は本当は同じものであるのだと。

その瞬間、両端の兵士、いや、北欧のヴァイキングに立ち代っていた。無かった髭の口から轟きを上げてダイランは目を見開き銀鈍色ぎんにびいろの獣だった。それは人ではなく、巨大なホワイトシルバーの毛並みの迫力或るライオンと、巨大な漆黒の険しい黒豹だった。像ほどでかく、それらがシルバーの甲冑をつけて2本足で立ち猛り狂っている。銀鈍色の瞳を剥き鋭い牙を剥き……

ヴェレ、アギ、アギ、ヴェレ、ヴェレ、アギ、

ダイランはもがき苦しみはじめ、怒る黒豹とライオンが踊り恍惚笑し挑発する女を睨んだのを叫んだ。女は尚も微笑み……全ての笑みが一つに繋がる


ダイランが叫んだと共に彼は目覚めた。

「………、」

辺りを見回した。実際叫んだのは夢の中だけだった。そこは飛行機の中で、プラチナ女は愛らしい顔で眠っていた。

ダイランは出ていない汗を拭うように手の甲で顎をさすってからまだ座席に身体側面をつけて女を見た。薔薇の薫りを縫ってチョコレートの香りがして、甘ったるかった。

彼は背を座席に付けてコーヒーをもって来させた。悪夢だった。まだどうなるのかが分からないアギとヴェレへの不安があるんだろう。背も何度もよく何かに激突させて痛めやすくたまに作り物に取り替えたくなる。自分の気になる女は不可解で、全てが一緒くたになってダイランを不安にさせているのだろう。

「どうしたの?」

プラチナ女が目を覚まし、ダイランの横顔を見上げた。曲げた両足の膝頭を見ていて、その横顔のブロンドのまつげは短いのにクルンとしていて可愛かった。

女は甘く微笑んで横目で見上げてから毛布を膝に掛けた。

「夢見た」

「夢?見たんだ」

「お前が出てきた」

助けたかったが名前を知らなかったから名前を呼べなかったその事実が、恐怖にとって変るなんて思わずに、ただただダイランは叫んでいた。

「へえ。あたしが?」

嬉しそうに彼女は口端を引き上げて窓の外を見た。

マンハッタンの街並みが見え始め、灰色にくすんでいる。色味も挿してこの時間帯は無い様に。建物内に入らなければ色味は発されない。

ダイランの目は半分死んだ様に光を発してそれは鈍かった。女は彼の手をさすって引き寄せた。

「悪夢でも見たの?」

ダイランは首を振って窓の外から視線を機内へ反らした。彼の手は冷たかった。

「あんた、ドラングやってるんだ。そんなのやめなさいよ。あたしは薬やってる人間なんか大っ嫌いだわ。それに、薬はきめ細かい肌に良く無い」

そう言ってダイランのキメの細かい冷たい肌に手を当ててから、シートベルトを締めて欲しいアナウンスが流れ、顔を反らし填めた。

上空を切り裂くように降りて行き、空港へと降り立った。

ダイランは自分のするべき事を頭に反芻しながらボウッとし降り立った空港を歩いて行った。

女はイヤホンから曲を聴きながらチョコレートとストロベリーのムースドリンクを飲み始め、ダイランの横を歩いて行った。彼女は視線だけ振り返り、FBIの人間がずっと離れず着いて来ているのを微笑み見てから向き直った。彼は全く気づいていなかった。

どうやら、ダイランをずっと張っている人間らしい。女は猫騙しを食らわせて、離すべきだと判断した。

女はダイランの首筋に腕を巻きつけて、いきなりの琴でダイランは瞬きして、緊張し口がきゅっと一文字に繋がった。

「FBIがいるけど」

女がそう耳に囁いたから、彼はがっかりしてキスじゃねえのかよとちらりと女の背後側を見た。ビジネスマンだ。アヴァンゾンの空港にもいた。

ハノスの野郎が監視の為に着けさせたんだろう。デスタントも起動し、休暇を入れてどう動くか。

女を離れさせる必要があった。こいつは殺し屋だ。

2人は歩いて行き、FBIは隠れながら追いかけ始めた。

「どうする?」

「俺が引き付ける」

「あーあ一緒にいたかったな~」

「……。俺もだ」

「……」

女はダイランの前方を見て突き進む顔を見上げて、無言になり顔を戻して足を進めた。

流れる人垣に入り追手はそれを抜けると、女は消えていた。見回すが見当たらない。ダイランはそのまま突き進んで行き、空港から出るとタクシーに乗り込んだ。

「警察だ。犯罪者を引き付ける囮捜査に協力しろ」

「はいよ」

一方、追手も即刻乗り込み手帳を見せた。

「こういう者だ。凶悪犯を追跡している。気づかれないよう追ってくれ」

双方のタクシーは双方を乗せたまま走り始めた。

女はくすくす笑い、可愛い彼、ダイランとの待ち合わせの約束の場所へ歩いて行った。

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