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造華と孔雀・上
~Artifical Elegant
& Caprice Gorgeous Peacock~
欲望と罠でこの世は満ち溢れている。
それらのどれもが美しい一面を持ち、皮を剥がすとそれらは甘く、魅惑的だ。
そしていきなりあなたの魂をえぐっては殺して来る。
浸り切ったという、頃に突如として……
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ガルド。
彼は巡査だ。
深く被ったキャップの影からバートスク5丁目横を反れた交番前から、道路を見下ろしている。
入り口斜め横に立ち、ベージュのシャツと焦げ茶にサイドに黄茶ラインの入るパンツが主体の制服警官だ。
手を組み腰にささる警棒側の足に重心を置き、監視していた。
基本的に彼は巡査部長から拳銃を持つ事を禁止されている。何をしでかすか分かって物では無い。
ただ、言える事は其々銀行が3つと宝石店2つが立ち並ぶ5丁目道路は強盗が盛んだった物を、交番にガルドが立った瞬間からそれらの犯罪がばったりと後を絶った事だ。
金を狙う少年少女のちんぴら、ごろつき共も、強盗グループも揃ってこのエリアに足を踏み入れなくなった。
まだ彼が警官になって1週間。
巡査部長に言われ、無愛想なガルドの立つガルドがいる物だから、一般の人間まで近寄らなくなった。迷子だとか盗難届、拾い物、紛失物、行方不明、それらの理由で近寄っても、ガルドの雰囲気が恐くて一向に近づけない。
その為わざわざ3丁目交番まで行く事になり、今まで街一忙しかった5丁目交番は極めて暇になった。
引き落としだとか買い物の為に一時駐車される迷惑な車両も一切無くなり、駐車禁止のこの一帯の切符を切る事も無くなっては罰金を取れずにいた。
今まで5丁目交番に爆弾や自転車、ダイナマイトを投げつけてきた輩も一切いなくなり、難癖着けの酔っ払いも一度、近づいた瞬間ガルドに蹴り付けられ転がると、二度と来なくなった。
ただ、頻繁に来るのは彼が放し飼いにしては耳にピアスをはめ込まれた、毛の長さが中途半端なパピヨンドッグだけだ。
その犬がチョロチョロと来るとガルドの足周りをくるくる回っては、柱と間違え小便引っ掛けようとするのを蹴り付けられ、キャンキャン言って駆け回りまた去っては現れる。
その飼い主のタチウオ女はたまに来ると、聞いてるんだか聞いてないんだか分からず微動打にもしないガルド相手に、延々と話を聞かせては左頬にキスをし帰って行く。
たまにスキン女がハンドルを握るベライシー・レキュードで現れると、後部座席の3人のパフォーマンサーは交番パントマイムをしては、無言のまま笑顔で手を振り去って行く。
タチウオ女にタチウオを貰ったランジェリー娼婦は、わざわざ水槽を洒落たカートに乗せ歩いてきては、延々と見てるんだか見ていないんだか分からないガルドと銀色に閃く魚体を眺めては、右頬にキスをし去って行った。
ガルドはただ、変わらず微動打せずに同じ体勢のまま立ち尽くし続けているだけだ。
交番の中の元ガーネット娼婦の女警官は、以前競り落とされたガーネットのネックレスを指で弄んでは鏡を見つめ、セクシーな立ち姿のガルドの背を色目で見つめ続けている。
その女と2人だけでパトロールに行かせると、またさぼってどこかでやり始めなかなか帰って来ない。その為、巡回は巡査部長とガルド、女警官と巨漢警官のセットで行かされていた。
「おいガルド。昼飯の時刻だ。入れ」
ガルドは機械の様にくるんと振り返り、自分の与えられた椅子にドカッと座ると、初めて首を大儀そうにゴキゴキ動かし唸ってから、キャップを放って、毛先だけ焦げ茶で白金に色抜きされた乱雑なライオン髪を掻き乱した。
その頃に狙いを定めて走って来るパピヨンドッグを膝の上に乗せてやっていた。
「ねえダリー。あたしのランチ、食べなさいよ」
グラマラスな足を組み、机に腕を掛けては彼の方に豊満な胸毎身を乗り出して、ハンバーグ(にく)をフォークに刺した。
「あーん」
そう彼女は口を微笑ませながら伏せ目で言い、彼の口の中に持っていく。
目は今まで立ちながらにして眠っていた為、半分以上眠っていた。
ラジオでアメフト中継が流れる中、巨漢が毒付いてまたラジオを投げつけた。犬はキャンキャン言っていつもの様にくわえてガルドの所に持って来る。
チーム設立時代にスポンサーをし、投資していた地元チームのだが、最近の所はこの街から姿を潜めたZe-nのスポンサーが落ちると、最近負けが込みになり始めた事実に正直ガルドはキレそうだった。
監督が変わると、その分安い給料でやらされては気が入らずに、選手の各が下がる一方だ。腕のある選手は引き抜かれ始めている。
「あら。エースじゃない」
彼は交番に入って来ると、巨漢の鋭い視線を無視した。女に口に、肉詰めピーマン(にく)だとか野菜ミートボール(にく)だとか、突っ込まれているガルドの机に腰を下ろした。
「あんあお」
「口に物入れて喋るんじゃねえ……」
巡査部長はこの時間帯、エリッサ本署に戻っている為に不在だ。
エースはガルドの派手にピアスの嵌る耳に耳打ちし、女警官も耳を寄せる。
「遂にだ」
ガルドは頷き、女警官はガルドの背を撫でた。
今でもガルドの直属の部下20名の男女はハイセントルで動き、敵対するデスタントの様子を事細かくリーダーに伝えてきている。実は暇を持て余す娼婦でも、ひけらかしにくるパフォーマンサー達もそれらを巧みな暗号で伝えてきていた。
デイズ=デスタントが遂に、ファミリーを立ち上げたというのだ。
まんまとガルドの仕込んだ闇市場の権力を女地主、リカーから強奪し、操作に乗り出したのだと。
ガルドは質悪くその口端を上げ、女警官はゾクゾクして身をしならせた。
エースは身を返し去って行き、ガルドは昼食を終えるとまた巨漢に言われ交番前に立ち、さっきとは逆方向に重心を掛け微動打にしなくなった。
蛇の様な目で道路を見下ろし、キャップ影の下、さっきの様には眠ってはいない。早く手を下せる警察組織中心部に入らなくては。
彼の視界隅に常に入るエリッサ本署は一向に変化の様子を窺わせはしない。
この1週間は、彼等に関わって来るような目立った事件も無く、街は極めて落ち着き払っていた。
「ハイ、ダリー?」
刑事レオンがバイクから颯爽と降り立った。
ガルドに熱烈にキスをして、巨漢巡査は呆れ首を振った。ガルドも微笑み彼女を見下ろすと、女警官が立ち上がって彼の横に来た。
レオンは今、ガルドの女だ。付き合いだして3日目だった。
女警官はガルドの肩に肘を掛け、ケツの上の腰に手を当てレオンを上目で見た。
「あんたの横にはいつでもこうやって女が一匹ついてるのね。コヨーテさん?」
「ねえ、嫉妬?あんた、あたしの許可無しにあたしのダリーボーイの女になったらしいじゃない?」
「あたしはあんたの上司よ巡査?」
「あたしの方が人生の先輩よ?」
女警官は緩く微笑み、レオンを挑発的に見てからいつもの様に思った以上にアダルトで深い声でガルドに囁いた。
「ねえ。今度何かして来たら、あんたの檻に入れてやりなさいよ」
ガルドは口元を微笑ませてから、キャップの視界隅に見えた人間を見た。
一気に表情の変わった視線の先を女警官が見る。
ディアンが道路先から歩いてくる。デイズ=デスタントの双子の兄貴だが、彼は堅気だった。
ディアンはレオンとは知り合いだ。向こう街のコンベンションでも見かける彼女のバイクを見ると歩いて来て、ガルドを見るとおもむろに両腕を広げ目を見開いた。これもわざとだ。
「おい。なんだよその格好。マジか?」
「失せろ」
「まあまあ」
ディアンは俯き両手を上げ小気味よく微笑み言うと、交番の中を見回した。
「うぜえんだよ」
「お前、あの馬鹿の事知ってるか?」
「お前の、弟な」
「俺達は兄弟じゃねえ。実は血が繋がってねえんだ」
「偽証罪でしょっぴくぞ。去れ」
「いやマジで」
ディアンの筋の通った鼻先に警棒が突き当てられ、ディアンは顔を仰け反らせて顔を戻した。
「お前も俺に買収されるか?」
「おーい本物の警官。こいつ警官にしておくのは危険だぜ?」
「俺も、警官だ」
「いや誰も信じねえから。お前は邪過ぎるから駄目だ」
「いや駄目とかどうとか」
「昨日集会があって」
「聞く気もねえのかよ」
「俺は断ったんだが、お前今みたいに引き下がったままで気がすむのか?」
「裏切り者はお前も同じだろうが。ハイセントルの人間見切って好き勝手暮らしてやがるんだからな」
「じゃ~俺と手を組んで、警察寮の部屋を一つ明け渡……分け与えてくれ」
「手前で見つけな」
「女に追い出された」
「飽きて出て行っただけだろうが。ヒモ生活ばかり身に着けすぎは頭と身体に良くねえんだよ。突き過ぎだ」
「お前、何言ってんの?自分の姿心の目で見てみろ骨は髄までドス黒で血は真っ青だ」
「それ普通だ」
「身を清めるんだなDEMON野郎」
「警官は市民の漂白剤だ。てめえのその減らず口ばかりこく口に粉突っ込んで掻き回すぞ」
「俺が洗濯機だったのか」
「一生回ってろ……っ」
レオンは溜息をつき、道路から2人を横目で見上げてから、首を傾げ目を細め言った。
「仲が良いのねえ」
「お前の前だからだ」
「俺はこいつに殺される運命なんだ」
「本気であたしは心配しているんだけど?」
「考えるだけ損だ損」
「消えろ」
「お前の部屋に泊めてくれねえかレオン」
「駄目よ。あたし、彼と付き合ってんの」
「……。あのガルドなんかと付き合うとろくな」
「目の前にいるんだが」
女警官はディアンをチラリと見て、これ以上彼をピリピリさせていじめないで欲しいという視線で諌めた。
本当は今にも、怒り狂いそうな勢いなのだから。
ディアンはわざと意地悪っぽく微笑んだ。ガルドのキャップ鍔をピンと上に向けてから、レオンの肩を一度叩きバートスクの奥へと歩いて行った。
ガルドが歯を剥き、一気に血が沸き立った様子に女警官が抑え彼の手をさすった。
「嫌な野郎だ、」
「抑えて。暇だったのよ彼も」
「ひやかしなら手前の態度でけえ弟にしやがれ」
「軽くあしらわれたんでしょう」
「いつもの事だ」
痰を吐いて警棒を手の平に打たせ、怒りで歪んだ口元は剥けた歯を除かせた。憤慨して荒々しくなるこめかみに青筋立ち、毒蛇の様な目は影の中、きつくエメラルドに輝いた。
あいつの口は毒を持った蝶だ。口にしてようやく持っていると気づく、たち悪く大発生し緋色で理性を覆い尽くそうとするオオカバマダラの様な。その見えない尻尾は狼の様な物だった。すぐに尻尾を振り心を掻き乱し欺こうとする。ガルドを小馬鹿にして来る。
「軽い挑発よ。あんたの気持ちを探ってるだけ」
ガルドは警棒を腰に差し戻し、ディアンの消えて行った街並みを睨み見た。
その視線を道路に戻す。
「レオン。お前今からどこ回るつもりでここに来た」
「殺人課のチャリール刑事に言われたのよ。この交番に来るようにね」
「お前、少年課の刑事じゃねえか」
「そうなんだけれどね」
「あんたを捕まえに来たのよダリー?」
「俺をかよ」
そう微笑み甘い目で女警官を見て、彼女も微笑み彼の唇に指を当てた。
「ええそう絶対よ」
「縄できつくやってくれ」
唇をなぞってから、レオンの視線に気づいて女は彼女にも微笑んだ。
「チャリールってデカはどういう野郎だ?」
「あんたって、そのハーレム癖治す気無いわけ?」
「癖じゃねえ。性だ」
「女たらしね」
「親父に似た」
「悪い子だわ」
「悪い子でしょう。あたしが仕込んでやったの」
「調教されたのさ」
「女には股開けってね」
レオンはムッとしてガルドを睨んだ。
「まだまだお嬢ちゃんね」
「結構よ」
そう言うと顎を反らし、バイクの座席に腰を付けては組んでいた腕の位置を上げた。
バートスクストリートは緩く勾配掛かっているのだが、結果的に丘の上の様に見える遠くのエリッサ本署から、車両が下りるように走って来ていた。どっしりした黒塗りのベンツで、それは交番前に滑り込むとキッと停車した。
刑事チャリールは、スペードのキングの様な顔を覗かせた。
という事は、アレキサンダー大王の様な気迫ある雰囲気という意味にも通じるのだが。彼はガルドを睨み見上げた。
顔は少年時代から署内で見覚えはあったものの、直接的に関わった事の無かった古株だ。
巨漢は敬礼した。
「お前が5丁目に来てから犯罪が激減した様だな」
「っんまーあ、お陰さんで」
「静かになり過ぎだ」
「殺人課のデカ殿が何の用で」
「内部調査だ」
ガルドよりがたいの良い巨大でがっしりした体格と肉付きは長身で、運転席から降り立ち仕立ての良いスーツを引きドアをバタンと締めた。
きつい逆三角の目は鋭く、横に長い金縁の眼鏡に収まってはガルドを横目で見下ろした。襟足の長い髪を外側にカールさせ、口髭も同様だ。ガルドはチャリールをカードのキングと呼ぶ事にした。ジョンはトランプの道化なのだが。
マスター程はあるだろう背は、それだけでガルドの胃を萎縮させもした。マスターには不思議と逆らえないからだ。
こうやって巡査部長の留守を見計らってくるから、巨漢巡査は本署の人間が好きではなかった。これではガルドがどういう失礼を犯すか分かった物では無い。
そこで、ガルドは初めて後部座席に乗る男に気づいた。スモークのかかる先、スーツを肩に掛け腕を組み、前方を見る男のその横顔を見て、一瞬でガルドの顔は不機嫌な物になった。
巨漢はもう一人の査定の人間には気づいていない。彼が本命なのだろう。
ハノス=カトマイヤー刑事部長だ。
彼はガルドの視線に気づいて顔を上げ、彼を見上げた。温厚で実に紳士的、平和主義だが躾とルールに厳しい風があり、6割方は事を穏便に済ませようと愛想良く微笑んでいるしっかりした優しげな顔が染み付いた人物だ。
また彼は前に向き直った。
「おい。そこででんと構えてる野郎も出て来たらどうだ」
「小僧。でかい口叩くのは警官同士では改めた方がいいんじゃないのか?」
カードのキングはそう言い、交番の中に入って行き辺りを見回した。踵で向き直り、巨漢が差し出した調査調書や帳簿を開き見る。
ガルドはずっと車内のハノスを見下ろしていた。
確か、丁度1年前やそこらでリデルライゾンに来たばかりの警部らしく、元がこの街の生まれだという事で経歴はかなりご立派だという事だ。
元が軍人気質で警官になり、若くしてCIAに引き抜かれると、その後FBIに移りその後は12年前の戦時で大佐として軍隊を率いた根からの軍隊出だ。
FBIに再び籍を置いた理由としては、任務時の何らかの負傷による今現在でも続く後遺症が原因であると噂があるが、詳しい事は一切知られてはいない。
ダンディーで温厚な風からは軍人肌の気質は全くといっていいほど窺えないが、ガルドは以前一目会った時から気に食わなかった。
国家試験と警察官採用試験の為、エリッサ署へ現れたガルドはその時初めて彼に会った。
今まで常連の悪漢であったガルドは馴染みの警官に取り押さえられていて、このままでは試験の時間に差し支える大事だった。そこへ騒ぎを聞き現れたのが、試験管を受け持ったハノスだった。
どう見ても薬中でキマッているとしか見受けられない凶悪犯罪者的青年は、警官になる為に本署に赴いたんだと怒鳴るや否や、見かけからは想像も出来なかった力で青年の首根っこを、まるで手馴れた風で猫の様に鷲掴んでは冷静な顔のまま、有無を言わせずガルドを拘置所にぶん投げたのだ。
結局ガルドは試験時間には檻の中で不貞腐れていた。
第一、ハノスの何が一番気に食わなかったかと言えば、彼を見た瞬間のハノスの顔だった。
ガルドを一瞬誰かと間違えたかの様に眉根を強張らせ、顔色を固い物に変えては目を疑ったかの様に凝視した。
生きている筈が無い、その人物と……。
だからこそ余計に気に食わなかった。
ハノスはその時代、帰って来たばかりでガルドの事には詳しくは無かった。その為に彼がどうしても試験を受けたがり、逆に檻から出て行こうともしなかった為に、ごろつき風情がひやかしで来ただけだろうと見做し仕方なくその檻の中で受けさせてやったのだ。
受かるはずも無く、頭を抱えては当然落ちる筈だと踏んだが、違った。
ハノスは向かいの椅子で彼が冷静に凄いスピードで順調に書き進めて行く回答を見つづけ、眉を潜めながらガルドの顔と全てを何の不回答も無く進めて行く様を窺っていた。
回答漏れはありえない。FBIから来たハノスのジュラルミンケースの中から試験時、初めて出されたそれらの試験用紙なのだから。
国家試験、採用試験、どちらも完全回答の主席組だ。彼はいぶかしみ、他の2つの筆記試験も受けさせた。彼が希望したのは普通過程の警官試験だが、それはキャリア組の物だった。それさえも難無く全回答の主席だ。
まあ、筆記試験は筆記試験で、第二次審査の面接は最悪な態度もいい所で、実技試験などは好成績で合格した。
だが、頭脳才能と職業の向きは全くの別物だ。
良識ある警官を育成する上では、やはり問題児に変りは無い謀反者だった。
ガルドの瞳には力があった。確固とした常人には見られない強大な眼力だ。だがそれは抑えなければならない凶悪な力でもある。
彼が影でそれらの力と頭脳でどう動いているかは不明だが、スラム街チームのボス的存在が自ら組織内部に入り込もうとしているのだ。
彼を完全な単独に仕向け、危険因子の全てを遠ざけ根絶やしにしなければならない。まだ青年の内に出る杭は打たなければ、将来こういう人間は巨大な脅威になり得る危険性を見逃すわけには行かなかった。
今、警戒されているスラム街のグループを仕切っている青年DD(デイズ=デスタント)同様に。
DDが闇で蠢く慎重派なら、ガルドは破壊的な躍進さだ。どちらにも党を引き連れるカリスマ性が強く備わり、一律の元合致しない性質によりスラブの人間は完全二分されていた。
当初ハノスには、19かそこらで大人数の党を引き連れる2人の若者には信じがたい風を持ってはいたが、稀に現れるものだ。こういう時代は、特に若い世代の内から現れる。それが2つも柱になり街の規律を乱されるわけにはいかない。そうなれば街はただでは済まされなくなるだろう。
DDのグループは30代を占める中女人厳禁な性質に対し、ガルドのチームは半数が女。そして年齢層も若かった。
今までは街を仕切るギャングは存在しなかったものを、若造共の好き勝手にのさばらせて置くほどハノスは甘くは無い。
ハノスはまだ、もう一つの柱であるDDには一切の面会は無い。その為、若気の盛んで血の気の多いガルドとは、全く異なる性質、冷静さを兼ね備えた怜悧な若者であると推測している。グループ内の層を見てもそう判断出来た。
カードのキングはこの1週間、問題の無い事に頷くとセダンを振り返った。
巡査達の勤務態度に入るのだ。
後部座席のドアが開くとハノスが降り立ち、巨漢は背筋を緊張させ敬礼した。
彼はガルドを一瞥し、いつもの様に静かな、だが人を突き放す物を感じる声で言った。
「警官ならばその雄獅子と土蜘蛛の親戚の様な髪を改めなさい。全身のピアスも適当で無い為外しなさい」
「そんな規定は無い筈だ」
「巡査として適当では無い。監視する人間にも模範的態度を学習させる様改めさせなければならないな」
女警官は問題外だった。
纏められていないゴージャスなエレガントパーマ。その頭の上に置かれただけのキャップ。派手に出る黒いレースの胸元。その上の5億はするだろう派手なネックレス。分厚い睫と濃い色の厚い唇。ケツを隠す程度のミニスカート。網タイツと鋭いハイヒール。長い爪と黒のマニキュア。指に嵌る巨大な指輪。
机の上は鏡、エマルジョン、YSLの化粧品、蛇ブロンズのメイクボックス、ゴールドのパヒューム、ファッション雑誌……
これではただのコスプレ嬢ハード娼婦だ。
「彼女は本物の警官なんだろうな」
「ええ、一応は……」
「警官よ。最下位でギリギリ合格したわ」
確かに、今の彼女とは一風様子を変え、まるで良識あるビジネスウーマンの様な女が試験会場にはいた。
「試験では適当な装いだった筈だが。規定の制服形態と勤務態度を今日中に身につけなさい。第一、本署外での交番勤務の巡査はパンツスタイルが規則の筈だ。制服を改め髪を纏め、全ての勤務に必要の無い備品とデスク周りや椅子の装飾は最低限に抑え、私用品はロッカールームへ運びなさい。ガルド君はピアスを外しなさい。その髪型は明日までには変えて来なさい」
そのパンツの方も足の付け根を隠す程度の極短ショートに変えられているのだが、今日の彼女の気分はスカートだった。
女警官は両眉を上げおどけてから、素敵なおじ様、ハノスに一度微笑むとくるんと向き直り、紫スケルトンのアクリルケースにぼんぼんデスク上の物を突っ込んでドアの中に消えて行った。
しばらくするとグラマラスで圧巻させられる身体をガルドの様にしっかり上から下まで包ませ、髪をフレンチに纏め上げキャップを深く被り出て来たから頷いた。その姿もどちらにしろクールで凛としていた。
黒のファーで覆われた鏡を置き、縞馬のクッションを置き、紫ビロードをデスクに敷くと、ダイスの付いた透明ガラス万年筆を転がし、黒い豪華なレースカーテンと銀で小さなミラーボールの連なる装飾で机上の棚を飾ったまま、棚の中は薔薇の背扉のファイルケース一式に留めた。
本来それらも改めさせたかったのだが。
それと巨漢もチップスやアメ、ポップコーンだとかチョコレート、クッキーなどの入った菓子ボックスも押収された。
ガルドはだるそうにボディーピアスを外して行き、それを全て透明の小さなアクリルボックスに入れデスクに置いた。
軍の出の男だ。髪型も明日守られていなければ、次はバリカンを持ち出し有無を言わされずボーズに刈り込まれ、その後1万回ものヒンズースクワットでもさせるだろう。
ハノスは片眉を上げ、溜息を吐き出したガルドの口を見た。なんだかおかしい。何かがおかしい。巨漢のデスクの上に置かれたラムレーズンアイスクリームの巨大カップの違和感の無さで今しがた気づいたという事では無い。
先程、チラリと何かの不気味な手が口から覗いたのだ……。なにかの、目玉が、チラリと覗いたのだ………、口から……
ハノスはガルドの口を大きく開けさせた。
ガルドは憮然としあんぐり口を大きく開いた瞬間、その口の中に、エルモ人形が飛び出さんばかりに突っ込まれていた。ケロリとした顔で凄い体勢で真っ赤なもさもさの体をして、食われている……。
「……。これは一体どういうあれだね」
今にも青筋立てんばかりにハノスは目元を引きつらせ、その赤いナニカを見て、ガルドが口を閉じた。
「胃の中に引っ込めたり出したり出来る」
「そういう過程はいい」
「ガキが来たら飛び出させて遠くで遊ばせるつもりだ。俺はガキが嫌いだから」
「教育に良く無い」
「ふっ、それはどうかな」
「いいから出しなさい」
エルモ人形は大口開けたガルドの口から地面に破廉恥な格好でのめり落ちた。
そのガルドの口の中から一瞬見えたタトゥーとインプラントは仕方なく今は見逃すとして、ぐるりと8個填められた舌ピアスも外すように言った。既に手で引き抜かんばかりに冷静な顔をしキレそうだった。
しかも口の中には毒が盛られ様とも後から吐き出せる為のゴムの袋が張り巡らされ、これは王家が稀に社交のディナーで用いた方法だ。
「もしも、死にたく無いのならやめなさい。幼児玩具用品による一警官の殉死は一理由としてあってはならない殉職方法だ。幼児をあやす為に警官が人形を喉に詰まらせ死亡という打撃的報道は市民どころか、それ以前に幼児を泣かす」
「司法解剖したらエルモに寄生されていたのよガルド巡査って、どうりで狂ってると思ったって、ねえ?レオン?」
「子供等の真似する事だ。間違えればその玩具会社とキャラクター会社が訴えられ社会問題に繋がる可能性がある。その会社から警官に公訴が降りて君が、裁判沙汰になる」
「それは人形を喉に詰まらせて彼が殉職する事なの?それとも毒を盛られた時に人形が邪魔で裸をさらけ出す彼を襲ったからなの?」
「私が妙な事をして市民に不振がられる一警官の首を締めに来るからだ。その時に偶然にも怪物が喉に詰まっていただけの話だ」
「恐い人」
「こうやって乳児の様に何でも口に物を突っ込まれるのでは困るからな。問題は起きる前に予防する事が通常の警官だ」
「ねえダリー?エッチなあんたが原因で警告内容に成人男性が死亡する恐れがあるので玩具を口に入れない様ご注意下さいだなんて注意書きが加えられたらどうするの?なんだか、いやらしい」
「その呼称は勤務時に反する物だ」
「じゃあ、ガルド巡査」
「君等は立場をわきまえ行動しなければならない。市民の良い見本になる様心掛ける事。いいかね」
「イエッサー!」
「よろしい」
ハノスは人形を掴み拾った。
「没収する」
「そいつに言い残す事がある」
「必要無い」
「俺はお前の死体真似が出来る」
「しなくていい」
「それは怪物じゃ無い」
「そうか」
「あんたの子供にでもやってくれ。部下があんたに気に入られ様と、お父さんに、お前に渡してやれと言われたんだとな」
「娘はもう3歳未満の幼児では無い。君のその喉から出てきた怪物を子供に与えるつもりも無い」
「学習されてねえぞ。それは妖精さんだ」
「覚えておこう」
「あんたも基礎知識間違えてるんじゃないかしら……」
「それでは明日までに髪型を改め出勤しなさい。それでは髪が邪魔だ」
「だが俺はそこまで操れない程」
「次は引き抜く」
「………。はい」
巨漢を見てから多少ダイエットと筋力トレーニングをする様言ってから車に乗り込み、今日の所はカードのキングの運転する車両で去って行った。
「痩せろですっておデブさん。次はそのお肉を焼いてしまうわよ」
男声のままガルドはそう棒の様に言った。巨漢は新聞で彼の頭を叩いてから、一気に緊張が解けてどっさり椅子に腰掛けた。
「あたしは何の為に呼ばれたのよ」
「元ハイセントルの人間と関係を持つ刑事の様子を見る為でしょう?あんたが何か行動を取る毎に刑事部長殿は鋭い横目で様子を窺っていたから」
どれだけその彼氏に騙される性格かを知るためにね。それは言わなかった。
「あんた達の間柄は、本署でも有名なんだから」
レオンは眉を上げ、だるそうに足を組み腰掛けた女警官を見てからガルドを見上げ、微笑んでからバイクに乗り込んだ。
「そろそろ戻るわ」
「ああ」
「バイ」
彼女は革ロンググローブの手を振り、黒革のライダースボディースーツから伸びる鋭いヒールのロングブーツを引っ掛けるとエンジンを唸らせ去って行った。女警官は暇そうに爪を眺めていた。
「あんなライダーファラオ女に夢中なの?」
「利用しているだけさ」
「へえ?」
「そうやってしっかり着込むとこんなに尋問っぽくなるのか」
「あんたもしてよ」
またカップルで微笑み挑発しあうのを巨漢はいい加減やめさせてから、ガルドを元の定位置に付かせた。
2
昼下がり、ガルドがいつもの様に道路を見下ろしていた時だ。
またぴょっこり道路の向こうの家の窓から、3,4歳位の男の子が現れてガルドをじっと観察し始めた。
いつもああだ。ガルドがこのエリアを監視し始めた頃から、昼過ぎになるとああやってじっと見てくる。
昨日はガルドがいきなり口をあんぐりあけると、その奥からエルモが顔を覗かせ赤いもさもさの手を振ってきた。だがすぐに引っ込んで行き、彼は母親の言い着けを破ってついつい道路に飛び出して行きそうになった。
それでもあのお兄さんの恐い雰囲気がやはり食われそうな雰囲気で、怖くて飛び出さなかった。
今日は彼を見ていてもあの警官は何も仕掛けて来なかった。
だがふいに、恐い無表情の顔が稀に獣の様な顔になるからその日も面白がって見ていた。
エルモを口で飼っている警官は今日、犬の飼い主に背に寄り添われ肩をもまれ、ぐるぐるキャンディを「はい。あーん」と、口に突っ込まれていて、開けられるその口の中にエルモはいなかった。ぐるぐるキャンディは女が巨漢から奪った物なのだが。
タチウオ女はふと少年に気づき、微笑み緩く手を振った。
男の子はびっくりして窓際のカーテンの隅から中に引っ込んで行った。
「さっきの子、顔に痣があった」
「ママに虐待されてんじゃないかしらね」
「警官って、放っておくものなの?ねえダリー?」
「様子窺ってる所だ」
「面倒くさいだけね?ここからじゃあ、分かるわけ無いじゃない」
「おい不用意に行くんじゃねえ」
女は道路を横切り歩いて行き、パピヨンドッグがついて行こうとしたから彼は胴を持って抱きとめた。
通路から女が声を張り上げた。
「ねえダリー。犬にカメラ着けなさいよ。決定的な物撮れるかもよ」
「やめなさい。ろくなこと無い」
少年の母親は毎回見かける限りでは優しそうな母親を気取っている。
その為、転んで顔を打っただけの様にも見えるのだ。ガルドはバニラキャラメル味のぐるぐるキャンディーをなめながら、人の言う事も聞かずに歩いて行く女を見ていた。
女は口笛でジャズを吹きながらケツを振り歩いて行き、塀の中を覗いた。
その瞬間だ。ヒッと叫んでフレンチで何かを口走り、ケツを地面に付けた。
「……?」
ガルドは今に尻尾でも生えてきそうな丸いケツから女警官を振り向き、巨漢は一気に空気が張り詰めた事で帳簿から顔を上げた。通路の向こうであの娼婦が尻餅ついている。
まさか何がしかの手遅れか。ガルドは走って行き、女警官は立ち上がった。
ガルドは道路を越え、女を引き起こすと塀に手を掛けばっと飛び越えたから巨漢は驚いた。あいつは何をしているんだ。
ガルドは瞬きし、ソレを見下ろした。
ゴールデンレトリバーが血にまみれていて、壊れた玩具だとかの山は、広くは無い庭に放置されていた。
その血の緑の芝生は酷く広がっては、玩具を浸しているがガルドは視線横に移った物に顔を向けた。
父親だろう、メガトンデブ級男の死体も同じように転がっていたのだ。無残な姿で余程毒に苦しみ殺されたのか、白目を剥き悔恨の口からは舌を出していた。
ガルドは警棒を手に進んで行き、女警官も走って塀の中を見下ろすと巨漢に目配せして塀を飛び越えた。
タチウオ女は交番に駆け込み息を切らせた。
「ちょっと、あんた、ヤバイわよあの家、」
「一体どうした」
「あんたの兄弟みたいのが死体で転がってる」
「俺に兄弟はいない巨漢の姉だけだ」
「姉までっ!んな事どうでもいいから本署に連絡なさいよ」
「どうでもいい事に流すな。姉弟揃っての巨漢なんてこの世界恐慌の後の時代そうは居るも……。お前等の演技だろう。交番を無人にさせ他の偽装事件に目を眩ませる内にまた銀行を狙おうという魂胆なんだろう」
「連絡なさいよ。腐ったら海からの風で酷い臭いが交番にこもるんじゃないの?酷い事になるわよ。悠長に甘い菓子なんか食べていられない事態にね。死臭でよ!」
ガルドは庭を歩き、カーテンの閉められた窓を叩いたが男の子は顔を覗かせなかった。
扉窓から入って行き、すぐに後悔した。酷い状況だったからだ。女警官も入って来て見回し、リビングを進んで行くと奥のキッチンへ向かい、居た。
髪を振り乱した女が地べたに座り、彼女を取り巻く大量のカポチャだとかキャベツ、スカイ、メロン、レタスだとかの大型野菜が山の様に積まれ、それらに包丁をグサグサ振り下ろし続けているのだ。他にも様々な野菜がバラバラになり、転がっている。
女の目はヤバく、口元は恍惚として微笑みあがり、昼見る彼女の様子は醜い鬼女に立ち代っていた。
彼女の腕を掴み包丁を女警官に投げ渡す。
彼女を立たせてスカートのレタスだとか人参を払った。
「何やってるんだ?」
女は言葉を発さなかった。別に暴れる様子も無く、不思議そうに首を傾げガルドの美しい色の目を見上げていた。
「面白いことか?」
女は嬉しそうな顔で満面に笑みを浮かべ、ガルドは首を振り女警官に彼女を任せた。ドアを開け、通路を歩いて行った。女警官は女に手錠を掛け、無線で本署に連絡を送った。既にパトカーは駆けつけ始めている。
ガルドは妙に酷い状況になっているドアに行き着いた。50個もの鍵が外側から掛けられているのだ。
酷い父親に虐待されるのを守る為か?だが違う筈だと悟る。ドアに狂暴な男が使う斧傷が一切見当たらない。廊下壁にもだ。リビングは女が使うような武器、フランパンだとか皿、投げた椅子、血が散乱していた。銃創は皆無だった。だが、父親の虐待は充分ありえる。それが引き金だろう。
かかと落としで全ての鍵を払い落とし、ドアを開けた。
真っ暗で見えないため、呼びかける。
「カーテンを開けろよ坊主」
「?」
男の子は振り返り、背を伸ばしてちょっとカーテンを開けた。男の子の姿を見つけると彼を犬を抱きかかえる様に胴を抱き上げたが、痛がって降りたがった。上半身さえ痣だらけだ。
男の子はガルドを見上げると、嬉しそうに満面の笑みを顔に広げた。母親とそっくりの愛らしい物が増したが、彼の笑みは純真無垢なものであり、母親は完璧に病んでいた。
「エルモのお兄ちゃんだ!」
片腕で抱き上げ、腕の上にケツを乗せてやってから立ち上がり、下手に杭が打たれ釘頭も殆ど飛び出した板張りの窓の外を見るが、庭の惨状は死角になっていた。
虐待監禁されていた男の子はにこにこしてガルドを見上げ、口に触ってぽんぽん叩いてくる。
「エルモ!エルモ!出ておいで!」
「奴は今消化されながらも俺の腹の中だ。青くてクッキーばっか食ってる化け物と」
「クッキーモンスターだよ!」
「まんまだな……。お前、名前は?」
「エルモ!僕がクッキーあげるよ!出ておいで!」
「お前の名前は?」
「僕はジャムっていうんだ。ねえエルモ。僕の事知ってたんだね!」
「俺はダイランだ」
「エルモでいいよ」
「嫌だ」
「ねえエルモ。ママに見つからなかった?」
「お前の母親がこんな事したんだな?」
「……そうだよ。でも、もう慣れたよ」
「……」
ガルドは彼の頭を撫で、部屋から出て行った。
ガリガリにやせ細り、遠目からは3,4歳程に見えたが近くで見ると背は6,7歳程だった。それでも驚くべき軽さで猫を抱えている様で肌も真っ白だ。頭が幼稚だからずっと閉じ込められ続け、外の環境には触れさせなかったのだろう。きっと母親と父親以外の人間と話した事は無い。
子供の部屋は異常なほどのおもちゃや子供用品で埋め尽くされ、キャラクターが揃い、テレビでは子供向けのビデオを流していた。逆に恐い物を感じる程の可愛がられ様だったというのに、その中の子供だけは酷い痣だった。
だが、男の子に怯えた風も無い。父親や母親からの絶対者による体罰は、彼の中では与えられるべきものと認識させられていたのだろう。そうなると、父親の体罰も充分含まれる可能性が高い。母親より勝るのはどちらにしろ子供からは父親の存在だ。外には相当の興味も出る年齢で、部屋から出る事にいとわない風でずっとうきうきしていた。
物が全てに関して過剰にあり過ぎる。極度の愛情と、それと相応した異常なまでの物への憎悪。それは巨物恐怖症から来る物が弱い子供への歪んだ愛情に向けられていた。愛らしいインテリアや藤色壁紙や白い木枠で統一された内装に見合わないメガトンデブ。夫の虐待。だから殺した?
だが、それは妻が夫を大きく肥やし続けた様に思える。巨大な愛情が物を巨大にしていき、大量の食事、大型の幸せの象徴のレトリバー、何かがうまくいかなくなれば殺す。現況は母親だけだ。
ガルドは酷いリビングに行き着く前の通路の横、夫婦の部屋で男の子にずっとエルモとクッキーモンスターの馴れ初めについてを聞かされ続けていた。
パトカーが到着した。男の子にエルモと呼ばれているガルドを見上げて女警官は苦笑した。男の子は極めて元気な風だった。
ガルドはしっかり服を着せてやってから女警官にリビングのドアを閉めさせ、玄関から出て行くと、来ていた救急車に彼を乗せた。
その背後にさっきの車両があり、カードのキングが顔と肘を覗かせた。
「手柄を一つ立てたようだな」
「ジェレアネルが発見しただけだ」
そう言ってから、ジャムが救急車の中から「エルモ!」と呼ぶのを歩いて行き、乗り込むとハノスに凄い顔で歯を剥いてから扉を閉じた。
「お前のおふくろは酷いな」
「エルモのママは?」
「さあ。親父と俺を捨てて男と逃げちまった。見た事ねえよ」
「いなくて良かったね」
「辛かっただろう」
「……」
ジャムはうつむき黙ったのを、こくんと小さく頷いた。ハノスにさっき渡されたエルモ人形を抱える両手はやはり酷い傷だらけだった。大きくまつげがカールした目でエルモ人形を見下ろして、その頬をぐりぐりやって撫でていた。
「もう痛い思いしなくて済む」
「ママは?」
ガルドの膝に乗っていたのを、母親を心配する目で見上げた。
「どうだろうな。罪償って健全になったら、成長したお前にまた会いに来られるかもしれねえよ。会いたがらないかもしれないけどな」
「そうなんだ……」
あれは最悪死刑にならなくても、一生会う権利は剥奪される筈だ。だが、死刑判決が下るだろう。
救急車は大学病院に入って行った。
少年を送り届けると、殺人課が事件を受け持ちそのままあの場でチャリールが引き継いだ。
3
勤務終了したガルドは、本署に戻ると署内シャワーを浴びると血のこびりついた制服を出し、私服に着替えるとロッカールームに戻る。いつも気に入り形態でそれしか揃えないティアドロップタイプのサングラスが20入ったボックスから、金縁で黒硝子のクラシックを取り目に填めた。
今日も5,6他の警官達が難癖をつける。
「いつになったら出て行くやらなあ。この小僧は」
「1週間も持つなんてお上は何放っておいているんだ?」
「さっさと蹴り出せばいいものを」
「ハイセントルのちんぴらが」
ガルドは肩越しに振り返り、そこまで行くと見下ろし頭突きした。男は額から血を流しノックアウトされ倒れた。痰を吐き捨て出て行き、私服に戻った女警官が通路の壁に背をつけていたのを微笑み連れ立ち歩いて行く。
「書類送検されてえのか!」
ドアからそう怒鳴り声が聞こえ、2人はシカトし話しながら歩いて行った。
今日レオンは青少年取締役会だかのセミナーがどうとかで、出席しなければならないと言い、いつもの様に彼をバイクのケツに乗せ送ることは出来なかった。
ガルドはハイセントルへ向い、ヘアスタイルを纏めるべくいつものサロンへ来た。頭部全体を黒に染めさせたドレッドとそのままの色のコーンロウ(編み込み)を交互と無秩序に流線を描くように編み込ませる。後頭部上部でドレッド分をコーンロウの編み込みで纏めさせ簪で留め後ろに流し、纏めていないコーンロウ部分を前に肩から垂らして、後ろに流す狐の尻尾のような黒ドレッド分の毛先15センチ分を黒紅色に抜けさせた。サイドだけ黒のコーンロイを蛇の形で編み込ませ、蛇の部分を緑で色抜きさせている。
切り付けるような鮮やかな孔雀緑の瞳の先から蛇のヘッドがのたうつように入る為、横顔の印象に鋭さが増した。
店から出て、上半身を照らすブラックライトが彼の紫グラデーションの繊細なアカンサスタトゥーを浮き上がらせ、しばらくはオーナーと話していた。
「お前、警官になってからハイセントルに来づらくなるだろう。別に出張したって構わないんだぜ」
「そうだな。レオンの部屋に一次その時にはスタジオ用意させる」
彼は振り返り、連絡しておいた通り、パフォーマンサーとスキン女が彼の愛車を引っ張りガルドを迎え、助手席に乗り込んだ。
「じゃあな。また変えたくなったら連絡くれや」
「ああ」
男パフォーマンサー(ロエルタ)は人間椅子になり、ボブ女を乗せて彼女はアームに手を乗せ微笑んだ。
ガルドは背後が黒皮でサイドを鋲打ちされ、前がスクエアシェルを繋ぎ合わせたノースリーブを着るとピアスをはめ込んで行った。
「デスタントの動向は」
「なかなか探れない。奴等、さすが慎重だからね」
スキン女はそう皮肉るように牙を剥け前方を見ながら言い、ガルドは頷いてから顎に当てていた指に怒りで力が入った。
玉の様なパーマの女が彼の肩を擦り気を宥めさせる。肩越しにその手を見て一度手で叩いてから向き直った。一度スキン女はガルドの横顔を見てから言った。
「市場の動向は革新的に変化を促し始めたよ。今まで、地下で蠢いていた分を逆に大きく起動し始めていて、あの分じゃあこれからは他州にも大きく手を伸ばす勢いがあるのは確かでね。どんどん大きいところと契約を結ぶ為に市場に赴かせているんだ。ようやくといったところか、今までとは確実にやり方を変える気なんだろう。表面上は慎重な今までのままさ」
「警察の動向はまだ落ち着いてる。ドルク=ラングラーも今に捜査チームを確立させる様上司に取り合うのも時間の問題だろう」
「あんたがその配下に行ける事はまだ無いんだろう?」
ああ。「5丁目なんかに拘束されてるんじゃあ、直接の管轄外で港には向えないからな。上は港交番には近づけさせねえつもりだ。それも、トランプのジョーカーの野郎が計っての事だ」
「面倒だね。あの2人のデカ、始末させるかい」
「まだだ。ジョーカーがどこの情報屋からZe-nの情報を掴んだのかがわからねえままだ」
「あんあに慎重にしてきたものを、誰かのチーム内内部告発は有り得ないよ。拷問女(BGW)が監視してるからね」
「誰なのよ。この街にいるって事よ。部下以外にZe-nの顔を知る人間が」
「今に炙り出す」
アヴァンゾン・ラーティカ(隣街)の街並みを抜けて行き、ヘリポートを抜ける。空港を越えた横から続く海岸の崖を走らせて行った。
夕暮れの赤い緋がレキュードを染め上げ、包み込んだ。
天の暗赤と黒は、車体背後に住み着く闇の中、茶色めいたメタリックダーク紫の車体を流して行く。
夕景に映える黒身の鴉達がねぐらへ戻って行く為、夕時の空を駈け抜けて行く。共に蝙蝠が飛び、数時間もすれば梟が目を覗かせる深い夜へと突入するがまだ先だ。
レキュードを海の広がる高台に停め、ボディーに背を付け海を見渡した。地獄の炎海の如く轟々と海は赤に燃え、メラメラと、巨大な太陽を飲み込もうとする。
潮の香りはここまでは届かずに、崖を打ち付ける潮騒は荘厳な音を絶えず響かせた。音は暗澹とする心を浸そうとする。
煙草の紫煙は茶色に煌く琥珀の光を受け鈍く輝いた。
「絶対に殺す……絶対だ」
ガルドはそう囁くように自分に念じ、うつむいては前のめると、膝を折り顔を両手で覆った。背を丸め肩が震え、海の細波が深く重厚な音を立て耳に鳴り響きつづけた。静寂に。
他の奴等は瞳に輝きを受け、吹く風に静かに海原に目を細め見つめ、アシェディは彼の肩を撫でた。
「?じいさん何やってる?」
レキュードの影に隠れる様にその車体に誰かが寄りかかる気配に、男パフォーマンサーは影を見下ろした。
その老人は、男の声ににこにこした顔を上げた。その足を放った手に酒の瓶が抱えられている。何か古いぼろぼろな本を持っていた。
小さな老人は移動して、ガルドが足を放り座る横まで来ると、煙草を一本くれと愛嬌ある顔で言った。ガルドはキャメルを一本やってから、小さなじいさんは彼の横に同じように座って車体に背をつけた。
「まるであんたあ、孔雀みたいな綺麗な目してる」
「そうか?」
「孔雀っていうのは華麗で実にエレガントだなあ」
「俺の場合は毒が回ってるだけさ」
「それも、一つの美しい一部に他ならんのだろうな。若者が生きて行くには、辛い世の中ってのもあるよ」
ガルドは無言で頷き、老人は本を閉じた。
ボブ女がそれを見下ろし、何の本よと聞いた。
「俺の好きな本よ」
「そうみたいね。ぼろぼろ。読んで聞かせてよ」
ガルドは後頭部を車体縁に掛け、消え行く夕陽の残して行く光を見つめていた。
「銀灰の嵐の日 雷に撃たれし黒身の ばらばらになりたる鴉
嵐の空に舞っては雨打つ道路に打ち廃れん 朝の風景
木が成るという事 それは 生命の終わりを幾つも見つめ続けるという事
膨らむ生命を誰が育むのか 木々という物は人の心とシンクロし成長する 輝きへと変える
声を掛け、成長して良いのだと あなたは伸び伸びと生きて良いのだとその頭を寄せる
木よ 成れば良い 思う存分に
或る子供は枯れた木を見上げた。他の木は葉を多く付け幹は太くしっかり地に着いている。実に健康的だ。
だがそのコーヒーの木は細く、立ちながらにして枯れ掛けていた。台風に負け、雷を落とされたのだ。
その中に眠る命を、守ることも大切なのだろうが解き放つ事も良い事だと木に語り掛ける。
成長すればいいのだと、そっと幹に手を掛ける。
栄養を吸い取り酸素を取り入れる子供のように、木は一人の人間の心にもリンクする様に巨体になって行けば良い
木が成る事は人の心が実る事 やがて大木は生命を見つめ死を見届け別れを惜しみ続ける
青年を見下ろし 木々は優しく成長する
木に生まれたかったと嘆く人間もいれば 光に生まれたかったと泣く人間もいる
感情を損なう前にあなたの様に命滾らせる事が出来ればと
今まで育んで来た記憶と共に終え行く事が 人々の木を成らせる内の一部なのだろうか 本当に
風に生まれたかったと叫び 水の流れになりたかったと木の根元に跪く
木は木でしか無い 人は人でしか無い 木は自らが成長し 人は木を成らせる事も出来る
人は輝きに成る事が出来る
環境が育んだ木々の中で一際大きな木になったら……」
辺りは闇に閉ざされた。老人は顔を上げ、横の青年の膝を何度か叩いてから本を閉じた。
「太陽の輝きを一等に受ける事も出来るが、他の木々の苦しみや病も一際見下ろす背も持つ」
ゆっくり立ち上がりながら老人はそう言い、見えない微笑む顔で、やはり微笑んでいた。
仲間達を自らの憎しみの範囲から開放してやる事も勇気だと、詩の裏にそう説得する様に言い背を伸ばした。
雌孔雀を誘惑する雄孔雀の艶やかさは、ブロンズに深く美しい深緑と琥珀だ。世の中には、美しい物全てに例えられる男もいる。
自然界が、美しい物は雄なのだという現実を、着いてこさせる猛々しい美を持つものが雄だと言う事を優雅に見せつける……。
何時の間にか、老人は消えていた。
また、どこかの壁に寄り掛かりに歩いて行ったのだろう。
ガルドは立ち上がり際に上げた顔を風の方向に傾けて、潮風に手をかざし煙草に火を着けると闇の海を見渡した。
分かっている。今に彼等を解放するつもりだ。これは俺自身の事。一人で立ち向かうべき事。
「そろそろ帰りましょう」
アシェディはガルドの背を見上げ、微笑んだ。
「ね。エルモ」
ガルドは唇を突き出して肩越しに彼女を見て、きっとマゼイルから聞いたのだろう。
首をやれやれ振って、どちらにしろ元気付けの為に言った女の言葉にガルドも短く笑った。
他の木があってこそその木は巨木であると言える。それらの慰めの一つであり、それらの存在は大切なのだとも老人は言っていたのだ。木が太陽や風、水と生きる様に、必要であるのは人には仲間であると言う事だ。
サバイバルで勝ち抜くために寄生する木もあれば、強者から力を奪いのし上がる人間もいる。他の木の為に木の幹を反らす巨木もいれば、蟻に種を運ば巨木の上に芽を葺かせ巨木の栄養を分ち、自らが巨木へとなって行く木もある。
大気に酸素を送った役目の老木は、倒れ他の地の芽に太陽を与えては、老木にも新しい芽を吹き栄養を吸い取り成長して行く木もある。
全てが人間にも当てはまる自然界の摂理だ。
自分がどの位置に服するのか、どういう結末を迎えるのかは人間の場合は自然的な森の計らいでは無い。自らが切り開くこだ。だからこそ、人の世界は自然の起源からかけ離れても心のサバイバルは心底に古よりのサバイバル本来の摂理を根付かせる。
必死になっているからガルドに付いていくのだ。本当は心底に心がある事等分かっているからだ。彼等がその彼に付いていくか、他の道を生かせるべきかは判断を下せなかった。怒りが強すぎ、彼等自身も巨大な怒りに賛同しているからだ。あの非常な男、デイズ=デスタントに。打ち負かすべく相手に。
だがそれは無謀に他ならないとも、分かっていた。老人の言う様に、人の結果は人でしか無い。それでもガルドは、まだ勇気を持つ事など出来なかった。
助手席に乗り込みクラシックサングラスを下げた。和風な琴の激しい旋律が、野太い尺八の演奏を乗せ、男の低い声が渋くジャズブルースを唄い、レキュードは発進し海の見える崖から鬱蒼とする木々の陰打つ中離れ去って行った。
林を抜け、揺れる木々の陰と街路灯の茶色のともし火が照らす海岸横の道路を曲に乗せ流し進んで行った。
木々にリンクし曲は渋く、野太く琴を高く鳴らせてはジプシーの舞を炎の先踊る女を見据える男の視線のブルースが激しく徐々に駆け巡る。炎の先乱舞する。激しく回り闇の中。ジプシーはカスタネットを鳴らし融合する。生命そのものの様に。
ステレオは徐々に曲調を変えていき、獣の様な毒々しい響きが陰り叫びを楽器で模したスクリームサウンドを深く鋭利に轟かせ、闇や木々を震撼させた。
美しい程の旋律になり……。
ガルドは項を着け目を閉じ、風を受け止め満天の空を見上げた。
充ちた夜空をしているが、風は艶の様に吹いているが、感慨深く物を考えるのは止め目を閉じた。曲にだけ集中した。木々の擦れる深い音。野太い闇音……。森林の曲に、ステレオサウンド……。
壮大なオーケストラをバックにハードロックが叩きつける様に咆哮を上げた。
闇 炎 暗黒 雄叫び
お前の身を浸蝕する恐怖は 影の内に隠されては
俺が広げた羽根に包まれろ
眼を閉じて安眠しろ
頭を垂れて
雄叫び 暗黒 炎 闇
炎…… 炎……
ヘッドライト先に、ボロ靴が現れた。細く長々とした脚が、よれよれのコートに続きあのジョンが道の遠く中心で、しけもくで更に悪臭を放つ煙草を親指と人差し指ではさみ、背を丸めて突っ立っている。
スキン女は口端を上げ牙を覗かせ、行く手を邪魔するのうのうとしたジョンをハイライトで照らし付け、スピードを上げアクセルを踏み込んだ。
彼のぎりぎりで激しい音を立て急停止し、ボブ女の背後のロエルタは舌を打ち、噛んだその舌をボブ女が振り向き微笑み舐めた。
「スピード違反でしょっぴくぞ」
ジョンの台詞をガルドが奪って、彼はジョンを剣呑と睨んだ。
「何の用だ」
「お前、先輩に向って何の用だって無いだろうダイモン=Gスポット=ゴールド」
「なーんーなーんーでーすかいっ、ーー体っ」
「探りによると闇市に変動が起きた。お前何をした」
「無礼止せよ。俺はもう足洗ったんだよ」
「やっぱお前絡んでたのか」
「絡んでねえ」
「お前の意見って奴聞きたくてなあ。どうこれからを読む」
「未成年に聞いてんじゃねえよ。手前で考えな」
ガルドは首をしゃくりスキン女は発進させ、ジョンの横を走り去って行った。
赤紫のテールライトが闇に乱雑に線を引き消えて行ったのを、ジョンは振り返り暗闇の中じっと睨み見据えていた。
今日の所はガルドは動かない方がいい。奴等に見張らせ、再び交番に報告に来させる。
4
ダイランは警察寮への道を歩いた。
リーイン工場地帯と二流階級エケノ地区の境目にある、ジーンストリート沿いのその寮は、以前100年以上前にリーデルライゾンの街中に立っていた監視塔の跡地に建てられた物だ。
各門扉に構えていた扉は、ザンジバル島ストーンタウン産の職人たちが彫る精工で圧巻させられる巨大な代物で実に立派だった。
70年前にオーストリアから移築されたこの警察寮は、洒落た古代建築は荘厳で、今でもそのザンジバルドアが以前のままの姿で用いられている。
闇の中、かすかなランタンの灯火を受け陰影つけては、夜闇では多少恐いものも感じる。燭台の中揺れる炎は2時間前に過ぎ去った夕陽の代わりをし、今はその部分のみ紅に染め上げ影を浮かせた。
その扉の中に入って行こうとした時だった。
ダイランは振り返り、でかい目をぱちぱちさせると口をつぐんだまま闇の中で何かが転がっているのを見つけた。
怪訝な顔をしその闇に近づき、それを窺っ
「うああっ」
それがいきなりうずくまって丸まり転がっていた状態からヌッと、起き上がってズッと間近でダイランを見下ろしたのだ。
ダイランはつい声を上げ尻餅をつき、その真っ黒の熊の様な人間を見上げた。
ボウボウの髪と髭に覆われ、壊れた丸サングラス顔、ズタボロでパンッパンに着込んだボロボロの服コート、丸めた背中、不気味にボウッとしたオーラ、ディアンとデイズ程はある2メートルの背丈、まるでそれは、冬眠を邪魔され起きた熊の様だった。彼はヌボホッと進み、ダイランの肩にガシッと手を掛けた。
「泊めてくれよおおお金ねえんだよおおぉぉぉぉぉ」
「ひいいっ!!去れ!!!」
ダイランは叫びこのでかい乞食浮浪者から走り離れ、寮の扉に中に逃げ入って背後から肩を掴まれた。
「ぎゃああっ!!!」
「お前何男が痴漢に遭ったみてえに叫んでやがる情けねえなあ」
「っびびらせるんじゃねえ!!!」
元は敏腕刑事だった寮の主人だった。
ダイランは躊躇いながらも恐る恐るまた外の様子を窺い見た。エメラルドの瞳が覗き、きょろきょろと動いた。
「なんだどうした」
「ディアンの糞っ垂れか……?んなわけねえか……」
「おい」
「浮浪者だるんぺん」
「なんだと?乞食にたかられたんじゃあたまらねえなあ」
寮主人は扉を開け放ち、ルシフェル=ガルドを猫のように怖がらせる浮浪者とやらを見に行った。どこにもいない。
「おいまだいるか」
「もういねえよ。逃げたんだろう」
「ああ、ったくざけやがって、俺にたかって来た」
「お前羽振り良いからなあ」
「良くねえよ」
ダイランはようやく息をついて、だるそうに階段を上がって行った。
彼が上がってくると同じ寮生の警官達は鋭く睨み、無言で彼の行動を見る様に警戒の視線を向け、その背を追って行く。寮の主人はもう一度異常が無いかを確認の後、扉を閉ざした。
ダイランが部屋を開けると随分とんでもない量の荷は片付いている。Ze-nとしてはガルドは世界各地に屋敷を持っているが、初めて持ったダイランの部屋は紫に浸蝕されていた。キッチンと簡易シャワールームを含めるワンルームは12畳程で、殆ど歩くスペースも無い程黒樹脂と紫アクリルのインテリア家具が所狭しと置かれている。大量の服、アクセサリー、レコード、用品、拷問女……、
「お、おお……、」
またもや拷問女が死体になっていた。彼女の肩を叩いて正気を取り戻させる。
「大分片付いたな」
女が頷きそうになったのを頭を持って押えた。
彼女は頭に、ダイランのインテリアのスワロフスキに埋め尽くされた王宮兵士西洋冑を被り、天辺から黒い馬尾が垂れ下がっていた。あの長々しい髪は邪魔だったのか、首にグルングルンに巻かれ、だがそれ以外はやはり黒バイソンの皮ビキニの上下だ。
拷問女に任せたセクシーでクールな紫と黒、ワインレッドに青の空間は完成されていた。赤紫の光りが充ち、紫ペンキで塗られた壁は寮主人には内緒だった。
彼女は骸骨の様な曲に乗り出し、まるで人間になったギターそのものの踊りをヒステリックに踊り出した。そして何かにガシャンと当たりぶっ飛んでまるで死んだかの様にそのままの体勢で目をカッと見開き停止した。
飛んできた黒スワロフスキにシルバー鋲でスカルを模らせたそのモリオンが煌き馬毛が艶を持って飛んだのを受け止め、ダイランはガタガタと震え女を引き起こした。人間が9割方沈むベッドに沈ませ黙らせておいた。
なんだかその濃い紫のくぼみからあの黒く艶掛かる髪だけ出ていて、それも病的だった……。
そのベッドは分厚い黒樹脂のカプセル型で、階段を上がりその紫クッションの切れ目に沈むとまるで包まれたかの様に安眠出来た。
ダイランは青く透明なアクリル丸角ブロックの敷き詰められた床にまたあのパピヨンドッグの糞が転がっているのを見つけ、溜息をついてトイレットペーパーで取るとシャワールームのトイレに流した。
シャワールームカーテンを開け、また顔を上げるとくぼみからあの手が出てきて爪を立てた。出たいのだろう。
出してやるとまたその真っ白の肌をワインレッドに染め上げ、ドナルドダックが癇癪を起こしたかの様な体勢で曲に乗り出していた。
キューブを6個段で重ねた棚に着けていたアクセサリーを置き、部屋のドアを開けた。
警官と目が合って、何事も無かったかの様にダイランは着替えを持って通路を歩いて行った。この寮は廃墟では許される物をシャワーを浴びに行くまでのマッパ行動を許されてはいないという壊滅的掟が定められていた。
何も知らずに女子もいる中を服を脱ぎ捨てながら欠伸を吐き出し歩いて行った昨日、食堂前で腕を組みだべっていた警官2人、禿げとチリチリ髪がダイランを怪訝そうに見て来て、その食堂から出た女の巡査3人がきゃあと叫んだ。
いきなりその禿げ筋肉に蹴り倒されて、銃口を頭に突きつけ取り押さえられると手錠を填められ、いわれの無い婦女猥褻行為で始末書を書かされたのだ。開放されると警棒でビシビシ叩かれながら通路に散らばった服を拾わされてひやかしで誰もが出てきていてうざかった。
またその禿げが通路壁にもたれて連れと会話をしていて、ダイランを剣呑とした目で睨め付けて来るから、一瞬目と歯を剥いて通り過ぎて行った。
「あれ。あれあんた!今日はセクシーなマッパ姿じゃないのね!」
そう初老の女巡査が言い、ダイランは肩を小突いて小笑いされるのをシカトし歩いて行った。
共同バスに来ると誰もがチンピラ上がりのダイランを睨み、それも無視して入って行った。専用シャンプーで髪を洗い長い串で複雑な髪を洗ってからロイヤルゼリーコラーゲン石鹸で顔体を洗い、広いがいつも熱めの湯船に入って常に毎日日替わりのエッセンシャルオイルをまた勝手に垂らした。甘いライムとミントの香りで、また勝手にやるから警官は頭をバシッと叩いたが別に文句は行ってこなく誰もが普通に入っていた。
ダイランは頭をさすりブツブツ言って、湯船の縁に頬と両腕を乗せてくーくー眠り始めた。
「おい。30分後には女の時間だ。まさか公然の覗き見かよ」
ダイランは完全に熟睡していた。背を蹴ろうが起きずに、他男達は一瞬瞬きし、顔を見合わせて驚いた。湯船に漬かっている筈が、墨だとかが入った出た背肩が冷たかったからだ。
「おい、まさか急性心筋梗塞でそのままぽっくりいっちまったんじゃねえのか?」
脈を確認する。
動いていないように思えるのだ。顔色を変えて救急車を呼ばせた。
ダイランが目を覚ますとそこは、霊安室だった。
「……。どこだここ……」
彼は起き上がり、その横で呆れ返った顔のマスターがいて、ダイランは彼を見上げた。
「ジジイ何だここ」
「霊安室だ馬鹿」
「はあ?!」
「どうせまたそこらへんで眠ってたんだろう。誤解されて迷惑掛けるから絶対に自分のベッド以外で眠るなって言ってるだろう。墓前止まりで済んで良かったなあ。どうしようもねえなあお前は」
「またかよん……」
警官達は首をやれやれ振って息を吐いた。マスターは知らせを受けてすぐに間違われたなと直感した。
普段は体温が通常よりとんでもなく高いが、彼は生後から眠ると急激に体温が低下していき、脈拍が恐ろしい程ゆっくりになる。まるで激しい行動時の活動体力を溜め込み冬眠をするかの様にだ。体温調整が上手く出来ない体になってしまったのだろうと医者も言っていた。赤子の時代に頭から冷たい河に落とされ、3度も続け様に心肺停止して体温を調整する脳の働きが変わってしまったのかもしれないと。だから年中彼は毛布に包まり眠っていた。行動時は体温が高いから冬の終わりになると熱くて大体上着は必要無いのだが。
「いいか?警官になってまで世話掛けるんじゃねえ」
ダイランは頷き、立ち上がるといきなりレオンが走って来て彼の首に抱きついた。
「あんた、死んだって本当?」
「巷は喜んで祝杯挙げてたか?」
「んん、極秘よ。あんたはそのキュートな顔が便器に嵌って窒息しそうになって運ばれた事になってる」
「誰だんな噂流してるのは」
「馬鹿ね。つまらない冗談にも気づかないのね」
「寝起きは頭がぼうっとするんだよ」
「あら。あたしの顔も?」
「お前綺麗だな」
霊安室で熱烈にじゃれあい出したのを警官が咳払いし、レオンは失礼、と微笑んだ。
「ねえダリー。心配したのよ。あたし、あんたが敵対する所の人間にやられたんじゃないかって怖かった」
「安心しよろ。俺が殺される様な魂か?」
「おい今度風呂場で転がってたらそのまま俺達が墓に直行させてやる。驚かせやがって」
「どれだけ大騒ぎになったと思ってるんだ?親父さん血相変えて駆け込んで来たんだぜ」
通路の先頭を歩いていたマスターは肩越しに振り返り眉肩を上げた。ダイランはそれを言われると唸ってレオンの腰を引き寄せた。
「お願いだから新転地でうまくやってくれダイラン。お前、妙な事にいつまでも足突っ込んで無いで先輩から学ぶべき事は多くあるんだぞ」
そう言いダイランの目を確認してから、警官とレオンに謝ってトラックに乗り込むと、手を振って帰って行った。
しばらく後でダイランはトラックが消えて行った方向から向き直った。何もマスターを心配させたくは無い。
男がダイランを見て呆れ返った顔で目を半開きにし腰に手を当てていた。
ダイランの隣りに入る警官で、ダイランが部屋で騒ぐ毎に黙れとばかりに壁をどんっと蹴って来る男だ。シルバーアンティークの聖母マリアのピアスを10個ずつジャラジャラつけたその警官がダイランの額に始末書をバンバン叩きつけた。
確かミシェルとかいう警官で、巡査では無く本署勤めの為、黒紺の上下に暗赤ネクタイの制服形態だ。
黒のボース頭にキャップを被っているのだが、剣呑とした下睫が長い鋭利な雰囲気のせいで、一癖ある鼻持なら無い顔つきは、正規の警官には到底見えはしない。
「ね。あんた達いいコンビ組めるんじゃない?ガブリエルにミカエルだなんて」
「おいくだらねえぞ」
「俺はミシェルだ。こんなルシフェル野郎と一緒にするなよキャンディー」
「キャン、リーよ。小娘みたいに呼ばないで。乗りなさいよダリー。寮まで送って行く」
レオンはバイクに跨り、ダイランはミシェルを伏せ目で睨み見下ろしてからバイクに乗り込み走り去って行った。
「ねえヘアスタイル、変えたんだ」
「どうだ?」
「すっごく似合う」
「ハノスの野郎、バリカン持ち出したりしてな」
「セクシーにボーズも似合うんじゃない?」
「駄目だ。風邪を引く」
「ハハ、なによそれ。格好いいじゃない。今度やりなさいよ」
「お前はクレオパトラの映画に出ろよ」
「嫌よ。あたしは生粋のアメリカ人よ。エジプトやフランスの血なんか入って無い。あんたがスキンになってピラミッド立てる時鞭持った兵士になるならやってあげる。砂漠って、嫌いなの」
「今度暇になったら休暇で行こうぜ砂漠」
「何でよ」
「お前の不貞腐れ顔見てみたいからだ」
「そんな顔しない」
「じゃあ笑え」
レオンは肩越しにようやく微笑み、ダイランの冷たい頬にキスをした。ダイランも彼女を包括し瞳を閉じ、暖かい体に腕を巻きつけた。レオンは彼の頬を撫で体温は眠気に奪われたまま、砂漠の灼熱でならようやく暖まるのだろうかと、不安になった……。
寮に帰ると主人がダイランを見て何度か頷いた。先程マスターが来て、無事を直接伝えに来たのだ。
「女連れ込む元気あるなら平気なわけだな」
ダイランは口端を上げ微笑み、レオンの肩を抱き階段を上がって行った。部屋に入るとそのままソファーに彼女の背を着け、スパイシーな髪を掻き上げキスして行った。
壁同様の赤紫の天井の上へと立ち上る煙の方向を、目で追いながらダイランは足をぶらつかせ、ソファーの背に肘を掛けた。レオンはうっすら瞳を開けて、うつぶせで巨大なクッションとダイランの足に沈んでいたのを腕を立て煙草を一本取った。
だるそうに起き上がり髪を片方に煙を吐き、肌を紅紫に染め上げ気だるくゆっくり瞬きした。
蠍の様な女に思えた。何がと言うわけでは無いが、砂漠を嫌う女は毒を持った蠍、そう思えた。
5
朝が来た。ガルドは制服に着替えクラシックを掛け、寮の前で適当にぶらついていた。
「よお」
声にガルドは振り返り、煙草を吐き捨て隣りの部屋の警官を見た。
「昨日は悪かったな」
「そういやあ、その言葉まだ聞いてなかったな」
ガルドの制服の胸ポケットから飛び出した煙草を抜き取り、ガルドは肩をすくめジッポーで火を着けパチンと蓋を振り消した。
「お前、何企んでる?」
「企み?」
「警官になってまで仲間に何探らせてる」
「はっ、何が言いてえんだ」
「そのままだ」
ガルドは口端を下げミシェルの目を静かに睨め付け、サングラスを外し目を開いた。ミシェルはその目を鋭く見据えた。
「俺に何が出来るって言う」
「DDに敵対してると周囲に思わせて、本当は奴と組んでお前が警察の動向窺い易くしてるんだろう」
「殺すぞ」
「上等じゃねえか」
DDの仲間と言われたとき、一気に顔が険しくなり目が殺気立った。
「お前自身がして来た事とどう大差あるって言うんだ?お前等同類なんだよ。ここは薬狂いでごろつきの掃き溜めじゃねえ。いつまでも狂悪犯風情が警官気取っていられると思うなよ」
「……俺がなんだと?」
「何度だって言ってやろうじゃねえかちんぴら野郎。阿婆擦れの息子は母親の顔知らなかろうが結局は阿婆擦れの息子だって事だ。お前は屑で最低で最悪の下衆野郎なんだよ」
ガルドは目を細めミシェルを見下ろし、その頬を手の甲で打ち払った。地面にケツを付き血が出た口を拭ってミシェルはキャップ影から覗く瞳を睨み見上げた。
「俺の親父の惚れた女だ。おふくろは阿婆擦れなんかじゃねえ」
そう、思った以上に感情の昂ぶった声で言うと踵を返し、禿げにぶつかり「気をつけろ!!」とがなって歩いて行った。
「ちっ、朝っぱらから何気が立ってやがるあの糞ガキ……」
レオンは工場地帯の『部屋』で伸びをし、紫煙を避けるように髪を片方に流すと、ボディースーツの革を装着する。綺麗でグラマラスなケツを包む黒のTバックを隠し腕に通し、ブラを填めない胸元を開けファスナーを引き上げた。ロングブーツを引き履くとドラム缶から立ち上がり、腰にガンホルダーのベルトを締める。
彼女は今は倒産してがらんどうになった中に住んでいる。鉄の階段を上がった工場内を見下ろせる社長室が彼女のプライベートルームだった。
ポンプをプッシュし香水を身に纏い、革のロンググローブを引き上げると髪を両手で掻き上げ、透明に近い一部のトタン屋根から差し込む朝陽を閉じた目で仰ぎ、鋭い口元を微笑ませた。
琥珀色の瞳を開き、ゴールド掛かるダークハニーブラウンの髪をふわっと背後に頭を振り流した。
野性的な黄金のオーラを持つ彼女は、山猫の様な引き締まった顔立ちで、メイクをすればどんな手法でもクレオパトラだとかファラオの様な顔つきになる。
鋭くもエキゾチックで、妖美麗秀な顔立ちだという事だ。
細い指手にキーを回し収め、バイクに長い足を掲げ跨ると一気にエンジンをふかせ工場を後にした。
ガルドを迎えに警察寮へ向う。
広いジーン通りを走らせて行くと、パトカーが彼女の横に停まりミシェルが腕と顔を出した。
「レオン」
「ハイ、ミシェル」
「あの野郎に言っておけよ」
「何をよ」
「警官でいてえなら態度改めろってな。あんな野郎と付き合ってたらろくな事ねえ。何企んでお前に近づいてるか知らねえが、借りにも悪魔って呼ばれてる男だぜ。そんな奴に魂売る様な真似はやめろ」
「余計な世話よ」
「おいレオン、待てよ。お前正気失ってるのか?危険だって言ってるんだろうが。もし奴に填められたって気づこうが俺は拾わねえぞ」
「結構よ」
「待てって」
「その手を離して」
ミシェルは窓からそのまま身を乗り出し窓枠に乗って彼女にキスをした。思い切りビンタされミシェルは舌を打ち痰を吐き捨てた。
「心配してあげてるんじゃねえか。あの野郎の稀に覗かせる天使面に騙されてるだけだ」
「じゃあ、あんたもあたしを言葉で誘惑して来ないでよ」
「奴は悪党だろうが。ルシフェル野郎が警官だと?誰だって警戒してる。それともお前も身近で探ってるって言うのか?お前も少年課だしなあ。出世の為に手前の男売って警察に突き出せば警部補へ昇進だぜ」
「黙りなさいよ。あんたのそういう説教臭い所って昔から変らない」
「ルール違反だからだ」
「あんたのルールなんか糞食らえよ。いつもあんたはあたしに自分のルールを押し付けて来ようとする。いつでもあたしを拘束したがる」
「いつしたよ」
「付き合ってた時よ。あんたはそうは思わなくてもあたしは」
「ガキみてえな事言ってるんじゃねえ。モラルはモラルだろうが、え?それをお前はうざがって常識も意見も一緒くたにしてる様だが今はお前自身の問題なんだぜ。奴とは別れろ」
「あんたの言葉なんか聞かない」
「泣きを見る」
「上等よ」
「お前いつからそんなに強くなった。強がってるだけでいい気になるなよ。それで渡り歩ける程あいつは生易しくない」
「何故よ。何故そんな決め付け聞かせて来るわけ?」
「女ってのは馬鹿なのか?」
「ええあたしが単に馬鹿なだけなんでしょうね」
「……勝手にしろ!」
ミシェルは両手をバッと広げ、ハッと息を吐き発進して行った。好きなだけ利用でもなんでもされてろと。あのデスタントの所のキースやミシェルの様にはあの男は我が侭なレオンを女として可愛がらない筈だ。可愛がると見せ付けて刑事のレオンを利用し尽くそうだなんて見え透いているという物を。
レオンはパトカーの背を睨み見上げ、ふんと顔を反らしバイクを走らせて行った。
その背をフロントミラーの中睨み見て、ミシェルは溜息を吐き捨て進めさせて行った。
6
蛇女は常の迫力あるマッパでは駄目だときつく言われ、黒革ランジェリーTバックにロンググローブと編み上げブーツの上に黒革のガウンを羽織り、それをなびかせ歩き警官を睨み見た。
ガルドに引き継ぎ、ストリップバーFavroffオーナーを勤めていたのだが、警察に営業停止を言い渡されたのはあのジョンの告発による仕業だった。
未成年者だったガルドが偽IDの無免許で経営に携わっていた事が明らかにされたからだ。
蛇女は店舗のテナントを閉め、刑事達の腕をバッと払い歯と目を見開き威嚇し、颯爽と歩いて行った。
ライオン(アギ)と黒豹は没収され、猛獣園の手続きが取れない為にリーデルライゾンのエリッサ署拘置所に一次預けることになった。
ガルドは首を鳴らしでかい欠伸をし、朝日にドロドロに溶かされながら暇な監視を始めていた。前に手を組み片足に重心を掛け、ぼうっとしていた。
5丁目交番は暇だ。歴代切っての暇さだった。一台位は違反しろよと思いながらも道路を半分閉じた目で見回し、800メートル先の交差点、大通り(バートスクストリート)の方向を見た。
その道路を半分眠った顔目で見ていて、黒と黄色の何かが走っている。
「?」
ガルドは2匹の獣に突っ込まれド派手に吹っ飛んだ。
地面に後頭部を打って顔を上げ、ホワイトブロンドのコーンロイと黒のドレッドを擦り巨漢がライフルを持ち出したのを乱暴に奪い取った。
「俺のペットだ」
「何?」
「本当よ。アギとヴェレって言うの」
すぐに急カーブした搬送車が追いつき麻酔銃を構え、ガルドを狙った。
「っておい!!俺はお前等と同じヒトだ!」
「お前も乗り込め」
「何の真似だ」
「お前の店は押収された」
「あ?俺の何だと?」
「お前は正式な許可なしにストリップを経営していた」
「んだそりゃあ。お前等馬鹿じゃねえの?」
「J-オースティン内でだ」
「俺の行動範囲じゃねえ」
「嘘はこれ以上はいい。いかなる言動もここじゃあ受け付けない」
ガルドは背後から手錠を填められると獣と一緒に檻に蹴り込まれ、搬送車はそのまま走り去って行った。
署に到着したガルドは警官に首に猛獣用鉄製首輪と長い鎖つきの鉄猿轡を噛まされそうになったのをドンッとどつき倒し、痰を吐き捨て飛び降りたが咄嗟の事で踏み台を踏み外し護送車荷台に再び倒れ込んだ。2匹が顔をぺろぺろ舐めて来るのを足で払った。
ハノスがいつもの様に肩にスーツを掛け中で腕を組み、目の前に立っては冷たい目で倒れた彼を下目で見下ろしていたからだ。
「ガルド巡査。君がその獣を捕獲し搬送して来たのかね。また一つ手柄を立てた様だな」
ガルドの手錠を見て分っているくせにわざとカードのキングの言葉を真似てそう、皮肉そうに涼しい笑みを作ったが、ガルドを目を細め見据えた。
まるで罪を諌める神の様だ。
「その髪型は改めたと言うのか」
「ああ。随分とな」
そう顔を睨んで署内に進んで行った。ハノスはずっと彼の背をまるで睨むかのように恐い顔で見ていた。
ライオンと黒豹は檻には全く入らずに大暴れを始め、雄叫びを上げ轟かせ搬送車にガンガン突っ込んでは警官達に噛み付かんばかりの険しい顔で牙を剥け吠えていた。
きっと不安で仕方が無いのだろう。ガルドが戻ってくるとキュンキュン言って頭を擦り寄らせ、機関銃を構える奴等を睨んで2匹を大人しくさせ、鎖を引き歩いて行った。一気に大人しくなり、その横を並んで歩いて行った。
署内はざわつき、黒豹にちょっかい出そうとする若い刑事達を黒豹は睨め付けクンと顔を反らしのっそり進んで行った。あのガキとんでも無い物ペットにしてやがると2匹を見ていた。
「ねえガルド巡査。可愛い。なんていうの?何才?」
ガルドは振り返り艶っぽく交通課の女刑事、美人でスレンダーなラニールに微笑んだ。
「ダイラン、19歳」
「フフ。分かってる」
そう微笑み、ガルドは背を白い目をした警官にどつかれ歯を剥き、ラニールには微笑み歩いて行った。
ラニールは微笑し、他の男の刑事達はなんともつかない顔で彼女の背を見て肩をおどけさせた。
ガルドは証拠として、持ち出し厳禁の筈のカメラ映像を見せられた。
「俺じゃねえ。顔が違う」
「同じように顔に墨付け用意させようか?」
机に乗るガルドの足を払い落とし制服の襟を引っ張りうなじを押さえ込むと肩に入ったタトゥーの位置と絵柄を見た。
寸前に留めていた顔は机に叩きつけられ肩越しに睨み見上げた。
「ちっ、離せよ働いてただけじゃねえか」
「この内容は営業可能範囲じゃ無い犯罪行為だ。この筆跡もお前の物だろう」
「どこが俺の字なんだよ」
「どんな字にも穴はあるものなんだよ。NからSに掛かる筆記体。この部分には機械でなら読み取れる癖がある。このどれもがそうだ。始末書もな」
「経理の計算だけで決め付けるなよ」
「脅したらブロンドのヒッツメ女が喋ったぞ。オーナーはお前で全プロデュースも調教もお前がやってたってな」
「脅されたから適当言っただけだろう。あの女俺を嫌ってたからな」
「いいや大切な証言者だ。それにこのギャラリーの異常な興奮は何だ」
「んな物客の勝手じゃねえか」
「何か薬を分け与えてたんだろう」
「知るか。天然でラリッてんじゃねえの?外でキメて来ようが取り締まれる範囲じゃねえんだぜ」
「お前の本当の顔を出せ」
「俺の売りは表裏ねえ所なんだよ」
「お前、こういう身分持ってるらしいじゃねえか。金融界の裏立てするブラックシープだってな。なあファッキンルシフェル」
「金融だと?」
「そういう噂が俺の所に流れて来たぞ。そいつの手に掛かれば金融立て直しから組換えから何に至るまで裏から操作していくらでもリスクを排除し回り潤す技を熟知しているってなあ。刃向かえば容赦無く切り捨てる」
ジョンの野郎だ。
「お前馬鹿じゃねえの?俺は一ちんぴらのダイラン19歳だぜ」
「関係無い」
「無い事実にどう覚えがあるってんだよ」
「この2匹はこの映像が事実なら処分されるぞ」
「おい何言ってやがる」
「当然だ」
「性交してただけじゃねえか。人間なんか食ってねえ」
「それが問題なんだよ。お前は警官になる為に何を学んで来たんだ。十戒の内容すら知らないのか」
「俺は無神論者だ。そんな物知らねえんだよ」
認めた事にガルドは舌を打って壁を睨め付けた。
「じゃあ経営はどうだ?」
「俺じゃねえ」
「その一点張りじゃあなあ」
「俺に濡れ衣着せてるんじゃねえよ」
「本当にお前がこの店の経営者なのだとしたら確かにこんな見破るのに困難な脱税を思いつくとしたら、警官なんか似合わないんじゃないのか?」
「だから、俺じゃねえ」
「お前、キャリア組試験に主席で合格したらしいじゃねえか」
「知らねえよ」
キャリア組だと?何のことなのか分からなかった。ガルドは普通出世コースで申請したのだ。
「お前に言っておくが、余りにそのままの知識を不用意に出す様だと馬鹿の皮が剥がれて俺達を無能者としては騙せなくなるぞ。この脱税帳簿がいい証拠だ。白状しろ。DDと何を手を組んでいる」
「だから、知らねえし組んでねえ」
「奴の所の経理に任せていたんじゃないのか?」
「そんな事オーナーにでも聞けよ」
「お前だろうオーナーは」
「俺じゃねえ」
「じゃあ誰だ」
「そろそろ何も出てこねえ俺を解放して、そのタコの所の経理でも引っ張って来ればいいじゃねえか。それとも何か?デイズの糞ッ垂れ俺が聞き出すために買って出てやろうか。刑事にしろよ俺の事」
「誰からお前給料貰ってた」
「俺が計算して出してただけだ」
「それも経理の役目だろう」
「違うな。そんな物オーナーや経理じゃ無くても出来る」
「じゃあお前は会計経理兼マネージャーだった事になる」
「だたのダンサーだ」
「経理者は」
「顔見せなかったから知らねえよ」
「誰が店作ってお前いつからいた」
「覚えてねえ」
「それで済まされると思ってるのか?」
「薬でラリッてる時期に適当に入ったからだ」
「それで罪逃れできるわけが無いだろう。お前はどうしようもないなあ」
「馬鹿で頭働かないもんでね」
「頭悪い奴は指摘されると怒るんだよ」
「じゃあ怒って嬲り殺してやろうか。証拠無いならこれ以上やめろよ。新人苛めだぜ」
確かに確固とした証拠が挙がらないのだ。オーナーだったという証明書は蛇女の物だけで、偽のIDは既に3年前に行方不明になっていた人間の物だった事が分かったくらいで、ガルドがオーナーを務めていたという目下の話は、蛇女が身分も無いガルドに名前だけ借りて保証人をやらせていたと証言するのみだ。店の経営なんて実際問題は適当な名前借りだけの形のみで済まされる事も多いのも実情だ。それが薬中や適当な人間なら適当に罪を被せられ切り捨て易く、脳無い名だけの経営者から利益だけかっさらえるのだから。そんな物はガルドの入知恵に他ならない事など分かっている。
第一、ダンサー自体の身分などいちいち店側は調べないし、ああいう界隈上身分不明なんか五万といると蛇女は一点張りだ。
このデカが、1年前から買収されたというDDの所の経理の人間の正体をおびき出すために縄を張っていた所、ジョンから店の話を聞いたのだ。ジョンはその後もガルドの店を調べていて、その税金に着目していた。
このデカはDDに詳しいガルドを引っ張ったつもりが、調べる毎にどんどん怪しくなって来ていた。ガルドが店に関わってきただろう位置関係が不振になって来たのだ。中にはDDが関わっている筈だから詳しく聞き出せと言うが、彼にはどうしてもガルド自身が全てに関してのオーナーにしか思えない。
その上ガルドを張って来た刑事ジョンが秘守義務で守られてきた捜査内容、ガルドの裏の顔についてを言って来たとなれば確実だ。信憑性も無かった金融界を仕切る男の話だ。
この男を逮捕し身動きを取れなくし、何を警察署で探っているのかを調べなければ。様子を見る為に泳がせておくには、この組織内では危険だ。だから上の言葉を彼は反対していた。どんな手を使ってでも刑務所から出られない様にするべきだ。
だがそれには一人監視している人間がいる為に難しい。ハノス=カトマイヤー警部だ。
彼が最近戻って来てからは、ガルドがこちら側からの無駄な攻撃や組織内弾圧を受けられない様に刑事達を見張っている。彼が署長に取り合い、ガルドの様子を窺うようにいい始めたのだ。その真意は不明だった。
刑事にはカトマイヤー警部が仲間内からガルドを保護しているようにしか見えなかった。
結局はガルドは証拠不十分の為開放された。
だが、2匹の処分は決定の方向に決まったとだけガルドに言った。
「お前病院で検査受けて来い」
「は?」
「感染症の恐れがある」
「ねえよんなもん」
「キャンリー刑事は知っているのか?動物寄生虫どころかHIVにも感染しているかもしれないだろう」
「俺はしっかり警官になる前に義務付けられた事前身体精密検査を大学病院で受けて人間ドッグの書類を提出したんだよ」
「お前を含むダンサー4名の再検査を要請しておいた。向え」
「勝手にしろ」
神経質なガルドの性質上、Favroffは完全悪性無菌状態を保たれている。調べ様が何も出てきはしない。
既に署のエントランスロビーには、ヤサで叩き起こされ連れてこられた2人のストリッパー、皮の短パンに黒ローブのゲイと金色Tバックにラビット毛皮ジャケットのヒッツメがいて、機嫌悪そうにベンチに座らされていた。
彼等が革靴の音に振り返り、警官姿のガルドを見ると言葉をなくし瞬きした。
しょっぱなから始末悪い2人を見てガルドは大きく眉をおどけ微笑み上げてから、一瞬身を回転させたのを糞っと悪態をつき、腰に手を当て身を返し、2人を見た。下手な反応をこいつ等が見せたらマズイ。
「なんだよその格好……」
「どうだ?」
「まさかコスプレ……?」
「違うな」
「巡査に成りすまして捕まったのかよ」
「気が違ってるだろう」
「ぶっとんでるぞ……」
「事実だが」
「何故!」
「やぼな事聞くんじゃねえよ」
完全にいつものガルドの雰囲気と口調では無く、一般ちんぴらの雰囲気を出していた為に、ただのストリッパーダンサー仲間であるという気楽な感じだった。警官になった身分上、下手を言われるのはまずいのだろうと2人も思って、口を閉ざしてとんでもない事をしでかしているガルドの姿を目を丸くして見た。見るからに粗野な悪徳警官にしか見えない。
何の企てなんだ。麻薬取締り班に入って薬の横領か。
「アギとヴェレが処分の方向に決まった」
そう言ったガルドの顔は外見からは分からない物の、憐れなほど事実落ち込んで思えた。普段感情を上下させる事を嫌い、弱点を掴ませない様にしているという物を、かなり気落ちしているのだろう。
彼がチビの時代から可愛がっていて、昼はパイロットをしていた親父の変りに面倒を見ていたマスターに連れられ、あしげく猛獣園に向っては彼が赤ちゃんの2匹に名前を2才の舌足らずな口調で大層可愛がり、鯵とカレイと名付けたのだから。
その頃見ていた世界戦闘機や世界地図、戦車や世界の職業図鑑に加えて見ていた世界の魚図鑑の魚の名称を、何故黒豹とライオン相手につけたのか知らないが、その頃から感覚が可笑しかったのだろう。そして自分では鯵とカレイと言っていたつもりバリバリだ。
鋭い視線で署内を見ていて、かなり苛付いて思える。きっと何か不可解なことがあって怒りを押えているのだろう。
完全にガルドはハノス=カトマイヤーの存在を今不振がっていた。
7
3人はパトカーに乗せられ、行政機関の集まったエリッサ地区内の大学病院に向わされた。
珍しく何かを着ている蛇女は不機嫌に腕と足を組み髪を掻き上げた。
ガルドが検査室から出てくるとその彼を不振そうに振り返り見上げた。
「ねえダリー。あんた、何目を付けられてるのよ。まさかあたし達に内緒にしている事でもあるんじゃないの?」
「そんな物はねえ」
「カトマイヤーってFBI出の人間なんでしょう?そんな所の人間が何故強盗だとかやらかすだけのあたし達や特にあんたに目をつけるのよ。政府関連の何かが絡んでるからなんじゃないの?」
「俺だって分からねえから苛立ってるんだろうが。俺をあの野郎誰かと間違えやがった」
「え?」
「その事に付いてあいつは何かを探ってる」
「何をよ」
まさか、レガントの事か……?
「考えたって思いあたらねえ」
「あんた兄さんは?」
「いねえ」
「リサって子みたいに本当はあんたの母さん、他にも産んでたんじゃない?」
「知らねえよおふくろの事なんか」
そう目を吊り上げ言った。薄情な女。あんなにいい奴だって親父を捨てた女。レガントから逃げて匿ったマスターの恩も忘れて消えた女。自分を捨てた女。
彼女を嫌いだった時期も確かにあった。それでもいつかはその共に逃げた男にも捨てられ自分に会いに来てくれる日が来るんじゃないか、息子である自分に会いたくなって会いに来てくれるんじゃ無いか。ぼろぼろにやつれていても、顔をボコボコにされ男から逃げて来たのと泣いていても、自分なら絶対にそれが自分を産んだ母親だと分かる筈だと思っていた時期だ。
捨てた息子に悟られない為に顔をボコボコにして会いに来てもそれが自分の母親だと見破れる自信があると思っていた時期。だが、ただの一度も彼女は彼の前に姿など見せに来た事など無かった。
やはり、自分の事を忘れた薄情な女だったのだと悔しくて仕方が無かった時期だ。ここでしっかり生き続けているのに。
それが少しは変ったのはいい子のリサの存在が現れたからだった。
あんなに性格がいいリサの母親であって、そのリサから母親がその時代病気で仕方が無く親子の下を離れなければならなかったのだと聞き、遂にリサの事も育てることが出来なくなったと、身寄りを失ったリサが言った為だった。彼女の病気でリサの父親は失踪し、母親はリサを他のしっかり育てられる場所に預けるほか無くなった。そう彼女は言って来た。
本当は離れ離れになりたくて離れ離れになったわけじゃなんかじゃ無かったのだという、母親としてのその心を分ってあげて欲しいとリサは泣きながら言った。
決して最低な女なんかじゃ無かったのだと。
ガルドは息を吐き捨て鋭い目を壁に這わせた。
「カトマイヤーの野郎は怪しい。それは確かだ」
「そのようね。敵に回しても大丈夫な所なの?」
「経歴見るからに、随分厄介な性格の持ち主から来る経歴なのは間違いねえ」
そんな人間にレガントを探られたのでは下手な事を知られる。ハノスが門外不出の事実を知る筈も無いからハノス自身も不振がっているんだろう。だがそれはガルド自身も同じ事だ。彼にもレガントは謎に包まれたヴェールの先の世界なのだから。
蛇女は首を振って背もたれに腕を掛けため息を吐いた。
ハノスがリーデルライゾンに戻った理由はFBI捜査官主任としての任務に他ならない。これから新設される予定のあるチームをFBI末端としてエリッサ署に立ち上げ、その影でハノスが独自に長年のある捜査を本格的に行う為だが、それは極秘任務だった。
結局は結果は全て問題無しと出て、異常は見られなかった。
ゲイは多少栄養失調、蛇女は健康体、ヒッツメはハウスダスト症候群、ガルドは異常に平均体温が高い事が変らないという事位だ。
8
眼帯男は冷めた鷹目で肩越しにバッファロー顔の男を見下ろし一言二言交わし、寂れた黒灰の裏路地をリムジンに乗り込みドライバーに進めさせた。
1年前の人権オークションでガルドから役割を任されDDの様子を窺っていた人間だ。
眼帯鷹目は腕を伸ばし車内電話を手に取った。
Ze-nはアームに手を乗せると、受話器を手にした。
「近々ケープタウンへ向え。ある一人の女と会ってもらう。その女に今のデスタントの闇市場での動向を話せ」
「場所は」
「ケヌ・バロックホテル1105室」
「分った」
「デスタントファミリーの様子はどうだ」
「ファミリーを形成したことで大きく躍進し始めた。ダボールの話ではマンモス街に進出するための行動を移し始める様だ。今造船した船を奪ったデスタント側は、輸送船を起動し始める事も間近だと言われている」
「それをマンモス街のギャングファミリーと手を結び共同で推し進め様というのか」
「そうだ」
「それを皮切りに輸送船の寄航場の街ギャングと徐々に手を組んで行く筈だ。用心しろ。それで」
「ああ。まだどのファミリーと契約を結ぶつもりでいるかは不明だ。選定される日は近い筈だ」
「そうか」
「私が向う事になるのは3日後になる」
「向わせる」
「その時に、あんたが使っているガルドという青年を連れて行っても構わないか。ボディーガードにする」
「ガルド?」
「ゼグ・ネオと名乗っている男だ。あんたが街を張らせていると聞いた」
「その必要は無い。あのガキはこちら側の何でも屋として今他の任務を与えている」
「あの青年は警官になった」
「情報を集めさせているだけだ」
「あの男はまともとは思えないが、それもあんたの指示か」
「ああ。放っておけ。下手をする様ならこちら側で始末させる」
Ze-nは通信を切り、立ち上がり屋外から出た。
眼帯鷹目は受話器を置き、バッファロー男はその横顔を見た。
「ボスは何と言って来ている」
「新しい仕事の話か、俺を始末する為に向わせるんだろう」
「向うつもりか」
「ふ、ようやく姿を見せなかったボス側の手駒を見れるという物だ。むざむざ殺されんよ」
「きっとデスタントが新規契約をこれから結んで行く相手にはボスの関わるギャングも引っかかる筈だ」
「それを見越すための査定だとすれば、まず今の所海外進出は考えに入れていないデスタント側の動向を窺わせ続けるに留まる筈だ」
ガルドがバイクのある場所に向かいリーイン地区のジーンストリートを歩いていた。
「ネオだ」
バッファロー男がそう言い、眼帯鷹目は目を細め、遠くを歩くベージュと焦げ茶の巡査制服の背を見た。
「相変わらず目立つ男だな」
辺りには誰もいない。
「引き入れろ」
ガルドは振り返り微笑し、横に停まったリムジンに颯爽と乗り込んで2人の向かい合わせの座席に座った。
「よう。調子はどうだ?」
「普通だ」
「今からどこ行くんだ?」
「マンモス街に向う」
「へえ」
ガルドは片足を曲げ背後のボックスをあけ猫の様に漁り始めていた。餌を見つけるとパクパク食べ始めた。
「俺はそろそろ勤務時間も終了する所だ。着いて行っていいんだろう?」
「構わない」。ボスは何と言っている」
「さあ。最近連絡ねえから何の動きも無く暇な時なんじゃねえの?」
青年には適当がいつも浸蝕していた。Ze-nとの橋立てもいまいち適当だ。だが、そうと見ると体の一部を失う羽目になる。
「警察の様子はどうだ。デズタントを探っているんだろう」
チーズに変って林檎を食い始めた。種まで3口で終わらせた。
「今に、ドルク=ラングラーって刑事がお上に捜査チームを編成させる筈だ。署内動向も緊迫し始めたからな」
「お前がそれに加われる時期は随分先そうだな。いつまでも5丁目交番にいても意味が無い」
「ああ。だからお前等に探らせてるんだろう」
ガルドの横にはワイン、葡萄、チョコレート、2個の林檎、ローストチキン、サラダが山積みだ。ローストチキンを千切り始めていた。
バッファロー男は呆れ返って首を振った。
「DDに向わせてる会計経理は何て言ってる」
「ダボールによれば、デスタントの経営は恐ろしい事にかなり上向きへ向っている様だ。先を見てこの1年でどれ程のギャングと手を結ぶ手腕を見せるか」
「ったく、あのタコ仕方がねえなあ。ボスの邪魔しやがって」
全てを飲み込み新たな餌を見つけるとスターエメラルドの様な目がぴかりと光った。陶器の蓋を開けそのキャンディーを食い始め10個をでかい口に放ってガリガリ噛み始めた。キャンディーがキャンディーであるという目下の名称は彼からしたらキャットフードの様にバリバリ飲み込まれて行く。
最後には陶器を逆さにして口にザッといれて、飲み込んだ。
「それで、お前を張っているデカはどうなってる」
「あの野郎はちょこまかと俺をストーキングしてんのさ。ダボールを張ってるんだろう。俺の店が消された」
「手を抜いたのか?」
「さあ。蛇女が隙見せたのかもな」
あくまでガルドは彼等には、警察関係が着目するだろうデスタント事と、ドルク=ラングラーが捜査を進め様が出て来ないはずのリカーの存在については言わなかった。
自分の存在でデイズはリカーに脅迫を掛けている事は分かっていた。自分がいる以上、……ガルドはサイドのチェストからそのままのパイナップルを見つけると銀製のフルーツナイフで硬い皮をクルクルむき始めた。デイズはリカーから権利を剥奪し続ける。リカーも共に直接的に自分には手を下さない今の状況では、デイズに地主として従わざるを得なくなっているのが現状でもあった。それを充分ガルドは分かっていた。利用される方が悪いのだ。地主なんかに生まれて悪運だったもんだなと、ガルドは可笑しそうに笑って、葉の部分を持ち、がっつき始めた。
「全く」
眼帯鷹目はいい加減首を振ってスカーフを投げ渡しガルドは片胡座に敷いてバリバリ食べつづけている。果汁をぺろりと舐めてから、顔を仰け反って葉まで食おうとしたからとラッシュボックスを掲げた。ガルドはそれにボンッと入れた。
「はい」
パイナップルだらけのスカーフを返して来たからそれにもとラッシュボックスを向け、ガルドは肩をすくめて投げ入れた。
ガルドは腕を預ける背後に軽く手を掲げ、アヴァンゾンに差し掛かったショップ横で停車したリムジンから降りて行った。私服を買ってきて座席に放り、制服から着替えるとボディーピアスを填め始めた。
「実は、鞭女の姉共に一つ仕事を任せてる」
「どういった内容で」
「一人調べ上げる人間があるんだが、FBIに詳しかったブルドックの知り合いいただろう」
「ああ。NYに拠点を置いている」
「話つけておけ。会いに行く」
ブルドックというのは人権オークションでデイズが買った人間の一人で、既にこの世にはいなかった。
いつでもガルドは人間の名称を見た時の印象で勝手に何々女、何々男と名付け呼んでいた。わざわざ名前を覚えるのも面倒くさいしある程度本名を控えなければならない身分の人間も関わっているというもので、相手側や敵側にもその人物を知られる事も無い暗号、コードネームの様な物にもなる。
第一、ジャー=レムやジェレー=ネラという名は区切りも面倒でレムのムで下唇を噛む。だから勝手にジャーレミ、ジェレアネルと変えて呼んでもいた。名前を聞いた時は常に他の事、その相手についての情報、考え、役割、自分に関わる事への利益、接触してきた理由や企てについて頭をフルに働かせていて、毎回聞き逃し「なんだって?」と聞き返してもいた。大して聞き返したくせに覚えようともしないのだから。
あんなに行きたがったという物を、ガルドはJ-オースティン付近に差し掛かると気紛れを起こしてここで降ろせと言った。
「じゃあな」
眼帯鷹目もバッファロー男も呆れ返って腹を充たすために乗ってきて食い散らかして行っただけのガルドの背を見てから首を振り、リムジンを進めさせた。
ガルドは鞭女の姉に連絡を入れた。
「ハノス=カトマイヤーについてを?」
「そうだ。この街にいた時代の記録だけで構わねえ。それと、この街の地主との事だ」
「あのレガントについてを調べるって、デズタントに関わる事を探るのね?」
「その事はお前等は調べなくて良い。危険だ。レガント自体の事だ」
「何故よ」
「何か裏がある筈だ」
「分かったわ。できるだけ」
「頼む」
「あんた、大丈夫なの?」
「問題ねえ」
「今あんたは自らを一番危険な場所に身を置いているんだから、充分気をつけなさい」
「ああ」
「いつでも首になったら戻って来なさい。奴等をおとしめる方法は幾らでもある筈だから」
鞭女の姉はそう言うと調べを開始した。彼女がレガントを、鞭女がカトマイヤーについてだ。ガルドは何故ハノスがFBIから派遣されてきたのかだ。
噂では警察署内でのGメンだと囁かれているが、それだけとは到底思えない。少なからず、政府的に闇の中のレガントの事が関わっている筈。
「カトマイヤー?それって、だーれだ」
「警察官よ」
「そんなのご免」
「顔知ってるけど、ダンディーなおじ様よ」
「本当?じゃあ、調べるしかない」
嬉しそうにしなり口元を微笑ませ色っぽい唇を舐めた。カトマイヤーという名でエリッサ署の情報を開いた。
「素敵」
「街を出た22以前の情報を集めて欲しいのよ」
「オーケイ」
9
ガルドはふっと体が浮き、唖然としたまま拉致られた。
「っだよ!!」
ハノスに掴まれた首根っこをバッと払い、冷たい視線の市長と新任の署長とハノスを睨み見上げ、リムジンの中心に尻餅ついていたのを付いていたのを市長をドンッとどつき退けてその場に座り、市長は苦虫を噛み潰した様な顔で座席を移動させた。
前、マーズの葬儀で彼女の父親の市長に追い出されては裁判を起こされそうになったからガルドは憮然としていた。
「どこに行く」
3人は答えなかった。リムジンはそのままアヴァンゾン・ラーティカの高級料理店へ吸い込まれていった。シェフはシャトーで38年間グランシェフを務めてきた一流で、社交界の場でも上品共に素晴らしいに尽きるとの定評だ。
ガルドはその日、何故だか嫌な思いに立たされなければならなかった。
窓の無い洒落た個室の中、一つのダイニングテーブルを囲い、目の前には市長が座っていた。右に就任したばかりの署長が座っていた。左にハノスが座っていた。
ガルドはうんざりして口と目を半開きにナイフとフォークを構えていた。
「俺腹一杯なんだけど」
「関係無い」
「なんだとーう」
ガルドは背後から良い香りがしてきたのを背後の観音扉を振り返った。スープが置かれ、彼はそれを見下ろし意地でもフォークですくい飲んではナイフで掻き寄せて最後には皿を傾けがっつくように飲んだから3人はその食事模様に唖然とし、特にハノスは呆れ返って天を仰ぎ溜息を吐いた。
ガルドは飲み終えると右側に居る署長の前のパンを取って自分のパンも共にスープを綺麗にすくって食べたから市長もその横に立つ秘書も茫然とした。
本来ガルドはマスターから様々なマナーや躾や世の渡り方や、多くの人間の性質、人の心の読み方、多くの趣味という物を、恥を掻かないようにとチビの頃から学び尽くされていた。きっちりやる所できっちりやらねえとお前の求める最高に格好良い男は出来上がらねえんだぞと言って。マスターを見ているだけで自然に身に着く物でもあったのだが。マスターにはそういう物が自然体の様に染み付いていた。
だがガルドは我が侭で自分中心でいつでも王様気分で人を見下す性格でチビの頃から態度でかいから面倒がって大体はマナーの時間をサボっては遊びに行っていた。
今のマナーの無さは、完全に3人をやはり見下していたからだった。やはり態度がでかい。自分がその場の第一でなければどうしても嫌な質なのだから、悪い癖で困ることに、毎回マスターを呆れさせた。
「一体何の用だ」
「口調を改めなさい」
ハノスは目を伏せ横目でぴしゃりと言い、ガルドはつんとした。
「お前等が呼んだから来てやったんだろう。今日は女と会う予定だったんだぜ」
市長は鼻で溜息を付き、丸い目をガルドに向けたまま背後の秘書に手を掲げ、彼は礼をし個室から出て行った。
まだ若い年齢の署長はガルドを冷めた目で胡散臭そうに見ていた。だがガルドはただの気の違った凶悪犯というわけでは無い。そう見せかけた冷静な知能犯だ。柄悪い質のオーラの中に本当は頭の中では冷酷な程の瞳に光を放っているのだと。
署長は北イタリア出の男で、確か年齢はまだ37ので妻は糞美人だ。当の本人も随分な色男だった。冷徹な強い目をした男で、鼻からガルドを見下す目を変えなかった。
気に食わない。ガルドはまず第一にそう思った。署長の視線をずっと無視していた。
「君には市に提出されている戸籍が2通り存在する事実を知っているかね」
市長の顔を見た。
「あ?戸籍が2つ?」
「現在君が世間で名乗り何らかの手続き上もその名で通しているダイラン=ガブ」
「あだだだ」
「リ」
「だでぃでぃ」
「エル=ガルドという名と、もう一つがダイラン=」
「でぃばぶぶぶぶぶぶ」
「=レガン」
「ぶ何?」
ガルドの顔が一気に険しくなって3人を見た。
「正気か?この街の地主の所のだと?」
「君自身はレガント一族との血の繋がりの事実は」
「は?俺が?」
「メイドや妾の子か隠し子か、養子にする予定かは不明だが、君の生誕から戸籍は2つ申請されていた。どうあってもハイセントルで生まれ育った君がレガントとの関係がある様には思えず私はずっと君を窺って来たが不明なままだった」
「今回、イカレたちんぴらが我々組織内への介入を申し出た事をカトマイヤー警部から聞き様子を窺わせる為に、試験を受けさせる事を承諾したまでだ」
署長はそう言い、いちいち引っかかる言い方を選ぶ男だという事は分かっていた。
「一体何が言いてえんだよ。あ?」
市長がそれを納める様に言葉を継いだ。
「もしも君が本当にレガント一族の子息なのだと言うのなら犯罪暦はあってはならないスキャンダルとして受け止められる。今までの行動は自覚が無かった物として大目に見てやろうという事だ」
「なんだって?」
「地主ミズリカーには我々もそうは容易に面会や連絡は取れない為、今回のこの席は隠された事となる」
「はっ、マジかよその事実。俺にそんな事話ししまって良いのか?いくらでもこの事実で脅迫してとことん金奪い取ってやろうじゃねえか。それに戸籍が2つって事は、随分便利な身分だ。どうせきたねえ手使わせて俺を使って窺わせようって魂胆なんだろう。手なづければ地主にも付け入れられるってもんだからなあ。その手にはのらねえんだよ」
「警察組織に籍を置きつづけていたくは無いのかね?君が何の目的で介入してきたかは分からないが、君が我々の要求を呑むと言うのなら協力をしようじゃないか」
「うっさん臭え。おっさん、っ馬鹿じゃねえの?その気もねえくせにご免だね」
「幾ら組織に入ろうが、小僧一人の力では何一つ動かない場が警察組織だ。一人では無力に等しい事を分かっておくんだな。それは我々が単独行動を許さないからだ。いかなる邪魔も出来る」
署長を剣呑と睨め付け、署長は下目で睨み見据えた。ガルドは背もたれに背を付け、目を細め微笑した。
「それじゃあがん首揃えて犯罪者見逃そうってのか?」
「目的を言うだけ言ってみなさい。損をするつもりかね?」
「おいおい俺の命の保証がなくなるだろうが。今からここを俺の牢屋にしようって?」
「言ってみなさい」
「嫌だね」
「獅子と黒豹が処分されてもいいというんだな。君がチームを組んでいた主要20名を連行させようか」
「権力棒に振るう真似やめろよ」
そこでハノスは口を開いた。
「言えば署長に取り合い2匹は助けてやろう。協力すると言うのなら仲間を見逃す。君の要望にも応える形で我々は彼等の処分を考える。なんらかの要望を取り付けるには上のやり方に従った上での出世が必要だ。その為には黒い経歴は邪魔になるからな。君が何も言うつもりが無いのなら、彼等全員の処分を言い渡し、君を組織から追放し2つ目の戸籍も取り上げる」
「きたねえぞ」
「今まで犯罪を重ねてきた報いだ。がだ、当然君には協力する事を言っておこう。言ってくれるね」
ガルドは目を伏せてから痰を吐き捨て立ち上がった。
「ご免だ」
そう言い出て行こうとした背をハノスが腕を引き引き止めた。
「離せよ」
「座りなさい」
ガルドは舌を打ち向き直った。
「手を組んでいたわけではなく、どうせ敵対していたDDを破滅させる事が目的だろう。それとも、リカー=M=レガントを探ろうと?」
「お前が、あのばばあに何か恨みでもあるんじゃねえのかよ」
面白そうに顔を微笑ませた。
「レガントと君は血が繋がっていた事実を知っていたのか」
「ああ知ってたさ」
そう、手をバッと広げた。
「地主だか何だか知らねえがあんな糞ばばあの様子伺いなんかやめる事だな」
市長は溜息を吐き出しテーブルに手をおいた。
「何も知らないから気安くそう言うほど大人の世界は簡単では無い」
「俺には知った事じゃねえよ」
「何が目的でわざわざ我々の内へ入って来た」
「そこの野郎のの言う通り、あのマザーファッカー共を俺の目の前から消す為だ」
「デイズ=デスタントの事をか」
「ああそうだよ。あの兄貴もな。ファミリーの奴等全員もだ」
「ファミリー?」
市長、署長は顔を見合わせ、ハノスはガルドに聞き返した。
「は?お前等、この街取り締まってる人間だろ?まさか知らなかったってのか?」
ガルドは目をパチパチさせた。
「おい冗談じゃねえぞ。もう奴等は起動し始めてる。俺は奴の根枯らす為にデカになろうと警官になったんだぜ」
「……」
「おいマジで言ってんのか?すげえ見込み違いじゃねえか……」
ガルドは瞬きを抑えてうなだれそうになるのを項を持った。
「闇市の動向が明らかに変動を迎えた報告は受けている。金融ルートの大変動により大きな混乱を呼んでいる。それを一気に収めた人物がDDだというのかね?本当は君がそうなのではないかね」
「どうだかしらねえが奴は確かにファミリーを立ち上げた。お前等は既に捜査に乗り出してるとばかり思ってたんだぜ。取り締まるそいつ等のリーダーになる事が俺の目的だ。俺があいつの事ならよく分かってる。絶対崩せる。それが理由だ分かったかよ。協力しろ。だが仲間は処分させねえしむしろ協力させる。この街にギャングなんか根付かせたく無いんじゃねえのか?リカーのばばあだってそう思う筈だ。実際金潤す事考えれば目を瞑る女だって事も分かってる。手前の所に金転がり込めばデイズに汚ねえ事やらせる筈だ」
リカーの事を悪く出すガルドに市長が苦虫を噛み潰した顔をし、署長は下手な口はつつめしといわんばかりに目を細めガルドを睨んだが、続けた。
「そんな女の味方なら、お前等は俺の敵という事になる。だから俺は協力は受けねえ。もし何かレガントの事知りたいなら協力してやろうじゃねえか。これで2匹にも手を出させねえ」
「デスタントを撃退するチームを作るほど既に規模は巨大化したというのか?」
「奴等はただの盗みやって喧嘩やって馬鹿騒ぎする様な青年グループとはわけが違う。俺は奴等の事を分かってる。ハイセントルの掟も成り立ちも知り尽くしてる。デスタントを取り締まる場所を作ってくれ、お願いだ」
ハノスの目を見てそう言った。
「あんたが俺を何の為に目の敵にしてるかは知らねえが、俺には何なのか知らねえ事なんかどうでもいい。ただ、あの野郎にはでかい屈辱味あわせたいんだ。目の前から消してえんだよ」
ガルドは半ば落ちつかなげな視線を多少漂わせた。ハノスは冷静な目を変えずにずっとガルドの目を見続けていた。
「警察組織を利用する様な真似はやめろ」
ガルドはパチパチ、と2度瞬きし、ハノスのいきなり変った声音と雰囲気に椅子に腰掛け、口をつぐみ少年の様にテーブルに視線を落とした。
「……。君はまだ若い。恨みなどに生きる事は無い。可能性は大きく君の未来は幾らでも良い方向に開かれる。DDの事はもっと経験を積んだ刑事達に任せ、君はこうやって折角我々の保護下にやって来たんだ。こうやって出会った事も何かの縁だろう。これを機会に」
「……『ジル』ってのは一体なんの事だ」
ハノスの言葉を遮りそう言い、署長がガルドの顔を見て市長は顔を強張らせた。ハノスは依然動じなかった。
「その事は君には関係の無い事だ」
そう言うとふっと顔を反らし、パンでととトリュフソースを綺麗にすくい口に運んでガルドの言葉を無視した。
ハノスはガルドを見てそう言ったのだ。確かにそう聞こえた。ジル、と。
ハノスが冷静沈着な質から顔色を変えたのは後にも先にもその一度のみだった。ガルドはハノスを睨み付け、牛肉ステーキをフォークでブッ刺し一呑みにしては立ち上がった。
署長は横目で市長を考えを読むように伺い見て、市長はハノス、パンを口に運んで出て行こうとするガルドを見もしない彼を見た。視線横でその一瞬の位置関係を見てから出て行った。
あの場で第一に優位に立っていたのはハノスだ。
市長はハノスのことを何か知っているのか?そう直感した。それはどんな事なんだ。
モダンな通路を歩いて行き釈然としなかった。何の為に結果的に呼ばれたんだ。俺が関わった金融の裏付け?デイズのくそったれとどう繋がりがあるかか?リカーの糞ばばあと実際繋がっているのかか?俺を始末する為?リカーを黙らせる為に俺を利用出来る頭があるのかか?俺はあの女にとって脅威であるのかどうかを計るため。ガルドとしての戸籍で何かをやらせようとしていたため?頭働かない小僧に危険を冒させようと。それとも危険は感じるに値しないと確認するためか?
糞、気に食わねえ。何かが今に動くはずだ。それに今の内に詳しく探られている筈。俺を拘束して20人について徹底的に洗いに入る為に。
今は下手は出来ない。警戒される内は俺が金融に関わってきた裏の証拠をを消すのはまだ先だ。もしも警官の身分を利用してデイズの輸送船を爆破して闇市の動向を撲滅すれば良い顔はしないだろうが3人は黙って見過ごす筈だ。方法を考えろとだけ言って。それでデイズとディアンを連行できて、あのリカーのばばあの裏の顔を掴めば、氷山の一角を破壊することが出来る儲け物だ。
自らが打って出て来たハノスから今の所レガントの事はさぐれなかった。あのばばあは元々用心深い。裏で何をしようともだ。絶交のチャンスだったものを。
警察側がデスタントがファミリーを立ち上げた事実を予想以上に遅れて入手した事は誤算だった。まさか署長、市長どころかあのハノスすら知らなかったとは。だが、今回の事でまだデスタントが直接的な市長との対談を済ませ、脅迫していないことも分った。
きっと、街の権力者としてリカーが今のところのデイズに橋立をさせられ、デズタント自体が脅しに入るのはファミリーが軌道に乗り始めてからだろう。
雄に力を誇示し始めた後でなければ市長もそうは動かない。
今回の告発でどこまで警察組織が動いて奴等の行動を妨げられるかが問題だ。
ガルドはヴィクトレーラを出ると、腰に手を当て顔を片手で覆った。銀の輪ピアス毎首を振り、ケツの裏ポケットから警察手帳が地面に落ち、焼き尽きた煙草の灰も地面に火花を散らし落ちた。
「………」
闇が夕焼けのレッドを色濃くし、ガラスを切り離した様な巨大な熟れた陽は、極めて透明度の高い太陽で、長引く雲を眩しく輝かせた。
沈み始めて、炎の如く天を燃やし付け、夕陽という名の宝石はダイヤより、月より尚も美しいこの世の物とは思えない存在に見えた。
心を駆り立て、それでも彼の顔に笑顔を与えることは出来なかった。
海も吸収し切れない赤は跳ね返したのだ。彼の心の中の叫びさえも強く飲み込もうと。夕陽はあまりに純真な物に見えた。
黒の塔から銀色の平面の建造物をクリアに照らしこの世を別物にする。世の中を琥珀のゆったりまどろみを流す時間にし、悪魔の手のように彼の頭を撫でては光りを差し込ませ、ガルドは目を伏せた。完全に。
リサ
まるで透明な空気へと吸い込まれていく様に詞が遥かな夕陽に消えた。暮なずむ瞬きがキラキラと音を発する。幻聴だ。美しすぎる陽だから。
彼は手帳を広い、パンツポケットに再び拾い歩き出した。紫煙を引き連れ夕陽のこの時間がスローモーションで流れて行った。
光はまぶしく街と紅と紫に染め上げ彼を染め尽くし、闇など、夕陽が消してどこを見渡したって無い。
リーデルライゾンに戻り、闇が夕陽を完全に飲み込んだ。
列車に乗るのは好きじゃ無い。誰もが顔に布を載せ座席に眠るガルドを冷や冷やしながらたまに視線を渡し、逃れられない密室の30分を居心地を悪い物にしていた。ガタガタと列車は動きつづけでは、線路の走るBBB渓谷のそこはかとない漆黒はもはや海に繋がるような気配さえ感じられない。
ガルドの存在から来るものも心境に繋がっていた。微動打せずに座席に項を掛け眠り、目元は布で見えなかった。
不気味な音を立て渓谷の風音と、そして列車の軋轢が重なる。30分は1時間に感じた。
列車はリーデルライゾンに到着し、ガルドは依然口を半分開けたまま眠ったままだった。誰もが振り返り振り返り、チラリとみながら流れ出はじめ、車掌がライオンの様な男に気づいてそれが髪型が違うがハイセントルのごろつきだと気づいた。
警戒して近づき、肩を叩く。
「お客さん。リーデルライゾンです」
ガルドは布を落として半身を浮かせ、車掌を見上げると項をさすってボウッとしたまま歩いて行った。歩幅が広いガルドが客達に混じって改札を潜るとそのままバスに乗り込んでまた眠り始めた。
少年時代から顔なじみのバスの運転手はジーンストリートにさしかかるバートスク3丁目の巨大なT字路で叩き起こした。
ガルドは思い切り欠伸をして起き上がると、運転手の老人を見てからぼうっとしてのっそり立ち上がった。
「署までかい」
ガルドはふるふる髪ごと首を振ってから寝ぼけたまま降り、バートスク商店街の方向へジーンストリートをのそのそ歩いて行った。完全にあれは駄目だ。彼は寝起きがかなり血圧が低い。
ガルドはジーンストリートを歩き、バイクの或る場所までのそのそ歩いていた。
「ようガルド」
前方からサロンのオーナーに声を掛けられた。
「どうした。ぼうっとしてるぜ?」
彼は何も言わずに頷き、オーナーは肩を持って軽く叩いた。
「どうだ。コーンロイと編み込み部分色変えてやる。気分直せよ」
ガルドは頷きながらついて行った。
ハイセントルはこの時間、デスタントの奴等が頻繁に徘徊しはじめた。それを余所目にサロンへ入って行き、ホワイトブロンド部分を深い黄金にして行った。
それも終わると少しは目が醒めていた。
礼をして歩いて行った背にオーナーが言った。
「おい。送って行くぜ」
ガルドは頷きリーインまでキャディラックオープンカーに乗り付け、オーナーに手を掲げて路地に入って行った。
バイクに跨るとハンドルに掛けられたゴーグルを填めた。
頭の残像はまたアヴァンゾンを染め上げた夕陽を残し行く炎をめらつかせ、再びリーデルライゾンを離れアヴァンゾンからそのまた先の向う街へ向うのだ。
風が感覚を呼び覚まして行き、思い切りアクセルを踏み込んだ。
体感する加速、耳を斬る風、頬を打つ風、過ぎ行く場所ところ、続く空……
全て、現実逃避に思えた。
10
まるで夕陽を追うかのように進む。
荒野。
低い山々はまだこの大地を浸蝕する夕色から、徐々に黒群青に染まって行く。切り立つ岩肌をオレンジと群青に染め上げた。
星は少しずつ、だが莫大的に澄み渡る高い空の上の上まで、立体着かす。
夜風は暖に全ては取って変えられ、気持ち良かった。
縦横無尽に駆け回る疾風、天に造りだされる幻想が華やかさを伴い重なって、銀色の線を鏡を反射し光が通って行くかの様に天体に形作られて生きゼウス神、甲冑の騎士、ペガサス座、迫力ある狼、名も知らない天体星座の架空動物達。
……一際輝く星々の強い煌き、線がそれらを象ってはゆっくりゆっくり星の動きと地球の動きと共に回る様に山影の地平線へと消えて行くかに思われたが、悠然と動き巨大に天空激しくユニコーンの馬車を引き弓矢が飛んだ。銀の剣は振りかざされ疾風を造り草原中を激しく広大に向こうの先まで揺らし、落とされた火の矢の如くそれらを覆うように流星群が降り注ぎ山向こうへ駈け走り消えては尾を引いて、幻想の全ては、一瞬を起き銀の雫と粉になってはさらさらと……
消えて行った。
残った満天はまるでパラダイスかカーニバルの様だ。天空を煌かせた。薬を打って拍車を掛けたい。黒い夜空は何処にも無かったが、段々と濡烏色へと変換し黄金の星星がが闇色の中を其々が巨大に強く輝きを放った。金貨を散りばめ強烈な太陽が照らしている様に、シャンデリアの様な天空だった。
豪華な星はそれで充分にも思えた。
全てを飲み込むように首を仰け反らせ両拳を突き上げ吠え立てた。
全てを飲み込めばいい、鎖のような体、鎖のような骨、脳など大宇宙に解き放てばいい、鏡のようなガラスの天空は彼の咆哮を吸い込み地にも轟かせエンジン音とリンクした。
ガルドはアルコールのコルクを噛み取り思い切り振り、弧を描き透明の液体が宙を浮き夜と白を透かしては、枯葉に噴出した煙草と共に撒き散らした。
一瞬を置き天は干上がっては、突風が炎を沸き立たせ火の嵐に見回られた。ガルドは孔雀の様に雅に舞うかのような、妖艶な目の色をして、口端を引き上げスピードを最大にして炎の海、微かな道を突っ切って行った。
エンジンの音、炎の音、最高のミュージック、自らの咆哮と……
炎は鋭く乱舞し狂いそうな高熱の炎が手を伸ばしてはまるで海の波の様に手招きする。天空に一瞬の天井を緋色に作っては天を表し星星は周り巡る。不動で無いのに不動の体で尚も大きく煌く。
加速し高くジャンプし、炎の山を叫び狂笑し飛び越えて、派手に降り立ち燃え移らない場にバイクから転がった。遠くの炎の音はさわさわと、枯葉がかさかさ壮大に大きな音となって耳に心地良く広がった。大の字に天を見上げ、星が涙のように……
彼は体を丸め、顔を覆って声を微かに肩を震わし泣いた。
どこまでも涼やかな音は彼を風と共に包み込み、涙で体を熱くし出て覆う顔を歪ませ泣いた。
どんなに復讐したって戻らない。
どんなに怒り猛っても戻らない、無駄な事だ復讐など、何の足しにもならない事だと分かっている。俺から奪われた全てを。取り戻せない。
平原と山を越えた。
1時。
向こう街の街並みはオレンジのライトに充たされている。白蛇のパンツと逞しい腕の出る黒皮ベストの上に彼は膝丈の薄皮ジャケットを着た。ベストの前を締め黒の毛先の紅が揺れ、腰に銃を挿し突き進む。
カーアトラクション会場は沸きあがり、一時の悪魔が宿った様にギャラリーは熱狂する。
乱雑粗野な喚きの怒号を上げ、フェンス越しのカーファイトと爆音に、奇声に似た夜を貫いた。唸りを背に、段になったギャラリースペースを横切り、バックラウンドの建物の中に入って行く。
扉の前を横切り、男たちが乱闘試合流血させては白のスポットライトにリングは白熱した。通路は相反して殺風景で汚れ廃れては、薬に壁に寄り掛かり座った人間が転がった。
むさ苦しい血の臭いはようやく湿気臭い物に変るとゴングが鳴り響きファイター達が2人セットになって相手に棘鎖を巻きつけ筋肉に押しつぶされ、女は猛獣の様な目を剥いた。
その扉も抜け突き当たりまで歩く。女の便所から女が出てきて色目を使って来たのを微笑み「ねえ」と野生黒猫の様に腕を掛けてきてはキスをし、そのまま手を振って歩いて行った。女は微笑み彼の背にウインクして歩いて行った。
階段を上がって行き通路に出ると、ドアを開けボックス席に入って行った。
男の顔は既にあった。
填めていたサングラスを外してガルドは男を見て、男は振り返った。
「これはどうも。Ze-n」
ガルドは男からその横のハイバックレザーに大儀そうに座る少女の横顔を見た。
足を包む黒のピッタリした皮パンを交差させ、ブーツをデスクサイドのチェストに放っている。
すりガラス製の爪研ぎで整えては、ローズクオーツ色の唇でフウ、と息を吹き掛けた。シルクの様に純白金の様なプラチナ髪を緩いパーマ掛かるセミボブにして綺麗にグルーミングされている。
14,5位だろうか。いや、16か。
………。
可愛い。
彼女はガルドと全く同じレイバンで金縁に黒ガラスのサングラスをはめていて、黒の緩いVの併せのシャツからなだらかなな肌がへそまで覗き、白銀の毛皮ショートジャケットを着てはその袖の先から彼女の綺麗な可愛らしい手が伸びていた。
可愛い。
全体的なフォルムが可愛い。
ふわっと、高貴な薔薇の香水がダマスクの物として薫った。
顔が見たい衝動に狩られたが、ガルドはそのプラチナ女を一瞥しながら言った。
「そいつは誰だ?」
「用心棒だ。気にせずに」
元豪華客船カジノオーナーはそう言いそのレザーの背背後に立っていた。彼等の前の銘木のデスクに座り、少女の金属の様に波打つ頭を見下ろした。
「用心棒だと?ハッ、こんなチビに何が出来る」
というか俺の用心棒に……。
彼は男を見てから眉を上げ、おもむろに怠慢な溜息を吐き出したプラチナ女を見た。
少女はガルドの言葉に、ブロンズに薔薇刻印ロイヤルローズシガレットの箱をデスクに放って、クルンと、ガルドの方をだるそうな態で上目で見た。クラシックを下げて彼を睨んだ。
「チビで悪かったな」
そう不機嫌そうに言うと立ち上がって、意外に背が高い。160かそこらだと思ったら、185はあった。真正面から見ると16くらいに見えた。
均等の取れた肢体は全体の雰囲気で極めてミニマムに見え、
……糞可愛い女だ。
ガルドは口を噤んで彼女を見上げ、心なしか頬が熱くなって前方のドアの方に顔を反らし煙草を組んだ足に叩きつけ煙を飲み込み気を紛らわせた。頬の熱を引かせて幾分落ち着くと立ち上がって女を見下ろした。
「いい男だ。Ze-n?」
女は微笑み、勇ましいオーラのガルドの顔を舐め回すように視線だけで見つめた。
どこか独特な顔つくりはかなり目が大きく際の強い印象で、瞳の色はカラーコンタクトでも填めているのが、水銀色だった。厚いつくりの唇は綺麗に引きあがり、多く長い流し睫の魅力的な猫目は光った。
かなり可愛い女だ。可愛すぎる女だ。どこをどう取っても可愛らし過ぎる。抱き寄せて撫でまわしたいぐらい可愛らしいという衝動に狩られた。
ふいと顔を反らし手持ち無沙汰にジッポーを仕舞った。
「小遣い稼ぎなら他当たりな」
「嫌だね。今の仕事、気に入ってる」
「ふん。まあ、どうでもいい」
大股でガルドは進み男に腰から抜いた銃を向け様撃鉄を挙げ、その瞬間だ。
プラチナ女が髪をふわっと浮かせハイバックに手を掛け、飛んだ。
ガルドは目を見開き顔を険しくし、その横面に両足で蹴りをかまそうとした女の足をザッと腕で掴みデスクに叩きつけた筈だった。
女はデスクに両手を付き天井に両足を着けると、思い切りガルドの方に肘を食らわせ、彼は崩れこそしなかったが女にそのままぐるんと首に腕を締め巻かれて、ガルドは銃床で女の背後の額を殴りつけようとしたが、躊躇した。ぐるんと彼女に向き直り床に額を叩きつけた。
プラチナ女は淡いローズクオーツ色のでかい唇から激しく真っ白で鋭利な牙を剥いたからガルドは目を疑って眉を潜めた。大きな手を剥ぎ取ろうと爪立て足をばたばたさせる。
背後で逃げようとする元オーナーを体を起こし打ち抜こうとしたのを女に阻まれ、その瞬間彼女に両足が彼の腹に入った。
彼はデスク向こうの棚に突っ込み、ガルドの横にアンティークの地球儀がドシンと落ちてトロフィーと盾、本が大量に落ちた。
女はデスクをなぎ倒し回転し、ぴょんと跳ね起きたガルドの脇腹に回し蹴りをかましたがびくともせずに、その滑らかな手首を取って大きな填め殺し窓に叩きつけた。
強化ガラスは振動し、プラチナ女は身を反転させて妖艶に、微笑した。
彼女の背後でドウンと全てを揺らし、車同士が真正面から衝突して大爆破た。彼女の髪に微かに緋色が反射した。
肩から落ちた毛皮ジャケットを腕を回し戻し、妖笑した目元で目を細めガルドを見た。続けざまに空間を震わせ夜の天を爆炎が切り裂き、ギャラリーは渦を巻いた様に轟いては一瞬、窓の全てが緋色で占領され女の背後を照らし付けた。鈍く巨大な水銀色の瞳が光り、ジッと真っ黒の瞳孔が縮まった。一瞬、人間の筈がプラチナムキャッツアイの様に動物の瞳孔めいて見えた。
なんだあいつは一体。普通の動きじゃ無かった。
「……」
「生憎アマにのされる程ヤワじゃ無い」
「ちっ、プロかよ」
「だがいい神経だ」
女はクラシックをまた掛け、ジャケットを放り投げ、ハイバックにさっきと同じように座った。
元オーナーは彼女の背後に立ちガルドを睨んだ。
ガルドは競りあがった血唾を吐き捨て剣呑とした鋭い目で女と元オーナを見据えた。
「あんたが話の男だって?随分世界都市で暗躍してるんだな」
今回は指示では無くZe-nの顔を知る自分を殺しに来るのだろうと分かっていたのだろう。
「商売の話以外依頼人は取り合わない」
ガルドが動くと子猫の様に目牙を剥いて威嚇した。ガルドは目を伏せ女を睨み見下ろし、手の中の銃を投げつけクラシックの細いツルを飛ばし女は一瞬ひるみ、倒れたデスクを飛んで男の額を棚に叩きつける床にずり下げ片膝を付き飛んだ銃を手に取り背後の女に突きつけて男の首を激しくけりつけ首をもげた。
向き直り女の肩をどつき額に銃口を突きつけ、彼女の腰に刺さった拳銃を奪い背後で痙攣した男を撃ち殺した。
女はきつくガルドを睨みつけ、ガルドは睨み見下ろした。
「大人しくお嬢ちゃんならお嬢ちゃんらしくエステやらパーティーに一興してるんだな」
女は意地悪っぽく口端を引き上げた。
「名前は」
「名前?さあ。DeathStarとかでいいんじゃねえの?」
「どこの人間だ」
「キコリの星から来た」
「真面目に答えろ」
「本気さ」
ガルドは銃口を反らし女の顔を見つめた。
「年齢は?」
「……」
女は瞬きし口を噤んで上目になり頬を淡いローズピンクにして、自分の拳銃に一瞬視線を向けてからガルドの顔を睨み見た。
どうしてもプラチナ女を始末したくは無い。だが、Ze-nの名を知られたのはまずい事だ。ガルドは女から目を反らさずに背後のローテーブルに腰を下ろし、何か持ちかけられる話は無いかを考え始めた。
だが、情けなくも何も商談は思い浮かばなかった。
キコリの星だと?そんな妙な場所も適当に言った名も通り名か単なる思い付きだろう。
「ダイラン=ガブリエル=ガルド。だろ?」
「だから何だ」
「一緒に来ない?」
「ハッ宇宙旅行なんかご免だ」
「でも、その腕気に入った」
女は倒れたデスクに座ってオニキスの嵌るリングを外してガルドに投げ渡した。
「あげる。だからこいよ」
ガルドは目を伏せ、それをぽーいと投げ捨て憮然とした。
ドアが蹴り開けられ、ガルドは振り向き様男と銃を向け合い女に背を向けたことにしまったと思った瞬間だ。
女に女の銃を奪われ背からも銃口を向けられ、女は男の砕けた頭から弾丸を抜き取りゆっくりジャケットを拾うと、リングも拾い歩いて男の背後に背向きに立って、肩越しにガルドに艶っぽく上目で微笑した。
元オーナーの血を汚そうに手を振り、男の膝で、拭いたからガルドを見据えていた男はどびっくりして「っておい!」と肩越しに女を見て彼女はべーと舌を出した。
男はまるで蛇、ハブそっくりの吊り上がった鋭い目をした男で、左手から肩、右腕にかけて不気味な大蛇のタトゥーの印象的に入った男だ。
どうやら、パートナーらしい。
ガルドが撃鉄を上げ引き金に指を掛けた瞬間、その銃が女の銃に弾かれた。
男はガルドに銃を向けたままドアから消えて行く、2人を手を抑え、ずっと睨み見ていた。
その瞬間だ。
あの女がとんでもない声で、っきゃああああ!!!!と叫び声を上げたのだ。
「人殺し!人殺しよ!!きゃあああ!!!」
「おい!あっちで人が男に殺されてる!!」
バリンッ、と斧で男がかち割ったのだろう音と共に、赤いサイレンが通路を占領した。
「……はめられた、」
あいつ等もオーナーを狙った殺し屋だったんだ。
ガルドは舌を打ってサングラスを填め疾走した。
会場を後にしバイクに飛び乗った。背に激痛が走り彼はアスファルトにバウンドし転がって、肩越しに睨み見上げると、あの女が緩い風に髪と毛皮を翻し、巨大な黄色の三日月を背に艶笑いして彼の背に飛び乗っていた。
女の背後、闇のスタジアムの影は琥珀の光を方々に飛ばし灯らせ、黄金のオーラをブロンズに充たさせ、女の黒身の腰プラチナをシャラシャラ風が浚っては暖色焦げ茶の光を反射させた。
ガルドは思い切り起き上がって女は飛び彼女を上目で睨み見た。
「大人しく引き下がれば殺さないでおいてやる。闇市の金融に関わった事全て忘れて」
「お前のその綺麗な顔も忘れて?」
「……そう。そうしないと今に殺しに来るよ」
「待ってる」
「ふ、危険な事言うんだ」
微笑み、銃を向けたまま女は顎をしゃくってガルドにバイクに乗るように示す。
ガルドはバイクを引き起こし跨り、女を見た。闇と暖色を背後に、琥珀の鳳凰の様に凛としたオーラは荘厳で、どこまでも何かが漂っていた。薔薇の薫りを風に乗せ……
ガルドは彼女の腕を引き、連れの男が駆けつけたのを女を背後に乗せ発進し、女は驚きヘッドの方向を変え急激にカーブしたバイクが蛇野郎を轢き殺そうとするのを彼女が背後座席にぴょんと飛び両足で立つとバイクの方向を強引に変えさせ、浮いたタイヤの急激な回転を蛇野郎は飛び退りながらガルドに発砲するがガルドは避け、拳銃を回し収め発砲したが弾は無かった。女に抜かれたのだ。肩越しに睨みそのまま疾走して行った。
蛇野郎は飛び起き黒とダークゴールドの襟足を掻き上げバイクに飛び乗り、背後のパートナーに意地悪っぽく舌をべーっと出したあの馬鹿を追った。
「何考えてやばるあの糞猫、」
黒皮パンツとブロンズメッシュに挟んだ腰から弾を抜き装填して男はバイクを追い、発砲しようとするがパートナーの白い毛皮が浮いて標準が絞れない。アクセルを捻り加速し、奴はパートナーを連れたまま、目の前のうずたかい塀を目前にするとバイクの頭を思い切り上げ飛び越えた。
「……、」
それを見上げ飛ぶ向こうの月光に目を焼き、男は舌を打って標準を絞ったが、まるでメリーゴーランドの黒馬に乗る少女の様にパートナーが満面に微笑み手を振ったのを最後に黒紅と深い黄金の編み込みを馬尾の様に返して塀向こうに消えて行った。
ガルドは向こう街の繁華街に来ると異国人の9割方の中を駆け抜けて行き、ブロックを越えて行くとエキゾチックな中に来て背後から男が来ない事を確認するとバイクを停めた。
女は背後を見ていて、そのプラチナ女の頭を見てから女は振り返った。
「何者だ?」
「ああ、俺?」
「っておい!!野郎かよっ!!」
「女だ!失礼言うなよ」
女はカンカンに怒り、ガルドは目をぐるんと回してからクラシックを外して上着に挿した。
「キコリの星はどこだ」
「さあ」
「しらばっくれるな」
バイクから降り立つと彼女も降り立ち、彼は横に広がる街を見ながら言った。
「邪魔はさせねえ」
女はバイクの座席に腰をつけ、ガルドの毒の緑蛇がのたうつ鋭利な横顔を見た。
「なあ。あんたってFBIに目付けられてんだぜ」
「男みないた言葉使いはやめろ」
そう女を見下ろし、女はバザールの賑わう通路を見ていた。
「あんた、アングラから離れる気ないわけ?」
「お前は今の世界を離れる気あるのか?」
「無いわよ?気に入ってんの。ただの居場所ってだけだけど」
「女が危険だ」
「あんたよりは危険じゃ無い筈だけど?」
女は交差していた足を解き立ち上がり、ガルドの前まで来て腰に手を回し見上げた。
「またあたしに会いたい?」
「………」
ガルドは口を噤み、女が小首を傾げ微笑みのを見下ろした。
「お前が殺し屋じゃなかったらな」
そう言い身を返してバイクに跨った。
「あたしはまた会いたいな」
そう言い、顔を闇に向けるガルドに微笑み、手を掲げエキゾチックなバザールの波の光の中へ歩いて行った。
その背を肩越しに見て、向き直りしばらくして闇の方向へバイクを走らせて行った。
バックミラーに映る女は夜闇と暖色の中、強烈に輝く美しさを放った。艶華の態で。
女は激しく鳴った通信機もそのままに、屋台のモザイク広場に設けられたステージで踊る舞曲の女達を、並ぶ簡易ベンチに座ってぼうっと頬杖を付き見ていた。
ふらふらと腰を振っては鈴を鳴らし回転して、彼女は溜息をもらしてガルドの事を思い出していた。目にはあまり何も映っていなく、完全に頭は天然でトリップしていた。
「おい」
彼女は半開きの目のまま頭上背後を見て、また向き直って舞台上の踊り子達をぼうっと眺め頬杖を付いた。
「始末したのか?」
「ううん」
男は呆れて横に座ると、白と茶色の山羊毛皮の膝丈ジャケットから煙草を出し、組んだ足に打ち付けステージの女達を見た。
「明日、奴をもう一度徹底的に調べ回す」
彼女は聞いてもいない風で、背後に手を付くと足を放り、「あーあ」と言った。
「俺のバイクは?」
そうくるんと男を見て言い、男は顎で背後を示した。屋台前に女のハーレーが停まっていた。女はサングラスを填めてから立ち上がった。
「元オーナーも始末して、何で共にZe-nも始末しなかったんだ?2人始末することは決まった事だろうが。仕事完璧にこなせよ」
「惚れた」
「………。は?」
男は瞬きし彼女の背を見て、彼女は毛皮を脱ぐとバイク横へ歩いて括りつけ、跨った。
彼女は走らせて行き、男は瞬きも止まらないまま去って行く彼女の背を茫然と見つづけていた。
横の視線の舞台は花開き、華麗に女達が衣を翻した。
ガルドは自然的な空腹を覚え、闇が広く包む中、大通り横の飲食店にバイクを着け入って行った。
通路向こうのバスから女達が降り、フィルム屋入って行った。
この向こう街で店を構える店主がガルドの前に牛肉ステーキを置き、その前に越し掛けガラス先の女達をぼうっと頬杖付き見ているガルドの横顔を見た。
「ようガルド。どうした?なんだかぼうっとしてるじゃねえか」
「ようバリュク」
「なんだ気が入ってねえなあ」
バルクは自分の名前に気を入れて呼ばなかったガルドを見て狭い背もたれに背を着け、グラスにウォッカを注いでガルドには「おいバーボンこいつに持って来い」とカウンターの中の女に言った。
彼女は微笑みグラスとボトルをテーブルに置いた。
「何があった?俺の店に来るなんて珍しいじゃねえか」
確かにそうだ。滅多に来ない。バルクはスキン女の兄貴だ。
「いい女見つけた」
「お前のチームに揃ってるじゃねえか」
「銀色で白くて黒くて薄ピンク色で子猫みてえですっげー可愛かった」
黒と銀の細身の女は極めて華やかな顔立ちをしていた。可愛らしい顔が薄ピンクの唇で微笑むと尚の事綺麗だった。緩いパーマ掛かるセミボブの髪も瞳も魅了的だった。
ベルベットの首輪をつけて鎖に繋ぎ、ガラスの檻の中に仕舞っておきたい位だった。彼女が暴れ外に出たがるのを見ていたかった。ぼろぼろに疲れ果てて、泣きすがり出してと言う顔が見たかった。早く鎖を解いてと言って来る姿が見たかった。
ガルドの目は完全にどこかに行っていて、バルクはこりゃ駄目だと言い首を振った。こいつは完全にトリップしてる。
「お前の口からピンクって言葉聞きたくねえよ……」
ガルドは向き直り、肉をフォークでブッ挿して口に放った。
「惚れたのかよ」
「惚れた」
「どこの女だ?」
「分からねえ。仮名ぐらいだ」
「言ってみろよ」
「DeathSterとかって適当言ってやがった」
「そりゃ名前って言うのか?」
「さあ」
「聞かねえな」
「この街の雰囲気じゃ無かった」
バルクは人物情報に詳しく、ことさら顔が広いために様々な繋がりを持っている。名前を言えば大体を探れるものの、やはり初耳だったようだ。
「キコリの星から地球に来たとか言ってやがった」
言って無い。
「狂ってるなその女」
「ああ……」
「いや待てよ。キコリじゃねえよ。それって何訛だ?」
「フレンチ訛だ」
「そりゃあROGUE STARのことじゃねえのか?」
「海賊か?」
確かに片方ならありえるがあのプラチナ女は洗礼され尽くされていた風雅があった。海賊なんて野蛮な風は無かったが、それでもスタジアムを背に立つ黄金ブロンズの、まるで仏陀的円を背後に従えたオーラは尋常では無かった。
「悪漢共の砦って言われてる所だ。本拠地はしらねえが、結構世界中のごろつき共がそこと契約を結んで仕事依頼されるっていうアサシン団体だ」
「初耳だ」
「そうだろうな。一部の人間には顔なじみの隠れ穴場だ」
「かなりの確率で入ってるのか?」
「ハイセントルのごろつき共もそこと契約結んでる輩がいるだろうぜ。幅広いからな」
「おいその中から見つけようなんざそれこそ星の数程至難の業じゃねえか」
「まあ、絶望的だろうな。相手は星だぜ。世界中に散らばってやがるものを」
「まだ街にいるかもしれねえ。蛇の入墨入った男もセットだった。相棒の名前は不明だ」
「やめておけ。あそこの人間は質悪い。雑魚の溜まり場だ」
「その女は普通じゃ無かった」
「俺たちは所詮アマだぜ。入るにも当然の事腕っ節なけりゃあな。雑魚といえど適当じゃねえ。敵うような生易しさじゃあねえよ。それに、奴等の掟は汚くて性悪で野蛮な奴等だ」
既にガルドは聞いてはいなかった。
「そんなに気になるなら今から探しに行けって。大丈夫かよお前。いいブツ入ってるぜ」
そう白い粉をテーブルに放ったがガルドは首を振ってバルクを見た。
「デイズの野郎がファミリー立ち上げやがった」
目は強烈なエメラルドが渦のように光った。
「奴から聞いた」
妹の事だ。普段全くと言っていいほど連絡を取り合わない兄弟だった。
ガルドは立ち上がり黒革ベストにジャケットを羽織ってからサングラスを掛け、金を払って店から出た。
「また何か変動起きて調べてえ人間出て来たら連絡しろよ」
「ああ」
跨ったバイクからバルクを見ると、手を軽く上げてバイクの方向を変え、闇の中知らせて行った。




