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派手な帽子3


「ええーっ! 僕も一緒に行きたかったな!」


 その日の夕食のテーブルで、大学から帰った(そう)が思わず叫んだ言葉。

「警察の内部を直接見る機会なんてそうそうないってのに。将来ミステリを書く際の参考になっただろうな。あー、惜しい事した。一華(いっか)ねぇも行ったの?」

「行ったわよ。でも別にどうってことなかったわ。TVの刑事ドラマと似たようなものよ」

 颯は納得しなかった。頬を膨らませながら、

「で、帽子の方は? 実物を見て、どうだった?」

「やっぱり(れん)兄さんの言う通りだった。その帽子はウチの帽子じゃなかったのよ」

 お代わりのハンバーグを弟の皿に取り分けていた一華、突然叫び声をあげる。

「あ! やってる!」

「?」

 一華は慌ててTVのリモコンの音量を上げた。

『昨夜自宅で死体で発見された古賀純夏(こがすみか)さん(29)ですが一転、殺人事件として、神戸県警は古賀さんの友人の落窪理人(おちくぼりひと)容疑者(27)を逮捕しました。周囲の話によれば落窪容疑者は古賀さんと結婚の約束をしていたそうで――』

「ええええええ!?」

 目を剥く颯。それまで静かに食事を続けていた漣、フォ-クを持つ手を止めて言う(・・)


 ―― 早いな! やるじゃないか霧島(きりしま)刑事!


「どういうこと?」

「漣にいさんがね、生田署で古賀さんが被っていた帽子は自分が作ったものではないと証明したの。すると桐嶋さん、古賀さんの交友関係を当たると息巻いて飛び出して行ったのよ。でも、まさかこんなに早く殺人犯を見つけ出すなんて!」

 ハンバーグを飲み下しながら弟は訳知り顔で言った。

「ふーん、きっと、ニュースで言ってた落窪ってやつの自室に漣にぃの作った帽子があったんだな。それで、一巻の終わり。犯人は犯行を認めざるを得なかったってことだろうな」




 その夜、ワインを抱えて訪れた2階の間借り人、霧島刑事がさらに詳しく一部始終を語ってくれた。

 それに依ると、この《派手な帽子》に(まつ)わる殺人事件はかなり手の込んだ悪質な計画殺人だった――


「犯人の落窪理人は確かに古賀純夏さんの恋人で結婚を誓い合った仲でした。

 一流大学卒、一流企業勤務。読書家で本を買いに来てレジにいた古賀さんと知り合ったそうです。だが金遣いが荒く古賀さんの貯金を使い果たしていた。おまけに最近新しい恋人ができて古賀さんが邪魔になった。そこでイタリア出張時、手に入れた美しい布を彼女に贈って帽子を作るよう勧めたんです」

 この段階で酷薄な殺人計画は幕を上げていたのだ。何も知らない古賀は検索で見つけた乙仲(おつなか)通りの名店へ。出来上がった帽子を見て落窪も大いに喜んだ。だが……

「落窪は実は同じ布を隠し持っていた。漣さんの帽子ができるとそれを写真に撮ってそっくりな帽子を別の帽子屋で作らせた、というわけです」

 殺人決行の夜、落窪は古賀の部屋を訪ねて古賀に大量の酒を飲ませた。泥酔した古賀を残し、前もって準備していたカツラと眼鏡、似たような服装で古賀純夏に成りすます。そっくりな帽子を被って外へ出て派手に飲み歩いた。

 一際(ひときわ)目を引く派手な帽子を作らせたのはまさにこのためだった!

「夜の街では誰も顔など見ていない。だがオレンジ色の派手な帽子は鮮明に記憶に残った。深夜、再び恋人の部屋へ戻った男はまだ熟睡している女を裸にして浴槽に沈めた――」

「酷い!」

 ブルッと体を振るわず一華。その目は恐怖よりも怒りに燃えていた。

「でも、なんで漣にいさんの帽子を被せなかったの? 私、そこがフシギなのよ。にいさんの帽子だったら殺人事件だとばれなかったかもしれないじゃない」

 ご丁寧にも落窪は偽の帽子にわざわざラベルまで縫い付けている。

「そんな手の込んだことするなら、最初から兄さんのホンモノの帽子を被せればよかったのに」

 刑事はテーブルを叩いた。

「そこですよ! 落窪にとっては小さな誤算が生じた」

「ワインを被っちゃったことだね?」

「大当たり! 颯君は中々良いセンスをしているな。優秀な警官になれるぞ」

「あ、遠慮します。僕は小説家になりたいんだ。警官なんか御免だよ」

 刑事は傷ついた顔で話を再開した。

「元々落窪は自分が作った方の帽子は外での目くらまし用に使い、古賀さんの死体にはホンモノの方――漣さんの作った帽子を被せるつもりだった。だが、ワインを被ったのを目撃されてしまったから計画を変えざるを得なかった。そこからアシがつくことを恐れて、シミの付いたコピー版の帽子にラベルを付け替えて古賀さんに被せることにした。そうしてサトウ帽子屋の帽子は持ち帰った。こっそり処分するつもりだったと落窪は明かしています」

 ここで咳払いをする。

「明かすといえば、この犯行を思いついたのは颯君同様、《幻の女》を読んで閃いたそうですよ。この場合、目立つ帽子を殺人の偽装工作として逆に使ったわけだが……」

  読書マニアの佐藤家の次男坊は鼻を鳴らした。

「ふん、名作をそんな風に使うなんて。そいつ、作者の真髄を読み取ってないサイテーな読書家だよ」

 そこまで言って颯はハッと瞬きした。

「でも、待って。まだ一つ謎が残ってる。どうして漣にぃは、写真を一目見て帽子が『自分が作ったものじゃない』ってわかったの? その上、警察署でどうやってそのことを証明したのさ?」

 刑事はニヤニヤながら、

「あれ、漣さんも一華さんも、颯君にはまだ肝心な部分を話してなかったんですか?」

「え? 何? 何? 人が悪いや、漣にぃも一華ねぇも!」


 ―― うん、いやね、まさにさっき颯が言った通りなんだよ。殺人犯は正しい読者じゃなかったてこと。読み取りが浅い。いい加減な読み方をしている。


「?」


 ―― あの小説で作家は帽子についてちゃん書いていただろ? 


 幻の女の帽子は『パンプキンのような帽子だった』


 ―― だから僕はその通りにした。


 きっと犯人の落窪は僕が作った帽子とそっくりな帽子を作らせる際、写真を見せながら詳細な情報として『パンプキンのような』と言ったんだろう。

 パンプキン、カボチャは中がオレンジ色で外は緑だ。だから――落窪が依頼した帽子屋は外がオレンジなら、と裏地に緑を使ったんだ。

 同業者として、その帽子屋は素晴らしい腕と発想の持ち主だと僕は思う。颯がいなかったら僕も同じように作ったに違いない。


 だが、颯はちゃんと教えてくれた。

 《幻の女》の帽子のパンプキンは西洋カボチャだと。ほら、ハロウィーンを思い出せば良く分かるはず。 西洋カボチャは外も内も(・・・・)オレンジ色なんだ。


 だから、僕の帽子は裏地も同色のオレンジなのさ!



 二つの帽子の違いは明白。

 いくらラベルを付け替えてもごまかすことはできない。



「そういうことか!」

 颯は照れくさそうに頭を掻いた。

「まぁ、僕は本編に書かれていた通り忠実に伝えただけだけど。すごいのは漣にぃだよ。改めて僕、漣にぃの帽子作りのこだわりを思い知らされたよ」

 続いて霧島、ワイングラスを高く掲げて、

「僕もです。パンプキンか南京カボチャか……今回の事件は帽子職人さんたちの〝こだわり〟が迅速な殺人犯逮捕へと導いてくれました!」

 一華がそっと(つぶや)いた。

「あの帽子を被った古賀さんを見たかったわ……ゼッタイ、似合ってたはず……」





 古賀純夏の葬儀で両親は娘の棺にサトウ帽子屋の、漣が真心こめて作った帽子を入れたそうだ。



  カララン。







            第一話 《派手な帽子》 ――― 了 ―――






☆次は《懐かしい帽子》です。

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