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奏でる帽子1



 季節は三月。


 桃の節句も終わって、港町神戸のレトロな風情を今に伝える乙仲(おつなか)通りにも春の(きざ)しがあちこちにうかがえる頃。


 元々色が白いのに、(れん)が真っ青な顔でアトリエから出てくるのを見て一華(いっか)は吃驚して声を上げた。

「にいさん! どうしたの? 気分が悪いの?」

 ヨロヨロとした足取りで店のテーブルコーナーまで進んで椅子に倒れ込む。

「いやだ! たいへん! 病気なの!? 冬の名残のインフルエンザ?」

 駆け寄った妹に兄はスマホを差し出した。


 ―― たった今……これが……


「?」


 そこには――


 ◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆

  

  お元気ですか?

  

  明日、神戸で丸々一日、休みが取れました!

  よろしければ一緒にどこかへ出かけませんか?

  楽しく過ごせそうな場所をご存知なら、ぜひお教えください。

  どこへでもお伴致します。


  高木陽那(たかきひな)


 ◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆




「きやああ! ナニコレ! つまり、デートのお誘いじゃないの?」


 ―― だから……どうしよう、一華? 僕は帽子の作り方しか知らない……


「え? あ、そんなこと言われても……私だって似たようなものよ。ど、どうする?」

 ここでナイスタイミング!


   カララン!


「ただいまー……ふぅ! この時期の図書館は混んでて大変だよ……って、どうしたのさ二人とも? 真っ白になって固まって。これじゃ〈帽子屋〉じゃなくてロンドンのマダム・タッソーの〈蝋人形の館〉だよ?」


 兄と姉は同時に叫んだ(・・・)


(そう)!」


 ―― 颯!




「へー、なるほどね。今を時めくバイオリニストからのデートのお誘いかぁ! そりゃ固まるよなぁ」


 ―― 頼むよ、颯。おまえだけが頼りだ。


 いつものクールさは何処へ吹き飛んだ? サトウ帽子屋の共同経営者兼帽子製作者は、雨の中、捨てられた子犬のような目をしている。

「っていわれても……こればっかりはなぁ。僕も彼女いない歴=実年齢だから」


 ―― そこを何とか……

 

 姉は弟の胸倉を掴んた。

「そうよ、今こそ力になるべきよ、颯! にいさんを助けてやって!」

 一華に激しく揺さぶられながら、颯、パチッと瞬きした。

「ちょっ、待てよ、ここはひとつ、小説を書くつもりで(アイディア)を練ってみるかな? ストーリー構成のつもりで……プロットを組んで……」



 そう言うわけで――

「できたっ! これでどうだ!」

 その夜、帽子屋ビルヂング3階、リビングのテーブルに颯が置いた企画書。

 タイトルは《素晴らしい古都の一日#まほろばの恋人たち》


 目的地は大和。奈良である。


 


 翌日、近鉄奈良駅。

 降り立った美貌のバイオリニストと帽子職人。

 陽那(ひな)のこの日の装いは、白いスカート×水色のブラウス。甘さを程よく引き締めるニュアンスカラーのトレンチコート。頭にはもちろん、〈月の帽子〉をかぶっている。対する漣。タン色のチェスターコート、白のタートルネックセーター、黒いスキニーパンツに同じく黒のポストマンシューズ。チラリと覗く赤いソックスが射し色だ。全身、妹のコーディネートだが悪くない。よく似合っている。

 こんな二人がまず目指したのは春日大社(かすがたいしゃ)だった。

 言わずと知れた藤原氏の氏神神社で神護景雲二年(768)の創建。我が国が誇るユネスコ世界遺産登録の神社だ。


「わぁ! 朱色が鮮やかねぇ!」


 ―― 朱色も鮮明ですが、この回廊には他にも色が隠れていますよ。


 早速、レクチャーを開始する漣。漣の会話はスマホに打ち込むスタイルである。

「あ、ダメよ、言わないで、漣さん! 私、自分で見つけるから」

 どうやら新進気鋭のバイオリニストは負けず嫌いのようだ。

「えーと、朱でしょ? それから、緑に白……黒と……黄色?」


 ―― よくできました! その五色は陰陽五行説から来たそうです。弟が、


 ここで指を止め、咳払い。コホコホ。再度打ち込む。


 ―― ()が調べたところでは赤・緑・白・黒・黄は万物の象徴とか。


「私、そういう話、凄く興味があるの。もっと詳しく教えて、漣さん!」

 大丈夫。颯の企画書は完璧にコピペしてある。余裕の微笑で応える漣。


 ―― 赤は火・南・夏。緑は木・東・春。

    白は金属・西・秋。黒は水・北・冬。

    黄は土・方角は中央・季節は土用……



 厳かな面持ちで参詣を終えた二人だった。

 その後、まっすぐ南へ進む。広大な奈良公園を、時に鹿と戯れながらそのまま突き抜けて……まだまだ……ずっとその先……とうとう公園から一般道路へ出る。

 と、道の向こう側に小さなお蕎麦(そば)屋がある。


 ―― ここの蕎麦は絶品なんですよ! 特に……天婦羅(てんぷら)蕎麦を推奨します。


「まあ、意外! 漣さんならサッパリ系だと思ってた! でも、正直言うとね、私も天婦羅蕎麦、大好きよ!」

 (シマッタ! ここは山菜蕎麦にするべきだった! だが今更、弟の好みだとは言えない……)


 とはいえ、実際、天婦羅蕎麦はすごく美味(おい)しかった!


 颯の企画書曰く――

 この店は小さいながら、いつも込んでいるよ。知る人ぞ知る名店なんだ。そして、そのまま店の駐車場から裏へ抜けてみて、漣にぃ!


 閑静な民家が軒を連ねた道の先、見えて来たのは……


新薬師寺(しんやくしじ)?」


 扁額(へんがく)を見上げて高木陽那は首を傾げた。

「〝新〟って、ここ、新しいお寺なの?」


 ―― と思うでしょう? ここは8世紀中期に光明皇后が夫の聖武天皇の病気平癒を祈願して建てた由緒ある古刹(こさつ)です。この〈新〉の字がクセモノなんだな!

 奈良時代〈新〉の字は今で言う〝新しい〟という意味ではなく、霊験(あらた)か――〝光り輝く〟という意味だったらしいです。


「ほんと? 面白いわね!」


 ―― でしょう? ここは弟、


 ゴホン、消去、訂正。


 ―― ()が推奨する名刹(めいさつ)です。というのもこの新薬師寺の薬師如来様は日本でイチバンCUTEな御顔をしてるんです。


 まんまるい顔にぱっちりと円らな瞳。


 ―― その上、それを守護する十二神将像がまた凄い! 日本のフィギュア魂の起源ここにあり! 息を飲む造形美なんです。


 漣(=颯)の言葉通りだった!

 可愛らしい薬師如来を守るようにグルッと丸く配置された十二神将像。

 正確にはこれら神将は薬師如来の十二の誓願の守護神である。

 昼夜十二の時刻、十二の月、十二の方角、十二の干支……

 それ故、当時文字の読めなかった庶民がわかりやすいようにそれぞれの干支を象徴する形に作られたのだ。天平時代の造像だが、唯一、辰年の波夷羅(はいら)神将は江戸末期の地震で壊れたため1931年の補作である。


「素晴らしいわ!」

 胸の前で指を組んで、うっとりと見つめる陽那。


 ―― 気に入ってもらえて良かった! ちなみに神将像の精巧なミニチュアが寺内社務所で販売されています。約20cmの大きさで価格は一体3250円です。


「えー、私、全部買っちゃう! 部屋に飾って置くわ!」

 まさかのセット買い。意外や美貌のバイオリニストはフィギュア好きのマニア気質だった?



 この後、東大寺の方向へ戻る。

 今回、サトウ帽子屋末弟が企画したデートコースの〈一押し(メイン)〉こそ寧楽(ねいらく)美術館だった!





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