再構築
蝉の鳴く声。
湿気を含んだ不快な熱気と日差しに照りつけられるコンクリートの上を大勢の人が歩き、行き交い、通り過ぎる。どんなに気温が高くとも、夏の休暇を迎えた町は人間で溢れかえる。
しかしそんな熱で浮かれた喧騒も、行き届かない場所はある。
町中に立つその建物は、しかしその町に住む者のほとんどが足すら踏み入れた事のない建物だった。白を基調とし、特に飾りも面白みもない公共施設のような建物。敷地内と外を区切る入り口に掲げられた看板に書かれた研究所の名前を覚えている人もまた、ほとんどいないだろう。当たり前のようにそこにあり、人々の意識から外れたその研究所の奥底。
しんと静まり返ったその建物の中も、外からの日差しで空気は熱せられている。だがそれに文句を言う声はない。気配もない。音もない。部屋という部屋の鍵は施錠され、間違っても今日ここで誰かが働いてると勘違いする人はいないだろう。
その建物の奥の奥、ひときわ頑丈そうな鉄の扉の先に、朧神はいた。
その扉を除いて四面が白い壁に覆われた無機質な空間の端、壁と天井の接する角に、有機的な"それ"が張り付いている。繭のように白く、蛹のように硬質化したそれは丁度、人が1人蹲っているかのような大きさをしていた。
びし。
本来ならば耳を澄ませなければ聞こえないであろう蛹が割れる音が、はっきりと部屋中に響いた。蛹の中心から縦にヒビが入り、数センチほどをした層の下から背骨が浮いた人肌が覗く。中にぎっしりと詰まったその背中が、肉体が重力と共に割れ目を広げながら露わとなっていく。背中から肩甲骨、うなじが段々と見え、そしてクリーム色の髪の毛が中から現れたと同時に、朧神はそのまま床に落ちた。
「何処だ、音羽……?」
四つん這いになった朧神の身体は酷く華奢で、漏れた声も同様だった。白い肌はうっすら青い血管が透け、濡れている。据わった黄色い目は何処か一点を見据えている。
「音羽を返せ……!」
うわ言のように声を発しながら朧神は立ち上がろうとしたが、膝をわなわな震わせた次の瞬間、盛大に足を滑らせて頭をしたたかに打ち付けた。鈍い音を立てながら仰向けに叩きつけられた格好の朧神は、ぼーっとした顔でしばらく天井を見つめる。痛みと衝撃であっという間に我に返った朧神は、自分に言い聞かせるように呟いた。
「違う……音羽はもう、いないんでしたね」
ゆっくりと上体を起こした朧神は自分の身体を眺めた。四肢も、指もある。
――今回もとりあえず、まともな身体みたいですね。
まだ何となく意識や記憶が多少ごちゃ混ぜになっている気もしていたが、そういう自覚があるだけ全然マシだなと朧神は思いながらもう一度、今度はゆっくりと立ち上がった。見える景色からして、背丈も変わってないようだ。身体の中身は検査しないと分からないだろうが、恐らく問題ないだろう。呼吸出来てるし。
最後の確認にと、朧神は両腕を見つめながら意識を集中させた。するとその腕はめりめりと音を立てつつ細く伸びながら硬化し、手首から先は前腕とほぼ同じくらいの長さになりながら、白い虫の鎌のような、そんな異形のそれへと変貌した。
前よりも何となく"馴染んでる"な、とその鎌を動かしながら朧神は感じる。今回の"これ"も採取して後で調べないといけないなと、先程まで自らが収まっていた蛹をちら、と見た。いや、その前に……。
「まあ、まずはシャワーを浴びてから……」
朧神は人のそれとはかけ離れた鎌を口元にやり、ぺろりと舐めた。