水晶龍の洞窟 6
「カイル、あれを見て!」
カイルはうんざりとした顔をしたままマーガレットの指差す方を眺めました。
「あれはなんという生き物なの?」
「犬だよ」
「犬!? あれが!?」
そこにいたのは、ただの雑種の犬です。毛がもわもわで動くモップのようにしか見えません。
「私の知っている犬とはぜんぜん違うわ」
「それはそうだろう。お城には猟犬くらいしかいないから。そんなことより、ちゃんとついてこないと迷子になるぞ」
お城を出てから三十分しかたっていないのに、マーガレットはもう三回も迷子になりかけていました。「あれは何!?」「まあ、あんなものが!」と叫んでは走っていってしまうのです。カイルはそのたびにマーガレットを追いかけて連れ戻します。
「街はすごいわ! 知らないものだらけよ!」
「あなたにとってはそうだろうね」
マーガレットは首をかしげて尋ねました。
「カイルは街にはよく来るの?」
「休みの日は家に帰るから」
「カイルの家は街にあるの? 貴族の邸宅は山の方だけじゃないの?」
「俺は貴族じゃない。平民だよ」
マーガレットは驚いて目をくりくりさせました。
「貴族じゃなくても騎士になれるのね! 知らなかったわ」
「年に一度、平民を取り立てる選抜試験があるんだよ」
「カイルは試験で選ばれたのね。それで優秀なのね、すごいわ」
カイルは騎士見習いの中で最優秀の成績でした。それでも驕ることはありません。今も誉められて照れてしまって真っ赤になっています。
「ねえ、カイル、あなたの家はどこ?」
「ここから五分くらい歩いたところだよ」
「行きましょう!」
マーガレットはさっさと歩き出しました。
「行くって? どこへ?」
「あなたの家よ」
「なんで!?」
「次の休みは二ヶ月後でしょう。きっとご家族はあなたに会いたいわ」
「いや、そんなことは……」
「きっと寂しい思いをなさっているわ」
マーガレットはぐいぐいとカイルの腕を引っ張ります。道の真ん中で立ち止まっている二人を、通りすぎていく人たちが興味津々に眺めていきます。二人は騎士見習いの服装のままでしたし、マーガレットの真っ赤な髪は珍しいのです。
カイルはじろじろ見られるのが嫌で、仕方なくマーガレットを連れて自宅へ向かいました。
「……ただいま」
カイルがいつもと全く違う、ブスッとした声で家の中に声をかけました。
カイルの家は、お城からまっすぐ歩いて十五分くらい。すぐ近くにありました。レンガ造りの小さな家で、家の前には色とりどりの花が植えられた花壇があります。
「まあ、かわいい。お人形のおうちみたい」
カイルは黙ってドアを開けたままマーガレットが入ってくるのを待っています。
「やあ、かわいらしいお客様だ」
家の中から声がしてマーガレットが中を覗きこむと、背の高い青年が両手を広げて立っていました。
「ようこそ、レディ。立ち寄っていただけて光栄です」
青年はにこやかに歩み寄ると、マーガレットの手をとって、その甲にキスをしました。貴婦人にたいする礼儀にマーガレットは姫らしく優雅なお辞儀を返しました。
青年はカイルにそっくりでした。褐色の肌も金の髪も顔立ちも緑の瞳もそっくりでした。
「カイル、レディを立たせたままにしてはいけないよ。中へご案内しなさい」
カイルは相変わらずブスッとした表情で「どうぞ」とマーガレットをテーブルに手招きました。
テーブルには三人の若い女性が座っていました。その三人ともがマーガレットを頭の先から爪先までじろじろ見ています。
「カイル、そのレディに僕を紹介してくれるかな」
カイルは顔をしかめてそっぽを向いて、青年を指し示しました。
「兄のマルセルだ」
「始めまして、マルセル。お会いできて嬉しいわ」
マルセルは甘くとろけそうな笑顔でマーガレットに向かいます。テーブルの三人の女性がマルセルに釘付けになっています。
「始めまして、レディ・マーガレット」
「まあ、どうして私の名前を知ってらっしゃるの?」
「騎士見習いになった勇敢な女性の噂は城下では有名なのですよ」
「マルセルは噂にくわしいの?」
「そうですね、あなたやカイルよりは」
「じゃあ、魔法使いがどこにいるか知らないかしら」
「あいにく僕は知りませんが、彼女たちが知っているのではないかな。アン、エミリ、モーラ、なにか知っている?」
名前を呼ばれた三人はマルセルだけを見つめながら答えます。
「魔法使いなら、遠い国のメルキゼデクの話が有名だわ」
と、アン。
「いにしえの勇者の友、ルカの末裔が今も生きているそうよ」
と、エミリ。
「魔力を使い果たした老魔法使いが、この街に来たという噂よ」
と、モーラ。
「それだわ!」
と、マーガレット。叫び声にびっくりした三人にマーガレットが詰め寄ります。
「その魔法使いがどこにいるか知りたいの」
三人は顔を見合わせました。
「知らないわ」
「ただの噂よ」
「そう言えば、街外れの幽霊屋敷に老人が一人、引っ越してきたらしいけど」
マーガレットは首をかしげました。
「幽霊屋敷?」
「呪われた屋敷よ」
「もう何十年もだれも入っていないの」
「一度入ると死ぬまででられないとか」
マーガレットの目がきらきら光ります。
「面白そう! カイル、行きましょう!」
「幽霊屋敷にかまってるヒマはないんじゃないか? 魔法使いを探すんだろ?」
「あら、曰く付きの屋敷に引っ越すなんて普通の人ではないわ。会っておいて損はないわよ」
「しかし、突然、訪ねるのは礼儀にかなわない……」
マルセルがカイルとマーガレットの間に立ちました。
「レディ、僕がご案内しましょう。弟は幽霊屋敷が恐いらしい」
カイルが目を吊り上げてマルセルを睨みます。
「恐いわけないだろう!」
「じゃあ、みんなで行こうか」
マルセルの言葉に三人の女性は楽しそうに立ち上がり、カイルは頭を抱え、マーガレットはきょとんと首をかしげました。
旅の仲間が四人増えた。