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水晶龍の洞窟 3

「なかなか良い足腰を持っていますね」



 ピートがにこにことマーガレットを褒めます。マーガレットはガクガク震える足をはげましながら、なんとか立っていました。



「走り込みを三時間続けて立っていられる初級者はあまり多くないんですよ」



「こ、これくらい、ダンスの特訓にくらべたらなんてことないわ!」



「ダンスですか、なるほど。それで重心がしっかり据わっているんですね。なかなかいいですよ。では、次は……」



「まだあるの!?」



 思わず叫んだマーガレットの目を覗きこんだピートの瞳はちっとも笑ってはいません。



「弱音を吐きますか?」



 マーガレットはぐっと言葉を飲みました。一度でも弱音を吐いてしまえば、もう二度と勇者になるチャンスはやってきません。



「の、のぞむところよ!まだまだいけるわ!」



「そうこなくっちゃ」



 ピートはさも嬉しそうににやりと笑いました。



「これで終わったら、しごきがいがない」









 その後、剣の持ち方から始まり、素振り、体捌き、盾の持ち方、気合いの張り方、止まることなく訓練は続き、あっという間にお昼になりました。



「ここまで!」



 ピートの声で少年たちが剣を下ろし荒い息を整えます。



「昼食を三十分ですませて戻ってきてください。遅れたら走り込みです」



 わあっと歓声を上げ少年たちは練兵場から走り出します。マーガレットはぺたりと床に膝をつき肩で息をしました。吐き気がこみ上げてヒューヒューという呼吸で喉が痛みます。



「大丈夫か」



 横合いからかけられた声に、マーガレットは少しだけ顔を上げました。



「食堂に行かないと時間がないぞ」



「吐き気がするの……」



「吐き気がしても喉に詰め込まないと後半の稽古、もたないぞ」



 ぺたりと尻を床につけて座りながらマーガレットは声をかけてくれた少年に目を移しました。褐色の肌に金の髪、緑の目をした利発そうな少年でした。マーガレットよりも小柄な体なのにきつい訓練を苦にもしていないようでした。

 マーガレットはねばつく唾をなんとか飲み下して膝に両手をつき立ち上がろうとしました。しかし腕にも足にも力が入らずへたりと腰が抜けたように床に沈みこみます。少年はマーガレットの腕を掴んでぐいっと引っぱりあげました。



「ほら、行くぞ」



 少年に引きずられるようにしてマーガレットは食堂へ向かいました。





「もう、ほんとにいらない……水もいらないから、放っておいてちょうだい……」



 マーガレットが机に突っ伏してぶつぶつ言っているのを聞いてか聞かずか少年は果物が大盛りになった皿を持ってきました。


「もう降参か。これだから女はだめだな」


 がばり、と起き上がりマーガレットは皿をにらみ据え、剣の重さに耐えつづけてぶるぶる震える腕を伸ばして皿の上のオレンジを手にとりました。


「貸せよ、むいてやるから」


 少年は腰にさげているナイフですいすいとオレンジを切り分けてくれました。


「ほら」


 素直に受け取ったマーガレットはオレンジを口に含み、その爽やかな酸味と甘さに喉を癒され、ほっと息を吐きました。


「ありがとう、生きかえったみたいだわ。私はマーガレット。あなたのお名前を教えてくれます?」


「カイルだよ。それとあなたの名前を知らない人間はこの城にはいない」


「まあ。どうしてかしら」


「それはもちろん、あなたが姫……いや、なんでもない」


 歯切れの悪いカイルにマーガレットは重ねてたずねます。


「秘密なの?」


 カイルは軽くため息をつきました。


「あなたは本当になにも知らないんだな」


「まあ、私だって色々知っているわ」


「色々って、例えばなに?」


 マーガレットは首をひねってしばらく考えました。カイルはその間にこぶし大の丸パンを四つ、スープと果物、それと大きなマグにいっぱいのミルクを飲み干しました。

 マーガレットはその食欲に拍手を贈ります。


「すごい、こんなに食べるのが早い人に出会ったのは初めてよ」


「早く食べないと訓練に遅れるからな。そろそろ戻らないと走らされるぞ」


 マーガレットはあわてて椅子から立ち上がろうとして、ぐらりとよろけました。カイルがさっと腕をだし、抱き止めてくれなかったら、きっと倒れていたでしょう。


「もう限界じゃないか?騎士になるなんて諦めたらどうだ?」


 マーガレットは力強くカイルの視線をとらえました。


「私は勇者になる。そのために鍛えなければならないの」


 カイルはマーガレットの真剣な様子を見て、ふと微笑みました。


「なあに?なにかおかしかった?」


「あなたは本気なんだな。勇者になりたいなんて、まるで子供みたいだ」


「カイル、あなたは勇者になりたくはないの?」


「俺は騎士になりたいんだ。誰かを守るものに」


 マーガレットは嬉しそうに手を叩きました。


「それなら私と一緒に勇者になる旅に行かない?あなたは私を守って」


「誰かに守られなきゃならないのに勇者になんかなれないだろ」


「違うわ、守られっぱなしじゃないの。カイルが私を守って、私はカイルを守るの。おとぎ話の光の戦士と闇の戦士みたいに背中をあわせて戦うのよ」


 カイルはおとぎ話のことを嬉しそうに語るマーガレットの子供っぽさに半ばあきれましたが、顔には出しませんでした。


「わかった。あなたが旅に出るときは俺も一緒に行くよ。あなた一人じゃ街から出るのも難しそうだ」


「まあ、私そんなに弱そう?」


「いや、弱いかどうかより、ものを知らなさすぎる」


「じゃあカイル、私に色々なことを教えてくださる?」


 マーガレットは自分より小さなカイルに、騎士に対するように丁寧に頼みます。カイルは背筋を伸ばすと騎士見習いらしい凛々しさを見せました。


「俺にできることなら、よろこんで」




 こうしてマーガレットに旅の仲間ができました。

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