水晶龍の洞窟 2
練兵場は剣と剣とが打ち合う音や騎士見習い達の気合いの声で銅鑼を鳴らすよりも大きな音が満ちていました。
「たのもう!」
そのやかましい練兵場にマーガレット姫の大声が響き渡りました。騎士見習い達が何事かと姫に視線を注ぎます。
「たのもう!」
姫が今一度叫ぶと、練兵場の真ん中で仁王立ちしている三十年配の背が高くがっしりした男性が腕を組んで怒鳴りました。
「遅いぞ、マーガレット!」
マーガレット、という名前を聞いて騎士見習いの少年たちは目を見開きました。ザワザワと騒がしくなった練兵場を姫はぐるりと見渡します。少年たちは口々に「姫?」「姫じゃないか?」とささやき合っているようです。
「皆、静かに!今日から新しいメンバーが入る。この者はマーガレット。ただのマーガレットだ。お前達と同じ騎士見習いである。今後一切この者を姫と呼ぶことないよう気をつけるように!」
ザワザワは止まらず、少年たちは当惑している様子です。
「マーガレットは初級組に入るように。皆、手を動かせ!一分一秒もおろそかにせず騎士たる働きを見せよ!」
「ウォルター兵士長?」
マーガレットはにこにこと男性に話しかけます。
「なんだ」
「私は勇者になるのです……いえ、間違えた、なるのだ。初級など飛び抜かして上級に入る」
ウォルターは表情一つ変えずにマーガレットを見下ろします。
「初級だ」
「でも、私は」
「ピート!」
ウォルターが大声で呼ぶと練兵場の隅、背丈の小さなまだ年若い少年達の中から、一際小さな少年が駆けてきました。
「ピート、木剣を持ってこい。マーガレットと手合わせしろ。全力でだ」
「はい」
ピートは壁にかけられている木剣を一本取ってくると姫に手渡しました。姫は受け取って片手で握って振りおろしました。
「こんなこと簡単だわ……だよ。いくわよ!」
マーガレットはピートがまだ木剣を腰から抜かないうちに大上段から打ちかかります。ピートは笑顔のままほんの少しだけ足を引いてマーガレットの剣をかわします。マーガレットがたたらを踏んで立ち止まり振り返るとピートは木剣も抜かず、にっこりと笑いました。ムッとしたマーガレットは甲高く叫びます。
「何を笑ってるのよ!」
「べつに。ほら早く、打ちかかってきてください」
言われるままにマーガレットが剣を振りあげて飛びかかるとピートはするりとよけて後ろから姫の背中をトンと押しました。
「きゃん!」
マーガレットはぺたりと床に這いつくばりました。
「怪我はないですか」
マーガレットの前に回ったピートは手を差し伸べてマーガレットを助け起こしました。マーガレットは歯がみして、けれど礼儀正しく頭を下げます。
「あなた、意外にやるわね」
「それはどうも」
「年齢はおいくつ?まだ小さいのに騎士見習いなんてえらいのね」
「僕は十八ですよ」
「じゅうはち!?」
「ちなみに見習いではなく騎士団の一員です。初級の師範をしていますピートです」
マーガレットはあまりの驚きに口をぽかんと開けました。
「口を閉じて、マーガレット。あなたには基礎の基礎から叩きこみます。泣き言を言っても聞きませんから、そのつもりで」
「望むところよ!」
木剣を高く掲げてマーガレットは力強く宣誓しました。