水晶龍の洞窟 1
『昔々、いまだこの地に神々がおわしたころ、龍もまたこの地に溢れていた。
龍はありとあらゆるものを食らった。神々が生み出したばかりの小さな人も次々と食らいつくした。
神々は人を失い嘆き悲しんだ。けれど龍を滅ぼすことはなかった。神々は人と同じように龍をも愛しておられたからだ。
神々は龍も人も遠く見えない世界へと去り、この地は龍のものとなった。
龍のあぎとから逃れた人は逃げ隠れ、子を産み育て次々に増えた。龍は皆年老い次々と死んでいった。
人は神々を真似て剣と魔法を作り上げた。それらの力を研ぎ澄ますうち、大いなる勇者が現れた。
人々は勇者の元に集い龍に立ち向かった。龍は人に終われ、世界の果てまで逃げていった。』
「もうその話には飽き飽きよ」
「いけません、姫。そのように足をばたつかせては。それに龍の話は姫が次の姫に語り継がねばならぬもの。幾度聞かせてもたりません」
「もう覚えました、母上」
「では初めからそらんじてご覧なさい」
王妃にそう言われた姫は言葉につまって視線を泳がせました。王妃が眉をひそめてお小言を繰り出そうとすると、姫はあわてて話し出しました。
「人は剣と魔法で龍を追い払った!」
王妃は大きなため息をつきました。姫は今度こそお小言がくるものと首をすくめました。
「わかりました。姫、あなたは姫でいるのが嫌なのですね」
「うん。私、戦士か魔法使いになりたい、ううん、勇者になりたい!」
ぴょこんと椅子から立ち上がってドレスの裾をひらめかせ、姫は剣を振る真似をしてみせました。王妃はすっと目を細めると、冷たい声で言いました。
「では、あなたは勇者の試練に立ち向かわなければなりません」
「勇者の試練!すごいわ、ほんものみたい!」
「勇者を目指すものは皆、十五になれば水晶の龍の洞窟にもぐります。龍の爪をかいくぐり、その洞窟から水晶を持ち出せたものだけが勇者と呼ばれるのです。あなたもちょうど十五歳。洞窟に向かうべき歳です」
姫は飛び上がり両こぶしを突き上げました。
「姫!はしたない!」
「だってお母様、私、勇者になるんだもの。勇ましくなくちゃいけないわ」
王妃はさらに冷ややかな表情になって姫を見下ろしました。姫はそんなことお構いなしにはしゃいでいます。
「では勇ましい姫。剣の修行をなさい」
「ほんとうに!?やったわ!私勇者になれるのね!」
「騎士見習いと共にウォルター兵士長のもとで修練なさい」
姫は真っ赤な長い髪を揺らしながらくるくるとステップを踏みました。
「ただし!」
王妃の大きな声に驚いた姫の動きがぴたりと止まりました。
「一度でも弱音を吐くなら二度と剣は持たせませんよ」
「もちろん、弱音なんか吐かないわ!」
王妃は冷ややかに姫に言い渡します。
「マーガレット、今からあなたは騎士見習いです。国の誰もあなたを姫とは呼びません。ウォルター兵士長の鬼神のごときしごきを受けなさい」
そう言うと王妃は宮女を呼んで姫からドレスをはぎ取りました。木綿のシャツとズボン、皮の長靴。唯一、姫自身の持ち物は長い髪を結ぶ真っ青なリボンだけ。
姫はまったく生まれ変わったような晴れ晴れした顔で背を伸ばしました。
「王妃様、私は立派な勇者になってみせます!」
王妃は一瞬だけ心配そうな顔をしましたが、すぐに厳しい表情に戻ると姫に向かって言いました。
「マーガレット、そなたを騎士見習いと認めます」
こうして勇者に憧れた姫はドレスから自由になることができました。
姫のレベル、今はまだ1。